第5章 半端者たち

5-1 ジルとウググ


 デスクにことりとカップが置かれる。置かれたカップの中にはコーヒーが並々と注がれている。しっかりミルクも入っている。


「ありがと。如月君」

「あれ? 田中さんまだ私のこと見ていないのに」


 そう言われて振り向くとやはり如月君がいた。口元は緩んでいて、別に驚いた風ではない。


 うちの課に入った当初は茶髪にロングヘアーの子だったが、今ではすっかり黒髪ボブが馴染んでいる。耳に開いていたピアス穴ももう塞がっている。

 ギャルというのは同僚曰く、不良やヤンキーとは違って評価が二分するところだが、彼女の場合はおおむね好意的だ。


 常識人で、人当たりもよく、言葉は少し足りないが元々アウトレットモールを主要な行動場所にしていただけあるのか、彼女の的を射たシティライクの感性は、仕事の助けになることもあった。うちの課のアイドルだと言う人もいる。


「そりゃあ分かるよ。手首が見えたし、如月君が持ってくるコーヒーはいつもしっかりミルク入れてくれてるしで」

「あ、なるほど。よく見てますねぇ。でも手首で分かるもんです?」

「さあ? まあ、見慣れるよね。だいたい淹れてくれるの如月君だし」


 そっかあと、俺の解答にひとまず納得したらしい如月君は隣にいる大野さんのデスクにもコーヒーを置いた。


「はい。大野さんには砂糖2本ですよね」

「分かってるねぇ。でも最近ちょっとダイエットしようかなって」


 大野さんがくしゃっと表情を緩ませてそんなことを言う。大野さんは普通にしているといかにもデキるメガネさんなのだが、話してみると気さくすぎて少々驚けるタイプの人だ。


「だから次からは1本、いや、この際だしブラックにしようかな?」


 大野さんの言葉に、以前ブラックをチャレンジしていたことが思い出される。

 元々大野さんは砂糖1本派の人だった。ブラックをしばらく飲んで嫌になったあと、入れる砂糖が2本になった。


「でも大野さんあんまりダイエットが必要なようには」


 いつもの流れかと思いつつも、如月君が大野さんを上から下までちらりと見据えたので、俺も同じく見てみる。

 あるのはジム通いをしているだとかで肩や腕が多少がっしりはしているが十分スリムめな体型の大野さんだ。ガリガリ君な俺からしてみれば理想的な体型だ。


「この前の健康診断で中性脂肪の数値が高くてね。実はお腹も少し出始めててさあ」

「ああ、中性脂肪ですか。だから最近トクホのお茶に変えたんですね」


 大野さんのデスクにはいつもお茶の小さなペットボトルがある。俺は水筒派なので、どうだい真空断熱、いいですよ仕事終わっても温かくて、だなんて話はよくしたものだ。


「そうそう。……羨ましいなぁ、田中君は」


 いつものやり取りに「俺はナナフシなので」と苦笑する。大野さんの中性脂肪が増えた原因は、最近飲み会で揚げ物を食べすぎることとビールの量が増えたことだろう。まあよくあることだ。指摘しても治らない。これもまたよくあること。


 如月君が「ナナフシ?」と、疑問の顔をする。


「ナナフシって知らない? 木の枝とか小枝みたいな虫だよ」

「へぇ……そんな虫いるんですねぇ」


 ナナフシはいわゆる今どきの子は知らない虫だろうか? そんなにメジャーな虫でもないが、別に珍しい虫でもないように思う。


「実家によくいたなぁ、ナナフシ。無害だし飛ばないから、夏休みの研究で観察したよ、僕は」

「ナナフシ観察したんですか。観察しやすそうですが」

「でしょ? でもねぇ、モデルは描きやすくて良かったんだけど、あまり動かないから途中で飽きちゃってさ」


 子供らしい。


「カブトムシがいいって親にねだって、買ってもらっちゃったよ。丸太とかと一緒に水槽に入ってて結構高いやつ。……如月君と田中君は子供の頃、夏休みの研究何したんだい?」

「自由研究ですか?」

「そうだねぇ。何でもいいけど」


 正直覚えてない。この手の話では、妙に鮮明に子供の頃のことを話す人が多々あるが、俺は全く覚えてないのでいつも不思議に思う。記憶力自体は割と良い方なのになぁ。


「あまり覚えてないんですよね、子供の頃のこと」

「ああ、それは残念」

「私はシャンプーとアロマオイルを作ってましたよ」


 女の子らしいね、と大野さん。


「ほとんどお母さんに作ってもらったんですけどね。――



 突如、そんなやり取りをしているかつての俺の光景が“切り取られ”、遠ざかっていく。



「――おーーい。こっちだ!!」


 その大声には聞き覚えがあった。俺は声の聞こえてくる方を振り向く。


 イワタニだ。横にはマイ、ニル、ガブがいて、反対側にはディアラとヘルミラ、そしてインがいる。みんな私服だが、姉妹やインの服装には少し違和感を覚える。

 周りには大量の車やトラックが停められている。どうやらここはどこかのサービスエリアらしく、作業服姿の人をはじめ、家族連れやカップルの姿がいくらか散見している。

 俺はトイレに行っていたようで、みんなのところに行きつつ振り向いてみれば、「佐野サービスエリア」とあった。


 佐野? 東北自動車道か。どこ行くんだろ。会社での光景は単に昔の風景だったが……。


「んじゃ、出発しますかね? もうトイレおっけー?」


 ガブがそうみんなに訊ねる。各々オッケーとか、無言で頷いたりするが、ニルがディアラとヘルミラに「気分もうよい?」と訊ねる。


「はい。もうよくなりました」

「酔い止めの薬も頂いたので、なんとかします!」


 二人の言葉にニルが軽く頷く。


「ファンタジーの世界に車なんてないもんねぇ。ごめんね? 気が利かなくて」

「いえ、気にしないでください」


 そうニコリとするディアラに昂るものがあったようで、ニルが「んーーー!」と声にならない声をあげる。


「ダークエルフの姿が見れないのが残念だわ……」

「ま、仕方ないだろ。確実に騒ぎになるしな」

「我慢しなよ」


 イワタニとマイの言葉に、ガブがはあとため息をつく。俺は見えるぞ? 姉妹はちゃんとダークエルフだ。


「長谷川さんばっかりずるいわ……私もドラゴン幼女やダークエルフの子欲しい……」


 と、うらめしい視線が俺に注がれる。俺は困った顔を返すばかりだ。


「この際オークでも、いやゴブリンでもいいわ。……愛情を注げば、」

「はいはい。ほら、行くぞ」


 ガブがニルの肩を押し始めたのを機に、4人は車に乗りこんでいく。俺、姉妹、インの4人も車に乗りこんだ。

 イワタニのジープらしき車はともかく、俺の車は見慣れない車だった。名前はなんだったか忘れたが、今の車を買う前、候補の一つとして挙がっていた車だ。……ああそうだ、ジュークだ。


 ナビの目的地に、アイランドホースリゾート那須という言葉が出てくる。那須? ……ホース? 乗馬しにでも行くのか? いいな。いつか乗馬してみたいとは思ってたし。


「イン、シートベルトね」

「お、おう。そうだったの。……むう、どこだ?」


 インにシートベルトをつけてやり、「じゃあ出発するよ?」と俺。


「「は、はい!」」


 飛行機じゃないのにな。明らかに緊張しているディアラとヘルミラ、それとシートベルトをぎゅっと握っているインに内心で苦笑しつつ、俺は車を発進させた。


 と、発進させようかというところで、お腹に違和感を覚える。すぐにもそれが“懐かしい重み”であることに気付く。

 ただ、右の腹だけではなく左の腹も妙に温かいので、疑念を抱きもする。



 「視聴者」である俺の意識が強まっていく。


 これは夢だ。と同時に夢が終わることもすぐに分かった。


 現代にインたちがいるというあり得ないが未来の一つの理想形が追えないことに少し惜しむ気持ちもあったが、この夢の終わりの瞬間は結局どうにもならない。どんなに嫌だ嫌だと叫んで居続けたいと願っても、幸福な夢はいつか終わるのだ。


 とはいえ、いつもだったらもう少し終わりに余韻がある。今日の夢は妙に終演処理が手早いらしい。俺は目覚めの到来に気持ちを委ね始める。


 段々と薄くなっていく、未来で現代世界に帰還している俺。


 ジュークに三人を乗せた俺は、サービスエリアを抜けたようだ。いいな、乗馬。イワタニたちもいて、異世界人であるディアラたちに理解もあるようだし、オルフェがちょっと懐かしいとか言い合ったりして楽しい日々になるに違いない。


 ……いい夢だ。まさかのインたちの来日か。日本は住むのは安全性以外いまいちだが、旅行先ならこれほどいい国はない。

 それに俺は車は乗れればいい派なのに新車を購入している辺り、この夢は時系列や実現性を問わない形の願望の塊だった、といったところだろうか。


 最初の夢もなんとなくだが思い出せる。如月君と隣の大野さんとの何気ない一コマだったように思う。

 よくある回顧録的な夢だが、改変がほとんどないパターンは珍しい。クソ課長がデスクにいない時や出払っている時はああいう平和なお茶の間があった。そのうち確か桐野さんや小林君も会話に参加したんじゃなかったっけ。……



 ――目が覚めた。


 いつものように右腹部にインが乗っかっていた。それはいいのだが……。


 体の左半分が妙に温かいので見てみれば、ジルだった。半ば抱き着かれている。


 正直かなり驚いてマンガみたいに体が石のように固まったが、そういや魔力供給の手伝い頼んだなと昨夜のことが思い出される。インはいつも布団には入ってこないので、変な感覚だ。

 インとどっこいどっこいの年頃だし、ジルだしで、別に妙な気は起きないはずなのだが、キスされたことが思い出されて視線をジルから離した。あどけない口元に行ったからだ。唐突に角が取れるのは少し、困る。


 ふと、俺の“静かすぎる息子”に懸念がいった。


 そういやこの世界の俺の息子、大丈夫か? 朝の時間は割といつもわちゃわちゃしてて意識が向かなかったけど……。朝立ちはもちろんだが、立ったの1回も見てないぞ。EDじゃないよな。

 早くも年齢が、というわけでもないだろう。この世界での俺は肉体的には高校生なのだから。


 でも高校生か……その辺の性的な認識遅かったんだよな、俺。多感だったし、その手のことを話題に出す男友達もいなかったし。男なら誰もがなる生理現象なので立っていたとは思うんだが、……覚えてないや。はぁ。


「起きたか?」


 俺の不安になった心境をよそに、インが声をかけてくる。


「起きたよ。おはよう」

「うむ。どうだ? 体の方は?」


 そう言われ、別に朝からこんなことしたことないんだが、軽く体を起こして右腕をインの重みから抜いて肩を軽く動かしてみる。問題は特にない。いや。朝の割に動きが軽い気がする?


「うん。調子いい気がする」


 ジルが引っ付いているせいで起き上がれないので、また枕に頭を投げる。


「ふむ。二人がかりで魔力を与えたし当然だの。ばっちり早起きもできておるし」


 インが腕を組んでうんうんと頷く。


「てか、ジルも魔力くれたんだ? インの補佐的なものだと思ってたけど……」

「まあ、供給量が増える方が回復も早まるからの」

「そっか。ありがとね。助かったよ」

「うむ」


 そんなやり取りの最中、ジルは一向に起きる気配もなく、穏やかな寝息を立てつづけている。

 ジルは黙っていれば可愛らしい少女であることには違いない。

 布団を間に挟まない直の添い寝なので、気分的には悪くないんだが、割とがっちり、特に足の方でしがみつかれているので起きるに起きれない。セミか。


「ジルって朝弱いの?」

「あー……そやつはちとしばらく起きんかもしれんの。昨夜も触れたと思うが、ジルは魔力操作の類が下手な性質でな。魔力の譲渡も大して上手くはないし、魔力の回復速度も遅いのだ。まぁ……代わりに七竜切っての火力の持ち主ではあるのだがの」


 ジルがかつて俺やインに放ってきたブレスが思い出される。

 亜空間内は建物の類が全くなく、地面には傷もつかなかった不思議空間だった上に、《凍久の眠りジェリダ・ソムノ》はブレスを防いでしまったので火力の規模はいまいち分からなかったが、……あの細めたブレスの速度は確かにやばかった。

 範囲を狭めた分、火力もヤバいんだろう。割と全力で避けてたからな、俺。


「そっか」

「うむ。ダイチだからこそもあるが、魔力生命体マジアンタルの魔力も結構使ったようだしの」


 マジアンタル? あのサラマンダーのことか?


「なにそれ? サラマンダー?」

「うむ。四大精霊の持つ魔素マナに相応の魔力を加えた存在だの。ああ、四大精霊とは火、水、風、土の精霊のことだ」


 四大精霊か。


「魔力生命体は言ってみれば、いざという時の魔力タンクのようなものなのだが、精霊の魔素には魔力を収縮させると同時に穏やかにする性質があっての。魔力生命体に溜め込んだ魔力は人の子への譲渡用の魔力にもってこいなのだ。無論、ホムンクルスにもな」

「じゃあ、魔力生命体は昨日で消失したとか?」

「消失はせんよ。だが中身は空であろうな。ダイチの魔力を満たすとなれば」


 なんか悪いな……。

 そのうち丸一日魔法とか魔力の勉強会にあててもいいかもしれない。知らないことだらけだ。


 そういえばディアラたちがいないことに気付く。いつもだったらイスに座って待っているんだが。


「ディアラとヘルミラは?」

「今朝方は呼びに行くから少々待っておれと言ってあるぞ。ジルを見たら不安に思うかもしれんしの」

「あ、それは助かる。重ね重ねありがとね」

「うむ」


 眠らされた成人バージョンのジルのことは二人とも幸い覚えていない。今の少女バージョンのジルは眠っていた――たぬき寝入りだったみたいだが――ので会話もしていない。

 もし成人バージョンのジルのことを少しでも覚えているなら、少女バージョンのジルの外見の特徴などから関連性を見出される可能性もあるのだが、覚えていないために幸いそれはない。


 とはいえ、そう易々と紹介したくないのがジルと言う奴だ。早起きできたことに関しては感謝はしているが……ナイーブな姉妹に何を吹き込むか分かったもんじゃない。

 インの添い寝は見慣れてはいるはずなんだが、今回は直の添い寝だし、何らかの影響を与えかねない。鈍感な方のナイーブならいいんだが、そうじゃないっぽいからな。20代だし当然とも言える。


「それはともかくだ。ジルを叩き起こしてもよいぞ。噛み付いてきたら守ってやるしの」


 犬かよ。ちょっと面白いけど。


「ジル。起きろ?」


 軽くジルの肩を揺する。「んー」と声を出しながら余計にしがみつかれる。おい。


「そんな生ぬるい起こし方なぞせずに、叩いたりしてよいぞ。こう、頬をペシンペシンとだな」


 インがビンタの空振りをしてみせる。叩くのはちょっとなぁ……。子供の姿だし、一応苦手なのに頑張ってくれたようだし。


「ジルになんぞ構ってると早起きをした意味がなくなるぞ?」

「いや……なんか、よく寝てるからさ。叩くのはちょっとな。頑張ってもらったみたいだし」

「……しっかたないのう」


 インはやれやれといった顔で腰に手を当てたかと思うと、ジルに向けて手をかざし、白い魔法陣を出す。


「何それ?」

「《譲渡トランスファー》だ。私の魔力を少しな。こやつの魔力の回復速度は私と倍ほども差があっての。これで多少眠気も覚めるであろ」


 インはしばらく動かなかったが、終わったようで手を下ろした。

 穏便な起こし方だ。ありがたい。


「本来なら《水射ウォーター》でもぶっかけるところなんだが……考えてみれば、手荒く起こしてもこやつは騒ぐしの」


 面倒な奴だ、とインはため息をついた。知ってはいたが、ジルには結構容赦ないよな、イン。


 再び揺する。


「んぁ……」


 起きたらしい。しかし眠そうだ。細まったジルの目と合う。


「起きたか?」

「あぁ……あんたね……もうちょっと寝かせて……眠い…………」


 多少緩まったしがみつきだったが、またつがみつかれる。不覚だがちょっと可愛く思ってしまった。顔はいいんだよなぁ。


「らちが明かん。ダイチ、ゾフを呼ぶぞ」

「え? ああ」


 唐突にゾフワードを出すイン。ゾフ呼んでどうするんだ? と疑問に思うのもそこそこに昨夜の黒い楕円がベッドの前に突然現れる。なかなか心臓に悪いこれ。


「お、おはよう、ございます……」


 ゾフが黒い円からそろりと顔を出す。角はないようだが、普通に現代でもありそうなもこもこした白いナイトキャップをかぶっている。黒じゃない。

 ネグリジェを着ているようだが、こちらも白い。寝る時は黒い格好はしないようだ。とはいえ、目隠しは昨夜つけていたものと同じで黒い。アンバランスだ。というか、竜モードで寝ないのか?


 ゾフは黒い円の縁を握り、体を半分も出さないまま、恥ずかしそうにしていて出てこない。


「おはよ。ごめんね、朝早くに」

「い、いえ……では……ウググさんを、呼びますね」


 ウググ? なんか野蛮人的な亜人っぽい名前だな。


 ゾフの前に全く同じ黒い円が再度出てくる。

 ……そういや、ジルは窓際に唐突に現れたけどあれはどうやったんだろう。わざわざゾフを呼ぶ辺り、頻繁には使えないもののように思えるけど。


 しばらくして、ぬっと頭を下げながら出てきたのは、濃い琥珀色をした二足歩行のトカゲ――リザードマンだった。でかい。2メートルはあるだろうか。


 ウググという名前らしいリザードマンは服を着ていた。

 シャツにベストにパンツと、普通の恰好をしているので驚く。ベストは胸の広さ的に締められないのか開けているのだが、正直結構似合っている。現代でもあるようなカジュアルスタイルって感じだ。


 人がするような恰好をしているだけあるのか、


「いつもお世話かけます。黒竜様」


 と、トカゲ顔からは若干しゃがれ声だが流暢な言葉が出てきた。軽く頭も下げた。いつも? こういうことよくあるのか。いや、ジルとの戦いを見るにいつもなんだろうな。


「い、いえ……転送先はジルさんの部屋でいいですよね」

「はい」


 ゾフに言葉をかけていたウググが俺のことを見据える。

 トカゲの顔から何を言われるのか少しドキドキしたが特に何もなく、ジルにちらりと目がいく。今度はインに目が行き、お久しぶりです銀竜様とウググはペコリと下げた。


「うむ。ジルは少し疲れておるのでな。休ませてやれ」

「はい」


 ベッドの横にやってきたウググと再度目が合い、のしのしとやってくる。


「ジル様をお連れするので、失礼します」


 何をするのか分からなかったが、突然の2メートルの巨体、それも初めて見たリザードマンの姿と反して紳士的な挙動にはただただ頷くしかできなかった。

 一応出したマップでは、ウググは赤いマークとして出てきていないので、そういう心配は特にしていないのだが……。そういや、ジルの赤いマークもなくなってるな。さすがに緑のマークにはなってないが……判断基準がよく分からん。俺の主観ってことはないだろうし。


 体中にびっしりとある鱗とか、綺麗に削られた爪とか、ウググは体表がまるっこいのでぱつぱつ気味ではあるが破れたりはしていない服とか。

 諸々を凝視している俺のことは特に気にせず布団に手をかけるウググ。

 力任せに思いっきり布団を剥ぐのかと思いもしたが、ウググはそろりそろりと後退しながらゆっくりと布団を剥いでいった。ジルのいる方の布団をベッドの底まではいだ後、さらに今度は反対側からもはいでいく。


 ウググの手つきと挙動に正直ちょっと感動した。

 筆頭使用人のルカーチュさんの使用人もといホテルサービス極まれりな作法に感動したばかりだが、ウググのものは作法然とはしていないものの、ギャップもあるせいか、俺の中ではルカーチュさんといい勝負だ。


 それからウググは腕を伸ばして、しがみついているジルの手足を丁重に剥がしていく。

 ウググの指の爪は先が丸っこいので俺の手足に爪が食い込むことはない。リザードマンなら普通に爪先は尖っていそうだし、ジルのことだから私の肌を触るなら切ろとでも言ったのかもしれない。


「ん……ウググ?……」

「はい。お迎えにあがりました」

「あ、そう…………手」


 ジルが短くそう言うと、ウググは傍でしゃがみ、王様から剣でももらうかのように頭を半ば下げて大仰に両腕を差し出す。

 ジルは俺から離れ、眠そうに体を引きずりながらウググの元へ行き、やがてその両手にすっぽりと収まった。ジルが素直だ……。


 ウググがゆっくりと立ち上がる。お姫様抱っこされたジルは欠伸を一つしたあと「じゃーね。ダイチ」と言って、再び目を閉じた。


「あ、ああ。またな」


 俺が声をかけられたのはウググが再度俺とインに頭を下げて、背中を見せてからだ。


 というのは、恰好こそカジュアルスタイルだが紳士的なリザードマンにお姫様抱っこされたジルもとい美少女の様子に少々見惚れていたからだ。

 もちろん俺がリザードマンに抱っこされたいわけではない。絵面的に良すぎたのだ。


 昔、別ゲームで女性GMギルドマスターを5年以上やっていた影響か分からないが――やめた後も数年自称が「私」のままで言葉遣いもいまいち変えられなかった。もちろんチャットの話――若干俺は乙女趣味なところがある。

 少女漫画も割と読める口だ。さすがにネリーミアの店にあったなんとかキス魔王子とか、あの手のは無理なんだけど。


>称号「爬虫類が気になる」を獲得しました。

>称号「メルヘンが好き。でも君はファンタジー」を獲得しました。


 爬虫類が気になるのは分かるけど、君はファンタジーってどういうこと? というか、オリジナルだな称号……。

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