4-23 捜索願いと対策 (2) - 帰還と泣き顔
「お、おぉ! ダイチ様! ご無事でしたか……!」
「すみません、ご迷惑をかけたみたいで……」
マクイルさんの盛大にほっとしている様子と、屋敷の中にもしっかり兵がいることに、改めて事の重大さを教えられる。
ヨーロッパのクラシカルなホテルなので、この場が警察や刑事でごった返していてもそれなりに見慣れない空間ではあるのだが……長剣や槍を持った甲冑姿の彼らに一斉に襲い掛かれても、俺はおそらくどうにかしてしまうのだから、いよいよ現実味がない。
いまさらだし、身を守れる術があるのはありがたいことなんだけどね。
というかそういえばマクイルさん、七星の権勢に結構萎縮してたっけね。捜索依頼を出したのは、その辺の不安の方が大きそうだ。
もし俺が見つからなかったら、それなりの事態になってしまうという。ジョーラがそれなりの事態を招くような逸材にはあまり見えないが、ジョーラの後ろには他の七星もいるし、王もいる。
それにしても、賊の侵入とか、現代だったらしばらく客足が遠のくところだが……大丈夫だろうか?
「上でお連れのお二人が待っております。是非会いに行ってやってください」
「ディアラとヘルミラですか?」
「ええ。お二人とも食事があまり喉を通らない状態で……」
マクイルさんが一転して沈痛な面持ちになる。ああ……胸が痛む。でも無事なようでよかった。でも、色々とちょっと大げさじゃないか?
「分かりました。アレクサンドラさん、会いに行ってもいいですか?」
後ろで俺とマクイルさんのやり取りを見守っていた女騎士に訊ねる。
「ええ、構いませんよ。部屋までついていきますが、よろしいでしょうか」
問題ないことを告げて、俺たちは部屋に向かう。眠気はすっかり吹き飛んでしまった。内心では気持ちがはやるのだが、我慢する。
廊下に上がると、ふと、後ろでアレクサンドラが剣鞘に手をかけようとしたようだ。なんだ? と思ったが、彼女は手をまた戻してしまった。
警戒か? 廊下は俺たちだけだし、軽く集中してみるが、客室にいる客以外には特に気配はない。てか、扉や壁ごしに人の気配を察知できるんだな。
部屋の前にはやはり見張りの兵がいて、アレクサンドラに敬礼した。
アレクサンドラが俺を紹介しようと口を開くや扉が勢いよく開けられ、ディアラが出てきた。
「ご主人様……!!」
思いっきり飛びついてきたので、受け止めてやる。見ればヘルミラも出てきたようだ。
「う、ああぁぁぁ……」
「ごめんな、心配かけた」
思いっきりシャツを濡らすディアラの白い頭を撫でてやる。
「もう会えないかと……」
ヘルミラもそう言って、ぽろぽろと涙をこぼしてしまう。
そこまでか……。そんな泣き方するなよ。俺まで泣きそうだよ。
◇
「では、何かありましたら、部屋の前にいる兵にお伝えください」
そうゆかしく微笑して、では、と軽く敬礼したアレクサンドラは退室した。入れ替わりにマクイルさんがやってくる。
「ダイチ様、これを」
あ、と思う。マクイルさんが差し出したのは俺の魔法の鞄だ。
「お預かりしておりましたので、お返しします」
「助かりました。これがないとちょっとヤバいので」
俺以外の人間にはただの鞄だが……、微笑するマクイルさんをよそに一応手をつっこんでみる。
インベントリウインドウが出た。中身も特に変わっていない。ほっとする。急なことだったし、《
マクイルさんが退室したあと、俺は改めて二人に謝罪する。
「ごめんな、突然いなくなって」
「いえ。ご無事だったのなら、何よりです」
ヘルミラの言葉にディアラも同意する。二人とももう泣き止んでいるが、泣いて目元が赤らんだせいもあってか、痛ましさが助長されている。
「俺の帰る場所はここだからさ」
その表情と心痛を晴らしてやりたい気持ちもあって、そんな言葉を言うと、二人は満面の笑みをこぼしてくれる。俺も思わず笑みがこぼれた。
二人に話を聞いてみれば、俺がいなくなってから、1日と5時間ほどが経っていたらしい。
亜空間から放り出された時にはもう日が暮れかかっていたのを見て、せいぜい数時間ほどと思っていたのだが、だいぶ時間感覚にズレがある。
ゾフは依然として音信不通のままだ。いつ連絡がくるんだか。
ジルによって眠らされていた二人は、俺が亜空間に行ってしまった後は約2時間後に目を覚まし、俺たちがいなくなったことを確認した後、すぐにも街を探し回ったそうだ。
さすがに夜には宿に戻ってきて、また朝に捜索しようとしたところで、事実調査を終えて兵の配備のため改めて調査に来た騎士団の団長に自分たちや俺を信じて待っていなさいと諫められたらしい。結局街の警備には個人捜索という形で参加していたようだが。
ちなみに騎士団への捜索願いは、二人を見かねてマクイルさんが出したものらしい。七星の権力に対する不安も含め、館の主人としては当然の対処なのだろうけど、後でお礼言わないとね。
「すみません……勝手な行動をして」
「いや、勝手な行動をしたのは俺だよ。ごめんな」
二人が頭を振る。
「今回はちょっと突然のことでさ。俺も戸惑ってたんだ……。詳しいことはまた話す機会があると思うけど……今は話せないことも多いんだ。ごめんな、でも、信じてほしい」
項垂れる俺にディアラが「ご無事で戻ってくれたのならなによりですから」と励ましてくる。ヘルミラも頷いた。
「ありがとう」
いい子たちだ……。
でも一つだけ訊ねてもいいですか? とディアラが聞いてくるので頷く。
「このジルという方は……今後どうされるのですか?」
ディアラが不安げにそう言ってジルに視線をやる。ヘルミラもだ。
二匹の七竜の元に行く。
ジルはインと仲良く眠っている。全てが元通り再生しているインは外見はいつも通りだ。ジルも布団をかぶって寝ているせいか、今はいくらか顔色はいい。
姉妹がジルを敵視している風には見えない。二人が眠らされた時はジルは成人している状態だったので、別人だと思われているのかもしれない。
身体的特徴は一緒な上、橙髪赤目なんてその辺で一人も見てないので、俺からしてみれば限りなく希望観測的で、微妙なラインだが……。
「そんなに長い時間ではないと思うけど、……1日くらいは一緒にいるかもしれない」
「そうですか……」
俺の答えに、ディアラの表情は険しい。ヘルミラも晴れない表情だ。
同一人物だと察しているのかと思い、眠らされた時のことについて訊ねつつ、ついでにインを軽く揺すってみた。起きない。
「覚えていないのです。私もヘルミラも。轟音とイン様の怒った声が聞こえてきて部屋に入ったのですが……突然眠くなって」
ああ、すっかり忘れていたが、そういや壁を盛大に壊してたな。修復されたとはいえ音は聞こえただろう。心配して見に来るよな。
「人影とかは見た?」
二人は見ていない、分からないと答える。ジルが当人だとは気づくことはなさそうなことに安堵した。
それにしても「どこまで」「何を」話していいのやら。ジルとインが起きてくれないものにはどうしようもないよ。
俺は再びベッドに座った。二人が不安げに見てくる。
俺個人の気持ちとしては……俺がホムンクルスであることはホムンクルスを世間がどう扱っているのかという世間的な情報がないし、少し怖くもあるのであまり話したくはないんだが、インが七竜であることは別に話してもいいんじゃないかとも思う。インはもちろん、ジルも結構市井で活動してるようだしな。
が、変なことに二人を巻き込みたくないんだよな。
話した後に、「協定の決まりで記憶を消させてもらう!」とかなんとか言われて、記憶を消されるのはちょっとな。
マンガとかではよく記憶を消されているが……だけど、変にリアルな世界だからな……記憶なんて本来意図的に消せるものではない。この記憶だけ、というのも無理だ。せいぜいトラウマを薄めるとかその程度だ。
都合よく七竜に関する部分だけを消すとかちょっと微妙なラインだ。洗脳魔法というのはあるらしいが、洗脳は洗脳であって、よくても一時的な上書きだろ?
仮にもし、特定の記憶の消去ができたとして。
その際、俺に関する記憶もいくらか消えていたら? 嫌すぎる。記憶喪失ものは見る分には感動的な展開になるし、好きではあるんだが……自分の身内がそうなるとか、嫌すぎる。
いや、七竜の内情保守のために記憶を消しているのなら、インと関わりを持っている俺は今頃記憶を消されているわけだから話してもいいのか?
ただなぁ……インとジルの二人の会話から察するに、インの俺との旅路は、七竜側からしてみれば結構グレーゾーンというか、インの独断っぽい感じもあったんだよな。
メイホーの村長もインとは最低限の付き合いに留めているみたいだし。禁じられていないとは言っていたが……。
うーーーん。
「あまり気になさらないでください」
顔を上げると、ヘルミラが困った顔をしていた。そうしてヘルミラは同じく困った顔をしていたディアラと目で頷きあった。そうだよね、とでも言い合うように。
気付けば俺は腕を組んでいた。思わず盛大に考え込んでしまったらしい。
ともあれ、二人はあまり色々と根に持っていなさそうで安心する。そのうち俺はこの子たちに頭が上がらなくなりそうだ。いや、既にそうか。
そんな話をしていると、廊下から何かを転がす音が聞こえてくる。
やがて、ノック音とともに「お食事をお持ちしました」という細いがよく通る声。
そういえば、姉妹は今日はろくに食事を取っていないようだったので、頼んでたなと思う。
入ってもらうと、ルカーチュさんだった。金櫛荘で最初にマクイルさんが紹介してくれたアラフォー女性の筆頭使用人だ。
「この度はご無事でなによりでございました」
「ありがとうございます。こちらこそ色々とご迷惑おかけしました」
ルカーチュさんが丁寧に頭を下げてきたので、俺も返した。ディアラとヘルミラも、慌ててぺこりと頭を下げる。
「お邪魔でしたか?」
「いえ、大丈夫です」
「左様でございますか」
ルカーチュさんは微笑した。事務的ではない。かといって母的でもない。
上品で、柔和で、少ない言葉の中に無関心を一切覗かせていない、完璧な微笑だ。そして、アラフォーという年齢や、筆頭使用人という厳格そうな人柄のイメージもまた全くない。
ユディットも使用人として相当だったが、相手が悪い。表情を崩したユディットには良くも悪くも若さがあったとついそんな評価を持ってしまう。
それにしてもこの分だと、この屋敷の使用人の人全員に「ご無事で何より」と言われるんだろうなと、若干気落ちする。
疲れそうだ。ジョーラが窮屈な思いをしたのは王都の旅館だったようだが……少なからず同意だ。
とはいえ仕方がないかとも思い直す。むしろ、売り上げを落とす原因となった相手に変わらない態度を取ってくれるだけマシというものだ。
高級旅館だし、使用人として当然だと言われそうだけどさ。罵られたくはないが、罵られた方がいくらか納得できるかもしれない。
そんな俺の心境をよそに、ワゴンカートからはかぼちゃっぽい優しい料理の匂いが漂ってきている。
銀蓋があるので分からないが、頼んでいたのは姉妹が食事をあまり取っていなかったらしいことを鑑みて、ふわっとした「軽いものと温かいもの」だったので、何もないならかぼちゃのスープとかだろう。かぼちゃは体調不良時にいい。
ちなみにワゴンカートの下についていたのはキャスターではもちろんなく、小さな木製の車輪だ。廊下を鳴らしていたのはこの音らしい。
タイヤはついていないのだが薄い鉄板が張られていて、小さいながらスポークまでしっかりついているので、挙動にそれほど不備があるようには見えない。
「テーブルの方を使用してよろしいでしょうか?」
ルカーチュさんが、窓辺の長方形のテーブルセットを見て訊ねてくる。
もちろん承諾した。俺たちも化粧台から椅子を1脚移動しつつ、席を移動した。
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