4-6 鈍い男と魔力装講座


 ……ん。……起きたか。


 違和感を覚える。頬にひんやりとした感覚。空気が冷たいようだ。

 感覚が鋭敏になっていく。懐かしい。……懐かしい? いや、ここは“あの小屋”じゃない。


 外はしんと静まり返っている。村人たちの長閑でかしましい話し声も特に聞こえない。階下の食堂も人の気配がないようで、騒めきはなく、料理の匂いもない。


 寂寥感を覚える。ただ、悪いものではない。


 確かにここは……メイホー村だ。嗅ぎなれたベッドと部屋の使い古した乾いた木材の匂い、窓から忍び込んでくる土や植物や石――モルタルの匂いなどがない交ぜになったエコロジーの極みな村の匂い、そしてインの体温が、確かに俺にここはメイホー村だと教えてくれる。


 安心感が胸に去来した。俺は一人じゃない。


 目を開ける。年季の入った木造の天井がある。


>スキル「気配察知」を習得しました。


 気配察知?


 外で馬がいなないた。地面を蹴る音。最初は蹄音の間隔が早かったが、すぐに収まってくる。それに特に動じてはいない、「よしよしいっぱい食べろ~」という聞き覚えのある少女の声。


 ニーアちゃんだ。馬の餌やりか。さすが宿の子、朝早いな。


 朝? 窓からは日光――朝日が漏れていた。


 ……朝だ!!


「おはようインっ!」


 勢いをつけてしまったせいで、インの頭が俺の腹からベッドに落ちる。


「ふぉ? ……随分早いのう。頭でも打ったか? ふあぁ……」


 失礼な。たった今頭を打ったのはインだろうに。


 それにしても珍しくインは眠そうだ。まぁそうか。いつも俺が起きるのは昼前で、健気にも起きるのを待っているらしいからね。今日の狼狩りの時にでもうんと二度寝してもらおう。


「昨日は早く寝たからね。なんか久しぶりの朝って気がするよ」


 昨夜はガンリル邸から帰宅して身支度もそこそこにすぐに寝た。正確な時間は分からないが、7時とかのように思う。

 ちょっと朝に起きてみようかなって思ったんだよね。結果大成功だ。たぶん5時くらいじゃないだろうか?


 インが眠そうな目をこすり俺を見上げる。


「……昨日も言ったがの……、まだ生まれて一週間のホムンクルスのお主にとって、魂と肉体の定着のために眠りは必須だからの。人族の間では、……ふぁぁ、早起きの鳥は虫を首尾よく捕まえる、などというが、お主には朝早く起きても得はさほどないからの。重要なのは睡眠の時間なのだ」

「分かってる分かってる」


 本当に分かってるのか? とインは訝しむ眼差しを受けるが、すぐに眠気が勝ったらしい。もう一度あくびをするイン。


 ふと気づくが、いつもの定位置――テーブルの前には椅子が一脚しかなく、二人の姿もない。ヘイアンさんに借りればいいのにとは言ったんだが、二人は遠慮し、いつも自室から椅子を一脚持ってきている。


「ディアラたちは?」

「ん、もうとっくに起きてるであろうな。あやつらは朝早いからのー……」


 ……なら。ふっふっふ。ちょっと顔を出しに行こうかな。驚くだろう。

 インが再度ベッドに横になる。物足りなかったようで、枕を持ってきて俺の腹の代わりにしたようだ。


「ちょっと挨拶してくるよ」

「んー」


 顔を枕に押しつけて、返事なのか寝言なのかよく分からない返答を受けて、俺は隣の二人の部屋の前でノックする。


「イン様? おはようございます。今開けますね」


 ふふ、インではないのだよ。


「俺だよ、おはよう」


 え、ご主人様!? と驚く声が室内からあがり、「お待ちくださいね」というヘルミラの慌てた声。

 いや、そんなに慌てなくても……わたわたしているんだろう、物音や小さな話声が続く。


「お姉ちゃん、早く着替えて。ズボンそこだよっ」

「ヘルミラも、はい、櫛!」


 別に急がなくても、と声をかけるタイミングをすっかり逃してしまった。朝早く起きれた達成感を伝えたい欲求はしぼんでいき、部屋の中への好奇心が湧いてくる。


 ……部屋の中といっても、大したものはないか。


 俺は子供の頃、友達の家に行くと、引き出しの中やら棚に置いてあるものやら眺めるのが好きだった。

 一般的には褒められたものではないが、引き出しや棚からは見知らぬことが発見できるし、その人の人となりの推測材料もたぶんにあるからだ。

 これには手書きの日記なんかも一応含まれるはずなのだが、直接的にすぎるのか、日記を読むのはさすがに悪趣味だという意識があったのかは分からないけど、俺は特に日記の類を読みたいとは思ったことはない。


 今はSNSが、引き出しや棚や日記やあるいはアルバムの代わりみたいなものだろうけど、SNSは見るのはちょっと疲れるし、魅力にも欠ける。


 この癖については、単に男児的な好奇心がそうさせていたのか、それともその人と“純粋に”楽しく交際したいがためのものだったのか、どっちもだっただろうとは思っている。会話において、大なり小なり「フタ」のついていない人はいない。フタのついている会話というのは、さほど楽しいものではない。


 二人は突然の俺の訪問に必死こいて身だしなみを整えているが……世の中には「パパのと洗濯物を一緒にしないで!」と、どストレートに言ってくる娘もいるらしい。

 娘の父親になる上で下手したら、旦那と彼氏の紹介に次いで、もっとも恐れることの一つじゃないか?


 二人にはまあ、そういうところはないだろうとは思うけど。安堵する。


 奴隷なんだからというのはさておき、娘を持つ父親の気持ちってこんなものなんだろうかと思ったりもする。

 なら、俺、入らない方がいいんじゃない? とかいう考えがもたげる。

 物はないかもしれないが、女の子だし。20代だけど……。でも、パンツを履く習慣なかったしなぁ……いや、でもわたわたしてるんだから俺に対しての恥じらいはあるのか。単に部屋が汚いからか? うーん?


 いまさら部屋で待ってるよと言うのも悪いと思いつつ、他の部屋から客が出てこないかちょっと心配にもなってくる。まだ鉢合わせしたこともないし、階下では泊り客のご夫妻と会話したこともあるのだけども。


 そんなことを考えていると、すみません、お待たせしましたと、ヘルミラがドアを開ける。


「早いですね、おはようございます」

「おはようございます、ご主人様」

「おはよう。なんかごめんな、急かしたみたいで」


 いえいえと首を振る二人。と同時に、舞う髪。

 髪は結んでいないようで、二人とも髪は下ろしているのだが、なかなか似合ってる。ダークエルフというとなぜか白髪とセットになることが多いらしいが、その魅力が分かる気もした。褐色と白髪は合う。とても。


「特に用事はないんだけどさ……」


 照れているのか、半ば俯いている二人にそう告げると、え、と顔をあげて驚く二人。え?


 二人の意外な反応にせっかく準備してくれたんだから、何もしないのもちょっとあれかと思い直し、「あ、いや、せっかくだしちょっと部屋でも見せてもらえるかな」と慌てて言ってみるが……


「はい。あまり綺麗にはしていませんがどうぞ」


 というヘルミラの言葉は明らかにテンションが下がっている。語気からも、耳がちょっと下がったのからも。ディアラの耳も同様に下がっていた。


 もっと気のいい言葉や用事を用意しておくべきだったかと反省しつつ、部屋を見せてもらう。


 思っていた通り部屋は俺の部屋とさほど変わってはいなかったが、隅の方には槍と弓が立てかけてあり、そういや二人は戦うファンタジーな女の子だったと、俺の中にいた平和な世界にいる父親像と、やはり平和な世界の父娘の構図が軽く破壊される。


 二人の横に長い耳は明らかにファンタジーなもので、金色がかった白髪の色も一般的にはあり得ないんだが、どうも見慣れたようだ……。最初に出会った住人と相棒がインっていうのがなぁ。うん、インのせいだ。


 衣類は畳まれてはいるものの、しわまみれなシーツや多少乱雑に畳まれた布団の様子から、さきほどここでわちゃわちゃしてたことを窺わせる。

 テーブルには栗のような味わいの豆チェスナや漬物ピクルスの入った瓶があり、傍には切ったかぼちゃとニンジン、いつ買ったのか塩や細切れにしたトウガラシが入った小瓶があって、ここであれこれ作っていることは容易に察することができた。


「ここで携帯食料とか作ってるんだ?」

「はい。食べたいものがあったら言ってくださいね」

「ああ。いつもありがとね」


 二人のテンションは若干回復した感じはあったものの、まだ本調子じゃないようだ。


 椅子は2脚しかないので、ベッドに座ってもいいかなと訊ねると快諾される。

 ヘルミラはもう特別なことはなく、にっこりとしていたものだが、ディアラは意味ありげに耳をピクピクさせた。表情からなんとなく恥じらいがある気がした。


 せっかくだし、軽い朝食にとコーヒーセットを出そうかなと思う。

 と、そこで、ディアラの反応にぴんとくる。


 先日、俺の部屋でコーヒーセットを満喫したのはベッドの上だ。あれ以来、コーヒーセットで歓談はしていない。二人はパンの柔らかさと味に感激していたし、とくにディアラは俺の分も平らげていた。なるほど。


 案の定というか、コーヒーセットを勧めると二人はかつてのように喜んでくれた。

 夜露草探しの時はパンに干し肉を挟んだものだが、二人はパンにはジャムを塗るくらいしかしたことないらしい。いつかバターを塗って焼いたり、野菜やソーセージ、チーズなどを挟んで食べる約束をした。


 食べ物がご機嫌取りになってしまったのはちょっと不甲斐なかったが、次からは気をつけようと思う。


>称号「鈍い男」を獲得しました。

>称号「エスコートが下手」を獲得しました


 はいはい。すみませんね。てか、鈍いまで言わなくていいだろ?



 ◇



 狼の森で、ジョーラに姉妹の狼狩りを見てもらっている折、俺とハリィ君は少し離れた場所でハリィ君の要望の一つを受けていた。


 要望とは、昨日ハリィ君と行った軽い打ち稽古――基本的に俺は回避と受け流しに専念して、気になったことを言うだけ――なのだが、それとは別に《魔力装》を教えることだ。


 ハリィ君が俺の《魔力装》を見たのは、姉妹の槍と矢に《魔力装》を付与した時だが、それからずっと《魔力装》のことは気になっていたらしい。


 何でも、驚いていたハリィ君に対しての俺の「ハリィ君も使えるんじゃないかな」という言葉から、自分の戦闘手段の一つに加えることはできないか考えていたとのこと。

 単に俺は、俺でもできたし、インからも魔力を手に覆わせるだけと聞いていたし、ハリィ君は魔法が得意だからできるだろうと踏んでいたのだが、正直無責任な発言だったと反省している。

 大して根拠があったわけじゃないからね。魔法剣士という響きはかっこいいんだけども。


「こんな感じ」


 ハリィ君は、俺の手先を覆い、巨大な一つの白い爪のようになっている《魔力装》に顔を近づけてじっくり観察する。

 なんだか気恥ずかしくなるが、王都にはこれといった《魔力装》の使い手がいないようで珍しいらしい。


「凄いですね……ここまで魔力の質を高められるのですね」


 ディアラたちの槍や矢に付与していたのはかなり魔力を抑えたものだったので、色の濃さ、魔力の質は段違いだ。

 あまりに顔を近づけられるので、危険ではないかと思い、魔力の物質化を意識する。色味が濃くなり、実体化が進んだ。

 手の甲で叩いてみると、コンコンと硬質な音が鳴った。これなら顔を近づけても大丈夫そうだが、盾にもなりそうだなこれ。ネリーミアが店で実演していた《氷結装具アイシーアーマー》が思い出される。


「獣人が良く使ってるんだっけ」


 その手の研究者のように凝視しているハリィ君に訊ねる。ハリィ君、ハムラみたいになってるよ。


「あ、はい。彼らは武器の扱いを教えるものが少なく、金属類を嫌う者もいたため、《魔力装》の使い手が増えたのだと聞いています。私も一度《魔力装》を扱う獣人の賊と戦った経験はありますが……ここまでのものではありませんでした」


 ちなみにその獣人は、爪に付与して戦っていたとのこと。獣人兵で《魔力装》の使い手はだいたい爪に付与するらしい。ウルヴァリ~ン。


「切ってみてもらっても?」


 ハリィ君の声が若干震えている。視線は木だ。


 恐れからか、当初のジョーラのように歓喜からきているのか、少し不安なところもあるが……部隊のために強くなりたいという真摯な想いを信じて応じることにする。

 先日、夜に試し斬りした時には、ちょっと騒ぎになったようだが、ライリがフォローしていたようなので大丈夫だろう。たぶん。

 

「少し下がってて」


 そう言って、ハリィ君が下がったのを振り返らずに確認したあと、俺は《魔力装》の物質化を緩め、長さを少し伸ばし、目の前の木を下から切りつける。


 一瞬の間があり、ずりずりと切断した上部の木が落ちていき、やがて葉音や枝の折れる音などとともに、ズウウンと盛大な音を立てながら木が倒れる。残った幹には、右斜め上に向かって切られた綺麗な切り株が残った。


 振り返ると、ハリィ君はポカンと口を開けていた。ちょっと面白い顔だ。相手が小学生なら消しゴムのカスとか入れられるかもしれない。


「こんな感じ」


 話しかけるが反応がない。しばらくしてぽそりと感想をこぼすハリィ君。


「す、凄いですね……《魔力装》って……。ハイルナート様の大魔法もこのようなことができると聞いていますが……私にもできるのでしょうか」


 ハイルナートとは、七星の大剣の魔導士枠である魔導賢人ソーサレスの人らしい。


「まぁ、やってみないことにはね。俺も人に教えるのは初めてだし、出来るか分からないからあんまり期待しないでね」


 はい、と頷くハリィ君は、ジャニ系の童顔気味の顔立ちなのであまり違和感はないのだが、子供のように期待に目を大きくさせた。ハリィ君からすれば、国の筆頭魔導士に近づくということでもあるので、仕方がないか?


 “このやり方”でできるかは分からないが……実際にやらせてみるところからだな。出来ないなら、仕方ない。


「《魔力装》は出せる?」

「はい。一応できます」

「じゃあ、指に出してみて」


 そう言われ、人差し指に《魔力装》を付与するハリィ君。

 出てきた《魔力装》は、さながら黄色い長い付け爪だ。俺と色が違うのは、人によって備わっている属性が違うとかインが言ってた気がする。

 指にしたのは、《魔力装》を得意とする獣人が爪に付与していたそうなのでそれにあやかったのと、錬金術の魔力操作でも初心者はまずは指先からとあったので、魔力操作は指先がひとまずの常套手段だろうと考えたためだ。俺もそこから始まったので、魔力操作しやすいだろうと考えたのもある。


「もっと長くできる?」

「はい」


 眉を寄せて難しい顔をしたかと思うと、付与した《魔力装》が少しずつ伸びていく。結果、指の倍くらいの長さになった。細さも指くらいだ。


「これが限界?」

「はい……これ以上となると厳しいです。《魔力装》は普段使わないので」


 少し息をつくハリィ君。本当らしい。いまさらだが、俺、ほんっっと規格外なんだな……。


「ちょっと触るよ?」

「はい」


 俺はハリィ君の手に触れる。


 しばらく集中していると、俺のよりは規模がだいぶ小さいようだが、俺の魔力とよく似た力強いエネルギーの奔流を察知することができた。これがハリィ君の魔力だろう。

 ハリィ君の腕にはまだ魔力がたくさんある。この魔力を《魔力装》に使えばいいんじゃないのか?……魔力が足りないというよりは、単に《魔力装》に用いるための魔力の運搬ができていないというところじゃないか? ふうむ。


 俺の魔力をほんのわずかに注入してみる。すんなり入った。


「なんか変化とかある?」

「いえ、特には」


 拒否反応とかはなし、と。いけそうだな。


「ちょっと失礼するよ。痛かったらごめんね。ハリィ君の使ってない魔力を手の辺りに運ぶから」

「え、運ぶ? ……っ!」


 もう少し俺の魔力を注入し、ハリィ君の腕に溜まっていた魔力を移動させた。要領的には、掴んで移動させる感じだ。

 あまりいっぺんに運ぶと反応を察するに痛みとかあるかもしれなので、少量で。


「手が熱い……」

「我慢できる? それ《魔力装》に使われてなかったハリィ君の魔力らしいよ」


 痛みのせいか、よく分からない、何を言ってるんだといったしかめっ面をされるが、すぐに何か把握したようで、ハリィ君は信頼する顔で頷いた。さすが有能。

 その頷きを見て、ちょっと動かすからと言って、手の先から肩辺りまで、ハリィ君の魔力をゆっくり行き来させる。


「どう? 今ハリィ君の魔力を肩から指先にかけて移動させてるんだけど、分かる?」

「分かります……私の魔力です」


 ふむ。感知はできるらしい。他の人の基準が分からないが、さすが魔法剣士。これが自分でできればいいが……あとは、使えずにいた魔力を《魔力装》に使えれば。


「じゃあ、手に魔力を集めるから指先に付与していってみて」


 一気にすると負担が大きくなったりするかもしれないので、例によって少しずつ運ぶ。

 しばらくすると、手に送ったハリィ君の魔力の塊が細められ、なくなった。目を開けて指先を見てみると爪に出現させていた《魔力装》が少し伸びていた。いけそうだ。


「そのまま伸ばしてて。体力的に厳しくなったら言って」


 手のハリィ君の魔力がなくなったら、掴んで運び、掴んで運びを数回繰り返す。やがて、ハリィ君の指先には長剣ほどの長さの《魔力装》ができていた。

 ちょっと長すぎだな。レイピアっぽいが、先の方になるほどしなってしまっている。てかこんなに長くできるのか……重さはほとんどないようだし、色々有効活用できそうだ。

 

「大丈夫?」


 ハリィ君は肩で息をしているが……。


「はい……まだいけます!」

「じゃあ、《魔力装》を一回解除して、もう一度限界まで伸ばしてみて。今度は俺手伝わないから。《魔力装》で使える魔力はまだまだあるみたいだから、……ようはあるはずの魔力を《魔力装》として使えずにいたみたいだよ。分からなくなったらまた手伝うよ」


 俺の言葉に従い、ハリィ君は長くなった《魔力装》を解除し、再度付与を始める。当初限界だった指くらいの長さは楽々クリアし、さきほどの長剣ほどではないが、近い長さの《魔力装》が現れる。


 もう2回やらせる。どれもうまくいった。ほとんど一発でこなしてしまっている。誰も彼もがこんな簡単にできるようにはちょっと思えない。ハリィ君優秀らしいしね。


「うん、いい感じ。この感覚覚えといて」

「はい……はあ、はあ」


 ハリィ君が腰のエーテルを飲み、呼吸が落ち着く。まだまだやる気らしい。


 試しに、レイピアっぽくなっている《魔力装》で近くの木を切りつけてもらう。

 さすがに本場の剣士、それも七星の大剣を補佐する剣士だけあるのか、切り方は堂に入ったものだが、表面に傷が出来るだけで切り倒すには至らない。ただ、刺突させると、貫きこそしないものの深々と突き刺さった。抜けないということはないようだ。


 この状態では武器にはちょっとできないだろうなぁ。


 このレイピアっぽい《魔力装》の状態では、武器としてはいまいち使えないことを伝える。そこはハリィ君も同意した。なので、長くしていた分を他の指に付与させて鉤爪のようにして扱うか、合体させて広い両刃剣のようにさせることを提案する。

 一応他の形状での用途もあるのか聞いてみるが、詳しくは知らない、でもその利用方法が今のところは効果的だと思います、という意見をもらう。


 ハリィ君は鉤爪、両刃剣のどちらも試し、鉤爪の方は、薬指と小指の《魔力装》が極端に短いというのはあったが、結果どちらも成功させた。

 ついでに手刀バージョンも教える。これは単に手を覆うだけだったためか、簡単だったようだ。

 試しに手刀で木に振り下ろしてもらうと、木の表面が結構抉れた。生身はともかく、鉄の盾だと簡単に防御されそうが打撃武器としてはそこそこいけるんじゃないだろうか。


 付与の方もやらせてみた。俺との打ち合いで使っていた木刀の先に付与して、木を軽く切りつけてもらう。なかなか深い切り傷ができた。

 具合を聞くと、「重さもないし、いい感じですね。木刀を実用レベルに、刃こぼれした剣に用いて再利用できると考えるのだけでも十分な戦力補強になるでしょう」とのこと。


 なるほど。刃こぼれか。ハリィ君でこのレベルなので実用までこぎつけるのは難しいだろうけど、もし兵一人一人が《魔力装》を扱えるようになったら、もはや革命だな。


 それにしても、ここまでスムーズにいくとは思わなかった。もっと時間がかかると思っていたんだが……教えることがなくなってしまった。


「あとは自己鍛錬で《魔力装》の威力や硬さは上がっていくと思うけど……要領いいって言われない?」

「ええ、まあ……いや、ダイチさんの教え方がお上手なのかと。私も正直驚いてます……」


 いや、それなりに新入社員を見てきたけど、ここまで要領良く、呑み込みの良い社員はいなかったよ。新入社員と比べるのもあれなんだけど。


 感覚は覚えた? できそう? と聞くと、「問題ありません。土魔法の魔力の練り方と似ているので」という返答がくる。そのへんはよく分からないが、頼もしい。


>称号「教えるのが上手い」を獲得しました。

>称号「魔導の先生」を獲得しました。


 魔導になるのか、これ。


「それにしても……《魔力装》の威力もですが……あそこまで他人の魔力を容易に操れるなど……ダイチさん、あなたは何者なんです?」


 俺も教えるのを楽しんでいた節はあるので、いきなりの何者の問いかけに面食らう。

 《魔力装》は獣人も使っていると言うので気軽に教えてみたが……魔力操作の方は全然考えていなかった。《魔素疎通マナオステム》はヤバイ代物らしいし、さすがにやりすぎたかもしれない。


 どう答えたものか迷っていると、ハリィ君が「いえ、そんなことは問題ではないのでしょうね」と、悟った口ぶりで俺を見据える。微笑する表情は、いくらか疲れは見えるものの晴れやかだ。


 ハリィ君は胸に手を当てて、


「あなたはジョーラさんを善意で救ってくれ、私にもまた善意でこのような高度な技術を教えてくれました。私はあなたの善意とご厚意の数々を決して忘れません。必ずやこの《魔力装》の練度をあげて、七星の大剣は槍闘士スティンガージョーラ・ガンメルタの部隊を守る剣と盾になってみせます」


 と、そう宣言した。最後の方は部隊の副隊長らしい、毅然とした顔だった。


 既に十分剣と盾だよとも思うが、ハリィ君は今回のジョーラの一件――綿密な計画の元の奇襲だったとはいえ、賊に部隊を封殺され、ジョーラのアトラク毒を解毒できなかったことだ――にはかなりの負い目を感じているようだったので、頷くにとどめる。


 それから、


「王都に来た際には、是非歓迎させてください。王都内でジョーラさんや私と練り歩いていると目立つかもしれませんが、ディディやアルマシーやハムラなど、部下の者に案内させる分には問題ないでしょう? それに、貴族や七星の方々がこっそりと通う、秘密保持に長けた場所も結構あるんですよ」


 と、続けてニコリとそう言うハリィ君。


 有能だねと苦笑すると、よく言われますがまだまだですと、ジャニーズ剣士なハリィ君は微笑して謙遜した。

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