3-13 ケプラ練り歩き (3) - ネリーミアの魔法道具屋


 魔法道具屋はガルソンさんの言うように、瀟洒な一軒家だった。


 淡いレモンイエローに塗装された壁。窓や屋根の下を覆うこげ茶色の枠。軒先にぶら下がった、フラスコの絵の下に魔法道具屋と描かれた看板。

 そのような家の外見は、傍に立つ針葉樹の豊かな緑ともよく似合っていて、一見すると女性受けの良さそうな可愛らしい家とも言えるのだが、屋根の下や塀にあしらわれたダマスクとも似た模様は複雑かつ芸術的だ。


「ほお。なかなか立派な家だのう」


 一瞬、俺の世界にもありそうだよと出かかる。念話内ではなかったので、そうだねぇとだけ口答する。念話は俺の方からアクセスできないので不便だ。


「この魔法道具屋は高名な水魔導士であるネリーミア・アダプター女史の店なんですよ。本来なら王都でも店を構えられるほどの方なのですが、彼女曰く、魔法道具屋を開くのは子供の頃からの夢で、ケプラで育った者としてケプラで骨を埋めたいのだそうです」

「骨を埋めたいか……」


 骨を埋めたいほどの帰郷心は俺には分からない心境だ。子供の頃からそう思ってきて、そして三十路を迎えた今もやはり分かっていない。

 ディアラがじっと見てきていたので、何でもないよと答える。

 心配かけたいわけではもちろんないのだが、いくらか顔に出やすいらしいので気をつけないといけない。


 そういえばヒルデさんが店主は有名な水魔道士だって言ってたな。ここのことか。

 ひとまず蛇口と飲み水代わりになる《水射ウォーター》の巻物はおさえておきたいところだ。


「郷土心の強い人なんだね」

「そうですね。もっとも、魔導士の方は騒がしいのを好まない人も多くて、こうして中央都市から少し離れ、地方都市のはずれで家を持っている方はよくいるんですけどね」


 魔導士は一つの研究職でもあるだろうしね。

 というか、ケプラの規模でも地方都市なのか。大都市の規模は想像つかないな……。


「ネリーミアはあたしは少し苦手なタイプなんだよなぁ。まあ、悪いヤツではないことは保証しとくけどさ」


 横でジョーラがそんなことをこぼす。

 ジョーラが苦手で、研究職的な魔導士の女性か。となると。


 ネリーミアさんの人物像は割と簡単に想像することができた。

 魔導士はヒルデさんと魔力あげます屋さんのバーバルさんしか会っていないし、「研究職的な」の部分は想像でしかないから、まだ偏見も多いけどね。


 ネリーミアさんの魔法道具屋はぱっと見は小綺麗な住宅物件だったが、前庭に入ると普通に両開きの扉があり、他の店と同じ店構えに安心半分落胆半分といったところだ。


 家に入ってみても玄関口と廊下があるといったこともなく。

 他の家と同じように出迎えたのは、普通にいくつかのテーブルと棚、所狭しと平置きされた商品の数々だったので、外見ほどの目新しさはなかった。


 ただウォールナットな暗い室内でヒルデさんの店には多少漂っていた黒魔術的な魔法のイメージの怪しい感じは全くなく、白い壁とナチュラルテイストな木材の影響もあって、なんだか現代の変わった雑貨屋かなにかに来店した気分にもなる。


 それにしても少々狭く感じる。人が多いためだろう。


 並べてあるものはポーションだったりマジア草を始めとする錬金材料にもなる草の束や粉だったり、木の実が入った瓶など、ヒルデさんのところと似たり寄ったりのようだが、薬の類はないようで、代わりに魔法の巻物マジック・スクロールのブースがあるのが目立つ。

 ブースと言っても魔法陣の描かれた紙を並べて、逐一重し代わりの綺麗な石を乗せてるだけなんだけどね。


 奥の棚には本がぎっしり入ってあるようだ。是非見させてもらいたい。


 また、ヒルデさんの商品の置き方は若干雑然としていたものだが、この店の商品はどれもある程度間隔を置いて配置されているので整然としている。店主の性格によるものだろう。

 「見た商品は元あったところに戻してください」とテーブルの真ん中に注意書きがあるのには、まだ見ぬ店主に親近感を抱いた。


 店の奥には扉がある。

 建物的にはもう少し広いはずなので、他の部屋は居住スペースか製作スペースかになっているのだろう。


 しばらく待っていたが誰も来ないので、ハリィ君が「ネリーミアさんいらっしゃいませんか」と呼びかけた。

 やがて物音がしたかと思うと、奥の扉から青髪青目の丸メガネをかけた女性が出てきた。

 青髪はコスプレやアニメでしか見たことがないので少々面食らったが、色は紫がかっていてどちらかといえばネイビーだ。少し幼顔ではあるが気難しそうな少女の顔との組み合わせにそんなに違和感はなかった。


「誰かと思えばあなた方ですか。お二人共魔導士でもなければ魔導教官でもないと記憶していますけど」


 むすっとした表情でそう言う彼女の声は平坦でめんどくさそうだった。


 ケプラではよく見かける肌触りのよさそうな麻の上下。姉妹やジョーラたちと違って、根本ではなく髪の半ばほどで緩く結んだ髪。そして、その辺の雑貨屋で売っていそうな編み込みサンダル。高名な魔導士というワードからすると、ネリーミアはだいぶかけ離れた女性だ。

 ただ、私生活面は野暮ったく、性格は気難しそうだが合理主義で、さらにこの世界ではまだ見ていないメガネをかけているというのは、俺の軽く想像していた「研究職的な」性格とは要素的に結構合致している。


「もちろんさ。今日は友人の随伴でね。魔法の巻物が欲しいそうだよ」

 

 ネリーミアと視線が合う。目は吊り気味だが、さほど覇気はない。

 俺にはあまり興味がなかったのようで、視線はすぐに逸れておそらくインやディアラに行ったあと、また俺に戻り、そしてジョーラに行ったようだ。目はよく動くらしい。

 

「それはどうも。では待機していますので、何か欲しいものや聞きたいことがあったら言ってください。使用上の注意点なんかもありますから」

 

 めんどくさそうではあるが、ネリーミアは親切にそう言ったあと、隅の方でイスに腰かけ、傍の棚から本を一冊取り出してめくり始めた。

 本を特に選んだ様子はなかった。読む本をあらかじめ決めてしまっているのか、読む本は何でもいいのか。


 ジョーラが苦手だという部分を考慮して、ネリーミア像で俺が想像したのは、理論派で口やかましい製薬会社に勤めている知り合いの女性だったが、実際に会ってみると、小林君という仕事は非常にできたが不愛想で割とストレートに物を言う1個下の同僚の方が近いらしい。


 ジョーラが肩をすくめて、な、やりづらいだろ? といった視線を送ってくる。姉御肌でさっぱりとした気質のジョーラはやりづらい相手ではあるだろう。


 小林君は自然と孤立していたが、営業や教育の場以外ではとても頼りになる女性だった。同じ部署の女性からコスプレが好きというよく分からない噂も立っていたが、俺は特別嫌いなタイプではない。

 俺の経験だが、この手の人々は自分の興味のあるもの以外全く無関心だし、中立的であるのが基本姿勢だが、親しくなると自分の側にしっかり立ってくれる。

 同調圧力、権威へのへつらい、年上の人間への無条件な尊敬。

 日本社会にはお馴染みのそうした厄介な代物に立ち向かってしまった時。親しかろうが横に立ってくれようとしてくれる人はなかなかいない。


「では、見させて頂きますね」

 

 ジョーラと同じく苦笑を隠さなかった様子のダークエルフ二人とは裏腹に、ハリィ君は特に気にした様子もなくそうネリーミアに告げる。慣れてるんだろうか?

 ともかくその言葉を皮切りに俺たちは物色を開始した。


 ネリーミア像に関してはともかく巻物の品ぞろえは高名な魔導士というだけあって、豊富だった。

 意中の水魔法はもちろん、火、土、風の4属性が揃っている。バーバルさんから基本売られないという話は聞いていたが、空間魔法はやはりないようだ。


 重し代わりに置かれた綺麗なオパールっぽい丸い石の横に「売り切れ」と書かれた木札が時々置いてある。ないものもあるらしい。

 ちなみに習得するときに指でかざす右下にあった小さな印はなかった。あったら買わずとも覚え放題になってしまう。


 在庫があったのが以下だ。


 ・火魔法 - 「灯りトーチ」「火弾ファイアーボール

 ・水魔法 - 「水射ウォーター」「凍結フリーズ」「水の防壁ウォーター・ウォール」「氷の魔女の癇癪ヨツンズ・スパンク」「氷の礫アイス・クラッシュ」「氷結装具アイシーアーマー

 ・土魔法 - 「岩槍ロックショット

 ・風魔法 - 「微風ソフトブリーズ」「風壁ウインドガード」「風刃ウインドカッター


 さすがに十八番なだけあって一番多いのは水魔法だ。カテゴリー的には水魔法に属するようで、氷魔法も豊富らしい。


 というか、半分ほどクライシスにあった魔法なので懐かしい気分に襲われる。

 使わなくなるスキルばかりで、有用だったものはないが、このリアルな世界では魔法は何も攻撃用途ばかりではない。是非使ってみたい。


 日常生活に使うなら、上級者向けの攻撃特化の大規模魔法よりも断然初心者向けの魔法一択だろう。《凍結》なんかはいつでも冷えた酒が飲めるようになり、《氷の礫》はいつでも氷が出せるようになるに違いない。


「うーん。売れ残りって感じかの? それに氷魔法が多いようだしのう」


 テンションが上がった俺の心境とは裏腹に含みのあるインの言い方に、氷魔法はダメなのか訊ねる。


「ダメというわけではないが、氷魔法はちょっと中途半端での。火力としては火魔法や土魔法があるし、防御力なら土魔法、利便性なら水や風や空間といった具合なのだが、氷魔法はどの分野にも尖ったところがなくてな。攻撃は火や土に劣り、防御は土に敵わぬしな。利便性にしても、食べ物を保存したり、死体を保存するために用いられることがあるが、それも一時的なものだ」


 なるほどね。ゲーム的には水魔導士よりは圧倒的に氷魔導士の方が多いとは思うのだけども。


「まあ……氷だもんね」

「うむ」


 インと戦った時は、周囲を凍らせる氷系のスキルをしょっぱなから食らったが、ああいうのはないんだろうか。


「ちなみになんで売れ残りって感じたの? 氷魔法以外にもいろいろあるけど」

「ん。《灯り》や《水射》は魔法を学ぶ者が最初に覚える初歩の魔法だ。《火弾》も《風刃》も同様にな。魔導士ならだれでも覚えられる魔法だから残っているのだろ。……防御系の魔法が多いが、風や水のは魔力消費は低いが防御力はそこまででもなくての。魔法にはそこそこ有用だが、ま、基本的に防御魔法に求められるのは武器に対する物理耐性だろうしの。人気がないと聞いておる。氷のはさほど聞かんのだが、さして大した噂も聞かんし、似たようなものであろ」


 《水の防壁》はクライシスにもあったウィザードとマギの魔法だが、インの言うように、大した防御効果を持つ魔法でもなかった。

 ビショップ、セイントの補助と比較してもバフ数値も効果時間も敵わないし、もちろん、《シールド》や《結界バリアー》なんかの防御魔法にも敵わない。


 強いて有用な面を挙げるなら、水抵抗の数値が上がる点。水系の魔法攻撃をしてくる魔物は結構強いのが多かった。

 もっともウィザードもマギも他に有用スキルが色々とあるし、スキルポイントがもったいないので、優先順位はかなり低い。

 《風壁》も同様だ。上位魔法を習得するために存在し、存在ですらも忘れられる下位魔法でしかない。


「土魔法の《石壁ストーンウォール》や、治療ができ、状態異常もある程度消せる《水霊の祝福アクア・ブレス》などは有用なんだがの。売り切れておるようだし」


 両者ともにクライシスではなかった魔法だ。便利そうだし《水霊の祝福》は欲しかったな。回復魔法ないし。


 売れ残りか……。残念だ。


「そうですね。うちの魔導兵たちも《火炎連弾フレイムバレット》などの中級以上が主流で、この残ってる初級魔法は基本的に使わせていませんね。……氷魔法が使いづらいのは仕方ないです。水という性質の問題もありますし、水魔導士の方々は昔からあまり前線に出なかったので、戦力としての方向に魔法開発がいかなかったんですよ」

「あたしは昔ヒュライの奴と戦って見直したけどな、氷魔法」


 あの人は異常ですから、と苦い顔でハリィ君。


「《凍結》で自分の周囲の地面を滑りやすくして相手の攻め手を封じつつ、《巨氷槍グレイシャルスピア》で攻撃すると同時に地面に刺した氷柱を盾に攻めてくるなんて戦法、雪国ガルロンド出身のあの人しかできませんよ」


 うわ、その人すごいな。玄人っぽい。

 というか、そういう使い方もありなら、氷魔法も捨てた物じゃないと思うんだけど。しかし雪国もあるんだな。


 とりあえず巻物は全部購入するとして、他のを見よう。使ってみないことには分からないし。


「なんだ、もういいのか?」

「うん。あるのは全部買うよ。他の見ておきたくてさ」


 全部ってお金ありますね。ま、私らはそれなりにはな。

 というインとハリィのやり取りをよそに、草の束や粉末などのあるブースに来たが、マジア草以外はさほど分からないことに気づいた。

 一応鑑定スキルで説明文を見てみるが、「~の草の束。錬金術でよく使われる材料」といった風にしか書かれていないので相変わらず役に立たない。

 錬金術の本持ってくればよかったと後悔。部屋のテーブルに置いたままなんだよな。今度来たときはせめて入用の物を紙にメモしておこう。

 ちなみに、秤などの道具の類はなかった。ヒルデさんが言うには必ず手に入ると言っていたが。今絶対に欲しいものではないのでいいけれども。


 とりあえず入用になった時が面倒なので、ヒルデさんの店で見ていないものは購入しておくとして、本を見てみよう。


 本棚は、タイトルをざっと見る感じ、ホムンクルス関連の本はないようだった。残念半分、安心半分といったところだ。

 それにしても知りたいと思ってはいるんだが、自分の生まれのルーツを知るのにこんなにびくつくとは思わなかった。周りがみんなホムンクルスだったら、そんな感情も沸かないだろうに。


 他は戦術論や後方支援の詳細について書かれた兵法関連の本、この世界における傑物や学者の書いたらしい伝記物や専門的な著作、各魔法の来歴について書かれた本などが棚の7割ほどを占める。結構読者家らしい。

 それにしても魔法道具屋なのに、魔法や錬金術の実用書がないのはどういうわけなんだろう。

 でもヒルデさんの店も本のブースはなかったしな。言わないと出てこないのかもしれないのかもしれない。これらの本も、いずれ読んでみたいところではある。


 棚の下部に目をやる。……「王子ヒューゲルの憂鬱と冷たいキス」「月夜亭主人の秘め事」「森ドラゴンに育てられた賢者」。


 表紙がないので判断できないのだが、女性向け小説か? ちょっと背筋が寒くなるのを感じながら、20巻もあり、一番多いらしいヒューゲル王子シリーズの1巻を手に取る。


 流し読みをしたところ、ヒューゲルという人物は美男子で女性の影も多いが、暗い性格らしい。「君のキスは冷たいね……」というキス後のセリフにぞわっとくる。

 ちらりと、俺に構わず読書しているネリーミア嬢を見る。俺の物色に一切気を止めることはなく読書を続けている。なかなか肝が太いらしい。


 本棚はもはや売り物ブースというより、待機中の読書用棚なのかもしれない。客が去ってもしばらく読み耽る的な。

 俺も一時期図書館にこもった口なので、その辺はよく分かる。本ばかり読んでると、何でもいいから自分の近くに本を置いておきたくなる。


 ヘルミラがやってきたのでキス魔王子の本を慌ててしまう。


「何を読んでたんです?」


 普通に答えればいいんだが、何でもないよとつい答えてしまった。

 ヘルミラの目線が俺が本を戻した辺りに目がいく。


「ヒューゲル王子シリーズは人気の小説ですよね」


 ヘルミラがくすくす笑う。


「有名なんだ?」

「女性向けの小説では金字塔と言われている作品の一つですね。私も8巻くらいまでは読んだことあります」


 視線を感じて振り返ってみたら、ネリーミアがこちらを見ていた。見ていたのは俺ではなくヘルミラらしい。

 ネリーミアは何も言わずに本に視線を戻した。話しかけてもいいのに。好きな本で話が盛り上がるって、本好きにはたまらないだろうに。

 ちょうどいいので本は売り物かどうか聞いたが、やはりというか売り物ではないとのこと。上の棚にある本も同様らしい。残念。

 売り物でもないのに勝手に読んで悪かったなと思ったが、またページをめくり始めてしまったので、その場を静かに去ることにした。


 他の皆は特に購入するものはないらしかった。インは武具屋で魔法でもとは言っていたものだが、あの解説からも察するに、いい魔法はなかったようだ。

 ある程度物色も終えたのでネリーミアに清算したいことを伝えると、あそこに買うものを集めてくださいと言われたので、清算用なのか何も置かれていない広いテーブルに品物を並べていく。


「《氷結装具》は中級魔法ですね。中級魔法は相応の身分証や購入許可証を見せるか、一定の力量に満たない者には売ってはいけないことになってます。身分証や許可証があるならお願いします」


 ないんだよな、身分証。田中大地、未だに住所不定無職です。


「えーと、……持ってないんです」

「そうですか。では調べさせてもらいます。手を出してください」


 意を決して素直に未所持だと言ってみたが、ネリーミアは特に取り合わなかったのでほっとする。

 ヒルデさんもしていたが、魔法の適性を調べるやつだろう。言われたままに掌を差し出すと、ネリーミアが手をかざし、まもなく俺たちの手の間に白い光が明滅する。


 しばらくしてネリーミアが顔をしかめた。


「……てっきり素人かと思いましたが。あなた私よりもレベル高いんですね」


 ヒルデさんの時は「錬金術の適正」だったのだが、ネリーミアのものはレベルを調べるものだったらしい。

 「私よりもレベル高い」というふわっとした表現な上に、さほど驚愕はしていないようだったので、LV280という、一般兵でLV20前後、最強の槍使いでLV60台のこの世界の人たちからすればバカみたいなレベルは知られていないようで安心する。


 それにしても、ヒルデさんやバーバルさんはいくらかレベル差があるのをすぐに看破していたようなんだが、この人は今知ったようだ。常時展開出来る人と出来ない人がいるんだろうか。

 というか、考えてみれば魔導士の女性率高いな。ヘイアンさんたちが言っていたのは、男性の魔導士だったけれども。


「他に追加購入するものがないなら、袋詰めの用意を始めますが」

「特にないんだが、ときにネリーミアとやら」

「はい?」

「高名な水魔導士と聞いておるのだが、当然ここにある魔法は使えるのだろ?」


 インの質問に、ええまあ、と相変わらずのぶすっとした顔でネリーミア。


「《氷結装具》を使ってみてほしいんだが、どうかの」


 何かあるんだろうか? ネリーミアを見ると、すぐにいいですよと承諾される。


 ネリーミアが右腕を差し出し、左手を前腕にかざす。青色の魔法陣が出現し、明滅すると、まもなく水色の籠手がぱっと出現してネリーミアの前腕を覆った。


「おお。見事だの。丈夫そうだ」


 インの言うように、籠手はネリーミアの細腕をうっすらと透かしているが、1センチくらいの厚みはあるようで頑丈そうだ。

 籠手はシンプルな形状だが、一応籠手の末端には線が入っている。ぱっと見氷には見えず、子供の頃にハマったガンプラのクリアパーツを思い出してしまう。冷たくはないのだろうか。


 インが氷の籠手に触れていたので、便乗させてもらおうと、俺もいいかな? と聞く。


「どうぞ」


 冷たくない。滑る感じもなければ、皮膚にくっつくこともない。さすが魔法だ。


「これって溶けたりする?」

「中級魔法規模の火魔法などでは溶けますが、蝋燭の火などの自然の火程度では溶けません」

「へえぇ、すごいな……。氷の彫刻というよりガラスみたいな感じか」

「まあ、近いですね。ガラスよりは頑丈ですが」


 作り方とか、どれほど頑丈なのかは具体的には知らないのだが、なんとなく強化ガラスのイメージだ。


 情報ウインドウが出てくる。


< ネリーミア・アダプター LV38 >

 種族:人族  性別:メス

 年齢:33  職業:魔法道具屋主人

 状態:健康


 俺より年上だった……。いまさらだし、言葉遣いとかは気にしなくてもいいか。なんだか小林君と話している気分になってきたし。


 結局全員が《氷結装具》の籠手に触ってしまった。4人同時くらいは触ったように思う。氷の魔法はそんなに珍しいのかな?


 さすがに気恥ずかしかったのか、ネリーミアはゴホンと咳ばらいをした。


「防御力は術者にもよりますが、最低でも鉄相当になります。打撃には弱いですが、斬撃や刺突には優れた耐性を持った防具です。基本的には装備の上からかけますが、このように素肌の上でも問題ありません」

「重さはどうなんだい?」

「鉄以下ですよ。せいぜいが濡れた革程度です」


 ジョーラが、それはいい防具だね、と感心する。


「防具の上につけるってなら、単純な話、防御力が倍になる。初級魔法だったら是非使いたいところだよ」

「そうでしょうね。着脱の手間もないので、前線の兵士でも重宝しますね。もっとも、それなりに魔力は消費しますし、術者の意識が混濁すれば消失してしまいますけどね」


 魔力の消費が大きいのは仕方ないとして、着脱の手間がないのはいいな。鎧の類とか、一人で着れない自信あるよ。


 ネリーミアが籠手を消す。


「他に何もないようなら準備しますが」

「お願いするよ」


 ネリーミアは若干上機嫌になったようにも思える。

 いまさらながら、メガネを取って身綺麗にしたら可愛いだろうに。というのは余計な世話か。小林君もこの手の話は嫌っていてだんまりした口だ。


「《氷結装具》見たかったの?」

「ん? いや、あまり見ない魔法だったしの」


 珍しいの言葉にハリィ君が同意する。便利そうなんだけどね。


 購入したものは以下だ。


 ・魔法 … 「火弾」「水射」「水の防壁」「氷の魔女の癇癪」「氷の礫」「氷結装具」「岩槍」「微風」「風壁」「風刃」

 ・材料 … 「ラフア草*束×3」「白ツツジ*束×3」「三等級魔石*粉末小瓶×3」「紺碧石*粉末小瓶×3」


>称号「インパルス・バイヤー」を獲得しました。


 別に英語で言わなくたって自覚あるから。ちなみに総額82,300Gした。


 紙屋の例もあるので、一応こんなに巻物を購入してしまって大丈夫か聞いたが、出ているものは全部在庫はあるようだった。インの言う通り、人気不人気に結構偏りがあるようだ。

 そもそも、巻物は魔導士や貴族からの大量購入が多いらしいので、こういう風に一気になくなるのは珍しくないらしい。

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