4-17 赤竜到来 (3)
『さあ、踊り始めましょう! 死の踊りのための布石は打ち終わったわ! 盛大な悲劇の幕開けよ!!』
星空を見上げ、竜時のインよりも太い腕を空に向けて掲げて、革命の牽引者か何かのようにそう高々と宣言するジル。
――キヤァァァッッ!!
咆哮が亜空間内に轟く。肌に頭に、咆哮がビリビリと伝わってくる。急に猛吹雪でも浴びたかのような圧が俺をたちどころに襲う。
『ゾフ! いいわよ!!』
「ダイチ! 来るぞ! ゾフも参戦するようだ! 注意せい!」
俺は死ぬのか……? 死んでた、か。……ジョーラのこと馬鹿にできないな。
「ダイチッ!!!」
インの必死の叫びと、俺に向かって急接近してくるもの――害意のおかげで、俺の体はギリギリのところで自然と動いた。
――インの方もきている。あのままでは危ない。
インを咄嗟に抱えて俺は後方へ跳躍した。
鈍い轟音を立てて、俺とインがいた場所にぶっ刺さっていたのは、巨大な長方形の鉄のプレート――黒い大剣だ。
食らっていたら一発アウトだろう。……いや、案外受け止められたかもしれない。補助込みのジョーラの攻撃を補助なしの身で受けられていたし、俺は規格外らしいしな。
……俺は人間じゃないし。いまさらだが。
突如訪れた死線により、ジルの話を聞いて消沈していた意識が、開幕した戦いへの思考に切り替えさせられる。
しかし武器とはね。赤い竜なんだから火吐くんじゃないのか。
……というか。なんだこの状況は。壮大な喧嘩か何かか? インはかつて死なないと言っていたし、ジルも死なない口か。
「あれくらい避けるのは他愛もないぞ?」
「あんな話をされた後じゃほっとけないだろ」
インが、「ま、そうだの」と胸元でふっと笑ったかと思うと、ジルを睨む。
同じように見ればジルの周りには、飛んできたのと同じ複数の黒い大剣が、ジルの衛星であるかのように体の周りをゆっくりと旋回している。
剣は、剣先が孤を描いている、首切りの処刑に使われていたとかのあの手のものだ。
あの一本が飛んできたのか。インのときは開幕懐に潜り込んだものだが、もうスローモーションないしな。……軌道も読めないし、近接戦は少しやり辛いかもしれない。近づくのに苦労しそうだ。
『いい塩梅ね。ゾフ。主導権もらうわね』
ジルがそう言うや否や、ジルの周りにあった大剣が周回する動きを速める。同時に、徐々にジルとの距離を詰めているようだ。
ジルはこっちを見ずに周回する大剣を見ていて特に動く様子がない。
「ゾフは……ここにいるのか?」
辺りを見回してみるが、ここには巨竜はジルしかいない。
一応マップウインドウを出してみると、ジルと重なるように、もう1個赤いマークがあった。
インがジルの頭部を見ろというのでよく見てみると、妙な黒丸があった。
薄いが左右から羽のようなものが伸びているようだ。どうやら、あれがゾフらしい。小さいな。竜か? あれ。
「小さいんだな」
「いや、本来の姿は私やジルと変わらん竜だぞ。本体はゾフの巣におる。あれは“目”のようなものだな。亜空間を維持しつつ、ジルに助力してもおるのだ。魔力の消費が尋常でないのは言うまでもない。残った魔力ではあのような小さい形状しか保てんのだろう」
カメラ役か。
「ジルは何か、弱点とかないのか? 戦うにしてもあれじゃちょっと近づきにくい。というか、なんで剣なんだ?」
「奴には水魔法や氷魔法が効くぞ。ダイチの魔法は初級魔法ばかりだし致命打にはならんだろうが、隙くらいは作れるかもしれん。七竜で一番古い奴であるが故に、魔法への耐性が低い奴だからの」
魔法か……。予約してでも買うべきだったか。一応使ってみるが、《
「なぜ剣なのかは知らん。まあ大方お主との戦いに備えて別の攻撃方法を考えておったのだろ。ジルは魔力量も七竜一少ない奴だからの」
はじめから戦うつもりだったのか。まあそんな感じではあった。突然現れたしな。あんな奴だが七竜だし……一筋縄じゃいかなさそうだ。
『ふう。準備完了っと。さ、行くわよおお!!』
主導権とやらの譲渡が終わったようで、ジルが俺たちを見定める。ジルの周りを旋回していた大剣も元の速さに戻ったようだ。
と、思いきや大剣たちに炎が灯り、やがて刃がオレンジ色に染まる。
属性剣か? クライシスなら、火抵抗100%にすればいくらか回復できそうなところだが……今の俺は火抵抗「0%」だ。インはどうなんだろうな。
「ダイチ、降ろせ。私はお主のサポートに回る」
「ああ」
インが俺に手をかざす。補助魔法だろう。
俺も出来るし、なんなら俺の補助の方が強い様子だったが、ジルの機能停止の言葉を鵜呑みにするなら、俺は魔力だの体力だのを使いすぎず、攻撃に専念した方がいいのだろう。
魔力が枯渇したら機能停止になるなら、魔力はもはや魔法の発動にあるためではなく、生命力だ。魔力枯渇状態で頬がこけたバーバルさんやハムラを見ていると頷けるところではあるが、使いすぎるのはよくないだろう……。
しかし攻撃か。《掌打》か《魔力装》か。
インの言うように、初級魔法じゃあまり期待はできないんだろう。いくら俺が何かと規格外とは言え、今回の相手はジョーラやハリィ君ではないし、ランクが違いすぎる。イン戦の時はスローモーションがあったからこそ自由に動けてた部分があるからな……。
『させないわよ』
俺に手をかざしていたインに目掛けて大剣が飛んでくる。
言っていた通り、インは割と身軽に避けてくれたので安堵する。間もなく、俺の方にも大剣が飛んできたので避けた。
二、三、四。大剣は途切れなく飛んでくるが、攻撃は至って単調だ。
『ちょこまかと!』
次々と飛んでくる大剣を避けていく。ジルは魔力が少ないらしいとはいえ、まさか攻撃方法がこれだけではないだろうが……。
刺さった大剣は剣に意思でもあるのか、地面から勝手に抜かれ、再度攻撃に転じたり、ジルの元に戻ったりしている。ちなみに刺さりはしても、地面には剣の刺さった跡はない。不思議なものだ。
避けながら大剣に思いっきり力を込めて《
《水射》の水は勢いよく発射され、大剣に当たるとじゅわっと音を立てて蒸発した。大剣の火が消え、刀身のオレンジ色は元の黒色に戻った。勢いはほとんど殺せたが大剣は無事だ。
『《
《水射》だけどな。にしてもこの剣、アダマンタイト製なのか。黒い剣というと、ヴェラルドさんの短剣が思い出されるが。
インは依然として俺と同じように大剣の飛来を避けながら、少しずつ俺と距離を詰めていく。近づいたところで改めて補助をかける気か?
インが大剣を避けるべく後ろに跳躍する。だが大剣は空中で急停止し、ひらりと舞い上がった。
舞い上がる前の大剣に当てるかのように後ろからは――
「イン!!」
――速い!
俺は思わず叫んだが間に合わなかった。
ジルの口から吐き出されたレーザーが、跳躍していて対応が遅れたインの右肩を削り取ったからだ。
「――っぐ、っふ……」
『馬鹿ねぇ。あんた今は人型なんだからまずは自分に補助をかけなさいよね。もっとも。あんたに防御魔法があっても人型じゃ私の細めたブレスの貫通力に耐えられるわけもないけど』
急いで倒れたインに駆け寄る。
インの右肩は焼き切られ、右胸の上部がごっそりなくなっていた。あばらと筋肉、肺が露出している。血が、止まらない……。
腕……腕は……? 周りを見ると、少し離れた場所にインの腕があった。肩は、ない。完全に蒸発したらしい……。
俺は何も言えずに患部を眺めていた。何も考えられなかった。戻るのか……? これ……?
「そんな、……顔をするな……しばし、待て…………遅いが……回復するから、の…………」
こっからどうやって回復すんだよ……。
……そうだ、ポーション。上級だし、クライシス製のならすぐ腕とか生えるだろ!
腰に手をやるが、魔法の鞄はない。部屋だ。突然のことだったし、持ってきていない。クソ!!
俺の焦った心境はよそに、インの回復するの言葉は本当だったようで、患部からは夜露草が発生させていたような白い魔力の粒が発生し出した。出血の勢いがほとんどなくなり、骨や筋肉や皮膚が少しずつだが伸び始めていく。再生しているらしい。ご丁寧に服も復元していく。
インが無事な左手をゆっくりと持ち上げる。思わず握ってしまうが、白い魔法陣が出現したかと思うと、緑色の膜が俺を覆って、消えた。精神防御魔法か?
立て続けに今度は黄色い魔法陣が出現し、消えた。
インは弱々しく笑い、
「奴は、……搦め手、一応……あるのでな……」
と言い残して、気絶した。
「イン……イン!!! おい! イン!! イン!!!」
気絶したインとは裏腹に、再生は遅々としたものだが、依然として止まってはいない。……ということは、生きている……、よな?? 死なないよな??
『ちっ。《
プロテクト……? この状況で俺の心配をしてくれたのか……?
大剣が俺たち目掛けて飛んでくる。狙いはインのようだ。
――おまえ!!!
俺は拳に《魔力装》をまとわせ、わざわざインの頭上から急降下してくる大剣を思いっきり殴りつけた。
大剣は剣先が割れ、刀身も砕かれていき、ぶっ飛んでいく。
……なんだ。アダマンタイトも大したことないな。
剣の黒い欠片や粉が、インの顔にいくらか落ちた。苦しそうな顔から、丁寧に欠片や粉を払ってやる。……すぐ終わらせるからな。
『え……? なにその《魔力装》……なんなのよ……』
俺はインを横たえて、立ち上がる。振り返ってクソ竜を睨みつけた。
……お前も肩切ってやるよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます