5-16 半端者の攻略者たち (3) - 合同依頼
「フルド!」
近くでコルクボードに紙を貼りつけていた茶髪の職員が、突如やってきた金髪の男――高校生か大学生かくらいのまだ幼さの残る顔立ちの青年に駆け寄る。
彼はフルドと言い、職員と知り合いのようだ。ギルド内の人々の話し声もいくらか静まった。
「大丈夫、か?」
「……ふう。ああ。俺は問題ねえ……。それよりも人集めを急遽頼む」
フルドの体にはしっかりと金属製の鎧が装着されてあるが、血らしきものの飛沫や、何本もある引っかいたような傷が無数にある。火魔法でもかすめたのか、服には焦げた痕もある。これまで戦地にいたというのがとてもよく分かる服装だ。
だが彼には痛がっている素振りなどは特になく、物言いもはっきりとしている。金属の鎧がしっかり役割を果たしてくれたものらしい。息が荒いのは、走ってきたからだろう。
「親父たちが向かって応戦を始めたが、数が多いんだ。後ろにはインプメイジが複数いる」
「複数? 嫌な言い方だな」
「ああ。《
フルドの発言に彼らを遠巻きに眺めていた人たちが、おいおい、厄介なこったな、などとどよめく。
ベルセルクか……攻速も移動速度も上がる状態異常だ。プレイヤーであれば、ほとんどのスキルが使えなくなるという致命的すぎるデメリットがあるが、魔物であればそれもさほど関係ない。単純な攻撃しかしてこない低級の魔物であればなおさらだ。
受付の報からいかつい黒髪男性職員が出てきて、アバンストさんの状態は? とフルドに訊ねる。
「はっ! 問題ねえよ。たとえ狂戦士化したって、やつらごときじゃ親父には勝てねえ。アレクサもいるしな」
得意げにそう言うフルドに、黒髪職員が腕を組んで、まあそうだろうがなと同意する。
フルドはアバンストさんの息子なのか。
色味の濃い金髪とか、小さめではあるが鋭い目つきとか、顎とか。アバンストさんの面影はある。性格は微妙に似ていそうになくて少々荒っぽいようだが、父親のことは認めているものらしい。
「たださすがに親父たちだけじゃ殲滅速度は落ちるからな……。親父が言うには、インプメイジが徒党を組んでいるのはよくないらしい」
「まさか奴らが協力し合っているのか?」
「ああ。攻撃しようとしたら、別のインプメイジから《
黒髪の職員が顎に手をやって、それはよくないな、と険しい顔になる。フルドの服についていた焦げ目はやはり火魔法らしい。
「彼らは基本的に自分を守るためにしか動かない魔物だ。こずるいところはあるが、こちらからちょっかいを出さなければ大した実害はない。……この手の、ああつまり、インプやゴブリンなどの魔導士系の魔物は同種族同士では互いに馬が合わないようでな。結託しているのなら……彼らの後ろにより強い魔物がいる可能性が高い。例えば、オーガクリードとかな」
「ああ、親父もそう言ってたぞ。《狂戦士化》で仲間を増やされるから早く対処すべきだろうって」
「だろうな。……狂戦士化したデミオーガとエリートゴブリンはどのくらいいるか、分かっているのか?」
「ほっとけば確実に100にはなるだろうって言ってたな」
「100か。ケプラを陥落させるには数も質も指揮官も足りないが……アランプト丘には150以上のオーガとゴブリンがいるからな……。もはや軍隊だな」
表に緊急依頼出しときますか、と茶髪の若い職員が少し焦ったように言う。黒髪のいかつい職員が頷く。
デミオーガもエリートゴブリンも、クライシスにいた魔物だ。デミオーガはLV90前後、エリートゴブリンはLV120程度の魔物だった。
どちらも湧き数が多く、さほど硬くもなかったので、野良パーティでもそれなりに狩られていた魔物だ。レベルがクライシスのままでいるんだったら脅威に他ならないが。
というかケプラを陥落って、ケプラにはジルの結界があるんじゃないのか? ああ、でもなんか特殊仕様で、なんでもかんでも拒むんじゃないんだったか。
「おそらく<ランク2鉄>から<ランク3銅>辺りの案件になるだろうが、俺も相談役に軽く話を通してくる。出すだけ出しといてくれ」
「はい!」
茶髪職員はテーブルの前の隅の方に置いてあった木の看板をかついで外に行った。
「聞いてくれ! ザシウス・ノルンウッド子爵と騎士団が合同で出しているアランプト丘のオーガとゴブリンどもの討伐依頼だが、急遽増援がいるようになった! 魔導士諸君は歓迎する! 手が空いているのがいたら待機しててくれ!」
黒髪職員が食堂の方にも聞こえるくらいの大声でそう叫んで、忙しなくギルドの奥の扉に消えていく。
やがてギルド内のざわめきがにわかにフルドが来る前のものに戻ったが、みんな叫ばれた依頼についての話がほとんどのようだ。
緊急案件ならランクの指定なんてしない方がいいんだろうが……緊急案件ではあるがなんとかできるレベルということのようだ。アバンストさんたちが食い止めてるみたいだしな。
「フリード。少し様相が変わってるようだが、この依頼内容なら確実だろう」
カレタカとフリードが頷き合った。
「ダイチさん、今の依頼、私たちも受けようと思いますがいいですか?」
「あ、はい。……デミオーガとエリートゴブリンってどのくらいのレベルの魔物ですか?」
フルドたちの発する剣呑な雰囲気にのまれたのか、ついゲーム的な即物的な質問をしてしまったが、
「エリートゴブリンが12から17、デミオーガは14から19と、ここの記録には書かれているな」
と、カレタカが間髪入れずに答えてくれる。暗記しているようだ。周辺でレベル上げを考えていたが、20未満ならぎりぎり姉妹も戦えるか。
「ちなみにインプメイジはデミオーガと同じで14から19です。オーガクリードは……」
少し考え込んだフリードに、25から30だよ、とグラナンが答える。グラナンはいつの間にか、むすっとした態度を解いている。
「30のはなかなかいないらしいけど」
狼にもレベルが高いのが一匹いたが、レア敵のようなものはいるらしい。オーガクリードは姉妹はきつそうだな。
「よく覚えてるね」
「自分の身の丈に合わない敵と戦うのは死にに行くようなもんだからね」
そりゃそうだ。
グラナンのウインドウが出てきた。
< グラナン LV24 >
種族:獣人・人族 性別:メス
年齢:40歳 職業:攻略者
状態:健康
食堂で聞いた通り、ハーフだったらしい。普通の獣人――フリードとの違いは全く分からない。毛量もフリードの方が濃く、人族とほとんど変わらないようだし。
40歳の文字に、カレタカよりも上なんだなと内心で驚く。既にタメ口を聞いてしまっているので、いまさら変えようとは思わないけども。この分だと長命で知られているエルフのアナの年齢はいくつなのやら。
>称号「オドと仲良し」を獲得しました。
差別感情特にないしね。
「こういう事態になっていますが、元々この依頼をするつもりだったんですよ。このアランプト丘の依頼には、デミオーガとエリートゴブリンを討伐する下位依頼と、オーガクリードを討伐する上位依頼の2種類があったんですが、ダイチさんたちに協力してもらってオーガクリードの方をやろうと思ってたんです」
「討伐できれば、カレタカが<ランク3銅>に上がれるだろうって職員の人言ってたもんね。そうなればうちたちはアマリアに帰れる~!」
さきほどの剣呑な雰囲気を大して意に介した様子もなく喜びを露わにするグラナンの言葉にフリードが頷く。
それにしてもアナはともかく、三人ともさきほどのフルドたちのやり取りを見てもさほど動じていないらしい。
とはいえそれはギルド内にいる他の人々も同じようで、「オーガクリード戦か。ならやっぱ魔導士が必須だな」という冷静に対策を講じる声や、「騎士団が戦ってるならじきに解決するだろうよ」などという我関せずな言葉も聞こえてくる。
慌てたり、血相を変えているのは、何かの手続きで来たのか一般女性の連れている子供二人や、一部の商人や職員のようだ。子供はさきほどギルド内に知らせを飛ばした黒髪職員の大声にびっくりしたものらしい。
デミオーガもエリートゴブリンもケプラの周辺にいる魔物なので、慣れているんだろうが、きっと場数を踏んだ数の違いもあるのだろう。七竜はともかくちょろっと狼を狩っただけの俺はもちろん、姉妹にも少し不安な様子がうかがえるのだから。ああ、それと、普段から街を守っている騎士団への信頼辺りもか。
「フリードさんたちではその上位依頼、オーガクリードの討伐は難しかったのですか?」
「アランプト丘の奥には廃屋があって、その周辺にオーガクリードはいるのですが、そこではデミオーガたちやエリートゴブリンが一挙に介しているのです。一度、様子を見に行ったことがあるのですが……」
「せめてあと一人前衛が欲しいところだった。魔導士でもいいがな。ともかく手数が足りない。それでもギリギリだろうが。まあ、廃屋周辺の奴らだけを相手にする場合だがな」
カレタカが軽く目を伏せて首を横に振る。それに対してフリードが頷いた。
「オーガクリード自体はさほど厄介ではないように思うのですが周りのデミオーガが少々多くて」
俺がいる以上、倒せないなんて自体に陥ることはまずないだろう。もちろん下手に暴れる気はない。第一今回はランクアップが目的だし、俺が率先して討伐するのはあまりよくないだろう。
ただ俺単独ならまだしも、姉妹やフリードたちも見るのを考えたら、楽ではない。もっと言えば、単に物理や魔法で攻めてくるならまだしも、《狂戦士化》が俺にかかったらこれほどまずいことはないと思うので、慎重さは十分に必要だ。
なにせ俺の狂戦士化を含む「呪詛系異常」への抵抗値を上げると思しき精神抵抗数値は-20%だしね。
基本後方にいたいが……。インプメイジを見つけたら、石投げるなり、《火弾》や《
ギルドの奥からさきほどの黒髪のいかつい職員が戻ってきた。
「アランプト丘に行ってくれる奴は受付に来てくれ! すぐに手配する」
じゃあ受付をすませましょう、というフリードの言葉に従って俺たちは受付に並んだ。受付には既にやる気を見せている攻略者が十数名並んでいる。少し時間がかかりそうだ。
「依頼決まっちゃったけど、頑張ろうな」
後ろの姉妹に声をかけると、力強く頷かれる。少しばかり緊張している様子だが、それも仕方ないだろう。
ついでに、二人の使える魔法について確認してみる。グラナンが耳をそばだて始めた。魔導士だもんな。
「私は……戦闘で使えるのは《
あとディアラが持っているのは《
生活魔法にも転じているような魔法はどれも威力が低く、戦闘向きではない。
「私は《火弾》《
お、そういや《雷撃》があったか。雷魔法だよな。まだ見たことないんだよね。
「おー! 《雷撃》使えるんだ! さすがダークエルフだね!」
「は、はい」
「《雷撃》があるなら勝ち確だね!」
と、喜びを露わにするグラナンに、フリードは油断しないでくれよと苦笑するが、カレタカはふっと小さく笑みをこぼした。
《雷撃》そこまで強いの? アナは相変わらず鉄面皮だが、二人の様子をじっと見ていた。……何考えてるんだろうな。
……でもそうか。別種族に成りすましができる《幻想》もあった。ということは、いざという時は《幻想》を使って逃げれるな。嫌々ハーフゴブリンになってたこともあるし、あまりこの魔法は使わせたくはないけども。
てか。《隠滅》あるのか。手合わせでジョーラが使ってきた際、気配を察知出来なくなり、ひやひやさせられた魔法だ。
《隠滅》が他人にかけられるのか聞くと、ダメらしい。残念。まあ、二人の退避手段はひとまずOKだな。いざという時は《隠滅》を使うようにと告げておく。
「こっちの子はカレタカたちと前衛かな~。《雷撃》の使えるあんたはうちと後方ね」
俺たちのやり取りをよそに、グラナンが勝手に陣形を組んでしまう。でもまあそんなところだろう。さほど選択肢があるわけでもない。
「魔法が得意なのがヘルミラで、槍が得意なのがディアラね」
「そうだったね。ヘルミラにディアラね。よろしくね!」
二人の顔をそれぞれ見てそう言うグラナン。これから戦いに赴くとはとても思えない、太陽のような底抜けの笑顔だ。
ディアラとヘルミラもまた、よろしくお願いしますと笑みをこぼしつつ決意を新たにした。ま、リラックスは必要だよね。
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