5-6 使役魔法とお触り
メイホーと西門間はだいぶこざっぱりとした街道だったが、東門から東に伸びている街道も似たようなものらしい。東の街道は王都ルートナデルへと続く道とはいえ、風景がそんなに違うならそれはそれで変かもしれない。
マップ情報によればもう少しいくと、街道はいくらか緑豊かな草原に囲まれるようだが、幌馬車の荷台から眺めている限りではまだまだそんな気配はない。
兵士たちの掛け声が聞こえてくる。やがて、街道から少し外れた更地で鎧を着た兵士たちが剣や槍を振るったりしている姿が見えた。
「実地訓練ってところかな」
「そうでしょうね。体に鎧の重さを慣れさせるためもあると思います」
ディアラも見てきてそう解説する。
見ていると、一人の若い兵士がよたついた。指導者らしき兵がやってきて「魔物は隙あらば襲ってくるぞ! 頭を回避に切り替えろ!」という怒号が飛ぶ。どこかで聞いたような気がするが顔までは分からない。
しばらく声の元を見ていると、アバンストさんのウインドウが出た。騎士団の副団長が指導者なら気合も入るだろう。
「一応魔物が出る場所でもあるので、緊張感を自分のものにする訓練でもあるでしょうね。里で突発的に行っていた訓練が懐かしいです」
「訓練?」
「警戒塔の人が魔物の襲撃を知らせるんです。嘘情報ですけどね」
ヘルミラがそう告げる。避難訓練を思い出してしまった。
「そういや戦えない人たちはどこかに隠れたりするの?」
「はい。里の地面の下に大きな地下洞窟が作ってあります。私たちの家のように自分の家に避難施設を持っている家もありましたし、樹木の中に隠れることもあります」
樹木の中??
「太い樹木に穴をくり抜いてそこに隠れるんです。《
樹に穴を開けるって、特に植物信仰でもないのか?
エラスとラベスは確か、ジョーラが使っていた気配断絶系の魔法だ。インはもちろん、俺も感知できなかった魔法なので、これほど頼りになる魔法もないだろう。
「木に穴を開けるって、緑竜様に怒られたりとかはしないの?」
二人からいまいちよく分かってない顔をされる。
「んと、木を伐りすぎたり穴を開けたりして、森林破壊とか環境破壊とか自然の恵みを大事にしていないって緑竜やエルフたちが怒ってこないのかなって」
ヘルミラの方が早く理解したようで、
「森を焼き払ったりしなければ問題ないかと思います。もちろん、神樹や神樹泉を汚すような行いや、都市周辺の狩猟制限区域の森で動物たちを規定数狩猟する行為などは処罰対象になってしまいますけど」
エルフにも一応森林保護の意識はあるようだ。神樹泉は、神樹のふもとにある泉のことで、泉の水は非常に清らからしい。
「家を建てたり、火を焚くにも木は必要なので、緑竜様もその辺は多めに見てくれているんだと思います。必要としているのはだいたい人族なんですけどね」
と、今度はディアラ。まあ……そうなんだろうけどね。七竜とは言っても、インをはじめジルやゾフを見る限り、人の営みを邪険にするような考えは持っていないようだし。
そもそも、チェーンソーがなく木こりがせっせこ斧を突き立てて時間をかけて木を切り倒しているっぽい世の中で、森林破壊だの環境破壊を懸念するのはちょっとお門違いか。
森の木をある程度伐採するのに一体何人の木こりが必要で、何日かかる作業なのか。荷物を運ぶのも基本は台車のようだし、切った大木を運ぶ足も、人だろう。
俺だったら《魔力装》を伸ばして横に薙いだら、数十本一気に終わりそうだよ。伐採と薪作りは俺が簡単にできる事業の一つだな。特に冬場。薪王になれるかもしれない。
「それにしてもご主人様は人族の方なのに、森の恵みのことを大事に考えてくれているんですね。尊敬します」
なんか褒められてしまった。ヘルミラも好意的なようで、笑みを浮かべている。世界的に森の恵みのこと危惧している世界の育ちだからね。
「てか、人族の方が伐採量多いんだ? エルフもダークエルフも木造の家作ってそうだけど」
「私たちダークエルフは木造の家を作りますが、エルフたちは石造りの家が多いですよ。ただ、模様を入れたり、ガラスを使ったり、オルフェとは様式はかなり違いますね」
石なのか。
「人里では木造の家は、あまり裕福でない人たちが住むことが多いようですが、フーリアハットでは木造の家はむしろ逆で、裕福な人が持つのが許される家で、一般的には特別な場所に建てられます。神樹泉の周りや、緑竜祭で皆で宴会をする場所なんかにですね」
獣人たちもね、とディアラが付け加える。獣人もか。でも、つまりそれは、
「森の恵みを大事だと考えるからってこと?」
「だと思います。緑竜様や大精霊様や森精霊様が住む家とも言われてますからね」
なるほど。人族の間では精霊にまつわる話は特に聞いたことないな。
「人族ばかり木を伐りにくるって、フーリアハットには何かいい木でもあるのかな。育ちがいいとか色がいいとか。野菜とかも美味しいようだし」
「家具に使うと、どれも長持ちするって聞いてますね」
「緑竜様のお恵みのおかげか、丈夫で、湿気にも強いらしいですよ。高級品も多いらしいんですけど、オルフェでは安く出回っている種類でも、フーリアハット産となると値段があがるみたいです」
「へえぇ。緑竜様のお恵み様様だね」
そうですね、と二人が微笑む。
「それに、ご主人様は心配しているようですけど、フーリアハットの特にビテシルヴィア付近の木は伐っても通常よりも早く生えてくるので、人族に伐採を奨励しているくらいなんですよ」
「早く生える? なんで?」
「緑竜様のお恵みもありますが、エルフの方々が植物魔法で再生を早めているからです」
植物魔法! 実にらしい魔法だけども。
ディアラの解説によれば、植物魔法とは、エルフや植物系の魔物や緑竜などが扱う魔法の一つで、ディアラが言うように植物の成長を早めたり、あるいは再生させたり。他にも植物を武器や盾に模して扱えたりする魔法の一種らしい。蔦が弓に巻き付いていたハインの弓が浮かんだ。
「二人も植物魔法使えたりするの?」
ディアラが首を振る。
「私たちダークエルフは残念ながら使えません。ご先祖様が黒竜様のお力を授かった時に、植物魔法を扱える力をほとんど消失してしまったそうです」
「エルフか、いや、緑竜に連なる一族しか使えない感じか」
「そうみたいです。ご先祖様が失ったのもそうですし、緑竜様の元から離れると、植物魔法の力が弱まるらしいですしね」
植物魔法か。色々あるんだな。
……《
いや《魔素疎通》は俺の魔力による言わば「培養」で生態を変化させてしまっていたし、違うか。植物魔法というくらいだから、術者の魔力に頼るというよりは、周辺の魔素を集めて成長を促すだけのものだろう。たぶん。それだったら偉大な魔法だ。
ついでに、他にどんな魔法があるのか改めて聞いてみた。
二人によれば、火、水、風、土の四属性魔法、空間魔法、回復系の聖浄魔法、聖浄魔法の上位に位置する神聖魔法、防御魔法、ダークエルフの扱う幻影魔法、エルフや緑竜の扱う植物魔法、砂漠地方で使われるカテゴリー的には土魔法になる砂魔法、同じく系統的には水魔法になる雪魔法、そして一部の獣人や魔物が使うという暗黒魔法などがあるそうだ。
「暗黒魔法とかあるんだね」
「はい。使い手は魔族や上位の魔物に限るらしく、詳細はあまり知らないのですが……あ、黒竜様も使えると聞いたことがあります」
ゾフの姿が思い浮かぶ。暗黒という言葉のイメージや、ゾフの真っ黒な外見的には使えても何らおかしくはない。どちらかと言えば、敵サイドの魔法のようだが、その辺は使い手によるのかもしれない。
二人とも暗黒魔法の内情はほとんど知らないらしいが、暗黒魔法の一つには黒い炎で攻撃するものがあるらしい。ますますゾフに合っている。目からは黒い魔力が溢れるらしいしね。
「そういえば生活魔法は違うの?」
「生活魔法は《
ヘルミラも同意の意を示した。
《洗浄》はトイレ用途に、ウルナイ作の《トイレ用洗浄》というものがあったが似たようなものだろう。《固定》はメイホーの村長さんが見せてくれたやつだ。土魔法だっけ。
「あ、使役魔法というものもありますよ。イン様がご主人様の鞄に使っている《
ああ、あれか。《魔法の鎖》は魔法による盗難防止策の一つで、《魔力探知》は、罠を探すために斥候や魔導士などが使う魔法だ。
にしても使役か。どういう意味だろう。自分の魔力を使うという意味か?
「使役魔法ってどういう魔法?」
「えっと……、魔力そのものが持つ力をそのまま使う魔法だと言われています。従来の魔法は魔力量や魔法適正が物を言いますが、使役魔法は魔力操作の腕が問われるとか。ちょっと変わった立ち位置にある魔法だと聞いたことがあります」
魔力操作か。魔力操作は得意な方だと思うが……《魔力装》は違うのか?
「《魔力装》も使役魔法だったりする?」
「え? ……そういえば似てますね。でも《魔力装》が使役魔法の一種とは聞いたことがないです」
なんでだろ。理由を訊ねてみたが二人とも分からないようだった。《魔力装》は純粋に魔力操作による技の一種とのこと。
《魔力装》を軽く手に付与する。
途端に魔力でできた半透明の白い装甲が手を覆う。武器扱いだからか? ジル戦では大活躍してくれたんだけどな。
「ご主人様は使役魔法をあまりご存知じゃないようですけど……ご主人様は使役魔法にかなり適性があると思います」
二人はもちろん、ハリィ君も俺の《魔力装》にいちいち驚いていたし、ジル戦でも俺はバカみたいに巨大な剣にもしていた。
魔法剣士で七星の副官のハリィ君の《魔力装》が鉤爪レベルにとどまってた辺り、あんな長さの剣を誰も彼もが作れるとは思わないので、俺が適性があることには頷けはする。
「《魔力装》を出来る人は珍しくないんですけど、結構魔力を消費するらしいんです。でもご主人様が私たちに《魔力装》を付与してくれていた頃、疲れたところは見たことありませんし……それにあんなに自在に《魔力装》を操れるので、魔力操作そのものがお上手なのかと思います」
それもあるんだろうが、魔力そのものの量が人と違うのもあるんだろう。インたち曰く、俺の魔力量は七竜以上のようだし。
手の《魔力装》を硬質化させる。《魔力装》の透明度がほとんどなくなった。指でノックすると、例によってコンコンと硬質な音が鳴る。これがアダマンタイトを砕いたとはとても思えない。
それにしても魔法の勉強はしていきたいとは思っているけど、そんなに適性があるなら、まずは使役魔法から着手してもいいかもしれない。
「使役魔法って他にどんなものがあるの?」
「あまり詳しくは知らないんですけど……魔力を鞭状にするものや魔力で作った小さな弾を作って攻撃する《
ファイアーボールという分かりやすい例が出てきたので、ちょっと作ってみようかと思ったが、習得した《火弾》はまだ使ってないことに気付く。
馬車内だしなと思い、《
魔力を手に集めて……掌の上に集める……集める……。
次第に魔力が集まってきて、少しずつ色を濃くし、球状になっていく。やがてゴルフボールくらいの大きさの玉になった。《灯り》を参考にしたが、無事に炎ではなかったようだ。
魔力の玉は半透明で、うっすらと透けているようだが、表面は濃くなっている。多少光量を持っているようで、電気の玉か何かみたいだ。
格闘マンガでよくある「気」が思い浮かぶ。ハリィ君の魔力は黄色かったが、気というと多くは白だろうか。
「こんな感じ?」
「はい! そんな感じです!」
ヘルミラが興奮が入り混じった顔で同意した。ディアラも似たような表情で頷いている。
>スキル「魔力弾」を習得しました。
>称号「使役魔法使い」を獲得しました。
>称号「熱心な魔法学科の生徒」を獲得しました。
お、習得できたらしい。魔法学科ってあるんだな。
魔法の巻物を介さずに習得できたってことは、《魔力弾》は《魔力装》同様に魔法扱いじゃないらしい。いや、魔法も頑張れば自力で習得できるのか……?
「使役魔法って魔法の巻物で習得できるの?」
「いえ、確か……出来なかったと思います」
だよね。
《魔力弾》は魔法欄にはなく、《魔力装》と同じくスキル欄にあった。ゲージはグレー表示になっている。スキルポイントも振れないようだ。
《火弾》や《
クライシスでは他の多くのMMORPGと同様、「他職のスキルと同じで魔法はスキル扱い」なので、スキルポイントを振っていく。
スキルポイントが振れないのでは習熟性が分からないので微妙に不便ではあるが、これまでのことから、伸びしろに関しては不安はない。どうせ規格外のものになるに決まっている。
《魔力装》が魔法か否かという話は、使役魔法学会の権威とかが認めていないとか権威的な問題だと察してみるが、それはさておき、姉妹を信頼していないわけではないが、告知システムや魔法欄のウインドウ、およびインターフェースの情報は信頼できる。
魔法欄のウインドウにはおそらく権威の如何は介在しない。ゲームのデータと考えれば、あるのは内部的な数値や形式による機械的な区分けだけだ。
MPの減りを見てみると……やはり《魔力装》と同じく減っていない。
自分の魔力で武器にしているに過ぎない、ということでスキル扱いになってそうだ。
「《火弾》と似てるってことは、これを飛ばして攻撃に?」
「そうですね。《火弾》は熟練の魔導士の方だと複数飛ばすみたいですけど」
複数か。てことは、色々形を変えられそうだ。《魔力装》の例もあるし。
とりあえず掌の上にもう二つ魔力弾を作ってみる。やがて、合計三つの白い玉が浮かんだ。
姉妹に見せる。二人は唖然としていた。
普通にしていると、二人は眉の角度や目つきが微妙に違うので判別はつくのだが、驚いている顔はどっちがどっちだか判別をつきにくくしている。
その様子がちょっと面白かったので声をかけるのにためらってしまったが、「どう?」と聞いてみると、二人は我に返ったように俺と魔力の玉とでわたわたと視線を行き来した。
「す、すごいです! いきなり三つも出すなんて……」
ディアラが小さく拍手をしたのを機に、ヘルミラも拍手を始めた。
ふふん。
俺は子供のように気をよくしたままに、魔力弾の姿を変えてみることにした。馬車内だしあまり大きくするのもあれだったので、大きさはそのままに、イメージはダーツの矢だ。
今度は特に考える暇もなく、魔力の玉の一つが形を変えた。できたのは、色は相変わらず半透明だし、形状だけだが、フライトに持ち手のバレル部分まであるリアルダーツの矢だ。
先が潰れていたので、不思議に思う。が、すぐに分かった。
この世界に来る一か月ほど前に、俺は先輩社員の大野さんの子供の玩具を買うのに付き合っている。その時に散々悩んだのちに大野さんが購入したものの一つが、マグネット式の玩具のダーツだった。
突然の懐かしい思い出の影響に内心で苦笑しつつ、意識すると、ダーツ式の魔力弾はしっかりと本場のそれのように先が尖がってくれる。
個人的には、インがかつて打ち出した魔法の矢のようにもうちょっと抽象的な形でも良かった。あっちの方がかっこいいし。
移動できるのかなと思って、見ていると、ふよふよと魔力の矢が動き出した。反対側を意識する。くるりと向きを変えて、魔力の矢が俺の視線の方に移動した。
動くのはどれも一緒らしい。弾の方を一個だけ動かしてみる。成功するが、他の二つは止まってしまっている。今度は二つを動かして、矢を反対方向に動かすのを意識する。出来たが、矢の方は動きが遅い。
《魔力弾》でニュータイプをするには相当難しいようだ。少なくとも相応の訓練か、何か革新的な発想が必要だろう。魔法陣もないから、コード的なものもない感覚的な魔法のようだしね。
ふと二人を見ると、二人は口を半開きにしていた。
ちょっと間抜けっぽい。うん。完全に手品か何かだもんな。
《魔力弾》を消す。あれ? 再度「魔力弾 消えろ」と念じるも変化がない。
あることに気づいて「戻れ」と念じると消えてくれた。どうやら《魔力装》と同じで、“俺の体の一部を使っている”という認識が必要らしい。
《魔力装》では慣れてくるとその辺意識しなくてもよくなったから、《魔力弾》でも同じだろう。
《灯り》なんかの他の魔法は、特にそう言った齟齬もなく普通に消えてくれる。なるほど、魔力操作が物を言う魔法ね。使役魔法とはやはり術者の魔力を切り取って操作しているにすぎない魔法のようだ。
姉妹と目が合う。二人とも相変わらず目を真ん丸にしている。相変わらず可愛いんだが、物心ついていない子供に凝視されてるようで苦笑してしまった。
「二人は魔法の勉強は里でしてたんだっけ」
「……あ、はい。里に魔法に長けた人がいるので、みんなその人に教わっていました」
若干の間があって、ディアラが答えてくれる。
なさそうだが、里に学校の有無を訊ねてみると、やはりないようだった。
「魔法が学べるのはこの辺だとルートナデルでしょうか。私たちの里の近くだと、ビテシルヴィアに学校があるので、通っている人はいましたね。その人は魔法科ではなく、武芸科でしたけど」
称号で一足早く聞いているが、魔法と武芸の学部があるらしい。ビテシルヴィアとは、フーリアハットの中心都市らしい。
「学校に通うのですか?」
「ん、特にそういう予定はないよ。でも気軽に通えそうなら通ってみてもいいかもね。その時は一緒に通おうよ。インはめんどくさいとか言って行かない気もするけど」
七竜だし、あの博識っぷりと実力じゃ必要なさそうだしな。
特に何の気なしに誘ったのだが、「是非お願いします!」と二人は意気込んで答えた。
武芸にせよ魔法にせよ、元々二人とも勉強熱心な性質だ。公的な教育機関は羨望の場所であるようだ。
俺は学校に関しては不幸な方の境遇だったので、学校は正直あまり好きではない。特に日本の学校は良い印象がない。
自分の子供がもし俺のように引きこもったとしても否定はせず、勉強は俺が教えると考えてもいたし、きっと学校に通わない分家族旅行を増やすだろうとも予想していた。
旅行は人間性を育てるのに、学校で友情と育むのと同等もしくはそれ以上の成果が上がると俺は考えている。実際にそういう説を唱える教育家および学者は多い。
確かに友人は大事だが、ある程度育った環境と知能レベルの足並みが揃っていないと、辛い環境になるように思う。日本は同調圧力が強いからなおさらだ。まあ、環境の違いや知能の差なんかの垣根も越えて友情を育めるのが子供ではあるんだけどね。
俺はそれを一人で頑張っていて、結局負担になってしまった口だ。一人で孤独に読書をするような子に話しかけたりもしていたので、幸い一緒に船に乗ってくれる友人はいたが、引っ越しという環境は、無情にも俺たちを引き離していった。
もし俺がこの世界で未だに一人だったら、学校に通うなんて意識は向かわなかったかもしれない。インもそうだが、心境の変化は二人のおかげだろう。
二人の頭を撫でた。二人は俺が急に撫でたことを俺の表情から探ろうとしつつ、いくらかくすぐったそうにしながら、俺が撫でるのを特に止めはしない。
三人で通うことになったら、出来る範囲で二人は俺に随伴するんだろうな。そうなると……あれだ。学園ものの漫画でよくある金持ちキャラが学校内で同年代のお付きを侍らせているやつ。
ふふ。楽しそうだ。優越感が半端ない。なにより孤独になる心配を一切しなくていいのがいい。
学校内でお付きとかと、半ば馬鹿にしながら読み進めていたものだが、クラスメイトとの交際面で右に左に気にせずに勉学に集中できるという実利的な面もあるんだろう。
友達作り、友達との交際というものは、脳というCPUに対して結構な負荷を強いる。高価で優れたCPUで処理できるかというと、そういうものでもない。
ふとピクピクしている姉妹の耳が目に入る。まだ一度も触ったことのないダークエルフの耳だ。
「ねえ、耳触ってもいい?」
「え? あ、」
ヘルミラは目線を逸らして恥ずかしそうに俯いていた。俺は返答も待たずに、触れた。
なぜか若干艶っぽい雰囲気が流れていて、それに影響を受けたのかもしれないし、生まれたてのホムンクルスな衝動の一環だったのかもしれないが、一度触ってしまうと俺の思考は指先に集中しだした。
耳は耳だった。触り心地は人間と何一つ変わらなかった。
耳周りを軽く押してみると、耳は俺の力に合わせていったんは形は崩れるが、しっかりと形状記憶がされているようで、本来こうあるべき形だと主張しつつ元の形に戻る。
そして、人間の耳にはない“先の耳”。
彼女の耳は、先の耳を合わせると人間の耳の3倍ほどの長さがある。先の耳には長めの窪みこそあるが、穴はなく、鼓膜や三半規管などがあるはずの耳の内部には繋がっていない。
耳の本体は穴の先だが……さっきからヘルミラの耳は触るたびにピクピクと動いている。
人間の耳は本来こんなに敏感ではない。ましてや、犬猫の尻尾のように、感情と連動して動くなんてこともない。たまに動かせる人が自慢してくるがあれは筋肉によるものだ。
ディアラの耳にも触れる。特に外見の違いもないので、一緒のようだ。先の耳の先端は、感触が気持ちいい。
「あっ」
むにむにと先端を触っていたところ、ディアラが変な声を出した。触るのを止める。
「敏感なの?」
コクリと恥ずかしそうに頷かれる。
「……人によるみたいです」
いまさらだが、俺もなんとなく恥ずかしい気持ちになる。別にそういうことをしているわけではないのに。
変な雰囲気をどうしようかと思っていると、馬車がゆっくりと動きを止めた。
外を見れば、深い轍の跡をつけた道を挟んで、牛やヤギのいる農場が広がっていた。到着したようだ。
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