4-26 問答
「なんでこいつを残しとくのよ……」
ぼそっと、嫌そうに開口一番そう口にするジル。こいつとは俺なのかインなのか一瞬迷ったが、まぁ俺だろう。頑張って労わりつつ運んできたので、開幕の言葉がそれでは少々報われない。
少女になって顔が小さくなって目が大きく見えるようになって、マイルドになったはなったが、やはり中身はそのままらしい。
もっとも、ジルの性格やインとの喋りから察するに、報われないのは薄々分かってはいたのでダメージはさほどない。
どうやら、身内を殺そうとした奴が傍であまりにも無遠慮にしていると、嫌悪感を抱くのではなく無感動になるらしい。いざと言う時に、動きやすいといえば動きやすいんだろうが。
「はあ。こいつとは酷い言い草だの。ダイチはお主をここまで運んできたのだ、少しは感謝せい。あのままではお主は魔物の餌か賊のいい慰み物になったであろうからな」
「そのうち目が覚めるんだから余計なお世話よ」
この分だと結構早めに目覚ました感じだもんな。
ジルは体を起こす。起き上がってすぐに、さむ、とこぼして、両手で腕を覆った。まだいくらか冷えるらしい。
「だいたい目を覚ましたらそんな奴ら叩きつぶしてやるわ」
そう言いながらジルはインを睨みつけた。おーこわ。
「子供の状態でこの辺の奴らに勝てないようなら七竜失格よ」
「まあの」
凍傷が残っていることに多少は気遣ってやる心境になったが、挑発的な言葉にすぐにそれは引っ込んだ。七竜だし実際叩きつぶせるのだろうが、元気なことだ。
インが俺を見てきて、肩をすくめる。こんな奴ですまんの、というところだろうと思ってたら、実際に念話できた。
外見の特徴、受ける印象などはもちろんいくらか違うが、少女のジルはインと同じように見目麗しい少女だ。
少年少女の頃に容姿を絶賛されていた子役が大人になってぱっとしない感じになったり、あの美女美男子の子供の頃を見てみるとそれほどでもなかったりするのはよくある話だが、ジルはどちらでもないようだ。
かつて見た美女の幼い頃と言われて納得できる幼い容貌しかない。ただ少し目つきは悪いようだが。
黙ってすましていれば、ジルは深窓の幼い令嬢だろう。だいぶコスプレじみているインと比べると、人間味という点で分があるようにも感じるし。
少しじろじろと見てしまったせいか、ジルが煽るように冷笑してくる。
「第一私はこいつに殺されかけたのよ。なんで仲良くしなきゃならないのよ」
……お前がインを殺そうとしたからだろ?
すぐに出てきた内心の言葉とともに、俺の心境は殺伐とし始める。
「私はお主に殺されかけたがな?」
同じ心境だったようで、インも似たような言葉を飛ばした。
「あんたは死なないじゃないの!」
「死なないからといって殺していい道理はないな。違うか? 痛みもあるしな。肩を失い、腕が吹き飛ぶ経験を味わってみるか?」
インは珍しく怒った様子だ。
「……ふん。ほんとあんたと話してるとイライラするわ」
ジルがそう言ってそっぽを向く。今のところは被害者であるインに分がありそうだが、この様子では話が長くなりそうだ。
俺が求める話は、ホムンクルスについての踏み込んだ話と明日の朝についてのことなのだが……寝るまでに果たして出来るのか。そこまでに俺自身がジルに苛立たない保証もない。
それにしても、俺の中で苛立ちはまだくすぶっている。もちろんジルに対してだ。
いくら実害が出たからとはいえ、子供の頃はこんなに短気ではなかったと思うんだけどな。やっぱ現行の俺をそのまま幼くしたって感じだな。……それか、若返った上、精神耐性が低いから煽り耐性も低いってか? 相手が子供だからと思い込んでみてもなかなか怒りは消えてくれないらしい。
俺は内心で自嘲した後、息を吐いた。
怒りを鎮めるがてら、さきほどまで使っていた椅子を二脚持ってきた。別にベッドに座ってもいいんだが、インに薦め、俺も座る。
「すまんの。……で、ダイチよ。お主らが茶会をしておる間にジルと少し話しておったのだが、……お主、ジルを殺そうとしたのは本当か?」
インが真面目な顔でそう質問する。話してたっていうのは念話でだろう。
「……ほんとらしいよ。俺はそのつもりなかったけどね」
ジルがピクリと眉を動かしてしかめっ面を強める。
「どういうことかの?」
「……まず、俺は二人が喧嘩してるのかと思ってたんだよ。七竜は亜空間に飛んでいって、ああやって喧嘩したりして、ストレス発散するのかとね。現実じゃ、暴れるとこないだろうしね」
はっ、あながち間違っちゃいないわ、とジルが感想を乱暴に吐く。
「まあ、殺し合いを始めるとは思わなかったけど」
「別に私は喧嘩などと教えたことはないが……。亜空間も初めて入っただろうしの。なんでそう思ったのだ?」
「ん。いつか俺とインが戦った時さ、インが『私は死なないから安心するといい』と言っていたのを覚えていてさ。てっきり、インもジルもお互い死なないと思ってたんだよ。七竜だし、喧嘩も壮大なんだろうとね。まあ、実際は《
「ゾフと話したの!?」
ジルが目を見開く。
「ああ。君が生きてるのは、ゾフのおかげだよ。ゾフがジルを助けてくれと言ってきたから俺は君を仕留めるはずだった魔法を止めたんだ。……ゾフに少しは感謝するといい。君はゾフを酷使しすぎてるだろうからな」
最後の方は語気を強めた。これはホルンクルスの感情に囚われていない、俺自身の怒りの感情だ。
俺は男だろうが女だろうが、そして子供だろうが、この手の奴が一番嫌いだ。インに対してもそうだが、お前はもう少しゾフのことを労われ。もちろん本当に子供だったら色々と猶予のある応対をするが、お前は子供じゃないどころか千年以上生きている。
「君は千年以上生きてるんだろう? ああやってひとかけらも感謝せずに誰かをボロぞうきんのようにこき使うなんてことは子供のすることだ。君は千年も生きていてまだ子供なのか?」
ジルが何か言い返そうとしたが、止めて、悔しそうに俺から目を逸らした。
「……ゾフが、俺がこのまま魔法を続けたらジルが死ぬとそう言ったから、俺は魔法を中断したんだ。別に俺は本当に死ぬとは思ってなかったからな。インをあんな目に合わせた奴だし、だいぶ怒ってはいたけど」
「なるほどの」
インが目を伏せ、すまんの、ダイチと謝り、俺の手を取った。
「私は幸せ者だのう。母としてこんなにも想われて」
と、母親の顔でそう穏やかに言うイン。幸せ者などと言われたことはないので少々照れくさく、視線を逸らしがてら右肩に目がいってしまう。もちろんしっかりとくっついている。
「はっ! 出来合いの親子ごっこなんて見せないでよ。だいたい七竜とホムンクルスの親子ごっこなんて誰が喜ぶのよ」
ほんっっと気持ちいいくらいストレートだな!
インが俺の内心を反映するかのように、盛大にため息をつく。
「お主はほんっっと、ひねくれとるの」
「うっさいわね!! 第一、なんであんたこいつとこんなに親しげなのよ! あの氷魔法なによ! インの《酷寒の園》の規模じゃないわよ……あんなのは……」
思い出したのか、ジルがぶるっと体を震わせ、両手で肩を抱く力を強めた。酷寒の園? 周りを凍らせてたやつか?
「ほう! 氷魔法か。ジルが妙に寒そうにしておるから、そんなところだろうとは思っていたが……いつそんなもの覚えたのだ? 店で買った攻撃魔法は初級のものだろう?」
インの質問に、目線が泳ぐ。
ゲーム内の派生スキルの要領で習得した、とは説明しづらいよなぁ……。いや、そもそもクライシス内で覚えてた魔法ではあるか。
この分だと同じ要領で《
「元々持ってた魔法というか……でもこの世界に来てから消えてたんだよ。この前買った氷魔法を連発していたら、使えるようになったというか……」
間違ったことは言ってない。
「ほう。……ま、お主は元々規格外だったからの。竜殺しの弓も持っておるくらいだし」
ジルが、竜殺しの弓ぃ? と素っ頓狂な声をあげる。
「うむ。しかも、確実に我らの息の根を止めるやつだの。ようやく鱗を切り裂けるようになるイルヤンカシュの剣とは訳が違うかったの」
こっわ、とジルが俺を見て後ずさる。その反応やめろ? ハインの弓見せるぞ??
「ま、安心せい。こやつがそんなものを振り回す奴ではないのはお主も分かっておるだろ?」
インが得意げにそう語る。別に見せるくらいならいいんだけどな。
ジルはインの言葉を聞いても疑り深く俺を見ていたが……くしゃみをした。
「凍傷治らんのか?」
「治らないのよ……ずっと燃やしているんだけど……寒くてしょうがないわ……」
燃やしてる? 当然だが、ジルの見た目は何も変わっていないし、人の少女のままだ。布団が燃えているようなこともない。竜モードでも氷を溶かしてたからな……竜的な力で体温を上げる努力はしているものらしい。
まあ、即死魔法だからな。クライシス的にはネタ魔法ではあるが、通れば威力は最大規模だ。仮にHPが1億あったって理論上は死ぬのだから。
解除したとはいえ、凍傷程度で済んでいるのは、炎を司っているっぽい赤竜のジルだからこそなのかもしれない。でも、氷魔法は弱点だったな。
仕方ない……。スープでも飲ましてみるか。一応俺のせいだしな。
俺はため息をついたあと立ち上がり、魔法の鞄を持ってくる。
「なんかあるのか?」
「効くかは分からないけど、スープがあるんだ」
「……スープ? 毒じゃないでしょうね」
ジルの暴言に、「そんな物騒なもん持ち歩いてねえよ」とツッコみつつ、いや普段から短剣提げてるしな、と内心でセルフツッコミも入れつつ鞄に手を入れてインベントリを確認する。
あったあった。量は神猪の肉串より少々少ないが、255個が2セットと、132個ある。
「魔力スープ 手の上に」と念じて、鞄から手を抜いて、両手を表にして待つこと2秒ほど。空間が歪んで、クリーム色のスープの入った大皿が俺の手に無事着地した。
少しこぼれそうになったので、今度からは「ゆっくりと こぼさないように」辺りを追加しとこう。
「なにあれ。《
「うむ」
ジルにはさほど驚いた様子はない。
手にはたちまち懐かしい料理が現れ、俺の鼻腔を刺激した。
クリームシチューだ。しっかりとスプーンもある。グラフィックではにんじんとじゃがいも、ブロッコリーらしき物体が浮かんでいるので、クライシスでもクリームシチューだろうとは想像していた。
ただ、立ち上る湯気と同じように、魔力の粒がきらきらと立ち上っている。この辺りが、魔力スープである所以なのだろう。
「白いスープ? 見たことないスープね……」
見れば、インもそうだが、それ以上にジルが興味深そうにスープを覗きに来ていた。
クリームシチューがないことに少し驚く。ビーフシチューはあったし、ありそうなんだが……。
「ほう。美味そうなスープだのう! これは牛の乳か。肉が少ないようなのが残念だが」
インが香りを吸いこむ仕草を見せながら、素直な感想をこぼす。
肉は入ってはいるのだが、確かに野菜に比べると少ない。
「鶏肉か。ふうむ……なかなかいい餌を食べておったようだの」
匂いで鶏の肉の付き具合まで想像してしまったインに苦笑する。いい匂いがするってことは、そういうことなのかもしれないが。
でも鶏肉なら、体調不良時にもいいな。というか、クリームシチューって鶏肉入れるんだったか。子供の頃は好きな料理だし、今も好きだろうけど……男の一人暮らしには縁の少ない食べ物だ。
黙ってはいるが、口をわずかに開けたままシチューを凝視しているジルにいくらかほだされた心境になる。七竜はやっぱり食い意地はってるのか? いや、バーバルさんも似たような反応していたか。
ジルに魔力スープを渡す。
「食べろよ。体が温まると思う」
「……スープを飲んで凍傷が治るなら苦労しないわ」
まあな。相変わらずの言葉にやれやれと思うが、ジルは既にスプーンを手に取っていて、食べる気満々だ。
「……ん!!」
ジルはよそった魔力スープを口に入れると、幼くなって少し大きくなった赤い目をさらに見開いた。手を口に当てて、「なにこれ……。おいしい……」と感激した様子の感想を漏らす。味は問題ないようだ。
「であろう? ダイチの持ってる料理は筆舌に尽くしがたい美味のものばかりだからのう」
インが自分のことのように自慢した。俺も肉串食べたけど、確かに美味いよな。魔力スープもきっと美味いんだろう。回復量の少ないコーヒーセットは比較的普通だったけれども。
汁をよそい、口に運ぶ速度を速めて、シチューにがっつくジル。
室内にしばらく皿とスプーンが当たる音ばかりが響く。粗暴な口の割に、手つきはインよりずいぶん上品なようで、口はしっかり閉じて咀嚼しているし、時々口に手を当てながら、ジルは絶賛に溢れた薄い笑みを浮かべた。
やがて俺たちの視線に気が付いたのか、俺に「なによ」と睨んでくるジル。なんで俺だけ。まあ……別にいいけどな。
インもそうだったけど、もりもり食ってる姿を見るのは嫌いじゃない。小学生くらいの外見ならなおさらだ。
魔力スープが早くも半分くらいなくなった頃、はたと皿に置かれるスプーン。
「あれ? 寒くない……治ったわ……」
ジルの報告に、インがほう、と関心を寄せる。え、凍傷もう治ったの?
「ダイチの料理は七竜が治せない病気も治してしまうのか? さすがだのう!」
既に神猪の肉串の信者であるインの評価はどんどん上がっていくようだが、さすがにそういうことではないと思うので、弁解することにする。
「そのスープ、魔力が込められてるからそのためだと思うよ。基本的に俺の持ってる料理は、病気を治すためではないと思う」
と、説明しながら、でもバーバルさんの飢餓状態を回復してしまってたなと思い出す。
「いや、多少はあるかも」
日々動植物に活力を与えているインの「労働力」と、クライシス内での本来の効果である「生産力の回復」を結び付けて考えたこともあったが……。
「ま、美味い料理は大なり小なり滋養効果があるしの。魔力が込められていても、まずい料理が美味い料理に化けるわけでもなかろうからな」
まあなぁ。病は気からというか、プラシーボ効果というか。
「のう、ダイチ。私にもだな……」
それはそれとして、おねだりをしてくるイン。
肉串ね。そういや、戦闘後だしね。体を再生させるために魔力やら体力やら使っているだろうから腹も減るだろう。
鞄から神猪の肉串を取り出し、インに渡してやる。
「ほっほー!! やっぱりこれだのう!!」
インの無邪気な喜びっぷりについ笑みがこぼれてしまう。ジルといえば、俺の出した肉串に驚き、凝視していたものの、インの反応に呆れた表情を見せた。
「あんた、そんなに肉好きだったっけ? ……って、きったないわね……」
「ふ? はひがだ?」
インはジルの言葉などどこ吹く風で、既に肉にかぶりついている。口の周りはすっかりタレと肉の脂まみれだ。
ジルがため息を吐く。すっかり形勢逆転だ。今ばかりはジルと同意見だ。そのうち服にもタレつけるんだよ。まだケプラでは服屋に行ってないし、首元になにか布でもかけてもらうか。
ジルが、ちょっと待ちなさい、と言うと空中に黒い手鏡――《収納》を発動させて、中に手を突っ込んだ。ジルも使えるんだな。
何やらごそごそしたあと、ジルが取り出したのはナプキンだ。おぉ。
「両手を挙げて首元をちょっと開けて」
「むう? 何をするんだ?」
インが言われたままに両手を挙げる。片手にはしっかりと肉串が握られている。
ジルはインの首にナプキンを引っかけた。首から胸と肩はしっかりとナプキンで覆われる。
「少しはこういうこと学びなさいよね。ほんとにあんた田舎竜になるわよ」
「こういうのは苦手でのう……」
「あげるわ、それ。汚れたら自分で洗いなさい」
そう言ってさらに数枚のナプキンをインの近くのベッドに放り投げた。
「むう……」
「食べた後すぐに水で洗えば簡単に落ちるわよ」
ふうん。ジルもいいところあるんだな。
>称号「給仕見習い」を獲得しました。
>称号「赤竜を手なずけた」を獲得しました。
ああ、手なずけたのこれ? インならともかく、ジルだろ? どうだかな……。
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