4-3 出立前日 (3) - 神猪肉と魔法試薬
話の流れで、神猪の肉串を取り出すのは当然の流れだった。
若干悩む眼差しを受けたが、「今後のためだしの」と言われ、俺も肉串を食べるのを許される。食い意地な。
肉串は、同じく労働者回復アイテムの「コーヒーセット」や「モリンガ入りクリームパスタ」と違って皿がない。肉が串に刺さっているままだ。
大皿とナイフとフォークを準備。大皿は手持ちの食器では、顔ほども大きさがある肉串が入らないので、ヘイアンさんに大皿を借りた。ナイフとフォークは先日ケプラで購入したものだ。
見慣れているので知っているが、神猪の肉串は焼いた直後のようにほのかな湯気が立っている。
湯気が運んでくるのは焼き豚に近い匂いなのだが、よくよく嗅いでみるとこれがまた上品というか、香ばしい。
豚肉の香りなんて真面目に嗅いだ記憶なんてあまりないのだが……こんなにいい匂いだったかなと思う。
焼き色も絶妙で、焦げ目も特にない。この分厚さで中にも火が通っている辺り、ただ単に表面に火を当てて焼きましたと言うわけでは当然ないだろう。
赤外線を用いたりとか、そういうレベルだ。ただここには魔法があるので、代替技術はいくらでもありそうではある。
また、焼肉の匂いと共にあがってくるのは、タレの香りだ。
いつも肉串を取り出した時にはなぜか思い出せなかったんだが、照り焼きのタレに近いようだ。
料理をしっかりと食べたのは、まだヴァイン亭とエリドン食堂だけだが、ここの食べ物は和風ではもちろんなく欧風だ。醤油やみりんは当然のごとく使われていないだろう。
チャーハンはいつぞやに食べたことがあるようだが……インが神猪の肉串、つまりタレに関して食べたことがないというのも分かる。
ナイフで肉串の表面を切り分ける。そんなに身は硬くないようだ。
一切れ目を切って、タレのかかっている箇所で二切れ目を切る時に、ちょっと視線を感じたが無視した。俺の手持ちなんだからいいだろ?
さて、実食だ。まずはタレのかかっていない方。
ん! うまっ……。なんだこれ。この肉超美味い。
豚肉だと思って口にすると、豚のあっさり感はそこそこに牛肉のような旨味がある。幸福神経を刺激される、あの魔性の旨味だ。
インがしょっちゅう垂らしているように肉汁もそれなりにあり、脂身もあるようだが、全然しつこくもない。咀嚼もそれなりに楽しめるし、完璧だろうこの肉。栄養価が気になってくるところだが……満点なんだろうな。カロリーは高そうだけど。
今度はタレのかかってる方。先にタレを指ですくう。
ああ、やっぱ照り焼きのタレだ。ちょっと感動は薄れたが、懐かしい味にほっとする。学生の時には照り焼きバーガーに一時期ハマったものだ。
てか、タレも大概美味いな……。控えめな甘さが上品だ。
改めてタレのかかった肉を食べる。うん、当たり前のように美味い。でも何度でも言えるなこれ。美味い。
強いて言うなら、しつこくない高級牛だろうか? ほんのり香草で香り付けされているのに気付いたが、全然肉の味の邪魔をしない。
安ビールともいけるだろうな。むしろ安ビールといきたい。ああ、飯がちょっと恋しいぞ。雑穀米がいいな。
「ふふん、分かったか? この肉の美味さが。けどもうやらんぞ?」
インがそう言って手持ちの肉串にかじりつく。たちまちインの小さな口に肉が放られると同時に周りにつく肉汁やタレ。
この世界の住人がもう少しでもインの美少女具合を分かるのなら、この美少女顔を物ともしないフードファイターっぷりを残念に思うのは間違いない。
というかあれだ、今度よだれ拭き?を買ってやろう……。
「いやあ、ちょっと驚いたよ。ほんと美味いねこれ」
「であろ? むぐむぐ……で、ダイチは再現できそうなのか? この肉串の味を」
「まず肉だよね。豚かなって思ったけど、牛感もあるし、普通の肉でないと思う。“かみいのしし”も、“シンチョ”っていう動物もいないんだったら、もしかしたら魔物の肉かもしれない」
「ふむ。イノシシの肉とは違うしのう」
「タレの方は材料があれば、再現できると思う。ここまでの味が出せるかは分からないけど」
「ほう! 材料は何なのだ?」
「醤油とみりんと酒と砂糖だよ。混ぜて煮たらできる」
「砂糖と酒は分かるが、うーん……ショーユとミリンは分からんな。作れるのか?」
俺は首を振る。
「醤油もみりんも調味料なんだ。俺の世界の人間なら、だれでも知ってる調味料だけど、皆出来ているものを店で買ってる。一から作ろうという奴は、まずいない。料理好きなやつとか、作り方知ってるのはいると思うけど俺はちょっと分からないよ。てか、砂糖あるんだね」
「あるぞ。高級食材のようだがの。フルが茶に入れてよく飲んでおる」
フルは白竜のことらしい。茶を飲むってことは、割と人化はするのかな? まさか竜の状態で飲まないだろう。
ともかく、ということは、足がつかないのは肉と醤油とみりんか。……ん、でも味噌汁があるなら醤油もあるんじゃないか? それに醤油は大豆から作るんだった。ここではソイビンだっけね。
「醤油とみりん、いけるかもしれない」
「ほう?」
「ディアラたちが味噌汁作れるって言ってただろ? 醤油とみりんは、俺たちの料理で味噌と同じぐらい使っていた調味料なんだよ。だから製法が伝わってるかもしれない。仮に俺たちの故郷の人間がきてたのなら、伝わっていないとおかしいというレベルでなじみ深い調味料だよ」
「ほほう。では、稽古から帰ってきたら聞こうかの。もしあるなら、あやつらの里が目的地だのう。その道中で、この肉の出所を掴めれば完璧だの!」
インが頬張った肉も、口から飛ぶ肉もそこそこに旅の目的を高々と掲げる。
「俺の旅の目的は神猪の肉串作りじゃないんだけどね?」
「よいではないか。カンコウとやらもいいが、景色で腹は膨れぬ! しかしわくわくするのう! 料理のために各地を巡るなど考えたこともなかったからのう」
ま、旅は楽しい目的が多い方がいいよね。
◇
スヤァ……な幸せそうなインの寝顔と寝息を後ろに、テーブルで「錬金術の始め方 2巻」を開く。
前回は魔力を錬金台に注ぐだけの魔力制御の練習だったが、今回は実際の製作だ。作るのは、「魔力浸透液体試薬」という、錬金術における基礎的な素材。
魔力浸透液体試薬は、魔力浸透粉末試薬と共に、錬金術においては必須の素材らしい。
実際にこの本に載ってる初心者用レシピの材料にも、必ずどちらかの分量が記載されている。
魔力浸透試薬は、「魔法試薬」というものにカテゴライズされるらしいが、その名の通り、付与する魔力の浸透をよくするために用いられるらしい。
なくても作れなくはないのだが、出来にだいぶ差が出て、さらに失敗の確率が上がるとか。
この場合の失敗とは、効果がほとんどないものが出来上がるのはもちろん、「異臭」とか「引火」とか、下手をすると前回インがしたような「爆発」だそうなので、正直シャレにならない。
大言壮語な著者のアモン・ハーバリ氏曰く、「魔法試薬を作らずして錬金の道大成せず!」だそうだ。
別に大成する必要はないんだけどねと内心でツッコミを入れつつ、とにもかくにも単なる練習なので、ありがたい言葉通りにレシピと手順通りに材料を入れることにする。
フラスコにマジア草乾燥粉末を入れ~の~。
三等級魔石粉末小瓶の半分を入れ~の~。
塩を二つまみ入れまして。
最後に下で買った水をフラスコの最初の目盛りまでっと。
ちょっと楽しくなってきた。
日曜大工というほどではないのだが、この世界に来る前の俺は、軽いDIYが趣味になり始めていた。
ガジェット製品をあれこれ見るのも楽しむようになっていたし、オンゲを卒業して年を取ったらちょっとした物作りに精を出していたのかなと思ってたりもした。
クライシスの錬金術は実際に触れないのはもちろん、「素材をカーソルで選択して出来るのを待つ」だけだ。
当初こそはまったが、途中からランキングを目指していかに大量の素材を確保して、いかに長時間の作成放置をできるかの思考になったので、とても物作りとは言えない代物だ。
まぁ、素材確保のための狩りは普段目にしないようなレアMOBと戦うのも多く、観光的にクライシスの世界を堪能したりもして楽しかったんだけどね。
ちなみに話を戻して、水を《
素材を入れたフラスコを、市場で買ったスプーンで軽くかき混ぜる。混ぜると液体が青みがかるとのことだが……うん、なった。
これであとは魔力を注げば完成らしい。
錬金台に描かれている丸い銀色の円に人差し指をかざす。この際、指先と円環は、円環に触れるか触れないかくらいの距離を保つのがいいらしい。
ゆっくりと魔力を指先に集め、円環に少しずつ注ぐ。やがて円環が淡く光り、そしてフラスコの中の液体もうっすらと光を帯び始める。
フラスコの中にはマジア草の粉末が浮いていたが、少しずつ溶けていく。
不思議なもので、1分も経たないうちに、フラスコの中身は綺麗な無色透明の液体になった。いや、よく見ると液体はちょっと輝いているようだ。
本にも同様に「無色透明になり、輝きを放つようになったら完成」とあるので、どうやら出来たらしい。
感動もそこそこに、飲む物じゃないし出来たか分からないな、と思っていると、ウインドウが出てくる。
〈 魔力浸透液体試薬(高純度) ー 錬金術作成において基本的な材料の一つ。高純度のため、従来品の5倍の価値と効果がある。 〉
高純度? ……ああ、“俺の魔力を注ぐ”んだからそうなるか。俺の魔力は石を魔鉱石に、雑草を霊薬と同等の薬草に変えてしまえるのだから、当然の結果だと言える。
ちなみにスキルの《錬金術》は、スキルポイントの節約と楽しむことを理由にまだLV1だ。LV10にしたらどうなるのやら。
それにしても高純度なのは正直困る。
5倍ってことは、1/5にしなきゃならないってことでしょ? 単に1/5に薄めればいいなら話は簡単なんだが……きっと違う。俺の魔力が一般的な物差しで計れるものであるはずがない。
魔力浸透試薬はさまざまな魔法道具の材料になる。分量はきっちりかっちり守って作りたい。
材料もあるので、もう2,3個作ってみる。今度は魔力の付与を控えめに。
――結果、だいぶ抑えたつもりだったんだが、3倍の効果までしか落ちなかった。
うーん……ダメか。魔法試薬は買おう。出来た魔法試薬は高純度だしいつか何か役に立つかもしれないと思い、魔法の鞄にしまっておいた。
でもあれか。術者の魔力に結果が左右されるなら、腕のある錬金術師っていうのは同時に凄腕の魔導士でもあるのかもしれない。
ヒルデさんはかつてティアン・メグリンドについて聞いた時、「どんな魔法が得意か」を聞いてきたけど、そういうことか。
魔力屋も、魔力が極端に少なかったりする魔導士としての腕はあまりない錬金術師が利用したりするのかもしれないね。
錬金術の始め方を読みつつ、現実の俺がかつて過ごしたことのないほどのどかな午後を過ごしていると、頃合いかなと思い、錬金術グッズを片付ける。
「……ん、あやつらを迎えに行くのか?」
部屋の戸を開けるとインが起きた。
「うん。来る?」
インは思いっきり伸びをした。
「んー……! ……うむ、行こうかの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます