4-25 捜索願いと対策 (4) - 起床


「元々金櫛館は、魔人ウロボロスの脅威からケプラを救ってくださいました英傑、ウルナイ・イル・トルミナーテ様と、当時ウルナイ様と親しく、装備などの出資もしていた3代目のシモン・オスカル・イル・マイアン公爵様が開館されたお屋敷です。館の経営方法に始まり、私ども使用人の礼儀作法や制服に至るまで、お二方が多大なお知恵を絞られた産物と聞いております」


 と、金櫛荘について、ルカーチュさんが説明してくれる。もう食事は済んでいる。


 ユディットがしてくれた話と同じだが、使用人に関してもウルナイ出だったんだな。

 先代のマイアン公爵に諸々丸投げしていた可能性もないわけではないが、トイレの件に始まり、都市計画の件もある。汚職の摘発などはレベルが高かったり、隠密性の高いスキルを持っていたり、場合によっては比較的楽にできそうではあるが、ほんと有能だったようだ。


「ということはルカーチュさんが実際に教わったのはマクイルさんですか?」

「マクイル様からも教わりましたけど、当時の使用人の方々からも色々と教えていただきました」


 ああ、そうか。20年いるんだもんな。


「なるほど……。ほんと見てても完璧というか、優雅というか。あまり使用人に見慣れていないのもあるんですが、料理を並べている時とか実はちょっと見惚れていましたよ」


 ありがとうございます、と微笑むルカーチュさん。ヘルミラはどう感じた? とヘルミラに話題を投げてみる。


「私もです。ルカーチュ様の丁寧な言葉遣いや滑らかな所作の数々には本当に惚れ惚れします」


 だよねぇ。茶道との違いを見比べてみたいところだよ。


「私も所作と、あと立ち姿も隙がないなと思いました。何かやられていますか?」


 と、ディアラ。え?? 立ち姿? 何かって?


 ルカーチュさんがふふ、と意味ありげに微笑む。


 食事に誘ってからというものの、ルカーチュさんの俺を含めた姉妹を見る目には、使用人としての立場は崩さないままに、母が、あるいは年上の女性が子供に対する類の柔らかいものを感じていた。

 だが、ディアラの質問の後には、そこに少し「別のもの」が紛れ込んだようにも思う。


「分かりますか? あなたもきっと頑張っていらっしゃるわよね。ダイチ様を守るためかしらね」


 ディアラが少し照れながら、はい、精進しています、と答える。

 急に訪れた二人の阿吽の空間に困惑して、ヘルミラに賛同を求めて視線を寄せてみるが……ヘルミラもまた同意見だとばかりに、ヘルミラの元にもやってきたルカーチュさんの視線に頷くばかりだ。


 何かやられていますか。この「何か」に関して思い当たる節がないわけではない。

 別にやっていても、違和感はそれほどない。なにせこの世界は“魔物がいて”、街中では住人が“武器を携帯している”のだから。


「……ちなみにどんなものを?」


 「何か」に関してはいいのだが、得物が想像できなかったので、ルカーチュさんに聞いてみる。


 世の中にはメイドの女性がマシンガンをぶっ放したり、斧を振り回したりする、ピュアな感性からしたら引かれそうな作品がたくさんあって、だけどそれが不思議と面白かったりする。

 意外性はもちろん、人間、特に雄の本質とストレス社会の現実に迫る類の快感でもある。銃は世界観的にまずないとして……たぶん護身術の類だろうと思うけれども。


 ルカーチュさんは俺の問いには答えないままにメイド服のエプロンの部分の胸元をまさぐり、……薄い銅の胸当てを出した。

 そうして、胸当ての裏側から何やら取り出し、もうティーセットだけになったテーブルにむき出しのナイフをことりと置いた。持ち手には何もついていない変わったナイフだ。


「こちらですわ」

「あ、ナイフ。投げるのですか?」


 ディアラが興味津々の様子で訊ねる。投げ用ナイフか。ルカーチュさんは得物を振り回す感じには見えないし、らしいといえばらしい。ヘルミラもまた興味があるようで、少し身を乗り出た。


「ええ。他の使用人と違って、私にはこれしか出来ませんが」


 他の使用人と違って。


「……他の方はどのような?」

「主に体術と剣と槍ですね。戦闘の術は、私と同じく筆頭使用人のダンテと、オーイカが最も得意としております」


 ……さすが魔物のいる世界の高級旅館。護衛いらずって感じか。


「槍はどなたがされているのですか??」


 ディアラが食い気味に訊ねる。こらこら。


「ダンテですね。ユディットもなかなかと聞いています。……よければお手合わせをお願いしておきましょうか?」


 ルカーチュさんがディアラの意を汲んでくれたようで、そう訊ねる。


「はい! 是非お願いします。……あ」


 思いっきり首肯しておきながら、ディアラは少々恥ずかしそうに俺を見てくる。ヘルミラも苦い顔で俺を見てきた。

 しょうがないお姉ちゃんだよね。ジョーラに似てきた気がするよ。


 ディアラは耳を垂らして子犬か何かみたいだったので撫でたくなるが、向かいの席でルカーチュさんもいるので躊躇われる。最近撫でてないから折を見て撫でよう。


「すみません、なんか。よろしいのですか?」

「ええ。常にというわけには参りませんけど、仕事の少ない手すきの時間帯などもございますから」


 正直なところは助かる。二人ともメイホーを出て、ちょっと寂しがっていたことが判明したところだったので、気が紛れると思ったからだ。

 何だったら、そのまま使用人の人たちと親しくなってもらえればと思う。


 許可を貰って、ナイフを見てみた。両刃の銀色のナイフだ。うろ覚えだが、忍者の苦無くない感はあまりない。サイズ的にはフルーツナイフだ。


 他のも見ますか? と聞いてくるので、おずおずと頷いてみると、さらに同じものが三本出てきて言葉が出なかった。


 まあ、投げるならなくすこともあるだろうし、一本じゃ致命傷にならないこともあるだろうし、当たらないこともある。何本もいるよね。うん。

 重くないか訊ねてみたら、慣れました、とのこと。慣れって大事だよね。女性には胸もあるから、胸につけとくなら重さもあんまり変わんないよね、うん。


 ちなみにルカーチュさんの胸はそこまで大きくはないようだ。でもきっと、肩は凝るだろう。もっとも、ジョーラの肩凝ったってなんていう言葉は特に聞いたことはない。逞しい話だ。どっちも。



 ◇



「じゃあ、明日はソラリ農場に行くことにしようと思うけどいい?」


 ディアラとヘルミラがはいと、元気な返事を返してくれる。


「起きるのがあんまり遅くなったら起こしていいからね。インにも頼んでいいから」


 俺の言葉に二人は頷く。ルカーチュさんは、俺と姉妹のやり取りを生暖かく見守っている。だいぶ距離は詰まったと思う。OK、OK。


 ソラリ農場とは、ケプラから南東に少し馬車を走らせたところにある農場だ。

 捜索願いの一件でマイクルさんに何かお礼を、できれば食べ物辺りを考えているとルカーチュさんに相談してみると、この農場でチーズを買い付けるのを勧められた。


 何でもマクイルさんはチーズに目がなく、昔はソラリ農場のチーズをよく好んでいたそうなのだが、近頃はソラリ農場のチーズは王都方面に出すようになって、ケプラにはほとんど回ってこなくなったそうだ。

 それならば俺たちも購入できないんじゃないかと思うところだが、直接農場に行けば少し値段は高くなるが、購入はできるだろうとのこと。


 ちなみに騎士団の団長――ヒルヘッケン氏についてもダメ元で訊ねてみると、酒好き、特に白ワインが好きだそうで、酒屋で白ワインを買うことにまとまった。高くて好きそうなものを訊ねてみると、「メナードク」という白ワインがおすすめとのこと。

 金櫛壮は、ケプラ騎士団から月に一、二度、戦闘訓練をつけてもらっているので、団長とも懇意らしい。この辺りもウルナイの時代から続く伝統事なのだとか。


 で、ソラリ農場に行くことはいいのだが……問題は俺が明日いつまで寝てるかだ。


 ジル戦では各魔法はもちろん、大魔法の《凍久の眠りジェリダ・ソムノ》も使ってしまっていて、これまで以上に魔力を消費している。

 《凍久の眠り》自体がMPを200も消費することには驚いた。俺のMPが5400もあるのを踏まえるなら数字上は問題はなさそうなのだが……これまでこんなに消耗したケースはない。


 俺は肉体的な疲れにより、眠くなる。

 今までの魔法によるMPの消耗がいって10だったのを見ると、今普通に活動していることに少し不安も覚えているくらいだ。

 魔力が尽きれば俺は死ぬらしいが、今俺の中の魔力がどれくらい残っているのか、それはステータスバーによるMP/FPの残量表記では全く参考にならない……。つまり、倒れる時期、死ぬ時というのもまた、推測ができない。


 金櫛荘に戻ってくる途中でもいくらか眠気がきていた。今日の睡眠時間が長くなることは必須だろう。

 もしかしたら明日、俺は起きないまま死んでいるかもしれないと、俺は3人と会話していてふと思ったが、あまり恐怖感はなかった。


 ジルの「お前は規格外」という発言に、納得できたこともあるかもしれない。

 確かに俺の周りにはリアリティがある。でも、俺だけリアリティがなく、“ふわふわ”している。だから死ぬ可能性についても、現実味がないままうまく消化出来ていないんだろう。

 死にたくないのは事実だ。でも、死んでしまう可能性については納得ができている。俺が木に穴を開けられるほどの武術家だなんて、これほど可笑しな話もない。


 もし俺が明日死んでしまった時。姉妹は残されてしまうことになるのだが、七竜に姉妹のことは伝わっているようだし、インが二人を送り届けてくれるんじゃないかと期待している。俺は今のところ、おそらく、二人についてしか心配していない。


 まあ、なんにしても、正直恥ずかしいので、丸一日寝てたなんてことにはならないことを願いたい。

 仕事のあとオンゲで徹夜したあとだって丸一日寝てたことはないからね。丸一日起きていることより、丸一日寝る方が難しい。


「では、そろそろお開きにしますか。結構時間も経ってしまいましたし」

「楽しいお茶会でしたわ。お招き頂いて、ありがとうございました」

「いえいえ。またよければご一緒してください。今度はインも交えて……他の使用人の方を呼んでみてもいいかもしれませんね」


 ルカーチュさんが私たちがもてなす側ですのに、と手を口に当てて笑う。確かにそうですね、と俺も苦笑する。


「明日のご朝食はいかがなされますか?」


 俺は朝食の時間に絶対起きてない。インが起きるのを待ちつつ早めに寝たいとも思ってるが……どう頑張っても昼前の起床だろう。となると、姉妹だけか、インの三人になってしまうのだが……。


「部屋で取るか、下の食堂で取るかでしたよね」

「はい。うちでお食事を頂く場合はそうですね」

「二人ともどうする? というか、昨日はどうしたの?」

「マクイルさんが持ってきてくれました……」


 申し訳なさそうにそう答える姉妹たち。


「そっか。いつもの例によって寝てる俺抜きで、インと三人での食事になると思うけど、どうしたい?」


 俺のせいでもあるので、努めて優しく訊ねる。ディアラとヘルミラは顔を見合わせて、ちょっと心もとない表情を作る。


「また……部屋で取ってもいいですか?」


 その不安げな様子から、ああ、確かにそうなるか、と察する。


 今まで民宿のヴァイン亭にいて、いきなり高級旅館、それもお金を払っている主人抜きという状況で「じゃあ食堂で」とはなりづらい。なかなか肝が太くないと。

 それに立場的には俺とインが二人の主人兼保護者のようなものなので、インも寝ている今、心細い心境になるのも分かる。


「もちろん。……ということです」

「分かりました。では、明日もご朝食をお持ちいたしますね」


 ルカーチュさんが、安心させるためか、親しみのこもった笑みを姉妹に向ける。姉妹もいくらか安堵したようだ。この分だと、ルカーチュさんが持ってきてくれるのかな? 話しといてよかったね。


 そんな話を最後にして、ルカーチュさんがワゴンとともに退室していった。


 間もなく、


「なかなか長いお茶会だったの?」


 という懐かしくも思える少女の声がベッドから聞こえてきた。


「「イン様!」」


 はじけるように駆け寄る姉妹。


「なんだ? 寂しかったのか??」


 インがベッドから降り、やってきた二人の頭に手を伸ばしてガシガシ頭を撫でる。

 少し乱暴だが、二人は嬉しそうだ。俺も撫でたい。

 

「いつから起きてたの?」

「ちょっと前だの。なんぞ楽しそうに話をしとったので邪魔をするのもな」


 インが片眉をひょうきんにひょいと上げてみせる。右肩はしっかり繋がっているようで、内心ほっとする。あんな非現実的に再生する光景を見ていてなんだが、指先も全く問題はなさそうだ。


「苦労かけたのう。私とこいつを運んできたのだろ?」


 そのことはまだ知らないはずだが、疲れたよ、と肩をすくめておく。肉体的にではなく、精神的に。


「だろうのう。……さて。いきなりで悪いがダイチと二人にさせてくれんかの?」


 インが二人を再び、今度は優しい手付きで頭を撫でながら訊ねる。さっきもそうだったが、二人の方が背が高いのでちょっと変な感じだ。


「この方は……?」

「そのうち起きるであろ。気にせんでよい」


 若干煙たがってそう言うイン。

 俺も話したいことはあるので、まだ起きてるから何かあったら部屋においで、と二人の肩に手をやる。


 少々不安は拭えなかったが、分かりましたと言って二人は出ていった。


「さて……。どこから話をするとするかの。……おい、ジル。もう起きてよいぞ」


 見れば衣擦れがし、起き上がったジルは不機嫌そうな顔で、俺とインから目を逸らしていた。

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