3-14 タリーズの刃とキレやすい年頃
魔法道具屋を出る。日光はわずかに色を濃くしていた。夕方の5時前くらいだろうか?
「ここって時計あったりする?」
「時計?? ギルドか教会にあるかもしれないね」
教会か。赤竜関連の教会だろうか?
なんとはなしに時計の有無を聞いたが、もういまさら時計あっても見ない気がするな。腕時計があったら見るんだが、わざわざ見に行くのはな……。不便だと感じることはあるんだけども、ここの人たちと同じように別に細かくスケジューリングして動いているわけでもなし。
ケプラの厩舎は夕方辺りから混み始めて暗くなるまでその状況が続くらしいので、特に用事がないなら今馬を使うのがベストだとハリィ君から伝えられる。
既にその情報はメイホーの猫耳厩舎番――名前ド忘れした――やライリから聞いている。
ジョーラのメイホーの料理を食べたいという要望もあり、俺たちはハライの店とガルソンさんの店で武器と防具を受け取り、西門の厩舎まで道を引き返していくことにした。かさばることもあり、買った防具は着ていくことになった。
ちなみに巻物や板の入ったリュックとトードバッグは姉妹がそれぞれ持っているが、槍と弓関係の諸々はすべてハリィ君が持っている。
もちろん、俺たちで持とうとしたんだが、俺が背負おうとしたリュックは姉妹に取られ、姉妹が持とうとした武器はハリィ君に取られ、といった具合だ。インとジョーラは持つ気は特にないようだった。
槍と弓矢を持つハリィ君の姿は様になっている。小柄で童顔なので若干小姓感があるのが玉に瑕という感じなのだが、さすが兵士だ。弓入れをベルトに装着する時も一切迷うことなかったしね。
「用事の件なんだが、いいかな」
道すがら、ジョーラが唐突に真面目な顔で切り出してくる。用事というのは武具屋の裏で言っていた件だろう。
道はそれなりに人声で騒がしい。別に今しなくてもいいと思う。でも有無を言わさない雰囲気もあるので、ひとまず頷く。
「あたしはな、アトラク毒っていう毒にかかっててな。もう早くて三日の命なんだ」
え?? 急に重い。ジョーラはこっちを見ない。
いや、アトラク毒って確かに情報ウインドウにあったけど、あれそんなにきつい毒だったのか……。この様子だと単なる解毒剤じゃダメ……なんだろうな。
>称号「察しのいい人」を獲得しました。
ジョーラの情報ウインドウを改めて出す。状態は「状態:アトラク毒」のままだ。見た目は健康そのものだが……。
インが疑うような表情でジョーラを見ていた。
「アトラク毒ってお主……」
どうやらインはアトラク毒のことを知っているらしい。
別にアトラク毒について疑っていたわけではないのだが、インの真実味のある反応から、死に至る毒であることを改めて認識させられる。
「毒にかかってる感じはないけど」
「発症するまでは何もない毒なんだ。まあ猶予期間みたいなものさ。最後に遠出でもして美味い物を食ってこいってね」
その言い方は好きじゃないぞ。笑うのも減点だ。
「いや……毒にかかったのか分からないのは良くないよ。よく分かったね」
「戦いのあとは毎回状態異常の有無を《鑑定》持ちに調べてもらってるからね」
「なるほどね」
一応治せないのか訊ねる。
「アトラク毒はな、死に至る毒ではあるんだけど、解毒剤なり治療魔法なりですぐに治療すれば問題ない毒なんだよ。さすがに低級の解毒剤や見習い魔導士の《
ジョーラが屈辱に顔を歪ませる。聞く限り、相手方はかなり事前準備の整えていたらしい。
PVPで苦肉の策として封殺戦は行ったことは幾度となくある。ギルド内でにせよ、ギルド同士にしろ、終わった後には問答があったこともある。
“全員楽しむ”を掲げていた学生時代は、「たとえ負けても封殺戦はしない方がいい」といった考えの元、よほどの強豪でない限りはしなかったものだ。
筋違いの俺の回想はともかく、毒の方は、ようは早くに処置できなければ治療はかなり難しくなるということらしい。
一応魔法の得意なヘルミラにも聞いてみたが、状態異常を治療する魔法は習得していない上、仮に習得していても、覚えたてではアトラク毒は無理だろうとのことだ。
ヘルミラも知っている毒のようだが、俺がこの世界特有の毒の如何を知るはずもない。都会民だったし、毒のことも分からない。
「一応後ほど《
ボルンウッドとは、七星の大剣の一人、
インに視線を送ると、『私の《浄化》でも無理だぞ。竜の時は治せるだろうが……』とくる。それから、手を出せないですまんの、と謝られた。あまり関与しちゃいけないんだっけね。
それにしてもどうやら状態異常には弱いものと強いものがあり、さらには状態異常治療の魔法にも下位のものと上位のものがあるらしい。
ゲームだとそれほど一般的なシステムではないように思うが、現実の病気にも感染力の強いものや難病の類はいくらでもある。別に分からない話ではない。
俺の《
解毒剤か万能薬的なものがないか、軽くクライシスのインベントリを見てみる。
インベントリのラインナップは主に、PVP戦用物資、ソロ狩り用物資、倉庫という三つの内容に分かれている。
PVP戦には状態異常攻撃はつきものだし、倉庫も3キャラ分ほどあるため、ラインナップ的にも希望はあるように見えるが……
やはりない。
他のゲームでは常備するのが常なのかもしれないが、クライシスでは状態異常の回復アイテムは使ってなかったんだよね。溜息をつきそうになる。
蘇生系のアイテムはあるのだが……蘇生アイテムの使用はさすがに使い時を考えなければならない。俺は出来得る限り平穏無事に姉妹を里に送り届けたい。
クライシスは狩りだろうが、PVPだろうが、「自分の装備で抵抗値を揃えて状態異常をかからなくする」のがもはや暗黙のルールのゲームだった。
それにビショップやセイントなどの治療職がいない戦いは基本的に勝てる見込みはなかった。両職の補助魔法は、HPの回復はもちろんだが、各状態異常抵抗値を爆上げしてくれる。
そのため状態異常の治療薬を持ち込む人はいないのだった。そんなことをしているような戦いは、勝ち戦か負け戦かのどちらかだ。もちろんこれは廃人の多いギルド同士のPVPの話だ。
状態異常を全て治すアイテム自体はいくつかあった。ただ、使わない&金にならない、そして、インベントリを圧迫する筆頭アイテムだったのですぐゴミ箱に送っていた。これは俺に限った話ではなく、クライシスユーザーの共通事情だ。
ゲームをしていた頃の自分を恨めしく思う。状態異常系アイテムを一つでも持っていたら、今ほど使い時だったものはないだろうに。今後の命の保険としてもそうだ。
もっとも。ゲームをしていた頃の俺が、現在の俺のとんでも状況を予知できるわけもないので、仕方のない話ではあるのだけど……。
自分があの時治療できればとでも思っているんだろう、ジョーラ以上に険しい顔をしているハリィ君が口を開く。
「……先日から私たちは<タリーズの刃>という盗賊団の連中と戦っていたんです。今日の遠征はその残党狩りだったんですが、そいつらはアルハイム男爵という貴族の息がかかった奴らでした」
タリーズね。一時期通ってたよ。
「アルハイム男爵は……陛下も懇意にしていたほどの方だったんですが、七星の大剣をあまりよく思っていない方でもありました。……ただ、それで何か諍いが起こることはなく、兵たちの武具を首尾よく揃えてもらったり、異国の品々を色々と輸入してくれ、陛下や妃殿下を楽しませていた好人物だったんですが……ある日男爵がゼロというタリーズの刃の首魁と手を結んでいたことが分かったのです。彼の躍進、献上品の品々は、タリーズの刃による非道な助けがあったことも判明しました」
よくある話だ。現代でも新進の要人と暴力団の噂は絶えない。
でも、「非道」か……。この世界の非道は洒落にならないんじゃないのか。
「しかし……これまでの貢献もありました。アルハイム男爵はタリーズの刃との関わりを断ち、ゼロを差し出すことを条件に1年間の王都の出入り禁止処分という恩赦を賜りました。ですが、……彼は行方をくらましました」
逃げたか。
「家には使用人もおらず、もぬけの殻でした。何かと顔の広い方でしたので、オルフェの名産や内部情報を手土産に他国に逃げたのではないかと囁かれていたのですが……2週間ほど前ほどから急にタリーズの刃の被害が急増したんです。何人もの商人の荷馬車が無残にやられ、農場の二つが襲撃されました」
「アルハイムが帰ってきたのか?」
「いえ、男爵は依然姿を見せていません。ただ、タリーズの幹部を拷問したところ、ゼロの指示、つまりはアルハイムの指示だったと口を割りました」
アルハイムは復讐したかったのか?
「これは裏付けも一応取れてます。タリーズの刃の使っていた毒はこれまでは主に麻痺毒だったんですが、件の襲撃以降はアトラク毒も使われていました。アトラクは蜘蛛の魔物なんですが、アマリアにあるゴルグの森にのみ生息しています。アマリアではともかく、オルフェではまず使われない毒です。アマリアは男爵がよく交易をし、別宅も持っていたので、逃げた先はアマリアで間違いありません」
国外逃亡か。探すのは面倒だろうな。……それにしても、話は分かったけども。
「話は分かったけど、それでなんでジョーラが狙われるんだ? 何か恨みでも?」
それは……とハリィが言いよどむ。立ち止まったハリィにジョーラが、元気出せよとまるで他人事のようにポンと肩を叩いた。
「アルハイムの奴に槍を突き付けたのがあたしだったんだよなぁ。『陛下の恩赦を台無しにしないように』とな」
ジョーラが軽く押したので、ハリィも再び歩き出した。周囲は俺たちの重たい雰囲気とは裏腹に、のんきに賑やかな日常を描いている。
言葉は続かない。まさか……それだけか?
「それだけ?」
「あたしと男爵はそれほど絡みがなくてなぁ。宴席で少し話した程度でな。ダークエルフの里のことを話したくらいだ。恨まれる覚えもないよ。……まあ運が悪かったんだろうね、あたしは。タリーズの刃を追ったのはあたしらだが、あたしらは普段からもよく山賊の討伐に出向いてたからね。口を割った幹部が言うには、襲撃事件でおびき寄せて毒殺するのは、七星の大剣であれば誰でもいいと指示を受けていたそうだしね」
他の七星の代わりになったと考えるといくらか救われはするんだけどね、とジョーラはからからと笑う。
……運が悪かったって、なんだよそれ。
「奴は『武芸だけで平民からのし上がるなんて認められん! こんなにも貴族の私は国に貢献してきたというのに。いつか目に物を言わせてやる』と、目をかけていた商人連中によく愚痴っていたらしいよ。もう少し骨のある男だと思ってたんだがね。貴族は裏で何考えてるか分からないから嫌なもんだね」
いかにも貴族が吐きそうな言葉だが……煮え切らない感じが凄い。通り魔事件の被害者の気分だ。
「そんなわけでな。まあ、戦には勝ったが、大将は討ち取られたというやつだな。戦いに関しては封殺戦が徹底されていたしな。あたしらの部隊は他の七星の部隊に比べて魔導士と補給兵が少ない編成だし、そうそうないんだが、崩れると脆いところがある。間者の話は特に聞いてないが、どうであれ奴らはあたしらの弱点を突いた。他の七星が相手でも多少は手こずったかもしれないが、七星への被害はなかったかもね。ま、そういうわけで運が悪かったわけだ」
ジョーラがからりとそう相手を評価する。……運が悪い運が悪いってなんでそんなに軽いんだよ。自分の命がそいつのせいで三日ないんだぞ。もっと怒れよ。
「で、解毒の制限時間を過ぎてしまったあたしには、もう残された道が一つしかないんだ」
「夜露草か。銀竜の住処の近くに行くのだな?」
分かっていたのかインが間髪入れずにそう答えると、ジョーラが頷いた。特効の薬草か何かか?
「なんだいそれ?」
「魔力を帯びると姿や性質を変える草の一種でな。その辺に生えてる分には普通の草なんだが、長年魔力を浴びておるといつしか霊薬に匹敵するほどの強い解毒作用を持つようになる。無論アトラク毒にも効くであろうな」
やはりか。霊薬ね。
「ただ……」
簡単に採集させてほしいんだけどな。
「夜露草となる元の草が、あまり目立たぬ草なのだ。その辺の草と変わらん。花が咲けば確実に分かるのだが、あまり長い間花を咲かせるのでもなくての。花が散れば魔力も消えてしまうし、解毒作用もなくしてしまう。この手の類のものは、そもそもが珍しい植物であるとか、高齢の樹木から取れる実であったりするんだがの」
それは……厄介だな。
「緑竜様の森にも生えているのは確認しているのですが……」
「今から移動しても間に合わんな。七星の大剣でダークエルフでもあるジョーラならエルフらの理解を得て、緑竜の森にも入れるかもしれんが、それも絶対ではない」
ハリィ君が、そうです、と力なく肯定する。
「どんな花なんだ?」
「水色の大輪の花だの。濃い魔力を放出しておるのですぐに分かる。無論、咲いていれば、だが。……しかしなぜ人を集めなかったのだ? 夜露草の性質上、人海戦術で攻めぬときついぞ」
「いやいや、
インが今気づかされたとばかりに目を大きくした。
「それは、そうだの……」
俯いたインには一抹の悲しみが見えた。自分の住まう地の危険性というものを失念していたものらしい。
まあ……人里に降りてたらな。インは協定の制約がないのなら、ジョーラを助けるだろうか?
「他の七星の大剣は?」
「暇じゃないんだよ、アイツらも」
暇じゃないって。
「でも同じメンバーの生死に関わることだろ??」
「あたし個人の用向きで七星の大剣を動かせないよ。気持ちの上では手伝ってくれるとは思うが、みんな各々仕事も部下も抱えているしね。そもそもあたしらが無暗に七竜様の住処に踏み込むのは本来禁じられていることだろ? まあ今回は“外郭”だからグレーだけどさ」
……そうか。
ジョーラの諭すような口調に、俺の語意が強くなってたことを教えられる。でもまたその余裕のある態度にイラついてしまう。
「安心して銀竜の顎で探せるメンバーがいないってわけか」
「そうだね。あたしの攻撃を簡単にいなせるあんたなら問題ないし、あたしはインも問題ないと踏んでる」
インが当然であろ! と、薄い胸を張る。さっきの落ち込んでた様子どこいったよ。
しかし飛竜相手となると、姉妹二人はきついか。レベル50くらいあったもんな。でも目的は採集だし、防御魔法かければ。というか、インに襲わないようにしてもらえばよくないか? それすらもダメなのか?
などと考えていたら後ろから「私たちも強力させてください」というディアラの声が届く。
振り向いてみたら、ディアラとヘルミラのその二つの目には、発した言葉と同じく頑なな意思があった。さすがうちの子たちだ!
「戦闘ではお役に立てませんが……採集なら。人が多い方がいいんですよね?」
ヘルミラも、表情を引き締めてそう訴えてくる。
「だが……悪いよ」
だが折角の二人の申し出に、ジョーラは気弱というか、引け腰だ。おい。
「私の防御魔法はそうそう割れんから安心するがよいぞ」
ジョーラに情けないその先を言わせないように、その通りだと、俺は強めの口調で同意しておく。
実際、弱体化している人間モードの防御魔法で飛竜たちのあの巨体からの攻撃を防げるのかは知らないけど、インの部下だしな。仮にそういう演技をするにしても手加減してもらえるだろ。
「すまない……」
そう謝るジョーラはへらっと笑っている。笑うなよ。
自分の問題なのに、生きるか死ぬかの瀬戸際なのに、なんでジョーラはこんなに“やる気がない”んだ? まさか死にたいわけでもないよな?
百歩譲って、ジョーラと俺との温度差は分かる。俺はかつて飛竜を倒しまくっていてもはや脅威ではないし、そもそも彼ら飛竜の親玉であるインが味方にいるのだから。
レベルだけが全てではないと思うが、飛竜はレベル50もある上に空も飛べ、さらには獰猛だ。彼らとの戦闘経験や知識を、ジョーラがどれほど持っているのかは分からないが、奴らはカモメ状態からものの数秒で空から陸まで急接近してくる。陸で射った弓や魔法が、果たして空のどこまで届くのか。絶望視するのも分かる。
でも、もう少し喜んでもらってもというか、好意に対して真剣な態度を見せてもいいと思うんだが? こちらの身を案じているのかもしれないが、余計な気遣いはむしろ軋轢を生むぞ。
「ジョーラもしっかり夜露草探せよ??」
ジョーラが見てくる。俺の今のだいぶきついに違いない眼差しに、ディアラとヘルミラと同じ紫色の瞳が揺れる。
レベルが一回りも二回りも下であるにもかかわらず決意を秘めていた姉妹とは真逆に、弱々しい、すがるような眼差しだ。イラっとした。なんだその目。お前は強さでこの国の頂点にいる奴じゃないのか。
俺はその媚びるような目に「なまけたらそのでかい尻引っぱたくからな」と喝を入れた。本当になまけてたら蹴っ飛ばすかもしれない。命を大事にしろ。
「あ、あたしは尻でかくなんかないぞ!」
ジョーラが目を丸くしたあと、視線を逸らしてそう抗議する。いや、それなりにデカイと思うぞ。少なくとも特に小さくはない。別に尻フェチでも何でもないがな。
そうしてジョーラの耳が下がった。なんでそこで照れるんだよ。夜露草探しの方が大事だろ?? 俺は最期の男になるつもりなんてないぞ。しっかり探せ。
そんな感じで苛立ちつつも西門が迫っていたんだが、西門の内側に立っていた二人の門兵が俺たちに向けて急に姿勢を正し胸に手を当てる。もちろん一般人の俺たちにではなく、ジョーラとハリィにだ。
ジョーラがさきほどの調子とは一変して、異常はないか、引き続き頼むぞ、と門兵に対してはきはきと喋っている。
さっきまでのジョーラからすると誰だよって言いたくなる変貌っぷりだが、王都の精鋭部隊の隊長としてのジョーラは普段からこうなのだろう。
気付けば姉妹とインが何か言いたげに俺を見ていた。特に悪いものではなかったが、ヘルミラは引け腰というか、怖がっているというか。
……悪かったよ、短気を起こして。若返ったせいなのか、ホムンクルスのせいなのか、どっちもなんだろうが、なんか抑えられないんだよ。でもせっかく手伝うって言ってるのに、あの態度はないだろ?
その後、ジョーラとハリィは自分たちの馬を取りに行った。二人はメイホーまで、俺たちの馬車に並走するらしかった。
ついでにジョーラの事情を知り、銀竜の顎に同行する予定の者が数名いるので、連れていってもいいか、とのこと。
もちろんOKした。俺のまだざわざわしている内心は「聞かずとも連れてこいよ」だったのだが、インから『頭に血が上っておるようだが、間違っても私が銀竜だとバラすなよ?』と念話で口止めされてしまった。
インの血が上っているの言葉に、俺は疲れた息を一つ吐いた。
クールになろう。できることをやっていくしかないのだ。……というか、スローモーションないのか。まあ、何とかなるだろ。
イン曰く、七竜の協定ではジョーラのように死の淵に立っている者を治療し、生還させることを禁じているらしい。当然蘇生魔法は禁止だ。
七竜の協定とは、ざっくり言うなら、大規模な戦争や政治的交渉などの後に歴史的な事件になりそうなことに七竜は手を出さない・関与しないという規則だ。もちろん、宗教により人々の精神的支柱になり、結界を張って街々を守っていること以外で、だ。ファンタジー諸作品の神、または神に相当するほど力を持つ者の言葉としてよく吐き出されているやつだ。
一応聞いたが、理由も例によって、七竜が戦争の道具にならないためとか、人々が堕落しないためとか、七竜の尊厳と七竜への信仰心を維持するためとか、そういうものだった。
思うところがあり、飛竜たちを襲わせないようにすることはできないのか訊ねてみると、インは『まあ……それもいかんだろうな』と、曖昧な解答を寄越した。
その解答から一つ察した俺は、
――なら黒竜たちに、飛竜がジョーラたちを襲わないように“協力”を仰いでくれ。元よりジョーラたちは“自分たちの力のみで生を勝ち取ろうとしている”。だから七竜のインが協定に触れることは何もないよ。
と、なるべくインに責任を負わさないように打診してみると、しぶしぶとだったが、インは同意してくれた。
さほど尾を引いていないところを見ると、グレーゾーンだったらしい。少し強引にいってみたんだが、功を奏したようで安心した。
もし、人々の社会や戦争に関与しないという決まりを厳守するなら、そもそも七竜が人里に降りることすら許してはないだろう。それこそ、日本神話やギリシャ神話などの神話の神々のように、姿は一切見せずに見守るばかりだ。たとえ信仰心がなくなっても。
ディアラたちを助けた事実にはインは何も後ろめたいものを抱いてない辺り、七竜の協定における「助命」の部分は緩いと考えるべきだ。「世界にとってその者の生死が重要かそうでないか」、その辺りが加味されているように思う。
ある種、傲慢と言えるかもしれないが、神的存在が傍にいると神にも神なりの事情や悩みがあるんだろうと考えてしまう。
さらに、延命処置についての匙加減も七竜それぞれに委ねられている、と考えておいていいんだろう。メイホー村との関係のように曖昧だなと思うところではある。今は有難いし、いいんだけどさ。
インは協定により罰せられることを恐れている節があるが、これがインの真面目ちゃんくさい責任感の強い性格が由来しているのか、本当に処罰が怖いものなのか、今は折角得られた助力が破談しかねるので聞かないが、ほとぼりが冷めたら聞いてみよう。
利用したようで悪い気もするが、ジョーラのことは助けたい。乗り気でなかったジョーラの一面は気にかかるが、もし助けられなかった時、俺たちはジョーラの死を後悔し続けるだろう。
特にディアラとヘルミラだ。二人は憧れの人を助けられなかった後悔をずっと抱え続け、これから生き続けるのだろう。
せっかく里に帰れても、最悪七星殺しの謗りを受けるかもしれない。それは何も二人だけの話ではなく、末代にまで語り継がれてしまうことにもなりかねない。
そんなことには絶対したくない。そんなことは、俺は嫌だ。
>称号「ネゴシエーター」を獲得しました。
>称号「暴君」を獲得しました。
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