5-14 半端者の攻略者たち (1) - 獣人とオークとエルフ


 主旋律の縦笛と副旋律のハープと打ち太鼓の伸びやかで軽快な旋律に合わせてタンバリンが2拍子で鳴り響く。

 やがてハープのソロになる。バックには、バイオリン的な弦楽器と小さな太鼓を添えて。

 再び縦笛と2拍子のタンバリンが参加し、――今度はバイオリンと打ち太鼓のリズムがメインになった。


 陽気さと軽快さ、神秘的さ、そして大自然の雄大さも垣間見えるケルト的な音楽に合わせて舞う緑の衣装を着た踊り子の踊りは可憐の一言だったが、軸足もしっかりしたものだったし、踊りの表現力もあるようで、儚げながらしっかりと伝わってくる力強さが、彼女の踊りにはあった。


 ――音楽が終わり、拍手や喝さいが起こる中、彼女は胸に手を当てた後、軽く投げキッスをした。


 さっきからマルタやジータという名前が連呼されているので、踊り子の名前なのは分かっているのだが、今呼ばれているのはマルタなので、どうやら緑色の衣装の彼女がマルタと言うようだ。

 マルタはあまり見かけない肌が白めの女性で、薄いプラチナブロンドの髪も合わせて、どこかエルフを思わすような雰囲気のある美女だ。逆に赤い衣装のジータは、黒髪褐色の東欧系の美女だった。


「お集りの皆さん!! 熱狂しているようですがマルタとジータに熱を上げるのもほどほどに! 二人はご紳士諸君の流し目に慣れきってますからね! ああ、だからってお嬢様方もほどほどにしてくださいよ? 『フェーダスの姉妹』のように、秘密を抱えて部屋を出たくない男も見たくないと言われた日には私たちは商売あがったりですから! ――さて! お次は皆さんご存知の大大大英雄ウルナイ・イル・トルミナーテのバラッドです!! ――お静かに、お静かに!! さあさ、歌い上げるのは我がサラバルロンドお抱えの吟唱詩人ソライル・ワグネル氏だ!!」

「待ってたぞー! ミスターワグネル!」

「またあの綺麗な声聞かせて!」

「金は返したかー??」

「借金まみれで喉がつぶされたとか末代の恥だぞー!!」


 でもケプラに来るために少しは借金しとけよ、という声が出ると笑い声があがる。


「今回はどこのシーンで盛り上げてくるのかしら?」

「そりゃあやっぱりウロボロス討伐譚だろう!」

「それじゃあいつものことじゃない! ミネルバ姫とのシーンで盛り上げてほしいわ」


 もう結構聞いているが、楽団の演奏はまだまだ終わる気配はない。次はウルナイの詩吟らしく、名残惜しかったが、待ち合わせの時間的にはぼちぼちだろう。

 ちなみに楽器は他には、譜面台のように眼前に置いたボディに金属製の弦を張り、ばちで打って演奏するものと、積み木くらいの木を打ち鳴らすものなどがあって、色々と興味が尽きなかった。


「そろそろ降りようか。待たせちゃ悪いしね」

「「はい」」


 なるべく周りに人がいないところに降りたかったが、さすがに難しそうだ。とはいえ、みんな楽団の方を見ているので、そんなに騒ぎにはならないかもしれない。

 まあいいかと思う。ついテンションが上がって、三人で屋根に跳躍してしまったけど、身体能力が人族よりも高いダークエルフの二人もいるしね。俺も似たようなやつと見られるだろう。


 ディアラとヘルミラと共に武器屋の横の家屋から降りる。満腹処は、アマリンの武器防具屋の前の通りの家具屋から、外壁に向かって道沿いに歩くとあるらしい。


 満腹処はすぐに見つかった。

 横に広い二階建ての大きな建物で、建築的な特徴はそんなに目立ったものはなかったんだが、肉やスープの香ばしい匂いが漂ってきたことと、ウエスタンドアの上の看板に満腹処とでかでかと書かれていたからだ。


「ここみたいだね」

「いい匂い」

「だねぇ。お腹空いた?」

「少し、空きました……」

「ヘルミラは?」

「私も、少し」

「何か食べようか。フリードさんも食べながら待ってるって言ってたし」


 照れくささを漂わせる二人の反応に微笑ましく思いつつ、満腹処に入る。


 明るい木材と日光、いくつかの蝋燭の灯りに彩られた店内はそれなりに人が入っている様子だ。楽団がきていなかったらおそらくもっと人がいたのだろう。


 どこか懐かしさを覚えたのは、客層のためだろう。

 農夫、労働者、貴族然としていない商人に、獣人の姿もある。庶民派の味と評されていたように、下町の食堂の雰囲気のままに、ここには金櫛荘のお金を持ったかしこまった格好をした人々はいないように思われる。


 下品めな笑い声も聞こえるが、あくどいものに聞こえないのはさすがに好解釈しすぎか?

 とにもかくにも、ヴァイン亭の雰囲気に近い、人の話し声の絶えない和気あいあいとしたものが、満腹処にはあった。


「なんかヴァイン亭みたいだね」


 と、そう感想をこぼしてみると、ディアラは俺を見てはいと頷く。心なしか嬉しそうに見える。ヘルミラは何かあるのか物珍しそうに店内を見ている。


 小さな酒樽や食器類の並んだ棚があるカウンターに店員はいない。

 奥に部屋があり、「肉焼けたか?」「まだです!」「早くしろ!」「無茶言わないでください! 火消えちゃったんですから」「薪ぃ!!」という思わず苦笑してしまったやり取りが聞こえてくる。厨房のようだ。


 カウンター席にはだいぶくたびれた服を着た頬のこけた中年男性が味わうように酒を飲んでいる。防具もつけていないし、そんな風にはあまり見えないが、腰には長剣、足には短剣があるので、傭兵か攻略者なのだろう。

 その横ではターバンを巻いた商人風の青年二人が外から聞こえてくる小さな音楽に耳を傾けているようで、踊り子の二人について熱く語っている。


 ウェスタンドアの近くでしばらく待ってみるが、店員から声はかけられない。

 店の奥から、「おーい、酒追加頼む」「はいはーい」という声が聞こえる。店内はヴァイン亭より倍くらいの広さがある。忙しそうだ。


「呼びに行った方がいいかな?」

「どうでしょうか……」


 店員を呼びに奥に行こうかと思ったところで、カウンター席で酒を飲んでいた中年男性が、「そこで突っ立ってても酒は出ねえぞ」としゃがれた声で声をかけてくる。


「そうですよね。店員さんを呼びに行った方がいいですか?」


 俺の解答に何が楽しかったのかは分からないが、男性は頬をもちあげて少々薄気味悪く笑った後、ジョッキを煽った。ふうーと盛大な吐息。男性の解答を待つが返答はなかった。

 少し田舎者感出しすぎただろうか。とはいっても、どうしようもないのだけど。


 そうこうするうちに、分厚い肉の乗った皿を持ったゴブリンが近くのテーブルにやってきて「おまち!」と威勢のいい声を張り出した。

 客との短いやり取りのあと、ゴブリンがこちらに気付く。シャツとパンツというごく普通の格好の上に黄色の前掛けをしている。


「あ、いらっしゃいー! 三人ですか?」


 ゴブリンの店員がやってきて俺を見上げてきて訊ねてくる。

 外見の種族的特徴こそミラーさんやソラリ農場のゴブリンと大差ないが、目はミラーさんよりも大きく見えるし、どことなくだが女性的な愛嬌もある。ピアスのついた耳がぴくぴくしていた。そういやゴブリンにオスメスあるのか?


 耳を注視した俺にゴブリンは首をかしげた。その様子に俺は思わず頬が緩んでしまった。なんかこのゴブリン、小動物系だ。


「ええ。知り合いと待ち合わせてるんですけど」

「名前分かりますか?」


 フリードの名前を伝える。


「フリードさん……あー! はいはい。こちらにどうぞ!」


 客の名前覚えてるのかな? ゴブリンについていって、店の奥に行く。店の奥は戸がまたあり、裏からも出られるようだ。

 二階に続いている階段の付近にも席があった。少し薄暗いが、巨漢の男と鹿の角を生やした獣人がいて、興味がいく。同席者には、人族らしき女性と白い犬か狼の耳を生やした獣人がいた。あ、と思う。


「ダイチさーん! ここです」


 やはりフリードのようで、声がかかる。巨漢の男や鹿の角を生やした獣人、そして人族の女性は、どうやら俺たちの合流するパーティのメンバーらしい。

 というか、薄暗かったせいか一瞬分からなかったが、巨漢の男の肌は緑がかっている。……オーク? それに人族だと思ったが、女性は耳が少し長い。うちの子たちほど長くはないんだが……。エルフか?


 オーク、鹿の獣人、狼の獣人、そしてエルフという、ファンタジー的になんとも豪華なラインナップの面々の集う席の横のテーブルに俺たちはつく。

 当然俺はみるみるうちに心が弾み始めたのだが、彼らの放つ雰囲気はそう軽々しいものではない。小躍りでもしそうな内心を外交のそれに無理やり変えてぐっとこらえる。


「お待たせしましたか?」

「いえいえ。サラバルロンドの音楽を聞きながらのんびり食事してましたから」


 フリードはニコニコとそう話した。馬車内で俺たちと話している時よりも表情は柔らかい。

 フリードの前にはレタスっぽい葉物野菜だけの残った空の皿をはじめ、ジョッキもある。ニコニコしているのは酒のせいか、親しい仲間との語らいのおかげか、それとも店内にもわずかに聞こえてくる軽快な音楽によるものか。


「みんな、こちら話していたダイチさんとディアラさんにヘルミラさんです」


 各々の視線が改めて俺たちに注がれる。フリードの視線は相変わらず温かいものだが、三人の視線はさっきからいまいち愛想がない。


 巨漢で強面のオークや、人間に排斥感情を持っているらしいエルフはともかく、鹿の獣人までもがふてくされたように俺たちのことを見ている。西門の獣人のトミン君も多少そんな可愛げのないところはあったけれども。

 ソラリ農場での事を知っていれば、この反応も少しは緩和していたのかもしれないが……仕方ない。


「えっと、ダイチです。――ディアラに、――ヘルミラです。今日はよろしくお願いします」


 紹介したあと軽く頭を下げる俺に、姉妹も続く。


 そして、


「カレタカだ」

「アナ」

「……グラナンでーす」


 グラナンという名前らしい鹿の獣人がぼそっとそう言った後、ぷいと視線を逸らした。エルフも興味なさそうに視線を前にやったが、体をこちらに向けていたオークは依然として観察するように俺たちを眺めている。……が、オークも座り直して観察をやめてしまった。


 ……紹介終わり? はや。


 フリードが苦笑して、「普段は別の方とパーティを組まないので」と言葉を入れてくる。座ってくださいと言われたので俺たちは座った。


「改めて紹介しましょう。オークがカレタカです。重戦士でうちの前衛をやってもらってます。武器は斧で、スラッシュアックスの名手でもあります」


 スラッシュアックスね。

 スラッシュアックスは、斧系の両手武器にしては軽めの部類で、攻撃力は低めだが、斧の中で二番目に攻撃速度が速い武器だ。


 クライシスは戦闘においては、攻撃速度至上主義とも言えるゲームだったので、攻撃速度の遅い斧の採用順位は当然のように最下位に近い武器だったが、スラッシュアックス系武器はそこそこ速度があり、攻撃力も採用率トップの片手剣よりもあるため、稀に使っている人を見かけた。

 PVPではキル数も勝利条件に加味されるので、見つけたら真っ先に狙ってみていたが、曰く、斧というのはロマンのある武器だとかなんとか。


 オークの傍には斧が立てかけられている。クライシスのスラッシュアックスは包丁のような長方形の刃がついていたものだが、彼の斧には、いくらか持ち手側に刃が伸びているようだが、スタンダードな扇型の刃が柄の片側についているものだ。

 刃先には革紐で縛られた皮のホルダーがついていて、柄には取り外しのできそうな長い革紐が二つついている。胸元で結んで背中に背負う用途だろうか。ディアラの槍のように柄に何もついていないなら紐はずり落ちてしまうが、斧の柄には鉤爪のような金物があり、そこに縛ってあるのでずり落ちなくなっているようだ。

 色々よく出来てる。ホルダーも武器によっては大きさが違ってくるだろうし、革細工師がいるわけだね。


「……なあ、フリード。本当にコイツが、《瞬歩》の使い手なのか?」

「そうだよ。私ははっきり見たんだから。目にもとまらぬ速さで私がエルマさんに殴られかかったところを助ける様を!」


 ねえダイチさん、と変な迫力でフリードが俺を見てきたので、思わず俺は頷く。

 《疾走》というスキルもあるので、実際に《瞬歩》を使ったかどうかは正直判断がつかないところだが……というか、あの時俺はスキルを使ってたのか。まあ、そうか。距離も結構あったしな。フリードの方が確実に俺よりもこの世界を知っているので、きっとフリードの言葉が正しいんだろう。


 それにしても赤らんでこそいないものの、フリードはだいぶ酔いが回ってるんじゃないか? これから討伐に行くというのに。

 と、そんなことが頭をよぎる俺とは裏腹に、オークの視線が俺に刺さってくる。


 オークは初めてみる。この分だとオークは人間社会に溶け込める種族のようだが、街中でもまだ遭遇したことはない。

 オークはファンタジー諸作品の作品の例によっては牙が口から出ていたり、豚の顔の加減に拍車がかけられたりしているが、カレタカの顔立ちは肌が緑色である以外、ほぼ人だ。


 「岩のような」という形容詞が似合うようないかつい顔ではあるのだが、俺を疑ってきたままにどこか賢そうな目つきで、こげ茶色の髪があり、顎には髭もある。

 耳からは牙のピアスが垂れている辺り少し色合いは異なりそうだが、超人ハルクを思い出した。もっともハルクは半裸だが、彼は服はしっかり着込み、鈍色の装備を各部位に装着している。


 何か言われるのかと待ってみたが、カレタカは俺と視線をしばらく交わした後、ジョッキを軽く煽り、「防具は着た方がいいぞ」と目線を合わせないままコメントしてくる。


「お前は魔導士なのか?」


 と、カレタカが言うので、多少はと返してみると、怪訝な様子でカレタカが見てくる。だがまたすぐに視線を逸らして、


「なら、なおさら着た方がいい。大部隊の後方で魔法に専念するならまだしも、今回はパーティに過ぎんからな。突然の投石に魔法が中断されるとも限らない」


 全くその通りだ。やはり知的なオークらしい。


 別に馬鹿にしていたわけではないが、オークは知能が低いイメージもあった。俺は革の胸当てだけでも装備しなかったことを多少後悔しながら、「アドバイスありがとう。参考にさせてもらうよ」と返答した。言葉を崩してみたが……あまり効果はなかったようで、彼はこれといった動きを見せない。


 カレタカがそれ以上会話をしてこなかったので、紹介はエルフに移った。


「エルフがアナです。不愛想ではありますが、特に人族を嫌悪しているわけではなく彼女の性格なので安心してください。長剣使いです」


 アナはちらりと俺をもう一度見たが、特に言葉を発することもなく、また視線を前に戻す。

 エルフならダークエルフを気にしてもいいとは思うが、こちらを見たのが短い時間だったので、姉妹に視線をやったのかはちょっと分からなかった。前にいるのは鹿の獣人の子だけど、何を見ているんだろう。


 アナは、エルフの例の通り、顔立ちがかなり整っている。

 肌も白い磁器のような透き通る白さがあるが、ただおすまし系というか無感情キャラというか……人形のような無機質なものが遠慮なく顔に張り付いている。単に性格だとフリードが言っていたが、交際を拒絶しているというよりは、そもそも関心がないといった風だ。機械的と言ってもいいかもしれない。


 ちらりと見えていた腰に提げられている長剣は、至って普通の剣だった。鞘の意匠はガルソンさんの店でも特に見ていないし、なさそうなものだが、つけている革の防具同様に別に豪華でもない。むしろ地味だ。

 エルフだったら妖精剣の類とかクライシス準拠ならエルフ由来の美しいユニーク長剣「アールヴ・ハイネス」など、何か特別な剣を持っていそうなものだが……排斥感情があると知られている人族社会に出てきて傭兵稼業をやっているほどなので、エルフの中でもだいぶ変わった性格のエルフなのかもしれない。


「で、こちらの鹿の獣人がグラナンです。補助や回復を頼んでいます」

「ほんとは火力魔法が得意なんだけどね? カレタカやフリードがどーーーーーしてもっていうからやってるだけで」


 元気っ子らしい。仕方なくと言っているが、そんな風にはあまり見えない。グラナンが他の見てきた獣人たちの例に漏れず、姉妹と同じかもっと下くらいの年頃の幼めの顔立ちをしているからもあるだろう。


「無理しないでいいぞ。ただ、家に帰れなくなるかもしれないが」

「えーー! なんでそんなこと言うの! カレタカのいじわる!」


 見れば、カレタカは笑い声こそあげなかったが、薄く笑っていた。フリードも同じだ。仲が良いようだ。微笑ましい。


 それにしてもグラナンの年齢はともかく性別はちょっと分からない。胸は装備で隠れているし、髪も長めではあるけどショートだ。この世界の女性でショートは子供以外にほとんど見かけていない。声は高いし、女の子だろうか?

 鹿の耳の上の側頭部から遠慮なく突き上げている二本の角は、ゾフのしていた横に広がっていた角に比べると小ぶりだが、20cmほど縦に伸びている。七竜が持っているくらいなのだから、たぶんゾフの角の方が希少価値は高いものなんだろうけど……それにしても生活面で邪魔になりそうだなといらない心配をしてしまう。


「ねえダイチは魔導士なんだよね? 何の魔法が得意なの?」


 ぶーたれていたが、グラナンが今度はニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべてそう訊ねてくる。

 魔法は別に得意というほどでもないのだけれども、グラナンの俺の小馬鹿にするような様子から、それを馬鹿正直に言ってもなと察してみる。


 とりあえず《水射ウォーター》がダントツで使っている魔法なのだが、これから討伐という時に初級魔法が得意ですと言っても鼻で笑われそうだ。

 俺的には「《水射》神!」と思っているくらいなんだけど、攻撃魔法が得意らしいこの子に通じるようにはちょっと思えない。


 ある程度使っていてウケがよさそうなのは……


「……氷魔法かな」

「氷! 珍しいね!」


 グラナンが爛々を目を輝かせて俺を見てくる。氷魔法は正解だったらしい。そういやインも珍しいって言ってたな。あんまり褒めてはなかったけど。


「氷魔法の何が得意??」


 《凍久なる眠りジェリダ・ソムノ》は遺失魔法だとかで知られてないっぽいので、一般的ではないだろう。第一、使えるわけもない。満腹処で猛吹雪が吹雪いて、氷の彫像という名の死体の山が出来る。

 無難に中級水魔法の《氷結装具アイシーアーマー》を提示してみる。


「おー! 渋いとこついてくるね!! なかなかレベル高いんだね!」

「そんなことないよ」


 ふうん、と俺の上半身を観察するように眺めるグラナン。フリードが失礼ですよと言っているが、グラナンは意に介さない。別に失礼じゃないんだけど、どうやら感染症の話はフリードにはだいぶ効果はあったようだ。

 もしグラナンに、俺のレベルとか体内魔力を感知する魔法があるなら、いくらか表情を変えるはずだ。が、観察しているグラナンには特にそんな変化もない。


「ねえ、《氷結装具》やってみてよ。うち、どんなのか見たことなくって」


 眺め終えると、またニンマリしてきて、そう言いだすグラナン。まだあまり信じていないようだ。「グラナン」とフリードがたしなめるように言って、ため息をついた。

 まあ《氷結装具》なら放出系ではないので周囲に被害も出ないし、見せてもいいようにも思う。一応一緒に討伐する仲だしね。ディディのように、実力を確かめるためと言って、手合わせをするよりはずっと穏便でいい。


 俺は二の腕に手をかざして、氷製の籠手を作る。

 やがてジル戦で作ったままに、真っ白だが、ジョーラが装備していた枠飾りと模様があり角のようなものが二本生えている立派な籠手ができた。


 グラナンが表情を固めてガン見している。本当に出来るとは思わなかったとかそんなところだろうか? 嘘を言っても仕方ないんだけどね。

 それとは別にフリードは、おぉと声をあげた。カレタカも少し体を乗り出して関心を露わにしている。アナはちらりと見ているだけだ。冷淡というほどではないものの眼差しは無機質だ。とても興味があるとは思えない。一度目が合うが、すぐに籠手に向かった。


「ちょ、ちょっと触らせてよ?」

「いいよ」


 四人に腕を差し出そうとして、席を立った。気づけば姉妹は得意げの様子だ。俺のことをいまいち信じていなかったグラナンに対して思うところがあったんだろうか。喧嘩しないでよ?


「ほぉ……硬いな。鋼くらいは軽くあるだろうな」

「え。そんなに!?」

「ああ。実際に使ってみないと分からんが……――軽いし、いや……メキラ鋼と同等かもしれん」

「え!? メキラ鋼!? うっそでしょ??」

「さあな。戦いの時に俺に付与してもらってもいいか?」


 もちろん、と頷くと、カレタカが「楽しみだ」と言って小さく笑みを向けてくれる。どうやら彼には戦闘狂の節があるようだが、戦いのある世界だ、別に珍しくもないか。なんにせよ少し仲良くなれたようだ。

 メキラ鋼か。初めて聞いたが、聞く感じ鋼の上位といった立ち位置と考えとこう。


「わ、私だって氷魔法くらい……!」


 グラナンが掌を表にすると魔法陣が出てくる。あんまり慣れないことはしない方が……。

 と、そんなことを思いながら内心で苦笑していると、「あれ、あれ」と焦ったように反対の手で手首を抑え始めるグラナン。淡い水色の光を放ちながら、氷塊か何かを出す予定だったにちがいない手が震えている。


 そのままグラナンは俺たちの方に手を向けてしまい……俺たちのテーブルの上には、パキパキと小気味いい音を立てて端から端まで見事な氷の道ができた。幸い、俺たちはまだしてないので食器の類はないが、グラナンのジョッキは半分ほど凍りついている。


「あ……あれー? おっかしいなぁ……」


 グラナンができた氷の道に乾いた笑いを浮かべた。おいおい……幸い何もなかったようだが、姉妹は思いっきり身を引いている。


「っ! グラナン! 危ないじゃないか! ご無事ですか!?」

「ええ、俺は。二人は?」

「あ、はい。大丈夫です」


 二人が何もないことを確認していると、「コラー!! 食堂内で魔法は禁止です!!」という声。さっき案内してくれたゴブリンが猛烈な勢いでやってきていた。


「使ってないって言っても、半年くらいなのになぁ……」


 グラナンがそうつぶやく。半年未使用で制御しづらくなるのか。俺も気をつけとこ。

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