4-7 補助なしで立ち向かうのは無謀
ハリィ君に《魔力装》を教えて間もなく、狼狩りをしていた姉妹とジョーラたちが戻ってきた。
三人は血の飛沫こそあるものの、特に怪我している様子はない。手には脚を縛った狼の死体がいくつかあるし、狩りは順調だったようだ。
ちなみに狼たちの死体は、血の匂いや獣臭などはあれど、腐り始めて嫌な臭いを放つことはなかった。死体が消えるまで1,2日しかないんだけどね。ただただ、屠殺するか持ち出すか、あるいは消えるかを待つだけらしい。
この現象は、狼の森を始めとするゲームのように永続的に現れる魔物の生息地の特徴らしい。他の場所にいる魔物はそうもいかない。
ジョーラは指先に《魔力装》を付与していたハリィ君となにやら話をしたかと思うと、
「ダイチ! ちょっと打ち合っておくれよ」
と打診してきた。ずかずかと大股でやってくるジョーラは、にこやかではあるが、結構な剣幕がある。
「あ、ああ」
「あたしは《魔力装》は扱えないけどさ。ちょっと本気出してみてもいいだろ??」
なんとなく察した。《魔力装》を教わってパワーアップしたハリィ君への嫉妬だ、たぶん。
それにハリィ君、俺との打ち合いでレベル1個あがって50の大台に入ってるからな。
◇
「ほらほらっ! いくよ!」
例によって隙をついて、ちょくちょく首や鳩尾に手刀を寸止めして終わらせていたのだが、一呼吸置く時間はあれど、打ち合いは終わらない。
実に楽しそうに容赦なく拳や蹴りを突き出してくるジョーラに若干気圧されていたのはここだけの話だ。
決してヤケになっているわけではないのは、拳も蹴りも至って正確に繰りだされているのから分かる。出会った頃の、今思えば暗い沼のようだった感情の数々もないし。
あまりに楽しそうなので、ちょっと疑問に思っていたら。
「ダイチには遠慮しなくていいから楽しいねぇ!!」
とのこと。
ジョーラの同列の実力の持ち主といえば七星の大剣のようだし、それ以上の相手となると、師匠のなんとかという人以外なかなかいそうにはなさそうだしで、そうだよなと納得しつつ。
要するに俺はいい的、決して壊れないカカシって考えてみるとちょっと複雑な気持ちにもなる。
「はっは~!! いいねえ!」
にしても張り切りすぎだと思うんだけど……。いや。元から戦闘狂なところはあったなそういえば。
基本的には俺がジョーラの全力の攻撃を避けるなりさばくなりするだけなんだが、俺たちの手合わせを凝視していたハリィ君が、やがて一緒に観戦している横のディアラにこんな質問を投げかけた。
「ダイチさんはあまり攻撃を仕掛けない方なんですか?」
「狼には短剣を使ってますけど……そういえばご主人様はあんまり自分からは攻撃しませんね。……あ、私たちを助けてくれた時には狼にこうやって助けてくれました」
そう言って、ディアラが空中にチョップをしたり、平手打ちをする。ヘルミラがうんうん頷いている。チョップはしてないぞ?
ジョーラがはたと動きを止めて、構える。
「よし。ダイチ、打ってこい! いつもあたしばっかり打ってるからな」
どうやら二人の会話が聞こえていたらしい。うーん……。
ジョーラはどっしりと腰を落とし、さばくか防御する気満々だ。
才能、センス、家柄、知能、顔面の美醜、背の高さ、あるいは性格の明るさ暗さなど、双方においてのなにがしかの圧倒的な差、先天的なものの有無の差といったものはたいがい軋轢を生む。
陰湿ないじめや取り返しのつかない事件に繋がってしまうこともあれば、単に「友達にはなれない」という程度に収まることもある。
その点ジョーラはからっとした性格であり、手合わせに際してはおそらく拳と拳で語り合う男の友情という名のアレに近いものがありそうだしで、俺たちが恩人であるというのを抜きにしても懸念材料が少なさそうなのはありがたいんだけども。
かといってなぁ……全力だとインの三重に付与した物理防御魔法を崩すくらいだ。防御魔法を付与していないジョーラではぶっ飛ぶのはおろか、命の危険性がある。
「いつでもいいぞっ!! ちょっと怖いがな!」
そうだろうな。ジョーラからすれば格上相手だし。俺も怖いよ。……てか素直だね??
でも怖いと感じてくれているだけまだマシか?
覚悟を決めて、だいぶ弱めに頼むよ、と俺は存在するわけもないスキルさん相手に願いながらジョーラの元に軽く駆けて、《掌打》をした。
ジョーラはさばく気だったようだが、突然目を見開いて、――避けた。
俺の《掌打》は当たらなかったが、意図せず放った“ソレ”はジョーラの横を通り、10メートルほど後ろにあった木にぶつかって軽く爆ぜた。水を思いっきりぶっかけたように、当たった木の表面は樹皮が放射線状に盛大に削がれている。
波動拳かよ……。なんでだよ。
「ごめん、ちょっと強かった……」
と、俺は言おうと思ったんだが、「《魔気掌》か……。さすがだな、ダイチ!」というジョーラのコメントに遮られる。まきしょう?
>スキル「魔気掌」を習得しました。
>称号「魔気掌の使い手」を獲得しました。
ああ、そういう字。
「……武術の達人の中でもさらに魔力操作に長けた一握りの者が編み出すという《魔気掌》……まさか……ダイチさんが使い手だとは……」
な、なるほど?
「昔師匠にも見せてもらったが……同じくらいの威力があるな。さすがだな、ダイチ!」
そう言って、俺の肩を軽く叩きながら実に嬉しそうにするジョーラ。
倒されるでもなく、穴が開くわけもなく、放射線状に爆ぜているだけに留まっているのを見るに威力は確かに弱められているようだが……。
被害に遭った樹木を見ながら、あれくらいならライリがフォローせずともさほど尾ひれはつかないんだろうなと思う。
「ダイチは魔法が使えるし、この分だと師匠も超えてそうだなぁ」
「マイヤード様を!?」
ハリィ君が驚く。超えてるだろうね。ステータスとパワー的には確実に。
ディアラとヘルミラもまた驚いていたようだが、ハリィ君とは違って割とすぐに落ち着いた。そして、そのまま得意げな顔になった。おや?
「別に不思議な話じゃないだろ? ダイチはあたしのトップスピードの攻撃をあれだけかわしてくるんだ。第一、師匠はあたしと同じで魔法全然使えないからな。魔法が使える武術家と、魔法が使えない武術家じゃ、比べるにもちょっとな」
「そうですが……」
「それに魔法が使えるんなら《魔気掌》なんか使わんって師匠も言ってたぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、魔法以外で遠距離の攻撃手段が増えるのはいいことだが、威力の割に燃費悪いらしいからなこの技。な、ダイチ?」
「あ、ああ」
相槌を打ちながら、まだ魔法は特別使ってなかったよな? と思いつつ、ステータスウインドウを出してみる。MPが10減っていた。魔法扱いなのかこれ?
《
《魔力装》がMP減らないのを考えると確かに燃費は悪い。威力も《魔力装》以下だしね。もっとも、弱く弱くと念じながら打ったので意識すれば威力はもう少し上がるように思う。
……そういや、他の魔法試し打ちしてないな。近い内にしておこう。
「よし。じゃ、再開しようか」
そう言って俺の対面に立つジョーラ。まだやる気か。
「ハリィ、《
「え?」
え? チューンナップってまさか。
「あと《
「は、はい」
ハリィ君が、ほんとにいいんですか? といった不安な顔で俺を見てくる。どちらもクライシスにあった補助魔法だが……。
俺、補助なしか? う、嘘だろ?? エアリアルは攻速上がるやつだし、避けれるか? 俺……。
「いいよな? ダイチ。あたしは問題ないと見てるぞ」
ジョーラは気合入魂とばかりに顔の前で手を合わせ、パン! と音を鳴らせた後、構えた。
「本気、出してないだろう?」
ジョーラが薄い笑みを浮かべた。別に怒ったりはしていないようだが……槍でいきなり突いてきた時の不穏な雰囲気が少しある。
本気か……本気出せないのは、しょうがないんだよ? 相手を傷つけることに快感を覚えるヤバい奴じゃないし、俺。
七竜を倒せる俺が本気を出さなければいけない場面というのは、世界規模的にやばい状況だと思う……。
でもジョーラたちのレベル云々の講義に影響を受けたのか、いいチャンスか? という考えも芽生える。
攻撃面、防御面は今のところ十分すぎるのでともかくとして、俺はメンタルが弱い。生まれたてのホムンクルス的なものか、現代人的なものか、理由はどうであれ。
幸い実力はあるが……未だに血や狼の死体を怖がっているようではあとあと尾を引きそうな気がしているのだ。
慣れるのもどうかと思ったりもするが……精神操作魔法に簡単に引っかかるとかね。抵抗値を上げれば防御できるのかもしれないが、数値ばかりを過信してもいられない。
それに俺の気持ち的にも過信ができない。もし俺が精神操作されたら……世界の終わりなんじゃないか? とは少なからず思ってるから。夜露草探しでインにも怒られたばかりだし。
それにディアラたちを里に送り届けようと考えた辺りから、頭のどこかで考えてはいた。
一度は倒される覚悟で戦ってみる必要はあるだろうと。
ジョーラ部隊がしてやられた賊の奸計もある。今後、何があるのか分からない。いざという時にインや姉妹を守れないのは嫌だ。
できるだけ力は出せる時に出して、何が出せるのか、何が出来るのか、逆にこんなスーパーマンの状態でも出来ないことは何か、出来る範囲で事前に知っておく必要はある。無駄にはならない。
ジョーラは俺との手合わせを喜んでいるが、……俺だって「満足に」は無理だとしても「ある程度は」力を出せる相手を探すのは厳しいものがあるだろう。そういう意味では七星のジョーラは、これ以上の相手もない。インは竜モードになるのはちょっと難しいだろうし。
ジョーラに補助魔法をかけて、俺に補助魔法がないなら……いいハンデだとも思う。
アトラク毒の際には治療魔法を使っていたハリィ君もいるので、仮に俺が怪我してもすぐに治療魔法かけてくれるだろう。……たぶん。俺が傷つくのはまあ、構わない。知り合いや仲間が傷つくよりは。
ハリィ君。俺が「ゴハッ!」とかなって倒れたら、即回復魔法頼むよ? 信じてるから!
ハリィ君を見つめてテレパシーを送る。ハリィ君は不安な顔のまま、「よく分かりませんが……何でしょう?」といった顔をした。
うん、まぁ、心中お察しはできないよねー。
「分かった」
内心は戦々恐々だが、俺は平静を装って、目の前の七星の大剣に頷いた。ジョーラがニッと、満面の笑みを浮かべる。
「感謝するぞ。じゃあハリィ頼む!」
「はい!」
ジョーラの熱意や俺たちの間に飛び交う戦意が伝わったのか、ハリィ君にも気合が入ったようだ。
ハリィ君がジョーラに向けて手をかざすと、ジョーラを中心に緑色の魔法陣が現れた。円環からは、魔力の粒がいくつも浮かび上がっている。やがてジョーラの体が薄く光り、薄い緑色の膜に覆われ、光っていた魔法陣は消える。
一呼吸して、ハリィ君は再度手をかざす。黄色い魔法陣がハリィ君の目の前に現れ、ジョーラの体をさらに薄黄色の膜で覆ったあと消える。《身体強化》だろう。
補助魔法というのは、戦闘があるならどんなゲームでも重要な要素だ。それはクライシスでも同様だった。MMORPGのPVP戦ならなおさらだ。
絶頂期のノヴァでは、ウィザード、マギ、ビショップ、セイント、アークシャーマンなど――ビショップかセイントは必須だが――補助魔法や回復魔法を使える職が一定数不参加だったのなら、とっとと負けるなり、一風変わった戦法を試してみるなどして捨て試合にしていた。そのくらい補助魔法はPVPの勝敗に深く関わってくる。
もしクライシスと仕様が同じなら、《身体強化》は最大HPを増やし、STR(力)・VIT(健康)・AGI(敏捷)の数値を底上げする魔法であり、《風力場》は攻撃速度と移動速度を上げる魔法だ。ついでに風魔法抵抗値もふんわり上がる。
ゲーム内では実のところ上位互換のもっと強い補助魔法やスキルがあって、《風力場》も《身体強化》も二つともノヴァの上位勢はおろか他のプレイヤーでさえ基本的に使わない補助魔法ではあったんだけど、LV600以上で廃人装備によって上がったINT(知識)でかけようものなら、補助魔法としてはそれなりのバフ効果を発揮できる。
各種ステータスは+120辺り、攻撃速度に関しては、補助なしの状態と比べるなら1.5倍くらいは上がるだろうか。移動速度もそのくらいじゃないか?
もちろんこの世界に効果を反映させるなら、ハリィ君はLV50ほどの術者なので、さほどの効果は得られないことになるが……。
俺の今の構えは、これまでの構えより“ちょっと力んでいる”。俺はスキルに任せるため、リラックスはしている。つまり、そういうことなのだろう。
せめて補助の中で一番大事な要素である、攻撃速度上昇のバフがなかったらと思う。
攻撃速度上昇バフの恩恵は著しい。
攻撃回数が増えることにより総ダメージ量が増えるのはもちろん、補助や回復、デバフ撒きなどあらゆる挙動のスピードを速めることにもなる。補助掛けないし戦いの場において、絶大な恩恵をもたらすこのバフを省くのはあり得ない。
「――じゃあ……行くぞ!!」
そう言うや否や、ジョーラの姿が――消えた。
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