3-15 死線採集 (1) - 診断と帰省


槍闘士スティンガー部隊所属のアルマシーであります! お見知りおきを! この度は」


 ジョーラが分かった分かった、と西門の厩舎からだいぶ離れたというのに、厩舎の近くにいる人間を振り向かせた雄々しい大声を響かせた部下の自己紹介を制する。


「このでかいのがアルマシー、横のがディディ、最後がハムラだ。どいつも私の頼もしい部下たちだ。しばらくの間だが、仲良くしてやってくれ」


 簡潔にしたもんだ。らしいといえばらしいのだけど。

 俺たちがよろしくと言う前に、アルマシーがやはり大声で「はい!」と遮ってくる。


 部活か。

 まあ、こういう性格の人はしっかり夜露草を探してくれる人材だとは思うんだけどさ。


 体が大きくジョーラよりも背の高いアルマシーは、門兵よりもずっと丈夫で上等そうな金属鎧を着こんでいる。体格はいいのだが、鎧分を加味しても少し太い。

 大きめのサイズの顔、刈り込んだ短髪、爽やかな笑顔を作れるであろうよく動く表情筋と少し張った果実のように瑞々しい頬。暑苦しいのは苦手だが、素直そうな人柄は好印象が持てる。

 さきほどまでアルマシーは馬を触っていたのだが、彼の馬にはランスと逆三角形の盾が下がっていた。タフそうだし、槍系のタンカーなんだろう。馬の体格がいい辺り、彼を乗せるための馬なのだと推測ができた。


 アルマシーの横に立つのはディディというジョーラと同じくらいの背丈の男だ。

 体つきはアルマシーに及ばないが、それでもリアルの俺を軽く吹っ飛ばせそうな腕の太さがある。目つきが鋭く、賢そうで、戦闘方面ではなにかと頼りがいがありそうだ。

 胸当てはアルマシーと同じく、上等そうな金属を使ったものを装備しているが、手足は革製だ。何の革かは分からないが、模様的に爬虫類系のものと思われる。

 別にジョーラが槍を使うからといって全員槍使いとは思っていないが、長剣を提げているので剣使いなのだろう。


 三人目のハムラは、体重55キロほどだったリアルの俺ほどではないにしても、二人に比べると見劣りする頼りない体つきだ。

 ただ三人の中では一番顔立ちが整っている。焦げ茶色の髪は多少伸ばしているし、二人とは違って雰囲気が緩いので、現代にいてもあまり違和感がなさそうだ。

 そんなハムラは裾に刺繍の入った豪華な薄いライムグリーン色のローブに植物のツタで覆われた杖と、魔導士系らしい。ローブの下には一応ディディのと似た胸当てをつけている。戦力としてではなく採集要員と聞いているが、支援や回復魔法が使えるなら頼もしい存在だ。


「少しいいでしょうか」


 アルマシーで和んだ場に、軽装の剣士スタイルのディディが意見してくる。

 言動が分かりやすいアルマシーや緩い雰囲気のハムラとは違って彼は表情が硬い。何を考えているのか、実際にどのような人物であるかはまだ検討がつかないが、彼だけは俺から目線を外さなかったのは分かっていた。


「アルマシーやハムラはともかく、俺はジョーラさんをしのぐ腕を持つというあんたに懐疑的だ。悪いが、俺をもしのぐ逸材だとも思えない。少し……してくれませんかね」


 そう言ってディディは右手を剣に添える。正直俺も未だに自分自身に対して懐疑的だよと内心でディディの意見に同意する。

 おい、言っただろう? とジョーラがため息をつくが、当の本人は相変わらず俺から目線を離さず聞き耳持たないと言った感じだ。


 ディディはなかなか自意識が強いらしい。いや、普通の反応か? 俺見た目は一般人だろうし。なんなら彼ら的に戦闘力で言うなら、一般人以下と見るのが普通かもしれない。


 それにしても果たして決闘の申し込みは、単に本人の性格からなのか、ジョーラに対する忠誠心ゆえなのか。


 ディディとの決闘はしたくないのがもちろん本音だ。

 俺の強さというか、武道家としての実力はまだまだスキル任せで、ペーパードライバーもいいところだから。

 伝家の宝刀のスローモーション戦法も使えなくなったばかりなので、不安もまだ拭えない。


 だが、ディディの真剣な言葉も分かる。

 俺とインから言わせれば、人の命が懸かっている採集仕事だ。でも飛竜ワイバーンが襲ってこないことを知らない彼らに言わせればそれに加えて、俺たちは飛竜という脅威と戦う共闘仲間でもあるのだ。


 俺は手合わせで気負わないために軽く深呼吸する。

 周囲に視線をやって、開けた場所があったので、じゃあそこでしましょうとディディを促した。


「すまないな、ダイチ。ディディはこういう奴なんだ。1回ガツンと分からせてやってくれたらいいからな」


 いいよ。ガツンとやるのは苦手なんだけどね。


 ディアラとヘルミラの不安がる視線を受けつつ、俺たちは草がちょろちょろ生えているだけの開けた更地に移動する。

 乗合馬車の御者がどこへ行くのかと聞いてきたので、ちょっと待っててくださいと伝えた。


 ディディはいつの間にか木刀を手にしている。

 準備のいいことで。真剣でなかったのはありがたいけどさ。ていうか真剣にも動じなくなったな俺。

 ディディから木刀は特に渡されないようだ。俺は普通に武器なしなんだが……。でも武道家、それも七星の大剣を負かした武道家と伝えればそうなるかと、一人で納得する。


 ディディが持ち手を腰に落ち着け、剣先を俺に向けた。


「では、いかせてもらいますよ」


 俺の方からどうぞと言われないでよかったなどと安堵していると、そんな安穏としていていいのかとばかりにディディは早々と駆けてきた。


 速い。ジョーラと同等か? ――いや、さすがにジョーラの方が速いか。


 ポインターが俺の胸元向けて出てくるのと同じく鋭い突きがやってくるが、俺はひらりとそれを避ける。

 すぐに薙いできたので、これも避けた。うん、問題なさそうだ。


「――なっ!」


 渾身の一撃だったのか、ディディは驚いて動きを止めてしまう。ジョーラは驚きつつも攻撃を止めなかったよ?


 俺はすばやくディディの背後に移動して、手刀を首にやった。突きつける時に《魔力装》が出ないように気を払ったので、今度は手先から出かかることはなかった。


「ははっ! さすがだな、ダイチ。あたしと攻め方が似ているだろう? ディディは剣使いではあるが、あたしと同じで素早い奴だしな」


 腕を組んで見ていたジョーラが嬉々としてそうコメントする。ディアラとヘルミラも手を合わせて喜んでいる。

 アルマシーとハムラは、「うわぉ」とか「へ……?」とか、同僚があっさりと負けた事実に目を見開いているようだ。ディディはジョーラ部隊の中でもやり手だそうなので、驚きもかなりのものだろう。


「しかしダイチの《瞬歩》は凄まじいな……。目で追えなかったよ。勝てないわけだなぁ」


 ジョーラが腕を組んでそう呑気に改めて評価する。あれ? ジョーラも《瞬歩》使えたのか。


「ほら、ディディ分かったろ? 時間が惜しいのは分かってるだろう?」


 そうジョーラが言うや否や、黙っていたディディが振り向きざまに俺の横腹に木刀を薙いでくる。おぉ?


 なぜか殺気というか、覇気というか、そういったものがさきほどよりも薄いように感じた。ジョーラに槍を突きつけられた時は分からなかったが、ディディは寸止めする気らしいのが分かった。

 俺はディディの木刀を左手で挟んだ。軽い風圧が代わりに俺の横腹に当たる。

 右手は虚空相手に手刀を突き付けたままだ。薙ぎバージョン&片手で馬鹿な一芸だが、いわゆる白羽取りだ。木刀なせいか割とがっしり掴んでいるが。


「……!!」


 目を見開いたディディは苦し紛れに木刀を体で押し込むが動かない。

 不意打ちもそうだったが、これはディディが泥臭いのだと言えるのだろうか。もし敵対する者が「絶対に勝てない相手」なら、誰でもこうした対応をするようにも思う。師に対する子供の弟子の言動のようなものだろう。


 木刀の刀身が割れない範囲で力を入れて、足腰にも力を入れる。ジョーラの時の槍のように、木刀を割ってしまったなんてことにはしたくない。力の微妙な匙加減にプルプルしそうだ。


「嘘だろ……どこにそんな力が」


 ディディが切れ長の目を丸くしてそうつぶやく。

 ごめんな。レベルも、あとSTRもおそらくおかしい数値なんだよ。


 いいぞ、ダイチ! というインの歓声が聞こえてくる。ちょっと黙ってなさい。……もういいか?


「まさかヘクサナ……」


 やってきたジョーラがディディの頭をボカンと殴る。グーだ。あれは痛い。


「ったく。あたしが言ったことが信じられなかったのかい!?」

「いえ、そういうわけでは……すみません……」


 普段はジョーラには頭が上がらないのか、さっきの猛追してきた威勢はどこへやら、ディディは膝をついてすっかり委縮してしまっている。ディディは何を言おうとしたんだ?


>スキル「白羽取り」を習得しました。

>称号「決闘を申し込まれる者」を獲得しました。

 

 《白羽取り》は、《魔力装》や《受け流し》と同じくスキルポイントを振れないスキルらしい。上手い下手や力加減はステータスとかに影響しそうだ。


 それにしても俺の体、というかスキル? ともかく……怖いことするよ、白羽取りなんて。

 相手の心を折るにはいいかもしれないけどさ。木刀だからいいものの、俺自身では絶対しない技の一つだよ。


 ジョーラのお叱りから解放されたディディが手を差し出してくる。初動も考えてみたら不意打ちめいた動きだったし、さすがに少し警戒してしまう。


「ダイチ殿、試すような真似をしてすみません。これから向かうのは飛竜の飛び交う銀竜の顎。そのような危険な場所に、実力も分からないような相手に背中を任せるのは俺には出来なかったんです。それになにせ……ジョーラさんの命がかかってます」


 ディディが求めているのは、いわゆる背中を預け合い、命を預け合う戦友というものだろう。

 正直そんなものは分からない。命の預け合いなんてしたことないのだから。彼の真摯な言動は人によっては面倒に思うかもしれない。


 差し出された手から、今度は視線をディディの顔にやる。

 微笑を伴ったその表情は、俺に対する期待と信頼のほどがありありと見てとれた。


 やがてディディはわずかに首を傾げた。俺が手を出さないことを不思議がったようだ。まぁ、ジョーラを救いたい気持ちは同じだしな。というか、握手の文化はあるんだね。


 訝しんだりはしていない様子だったが、ディディが手を戻しそうだったので、その手を握った。

 握ると満足気によろしく頼むと言われたので、了解したと俺も頷いた。

 営業先以外との男との握手なんていつぶりかな。別に俺はあからさまに男と手を握りたくないなんて思う種類の男ではないが、こういうのも悪くないかもね。


 初撃は打ち込む気抜群だったのに途中で意気が削がれたのは、不意打ちだったからなのかなと思う。彼が不誠実な男のようには見えない。

 姉御肌のジョーラに頭が上がらないのなら、そうだろう。不誠実な男を部隊に迎えるはずもないだろう。


 早々と情報ウインドウが出る。


< ディディ LV37 >

 種族:人族 性別:オス

 年齢:30  職業:兵士

 状態:健康


 改めてジョーラのレベル高いな。副官クラスじゃないと職業には兵士と出されるようだ。


「さ、気は済んだか? 改めて紹介するよ。ダイチに、インに、そしてディアラとヘルミラだ。さっきも言ったが、インは魔導士だ。ディアラやヘルミラはハムラと同じく、いざという時は守ってやるように」


 三人の気持ちの良い声が響く。

 この分だと、何かあっても俺やインはともかく姉妹のことはしっかり守ってくれそうで頼もしい。インはおそらくディディくらいは倒せると思うのだが、自身のことは魔導士扱いにしたようだった。


 顔合わせを終えた俺たちは乗合馬車に乗り、ジョーラ、ハリィ、紹介された三名はそれぞれの馬に乗り、メイホーに向かう。


 厩舎では相変わらず警備兵を乗らせるか聞かれたのだが、さすがに警備兵よりも明らかに頼もしい歴々の面子が並走するのでそれは断った。


 ちなみに厩舎番は、ヤギの獣人だった。厩舎番には獣人が多いらしい。

 動物に通じている能力でもあるのか訊ねたが別にそんなものはなく、ただ馬が好きな獣人は多いらしかった。 


「むしろあなた方の方が馬と通じていそうですよ?」


 と、顔を舐められないよう、顔の前に置いた掌をぺろぺろと舐められている俺や、頬ずりされているインに対してそう言う気難しい雰囲気の彼に、全くその通りだと思う。



 ◇



 行きと同じく、雄大ではあるがあまり見ごたえの無い大自然を1時間ほど走って――この間に何か役立つかと思って、買った魔法は全部覚えた。《灯りトーチ》の暴発の件があるので試し打ちはしてない――メイホーに着く。

 半日も経ってないだろうに、緑と黄色、そして木材色の見慣れた村の光景に実家にでも帰った気分になる。


 やっぱりいいよね、自然豊かな田舎町って。

 都心のように土地間が狭くて人が多すぎると、精神的に息つく暇もなくて疲れるし、緑があるのとないのとでも安心の度合いもだいぶ違う。

 関係ないけど、東京が世界一人口密度の高い都市だって知った時はだいぶ驚きました。


 馬車を降りると、思わずう〜んと伸びと深呼吸をしてしまう。


「なんだ、疲れたのか?」

「いや、実家に帰ってきたなぁって気分でさ」

「ほう。ま、ダイチの実家はここのようなものであろ」


 まあそうかな〜。個人的には、実家を持つなら、もう少し利便性の良い街にしっかりと家を持ちたい。少し外れだとなおいい。

 ケプラも候補ではあるんだが、できることならもう少し人の少ない街が好みだ。メイホーとケプラの中間くらいの街がいいかなぁ。


「おかえりなさい! おや? ずいぶん人が増えましたね」


 メイホーの猫耳厩舎番のイスル君が出迎えてくれる。ジョーラにハリィに同行者が5人も増えたからね。


「ええ、彼らも少し滞在するんですよ」

「そうですか。ごゆっくり〜」


 人一人の生死がかかってるので、ゆっくりできる状況でもないんだけどね。


 ジョーラの部下3人は装備を整えてきている上に、それぞれ馬に遊牧民か何かのように、それなりの量の荷物を乗せている。テントっぽい道具もある。武装もしていて物々しいし、何かしようとしているのは見ただけで分かるだろうに、イスル君はさほど興味がないらしい。

 見慣れているからか、商売上のマナーというべきか、猫っぽいというべきなのか。あまり質問されるのも困るのでいいんだけどさ。


 興味のなさの割にイスル君が可愛らしく手を振るのでつい振り返していると、ジョーラが「ではお前たち先に見てきてくれ。ついでに銀竜信者が来ているかどうかもな」と指示を出し、アルマシー、ディディ、ハムラの3人が再びメイホーを出ていく。

 ハリィ君も宿探しのため別れたが、つてがあるとかで、向かったのはヴァイン亭ではない。メイホーにはもう一軒宿があるのは聞いているが、公にできる遠征ではないので、古い知り合いとか何かかもしれない。


「一応三日の滞在の予定だし、食糧とかの準備はいいのか?」


 三日とはもちろん、アトラク毒の発症までの猶予だ。


 長くなる可能性もあるし、短くなる可能性も当然あるだろう。三日滞在するといっても、メイホーは近いので、俺たちが疲れたり、食料や物資の補充などでメイホーに戻ることも考慮に入れている。


 本来アトラク毒は毒にかかったときの治療を逃した場合、五日ほどの猶予があるらしかったのだが、半ば諦めていたジョーラはタリーズの刃の残党を狩りつつ旧交を温めたり、料理店の練り歩きなどをしていて二日潰してしまったらしい。

 ハリィ君がこれを喋った時、ジョーラは恥ずかしい限りだと猛省していた。あのへらへらしていたみっともないジョーラは見る影もなくなっていたので、俺は安心したものだ。

 それにしても、毒っていうのはこんなに長い猶予があるものだろうか? いや、ないだろうな。


「三日分くらいなら備えはあるしな。あいつらがいたら目立つのもあるし。まあ、ダイチたちが準備する間にここの市場でも軽く見るさ。……メイホーは数年振りでさ。付き合ってくれるだろ?」

「もちろん」


 特別断る理由もない。すっかり調子を取り戻しているジョーラがありがとうと破顔する。


 ジョーラは出会った頃のフランクさや婀娜っぽさ――今となっては、余命宣告に対してのやるせなさだったようだが――が完全に抜け落ちて、少々男前だ。

 西門で門兵と挨拶をした辺りから、部下の前だからというのもあるんだろうけど、凛々しいの一言だ。七星の大剣としては、威厳を示す場面がほとんどだろうし、普段はこんな感じなんだろう。


 いい顔をするようになったなと思う。 

 ジョーラは俺たちが会うまでは、いつもよりも倍以上もの酒をかっくらったり、タリーズの刃戦では前線に自ら進んで出るなど、ハリィ君曰くいつものジョーラらしくなかったそうだ。

 まあ余命宣告されてしまったらな……。


 まだ現代社会にいたら、余命宣告された時、俺はどうするだろうか?

 まず会社辞めるだろうな。そのあとはジョーラと同じくグルメ巡りするなり旧交を温めるなり、海外旅行するなりするのか分からないが、ひとまず丸一日はクライシスにインしていたと思う。


 ……ジョーラと一緒だな。あんまり怒れたものでもなかったようだ。


 ジョーラたちはともかく、俺たちの遠征準備はさほどない。


 部屋に使用済みの魔法の巻物マジック・スクロールや錬金術の材料などを入れたバッグを置いて、俺たち好みの――多くはイン好みの――食料を調達することくらいだ。

 一応市場で買った漬物ピクルスや携帯スープは俺の空間魔法|収納《スペース》に入れてある。収納が魔法の鞄と同じく時間経過がないのは確認済みだ。


 といっても、ジョーラ部隊がみんな持っている水を入れた革袋なんて当たり前の代物ですらも俺たちは持っていない。

 飲み水は水魔法の《水射ウォーター》でいいとして、衛生的に革なのが気になるところではあるけど……《収納》は今のところ人の目を気にしつつ使うつもりなので、あれば購入しておきたいところだ。


「そういえば、夜露草はどう飲むの?」

「そのままかじればいいぞ」

「えぇ……」


 それは楽だが……さすがに煮るくらいはしないときつくないか? 健康被害が不安だよ。


「食べられる草なの?」

「まあ雑草だな。害などは特に聞いておらんが、他の雑草と同じで食べすぎたら腹を下すかもしれんの」


 雑草で腹を壊すことなんてないよ、とジョーラ。いやいや、リアルの俺なら壊す自信はあるぞ。というか、大抵の現代人がそうだろ。


「ダークエルフは草の類は色々と食べ慣れてるからね。あたしも子供の頃は色々と口にしたもんさ」


 な、とジョーラが“一番上のお姉ちゃん”のごとく姉妹二人に眉をひょいとあげてみせる。


「はい、私たちもおじいちゃんとよく山でホロホロ草やキノコの採集をしてました」

「お姉ちゃんはよくホロホロ草でお腹壊してたよね。毒なんてない薬草なのに」


 ヘルミラがくすくす笑って、ディアラから何で言うのと怒られる。

 いや、ヘルミラ。毒なんてなくても雑草を食べたらお腹は壊すんだよ……。


 ホロホロ草は茹でて食べたり、絞り汁は切り傷や火傷に、乾燥させた葉は解熱に効果がある用途の広い草らしい。レンゲソウみたいなものだろう。


 メイホーの市場にヤギのものだが乳もあったと思うので、りんご辺りを一緒に混ぜて青汁でも作れるかなって思ったんだけど必要ないか? ヒルデさんから買った錬金術セットの中にすりばちがあるので、一応持っていっとこう。


「おやダイチ君にイン嬢おかえり。また人が増えたのかい?」


 ヴァイン亭でヘイアンさんから若干のからかいを含んで声をかけられる。またって。


「ええ、まあ」


 まあ、気持ちは分かるけどさ。

 ヴァイン亭は夕方前なので結構客が入っているようだ。なかなか騒がしい。ステラさんとニーアちゃんは買い出しだそうだ。


 ん? それにしても「イン嬢」って、ヘイアンさんインのことそう呼んでたっけ?


「この人は、あー……」

「ジョ、……ジョルデだ。ケプラで縁があってな。ダイチとは仲良くさせてもらってるよ」


 ジョルデね。(笑)笑いをこらえる。男らしい名前だことで。七星の大剣だと言うわけにはいかないもんな。にしても偽名だけでバレないってプライバシー的には楽な世界だ。


「おう、よろしく。こっちも二人には世話になってるよ」

「それは奇遇だな。あたしもなんだ」


 二人ともにっと笑い合う。ん、通じるところでもあるのか?

 性格的にからっとしてるとことか、戦士然としてる部分とか――ヘイアンさんは昔、腕利きの傭兵として腕を鳴らしていたらしい――似ていると言えば似てるかもしれないけど。


「ちょっと部屋に戻ってからまた出ます。今回は少し遠出するので遅くなるかもしれません」


 さすがに銀竜信仰の村で、銀竜の顎に行くとは言えないのでそう言葉を濁す。 


 採集では、一応野宿も視野に入れている。ただ夜にどうするかは、危険かつ未知なる土地だし実際に現地に行ってから考えるとのことだ。


「はいよ。あんまり遅いと俺は店にいないから注意してくれな。真夜中に帰ってくるとかじゃないんだろ?」

「ええ、帰ってくる時は人のいる時に帰ってくるつもりですが、もしかしたら日を跨ぐかもしれません」


 ヘイアンさんがじっと俺を見てくる。別に逃げないよ?


「ま、ダイチ君はそうそうくたばらないタマだろうし、イン嬢やダークエルフの嬢ちゃん二人もいるしな。それにでかい姉ちゃんの方は頼り甲斐がありそうだ」


 確かに一番強そうに見えるのはジョーラだろう。軽装ではあるが俺よりも背が高いし、スマートなので筋肉隆々なアマゾネス的なとまではいかないが、強そうな存在感もある。実際強いし。


「任せときなよ! 仕事終わったら責任持って連れて帰ってくるからさ」


 その言い方はなんかな……。俺の保護者か何かみたいだよ。並んだら外見的にはそう見えなくもないんだろうけどさ。


「はっは! 任せたぜ! ダイチ君はうちの上客だしな」

「おうさ!」

「ま、もし俺がいなかったら、近くにいる夜番の警備兵に言ってくれ。鍵渡してあるからな」


 ともあれ、余計な詮索はされずに済んだのでOKというものだ。


 部屋に戻り、すりばちとすりこぎをバッグに入れていく。何に使うのか聞かれたので、夜露草を飲むときに美味しくできたらと思ってねというと、皆から微妙な顔をされる。


「一応聞くけど、調理したら解毒効果なくなるとかないでしょ? 丸薬とか売ってるし」

「いや、まあ特に聞いたことないが……すりつぶしてどうするんだ?」 

「水とすりつぶしたりんご、あとヤギの乳辺り入れて、飲み物にする予定だけど」

「薬草汁みたいなものか? りんごを入れるなら林檎酒シードルみたいで美味そうだが……別に気を使わなくていいぞ? さっきも言ったけどあたしらダークエルフは草の類は食べ慣れてるしな」


 薬草採集はよくやっていて、フリーズドライ技術はあるのに、髪は特に乾かさず、青汁文化はない、と。栄養成分の発見は結構最近だっけか。

 植物をすりつぶして飲むことで消化が速くなり、解毒成分はもちろん、野菜そのものが持つ栄養が体に吸収されやすくなるといったことを軽く説明する。


「カドラのじいさんがそんなこと言ってたな……あたしは修行の方が好きだったし、じいさんは変人だったし適当に聞いてたが……」


 武人肌のジョーラなららしい話だ。変人ねぇ……。

 でも知識が浸透していない、ましてや情報伝達技術が手紙と馬の世界なら、医学はそういう扱いになってる、とこもあるか? 治療魔法もポーションもあるし、その辺発達しにくそうではあるけど。


「しかし別にそのまま食べるので問題なさそうだが」


 と、イン。


「もちろんいいと思うけどね。でも植物に付着していたり、吸収してしまったばい菌も摂取することになるから、体にあまりよくないんだよ」

「む、それは確かにそうだろうな……」


 ディアラが「じゃあ私がホロホロ草でお腹を壊したのも……?」と訊ねてくるので、絶対とは言い切れないけど、その可能性は高いだろうねと答える。


「そういうばい菌は火を通すことで死ぬことが多くてね。まぁ、栄養も壊れたり、汁として出ていったりするんだけど、汁物なら飲めばいいから。それに汁物は消化されやすいから、風邪引いたり体が弱っている時は効き目が早くていいんだ。臓器を無闇に動かさなくてすむしね」

「そうなのか? 私は病気なんて十数年かかったことなくてな」


 丈夫だなぁ。


「魔力を含む草らしいから多少具合は違うだろうけど、伝説の薬草らしいし、悪いようにはならないんじゃないかな」


 タマネギとかパプリカとか、大体の野菜やら肉やらは現実世界のものとほぼ同じっぽいので、植物たちの生態的には同じ“仕様”だとは思う。

 コップも持っていっとくかと思い、バッグにコップを入れる。


「アトラク毒は死ぬ直前にしばらく激痛が伴うんでしょ? 潜伏期間も長いようだし、解毒成分は早めに吸収させた方がいいと思うよ。体も弱るだろうしね」

「……ご主人様はお医者様だったんですか?」


 いや、特にそういうわけじゃないんだけどね、とディアラに返答する。


「早く治ってくれればと思ってるだけだよ」


>称号「世話焼き」を獲得しました。

>称号「栄養士」を獲得しました。


「栄養が逃げていくって、とても興味深いお話です。作る時は是非お手伝いさせてください」


 ヘルミラは料理好きだもんね。


「頼もしい限りだけど、なんだか緊張感なくなってしまうな。あたしはその手の話あまり得意じゃないのもあるんだが……必死に夜露草探そうと思ってたんだけどねぇ」


 と、ジョーラが苦笑する。


「ごめん、別にそういうつもりじゃなかったんだけど」

「治そうとしてくれてるのは分かるさ。それに必死に探さないと尻引っぱたかれるからな」


 そう意味ありげにジョーラが自分の尻を両手で隠すように触る。なんか根に持たれてるし。

 てか、若干照れるのやめてくれない? こっちまで恥ずかしい。隠れMなの?


「天下の七星の大剣なのにのう」


 インがなぜか俺にニヤついてそう言うと、「天下なのは王都での公の場でだけさ。七星の大剣だろうが、戦場では一人じゃ何もできないよ」と、ジョーラは肩をすくめた。ジョーラはいい大将だな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る