4-22 捜索願いと対策 (1) - 兵士と騎士団の面々
亜空間内がどのような時間の流れになっているのかは分からないが、辺りはもう薄暗くなっていた。
放置しておきたい気持ちもあるが……。ジルの体は冷たく、時折小刻みに震えているようだった。
昼に西門で見た、血でにじんだ包帯を巻いた傭兵が脳裏に浮かぶ。
今魔物に襲われたらジルは抵抗できないだろう。山賊の類はまだ見たことがないが、農場を襲撃したり、金目の矢を盗んだり、ジョーラ部隊に一泡吹かせたり、それらしい蛮行を行っていることは聞いている。
彼らが弱っている女の子に何をするのか分かったものじゃない。中世はその辺に関しては暗黒の時代だと言うしなぁ。
もちろん魔物の存在だってある。七竜的な強大な力も、この少女になった状態でどこまで働くのか。
帰ったらインの厳重な監視の元、「魔力スープ」でも飲ませるか。魔力スープはまだ誰にも飲ませたことはないが、回復はするだろう。……ったく。早く起きろよな。
さて。ケプラは歩いて行ける距離にあるが、二人をどう運ぶか。
二人をかついで運ぶのは出来そうなんだが、二人とも病状がよくないのがネックだ。
もしかついだとしたら二人の頭は「がくんがくん」なる……。
インはぱっと見は完全に元通りだけど、臓器とか血管とかの体内の方は分からないし、出来るだけ負担をかけないようにはすべきだろう。心境的にはジルをそういう扱いにするのは我慢できそうなんだが、こっちもこっちで明らかに健康とは言い難い。
とりあえずインを背負ってみた。……うん。ダメだ、この状態でジルは持てない。二人とも気絶しているのが厳しい。起きているなら、二重で背負ったり、何か方法があるのかもしれないが……。
《
ジル、我慢してくれ。俺はお前よりもインの方が大事だ。
「よいしょ、っと」
結局、インをおんぶし、片手でインの尻を支え、もう片方の手でインの右足を支えつつジルを脇に抱えることにした。
分かってはいたが、STR補整か《運搬》スキルによる影響かで、小脇に抱えたジルは全然重たくない。インのことも抱っこしながら跳躍してたしな。
息をつく。起きたらインに呆れを通り越して、怒られるかもしれないな。
仲は悪いようだったが……仮に放置してもそれはそれで俺とインとの間で修復するのにそこそこ時間のかかる重要なものを失いそうな気もする。でもそれは俺の現代人的な考えであって、別に何もない気もしなくもないけど。ため息が出た。
ディアラとヘルミラ、眠らされっぱなしだが……大丈夫だろうか。もう効果は切れて、起きてるんだろうか。そうしたら心配してるだろうな。
時折バランスを維持するためにふらつきながら、西門を目指す。
距離的には北門の方が若干近かったのだが、西門には顔パスにもなった、見知った門兵がいる。いたら兵士を一人と服を借りたい。勤務時間内であればいいけど……。
馬車か何か通りがからないかなと願いつつも、結局馬車は通らず、西門についた。西門はまだ明るく、いくらか人で賑わっている。
「見て! 意外と力持ちね」
「あらほんと。逞しいのねえ。……割とタイプだわ」
「ふうん。まあいいんじゃない?」
「……魔物に襲われてるのを助けたか?」
「でも得物ないぜ」
「魔導士なんじゃないか?」
「まあ、そうか。あのひょろっちい体じゃな」
色んな奇異の視線を浴びながら、恥ずかしさを我慢しているところで、
「おい、兄ちゃん。大変そうだな。一人持ってやろうか?」
と、声をかけられる。見てみれば、マッチョで髭を剃った男だった。
男は半裸で、手には薄手の手袋、手首にはベルト式のブレスレットをしている。武闘大会とかあったら参加してそうな男だ。
男がパンと小気味いい音を立てて手のひらに拳をやった。持つ気満々らしい。その音で周囲がいくらか反応する。
「お、ゲーザだ。知り合いなのか?」
「ゲーザの野郎! 張り合ってるんだぜ、ありゃ! ははは!」
「あの二人の接点が俺には浮かばないんだが……」
「何言ってんだよ! 男っちゅうのは拳を打ち合えば誰とでも仲良くなるってもんだ」
「あんたらみたいに四六時中酒飲んでりゃあそうかもな」
「ちげえねえ! はっはっは!」
結構有名な男らしい。《聞き耳》ちょっと切っておくか。なんか、だるい。
持ってもらうのはやぶさかではないのだが、目的地はもう目と鼻の先だ。
「ありがとうございます。でも、すぐそこなので」
男は俺の断りも気に留めず、「そうか。頑張れよ」と、腕にこぶを作りながら俺を労った。気遣いは嬉しかったが、変な男だ。
軽い応援の声と奇異の視線を浴びながら、門前を見てみると、文官っぽい門兵のミゲルさんはいなかったが、斧槍兵の方は当番が変わっていないようだ。相変わらずの
斧槍兵と視線が合う。斧槍兵は寡黙な表情を驚きのそれに変えて、検問中のミゲルさんと同じで鎧の上に緑色の服を着た大柄な門兵に耳打ちをしたかと思うと、俺の元にやってきた。
胸に手を当てて敬礼をされる。無論、俺はできない。
「ダイチ殿でありますね! 金櫛荘より捜索願いが出ております。ご無事で何よりでありました」
斧槍兵は意外と若い声でそう声をかけてくる。捜索願い? ずいぶん対応が早いな。
「そうでしたか。すみませんが、兵士と着る物を借りたいのですが……」
「着るもの?」
「この子にです。少し体が冷えているので」
「なるほど」
斧槍兵が門兵の元に戻ろうとするのを、引き留める。
「出来れば、兵士の方は、あなたをお借りしたいのですが」
「え?」
少し近づいて、ジョーラやハリィ君のこと知ってる人の方が安心できるんです、と小声で伝える。内心は、一から説明する手間を省きたかったからだ。
「なるほど。分かりました」
二人を木にもたれかけさせていると、大柄の門兵がやってくる。
「門番長のマルトンであります! ご無事で何よりでありました」
「同じく門兵のルアルドであります」
検問をしていた大柄な方はマルトン、寡黙な斧槍兵はルアルドというらしい。情報ウインドウが出て、マルトンが41歳、ルアルドが意外と若く23歳だと告げられる。
畏まった彼らの様子を見るに、ハリィ君が釘を打っていたが、俺がジョーラたちと知り合いであることは伝わっているようだ。金櫛荘から捜索願いを出されているだけでは、おそらく敬礼はされないだろう。
「着るものと、私をお借りしたいそうです。着るものはこの子用で、体が冷えてるからだそうです」
「ん。そうか。こやつは配属して日も浅い奴ですが……構いませんので?」
「ええ、大丈夫です」
「分かりました。……内門から代わりの兵を一人呼んで門兵をやらせるのだ。それと別の者に団長への通達を頼め」
「はっ」
「では私は着るものをとってきます」
検問の仕事を中断させてしまい申し訳なかったが、駆け足で去る二人を引き留めるのも忍びなかったので、待つことにする。
別に凝ってはいないんだが、腕を伸ばした。安心したら、少し眠気が襲ってきた。帰ったら爆睡モードかな、これ。
マルトンさんからもらった大きいチュニックをジルに重ね着させ、斧槍兵のルアルド君にはインを持ってもらう。さすがに抱っこのようだ。
本来ならジルを持ってほしいのだが、あの性格じゃ、起きた時に何かしでかさないとも限らない。俺が相手なら、鬼畜だが、最悪氷を見せたりすればおとなしくなると思う。
マルトンさんや他の門兵の敬礼に、目立つしもういいよ、と内心で思いつつ門をくぐる。
街中は昼ほどではないが、人で賑わっている。
商売の呼子の声は聞こえず、酔った男の愉快な声や女の歓談の声がときおり聞こえてくる。そんな賑わいに反して、そこら中でついている街灯の温かい灯りは、強くなった酒の匂いとともに、ケプラの一日の終わりを確かに告げている。
「悪いね、仕事中に」
「いえ。お気になさらず。ダイチ殿はガンメルタ様の恩人殿ですから」
ルアルド君はそう言って、表情を緩めた。最初に見た時は寡黙でちょっと怖い印象を持っていたが、頼もしい。名前もしっかり憶えられているようだ。
しばらく無言で歩いていると、ルアルド君から声をかけられる。
「ダイチ殿、質問してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「金櫛荘からは、何者かが侵入し、ダイチ殿とイン殿を誘拐したと聞いております。賊の方はどうなったのでしょうか?」
少し驚くが、状況的にはそうなるかと納得する。
「賊の方は追い払ったから問題ないよ。俺たちも無事。この子は追っていて……インの知り合いなんだけど、道端で倒れていたから連れてきたんだ」
嘘が下手だなと思う。知り合いなのは間違っちゃいないんだが。
「そうでありましたか! さすがですね! 賊とはどのような者でしたか? お連れのお二人を魔法で眠らせたそうですが……」
……説明詐称がめんどくさくなってきたぞ。
「えーっと……あんまり公にはしてほしくないんだけど、極秘ということにできないかな。街を襲う厄介な奴ではないから安心していいよ」
魔法を使う賊、この辺りの賊、眠らせる魔法に関しても全く俺は知らないときているので、かつてハリィ君が言っていた便利な言葉を持ち出す。
「はっ! 了解致しました!」
ルアルド君は、インを背負ったままで無理やり敬礼をする。
しかしこの分だと……。
「もしかして、金櫛荘は兵が配備されていたり……?」
「はい。ケプラ騎士団より団員をまわし、周囲の警戒をしております」
あらら……。思ってたより大事になっているようだ。
>称号「捜索願いを出された」を獲得しました。
・
金櫛荘周りには、武装した兵が幾人かいて、物々しい様子を見せていた。
金櫛荘前でなにやら話をしていた兵の一人が駆け寄ってくる。腰の青いマントがはためく。他の兵士にマントはない。要人か?
兵の格好は
腰に下がっている長剣にしても、ただの剣ではなく。鍔には渦を描く装飾があり、持ち手にも同様の金属の細工が施されてある。鞘の太さ的にもレイピア辺りだろう。
やってきたレイピア男の目は、不思議と強者と分かる、油断のならない目つきの鋭さがあった。
少々残念にも思ってしまったが、ルアルド君の眼差しの鋭さは、単に新人特有の無闇な緊張感の類であったことが思い知らされてしまう。
「どうした? 君は誰だ」
「はっ! 西門に配属中のルアルドです! こちら捜索願いの出ていたダイチ殿とイン殿です。ダイチ殿からご依頼を受けて、ここまで付き添って参りました」
報告を受けて、男の顔つきが見る見るうちに緩められる。結構、つぶらめな目だ。平らな眉もあいまって、家では子煩悩と言われても納得できる感じがある。
「そうだったか。ご苦労だった。……ご無事で何よりでありました。少女は一人と聞いておりますが、こちらの少女は? ……失礼、申し遅れました。私はケプラ騎士団の副団長ムルック・アバンストです」
副団長が出てきたぞ……。
アバンストさんが律儀に冑を脱いでくる。意外というか、アバンストさんは長髪の中年だった。オールバックの長い金髪と顎を覆っている豊かな髭が良く似合っている。精悍だ。存在感のある眼差しも合わせて、外見のままに、洋画で大将役をやってそうだ。
情報ウインドウによれば、42歳でLV35らしい。ディディやアルマシー並みらしいが、ハリィ君ほんと強いんだな……。
「ダイチです。この子はインの知り合いで、道端で倒れていたものですから、連れてきた次第です」
「そうでしたか。……まさか、少女二人を運んできたのですか?」
目敏いな。
「そうです」
「さすがですな……」
アバンストさんが俺の肩や腕を見てくる。何がさすがなのかは、訊ねまい。
「おい! 騎士団から待機の兵を二人ほど呼んできてくれ! それとアレクサもな」
間もなく兵士が二人やってきて、「この者たちにお二人を」と言われたのでインとジルを渡す。持っててあげるよ、ということらしい。
兵士は二人とも全身鎧姿なので、持つのも大変なんじゃないかと思ったが、いらない世話だったらしい。二人は難なく小柄な少女の体を抱え、その場待機になった。
「きみは持ち場に戻るように」
「了解致しました」
ルアルドくんが駆け足で西門に戻っていく。
「話によれば、賊が侵入したと聞いておりますが……」
「追い払いました。事の経緯は極秘と言うことにしてほしいのですが、街を襲うような輩ではないので安心してください」
質問攻めが嫌なので、少々強引にまとめる。
「おぉ、そうでしたか……。では、警備は解いても問題ないと?」
アバンストさんは探るように見てくる。
むう。なんだか責任を押し付けられている気持ちになる。それになんか、アバンストさんは警備を解きたくない感じだ。
「ええ、少なくとも、俺たちと関わった輩に関しての警備は解いても問題ないでしょうね」
中年らしく理屈が好きそうだったので、そう返してみる。
「ふむ……。さすがですな」
今度は何のさすが?
「ダイチ殿は、七星の大剣は
アバンストさんは陽気にそう解説してくれるが……。
なるほど。至れる尽くせりだが……暗に既に諸々手配しちゃったよ、どうにかしてほしい系か?
「そうでしたか……。お手数おかけしました。そうですね……住民の不安などもあるでしょうから、今日一日は警備をしてもらった方がいいかもしれませんね。この警備に乗じてよからぬことをたくらむ輩はよほどの手合いでしょうが……ないとも言い切れません。いるとしたら別口の手合いでしょうし、それはそれとして、配備された精強な兵たちがいとも容易く成敗してくれるでしょう」
この街の犯罪率とか賊の出現率がどれほどなのか知らないが、適当にそうでっちあげる。最後のヨイショはこの世界の世界観風にしてみた。
アバンストさんが目を見開いて、おぉ、そうですな! と感心した表情を見せた。納得した? 眠気もあるし、早くお家帰りたいです。
「では、団長と市長にはそう通達しておき、警備は明日の夕方までとしますが、よろしいですか?」
「はい。お手数おかけします」
アバンストさんは満足げに頷く。
ふう。納得したか。課長や営業先の秋葉原さんの相手よりは楽、楽。
にしても団長は分かるが市長もか……。まぁ、街を警備しますっていうんだったら、許可を取りにいくか。
「では、ケプラ周辺で捜索にあたっている兵の方は一度街中に呼び戻します。……いかがなされた?」
いや……捜索のために外にも出てるとか、マジすみません。そうだよな、賊が出た上での捜索願いだもん。
「お、きたか」
また鎧の音を立ててやってきたのは、鎧の胸元が突き出ているし、女騎士のようだった。見かけていた兵士はみんな男だったので珍しいように思う。
アレクサ、だっけ。覚えきれるかな。ルアルド、アバンストに、アレクサね。あとマルトンさん。
「……ダイチ殿、こちら団員のアレクサンドラ・ファブニルです。まだまだ若輩者ですが、剣の腕と騎馬はなかなかのものです」
アレクサンドラか。
アレクサンドラが冑を取る。副団長が目をつけるだけあるのかは分からないが、実直そうな金髪青目の美人だ。若そうだ。金髪は、バターっぽい色のアバンストさんと比べて暗めで、茶味がかっている。
ただ、その毅然とした青い眼差しは不安を掻き立てられるものがあり、接していく中で庇護欲が煽られる男もいそうだ。
名前の長さから察するに、それなりの家柄なのかもしれないが、騎士団にいるし、どうなのだろう。
「少女もいますし、私のような歳をとった男が案内するよりは、若い女のアレクサンドラの案内の方が気心が知れるでしょう。もっとも、語らいに関してはいらぬ世話だったかもしれませんが」
そう言って、アバンストさんがつぶらな目を細める。
接待感があるが……確かにおじさんよりも若い女性の方が話し相手として嬉しいことは嬉しいので――それにちょっとお喋りなアバンストさんより、無駄口を叩きそうにないアレクサンドラの方が相手が楽そうというのもある――お気遣いありがとうございますとお礼を述べておく。
「ちなみにアレクサは独身でしてな。決まった相手がいないのでしたら」
「副団長」
「ああ、すまない。ついな。ついだぞ?」
アバンストさんは特に冗談めかずにそう弁解する。こりゃ誰彼構わず言ってる口だな? アレクサンドラもさほど動じてないようだし。……いや、眉間にシワを寄せているし、嫌そうだ。
「では、私は団長に通達しに行ってまいりますので、このアレクサンドラに案内してもらって下さい。では頼むぞ。お前たちもな」
はっ、とアレクサンドラがよく通る凛とした声で敬礼し、インとジルを抱いている兵士二人も、敬礼こそしなかったが続いた。
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