4-16 赤竜到来 (2)
いたのは真っ暗な空間だ。どこまでも黒が続いている……かと思いきや、上空には星空があった。
普通に綺麗ではあるんだが……なにか違和感がある。
よくよく見れば、「星空を描いた紙」をペタリと貼りつけたかのようになっている。
黒い空間と星空との境目にある色の違いがはっきりしすぎているためだ。星空の方が紺気味だ。
その上、満月が妙に大きい。いや、大きさに関する違和感は現実世界との違和感だが……この世界には月がない。少なくともまだ見ていない。代わりに赤や緑の大きな星がある。
そういえば七竜となにか関係があるかもな。赤とか青とか緑だし、その色に対応した七竜はいる。
地面も真っ黒だった。だが、俺の姿は昼のように見えるらしく、部屋にいた時と同様に俺の足があるし、腕も見える。星空や月光のせいなのか? 作り物っぽいのに? まあ、魔法で何かしら代用できるのかもしれないが……。
足踏みしてみる。感触があった。地面はどうやら平面になっているようで、地面を踏んでいるのと感触が何一つ変わらない。
感触的にはメイホーにいる時と似ていて、踏んで固められた地面といったところだ。ただし砂塵は当然舞わない。
不思議な世界だ。亜空間というよりは、単に「黒い世界」という感じだ。
それにしても、なぜいるのが俺だけなんだ?
辺りを見回すが、俺と偽物の星空しかない。ジルは直前に「破壊できないところ」と言っていたか……。
モノがないので、確かに破壊できないだろう。マンガみたいに、相当の負荷がかかるとこの空間がガラスのようにパリンと割れない限りは。
ふと、ここはどこだろうと思い、消していたマップウインドウを呼び出す。
マップも真っ暗だった。ただ、中心には俺を現している赤い二等辺三角形のマークがあり、お馴染みの地域名を現す半透明の白いフォントには、「黒竜の亜空間」とある。
黒竜か……。そのうち会うこともあるんだろうか。ジルみたいな性格こじらしてるのは勘弁してほしいけど……。
まさか七竜が性格こじらせ系ばかりってことはないだろう。インがこじらせていると言われたら何も言えないけども。
ん? ジルがゾフって言ってたが、ゾフって黒竜だったよな? ゾフも来るのか?
マップを見ていると、緑色のマークが俺の前方に出現した。と、同時に、亜空間の方でもインが現れた。インはきょろきょろと辺りを見回して、俺を見つける。
「すまんな、ダイチ。巻き込んでしまって……」
「いいよ。それよりここは?」
分かってはいるが訊ねてみる。
「ゾフの作った亜空間だ。たいてい昼なんだがな。ここは現実世界と仕組みは何一つ変わらんが、空間魔法だけは大幅な制限を受ける世界だ。もっともゾフが使う空間魔法は別だが。……ここは目印とかもないはずだからの。離れすぎないよう注意せい。私らの念話も出来んようになっておるようだからの」
空間魔法? 俺の空間魔法は《
「ゾフは……ここを何のために?」
「昔、たまにこういう静かな空間に行きたいから作ったと言っておったの。奴は魔導士みたいなところがあるからな。まぁ、ゾフの思惑とは別に、今は魔法や魔道具の開発や、我ら七竜の突飛な会議や一時的な避難場所用途だったり、ストレス発散でも使われるがの」
発散って。まぁ竜はサイズ的な問題があるもんな。
「しかし、星空を貼るにももっと上手くやれたであろうに。のう?」
インが片眉をあげて俺を見てくる。
「ほんとだね」
俺も肩をすくめる。そういや、ゾフは本来月がないのになんで月を描いたんだ?
「余裕ねぇぇ、あなたたち!! これから死のダンスを踊るというのに。忌々しいわ!」
声のする方を見てみれば、ジルが宙に浮き、仁王立ちしていた。
「生憎と踊りの類は苦手でな」
「さすが辺境の田舎竜ね。いつまでも無能な
ドンドコ……。
ジルはインをそうなじると、空に右手を勢いよくかざした。すると、ジルの前に巨大な赤いカーテンが現れた。
へ?
たぶん正式な名前があったんだろうが……劇場などで使われているやつだ。
ジルがカーテンに隠されてからさしたる間もなく、ズン、と何かの降り立つ巨大な音が鳴って、
『はあ~~やっぱり時々は元の姿にならないと肩が凝ってしょうがないわ』
という、実に解放感に溢れた声――インがかつて竜時のときにしてきたような、男と女の声を混ぜて残した声が耳に届く。
カーテンが“下から消え”、現れたのは巨大な赤い竜だった。相変わらずの迫力だ……。
インの竜の姿はもっと女性的なフォルムというか、スラっとしていた竜だったように思うが……目の前の竜は、破壊と暴力の権化であるかのように、体の節々にびっしりと棘を備えていた。そしてヒレも多い。
それにしてもどうやらジルは変身のシーンを見せたくなかったものらしい。素っ裸になるからな。それにしてはカーテンを出すとか、妙に手馴れている感じというか……。
――キヤァァァッッ!!
ジルという女だった赤い巨竜は空に向けて、彷徨をあげた。そして、巨大な火を空や眼前に向けて噴いた。痰か何かを吐き出すかのように、なんべんも。
ボウッ、ボウッ、と吹かれる火は、すぐに消えていったが、巨大怪獣の口から出される火だ。離れているので正確には分からないが、小屋の一つくらい、簡単に包み込むに違いない。
朱色の鱗。やや黄土色を含む腹。湾曲した鋭い象牙色の爪。そして自分の体を締めあげられそうなほど長い尾。
顔には角の類はないようだが、頭部には鼻先から細かい歯のような棘が幾重にも首辺りまで続いている。手足にも棘がある。進化論では棘の有無は、生存競争に勝ち残るためだったと思うが、世を統一する七竜だ。暴力の権化ないし、権力的象徴以上の何者でもないように見える。
背筋には背ビレが尻尾の先まで続き、人間でいうところの耳の下辺りにもヒレがくっついている。全体的な特徴としては飛竜とも似ているが、インと同じく腕と翼が分離している。
ジルの性格からすれば納得してしまうが……獰猛かつ凶悪な姿の竜だ。この赤い竜が魔人と同じように街々を破壊しつくし、世に終末を迎えさせても何の違和感もない。
《鑑定》による情報ウインドウが出てくる。
< 赤竜 LV108 >
種族:竜族 性別:メス
年齢:1452 職業:七竜
状態:健康
やっぱレベルはインと同じくらいか。インより歳取ってるな。
『……ふう。いい塩梅だわ』
気が済んだのか、赤い竜は空に向けていた顔を再度こちらにやり、棘と同じくらいの大きさしかないつぶらすぎる目を寄越してくる。
角はないが棘とヒレのある爬虫類の顔つきは、蛇っぽい感じもあった。男心をくすぐるという意味ではインより上だろうなと思う。
『……にしてもあんた。聞いた時は本気で隠遁生活で耄碌したと思ったものだけど、本当に魔力がほとんどないのね』
ジルの言葉にインは目線を逸らして答えない。
『まあ、真相を知った時は、笑い転げて死にそうになったけど』
おいジル、やめろ、とインが叫ぶが、ジルはむしろ面白がったようだ。
『あなた。ダイチと言ったかしら。この子がなんで子供の姿しか取れないのか知ってる? 本来ならインも私のように成人になれるのよ。というか、人化ってそういうものなんだけど』
いや、分からないが……。インを見る。インは俺のことを見ずに、唇を引き締め、なにかに耐えているかのように険しい顔で地面を見ている。
『あなたに魔力を注ぎ続けているからよ。本来ならあなた、きっと死んでいるわ。今頃ね』
え? 心臓が止まりそうになった。
本来ならあなたきっと死んでいるわ。今頃ね。ジルの言葉が脳内でリフレインする。
おそるおそるインを見る。インは厳しい表情で相変わらず下を見ていて、目を合わせようとしない。
『あっはっ!! なんにも知らないのねえぇ。こおおぉぉんなに人族みたいな子なのに! こんな笑い話もないわ!』
ジルが巨大な口を開き、インと同じく細かくびっしりと生えた歯と、先が反りかえった分かれた舌を露出させて、顎を上下する。奥で両顎を支えている膜のようなものがちぎれそうなほど引っ張られている。
ジルにとってはかなり愉快な事実らしいが、飛竜と同じく、顔の表情らしい変化はない。
死んでいた? 俺が?
竜式の笑いはピタリと止まり、唐突に終わりを迎える。
『あなたはね、存在が規格外なのよ。本来のホムンクルスならどんなに頑張っても七竜に勝つなんてことまずないわ。まぁ、だからと言ってホムンクルスの
……デメリット?
『一応教えとくけど、ホムンクルスは魔力を供給しないと動かなくなるのよ。一度魔力が空っぽになって機能停止に陥ったら、魂と肉体は乖離し、もう二度と動かないわ。死ぬのと同じよ。ま、これを死と呼ばない人たちもいるけどねぇ』
死。俺は自分の胸に手を当てた。……俺の心臓はしっかり脈打っている。死……。死ぬのか。
笑いをこらえながらも、ジルは話を続ける。
『くっくっ、七竜の魔力は甚大よお? まあ例外もいくらかあるけど、この世の生物という生物の頂点に立つんだからね。そんな七竜の強大な魔力をあなたは定期的に受け取ってるわけ。驚くことにね。……こいつはね、七竜の中では新参で、その上田舎竜だけど、魔力量は七竜の中でも一番あるのよ。生命を司る聖浄魔法の使い手だし、魔力も清らかなものだし、ホムンクルスのあなたにとってこれほどいい魔力タンクもないでしょうね。でも。そんな七竜の魔力をあなたはほとんど搾り取っている。とんでもないことね。よくやるわ。おこがましいなんて言えないくらい、もうここまでくるとあっぱれな所業よ。……こいつが魔力をあげる理由はとても簡単なこと。あなたをホムンクルスとして、いや……この場合は“人として”かしらね? 人としてまっとうに生きられるようにしたいから』
ジルは最後の「生きられるようにしたいから」の部分を含みを持たせてゆっくりと話した。だが、なにが可笑しいのか、ケラケラと笑い出した。
>称号「真実を知った」を獲得しました。
>称号「絶望を知った」を獲得しました。
>称号「死と隣り合わせ」を獲得しました。
インはいつ魔力を注いでいたんだ? ……ああ、寝てる時か。
『どう? 面白かった? 私の話』
絶望している顔でも見たいのか、赤い竜がぬうっと俺に顔を近づけてくる。
圧がすごいが、どうでもいい。
「別に……おかしいとは思ってたからな」
『ふうん? 何が? 教えてちょうだい。今後の参考にするわ』
「睡眠時間が長すぎるし、眠気がひどいし、……インは必ず俺と寝るからな」
ジルは、竜の顔をわずかに傾けた。
『あらあら。大事に大事にされてたのねぇ。睡眠時の魔力供給だなんて一番体に負担のかからない供給方法じゃない。ま、それはインにも言えるけど。……にしても、睡眠時間が人よりも長いのはホムンクルスなんだから当然でしょ? 変な子ね。……まあいいわ。いい気分よ。200年分は笑ったわ! 七竜がホムンクルスの魔力タンクになっていたとはね。永劫語り継ぐべき喜劇よ』
インが不安な顔で俺のことを見ていた。――俺はインに、どんな顔を向けただろうか?
『さあ、踊り始めましょう! 死の踊りのための布石は打ち終わったわ! 盛大な悲劇の幕開けよ!!』
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