4-13 別れの約束


「お主とはまだまだ肉の語らいが足りぬのでな! 王都に行った時は案内を頼むぞ?」

「もちろんです! ……あ、でも、私は実はそんなにお金ないので……」


 アルマシーから意味ありげにちらりと視線を注がれる。

 俺は苦笑いを浮かべた。どうやらインに熱く語っていた店は安くない店らしい。


「金の心配ならいらんぞ!!」


 俺が喋る前にインが遮る。ほんとかよ。インの持ち金は50万Gあったけど、仮に使ってたらもう消えてるからな?


「あんまりがっつかれても困るけどね。まぁ、王都で再会した時くらいは気にしないで食べてください」


 魔法の鞄が物理的になくなったり、突然機能停止とかに陥らない限りはひとまず問題ない。


「さっすがダイチさん!!」

「であろ?」


 ……てか、機能停止はありそうで怖いな。そろそろ本気で収入源の確保や保管の手段を考えた方がいいか。さっきも驚かれてしまったし、経済事情も把握しとかないと。


 ハムラから、あんまり甘やかさない方がいいよと忠告される。それはアルマシーに対してか、インに対してか。多少自覚はあるよ? うん。


「夜露草のような貴重な薬草を入手したら是非教えてよ? 俺は元々後方も後方だし、ジョーラさんたちよりもうろうろはしてないからさ」

「ええ、その時は知らせます」

「『金色タチアオイの会』の場所を訊ねればすぐに分かるからね。いなかったら、訓練所でしごかれてるか、遠征にいってるかだよ」


 今も後方も後方と言っていたが、ハムラは自分は「予備の後方」であるとよく主張する人だ。

 予備の後方とはそのままの意味で、ハムラの籍は半分はジョーラ部隊だが、もう半分は『金色タチアオイの会』なる王都の植物や薬草などの研究機関にある。欠員が出たら参戦するようなレベルではないが、サポートメンバーといった意味合いだ。

 ハムラが近頃ジョーラ部隊に随伴しているのは、いつものメンバーの1人が現在足を痛めたことによる療養中であり、さらにもう1人が先日疲労により寝込んでしまったためらしい。


 ハムラの後方だという主張に関しては俺はどうだろうなと考えが及んでもいる。

 今回の遠征の功績でハムラの評価は上がるだろうし、ジョーラからも「こいつ連れていくよ!」とか言って、主力の魔導士の一人に推挙する可能性は大いにありそうだからだ。

 植物の研究をしたいという部分はさておき、俺から見ると、ハムラはだいぶ頼もしく映っているし、本人もまんざらではないように見えてたんだけど。結局この辺の俺の考えはハムラに伝えてはいないが、さて……どうなることやら。


 東門の厩舎前で、各々と別れの言葉を交わす。インはともかく、ディアラとヘルミラも、彼らとは結びつきを強めていたようで、別れを惜しむ様子を見せていた。


「元気でな。また会うこともあるだろうが、ダイチ殿とイン嬢のこと、支えてやれよ?」

「お任せ下さい。ディディさんもどうかお元気で」

「ああ。ま、頑張るさ」


 ディディいい兄貴分だな。……てか、ディディってイン嬢って呼んでたっけ? ディディはあねさん姉さん言ってたからそんなに違和感ないけどさ。


 あらかた話し終えたが、ただ、ジョーラとはまだ大した別れの言葉を交わしていない。

 というか、ジョーラは金櫛荘を出てからというのものの、口を閉ざしてしまい、そもそもあまり会話に参加していなかった。見る限り、落ち込むほど悲しんでくれている印象は受けなかったんだが……。


 ジョーラ部隊の面々が厩舎から離れていく。ジョーラは俯きがちに目線を泳がすばかりで動かない。

 ディディが俺にひょうきんな顔を見せたかと思うと、顎をしゃくりジョーラを軽く指さして去っていった。インも姉妹を門の方に押しやりながら、『頑張るのだぞ!』と念話を送ってくる。


 結局、俺とジョーラだけが厩舎横に取り残されてしまった。いつの間に結託したんだよ……。


「な、なあ、ダイチ」

「ん?」


 ジョーラは俯いたまま、腰の前で手を組み、人差し指同士をくっつけたり離したりさせている。その仕草、リアルで初めて見たよ。


「ケプラの後は……予定決まってるのか?」

「特には……決まってないかな。フーリアハットは目的地ではあるけど」

「なら、王都に遊びに来てくれないか? フーリアハットにも行きやすくなるぞ? ケプラには来ることも多いんだが……絶対でもなくてな……二週間となると……」


 ああ、連絡手段ないもんな。文通文化はあることはあるんだが……俺家も住所もないし。というか、住所不定無職だし……。


 ジョーラは相変わらず俯いて、もじもじしながら俺のことをちらちら見ている。

 俺の方が身長低いので、上目遣いにはならないんだが……腕のおかげでお胸がさらに凶悪になっている。新手の誘惑だったか……。


 それはそうと、学生時代に恋愛らしい恋愛してたら、こんな青い感じも経験していたのかな。漫画でしか見たことない展開なのでちょっとドキドキする。


「分かった。必ず行くよ」


 俺の言葉を聞いて、花を咲かせたように笑みをこぼすジョーラ。同性にもモテそうな端正な顔が一気に少女味を帯びる。耳も赤い。


「いつ頃がいいとかあるかな」


 ……照れくさくなってきたせいか、目線を逸らしてしまった。


「無理しなくていいぞ……? ケプラから王都まで馬車で来ようと思ったら1日潰れるからな」


 うぁ、そうだった。


「あたしも一週間に一回は外出てるし……それがいつかは分からないし……教官として短期赴任されることもあるし」

「多いね」

「ああ。だから、ケプラの後でいいよ」


 そう言うジョーラの苦笑いには、寂しさがたぶんにある。いじらしいなぁ……。


「分かったよ。気遣ってくれてありがとね」

「ああ」


 ジョーラが赤らめた頬を緩ませる。


「あ、そうだ。渡すの忘れてたんだが、……これな」


 ジョーラがベルトの革袋から取り出したのは、金櫛荘でも出したような、指輪入れに似てる箱だ。

 ただ少し小さめで、色も白く、ランクダウンといったところだ。実際に指輪だったらとんでも展開だが……。


 おそるおそる開けてみると、中にあったのは、正方形をした銀色の小さなプレートだ。獅子――ラオリオンが彫られていることは同様だが、七星の印にはあった2本の槍は描かれていない。

 縁取りがされていて結構分厚くもあり、縁飾りのゴシック的な模様もなかなか、というかかなり凝っている。裏はピンになっている。


「これは?」

「銀勲章だ。王家や王家に連なる者に恩赦をもたらした者に贈られる記念品さ。ハリィがもらってきたんだ。あたしが金櫛荘で七星章を見せたように、分かる人に見せれば余計な手間が省けるよ」


 なるほどね。

 説明してくれたジョーラはいつものジョーラに少し戻っていた。照れるジョーラも可愛いんだが、ジョーラはやっぱりこっちだ。


「ありがとう。大切にするよ」


 ああ、そうしてくれと、にこやかに頷くジョーラ。


「グラシャウスが王都に来た時は是非顔出してくれだとさ」

「……あんまり派手めな歓迎はされないよね?」

「はは、伝えておくよ」


 そんなやり取りをしながら、遠方のハリィ君たちの姿が視界に入っていたのでつい『聞き耳』で聞いていた。


「――あれは……銀勲章でしょう。まだ渡していませんでしたし」

「ちっ。なんだよ、銀勲章かよ。指輪か何かかと思ったんだが」

「ジョーラさんじゃ、ちょっとそれは期待できないかと思いますが……」

「いや、あり得ない話じゃないぞ。男性ならともかく、女性の七星ともなると、婚姻もなかなか難しいらしいからな。女性貴族の中には自分の方から婚姻を打診する人も」

「いや、副隊長、そういう話ではないんですが」

「? どういう意味だ、ハムラ?」

「いえ……気にしないでください」


 と、こんな感じの内容だった。インたちの方は特に会話はないようだが……視線は感じる。


「あとな……」


 間があったかと思えば、またもじもじしだすジョーラ。


「今度会った時は、……食事、でも、しないか? ふた、二人で……」


 デートしたことないのか! ……ん? デートって概念あるのか? まあいいか。


 しかし見た目は20代なんだが、45歳だと考えるとほんとにレアだなぁ……。

 ガルソンさんも言ってたけど、意識しなかっただけで男と街巡りやら食事やらいくらでもやってただろうに。武器防具選びとか、部隊での飲み会の線が濃厚だけども。


「ダメか……?」

「いや、ダメじゃないよ。美味い飯、食べに行こう」

「ああっ!」


 俺の手を取って、満面の笑みで頬を赤らめるジョーラに、俺の内心も形容しがたい慈愛と満足感で埋められる。……こりゃ、納め時も近いのかもなと思う。


>称号「ダークエルフによく好かれる」を獲得しました。


「お、進展したか?」

「あー食事に誘ったとかじゃないですかね」

「食事~~~???」

「ダークエルフは意中の人にはまず食事に誘うらしいですし」

「いや……でもなぁ……」


 ディディの「食事?」の叫びは《聞き耳》スキルを経なくても聞こえたと思うんだけど……。


 見ればジョーラが待っている部下たちの方角を向いていて、半泣きの赤い顔で睨んでいた。あっ。その顔、いい。


 とりあえず、ディディ乙。



 ◇



 ジョーラたちと別れて金櫛荘に戻ると、マクイルさんが勘定台で、台帳らしきものに書き物をしていた。


「おかえりなさいませ、ダイチ様」

「戻りました。マクイルさん」


 マクイルさんは、羽先が鮮やかな赤色をした羽ペンを置いて、頭を下げる。そのまま作業を切り上げて、こっちにやってきた。


「よければ部屋の案内や、使用人の紹介などさせて頂きたいのですが、ご都合はいかがですか?」


 ちらりと後ろをうかがう。ディアラからは気恥ずかしい感じの微笑をもらい、ヘルミラからは……勘違いであればいいのだが、ほんのり圧のある微笑をもらう。インはさっきからずっとニヤニヤしている。


 何度か話題を振って意識を逸らそうとしたんだけど、あまりうまく行かなかったんだよね。三人とも。


「少し部屋で休みます。メイホーから到着してから俺たちまだ休んでないので。紹介とかはその後にお願いします」

「左様でございますか。長旅お疲れ様でございました。では、部屋への案内だけさせましょう。そちらにおかけになって少々お待ちください」


 マクイルさんに促され、俺たちはアンティークなテーブルセットについた。

 間もなくベルもとい共鳴石の音が鳴り、さきほどのルカーチュさんではなくスラリとした若い男性使用人がやって来て、一言二言マクイルさんと会話したあと、去っていく。男性はいつか市場で見かけた執事服っぽい服装だった。


 しばらくして、インがイスの裏を足でげしげしやり始めた。こらこら。


「イン、高そうなんだから蹴っちゃだめだって」

「むう。すまん。どうもなんか、むずむずしての」

「むずむず?」

「うむ。こう、なんというかの……落ち着かんのだ」


 そういや受付してた時も落ち着きなかった気もするが……。


「メイホーがちょっと恋しいのう」


 インのその言葉になるほどなと思う。


 気持ちは分かる。ここの使用人たちは教育が行き届いている反面、気軽に話しかけたりできる雰囲気ではない。

 屋敷内も至って静かなものだし、食堂も別にあるっぽいが、食堂内はきっと静かで品のある雰囲気だろう。


 見ると、ヘルミラが困ったような、インと同調するかのような表情をしていた。


「ヘルミラもメイホーが恋しい? 素直に言っていいよ」

「そんなことは……いえ、正直に言えば、少し恋しいです」


 ディアラにも聞いてみたら同様だった。二人ともヘイアンさん一家と打ち解けてたもんな。


 ケプラへの移転は少し早まっただろうか、と思ったりする。

 幼少からの転勤族+帰国子女+GMギルドマスターで、会社でも新入社員や外国人社員を見ていた俺でもいくらか寂しい気持ちはあるのだ。


 姉妹は里の良家の娘ではあるが、件のダークエルフ間の戦争以外では特別里を出ていない雰囲気だし、シャイアンの元にいた頃はそんな気分ではなかったのは想像に難くない。インは銀竜の顎で専ら眠っていてろくにメイホー周辺から出ていないというし。

 彼らはさほど旅ないし旅行というものをしていない。観光という概念がなく、旅をするということが、行商、楽団、傭兵稼業、あるいは貴族の領地監査などを含み、そうでないのなら、ハメルンが変わり者とか放蕩者とか言われること然り、否定的な意味を持つ世界だ。当然とも言える。


 もちろん細かく挙げれば街を出、各地を巡る理由は色々とあるだろうが、金を稼ぐ目的以外で住み慣れた場所をわざわざ離れる者もなかなかいないのだそうだ。

 俺たちには姉妹の里を目指す目的と目的地こそあるが、金がついてくるわけではない。気ままと言えば気ままだ。

 俺も当初は自身の素性については色々と訊ねられたが、難民か、戦いがあったのかと聞かれたこともある。難民とは、街が山賊から襲撃を受けるなり、領主の政策の変更などで金巡りが悪くなるなりして落ちのびてきた人だ。


 インや姉妹が寂しさや虚脱感を抱くのはごく自然なことだろう。この辺の齟齬は、リアルの付き合いでも感じることはあったが……どこの世界も一緒だよなと思う。

 旅にせよ、観光にせよ、つきまとうのは寂しさだ。現代だって、これに慣れない人はたくさんいるだろう。


 もう少し様子を見るが、あとでマクイルさんにでもこっそり相談してみようか?

 高級旅館でそういうことを求めるのは場違いなんだろうが、まあ俺たちの少年少女な外見がまず場違いだと思うし。七星の権力をふりかざしてしまったので、こんなことでも聞く耳を持たないなんてことはないだろう。

 あんまり引きずってるようなら、一回“帰省”することも考えておこう。一時間でいけるしね。


「お待たせ致しました。ダイチ様、こちらユディットです。主に部屋の備品の管理や清掃、庭の管理などをさせています」


 マクイルさんとやって来たのはまた違う使用人だった。今度は金髪の若い女性で、雰囲気的にはお嬢様系だ。

 さすが高級旅館なのか、筆頭使用人のルカーチュさんと違わず、彼女も美女だ。大きめの目や、やや分厚い唇が、意志の強さ・気丈夫さを感じさせる。

 館内の雰囲気的に違うと思うけど、そういうところじゃないよね? 世界観的にいつかさらっと出くわしそうな予感があるんだよな。奴隷にきちんと夜伽をさせる世界だし。


「ユディットと申します。お見知りおきください」


 ユディットが浅く頭を下げた後、優美に微笑む。よろしくお願いしますと言うと、こちらこそ、と再度にこりと微笑まれる。


『番候補か? ジョーラが泣いてしまうぞ?』


 まだお嬢様系美女としか評価してないんだけど。インはくつくつと笑っている。


 ――まだ食事の約束しただけなのに。


『まあのう。だがまんざらでもなかったではないか? ニーアには何もせんかったのでどうなるかと思ったが』


 インが片眉をあげてひょうきんに見てくる。冗談か? ニーアちゃんは若すぎる……。


 ――恋愛を楽しむ前にできればホムンクルスのことをもう少し知りたいよ。


『……そうだの』


「では、ご案内致しますわ」


 こっそり話をしている俺とインをよそに、ユディットがそう告げるので、その背中に続く。

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