4-2 出立前日 (2) - 料理戦法
「切り口がほんと綺麗……」
「うん……テオドルおじいちゃんがやったみたい」
ディアラとヘルミラの二人がまじまじと俺が切った狼の死体を眺めている。
二人が見ているのは主に傷跡なんだろうが、もう少し狼の死体に何か思うところはないのかと、思わなくも……なかったのは昨日までの話だ。
特にそれは洗濯の時に痛感した。
狼を狩ってたら、返り血で服装がひどくならないか。俺の疑問は、インの呆れ果てた『当然だろう?』で一蹴された。
なので俺たちの狩りの時の服装は狩り用の服。黒に近い濃緑の服で、血の跡があまり目立たない色のやつだ。
ただし、匂いはつく。大した値段でもないし、ひとまず三日しか使わない。だから使い捨てにでもしようと思ったんだが、二人からは少々遠慮された。まあ、二人のための訓練だったので気持ちは分かる。
一緒に狩るし、俺だけ清潔なものを着るのもどうかと思ったので、狩りが終わってから《
ミュイさんのことだからてっきり渋面を寄越すかと思っていたんだが……
「おや、今回は戦闘用ですか。綺麗にされていますね。少しいただく代金が増えますが、よろしいですか?」
とくる。多少しかめ面を見せたが、それは抵抗感を覚えたというより、血や匂いを落とせるか判別しようとする服屋の顔、といったところだった。
安心半分、意外に思う半分で、割とこういった血生臭い衣類の依頼がくるのか訊ねてみると、
「うちで頼まれる方はたまにですけどね。染み抜き屋の方では、ほとんどが血や泥の除去ですよ。稀に血で真っ赤に染まったものや、魔物の棲家にでも行ったのか鼻のまがりそうな臭いが染みついたものを出す人もいますね。うちでは、商品の服に匂いがつきかねませんので、できれば一度水洗いしてもらうようお願いしてますが。……まあ、汚れ具合の分料金を取れるので、染み抜き屋の方では是が非でも請け負うようですけどね」
とのことだ。貴族たちは当然使用人がやるし、ケプラ騎士団の団員たちも自分たちでやるそうだ。
垣間見た、俺の中では現代人に近い男上位に君臨していたミュイさんの血への耐性全振り具合は、不殺戦法を取り、手合わせばかりだったのもあるが、これまでの俺の戦いがいかにクリーンだったかというのを思い知らされたわけだ。見直したよ、ミュイさん。
みんな大なり小なり、本当の意味で、日々血を浴びて生き抜いている。
知らないのは俺だけ。子供だって家畜の解体をやすやすとするらしいのは、市場の肉屋でいくらか察していたというのに。医療従事者でもなし、血なんて見ないからなぁ、基本的に。
この辺りの心境を昨日吐露したら、インに盛大に笑われたのは苦い記憶だ。
「ダイチは血がちょ~~~っと苦手だから気を遣ってやるのだぞ?」
と、姉妹二人にからかいを存分に含んで言っていたのは、最初こそいい気持ちはしなかったが、今となっては、まあいいかなと思ったりもする。
二人が《水射》で真っ先に俺の手や短剣から血を流そうとするのは、嬉しかったりするからね。気遣われるだけでも気が楽になるし、隠してばかりの俺の現実や内心を一つ、二人と共有できるしで。
ちなみにもちろん「血が嫌い」の称号ももらっている。好きな奴なんていねえよ、とつっこんだのは言うまでもない。この世界でも血が好きな狂人の類はいるらしいんだけどさ。
「あんまり見てると狼が化けて出るよ?」
とはいえ、死体を眺めているのはいい絵では決してないので、二人にそんなことを言ってしまう。あんまり見ちゃいけません。
「……それは、嫌ですね……」
ディアラはいかにも嫌そうに狼の死体から離れた。
「お姉ちゃん、
「むう……」
適当なことを言ったんだが、この世界でもゴースト系の魔物はいるらしい。
クライシスでももちろんいた。犬系は確かイベントMOBを除くと、ゾンビ犬と死霊ケルベロス、そして見た目は実体があるのだが実はゴースト系だという犬系の魔人カニス・アララーニの3種類くらいだったか?
二人曰く、死霊犬とは、低級のゴースト系の魔物で、墓場ではちょくちょく見かけるのだとか。
こちらから何もしなければ何もしてこないのだが、敵対行動を取ってしまうと追いかけまわされ、もちろん物理攻撃も効かないのでそれなりに厄介な相手らしい。墓場から出ると追ってこないらしいけども。
ちょっと見てみたい気もする。幽霊は見たことないし、なにより血も臓器も出ないしね。倒したらフワーってかき消えるのだろう。
「テオドルおじいちゃんって?」
「テオドルおじいちゃんは、……あ、私たちと血の繋がった人ではないのですが、動物の解体が上手な人だったんです。あまり詳しくは分かりませんが、解体が下手だと肉の味も落ちるそうです」
それはリアルでも聞いたことある気がする。
「里で一番強かった人も切り口が綺麗だって褒めてたんですけど、テオドルおじいちゃんが切ったのとご主人様のものは切り口が似てるんです」
ふうん?
「まあ俺は動物の解体できそうにないけどね」
「でも解体できたら、きっとおいしくなりますよ。イン様も喜ぶかもしれませんよ?」
「うーん……」
考えとくよ、と苦笑する。
「はい」
死体は見慣れたが、臓物と血管にぎにぎや、首ちょんぱはなかなか気が進まない。
◇
狩りを終えたので、持ってきていた2匹の狼の死体の脚を縛った。ヴァイン亭の献上用だ。
それから二人に用意していた予備の服装に着替えさせる。もちろん俺もだ。
脱いだ衣服は血や泥や草葉や種子なんかを《水射》で落とし、《
衣類と皮の防具は分けてそれぞれバッグに入れる。バッグは以前買ったエコバッグ的な麻のトートバッグを新たにこれ用に購入した。防具の方は若干かさばるので、大きな麻袋に入れてかつぐ。麻袋は詰め所の人が貸してくれた。
献上用の狼を入れた別の麻袋はヘイアンさんが貸してくれたものだ。ヘイアンさんが自分でさばくらしい。
ついでに、俺たち自身にも《微風》をかけて、匂いを少しでも取っておく。
ミュイさんのことを潔癖症だと当初は思ったが、俺たちも大概変わらないなと思う。とはいえ、防具の手入れ方法に関してはみんなやっていることだそうだ。
二人の皮の防具は、脚、腕はケプラのハライさんの店のもの、胸当てはヴェラルドさんの店で購入した皮の防具を使っている。
胸当てはオーダーメイドではなく、ちょうど子供用のものがあり、二人にぴったりだったのでそれを購入した形だ。ちなみに残念ながら、ガルソンさんの言っていた例のエルフの話はヴェラルドさんに口を閉じられてしまい、聞けずじまいだ。
なお、能力的に必要ないし、動きにくそうになりそうだしで俺は防具はいらないと言ったんだが、二人の強い要望があって俺も皮の胸当てだけはつけている。
二人のものはあった反面、俺に合うものはヴェラルドさんの店になく、三日要して作らなければいけなかったので、詰め所の訓練用のものを借りた。ぴったりだが、汗臭いのが辛い。
俺たちは村に戻って、ミュイさんにバッグごと服を渡した。今回からバッグも無料で洗ってくれるとのこと。理由は分からないが、ありがたいことだ。
「これからジョーラと稽古でしょ? 疲れない?」
「大丈夫です!」
「そっかそっか」
コルヴァンの風を出てそう元気いっぱいに答えるディアラ。出会った頃の頼もしかったが硬くもあった面影はもうあまりない。ようやく本来のディアラに戻ったんだろうかと思う。
ヘルミラがくすくすと笑う。最近はむしろヘルミラの方が落ち着いているように見える。姉と妹、すっかり立場逆転だ。
それにしても、こんなに体力ある子たちだっけか。俺もステータス的に体力はあるようなんだが、気持ちの方の体力はあまり多くはない。狩りの後はベッドにダイブして少し脳を休めたい気持ちになる。
こうなんか、ジャジーなものやセンチなものなどしっとり系の音楽でも聴いて何をするでもなくベッドに寝っ転がりたい感じだ。
実際にこれは、昔気持ちが落ちるとよくやっていた俺のリラックス方法だ。残念ながらここではその半分しか実行できないのだが。ベッドはあるが、音楽は楽団を待つしかない。
「じゃあ、頑張ってね。晩御飯はガンリルさんのところで食べるから適度にね」
ヴァイン亭の前でディアラたちと別れる。ジョーラたちとの稽古は、詰め所で行うからだ。
ガンリルさんのことは、……実はすっかり忘れてた。だから今日。
明日俺たちはメイホーを発つしね。
「はい!」
「ご主人様を守れるようになってきます!」
人目も気にせずそんな嬉しいことを言う二人に手を振って宿に戻ると、ヘイアンさんがカウンターに呼んでくる。呼ばれるがままに床に麻袋を置き、ヘイアンさんには狼を渡して、席に着く。
裏に狼を置いてきたヘイアンさんは奢りだと言って、俺がよく飲む
「二人ともすっかり懐いたな」
俺たちのやり取りを見てたようだ。
「その言い方だとなんかペットか何かみたいですね」
「そういうつもりじゃないんだが、まあ傷ついてたのを拾ってきたのは事実だろ?」
「確かに」
俺が納得したのに気をよくしてか、ヘイアンさんが高らかに笑う。
食堂はそれなりに騒がしいが、ヘイアンさんの笑い声はよく通る。かといって誰かが注視するでもない。時々会話に割り込んでくることはあるけれども。なんにせよ、平和で騒がしい、いつものヴァイン亭の様子だ。
実際そうなんだよな。まぁ、拾ってきたのは事実だけど動物でもないし、拾ってきたというか、助けたんだけど。
人間と動物の中間である亜人族がいて、500Gを払えば絶対に破られない主従関係を簡単に結べる奴隷制度があるこの世界では、俺が考えるほど拾ってきたという言葉の重みはないんだろう。安易にペットと呼ぶかどうかは別として。
「明日発つんだろ? 寂しくなるなぁ」
「そうですね。色々とお世話になりました」
「そりゃあ、お互い様だよ。というか、ニーアのことや魔狼肉のこともあるし、俺らの方が世話になってる気がするが」
そんなことないですよ、と言いつつ、他にも姉妹にジョーラにハリィ君たちに。気づいたら色んな人に恩を売ったんだなと改めさせられる。ちなみにニーアちゃんは宿泊客の馬に餌をあげてるらしい。
「なんだ、ダイチ君行っちまうのか?」
「ええ、まあ」
二つ離れた席にいた、ヘイアンさんほどではないがガタイのいいおじさんが横に来る。首から下がっている、ちょっと派手なドロップ型の赤い紅玉が光った。
ジョーラたちが目立つこともあってか、警備兵を中心に、村の中では以前にも増して声をかけられるようになったが、彼は覚えてない顔だ。とはいえ、こちらが覚えようが覚えまいが、彼らは気さくに挨拶してくれる。
「どこに行くんだい? やっぱケプラかい?」
「はい。その後の予定はまだ未定ですが」
ディアラたちの里を擁しているフーリアハットが目的地の一つだが、だいぶ遠いので、第一目的地にはしていない。
とりあえずケプラに向かうが、ケプラ周りを探索したり、王都に行ったり、当面は当初の予定と変わらず世界を知るという名目の観光だ。
もちろん、俺を錬成し、召喚もした、ティアン・メグリンドの手がかりを探しつつ。
「やっぱそうだよなぁ。ケプラは若者の街でもあるからな。ケプラへ稼ぎにいき、商売が上手い奴は王都に一旗起こすのを考える。ここらで生まれた奴はそれが通例よ」
まぁ、話を聞いている感じ、この村の雰囲気的にも、そんな感じは俺も抱いている。
「寂しくない?」
ステラさんが後ろからやってきて、不安そうな顔で俺の肩に手を置く。
「インやディアラたちもいますから」
「そう? 私は時々あなたと話してると、年の近い弟と話してる気分になるわ。特に放浪癖のある、ね」
色々と鋭いなと思う。俺はステラさんの五つ下だ。
……いや、リアルだったら四つになっていたか? 俺はこの世界でひっそりと三十路を迎えてしまったようだ。
放浪癖はどうしようもない。幼い頃から国内外問わず各地を回り、出会って別れてを繰り返していた日々の清算を俺は未だに出来ていなかったのだから。
清算の方法は、色々とある。
「同窓会に出る」「実家に毎年帰る」「家庭を作る」の万国共通の社会的人間育成の三つの方法から始まり、帰国子女であればこれに「仲間と飲み会で騒ぐなり遊ぶなりする」「外国に移住をする」が挙げられる。
前者は憂さ晴らしと日本の友人との絆の育みであり、後者は帰国子女特有の感性をぞんぶんに生かしたものだ。
俺はどれもろくにせずに、「MMORPGをしていた」。ゲーム以外にも色々とやってたけど、なんだかんだ10年プレイヤーだった。
ゲーム内では確かに毎日のように飲み会のような騒ぎがあり、俺が持ち得なかった実家のような安心感を抱きもして。
クライシス以前にハマったオンラインゲームでは俺が心のどこかで求めていた“優しい世界”を作りもしたが、リアルの俺といえば、いつまでも変わらずに根無し草でいた。人にも土地にも執着心はないままだ。
元彼との別れも連絡がぱったりなくなったという、よくあるといえばよくあるんだが、実にあっさりしたものだった。俺は何の疑いもなくこれを大人らしい別れだと診断した。
リアルの方の飲み会は時々は出ていたし、同僚や、小林君や東君なんかの変わり者の仲間もできた。
でも俺はいつもそんな自分を背後から眺めていた。氷ほど冷たいわけではないが、なにかを諦めきった無機質な表情で。俺はいつも“そんな彼がいること”を半ば嘆きつつも、“彼がいつもそこにいること”に安堵している節もあった。
林檎酒の水面には若い俺の顔が映っていた。別に昔に戻りたいとかは特に思ったことはない。
「否定しないのねぇ。生粋の旅人ってわけね」
気持ち疲れの伴う狼狩り後だからか、少し黙考してしまった俺の顔色をうかがっていたステラさんがそんな言葉をこぼす。
生粋のというと、肯定的だが、旅人の悲しい部分を持っているのは間違いない。
「ハメルンのように?」
「そうね。ハメルン様のように」
ステラさんが微笑み、俺の頭を撫でてくる。
あまり慣れてはくれないが、この世界での俺は高校生くらいの年なので、この扱いは極めて正しい。弟のような、という言葉も同じく。
……色目を使われた方が楽だなと思う。
「ま、いつでも帰ってこい。お前さんがそう思っているかは分からないが、ここが故郷だってんなら、歓迎するぜ?」
「ありがとうございます。いい村なので、正直既にそう思ってます」
そうかそうかと、ヘイアンさんに肩を何度か叩かれる。少し痛、くはないんだが、振動がすごい。
◇
「ただいま~」
「犬臭いぞ、ダイチ」
「仕方ないよ、狼狩りしてたんだし」
インは起き上がり、口を突き出して面白くない顔をする。その顔を横目に、俺はベッドに重力に任せて倒れた。
インは俺たちの狩りには付き合わず、部屋で寝ている。
昨日は狼狩りを教えてくれたジョーラとハリィ君ともども少し一緒にいたが、すぐに帰った。理由は単純明快、つまらないからだそうだ。
もしレベル上げの様子が、もう少し敵のレベルが高く、危険も伴い、かつ魔法もスキルも駆使してのものだったら、インは主力兼補助魔法役として重宝しただろうし退屈もしなかっただろう。
だが、実際のところはLV10前後の狼相手だ。
俺の情けない内心はさておき、危険は全くなく、ディアラたちもかつての仇敵に対して槍を振るい弓を射って時には身を翻しつつ大した傷も負わない。
俺がはじめはマップ情報を駆使したり、時々石を投げてフォローしていたこともあるが、あの時の苦戦は空腹だったからとは姉妹の言葉で、レベルが上がり対狼戦慣れした今となってはほとんど助勢の必要がなくなってしまった。俺ですら手持無沙汰気味だしな。
「だらしないのう。たかだか犬風情に……。あの二人の方が何倍か逞しいぞ」
「否定しない……言ったけど血を見なくて済む世界だったんだよ。生き物の生き死にが、ここよりも遠い世界だった」
「はあ……。平和な世も考えものだの。人の子をここまで惰弱にさせるんだからの」
さもありなん。調べたらネットにいくらでも転がってそうな話題だね。
「平和な世もいいことあるよ。特にインにとってはとてもいいことが」
「ほう。なんだ?」
俺は寝たまま、インに向けて人差し指を立てる。
「美味い肉が食えること! 料理の腕は確実に俺の世界の方が上だよ。平和になれば、男たちは戦いにかける時間や情熱を料理にかけるからね。ついでに敵国の王様の舌も奪えれば、次の戦争の被害も回避できるし」
反応がないので怒っているのかと思いちらりとインの顔を見てみると、インはぽかんと呆けていた。
そして突然笑い出した。
「あっはっは! それもそうよのう! 前からそうだったが、お主は時々面白いことを言うのう」
若干の名誉挽回とばかりにイキって言ってみたものの、呆れられるのを予想していた。そんなに面白いことを言ったつもりはないんだけど……後半は適当だし。
「確かに平和になれば料理の腕もあがろうな。ムタの奴も似たようなことをほざいておったな。くく……、兵に訓練ばかりさせる奴らにダイチの言葉を聞かせてやりたいのう」
「兵力は抑止力という意味でも大事だと思うよ?」
「うむ。そうだの。しかし美味い料理で戦争の被害を回避しようとは誰も考えん。料理は元来武器でも兵でもないからな。ダイチは参謀になれるのではないか?」
インがニンマリと顔を覗き込んでくる。楽しそうだ。
歴史は詳しくないんだが、王族の好きな食べ物の産地だから料理が美味いからと戦争の被害を最小限に抑えられたケースは結構あった気がするけどなぁ。まぁ、王様の舌を奪うとは言ったが、小国領地の小競り合いとかならともかく、世界大戦クラスだとさすがに厳しいだろう。
「俺が参謀になってるなら、俺の世界の人間の大半は参謀だねぇ」
「謙遜をするでない。この世界におることが大事なのだ。ダイチの世界の人間はここにはおらん。ま、運が良ければ会えるかもしれんがの」
むう。ハリィ君やジョーラの立派な喋りを見た上での素直な感想なんだけどな。
>称号「奇策家」を獲得しました。
>称号「謙虚な賢人」を獲得しました。
奇策ねぇ。
「のう、ダイチ。七竜は何のために在るか、知っておるか?」
「唐突だね。……結界を張ってるし、人を……人や亜人を守るためでしょ?」
「半分正解だの。七竜は確かに人の子らを守る盾でもある。我ら七竜が最大の魔力でもって結界を貼ったのなら、世界を破滅に陥れる魔人の攻撃なぞも容易くはねのけてくれようぞ」
最後の方は少し力が入ったようで、若干竜モードっぽくなった。
とはいえ、フラグっぽい発言のようにも感じてしまい、微妙な心境にもさせられる。
別にいまさら失礼だとかはさらさら思っていないんだが、身を起こして聞く体勢を取る。
当然だが目の前には竜ではなく、村長と話していた時と同じように、いつもの中学生にはいかなさそうな外見年齢の割には大人っぽい雰囲気を漂わせているコスプレちっくで妖精少女なインがいた。
「しかし我らは人の子らの戦いには加勢はせんし、起きてしまった戦争をどうにかしようとはせん。人の政の道具と武器になることを、七竜の協定は禁じておるからな。ま、ゾフが、ああ黒竜のことだの。かつてエルフたちに請われて力を貸したように、助力することは稀にあるのだがの」
七竜の協定は誰が作ったんだろうか。協定を結ぶにしても、七竜相手だし、人ではないような気がするが。
「ゾフはなんで助力したの? ジョーラの時はインは力を貸さなかったのに」
そう言ってから、俺がインがジョーラの治療してくれなかったこと結構根に持ってたんだなと気付かされる。聞こうとは思っていたけれども。
「ゾフはちと寂しがりなところがあっての。意外と義理堅いところもある。あやつは私らとは違って、少々身動きが取れん奴でな。エルフの者と一部の者に時折援助を受けておるくらいだ。……一方で、奴には我らは日頃からよく助けられてはいる。奴のわがままの価値は高く、そして奴自身はめったにわがままを言わん。なので、奴がエルフの奴らを助けたいというわがままをむげにすることはできんかった。……ゾフのことは別に、たとえエルフの一派が滅ぶとしてもそれだけで助力する理由には至らなんだが、我らは時に人の世に七竜の力を示していての。そろそろその機会ではないかという意見が挙がったのだ。ま、タイミングも良かったのだな」
種族が滅ぶ瀬戸際でも動かないのか。さすが竜というか、人知を超えた存在というか……。
てか、ゾフが助けなかったら、エルフが壊滅的打撃を受けていたかもしれなかった上に、ダークエルフという存在が生まれず、ディアラたちと会えなかったことになるのか。ゾフに感謝だな。
「ゾフの人徳じゃない?」
俺の中でゾフの株が爆上がりしたので、少し意地悪な言い方をしてみる。
「そうだの。それもあろうな。……ジョーラを助けなかったのはな。現し世への影響が濃いからだ。奴は七星の大剣。しかも、奴がアトラク毒にかかり、死を目前としておることは他の七星も知っておった。ジョーラの一件は陰謀のようだからの。地位のある者は多く陰謀により死ぬものだ。こう言うとお主は嫌に思うかもしれぬが、珍しいことではない。ジョーラも覚悟はあっただろう。決して愚かな武人などではないからな」
まあ、そうだな……。
「……それにだな。ジョーラがどのような人物であれ、アトラク毒を治療したことはいずれ判明する可能性が高い。発症したアトラク毒を治療することは、そう出来ることではない。メイホーに来ていて場所が割れている以上、安易に手を出せば、私への疑惑がのぼる可能性は高い。……疑いを持つのは人の子かもしれんし、我ら七竜のうち誰かかもしれんが、まあ、よくないのは人の子であろうな。我らが手を出すということは、大きく現し世を変えるという意味でもあるからな。であれば、我らは黙す他ないのだ」
ずいぶん慎重にも思えるが、人の世に手を出さないのなら、そういう決断になるか。
そんな風にはあまり見えなかったが、インはしっかりと考えていたものらしい。
「そもそも、我ら七竜が、人が死を迎える度に蘇生をしておったら魔力がいくつあっても足らん。……それに、死せぬ人の子ばかりの世はなんという世であろうか? そもそも死を迎えぬ人の子を人の子とは呼ばぬだろうな。そのような者どもを加護し、そして愛してやれるだろうか? 私にはわからん。……私は、ジョーラを助けたい気持ちがなかったわけではないからな。事実、協力してやったであろう?」
インがうかがうように、怒っておるのか? と聞いてくる。
「若干不快感を感じる部分もあったけど、分かる部分もあった。でも話の次元が違うと思ったよ。というか、情報量が多いので少し整理中」
インが素直だのう、と軽く笑う。まあ整理と言っても、整理のしようがないのが正直なところで、インが超常の存在の一柱であるという現実を改めて容認するための脳内アプデに、俺の人としての良心やら常識やらが邪魔をして少々時間がかかっている、といった具合だが。
七竜全体や、七竜の中でも、といったことはともかく、インが七竜の身でありながら俺に歩み寄ってくれているいい奴という認識は間違っていないとは思っておきたい。
しばらくして、整理は済んだかと訊ねてきたので頷いた。
「で、だ。話は戻るが、七竜、つまり七竜の協定はだな、世の平定のために存在しておるのだ」
「平定?」
「うむ。さっきは七竜が戦争に参加せんと言ったが、暴虐の限りを尽くす輩や、魔人などの人の子でない邪悪な者どもにより、七竜の自領が甚大な被害を被った場合はこれに限らん」
「魔人か」
「もしくは、件のディアラたち姉妹の里を襲ったダークエルフのような存在だの。そのような場合、我らは加勢するか、迎撃するのだ。自領と信徒たちを守るためにの。ま、そんな毎回は助けんがの」
自領を襲ったのが、他の七竜の信徒であった場合もきっとあっただろう。
その時はその七竜と直接話し合って折り合いをつけたりしたんだろうか。そうでない場合は。
「……しかし人の世の政は、50年、早くて20年か30年かで国の担い手が代替わりする。1000年を生きる我らにとってこの周期は短く、一方で戦いの数はことのほか多く感じられる。我らは相次ぐ戦いに疲れ、飽いておるのも事実だ。為政者どもの中には我ら七竜を戦争の道具としか見ておらん者もおったしな」
まあ……中にはいるだろうな。千年なんて途方も知れないよ。
「戦いの後は屍ばかりで何も残らぬ。せっかく建てた家をまた一からせっせと建てるのと同じだ。しかも以前より良い家かというと、必ずしもそうではない。……『平穏と和睦の為の礎となれ』と協定は言うが、我らはこの取り決めと決して消えぬ人々の破壊欲の数々にいつも眉間に皺を寄せておる。……だからこそ私はな、屍を決して作らぬ“美味い料理”で戦争をなくそうと考えたお主の考えには天晴れだと思うたのだ。戦争はなく、家は崩されないのだから、より大きく頑丈で、そして立派な物になるしかないであろうからな。お主はさほど自分の考えを特別視しておらぬようだが……その姿勢は実に尊い。自分に力がつくにつれ、謙虚さが消えぬ者はそうおらんしな。それになにせ、あの猪肉の肉串を存分に堪能できる世界の者の考えだ。これほど説得力のある策もない」
最後ちょっと本音出てないか? と壮大な文言の最後の最後で思わず出た脳内ツッコミだったが、インは実に晴れ晴れとした顔をしている。
戦争を千年も見てたらそりゃ嫌にもなるよな。……というか、俺が最初に料理の話を振ったんだったか。
「いや、あの肉串は、俺の世界でもあったかは分からないよ」
「そうなのか? ではなぜ持っておるのだ?」
「それは……」
ゲームの中のアイテム、それもそのゲームの中に俺がいるかもしれないって、説明しづらいな。
インは紛れもなく息をしている。インのリアルは、ここだ。それが幻だと言うようなものだ。
インほど知的なら受け入れることもあるかもしれないが……俺の方が、今の現実を少々受け入れがたい。
「……ま、似たようなものはあるのであろ。でなければ、かの肉串が在る説明にならん。七竜が一柱の銀竜をこれほど虜にさせるのだ……さぞ苦労の果てに出来たのであろう。……しかし末恐ろしいな、平和な世になればこれほどの食べ物がごろごろしているとは。早くに武器を捨てさせねばなるまいて……」
インが熱心に考える素振りを見せる。
まあ、いいか。平和な世の中がいいのは事実だしね。
いっそのこと、クライシスの料理人か労働者管理人辺りの
そうしたら、労働力回復アイテムのレシピが分かるかもしれないし、分かれば大量生産も夢じゃないだろうからね。
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