4-4 出立前日 (4) - 稽古


 詰め所の前までくると、奥から「やぁっ!」と姉妹の声らしきものが聞こえてくる。頑張ってるようだ。


 メイホーの石造りの建物の中でも、塀があって、仕切の石壁があって、そして屋根がない、といった詰め所の作りは輪をかけて簡単な作りだ。


 詰め所がなぜこういう作りになっているかというと、屋根のない稽古場が詰め所の敷地の半分以上を占めているからなのだが……武具などを置いている二階建ての建物が併設されているとはいえ、ジョーラたちはかなり窮屈な思いで寝泊まりしたんじゃないかと一考してしまう。


 詰め所内で野宿まがいのことをしたのかもしれない。

 とはいえ、ジョーラたちが警備隊長から丁重にもてなされているのを見ると、逆に警備隊長や警備兵たちが外で見張りをしている方が自然だ。ハリィ君のバレないようにとは一体。


 そんな詰め所はだいぶ人が出払っているようで、閑散としている。

 警備兵の多くは今、ハリィ君たちジョーラの部隊となんとかという山賊の討伐に出かけている。教える者がいないのだから当然子供たちもいないようだ。


 ディアラたちのいる場所に行くため、詰め所の中を通っていると、ライリがテーブルでなにやら薄い冊子を読んで寛いでいた。警備兵らしくはないが、なかなか様になっている。


「お、お二人さん。お迎えか?」

「ええ。二人は頑張ってますか?」


 そう訊ねると、ライリが体勢を変えないまま、後ろを親指で指差した。姿は見えないが、まあ、頑張ってるよね。


「ディアラとこの前手合わせしたんだが、負けちまったよ。いいところまでいったんだが。はあ、ちょっと自信なくしちゃうよなぁ」


 と俺を見てそんなことを吐くが、ライリはさほど凹んでいるようには見えない。

 狼狩りの前は、ディアラはライリよりもレベルが下だった。狩りの前に手合わせしていたら結果は違っただろうか。


「なんだ、情けないのう。お主ここの警備兵だろうに」

「警備兵はあくまでも警備兵さ。強い魔物がいれば腕はおのずと上がるんだが、生憎とここらへんには狼と山賊崩れしかいない。そんなのと手合わせしたところで腕は一向にあがらないのさ」

「はあ~~~お主は口ばかりだのう。もう少し精進せんか!」


 ライリは肩をすくめただけで、インの小言に取り合わない。


 相変わらずなライリはともかく、インが思いっきりため息をつく様はちょっと面白い。もちろん、俺に対してではなく。

 とはいえ、ディアラは狼狩りの末にLV17になっている。LV16のライリだってもう少し狼を狩ればレベルは上げられるはずなので、鍛錬不足なのは否めないだろう。


「で、だ。そんなことより」


 ライリが周りをちらりと見た後に、囁き声で話してくる。


「なあ、あのジョルデとかいうダークエルフ何者なんだ? 隊長はへこへこしてるし、アリオの奴は畏まってるし、実はかなりの大物だろ?」


 態度に出やすいアリオや他の人はともかく、ライリなら言ってもいいか? と考えがよぎる。腕に覚えのあるダークエルフとつっぱねてもいいんだが、警備隊長やアリオを出されると嘘の難易度があがってしまう。


「俺の考えではな。七星の大剣の槍闘士スティンガージョーラ・ガンメルタ様じゃないかと考えてるんだが。アリオは王都育ちだしな。七星の大剣の顔も知っている。ダークエルフの達人なんざ人里でそう見かけるもんでもない」


 あー……鋭いなぁ。


 表情に出したつもりはないんだが、ライリは俺の反応で確信してしまったらしい。


「はは、当たりか?」

「言わないでくださいよ?」


 ライリが満足したとばかりに、俺から離れ椅子に深く腰掛けて、両手を挙げる。

 お手上げのポーズ? てか、アリオは王都で育ったのか。


「もちろん。天下の七星の大剣の部隊が偽装してるんだ、打ち首なんてことにはならないと思うが、バラしたら相当な処罰がくだるだろうさ。俺はそんな目には遭いたくない」


 罰か。まぁ……そうだよな。ジョーラはああ見えて国の抱える大将軍だし、ハリィ君もかん口令を敷いてたほどだしな。……俺というかライリ大丈夫か? ……大丈夫だと信じておこう。


「そういえば、アリオは?」

「隊長とハリィさんたちの強襲彗星団の討伐隊に同行してるよ。この分だともう奴らの悪だくみはおしまいだろうな」


 ああ、ハリィ君たちに同行したのか。


「強襲彗星団ってどんなやつらですか?」

「数だけは多い山賊さ。子供もいっぱいいるし、俺たちと喧嘩してる相手だ、大した手合いじゃあない。……ジョルデがジョーラ・ガンメルタ様ってんなら、ハリィさんやディディさんとかも部隊の人だろ?」

「まあね」

「だろうな。“転ばしても”勝てる気がしなかったよ」

「転ばした?」

「言葉の綾さ。……ああ、引き留めてすまなかったな。でもおかげで胸中すっきりしたよ。今度奢る……いや、明日発つんだったか。明日は早いのか?」

「特に決めてはいないんですが、昼前には出ようかなと」


 そうか、とライリが腕を組んで考える素振りをする。予想通り、今日の晩はどうだと訊ねてくるので、知り合いのところで食べることを伝えた。


「ダイチ君も有名人になってしまったもんだな。そうだな……俺との別れを惜しんでくれるなら、明日の昼前に部屋に顔を出そうと思うんだが、大丈夫か? もちろんアリオも引っ張っていくよ」

「大丈夫ですよ」

「オーケイ。ああ、それからさ、明日発つってのにいまさらなんだがね。俺と喋る時は言葉を崩していいよ。気を悪くしないでほしいんだが、なんかこう……気持ち悪いんだ」


 珍しく思えるライリの苦笑に同じく苦笑で返しつつ、分かったと答える。年下ではあるからね。


 とは言ってもな。ニーアちゃんやディアラたちみたいに、外見が明らかに年下なのはともかく、成人の相手、さらに初対面の人にタメ口って、やろうと思ってもなかなか難しいんだよね。俺、外見は一応高校生だし。


 この世界だと荒っぽい人も多いだろうし、凄みの類も円滑な交際の手段の一つに入るんだろうなぁ。


 ・


 留守番のライリと別れ、詰め所の奥に行く。


 本来だったら、稽古はカカシのある稽古場で行うのだが、ハリィ君が配慮したとかで、ジョーラたちは裏手の庭でこっそり稽古をしている。


「いい感じだね。でもヘルミラはもう少し踏み込んでもいいよ! ディアラは左右もよく見ろ。ちょっと力んでるぞ!」

「「はい!!」」


 白熱しているようなので、遠巻きに見える位置でしばらく様子を見ることにする。

 インが不思議な顔を一瞬したが、すぐに察知したようだ。さしずめ、子供の習い事を見守る親の気持ちだよ。


 ジョーラが中心に立ち、ヘルミラとディアラが挟んでいる。三人とも先に布をかぶせた細い木の棒を持っている。昨日は主に型を見ていたようだが、今回は棒術、もとい槍の実戦稽古らしい。


 ディアラが素早くけしかける。ジョーラはそれをさっと避ける。すぐに後ろからヘルミラが突いてくるがそれも避けた。


「今の連携のタイミングはよかったよ! その調子だ!」


 挟撃をいとも簡単に避けつつ、助言をするのだから相当余裕そうだ。

 ジョーラは余裕そうだが、ディアラもヘルミラも至って全力振りである。ときどき目をつむりそうになったのはここだけの話。


 再度ディアラが今度は足元を薙ぐ。ジョーラは跳ねるが、それを見計らったかのように、ヘルミラが「やあぁぁ!」と突いてくる。

 大丈夫か? と一瞬思ったが、ジョーラは体を軽くひねりながら、両手で持った棒で突きを、十字になる形で横から当てて軌道を逸らしてしまう。


 すごいな。よく勝ったな、俺。というか、俺とジョーラが戦っているのを俺も見てみたかった。インもさっきから見入っている。


 攻防が何度か続く。


 大体ディアラが攻撃を仕掛け、ヘルミラが隙を突くという形のようなのだが、……ジョーラに攻撃が入ることは一度もなかった。ただの一度も。


 ジョーラが攻撃に移る。

 俺にかつてしてきた攻撃はもちろん、これまでの二人の攻撃に比べてもかなり大ぶりな上、わざわざ二人の棒に当てたので手加減した攻撃なんだとは思うが、受けた二人はかなり精いっぱいの様子で、ヘルミラに至ってはだいぶよたついてしまう。


「ちょっと単調だね。いいかい、2体1の時、足元を薙ぐのは戦法としては悪くはないんだが、それなりの相手だと次が読まれるよ。ヘルミラも突きばかりじゃダメだ。槍は突き・薙ぎ・振り下ろしの三種類の使い方ができる。もっと言うと、足をさばいたり、投げることだってできる。ま、色々と試してみろ。あたしを倒す気持ちでね」

「「はい!!」」


 二人は息があがっているようだが、ジョーラは全く息が切れてない。こりゃあ強くなるはずだね。

 今朝の狼狩りの時からディアラもヘルミラもレベルが1上がっている。経験値の時給で考えると狼狩りほどではないようだが、この稽古でもレベルが上がるのは確認している。


 明日も狼は狩る予定なので、この分だと二人ともアリオを下すくらいにはなれるのかもしれない。


 しばらく観戦していると、二人が膝をついたのを機に、ジョーラが「そろそろ終わりにしようかね」と告げて、俺たちを呼ぶ。


「ご主人様、はあ……はあ……」


 二人とも立ち上がりそうだったので、いいよ座っててと気遣いつつ、タオルを渡した。


「結構仕上がってきたよ。やっぱり二人ともトミアルタ家だけあって筋がいいね。才能という意味じゃ、ヒーファよりあるかもね。もっと見てやりたいくらいさ」


 ふっふ。だろう?


「少しひねったか?」

「あ、はい。大したものじゃありませんけど……」

「うむ。名誉の負傷だのう」


 インがヘルミラに軽い回復魔法をかけたようだ。手首をひねったらしい。ヘルミラは槍よりも弓だもんな。

 ありがとうございますとお礼を述べるヘルミラ。


「ヒーファって、後任の予定だったダークエルフだっけ」

「ああ、実力は申し分ないんだけど、少々勇みすぎるところがあってね。あたしとしてはもう少し戦術を学んでほしかったところだから丁度いいよ。あいつとしてもそこのところは理解しているようだったから、ほっとしたかもしれないね」


 今のところダークエルフは女性ばかりなのでちょっと会ってみたいが、いつ会えるだろうか。


「これから飯を食いに行くんだろ?」

「ちょっとお世話になった人のところにね」

「ふむ。じゃ、あたしはどうしようかねぇ。ハリィたちが帰ってくるまで暇になるな」


 お、なら。


「詰め所にライリ……知り合いの警備兵がいるから、少ししごいたら? 切れ者なんだけど、賢さゆえか、ちょっとサボり癖があるんだよ」

「ああ、アリオと一緒にいたあいつか。なら……そうさせてもらうかな」


 ジョーラがニヤリと少々あくどい笑みを浮かべる。……させない方がよかったか? ライリ、頑張れ。



 ◇



 ヴァイン亭に向かう道すがら、姉妹に神猪と、調味料について訊ねてみた。


「カミイノシシやシンチョというイノシシは分かりませんが……ショウユとミリンはありますよ」


 お。インを見てみたら両手の拳を握っていかにも嬉しそうにしている。


「ようやった!!」


 インがディアラの背中を軽くバシバシ叩いた。ディアラは一応嬉しそうにはしていたが、俺に理由を訊ねるような目線を送ってくる。


「醤油とみりん作れたりする?」

「私は作れませんが……お母さんが。ヘルミラは作れたっけ?」


 お母さんか。里行かないとダメか。


「ううん。子供の頃に一緒に作った気がするけど覚えてないよ。……お母さんならまず間違いなく作れるかと思います」

「子供の頃か。現物はなさそう?」

「しょっちゅう食べるものではないので……ウルナイ様から伝わっている料理はみんなに振る舞うので残っているのか……お母さんに聞いてみないと分かりません。里の人の誰かが持っているかもしれませんけど」


 ふうむ。聞いてみないと分からない感じか。


 何か作るのですか? と、ヘルミラ。


「インが食べていた肉串があるでしょ? 肉の出所を探すのもそうだけど、肉串にかかっていたタレを作れないかなって来る前に少し話しててね。タレに使われているのがおそらくだけど醤油とみりんなんだよ」


 なるほどという顔をする姉妹。


「イン様はあの肉串がお好きですもんね」

「まあの。……やらんぞ?」


 ヘルミラは笑みを浮かべていたものだが、インはがっつり欲望丸出しだ。


「イーン……大人げないぞ。俺にだって少しくれたじゃないか」

「それとこれとは話が別だ! ダイチには味が分からねば話が始まらんからやったまでだ」


 肉串が美味すぎるのが悪いのだ、と腕を組んでそっぽを向くイン。いつもの頼もしいインはどこへいったのか。俺は盛大にため息をついた。というか、肉串は俺の持ち物なんだが……。


「そのうち味見させてあげるよ」


 二人にそう言うと、インがこれ以上もないかというほどの驚愕と絶望の混じった顔を見せたが無視した。


>称号「銀竜の手綱を握る」を獲得しました。

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