5-12 フリードの依頼


「忘れ物はないか? ま、あったとしても俺が取ってきてやるけどよ」


 騎手のマクワイアさんが座席からサムズアップした手を見せながら、そう気さくに言ってくる。チップと、あとビワを1つあげたからかご機嫌だ。


 馬車は一度ケプラに戻ったあと再度使わせてもらう手筈だ。チップには1000ゴールドに相当する銀銅貨1枚をあげたのだが、ソラリ農場までの往復代金の二倍はさすがに奮発しすぎたかもしれない。

 エルマの件で褒められまくったからか、ちょっと浮かれてるな。


「エルマのことありがとうな、ダイチ君」


 荷台の前で、ソラリ氏が腕を取って俺の手を握ってくる。取引先の上役のシワだけ刻まれた手汗の気持ち悪かった手とは似ても似つかない、硬くて分厚いカサカサに乾いた手だ。そしてハグされた。草とトウモロコシのにおいと、あまり嫌なほどではない加齢臭がした。


「いえ。気にしないでください」


 エルマさんは、と聞くと、「疲れたのか、寝てしまったようでな。すまんな」とソラリ氏から申し訳なさそうな顔をされる。


「ゆっくり寝かせてあげてください」

「うむ。折を見て叱っておくからな。間違っても農場の金を使い込まれたらたまったもんじゃない」


 まあそうだけどさ。頭を軽く振ってため息を吐くソラリ氏に、ほどほどにしておいてくださいねと苦笑する。ま、ソラリ氏なら大丈夫だろう。


「それはそうと、何かあったらまた来なさい。金櫛荘だったら、タミルに頼めば注文も受け付けるぞ。ケプラのギルドでも構わんよ。本来なら得意客や貴族様しか受け付けていないんだが、ダイチ君のこともしっかり職員に言っておくからな」

「分かりました。その際にはお世話になります」


 配達もOKなのはありがたいが、ずいぶん気に入られたようだ。


 フロレンツやフリードはそうでもなかったが、ソラリ氏には感染症の話はだいぶ効いたようだった。

 ソラリ氏は元々農場一筋の人で、ソラリ氏曰く、長年無学の人だったが、近年王都にチーズや乳を卸すようになってからは本を読んだり、偉い人や教員たちの話を聞いたりするようになったのだとか。遅すぎるといえば遅すぎるが、ある程度慣れてきた頃は読書と自己啓発の一番楽しい時期だ。


 農業関係のことは、ケプラのギルドで相談したりする他、ソラリ農場から東にいったところに付き合いの長いベイカルという農場主がいて、彼からアドバイスをもらっていたりしたらしい。


 ちなみに当然のことだが、話した感染症への不安も吐露された。


 もちろんこれにはさきほど話した各個人でできる予防策を伝えた他、手袋は持っていた方がいいこと、医者または治療師などには出来るだけ早く相談することなどを伝えた。

 また、ベイカルという農場主は王都で教師をしていたこともあり、薬や病気にも詳しいらしいので、その人から色々と学んでおいた方がいいことを伝えた。それはもちろん、ソラリ氏だけに限らず、一家のみんなだ。


「ダイチ君」


 長女のエミリアからも手を取られる。細いが、職業柄かカサカサしてる手だ。


「あまり詳しいことは聞いてないけど、エルマのこと良くしてくれたのよね」

「ええ、まあ、おそらく。俺たちが行ってから聞くことになると思いますよ」

「ふふ、そうね。色々とありがとう」


 彼女はまだ内容を聞かされてはいないようだが、俺を見る眼差しは柔らかかった。ハグ来るかと思って少し身構えたが、来なかった。少し残念だ。


「また良かったら来てね。チーズや牛乳ならいつでも大歓迎よ。あなたたちもね」


 エミリアの言葉に、姉妹もにこやかにはいと頷く。


 横にいるソラリ氏の嫁であるクラウディアさんやフロレンツとも和やかに言葉を交わした後、俺たちは馬車に乗り込み、エルマを除くソラリ一家に別れを告げた。



 ◇



 フリードは今日は午後の仕事は休みにしたらしい。


 ケプラに戻ったあとはフリードの言う攻略者パーティの人とおち会って、それから討伐場所に向かう予定だ。

 元々は農場の来訪の後は買い物の予定だったが、さほど時間かかるものでもなし、明日にしてもよしで問題なしだ。


 幌馬車の隅に置かれた木箱が目に入る。


 木箱には、本当はマクイルさんとガルソンさん用のチーズ2個のはずだったが、エルマの一件のお礼で俺たちの分の追加のチーズ1個、あと、もぎたてのトウモロコシが数個、それと俺は苦手なので若干押しつけられた感がある自信作だというオリーブオイルの入った瓶が入っている。ソラリ農場では最近オリーブの栽培に着手しているらしい。

 オリーブオイルはトウモロコシに塗って焼けば美味しいのだそうだ。焼くんだったらまあいいかなということで、いずれ試してみるつもりだ。


 チーズは聞いてはいたものの、ホールケーキくらいの大きさに改めて驚いた。高いのも納得というものだ。


「ダイチさんたちはギルドに登録はしないのですか?」


 俺の向かいに座ったフリードが訊ねてくる。納屋や居間で見ていた頃の格好と違い、フリードは肩と胸に頑丈そうな革の装備をつけ、腰には剣帯つきのベルトを巻いている。首元からは鎖帷子も見える。

 傍に置かれてある長剣はガルソンさんの店で見たことのあるものだ。鉄の剣だろう。傷のついた鍔や、黒ずんでいる持ち手を見るにそれなりに使い込まれている様子だ。


「するつもりではありますよ。登録には何か審査とかあったりします?」

「新規の攻略者申請だったら大したものはないですね。魔導士のギルド職員の方がレベルと魔力を調べるくらいです」


 レベルと魔力に関しては以前も何度か調べられたことがある。ヒルデさんにバーバルさん、そしてネリーミアからだ。

 調べられるのはかなり抵抗感があるが、どの人もレベル30を超えてるか否か辺りの緩い判定だったので大丈夫なように思う。インの《隠蔽ハイド》もかかってるしね。仮に知られたとしたら、驚愕するか、再検査しても信じないレベルだろうし。


 攻略者とは、ギルドを通じて、物資の配達や魔物の討伐、要人の警護、未開拓の土地の調査などの、主に「腕」が必要になる様々な依頼を請け負う人々のことらしい。

 ケプラでの気軽な金策の一つとして挙げていた、薬草採集や魔物の討伐依頼などがこの攻略者というシステムに相当するらしい。


「討伐に向かう前に登録しておきます?」

「いえ……討伐を終えてからゆっくりしようと思います。実は、今は出払っていますが、もう一人同行者がいるんです。その子と一緒に申請しようかなと」


 なるほど、とフリードから頷かれる。興味持つかは微妙だし別にイン抜きで申請してもいいんだが、今日中に帰ってくるし、仲間外れはちょっとねという感じだ。イン上手くやってるかな?


「別に登録しなくても討伐に参加はできるんですよね?」

「はい。仮のパーティメンバーとして同行という形になりますね。……依頼達成しても報酬は渡せませんし、ランクアップの審査にも加味されませんが、本当にいいのですか?」


 フリードが申し訳なさそうな顔をしてくる。同様に、頭頂部の狼の耳も少し垂れてしまっている。


「ええ、まずは見学兼同行ということで」

「そうですか。分かりました。でも、ダイチさんほどの方ならすぐに昇級できそうですね」


 フリードがそう言って微笑んでくる。50歳という精神年齢相応というべきなのか、いくらか理知的なものを感じる笑みだ。いや、50歳だったらもっと世慣れた態度があるか。


 改めて少し話を聞いてみると。


 攻略者のランクには「1から7までのランク」があり、新規はもちろん1から始まる。ランクが7までなのは、<七星の大剣>と同じように、七竜からきているそうだ。

 とはいえ。ランク7は亡くなった王様や歴史に名を残すほど活躍した英雄たちばかりらしく、名誉賞みたいな扱いになっているそうで、実質最高ランクは6らしい。


 ランクはもちろん依頼をこなすことで上がる。ギルドの職員による《魔力量透視》というスキルや、過去に達成した依頼などを元にした審査があり、通れば、ランクに応じた昇級試験を受けられるようになる。その試験をクリアすればランクアップという形だ。

 ちなみに、各ランクにはさらに下から「銅、鋼、銀」の3つの区分ランクがある。ランク2の鋼、といった呼び方になるそうだ。


 で、フリードの仲間たちはランク2の上位に位置する攻略者なのだが、現状のランクのままでは北上し、アマリア・フーリアハット方面に行けなくて困っているとのことだった。ランク3以上の攻略者がいれば、通れるようになるとのこと。


「近頃、オルフェ・アマリア間で何か問題が起こったようなのです」

「問題?」

「はい。私が人伝に聞いたところによれば、アマリアの逆賊が王都の要人の一人を暗殺し、それで監査が厳しくなっていると、そう聞いています」


 その話を聞いて、俺はジョーラとアマリアに逃げた男爵との一件を思い出した。ジョーラたちが戦った賊の名前は確か……タリーズの刃だ。

 ジョーラたちがケプラを出たのは一昨日だ。なので到着はしていると思うが、奇跡的に生還したとはいえ事が事なので、そう簡単に敷かれた警戒網が解かれることはないんだろう。


「私たちが以前、ここから一番近い関所であるハイアーの関所に行った時には、厳戒態勢を敷いていると言われ断られました。内情を聞いても極秘であるとして一蹴されてしまって……」

「なるほど。でも、俺たちに手伝ってもらってランク3に上がったら、それはそれで大変じゃないですか? なんていうか……上がったばかりでランク3の討伐依頼の魔物が強すぎるとかで……」

「ああ、それは問題ないですよ。ランク3に上がってもランク2の依頼は受けられますし。希望があればランク2に戻ることもできます。ギルドはこれまでその攻略者がどういう依頼を受けてきたかを知っているので、無謀だと判断した討伐依頼は受けさせていませんから」


 なるほど、ギルドの方も人をやる身である以上、信用問題とかあるのだろう。それにむざむざ死地に赴かせる職員というのも確かに考えにくい話だ。


 と、フリードのそんな事情を受けて、俺たちは今一緒に馬車に乗っているというわけだった。


 ちなみに討伐依頼の魔物の強さは、ランク2はレベル20程度、ランク3はレベル30程度までの魔物が相当するらしい。

 俺の知る限りでは、レベル20は門番などの下級兵士が相当し、レベル30は騎士団の団員相当だと認識している。副団長のアバンストさんはレベル35で、ジョーラ部隊のディディやアルマシーもその辺り、副官のハリィ君はレベル50だ。


 ランク6になると魔物のレベルの上限はもはやないに等しいそうなのでランク6の討伐依頼がレベル60の魔物相手とは限らないが、いずれにしても、レベル70のジョーラやレベル100ちょっとのインやジルを相手にしていた俺にとっては、数字上は大した障害もないことになる。

 もしかしたら、マンガみたいにデコピンで終わるかもしれない。それはそれでやってみたいが、人のいるところでは絶対にできないね。それが知れ渡ってしまっては、討伐依頼の救援に引く手あまたになることは目に見えている。ギルド的には、安易にランク以上の依頼はしてこないかもしれないけども。


 でも、インやジルにはそれなりに苦戦したし、ホムンクルスの俺にはまだ把握しきれていない制限時間のようなものもある。

 精神攻撃の類の搦め手もまだ受けていない。防御魔法はあるにはあるが……ゲームと違って死んだらそこで終わりだ。ゲームのように街に自動帰還されるということもない。


 それに仮に倒れたり、身動きがとれない状況になったとして、俺一人ならいいんだが、そうなるとあとは姉妹だけだ。

 姉妹だって強くなった。けど、実戦経験は狼だけだし、あとはジョーラや警備兵との手合わせだ。俺より戦闘経験が少ないと言っていい。里で訓練していたというが、レベル11だったし、実戦経験は里の皆がだいぶ気を使ってのものだったろう。


 油断はせずに、着実に姉妹と経験を積んでいきたいところだ。今回はフリードのパーティとの合同依頼なので、連携攻撃の訓練もそうだが、実戦の雰囲気を知るいい機会にもなるだろう。もちろん俺もね。

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