5-10 ソラリ農場 (4) - 人類親睦会
エルマの「自分の洗濯物を獣人が洗ったから」発言に軽蔑とまではいかないが、つい内心で苦笑せざるを得なくなった俺とは裏腹に、ソラリ家の面々は沈鬱な面持ちだ。
事件の外にいる俺たちはともかく、内側にいる彼らは、事を重く受け止めざるを得ないかと察する。
洗濯物を洗った、たったそんなことでエルマは傷害事件を起こしかけた。確かにエルマの獣人嫌いを印象付け、その憎悪の具合を如実に表した事件ではある。
エルマは俺を含め、口を閉ざしてしまった皆を焦りと不安の表情で見ていたが、やがて「私は悪くない」と言って、手で顔を覆って泣き始めてしまった。
ソラリ氏が腕を組み、難しい顔で目をつぶった。慰めでもしようとしたのか、フロレンツは一瞬エルマに手をやろうとしたが、ソラリ氏の様子をちらりと見て結局触れなかった。
洗濯されるのを嫌がるといったら匂い、獣人の毛、あとはなんだろうな。感染症辺りか? 獣人に触ったら病気になるとかな。子供の間でもよくあるやつだ。
単なる好き嫌いだったら話は分かりやすいんだが……獣人に夫を殺されてるしな。
彼らの気重な雰囲気につられて、獣人に感染症の類があることを仮定してみる。
でも、普通に街に住んでるからね、獣人。メイホーでもいたし、ケプラでもいた。既に住人として受け入れている状況で獣人特有の感染症があるというのは、ちょっと現実味が薄い話だ。
未知なる病原菌が獣人を介して少しずつ成長している。などと言われたら、時代背景的にペストが蔓延できそうな世界観ではあるし、ぐうの音も出ない。
とはいえ、この世界には魔法もある。だいぶ上の魔法だろうがインの肩は縫合跡もないままにあっという間に繋がってしまったほどだし、俺のポーションはディアラの脚の噛み跡を完全に消した。そんな世界で感染症に全く太刀打ちできないという状況は、これまた少々現実味が薄い。
獣人にまつわるそういった問題はそもそもなかったか、乗り越えた上で異種族の共生が成り立ってると考えるのがまだ納得しやすい。
目を開けたソラリ氏が、泣き出したエルマの肩に優しく手を置く。
「エルマ。お前が獣人が苦手な気持ちは痛いほどわかる。その気持ちを分かっているからこそ、フリードもなるべくお前に近づかぬよう気遣ってくれているのだ。……フリードはここを辞めることも考えていたのだぞ? 少しは配慮しなさい」
辞めようとしていたのか……。フリードいい人だな。
「フリードはずっとうちの農場を支えてきた奴だ。この農場の全てを知っている。お前たちが生まれる前、私がクラウディアを追いかけて王都に行った時、迎えに来たのもフリードだった……。私の後をフロレンツが継いだのなら、その補佐をしてもらうのは間違いない。かれこれ30年以上うちの農場を見ているのだ、これほど頼りになる奴もいないだろう。なあ? フロレンツ」
さすがのフロレンツも“空気を読んだ”ようで、ソラリ氏の言葉にそうだねと頷いた。
実際精神的にも心強い存在だろう。フロレンツが生まれる前からいるのなら、フリードは言ってみれば、乳母ないし育ての親みたいな存在でもあるだろうから。
「もちろんフリードは大切な仲間でもあるし、家族でもある。私たちほど接した時間は長くなかったとはいえ、お前にとってもそうだったろう? 洗濯したくらいで殴ることはないじゃないか」
エルマはぐすぐす言いながら、黙って話を聞いていたが、だって、と言葉をひねり出した。
「だって……私だって……殴るつもりなかったわ。でも……フリードが、『獣人はどこにでもいます。そんなことじゃこれからどこにいっても生きていけませんよ』って、そう言ってかっとなって……」
一同の視線がフリードに集まる。フリードの言葉は事実ではあるだろう。
「すみません……。気が立ってしまって……」
「お前が怒るなんて珍しいな。エルマが何か言ったのか?」
はい、とフリードは言いづらそうにした後、
「腕の毛を剃れとか、耳がなければいいのに、とか……」
フリードの言葉に、ソラリ氏は「おぉ……」と実に悲しみのこもった嘆息をした。フロレンツはもちろんだが、ディアラとヘルミラまでも顔をしかめた。
俺はそこまですごいことのようには聞こえなかったんだが、耳がなければというのは、切断することを意味していたのかもしれない。そうだったらやばい。
エルマは慌てて、「私も気が立っていて、言うつもりはなかったのよ!」と弁解する。事が重大であると理解しているらしい。
「フリードに謝りなさい、エルマ! お前の暴言は人権問題にも発展する侮辱罪だぞ! フーリアハットだったら、最悪牢に引っ立てられるところだ」
そこまでか……。
「うぅ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
ソラリ氏の憤慨に、エルマは素直に謝った。そしてまた泣き出してしまう。聞いているとこちらまで悲しくなる泣き声だ。
ソラリ氏が深い息をついて、泣きじゃくるエルマを横から抱いて、優しく背中を撫でた。
「分かっていると思うが、従妹であるお前も、そしてフリードも、私の愛する家族の一員なのだ。出来ることなら、二人で仲良くしてほしい。そのためには私は何だってしよう」
その言葉に再度むせび始めるエルマ。エルマの嗚咽だけがしばらく部屋に響いた。
フリードはただただエルマを不安そうな顔で見つめている。何もせずに立っている。もどかしい距離だ。
「そういえばさ、ウィグル。洗濯物って今はウィグルの担当でしょ? なぜフリードが?」
そんな空間の中、さすがに気遣わしげにいくらか声を落としてだが、フロレンツがフリードに訊ねる。
「さきほど帰ってきたのですが……ウィグルはどこかに行っていたようなのです。洗濯物だけが置かれてあったのを見つけて、残りは少なかったのでなら私がこっそりやっておこうと……すぐに終える量だったのですが……」
「そこでエルマと運悪くばったり、と」
フリードは、はい、と無念そうに目を伏せた。頭にある狼らしき耳もペタンと下がる。
「あいつまたどこかふらついてたわけか。後で叱っておくよ。ごめんな、フリード」
いえ、とフリードは苦笑した。
フリードのウインドウが出た。
< 名前:フリード LV25 >
種族:獣人 性別:オス
年齢:50 職業:農夫
状態:健康
50歳とあるので驚くが、アラフォーであるダンテとジョーラを思い出して納得する。
ウィグルとは誰か訊ねてみる。
「うちで雇ってるゴブリンさ。働き者だし、何かと器用だから重宝してるんだけど、好奇心が旺盛みたいでたまにどっか行っちゃうんだよね。蜂が怖くて逃げたっていうのはまだ分かるんだけど、ちょっといい小枝を見つけたからって、ヤギの番ほっぽったことがあったよ。ゴブリンってそういう一族だから多めには見てるんだけどね」
フロレンツはそう言って肩をすくめた。
ミラーさんはこの辺控えめだったが、臆病なところや、微妙に自由なところ、手先が器用なところは実にゴブリンらしい。でも小枝? 何するんだろう。
「小枝を集めて何を?」
「小枝とか落ち葉を集めてよく分からないもの作るのが彼の最近の趣味なんだよ。最初はバカにしてたんだけど、小枝で胴体を作って、マツ脂で葉っぱをくっつけて作った牛の置物はなかなかの出来映えでね。正直びっくりしたよ」
へえぇ……。もはやアートっぽいなぁそれ。ちょっと見てみたい。
「って、事の発端はウィグルか……」
フロレンスが盛大にため息をついた。そうなるな。
外で足音がして、この微妙な空間に新たな人物が入ってきた。
だいぶ歳のいった女性と、若い女性の二人だ。二人とも白い頭巾をかぶり、若い女性の方は籠を抱えている。中はジャガイモらしい。
「何かあったの?」
「クラウディアか。悪いが……ちと席を外してくれんか。あとで詳しいことは話す」
エルマの名誉を尊んだのか、事が込み入るのを嫌がったのか、ソラリ氏はこの中に二人を入れないようだ。
クラウディアなるソラリ氏の奥さんと俺の視線がかち合う。
シワはもう隠せないほどあるし、白髪も半分以上あるしで、だいぶ歳はいってると思うが、緑色の目の若さまでは失われていない。農作業を手伝っているようだが、ソラリ氏と同様にまだまだ元気なのだろう。軽く頭を下げておく。姉妹も続いたようだ。
「エミリアもね。ちょっとややこしい事態なのさ」
フロレンスが若い女性の方にそう声をかける。エミリアと呼ばれた女性は俺たち含めた面々を怪訝な面持ちで軽く眺めて、「いいけど……」とこぼした。
フロレンスの妹だったか。栗色の髪に緑目をはじめ、おおよそ母親似のようだが、鷲鼻だし、顔立ちにはどことなくソラリ氏の面影もある。
フロレンスがそんな感じだったので納得なのだが、彼女もまたあまり農場を手伝ってる感のない、すらりとした爽やかな雰囲気を持つ人だ。髪を下ろして、麦わら帽子をかぶって、デニムのオールインワンでも着せたらさぞ似合いそうだ。
「分かったわ。あとで話してちょうだいね、アルフォント」
「うむ」
エミリアがクラウディアさんに背中を押される形で、二人が奥に行く。
間もなく、「じゃあ外にいるから」と言って、二人はまた外に出ていった。籠の中身が空になっていたので、置いてきたようだ。じゃがいもは家用とかかな?
しばらくしてエルマが泣き止んだ。
「落ち着いたか? エルマ」
エルマは泣き腫らした顔で頷いた。目が少し充血していた。さすがに疲れた様子もある。
「二人が仲違いせず、今回のようなことが起きなければ私はそれでいいんだが……エルマ。フリードに洗濯物を任せたりするのは我慢できそうにないのか? フリードはお前をどうこうしようとする奴じゃないぞ? 私もフロレンツも、いや家族皆が保証する」
フロレンツが「そうだよ。当たり前じゃないか」と力強く頷く。エルマは涙で濡れた頬を赤らめながら、難しい顔をして黙っている。
「言いたいことがあるならこの機会に言ってごらん。別に怒りはしないとも」
ひどく優しいソラリ氏の言葉のおかげもあってか、エルマは「ムラウ様が……」と口にした。
「ムラウ?」
「……ムラウ様が言ってたの。……獣人に触れると病気を移され、徐々に精神を蝕まれるって。……大病により身を滅ぼすだろうって」
病気? 感染症かなにかか? それにしても身を滅ぼすって嫌な言い方だな……。
ソラリ氏は様付けされた見知らぬ人物の名に疑惑の顔になっていたが、内容を聞くと「なんだそいつは! ムラウとは誰だ??」と、再度憤慨した。獣人と家族のように親しい一家の主ならそりゃ怒るだろう。
「<人類親睦会>の幹部の人。友達が紹介してくれた人よ。……獣人が怖くて外に出られなかった頃、獣人について……人里にいる獣人の中で、人族に対して敵対意識を持っている獣人はほとんどいないって、……そんな話をしてくれたりして、色々と尽力してもらったの」
いい話のように聞こえるが、人類親睦会とか、名前が大概うさんくさいんだけど……。
というか、獣人嫌悪を解くべく接していたのに嫌悪を増長させたのか? 獣人が俺たちの身近にいる辺り、感染症の類の可能性は低いようにも思うが……病気は本当のことなのか?
怒りの表情を一切隠さなかったソラリ氏だが、話を聞くと戸惑いのそれに変える。
「そ、そうなのか。……<人類親睦会>とはどんな会合なんだ?」
「<人類親睦会>はね。人族も獣人もドワーフもマーマンも、ゴブリンもオーガも――もちろんエルフやダークエルフもよ――この世界にいる人類が一丸となり、平和な世を築くために頑張りましょうって会なの。……皆が結託し、手を取り合えば、世の中から戦争はなくなるし、魔物も浄化師様によって浄化されて怖い存在ではなくなるわ。まだまだ小さな会だけど、アマリアやケプラの上流貴族様も加入しているそうよ」
ソラリ氏は何とも言えない顔つきになり、言葉少なに、そうか、とだけこぼした。
浄化師ねぇ……。瘴気を浄化したりするので、あながち嘘じゃないんだろうけど。
名前もうさんくさければ思想内容も実にうさんくさいけど、エルマの表情や声色にはいくらか穏やかなものがあった。ちゃんとは見たことはなかったが、自身の信仰心を披露する、あるいは教えを広める時の信者の顔というものなのだろう。
エルマは戦争で大事な人を亡くしている。戦争や平和に関して思うところはあったんだろう。だからそういう会に興味を持つこと自体は分かる。
ただ単にエルマが平和を目指し、戦争をなくさんと活動する人類親睦会によって、戦死した夫によって空いた心の穴が埋められ、憎悪の感情が薄められて精神的に救われたという話で帰結するのであれば、それでいいのだけども。
ソラリ氏がフロレンツやフリードに人類親睦会について訊ねたが、二人とも知らないようだ。俺も姉妹に人類親睦会について聞いてみるが、同じように知らなかった。
「<人類親睦会>については分かった。だがその精神を蝕まれるとか、大病により身を滅ぼすとかいうのは、どういうことなんだ? 私の方ではそんな病気は聞いておらんぞ?」
「僕も聞いてないよ。ケプラにも王都にも獣人の知り合いはいるけど、皆ぴんぴんしてるよ。それに仮にそんな病気があったら……獣人たちは今頃街から姿を消してるよね。僕たちの傍にはフリードもいるし、無事ですまないかもしれない」
と、フロレンツ。そうだよね。俺も姉妹に聞いてみたが、二人とも知らないと首を振った。
「エルマ、その病気のことは国が発表しているのか? 呪いの類ではないのか?」
呪いの方がむしろ気になるな。
「呪いじゃないわ。……ムラウ様は最近分かったことって言ってたわ。だから得体も知れないし、くれぐれも獣人とのやり取りには気をつけなさいって」
最近? 最近って言っても、エルマがここに来る前だったら1年前だが……。
ウイルスの潜伏期間は長いもので、風疹が2週間くらいだ。住んでいるのが巨人ばかりというわけでもなし、現実的に考えたら、潜伏期間が1年なんてのはあり得ない。
ここは現実世界じゃないし、魔法もあれば魔力もあるし、人間とは体内構造も違う亜人たちもいるしでないとは言えないが……アトラク毒の潜伏期間も数日だった。
「うぅむ……フリード。何かそういった兆候……体の不調とかはあるか?」
「いえ。そんなことは全然……。私は基本的にソラリ農場にいるので、外にあまり知り合いはいませんが、そのような大事に至っている人も見ていません……」
情報ウインドウでも、フリードの状態は健康と出ている。ジョーラの例もあるし、ステラさんの妊娠もお腹も膨らまないうちから早々と表示されていた。
なら、フリードは何もないことになるが、……老齢のファーブルさんも健康と表示されていたし、アルコールの過剰摂取により倒れたソラリ氏も健康と表示されているので、今回はあまり参考になりそうもない。
「そもそも1年も前じゃないか。そんな病気のことをなぜ今まで言わなかったんだ……」
時期がずれていることに気付いたらしく、ソラリ氏が訊ねるが、エルマは少し目を泳がせたあと俯いて、それには答えなかった。ん?
「なぜだ? エルマ?」
ソラリ氏がもう一度訊ねるが、エルマは難しい顔で俯いたままだ。言いたくないのか?
「感染症って1年も症状が出ないことってあるんですか?」
分からんよ、とソラリ氏が首を振る。
「私は一介の農夫だしな。……だが、1年も症状が出ない病など、聞いたことはない。植物病や石鱗病は発症が遅いらしいが、遅くて3日程度と聞いている。毒や呪いだってそんなに長くはない」
そんな病気もあるんだな……。アトラク毒は知名度低いのかな。
しかしそうなると、つまりあれか? 何も言わないし……エルマももうさほど信じていないということか?
俺はその人類親睦会はあまり信じていないが、明確な証拠はないので、クロとも言えない。ただ、人類親睦会が詐欺団体であるというところは突き詰められるかもしれない。
「あの。その病気を幹部の人から聞いたのってもしかして、この農場に来る直前ですか?」
少し待ってみると、「……そうよ。出発の3日前」という解答。これから全部だんまりになるつもりはないらしい。
エルマは平民だからな。何を言ったところで、自分には大した矢を射ってこないだろう。
皆が不思議な顔をして俺を見ていたが、質問を続ける。
「もう1個いいですか。その<人類親睦会>には、会費を払っていましたか?」
「会費って言い方はやめてよ。私自身が資金援助していたの。私の善意よ。人類が手を取り合う活動のための先行投資だったんだから」
エルマは得意げにそう語ったが、俺のことは見ず、俯いたままだ。俯いたままなせいか、……彼女の信仰心は少々歪んだものにも見える。
しかし先行投資ね。どこも詐欺の手口は変わらないようだ。
気付いたのか、ひきつった顔で「エルマ、お前まさか……」とこぼすソラリ氏。フロレンツはソラリ氏と俺のことを見るが、分かってない顔だ。俺はソラリ氏にソラリさんと呼びかけて手で制した。
「いくらくらい資金援助していたんでしょうか」
「大体月に3万か5万Gくらいよ。多い日もあったわ。魔物討伐の遠征に行った時なんかは隔週だったこともあるわ」
クロだな。ソラリ氏は寄付金額に軽く頭を抱えた。フロレンツも気付いたようで、ぎょっとしてエルマから少し身を引いた後、俺のことを見据えた。「ほんとかよ……」といった顔だ。心中察するよ。
メイホーの警備兵の人たち曰く、ケプラの門番兵はだいたい月給換算で3万Gほどもらっているのは聞いている。3万Gは、兵隊としては安いが、じゅうぶん満足のいく暮らしができるらしい。
メイホーの警備兵たちは2万G程度で、ケプラの門番は討伐遠征に参加すると、5千とか1万とか、でかい手当が出るらしい。だから、事前に死に戦だと分かっていない限りは、みんなだいたい喜ぶらしい。
エルマの亡き夫――アマリアの兵隊がどれほどもらっているのかは分からないが、守護兵と言ってたし、メイホーの警備兵やケプラの門番兵よりは確実にもらっていただろう。
さらにはやり手だったらしいので、軽く倍以上はもらっていたんじゃないか。仮にも命のやり取りをするわけだし。亡くなったのだから、給付金やら保険金やら、エルマはきっとたんまりもらっただろう。
幹部がエルマの元に来たのは人伝だというし、エルマを慰めてもいる。
つまり、ムラウとやらは、エルマの夫が兵役についていたこと、ようするに金を持っていたことは知っていただろう。詐欺とはそういうものだろうが、ろくでもない連中だ。
エルマは相変わらず俯いたままだ。エルマもこの分だと気付いてるんじゃないか? 何もかも嘘だったって。
仮に気付いてないとして、1年も言わなかった理由は何だろうな。感染症が1年潜伏してるのは医学的にあり得ないとでも言ってみれば、何か出てくるだろうか。
「今は支払ったりは?」
「してないわ。これからのあなたの新しい生活のために残しておいてくださいって、ここに来る前に断られたの」
狡猾だな。ちゃんと引き際を心得てる。で、最後に感染症の話をして、出戻りの布石を打っておくと。単に金づるがいなくなることの悔しさでそう言ったのかもしれないが。
「獣人の病気については誰かに相談しましたか?」
「……してないわ」
「なぜしなかったんでしょう? 医者とかに相談すれば解決の糸口が出てきたかもしれません」
エルマは再び黙り込んでしまった。……なるほどね。エルマは病気に関しては全く信じてないようだ。
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