5-15 半端者の攻略者たち (2) - 怒るゴブリン


「コラー!! 食堂内で魔法は禁止です!!」


 俺たちを案内してくれた黄色い前掛けをしたゴブリンがやってきて、仁王立ちになる。


「誰ですか? 氷魔法を使ったのは」


 ぷりぷりと怒ったゴブリン店員の問いに、グラナンが「うちです」と、苦笑いしながら手を挙げる。


「ごめん、手違いだったんだよ……」

「手違いも何も、うちでは魔法は禁止です!!」

「ごめんって~」

「ごめんで許されるなら法律はありません!!」


 ゴブリン店員はグラナンに全く動じる様子はない。


 正直怖くはないのだが、身の丈よりもずいぶんあるらしい肝っ玉には、シャイアンに正面から声を荒げていたかつてのステラさんを思い出してしまう。

 巨漢多いし、亜人もいるからなぁこの世界。カレタカみたいなのも相手にすることはあるだろうし、だいぶ豪胆でないと店員もやっていけないんだろう。


「すみません。すぐに消しますから。ディアラ、ヘルミラ、熱いからテーブルから少し離れてて。皆さんも」


 現場を見られていないとはいえ、一応俺も魔法を使った。ため息をつきつつもさほど慌てていないフリードたちを見るに、ゴブリンが法律の言葉を持ち出したのは勢いで、そんなに大事にはならなさそうだが、彼の怒りを鎮めるのに俺も手を貸すべきだろう。


「そんなに簡単に分厚い氷を消せたら苦労はしません! 《水射ウォーター》でお湯を出せるならまだしも……」


 とりあえず《水射》でお湯を出せば消えるだろうと思い、「お湯 放出」と念じて氷の道に《水射》をかけてみる。ブシャアと湯気を立てて、氷が溶けた。よかった、普通に消えそうだ。

 それにしても水の量がすごい。というか、かけてしまったが普通に先に氷をある程度取り除くべきだった。


「……お湯出せるんですね」

「ん? 出せるよ?」


 気勢を削がれたゴブリンの様子を変に思っていると、感心したように俺を見ているフリードとカレタカ、そして口を半ばあけて眉をひそめているグラナンが目に入る。


「ダイチさんは《瞬歩》を使えるだけなく、高位の水魔導士でもあるんですね!」


 と、感激した声をあげるフリード。本気で感激している様子だ。

 高位? お湯を出せるだけで? ……そういや、ハリィ君がそんなこと言ってたなそういえば。ハリィ君は“熟練の”水魔導士だったけども。


「……お湯だったら持ってきますよ?」


 さっきまで怒っていたのに、ゴブリン店員がやってきておずおずとそんなことを言ってくる。事件をもみ消すのにはちょうどいいが……。


「ありがとう。すぐに終わりますから」


 でもお湯かけてもビシャビシャになるからなぁ。氷を取り除くには……殴ると飛ぶし……いっそ切った方がいいかな? 俺力あるし。剣先はなんか触りたくないけど……カレタカの斧が目に入る。


「カレタカさん。斧をちょっとお借りしてもいいですか?」

「構わんが……どうするんだ?」

「氷をある程度取り除こうかと」


 カレタカがふうん? といった見定めるような表情で紐をほどき、皮の当てものを取って渡してくれる。手間を見ていて、やっぱりフリードから剣を借りればよかったかなとちょっと後悔した。


 カレタカは俺に斧を渡す時、持ち手の方を向けてくれていた。その辺は弁えているらしい。紳士なオークだ。


「重いぞ」

「よっと」


 カレタカの斧を手に持つ。つい声をあげたが、力んだ力は弾みをつけて持ち上げ過ぎたので慌てて下ろした。

 短剣とさほど変わらない重みに、ちょっと残念な気持ちになる。STRのステータス補正辺りだろうけど、ずっしりくる斧の重みを実感してみたかったな。振り回してみたくなるが、ぐっとこらえる。


 テーブルの表面を削がないように、水平にした斧を押していって氷を根元から剥ぎ取っていく。

 うん、斧は少し厚みがあるし、問題なさそうだ。テーブルの表面ギリギリを攻めたくなるが、俺の馬鹿力じゃシャレにならない結果になるかもしれないのでやめとこう。


「何か手伝いますか?」


 やる気十分にヘルミラが訊ねてくる。ディアラもそんな表情を寄せてきた。


「ちょっと待ってね。……取った氷、どこかに捨ててきた方がいいかな」


 俺の作業を凝視していたゴブリン店員に訊ねる。


「あ、じゃあ私箱か何か持ってきます!」


 はーい、っと。ぞりぞり。難なく氷をほとんど切り落とした。ついでに、氷は長かったので、軽くチョップで割って分割した。グラナンのジョッキを氷から離す時はお湯で溶かした。

 斧をカレタカに返すと、なかなかだ、というお言葉をもらう。意外と力があるとかそんなとこだろう。


 ゴブリン店員の持ってきた大きな木箱に切った氷を入れる。氷で箱が山盛りになると、彼は外に氷を捨てに行った。

 次はお湯で残りのテーブルの表面についた薄い氷を溶かして乾燥だな。再度水射のお湯で溶かし始める。なんだか楽しくなってきた。ファミレス時代のテーブル拭き思い出すね〜。


「二人とも、濡れてるところを《微風ソフトブリーズ》で乾かしてもらっていってくれる?」

「「はい!」」


 エーテルどれくらい残ってたっけ。ヒルデさんのところで買ったからストックは割と……って、インベントリを出したらそんなになかった。エーテル(低)は残り8本だ。ネリーミアのところで購入しないといけない。


 ゴブリン店員が戻ってくる。直立不動でやる気に満ちた眼差しで俺のことを見ている。

 情報ウインドウが出た。パウダルというらしい。メスだった……。明確な違いが全く分からない。どことなく愛嬌があるし、小動物っぽい感じはあるけど。


 ゴブリンの指示待ちの様子に内心で苦笑しつつ、乾いた布と、ふき取った水をしぼる桶か何かを頼んでみると彼女は了解した後、ぴゅーっと店の奥に飛んでいって、すぐに布が数枚かけられた木の桶とモップまで持ってきた。掃除道具のようだ。


 テーブルの表面に残った氷を溶かし終えた。俺も《微風》で乾かす作業に参加する。その間に、ゴブリン店員がきびきびした手つきで氷水をふき取っては、桶に絞っていく。


「グラナンも《微風》を使いなさい」


 そう言うフリードは少し怖い顔をしている。グラナンがしぶしぶ《微風》で乾かすのに参加してくる。

 総勢4人で《微風》だ。ゴブリン店員がふき取ってくれているが、食堂だし、俺を含めた4人とも手をかざしているし、さぞ変な光景だろう。


「何かあったのか?」

「さあ?」


 作業に集中していたせいか気にしていなかったが、店に入ってきた新しい客の声が耳に届く。

 それなりにいい服を着た男が3人だ。一心に作業をしているゴブリン店員に目が行くものの、彼らの元にはすぐに別の店員が向かった。こっちの店員は、見る限り人間の男の子だ。


 《微風》をかけるだけなので、時間つぶしがてら聞き耳を立ててみると気になる声が入る。


「――あのエルフ見てみろよ。耳が短い。……ハーフだ。オークもヒゲ生えてるしおそらくハーフだろ」


 アナはハーフだったのか……。つまり、ディアラたちくらいの耳の長さがエルフでも普通か。カレタカもハーフなんだな。他種族結婚は別にそこまでタブーでもないということか?

 ちらっと見てみれば、声の主は攻略者かもしれないが、傭兵風の男性二人だ。一人は長めの茶髪で、もう一人は肩から金属の胸当てをつけてジョッキを片手にイスに横柄に寄りかかっている。


「そういやそうだな。顔が人族に近い。“オド”か」

「おい。その言葉あまり口に出すな。俺はオークから殴られたくない。――獣人はどうだか分からないが……この分だとハーフの集まりかもな。鹿の方は魔導士のようだし」


 オド? オド……odd……変、妙、奇数……余分。あと何かあったっけ。まあ殴られるほどならあまりいい意味ではないことは間違いない。


 ハーフ――混合種の集いか。俺に偏見はないけど……一般的には多少なりとも差別や偏見はあるようだ。

 現代観に換算するのは平和的すぎるんだろうけど、単に外国人との結婚で親から反対される、という事態でもないんだろうなと察する。ドワーフと人族との混血児のダンテはどういう生涯を送ってきたのだろう。


 そういやと思い、フリードのウインドウを出してみると、種族が「獣人」になっている。フリードは純血か。


「しかしあの魔導士、人がいいのを通り越して変人だな。こんな安い店のテーブルをあんなに丁寧に扱って」


 まあそうかもな。


「案外修道士だったりしてな。奴らの節制の言葉とボロ雑巾の数は目に余る。……しかしなんでまたあんなことに? 周りのハーフの奴らがなんかしたのか?」

「さあ? ダークエルフとエルフで口喧嘩でもしたんじゃないか? 俺は純血のダークエルフとハーフエルフが同席していることに驚きだよ」


 《聞き耳》をオフにして、集中するのをやめた。二人の声が聞こえなくなる。ずっと聞いていたら気分が悪くなる可能性がある。差別感情はいずれ知ることにはなるだろうが、別に今知りたいわけじゃない。


>称号「盗み聞きもほどほどに」を獲得しました。


 ほんとにね。


「ダイチさん。乾かしたら、ギルドに行きませんか? 少し騒がしくしてしまいましたし」


 横からのフリードの言葉に俺は同意した。偏見や差別があるなら仕方ないね。……そういやご飯食べそこなったな。



 ◇



「すみませんダイチさん。うちのグラナンのせいで……」


 改めて申し訳なそうに謝罪してくるフリードにいえいえ、と言いながらちらりとグラナンを見ると、腕を組んですっかりむくれている。やれやれ。


「ダイチ、侘びも兼ねてこれをやる。これから討伐だからみんなで飲んでおけ」


 カレタカが腿に提がっている革袋からエーテルを三本俺に渡す。コルクで蓋をしてあるのは同じなんだが、試験管は一回り太く、俺の持っているエーテル(低)や(高)よりも量が多い。

 《鑑定》で見れば「中級エーテル(低)」とあった。


「いいんですか?」

「ああ。うちはグラナン以外は魔法はほとんど使えなくてな。エーテルは多めに持ってるんだ」

「前衛ばかりでちょっとバランスが悪いんですよね、うちのパーティ。攻撃力はなかなかあるんですが……。私は少し弓を練習したりしているんですけど、あまり才能がないみたいで……クロスボウは故障が多いと聞きますし」

「獣人は弓の類が苦手だからな。仕方ない」


 カレタカとフリードのやり取りにグラナンが自慢げに鼻を鳴らした。アナは相変わらず無関心についてきている。


 魔導士兼回復役のグラナンはパーティの生命線なわけか。でもグラナンの態度を見ていると……。

 戦況にもよるが、俺が補助魔法を率先して使ってしまうか、フリードたちから評価されてしまうかでグラナンの役目がなくなるといったことは出来るだけ避けよう。俺は回復はできないので、役目が完全になくなるわけではないのだが、むくれられて回復が行き届かなくなっても困る。


「それとダイチ。敬語は使わなくていいぞ。お前たちもな」


 カレタカがいくらか声音を和らげて俺と姉妹にそう言ってくる。好意はありがたいのだが……


「は、はい。ありがとう……ございます」


 姉妹、特にヘルミラは少し時間がかかりそうだ。カレタカ2m級ででかいし迫力あるもんなぁ……。でも仲良くなれそうで安心した。


 カレタカのウインドウが出てきた。


< カレタカ LV28 >

 種族:オーク・人族  性別:オス

 年齢:36歳  職業:攻略者

 状態:健康


 ハーフというのは本当らしい。攻略者稼業はしっかり職業になるようだ。

 36歳は、亜人は長命ばかり見てきたからか意外と若いようにも思ったが、どうなのだろう。カレタカは強面だが特に老け顔というわけでもないので、こんなもんかもしれない。……でもフリードは50歳じゃなかったか?



 ギルドは、満腹処や家具屋のある三角の区画の中にある一軒だ。


 満腹処と同じくらいの広さの建物で、二階建てであることも同じだが、よくある外も中も木造仕立ての満腹処とは違い、壁は綺麗に白塗りがされている上、窓もしっかりある。

 こうした家屋も結構見てきたが、形には特に無駄なところもなく、外観は小綺麗だ。中心の入口の周りには柱がいくつかあり、薄いポーチになっている。


 建物の両サイドやところどころに、黄緑色の旗が下がっている。旗には逆三角形を横に三つ集めたマークが描かれてある。門番兵も鎧につけていたマークだ。ケプラか、ギルドを意味するマークなのだろう。

 特に門番らしき人はいないが、建物の前には、ずいぶん品のある装いの商人らしき人たちや、黒光りしているなかなか格調高い鎧をまとっている人がいたりするので、ギルド周辺では変なことはそうそうできそうにない様子が見て取れた。


 雫型の赤い宝石がアーチ状に敷き詰められたドアを押して中に入ると、明るい色の木材、同形のタイル状の白い石が整然と敷き詰められた床が、俺たちを出迎えてくれる。

 目の前に広がるのはずいぶん横に長いテーブルだ。テーブルの内側には白い服に緑色の肩掛けを下げた人々が複数人いる。職員だろう。彼らの後ろには本や紙の束が置いてある本棚がある。奥にも部屋があるようだ。


 ギルド内は思っていたよりも人の数は多く、テーブルのこちら側にはやや薄汚い格好だが背中に剣を提げ、盾を背負った攻略者らしき人複数人、背中にでかでかと金色の刺繍のある真っ赤な服に鳥の羽がついた赤い帽子をかぶった貴族と従者らしき人、農夫っぽい夫婦など、様々な人がいて職員と話し込んでいる。

 人々の服装はともかく、ギルド内の雰囲気はいくらか銀行や庁舎のそれだ。


 パブリックな雰囲気に現代人観を刺激されつつ居住まいを正される思いもするが、壁にはクマっぽい生き物の剥製や、巨大な剣と盾が飾られていて、ギルドにしてもしっかり“そっち側にいること”を教えてくれる。

 首元に手をやりかけて、そもそも俺の服には正す襟とネクタイがないことに気付いたとき、苦笑してしまった。襟のついた服、今のところほとんど見てないんだよね。ヒダ飾りや、紐だったら見てるんだけど。


 奥から少々場にそぐわない歓声が上がったので見てみれば、床がタイルから木材になっている向こう側は、食事処になっているようだ。攻略者なら、合同であそこで軽く打ち合わせをしたりするのかもしれない。


「ギルドはどうですか? 面白いものあります?」


 床を触ってみるため、しゃがみこもうとしたところで、フリードが訊ねてくる。

 またじっくり見てしまっていたようだ。俺の年齢退行は、あくまでも大人の俺を加味した上での現象だと見ているけども、子供の頃、俺はこんな子供だったんだろうかとそんな疑問がさすがに出てくる。


「あ、ええ。なんというか……公的な雰囲気に思ったんですが、あっちはそうでもないなと」

「ああ。――あそこでは軽い商談をしたり、パーティの顔合わせなどをする場所なんです。食事は大したものは出ませんが、安全も確約されていますし結構いい場所ですよ。私も一度だけ合同でパーティを組んだことがあるのですが、会食を通じてパーティの人と距離が縮まりましたからね」

「戦闘が始まってから軋轢が生まれてはな」


 カレタカの発言にフリードが頷く。やはりそういう用途らしい。


「まあ、貴族様や階級意識の強い方なんかは嫌っているみたいですけど、ここでは過剰に騒ぐと攻略者ランクを落とされたり、依頼者であれば依頼が見送りされたりしますからね。みんな自重してます」


 なるほど。グラナンがしてしまったことなんかはご法度か。


 じゃあ、受付にいきましょうか。と、そうフリードが言ってすぐに、ドバン! とかなりの勢いで入り口のドアが開け放たれ、腰に青い布を巻いた金髪の男が駆けこんできた。男の金属防具は傷だらけで、鎧や服の一部が焦げたりしている。


「すまない! アランプト丘の戦況が思わしくない! もし手が空いているやつがいたら参加してくれ!」

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