3-12 ケプラ練り歩き (2) - 革細工屋のハライ


「ハライ! 客を連れてきたよ。あんたの防具が欲しいんだってさ」


 目的地についたようで、ジョーラがとある露店の奥に声をかける。

 ぱっと見では多少大きな露店くらいにしか見えなかったが、露店の前に置かれた明るい色の木の看板には茶色の革が釘で張りつけられ、下にも革細工と書かれた札が打ち付けてある。


 店の中は、主に防具と、腰のベルトから下げる剣帯やポーション入れや道具などの小物入れの革製品が多いようだが、鳥を模した革と鉄針で作った人形があったり、吊り下げている紐には皮のサンプルらしく黒からベージュに近い色まで数種類の皮が下がっていたりと、至る所に革ものがある。


 店の前を通った時も多少香っていただろうに、店内に顔を向けた途端に強い皮のにおいに顔をしかめそうになる。

 インは……鼻をつまんでなかった。革は大丈夫なようだ。


「おや。ジョーラさんじゃないですか。久しぶりですね」

「ああ。三月振りくらいになるかな? 元気にやってるかい?」

「もちろん」


 店の奥から顔を出したのは、強いねじり癖のある濃褐色の髪に、垂れ気味のベージュの目を持った中年男性だった。

 髭は剃られているようだが――といっても、完璧につるつるな人はこの世界では子供以外見ていないけれども――目のシワが少し目立っている。下には革屋らしく、革のエプロンと、革の手袋をつけている。彼がハライらしい。


「パパおきゃくさーん?」


 露店の布を下からぺらりとめくり、子供が顔を出してきた。

 癖のある明るい茶髪でグレージュの目だ。男の子だろうが、女の子にも見える顔をしている。Bwitterに貼りつけたら騒がれそうだ。


「そうだよ。あっちで遊んでいなさい」

「息子さんですか?」

「ええ、まあ。騒がしい時期でね」

「ダークエルフだあ。あ! 女の人いっぱいは喧嘩になるからダメなんだよ~」

「おう、ダークエルフだぞ」


 ジョーラの気さくな挨拶をよそに、少年から飛び出したちょっと不穏な言葉に店主の顔をうかがってみると、フリンがうるさくてすみませんと謝られてしまった。

 不倫? ……女性遍歴を聞く気はないんだけど、偶然か悪ふざけか。まあ名前的にありそうではあるかな?


「それで今日はどちらの何を見に来たんですかね?」

「この二人の防具を見にきたんです」


 姉妹二人を軽く紹介する。


「戦闘用でいいのかい?」

「はい」


 世間話もそこそこに、ふうむ、と店主はさっと二人を上から下まで見た。

 腕をちょっと伸ばして回ってみてもらってもいいですかと言うので、言われたままに二人を回らせる。サイズ辺りを見ているんだろう。好色家疑惑のあるハライ氏だったが、すっかり職人の顔つきだ。


「胸、肩、前腕、上腕、腰、脚。うちので全部いけると思うよ。脚のが少し短いかもしれないけど。なにかつけてみるかい?」


 多いな。とりあえずそうさせてもらおうと、展示されていた前腕の防具――籠手を受け取る。

 こげ茶色の革を指で小突いてみるとぼんと硬質な音が鳴った。頑丈そうだ。表面はくしゃくしゃした紙みたいな模様になっている。何の革だろう。

 インが俺の手をつかんで見せてくれとせがんできたのでそのまま防具を降ろした。インも同様に指でこづく。


「なかなか硬そうだの」

「だね。これって何の革ですか?」

「ブラックゴートの革だよ」

「ほう。ゴートか」


 おー。ブラックゴートは確かヤギ系モンスターの下から二番目くらいのヤツだ。

 革は詳しくないので実際のと同じなのかは分からないけど、ヤギの革ってこんな質感なんだろうか。


「この辺で防具用の革といったら、ブラックゴートのものになりますね。ブラックゴートは外皮が硬く、魔法を使わないなら多少腕がないと狩れないので、ケプラ騎士団の収入源の一つにもなっていますね」


 ハリィ君の解説が入る。収入源か。

 ブラックゴートはクライシスだとLV60くらいだったと思うので、レベル制限がかかってるらしい。


 姉妹は二人とも体型はほとんど一緒なので、籠手と脛当てをそれぞれつけさせてみる。

 ベルトを締めることでいい感じになった。防具の良し悪しは分からないのだが、見た感じは様になっていると思う。


「どう?」


 ディアラが腕を動かしたり回りしたりする。


「いい感じですね。軽いし、頑丈そうです」


 ヘルミラにも聞いてみたが同意見のようだ。インが似合っておるぞ、と気さくにコメントすると二人は満足気な顔をした。二人に他の防具も一応つけてみるように言う。


 そんな折に、ジョーラが展示品の肩当てをしげしげ眺め始めてコメントする。


「相変わらずいい仕事だね。この辺りであんたよりいい腕のやつはいないんじゃないかい?」

「いえいえ……俺もまだまだですよ。ここじゃなかなか高価な素材は触れないですし」


 そう謙遜するハライさんは至って真面目な顔つきだ。ヴェラルドさんのことを知っているかどうかは分からないが、驕ってないのは好印象だ。


「革防具商会の推薦を受けてたら今頃王都に店が構えられたかもしれないのにねぇ」

「あれは……だって、嫌ですよ。三年間ずっと兵士用の鹿の手袋や首巻を作り続けるだなんて。誰だってできる。店だって実際に出した奴の話は聞いてませんよ」


 ハライさんが表情にいくらか暗いものを漂わせてため息をつく。腕はやはりあるようだが、色々と思惑があったようだ。


「あんたもすっかり職人になったもんだねぇ。ま、アーロンの下にいるのは確かにつまんない奴ばっかだけどな。そういや嫁は元気かい?」

「え? ええ、まあ。最近はよく実家に帰ってます」

「仲悪いのかい?」

「いえ、そういうわけじゃないんですが……」

「ふうん? たまには王都に買い物でも行って、金でも使ってきな。どうせ革ばっかり触って嫁にろくに構ってないんだろ。騎士の娘は庶民の娘と具合は違うぞ? 分かってるんだろ?」


 ハライさんは、いや、と言葉を濁していたが、少し間があって、「そうですね」と苦笑した。


「なんでかね。職人ってのは身内を蔑ろにする不器用な奴が多いよ。……あー、いや、例外のドワーフがちょっと歩いたとこにいたな」

「あのとんがりヒゲオヤジの相手もなかなか骨が折れますよ。何かと嫁と娘の話をしたがりますからね。聞き流す分にはいいんですが、……俺はあの人の息子でも何でもないのに」


 ハライの嫌味のないため息に、ジョーラはそうだろうな、とくつくつと笑った。


 言葉を崩した辺り、ハライとジョーラはなかなか気心知れた間柄らしい。というか、ジョーラの顔が広いというべきか。

 それにしても「とんがりヒゲオヤジ」ね。(笑)

 ここは現代日本でもなし、たいていの男はヒゲを生やしているが、さすがにガルソンさんクラスにヒゲを生やしているとヒゲオヤジ呼ばわりになるようだ。とんがりは……フォローできないな。


 革のプロであるハライさんと、戦闘のプロであるジョーラたちから話を聞きつつ、ひとまず姉妹には籠手、胸当て、脛当ての3セットを購入することにした。籠手には手袋つきのものがあり、つけてみると具合がよかったので、手袋つきにした。


 ジョーラ曰く、防御は固めれば固めるほどもちろんいいが、動きにくくなるので始めはこれで十分だとのこと。

 ジョーラは俺自身の防具はいらないのかとも聞いてきたが、「ま、あんたならいらないか」と勝手に納得した。


 別に買ってもいいんだが……防具を着こむことで回避力が落ちるのをちょっと懸念していたりもする。回避ができないなら俺はどうしたらいいのか分からない。


 ハライさんは俺とジョーラのやり取りに不可解な顔をしていた。

 ジョーラが「ダイチはあたしより強くてね。さっき軽く徒手で手合わせして負けたんだ。このあたしがさ。驚くだろ?」と言うと、分かりやすく目を見開いて「嘘でしょ?」と驚いていた。


 あんまり広めないでよというと、ジョーラから不思議な顔で見られる。

 ジョーラはそのあと下を向いて少し不気味な薄ら笑いをこぼしたかと思うと、俺の肩を数回軽く叩いてきて「わかったよ」と納得していた。変な解釈してないよな?


「ま、とにかく。何においても一番優先するのは胸当てだね。武器を持った相手がいるなら、籠手だ。最悪腕で流さなきゃいけないからね。そのハライの革防具なら、その辺の兵士の鉄の剣なら軽くさばける」


 そう姉妹に語りながら、ジョーラは自分の革の籠手を軽く叩いた。となると、ジョーラがつけているのもここの店のだろうか? ハライさんは苦笑していた。


「ジョーラさんだからこそ出来る芸当なので、あまり鵜呑みにしないでくださいね」


 今度はハリィ君がそう姉妹に補足する。簡単な技ではないらしい。まあ、受け流しは熟練の技とも言うよね。


「なんだよ。お前だって楽にできるだろ、ハリィ?」

「私は相手を選びます。ジョーラさんは選びません。ここが違いです」


 ハリィ君のため息交じりの言葉にジョーラは俺のことを見ながら肩をすくめた。達人の相手も大変だね。ジョーラ以上に相手を選ぶ必要のなさそうな俺が言うと説得力ないだろうけど。


 あと、ガルソンさんの言っていた槍の穂先にかぶせる革袋と弓入れを提げる用の頑丈なベルト、予備の弓の弦、予備の革紐なんかも購入した。弓の弦はヤギの腸を加工したものらしかったので、ちょっと驚いた。


 槍と弓矢と矢筒は買い物をしたら引き取りにいくことにしている。

 ジョーラとハリィ君も防具は着込んでいるし、そのまま着ていってもよかったのだが、もう少し買い物するので備品も合わせてあとで引き取りにくることにした。



 ◇



 魔法道具屋は、革細工店の向かいの道の路地に入ったところにあるそうだが、道中に市場があるので、少しだけ市場を見て回ることにした。


 何かそういう宿命にあるかのように――実際、料理研究はインの旅の目的の一つではあるんだけど――インが肉屋を見に行こうと言うので、一番近くにあった干し肉屋に向かう。


 やれやれと思ったのが俺だけでなく、ディアラにヘルミラは当然としてジョーラとハリィ君までそんな雰囲気を醸し出していたのは何とも言い難いものがある。

 美味そうに酢豚もどき食べてたもんなぁ。食レポと料理屋の広告タレントの才能あるよ。最初、うまーーーいとか言ってたしね。

 そういえば少し小腹が空きましたね、というハリィ君の言葉に同意しつつ、確かに少し小腹が空いてきた。フォローなのか、本音なのかどうだろうと思う。


 市場は100均や雑貨屋と同じように、無目的に見て回るだけでも十分に時間がつぶせるように思うが、俺には見るべきものが一つあった。


 ナイフとフォークだ。


 ケプラにあると教えてくれたヘイアン夫妻の話によれば、ヴァイン亭では一応置いてあるが、ナイフもとい短剣は基本的に店に食べに来るときには、貴族はもちろん庶民でも持参するのが普通らしい。

 一方でフォークは高いので庶民で持参する人は少ないのだとか。スプーンは料理がスープ類であれば店が出すので持ち込みする人はほとんどいないらしいが、この際ほしい。


 箸は「棒二本」でいいので、木の枝を削って洗って使うなり、割とどうとでもなりそうなのだが、今のところは箸を使おうとは思ってない。

 ファミレスならともかく、本格派の西洋料理だし、さすがにね。目立つのも予想されるし。


「ナイフとフォーク?? 食通なのかい?」

「うん、まあ……そんな感じ」

「食器類はあの辺りでしょう」


 食器類の売られている露店の一つにフォークはあった。

 単品でぽんと売られていないのがもどかしいが、ヴァイン亭で借りたものと同じように、フォークはスプーンとセットになって売られているようだった。逆にナイフは単品でしかないらしい。


 フォークとスプーンのセットは立派な木の箱に入っていた。

 ヴァイン亭で借りたものとは違うようだが、スズランが意匠として箱には彫られていた。中のフォークとスプーンは銀製だった。


 ナイフも合わせて4人分あるかと、もみあげから顎までヒゲを蓄えた店主に聞くと、「もちろんありますよ、お若い旦那」と、実に分かりやすく嬉しそうな顔をされる。

 セットの方は一つ8000Gだし、ナイフも短剣よりも高く4000Gで、かなり儲けが出るからだろう。正直箱はかさばるし一つでよかったのだけど、仕方ない。


「別に私は手で食うぞ?」


 干し肉を頬張りながらインがそうこぼし、姉妹も似たような反応を見せた。いやいや、できれば使ってほしいよ。


「手と服汚れるし、あったら便利でしょ?」

「ううむ……」

「君たちもできれば使ってね」

「はい……。頑張って使えるようにします」

「仕方ないのう……」


 微妙な顔をするインとは裏腹に姉妹は素直に乗り気になってくれたので、とりあえずヨシだ。インもこの分だと使う努力はしてくれるだろう。


 インには聞いても無駄だと思いつつも、三人に何か見たいものがないか聞いたがあまりいい答えが返ってこなかったので、適当に市場をぶらつく。


 茶葉の店があった。


 店は少々狭く、テーブルとスタンドランプがあるだけだったが、テーブルは木目が美しい見たことのない種類の木材だったし、敷かれたテーブルクロスも刺繍が入った豪華なもので、スタンドランプもアンティーク風の一品でと、小さいながら贅の凝らされた店内だった。


 店主もまた、白髪交じりの恰幅のいい男性で、肩は中世風に膨らんでいたが真っ白いシャツに色味の綺麗なブラウンのベストを着ていて、品の良い服装をしていた。

 その辺の店の雰囲気とは明らかに違うので、物が盗られてしまわないか少し懸念してしまうところだ。


 肝心の茶葉は、カメリアティー、エリドンティー、ハーブティーの三種類があり、ハーブティーが色々と取り揃えているようだったが、残念なことに全部売り切れていた。売り切れだと情報ウインドウも出ないらしい。

 特に買うつもりもなかったのだが、「売り切れているんですね」と店主に話を振ってみると、売り切れているのは常で、店は予約をする客のために開いているのだとか。


「予約するか?」

「あ、いえ。今回は遠慮しておきます」

「そうかい」


 元々そんなに愛想がいいわけではなかったが、不機嫌そうに目を伏せられてしまったので、さっさと退却しておいた。実際、予約しないのなら、見るものはさほどない。


「茶葉って人気なんだね」

「そうですね。王都でもそうですが、朝方に予約しなければ購入できないはずです」


 へえぇ。さすがヨーロッパ?


 他に意外なところでは、雑貨屋の一つに大型の木でできたクリップのようなものがあり、木材屋でおそらく薄い板が手に入るとのことなので、買ってしまった。

 俺が求めていた板はベニヤ板くらいの板だったんだが、それはタダ同然の余り物として木材屋の隅で木箱の中に放られてあった。

 きこりらしくだいぶ筋肉質な体の店主から「そんなもん欲しいのか?」と、若干変な顔をされながらも3枚購入する。


「その木の板は何に使うんだい?」


 紙に字を書く時の下敷き用にねとジョーラに答える。3枚買ったのは、ただの木の板だし、他に何か別口で入用になるかもしれないと思ったからだ。


「ほほう。ダイチは代筆も出来るのか? 所作も洗練されているだけあるねえ」

「代筆は特にするつもりはないんだけどね」


 代筆の前に言葉の壁の問題があるよ。《言語翻訳》により会話は問題ないようなのだが、書くとなると違う。金には困ってないが、必要書類を書くために習う日も近いうちにくるだろう。


 木材屋には釘も金具もあり、折り畳みイスくらいならDIYできるので作れそうだなと思って店内を軽く見たんだが、ネジがなかった。

 トンカチは売られていたので釘をひたすら叩くのだろう。素手でドライバーをまわすのでさえ結構だるいのに、そもそも回せないのはなかなかだるい。


 腕力の心配に関しては、徒手で木に穴を開けられるので、疲れの心配をしたところで徒労であり、釘とトンカチがあれば十分力業でなんとかなりそうなことを思い出したのは、後の帰路につく馬車の中だった。

 俺はまだこの世界に馴染んでないらしい。

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