5-5 東門の番人たち
朝時だからか、市場は以前来た時よりは静かだ。開けている露店の数は半分もないだろうか。
それでも野菜や肉などの食べ物関係の露店は早々と開けているようで盛況だ。女性や子供、労働者風の男性、かつてディアラたちが着ていたボロ布をまとった奴隷っぽい人たちなどを中心にみんな売ることと買い物に励んでいるようだ。
東門に着く。こちらもかつてジョーラたちを見送った時よりもずいぶん人は少なく、列ができるはずの場所には人が一人しかいない。
門の内側に立っていた若い門兵から敬礼される。ルアルド君と同じくらいの年だろう。顔は見たことがある気がするが、彼だったか正直自信はない。当然、話したこともない。
「おはよう。敬礼はしなくていいよ」
近づいてそう言うと、「あ、了解しました」と門兵。敬礼してくる辺り、俺のことは知ってるようだが。捜索の時は警備してくれてたし、色々伝わってるんだろう。
「自分は東門担当のエルヴィンと言います。ただのエルヴィンです」
「ダイチです。よろしくね」
「存じていますよ」
エルヴィン君はそう愛想よく言う。ウルフヘアなショートヘアーが似合っている。
ルアルド君と仲がいいのか訊ねてみようかと思っていると、ちょうど検問を終えたようで、商人か貴族か少々判断がつきづらい小太りの人が出てきた。
赤い生地にオレンジ色のゴシック模様――アカンサスっぽい葉がところ狭しとちりばめてあるシャツに青の細身のパンツに、スカイブルーの小鉢のような帽子を被っている。センスが云々はもうあまり考えないようにしている。
ふわりと香水の香りが鼻腔をくすぐる。後ろから従者らしき男性と女性。従者の二人は実に毅然とした様子なので、前の人は貴族かもしれない。
そんな彼らの後ろから、表で検問していた兵士二人が顔を出してきた。
俺は少々二人の登場に面食らった。というのは、二人とも巨漢だったからだ。165程度の俺よりも少し高いエルヴィン君で顔1個分違うので、190くらいだろう。
お馴染みの
加えて二人の顔もある。一人はもみあげから顎までびっしりと黒いヒゲで覆われた人で、もう一人は無精ひげを生やし、右頬に爪か何かの引っかき傷がある人だ。
二人の人相は正直よくない。山賊や犯罪者と言われたら納得のできる暗い獰猛さが、二人の顔にはあった。ひっかき傷の方は賭け事が好きだったり、パチンコ屋でたむろってそうなイメージを持ってしまった。
とはいえ、門番にこれほど適した人材もないだろう。
冑を被ってくれていた方が威圧感がないのだけども、彼らはそのことを分かってるために脱いでいるのだろうか?
「ジョーラ様のご恩人殿のダイチ様です。昨日捜索願いの出ていた」
誰だ? という顔をしていた黒ひげの方にエルヴィン君が答える。
仕事仲間なので当然なんだろうが、エルヴィン君には二人に臆するところは一切ない。この分だと、エルヴィン君も例えばちょっと手が早い子だったりするのか?
不安をよそに、捜索願いの言葉で少々申し訳ない気持ちになる。無理なんだろうが、あまりその言葉を出さないでほしい。恥ずかしいのもある。
「あぁ~! 東門に配属されているグラッツと言います」
「同じく東門に配属されているベイアーです」
敬礼と共に自己紹介される。頬に傷のある方がグラッツ、黒ひげの方がベイアーらしい。
グラッツは犯罪者顔をよそにやっておくと結構渋い顔つきなのだが、声は高めだし、ちょっとちゃらい感じがあるようだ。一方のベイアーは声、言動ともに落ち着いていて風格がある。黒ひげが体毛のようにふさふさだしベイアーならぬベアだ。
情報ウインドウが出た。
エルヴィン君がLV22で24歳、グラッツがLV28で35歳、そしてベイアーが37歳でLV30らしい。LV30は高い。騎士団クラスじゃないだろうか。……ダンテさんもそのクラスなのか。
レベルもそうだが、二人は西門の兵たちと雰囲気にだいぶ差がある。のだ口調のマルトンさんとか個人的に癒し系入ってるからね。東門は王都方面なので、警戒のレベルが違うのかもしれない。
西には遠方の崖の方には領主の城砦があるが、他にはメイホーや伐採場や森しかない。
何はともあれ、二人の容貌に多少ざわついていた心境が落ち着いた。言葉は交わすべきだね。
「ダイチです。先日はお世話になりました。この二人はディアラとヘルミラです。今日はソラリ農場に行くところです」
軽く会釈をした後、姉妹を紹介する。捜索のために街を走りまわっていたというし、知ってるかもしれないけど。なんにせよ、顔見知りは多い方がいい。
それにしても内心ではびくついた俺とは裏腹に、姉妹にはさほど臆している様子は見られない。頼もしい。
姉妹と目が合う。なぜか二人から頷かれた。俺の心境を察しての任せてくれの意味だったら頼もしすぎる。いや、そんな事態はそもそも起きて欲しくないけど。
「……思ってたのとずいぶん違うなぁ」
「無礼だぞ、グラッツ!」
ベイアーが割と強い口調でたしなめる。すぐに「失礼しました!」と、再敬礼するグラッツ。うん、敬礼をやめさせるのは諦めよう。
グラッツは思ったことが口に出やすいようだ。武闘派である七星の恩人ということで、豪傑な人物像でも想像していたのかもしれない。まあ普通はそうだろう。
「ソラリ農場というと、そう遠くないですね。馬車を用意させましょうか?」
「お気遣いありがとうございます。でも自分で用意します」
捜索されていたのだから、これ以上世話になるわけにはいかない。
二人から変な顔をされる。グラッツとベイアーの二人ならなんとなくまだ分かるのだが、エルヴィン君にもされてしまったので、そんなに変なことを言っただろうかと心配になる。貴賓扱いだなんて、慣れないやり取りをしている自覚はあるんだけど……。
「俺はあまり世間を知らないんです。だからなるべく出来ることは自分でしていこうと思って」
慌ててとっつきやすい理由を付け加えると、納得してくれたのか、「そうでしたか。ではお気をつけて。何かありましたら遠慮なく申し付けてください」とベイアーから穏やかな表情と頼もしいコメントを貰う。
状況的にはくってかかられるとかはあり得ないんだが、内心ほっとする。なんだかんだやっぱりジョーラ印の権威様様だ。
東門の厩舎に向けて歩いていると、
「いいとこの坊ちゃんってとこか」
「そうみたいですね。大恩って何したんすかね」
「さてね。……ダークエルフを従者とはいいご身分なもんだぜ」
「夜な夜な励んでる人には見えなかったぞ。若いのによく出来た人だと思うがな」
「まあな。面構えもなかなかだしな。意外と剣も振れるだろ。少なくともエルじゃ勝てねえな」
「えぇ??」
「俺は若い内には遊んでおくのがいいと思うけどなぁ。誰かさんが今になって女好きをこじらせてる例もあるし」
「……ほっとけ」
そんな会話が《聞き耳》により聞こえてくる。
グラッツは口はあれだが、なかなか鋭い。一方のベイアーはどっしり構えているように見えたが、一癖あるようだ。
限度はあるだろうが、若い頃に少しはやんちゃしておいた方がいいよな。大人になると身動きが取れなくなる。周りが許してくれるうちに甘えておくべきだ。まあ、それはそれでそんな自分を許せないのもまた子供の頃でもあるんだけど。
東門をくぐった先の厩舎にいたのは、西門のトミン君と同じで、またヤギの獣人だった。ただし、髪の色が白で角がトミン君よりも少し長い。姉妹やインと老人以外で髪が白いのは何気に初めてみたかもしれない。
「すみません、ソラリ農場まで馬をいいかな?」
「あ、はい。もちろん大丈夫ですよ」
少し女子っぽい顔立ちだったが、男子の獣人らしい。情報ウインドウでも、オスでタミルという名前が開示される。
身長はディアラたちと同じくらいなんだが、27歳らしい。童顔なので相変わらず年齢不詳がお盛んだ。
厩舎の奥に通されると、馬の何匹かがやってきていなないた。
「あれ、みんな騒がしい……どうしたんだろ」
多分俺のせいだよ、それ。
一匹の馬に近寄って手を出すと頬ずりされた。タミル君が驚く。
「馬たちに好かれるんですね!」
「そうみたいなんです」
>称号「馬たらし」を獲得しました。
馬たらしね。それにしても犬猫はこれまでに特に見てないから分からないけど、他の動物はどうなんだろう。鳥も特に関わり生まれてないしなぁ……。
俺たちはタミル君によって、大きい刷毛で払われた木箱の椅子に座った。俺の素性は一応門兵にのみ知らせてくれるようにとはハリィ君の談なので、ここの厩舎本来の客の招き方なのだろう。
乗る馬車の形態、馬の指名の有無、警備兵を付き添わせたりなどの諸々のオプションの有無、馬車の待機時間について。お馴染みのやり取りをこなしていく。
警備兵を付き添わせるのは今日はインがいないし三人だしで全然アリだったんだが、ソラリ農場までの道で付き添いをつける人は滅多にいないと言われたのでつけなかった。平和な道程らしい。
現地での馬車の待機時間が最大で三時間程度と、割と融通効くのは嬉しかった。ただし一時間ほど経ったらチップをやってくれとのこと。勝手に帰られることはないのだが、機嫌を悪くされても仕方がないと暗に言われた。
タミル君は無邪気めな子で、そんな彼が至って平然にそう言ってきたので、店の方針なのかどうかは聞かなかった。恐喝が大して法で裁かれなさそうな世界って怖いね。
馬車は、特に荷物を運ぶ予定もないんだが、広いので幌馬車にした。メイホーケプラ間で乗った屋根付きの馬車を最初に勧められたのだが、狭いのでと断った。
「ケプラの厩舎番はみんなヤギの獣人なのかな」
やり取りをあらかた終えたところで気になっていたことを訊ねる。
「いえ、そういうわけではありませんよ。南門は人族の方ですし、北門は水牛の獣人の方です」
水牛か。猫、ヤギ、兎は見たけど、牛はまだ見たことないな。
タミル君は獣人の血がいくらか濃いのか、顔の作りは角以外人間そのものだが、髪は白く、手の甲も割と多めに白い毛で覆われている。牛の獣人で獣人の血が濃かったらどうなるんだろう。ミノタウロス風の厩舎番? ちょっと仲良くなりたい。
「たまになぜ獣人は厩舎番をよくしているのかって聞かれますけど、僕らはみんな馬が好きなだけです。他の人もそうだと思います」
イスル君もそう言ってた。大して納得できる理由ではないけども。
「西門の厩舎番にはもう会いました?」
「会ったよ」
「トミンって言うんですけど、あの人僕の従妹で。気難しい人なのであまりそうは見えなかったかもしれませんが、……僕はあの人ほど馬好きも見たことないです」
確かにあまりそうは見えなかった。とはいえ、馬の特徴を語る時、口調がだいぶ生き生きしていたことが思い出される。
タミル君が淹れていたお茶を持ってくる。大きな広葉樹が彫られた可愛い木のマグカップの中で、中で透明な茶色の液体が揺れている。
香り的にはエリドンティーではない。メイホーや西門の厩舎では出なかったので、東門厩舎のサービスの良さに感心させられる。
「これはなんというお茶ですか?」
「シャンピンですよ。オーラムのお茶ですね」
ふうん? オーラムって初めて聞いたっけね。
「じゃあ、馬車の準備しますね。ちょっと待っててください」
ディアラたちにもシャンピンなるお茶を飲むのを勧めて、俺も一口すする。
おぉ、濃いダージリンって感じだ。濃さ的にコップ一杯でもきついくらいだが、朝時には目覚めの一杯として飲まれたりしているのかもしれない。
茶葉ほしいなぁ。二人においしいか訊ねてみると、美味しいらしかった。
――お前ら、準備はできたか!?
厩舎の奥で、懐かしい怒号が突然聞こえてむせた。姉妹から背中をさすられる。
同時に少年少女たちの「おう!」とか「はい!」とかの声。厩舎番のお決まりなのかな、これ。可愛い系のタミル君の口からその言葉が出てくるとはちょっと思わなかったよ。
わらわらと犬の獣人含めた少年少女たちが出てきたのには和んだけどさ。
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