5-13 脅威度とアクセサリー


 ケプラの東門に着き、準備もあるだろうからということで、だいたい一時間後、ギルドの隣にある料理屋「満腹処」で落ち合うことになった。食事をしているので時間はさほど気にしなくていいとのこと。


 満腹処はアルマシーがおすすめだと言っていた店だ。庶民向けの店とかだったか。


 とりあえず俺たちはチーズやトウモロコシの入った木箱を持って、金櫛荘に戻ることにした。狩り用の装備をつけるためだ。


 金櫛荘に着くと、マクイルさんに出迎えられる。マクイルさんはだいたいフロントにいるようだ。

 チーズを渡してしまおうかと思ったが、後回しにすることにした。長話をしたいわけではないが、時間を気にせずゆっくり話を出来るそんな時に渡したい。ホームシックのこともあるしね。ガルソンさんはもう渡すことにした。


 部屋で狼狩りの時にも着た濃緑のチュニックと黒いパンツに着替えたあと、姉妹を呼びに行くと、装備を装着した二人が部屋から出てくる。

 今回は訓練や狼狩りではないので、二人は俺と同じ濃緑のチュニックと黒いパンツの上には肩、胸、腕、足に革の装備をしっかりつけた上で、ディアラは槍、ヘルミラは弓矢を持っている。

 二人ともショルダーバッグも提げているが、鞄は結構パンパンだ。もちろん短剣も腰にある。


 俺の方は、腰にはもちろん短剣があるのだが……それ以外は特に防具はつけてない。というか、持ってない。

 狼狩りの時、革の胸当てだけでもつけてくれと懇願してきたように、ハライさんの店辺りで防具を見てくれとか言われるかと思ったが、二人は今回は特に何も言わなかった。


 補助なしのジョーラを倒していた手合わせを見れば俺に防具は必要ないと判断するのかもしれないが……ぶっちゃけ少し寂しかった。

 ご主人様、死んじゃうよ? 普通に戦ったんじゃ、死なないだろうけどね。これからフリードたちと戦う相手がまさか七星や七竜並みってことはないだろう。


 防具は買ってもいいんだが……戦闘時の動きが鈍りそうなのを少し懸念していたりする。

 狼相手に皮の胸当てを装備している分には特に何も感じなかったので、問題ないとは思うのだけど。あと不格好になりそうなこととか、絶対に似合わないだろうとか、他にも色々と懸念材料がある。今回の討伐でその辺色々と分かるだろう。


 満腹処に行く前に俺たちはチーズを渡すがてらガルソンさんの店に寄ることにしていたが、ついでにその前にネリーミアの店に寄ってみることにした。用向きはもちろん新たな魔法だ。

 だが、店は鍵がかけられ、閉まっているようだった。残念。


 仕方ないので、そのままガルソンさんの店へ。目当てはアクセサリーだ。

 まだ詳細は聞いていないが、武器防具と一緒に並んで売ってはいたし、各種抵抗を上げてくれるアクセサリーもきっとあるはずだろうと思って。精神抵抗は依然として「-20%」のままだ。俺が誰かに操られるなんて災厄もいいところなので、精神耐性は第一にあげておきたい。


「なんかずいぶん人が集まってるね」

「なんでしょうね?」


 ウルナイ像付近には例によって人だかりがあった。……いや、人だかりというか集会の規模だ。木箱や荷車に座っている人もいる。


 ウルナイ像周りは東西南北の門にそのままつながっているため、時々馬のまま通っている人もいたのだが、この分だと通るには難航しそうだ。

 住人が進んで平伏しそうな王族や公爵クラスはともかく、貴族は名乗ったりして無理やり通りそうな人はいそうなものだけど、こういったことは恒例行事なんだろうか。


 何の騒ぎかと思って人混みの合間からちらっと集まっている奥を見てみたら、像の前の一部スペースが開けているようで、何やら看板が立っているようだった。何だろう。


「アマリアって今関所の規制が厳しくなってるんだろ? 楽団の人帰りどうするんだろうな」


 後方にいるギャラリーによれば、来るのは楽団のようだ。


「普通に帰るだろうさ。サラバルロンドはアマリアお抱えの楽団だし、立派な傭兵連れてるの見たわよ」

「あいつら、<白銀衆>の元メンバーだっていうぜ?」


 横から男性が会話に加わる。


「<白銀衆>ってイレナ姫のかい?」

「最近何人か若いのと入れ替わったんだとさ」

「へえぇ。なにかあったのかねぇ」


 イレナ姫ね。そういえば、まだ王族とは出会ってない。ジョーラを助けたことは関係者に伝わっているだろうし、行けばすぐに関わりが生まれそうではある。

 お姫様とか王様とかは見てみたくはあるんだが……頼まれごとをされたら断りにくい上、権力争いとかに使われる可能性もあるので、距離を置きたいのが正直なところだ。普通に雑談するだけがいいんだけど、あまり現実的ではない気もする。


 また、もし、イン――七竜との繋がりがばれでもしたらとんでもないことになることも想像に難くない。いや、逆に畏れ多くて手を出されないかもしれないが。


「いいからこっちこいよー! こっちの方がよく見えるぜ!」

「あたしはあんたみたいにガキじゃないのよ。服も汚れるしここでいいわ!」

「そんなガキについてきて喜んでたのはどこのどいつだよ」

「そんなわけないでしょ! 仕方なくきたの!! おじさんからあんたの世話頼まれてるんだから!」

「ウィードおじさんめ……」


「おい、豚クソ野郎! そのクソ汚い足をどかせ!」

「そうなるとここはクソ塗れだがいいのか? おまえの足にも豚のクソがつくぞ~?」

「ふざけやがって……」

「やめなって。こんなところで。……あの人傭兵か何かでしょ?」

「チッ……酔っ払いが……」


「楽団はいつ頃来るんだ? わたしゃお貴族様へ配達があるんだが」

「あんたの事情なんぞ知らんよ。今頃、裏で楽しく裸の見せ合いをしてる頃だろうさ」

「はあ? 砂漠にいるでもなしに、なぜ裸にならにゃいかんのだ。エータイ族の祭りかなにかか? わたしゃ配達があるんだ。時間厳守だぞ」

「じいさん、いいから配達行ってきな。あんたが踊り子の踊りを見たら、刺激が強すぎてぶっ倒れるかもしれん」

「はっは。遺言は『私には配達がある』だな。なかなか渋い名文句の誕生だ」


 声が重なり、耳というか脳内がカオスなことになってきたので、《聞き耳》は切ることにした。

 なにやら踊り子がくるらしいが、楽団はなかなか来ないようだったので、用事をすますことにする。


 アマリンの武器防具店の店内は、男性の二人組が鎧の前で何やら金のことで話し合っていた。

 ガルソンさんの姿が見えなかったので、回り込んでみると、カウンターの前にガルソンさんはいた。検分でもしているのか、短剣が数本乗った大きな木箱の前で座り込んで、手に持った短剣の刀身を眺めている。


「こんにちは」

「お。農場は行ってきたのか?」

「はい。お土産も買ってきましたよ。――チーズです」


 ガルソンさんにチーズを渡す。


 ガルソンさんは「いらねえって言ってんのに。買ってきたんならまあしょうがねえな!」と言って受け取ったあと、バシバシ肩を叩いてくる。

 嬉しそうだ。喜んでくれて俺も嬉しいよ。ちなみにチーズは大きな麻袋に入ってある。直で。


「で、今日はどうしたんだ??  あ、チーズのお返しにまけてほしいって腹か? なかなかこざかしいことするな? まあ、坊主くらいの歳だったらこざかしいことの一つや二つ許されるってもんだわな。がはは!」


 ハハハ。喜んでくれて嬉しいけどテンションたけえ。


「耐性系のアクセサリーってあったりしますか? 出来れば精神抵抗をあげるものがあると嬉しいんですが」

「おー精神耐性か。大したもんじゃないが、それでもいいか? うちは残念ながらそっち方面はあんまり得意じゃなくてな」


 構わないと頷く。ガルソンさんがアクセサリーブースに行って、ペンダントトップに豆くらいの小さな白い石がはめ込まれたものを見せてくる。

 パールのようにも思えたが、輝きは曇っている。白い縦筋もあるし、どちらかといえばムーンストーンかと思ったが、傾けると緑色と黄色の2色が交互に輝く。


「破邪のネックレスの一番小さいのだな。聖浄魔法の《治療》の魔力を閉じ込めてある」


 そんなに変わった名前でもないが、クライシスではなかったアクセサリーだ。


「へえぇ……どのくらい効果があるんですか?」

「そうだな……俺はかれこれもう使ってないんで聞いた話なんだが、ゴブリンマジシャンの使ってくる混乱魔法だったら、軽減できるくらいには効果があるとは聞いてるな。脅威度で言ったら<アース>の魔物なら大体効果はあるだろうな。<フォレスト>クラスの魔物と戦うんなら、あまり信用はできんかもな」


 ゴブリンマジシャンの混乱魔法ね。それにしてもアースにフォレスト……脅威度か。


「<フォレスト>クラスって下から二番目ですか?」

「そうだが……って、もしや坊主脅威度知らねえのか??」


 ガルソンさんが呆れたように訊ねてくる。

 客にもしっかり聞こえたらしい。田舎もんだな、でもダークエルフいるぞ、という囁き声が届く。


「嬢ちゃんたちは知ってるよな?」

「一応聞いてますが、あんまり……」


 ヘルミラも頼りなさげに首を振る。


「……あーそうか。里にはギルドとかないもんな。……ま、脅威度って言うのはだな、俺たちにとってその魔物がどの程度の脅威かを示した指標だな。<アース><フォレスト><マウンテン><マーレ><バベル>の順番で5つあるんだ。<バベル>の魔物はもはや魔人クラスだな。野放しにしてたら下手したら国が壊滅する規模だ」


 それは怖い。

 名づけ元は自然かな? バベルはバベルの塔……天とかだろうけどマーレってなんだ? 海辺りかな。


「<マーレ>ってどういう意味ですか?」

「昔の言葉で海って意味だそうだ。<バベル>もそうだぞ」


 ガルソンさんが店の天井を指さす。


「――天空って意味らしい。まあ<バベル>の方は大昔の魔人からきてるらしいが」

「大昔の魔人」

「知らねえか? バベル・アザゼルって魔人だよ。二千年も前だっていうし、作り話だろうけどな。このバルフサの大陸を破壊しつくし、七竜様も手を焼いたっていう話さ」


 神話みたいなものか?


 で、アクセサリーはあとはこれだな、とガルソンさんが話を切り上げた。二千年前の話はそのうちインに聞いてみよう。


「篝火のリングと清水のリング。火と水の属性抵抗をあげるやつだ」


 赤いのが篝火のリング、青いのが清水のリングらしい。二つとも、結婚指輪とかでありそうな、細くて何の装飾もないシンプルな指輪だが、ステンレスリングのようなメッキ感のある輝きが特徴だ。

 例によって、低級のアクセサリーらしい。クライシスでも同名のものこそないが、それぞれの属性に対応するリングがあったのは同じだ。一番低級のもので属性抵抗が10%あがっていたけど。


 指輪のサイズは細いのと太いのとで2種類があり、それで合わないなら、ネックレスに下げたりするとのこと。

 細い方を指に入れてみるとちょうどよかった。ステータス欄を開いてみると、火抵抗が5%上がっていた。5%かぁ……。俺も姉妹の二人も細いサイズでちょうどいいらしい。


「じゃあ、これと破邪のネックレスを3人分お願いします」


 値段を聞いてないが、繋ぎ装備っぽいし大した値段じゃないだろう。

 俺がそう言うと、おいおいと呆れた声をあげるガルソンさん。なんだろう。


「買ってくれるのは嬉しいんだが、もしや坊主もつけるのか?」

「ええ、まあ」

「うーん……。……悪いもんじゃないんだがな。こいつらはな、悪くはねえんだが、どれもようやく剣を振れるようになったような奴がつける代物だぞ。お前さんはあんだけ強いのに装備は一つも大したもん持ってないのか?」


 ガルソンさんが変なものでも見る顔で俺を見てくる。

 ……なるほど、確かに変な話だ。ジョーラも凄そうな槍と鎧を装備持っていたし。アクセサリーも相応のものをいくつか身に着けていたのかもしれない。


「いや、あるにはあるんですが……諸事情で使えないんです」


 ディアラが俺に、そうなんですか? と訊ねてきたので、一応ね、と答える。魔法の鞄に収納されているクライシス内の装備は、インには見せたが、姉妹にはまだ見せていない。

 クライシスではアクセサリー類は装備レベルが低いものでもエンチャントを頑張れば問題ない。ただ俺は、元廃人ギルドのノヴァの一員でもあったので、それなりのものをつけている。一番低いもので装備レベルは295だ。


「使えない? 呪われたりしてるのか?」

「まあ、そんなところです」


 呪いの装備があるのか。まあ、あるか。エルマも言ってたし。

 ガルソンさんが目線を下にやって軽く頭の後ろをカリカリ掻いた。


「鍛冶師としちゃお前さんほどのやつが装備する代物も気になるが……火のないところには煙は立たねえってな」


 そう言って、片眉をあげて俺を見上げてくる。ああ、嫁と娘大好きだもんね。先日賊という名の知り合いと騒動を起こした奴とは、その辺距離を置いておきたいものだろう。


「ま、それはそれとして、だ。アクセサリーは宝石屋を見に行ってからでも遅くはないと思うぞ」


 宝石屋? ガルソンさんが破邪のネックレスの石の部分を見せてくる。


「石がついてるだろ。アクセサリー類は石を宝石屋から卸してもらって俺たちが枠組みを作るんだが、希少なのや高価なのは宝石屋以外の店に置かない決まりでな。相応のものが欲しい場合は宝石屋に行くことになってるんだ。もちろん、耐性に期待ができるものほど高くなるぞ。希少な魔鉱石とか使ってるからな」


 話は分かったが……相変わらずガルソンさんはいい人だ。教えなかったら、アクセサリーがごっそり売れただろうに。


「……ま、そういうわけでな。ちゃんとしたアクセサリーが欲しいなら、一度宝石屋を覗くのをおすすめするぞ」


 宝石屋は割と近かったんだが、昼から開くらしい。


「盗まれるのを案じて、朝と夜は人を入れないことにしてるんだとよ」


 なるほどね。流れ的にここで買うのは保留だったんだが、これから討伐に向かうことを理由に、破邪のネックレスだけ買ってみた。値段は一つ8千Gだった。


「結構高めですね」

「だな。精神抵抗系のものはこの辺だと割高でな。それに、今はアクセサリー用の魔石の供給が追い付いていないんだとよ」

「戦い始めたばかりの方って、結構お金持ってる方が多いんです?」

「いや? 金なさそうな奴で実際に金ない奴ばっかだよ」


 そうだよねぇ。


「まあうちはツケもできるようにしてるからな。装備も揃えずに行って死ぬ奴も結構いるんだ。寝覚めが悪くて仕方ねえ。……当たり前だが根性のなさそうな奴には売らねえよ? その辺は俺のこの目にかかってるわけよ。もちろん坊主は合格だぜ?」


 ガルソンさんがそう言って俺に軽くウインクしてくる。色々と生々しい商売事情だ……。


 破邪のネックレスはつけてみると、精神抵抗は5%しか増えなかった。しょぼすぎる……。

 後々宝石屋にも寄るが、精神耐性を20%分上げてイーブンにするのでも結構大変かもしれない。まあないよりはマシだ。さすがに1%の上昇値は考えるが、収集していこう。


 姉妹にもつけてあげた。大切にします、と少し恥ずかしそうにしながら意気込まれる。

 大切にしてくれるのは嬉しいんだけど、早めにもう1,2ランク上のものに乗り換えようと思った。二人が操られてどうしよう、なんてことにはなって欲しくない。やっぱり装備は実用性が第一だ。


 そんな頃に外から歓声が起こった。待ってた、という内容の声援が無数に聞こえてくる。


「おっ。始まったな! サラバルロンドはなかなかこっちに来ねえから貴重だぞ」


 ガルソンさんも楽団の演奏は楽しみにしているようだ。


 間もなくして音楽が流れる。陽気な音楽だった。笛、ハープ、ギター的な弦楽器、それから鈴のついたタンバリンと太鼓……古楽器だろうが、いつかメイホーで聞いたものよりもずっと本格的で、妖精的な情緒――ケルト音楽的な要素が大いにあって、小躍りしたくなる軽快さがある。


 姉妹を連れて外に出てみる。人が多かったので武器屋を少し離れた場所に移動すると、奏者が演奏している他に、赤色と緑色の色っぽい格好をした二人の踊り子がいた。

 二人は手足につけた金属製の輪を通してつけた透明度の高い布を宙に舞わせて、学の音に合わせて優雅に、時には激しく舞っていた。

 楽器もやはり古楽器の類のようで、縦笛とタンバリンはともかく、ハープやギターは現代の楽器とちょっと形が違うようだ。ギターはリュートって言うんだったか。


 フリードとの約束の時間まで、まだあるだろう。俺たちはしばらく音楽に聞き入った。


 ふと武器屋の方を見てみれば、店の前でガルソンさんが三つも積んだ木箱を台にして見物していた。

 店番どうすんのと内心でツッコミつつ、その接客対応がさほど響かないように思えたのは、庭の樹や家屋の屋根、露店の上などに乗って音楽を聴いている人を多数見かけたからだ。


 音楽は国境を越える、時代を越えるなんていうけど、それよりもさらに上の世界そのもの――次元もしっかり越えてしまうようだ。

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