4-8 槍闘士の実力


「――じゃあ……行くぞ!!」


 ジョーラの姿が消える。消えるが、動きが分からないわけではない。


 さっきよりもだいぶ薄いが……左手に回り込んだようだ。こちらに向かって直線的に切ってくるような気配。衣擦れの音と空気の揺れが少ない。


 ――拳か。


 俺は構えていた右腕を顔の左に突き出した。

 右腕にはかなり力が入っている。ガルソンさんの店の裏手でやった手合わせではこんなに力を入れていない。


 即刻、手のひらにやってくる強烈な拳の衝撃とビシィ!という盛大な音。

 手のひらは特に痛いというほどではない。だが、さすがにこれまでもらったどのパンチよりも衝撃が強い。


 言葉も余韻もなく、ジョーラの姿はまた消える。初手は開始のゴングに過ぎないようだ。


 今度は右斜め前方から、ジョーラは姿を現すとともに上段蹴りを繰りだしてきた。まるで刺すような鋭い蹴りだ。

 俺は首を左に傾けて避けつつ半歩下がり、すぐさま右手で襲来してきた脇腹への中段蹴りをさばく。

 間もなくジョーラの腰がわずかに沈む――俺もまたしゃがんだ。大男も倒しそうな強烈な回し蹴りが空を切る。


 空振るのは知っていたとばかりに、後ろに退避ざまにジョーラの姿は消える。

 手合わせの時よりもだいぶ速く移動しているようだが、気配の方は一応感知はできる。


 ――右か。腰を落としていたジョーラは跳ねた。


 狙いは胸か、顎か。飛来してくる飛び蹴りの両足からの二連撃を手でさばくと、アッパーがきたのでそれもさばいた。

 そのまま連続パンチ、フック、中段蹴り、再びパンチやフック……後ろに引きつつ全てさばく。


 上段蹴り。半歩後ろに下がり半ばしゃがみつつ手で流す。大振りのフック。同じく下がる。迫りつつジャブ三連。それぞれ首を傾ける。間もなく上段蹴り。蹴りを土台にしてそのまま後ろに飛ぶ。追いかけてきて胸へのパンチが来る。手のひらで受け止める。その場で跳ねながら二連蹴りの追撃。下がりつつ手でさばく。


 再び顔面にジャブが来たので首を傾けるが、寸止めだった。

 ジョーラは意味深に薄く笑っていた。追撃はなく、そのまま後退し、ジョーラは消えた。


 今のは分からなかったな。他の攻撃と気迫が一緒だった。

 

 それにしても、手合わせの時とは少し違う動きだ。

 攻撃自体の速度や間合いを詰める速度が速いのももちろんだが、だいぶ攻撃が多彩になっている。補助魔法をもらったことにより戦法も変えてきたかとより警戒を強める。


 再びパンチとキックの連撃があったが、やがてジョーラはまた消えた。


 地面の土が散り、木の葉がわずかに音を立てるのと同時に、俺は体の向きは変えずに左後方に盛大に跳躍した。力をいくらか込めた左腕で顔をカバーする。


 ジョーラの姿が現れるのとほぼ同時に、十八番の鋭い飛び蹴りが左腕を襲った。

 バシィ! という骨と骨がぶつかる盛大な音が鳴るが、痛みはほとんどない。俺の腕はすこぶる頑丈らしい。

 ただ当たったという感覚はもちろんあるし、痺れもいくらかあるようだ。さほど痛みはないので突風だけを浴びているような変な感覚だが、痺れはよくないだろう。あまり食らいすぎると、骨的によくないのかもしれない。


 ジョーラは曲芸師のようにそのまま左足で俺の左腕を足場にして、くるりと空中で鮮やかに回転しながら一度引いた。


「厳しいねぇ……」


 ジョーラはそうこぼしつつ、華麗に着地をしたかと思うと、また姿を消す。


 気配と音を辿れるのでどこにいるのかおおよそ分かってはいるが、姿が消えるのはスキルか何かか?


 マップを出せばジョーラの所在は一発だ。だが拡大をしたところでマークが大きすぎ、俺自身のマークと重なってしまうのもあり、また視界にとって邪魔なのもありで、手合わせなどの特に近接戦闘時にはウインドウは全て消している。


 ふと、ジョーラは右前方の樹上にいたようだが、突如いなくなってしまった。

 気配も音もないので本当に消えてしまった。どこだ??


 唐突に、左前方から、枝葉を揺らす音と風を切る音が耳に入ってくる。


 ――左か! いや……


 気付いた時には、ジョーラは俺の目の前で前方回転していた。


 俺は急いで後ろに引く。鼻先を風がかすめ、ジョーラの光に包まれた革靴――踵落としが俺のいた地面を襲い、盛大な衝撃音が鳴る。

 踵が地面とぶつかったことによる衝撃で土や草が、ジョーラの足の周りで飛び散った。


 踵付近の地面にはV字状に穴が出来てしまっている。


 まずい。今のはくらったらまずかった……。


 それにジョーラは今、“左の樹の方から”飛んできた。右前方の樹上から消えたあとに探したが、直前まで姿はおろか、気配も見当たらなかった。

 俺の目の前に来てからの前方回転の挙動ですらも察知できなかったくらいだ。こればかりやられたらさすがにまずい。


「くっ!」


 イン戦でかつて味わったような焦りが生まれるが、俺の焦りを突くかのように、ジョーラが追い打ちをかけてくる。


 また蹴りが来るかと思ったが、そのまま駆けてきて連続パンチを繰り出してきたので手でさばいて勢いを殺す。

 直撃はよくない。何をしてくるのか分かったものではない。それに先ほどのやばい踵落としだ。いつあれと同威力の技が飛んでくるか分からない。


 フック二発を避けると、ジョーラは後方に退避ざまに消えた。……また気配が分からない。どこだ??


 ――左後方から風を切る音がした。が、ジョーラは風の音につられて振り返った俺の真後ろにいて、今まさに蹴りを繰り出そうとしていた。後ろか!


 とっさに体をかばい、強烈な回し蹴りを受けた左腕には、また一段とでかい音が鳴る。

 樹でも倒しそうな、くらったらやばそうな一撃だったが、俺の心境とは裏腹にガードした俺の腕に痛みはない。ただやはり衝撃と痺れはある。この衝撃と痺れもいつまで耐えてくれるのか……。


「――っ!」


 防がれるにしても完全とはいかないだろうと思っていたのか、ジョーラには隙ができていた。疲れもあったかもしれない。


 俺はその隙を逃さず素早く足首を掴み、手刀を膝に軽く当てる。そのまま引き寄せて今度は腹に手刀を当てた。


 視線が至近距離でかち合うが、ふいっと視線を逸らされる。ジョーラは肩をすくめた。


「……参った。脚は大事なんだ」

「だろうね」


 手を離す。ジョーラが攻撃の威勢を解いたことで俺は息を吐いた。ひやっとさせられる戦いだった。今のもギリギリでやばかったが、踵落としがやばかった……。


 骨への衝撃が気になってHPバーを出してみたら、200ほど減っていた。二度見したがやはり213減っている。ガードしても食らい続けていたら結構削られていたようだ。補助魔法こえぇ……。


 クライシスだったらレベル差の命中・回避補正によりMISSの表記が出まくるところだ。

 いくら俺が補助なし・強い防具なしだったとはいえ、攻撃もあまりまともに受けない方がいい。ジョーラが毒とかの卑怯な手は使わないやつだからいいが……。毒ダメージが割合ダメージだったら恐ろしくて考えたくない。


 なぜかジョーラの情報ウインドウが出てきた。変わったところは特にないように思えたんだが、……LV69? 68じゃなかった?


 ディアラとヘルミラがやってきた。


「速すぎてもうよく分かりませんでした!」


 ディアラがへらっと気の抜けた笑みを見せる。私もと、ヘルミラも似たような笑み。二人を見て気が抜けたんだろう、俺もつられて気の抜けた笑みをこぼしてしまう。


 ハリィ君はと探してみると、立ったまま唖然としていた。


 ジョーラに……ではなく俺――というか“スキルさん”だけど――か。まあ、そうだよな。自分が誰よりも強いと信じている上官もとい大将軍が、補助をかけて負けたんだし。にしても今日は口開けてばっかだね。


「結構いいとこまでいったんだけどなぁ」


 ジョーラが頭の後ろで腕を組んであーあと、ため息を吐く。


「いいところどころじゃないよ。はあ……。ひやっとしたよ」


 ジョーラは俺を殺せるよ。時間をかければ。俺にはホムンクルス的なリミットもあるし、計算上の時間よりも速いと思う。


 俺の心の方の素直な感想にそうかい? とジョーラは一転してご機嫌になる。

 てか、普通に考えてあのレベルの踵落とし食らったら頭蓋骨割れて死ぬよ? 俺、死んじゃうよ? いいの?? いや、どれもくらったら普通に危ないんだろうけどさ。


「途中で魔法かスキル使った?」

「ああ、使ったよ。何を使ったかは……内緒だけどねぇ」


 得意然と、イヒヒと珍しい感じの悪戯っ子な笑い方をしてくるジョーラ。

 なんか見覚えあるなと思ったら、ニルみたいな笑い方だ。


「さ、もう1回やろう!」


 ……え。まだやるの?


「なんか調子いいんだよねぇ! 若い頃に戻った気分さ!」


 調子いい、ねぇ。レベル上がったからか? レベル上がっていちいち若返るのはおかしいか。


「おい、ハリィ~? 生きてるか? エーテルをくれ!」


 俺の心の声を反映させていたはずの表情を全く顧みることもなく、ジョーラは俺に背中を向けて、依然立ったままのハリィ君に呼びかける。


 エーテル? 結構消費したのか。ていうか、また万全な調子でくるわけね……。


 ジョーラの声にはっとして、すぐさまエーテルをリュックから取り出すハリィ君。職業病だね。


>称号「流され体質」を獲得しました。

>称号「回避巧者」を獲得しました。

>称号「七星の大剣を指導した」を獲得しました。


 攻撃はなるべく流していこう……。あと回避と防御ばかりじゃダメだ。俺の方からも終わらせらなければならない。特訓だな。



 ◇



 うぁー……顔が熱い……。あと、ちょっと気持ち悪い。もう少しいったら吐くなこれ。


「大丈夫ですか?」

「うん、ありがとう……」


 ヘルミラが《微風ソフトブリーズ》で心地よい風を吹き付けてくれる。ああ、春風みたいなその緩い風気持ちいい……。

 革袋の水をもう1杯飲む。汗はそこまで出てないんだが、冷たい水が喉を通る感覚が気持ちいい。


「ほんとに大丈夫かい?」


 ジョーラがしゃがみ、俺の顔を不安げに覗き込んでくる。深い胸元が遠慮なくクローズアップされるが、そこに欲はおろか、意識を割く余裕すらも今の俺にはない。


「あんまり」


 俺の回答を受けて、少なからずショックを受けたようで、ジョーラが両手でぴらぴらと仰いでくる。


「すまないね……あんたの戦いっぷりからしたらもっと体力があると思ってたんだよ」


 口ぶりから本気で心配しているらしいのは分かる。それに4戦目の最中、ふらついて地面に手をついたところに、すぐに駆けつけてくれたのは誰でもないジョーラだったし。


 ジョーラはポーションも飲んでたもんな。ずるいよ。別に飲んじゃダメとか言われてないしそのうち飲むつもりだったけどさ。


 体力はあるんだよ? 俺自身の動きも特に変わった様子もなかったし。

 ただ、「気持ちの体力」は少ないようでさ。初めて狼狩りをした時の精神的疲れとも似ているんだが、それに加えてなんか……俺の肉体と心がちぐはぐというか。

 3戦目辺りから体がうまく動かないことがあったんだ。まあ、それはそれで別の動きをしたので動きには影響なかったんだけども……。


 そういう感想を持ったところで、「魂と肉体の定着のために眠りは必要」というインの今朝方の言葉が思い出される。定着がまだってことか……?


「……本格的な戦いは久しぶりでさ」


 ジョーラには適当にこしらえた理由で納得してもらう。


「すみません、朝から無理をさせてしまって……いくらダイチさんが達人とはいえ、戦時のジョーラさんと補助魔法なしで戦うなど負担が大きいのは明らかだったのに」


 戦時、ね。つまり七星の大剣は皆あんなレベルなのか。

 正直ジョーラを下せた俺なら七星も余裕とか思ってたところがあったんだが、あまり油断してると足をすくわれるかもしれない。戦い方も違うだろうしな……。というか、ジョーラ槍使ってないし。


 ちなみにジョーラはこの数度のハンデ戦によりLV70になっていた。称号でも「指導した」とあったように、俺はレベル上げ要員にされていたものらしかった。俺はもちろん280のままだ。


 片膝をついて俺を気にかけていたハリィ君が頭を下げて真摯に謝ってくる。ジョーラも追従して、すまないと頭を垂れた。ハリィ君も補助魔法をかけていたし、俺に負担をかけたという意味では二人とも同じなんだろうが、今回はさすがにジョーラの方が謝罪の必死さは上のようだ。


「気にしないでいいよ」

「そういうわけには……」


 ああ、つい……。


「……狼狩りは終わったんだよね?」

「ん、ああ、いい塩梅だったよ。……二人とも手馴れたもんさ。始めの頃の面影なんてないもんさ」


 俺を心配する表情をいくらか明るいものに変えたジョーラが、同じく俺に向けて不安そうな顔をしていたディアラに目配せする。


「いえ……まだまだです」


 ディアラが神妙な顔で謙遜する。耳は垂れている。


「ヘルミラも弓に躊躇いがなくなってるしな。射撃の腕も的確なもんだし、ここまで成長するんだなってあたしはちょっと驚いてるよ」


 ジョーラがヘルミラにも視線を送るので見てみれば、ヘルミラも神妙な顔で私もまだまだ、と謙遜した。俺たちの戦いを見たせいもあるんだろうが、今の俺がこんな体たらくなので素直に喜べないのだろう。


 情報ウインドウを見てみると、ヘルミラがLV18、ディアラがLV20と、二人とも2上がっていた。

 ついに20か。クライシスだとLV20では1時間も狩れば下手したら100まで上がってしまうところだが、数も狩れるし、なかなかうまい狩場だろうか?


「ダイチさん、今日は昼に出る予定でしたが、どうしますか?」

「出発するよ。決めてたからね」


 ですが、と言い淀むハリィ君。


「出る前に少し部屋で休むよ。……たぶん1時間くらい寝れば回復すると思う」


 転生したという事実を知った時や小屋から降りてくる時とか、これまでの経験からも、寝れば回復したしね。


「そうか。じゃあ宿まで送るよ」


 無理をさせたからということで、着替えや防具の手入れで使う魔法はハリィ君が引き受けた。ジョーラも手伝い、俺を除く4人で血を拭いたり、濡らしたり、乾かしたりする。

 木に背中を預けながらその様子をぼんやりと眺めていると、現役のプロが二人いることもありいつもよりも手際良かったようで、あっさりと終える。


 肩を貸してもらったりはしていなかったんだが、目のいい村人がいていくらか体調を気遣われつつ、俺たちはヴァイン亭の俺の部屋に戻った。

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