3-11 ケプラ練り歩き (1) - ケプラの市場


 武具屋のある辺りは、商売的な競争をしているのか知らないが各建物の石造りの様式がそれぞれ異なっていて、道もしっかりと舗装されていたのだが、東門へと進むにつれて建物や道路の質が緩やかに落ちていく。


 石造りの様式はいくらか単調化していき、同時に粗末な感じが漂い始める。


 粗末な感じとは家の石壁の雨垂れ汚れやひび割れが目立つようになっていったり、塀を遠慮なしに植物が伝っていたり。薄汚れた天幕が増えたり、木箱や物でいっぱいの藁籠が塀の前に積まれていたり、敷き詰められた石畳の石が先細りになっていき、泥砂の割合が多くなっていったりだ。


 露店も東門に通じているメインストリートだけでなく、家の合間合間から伸びている路地の方まで展開されるようになっている。

 別にレストランのテラス席でもないのに外塀の傍にテーブルセットがあり、空のジョッキがあるのに座っている人がいないのは、いろんな意味で非日本的な光景だ。単に忘れてるだけかもしれないけどね。


 人々の服装にしても、「奇抜か豪華」かの貴族風の格好の人やシャツと帽子をかぶった商人風の格好の人が明らかに減って、ディアラたちが当初着ていたボロ布をまとって紐でしばっているだけの人や、台車を押す労働者の人や農夫っぽい人がちらほら見かけられるようにもなる。

 痩せた人も多く、単に肉体疲労からきているのだと願いたいところではあるけど、みんなそんなに景気のいい顔はしていない。


 こうした貧民街ならびに市場の風景は、観光気分とインの言うところの田舎者気分ですっかり忘れていたが、今思えば俺たちが町に入った時の西門――特に十字路から外れた外周付近――でもしっかり見られていた。

 魔物が普通にいる世界だし、中心部にいくにつれて土地代が高くなったり、金持ちや要人しか住めないような仕組みになっているのかもしれない。


 ただ貧しさの光景はイメージ的に悪いかというとそうでもなく、あちこちから呼子の声や子供の声が聞こえてきて賑やかな面もある。

 メイホーの生活市場で見られたような、良くも悪くも自分は人生を終えた、あるいはここで人生を終えたいという陰気で自暴自棄で諦めきった分かりやすい人々の心情はここにはあまりない。女性の話し声や笑い声も聞こえるのもあり、むしろ像周りの人々よりも生き生きとしている節さえある。

 別にメイホーの村長を責める気はないのだけど、この差は何だろうかと思う。やはり産業格差だろうか? 長閑すぎるのも考えものだと少し思ってしまうね。


 市場は賑やかではあったのだが、怒号に近い話し声もあり、諸々の声がいっぺんに大量に聞こえてきたので、《聞き耳》スキルはオフにした。 


「賑やかでいいのう」


 インはこの界隈に入ってから上機嫌だ。店の前で呼子をしていたり、隅で「けんけんぱ」らしきものをしていたり、像周りよりも無邪気な子供の姿をよく見かけるからだろう。

 先述したように西門にもこうした光景はあるにはあったのだが、子供や女性の数はこっちの方が多いようだ。市場があることも理由だろうけど、昼過ぎだし、時間的なものもあるかもしれない。


「だろう? 王都の賑やかさはここにも増してすごいんだが、あたしはこっちの賑やかさの方が好きでね」

「ほう。なぜだ?」

「王都だとみんな商魂激しくてね。ちょっと話をしただけで客だと思われてしまうのさ。話の合間にさてこれはどうか、じゃ、あれはどうかってがっつかれてね。買わないよって言ったら、なら話しかけるなよって顔をされるんだよな。……子供でもそうなんだよなぁ。その点ケプラはまだ気楽なもんさ。みんな気軽に世間話してくれるし、子供は“きちんと”勘定を間違うからね」


 勘定を間違われるのはちょっと嫌だけどね。


 まあでもガルソンさんの店に来たジョーラも、店にきてすぐ世間話を始めてたし、確かに気楽な感じだったな。日本だったら勘定の時に世間話されるのは無言の同調圧力然り好まれないところだが、俺も店の人間とは世間話の一つくらいしたい口だ。


「俺もそれは分かる気がするよ。店側でしか知らないことも聞けるし」


 買い物なんて、食品ですらネット環境で1クリックで事足りるのに、わざわざ店に足を運んだ末に買い物だけして話の一つもせずに終わりっていうのも味気ない話だ。

 専門家である彼らの目線は、素人の俺たちとは明らかに違う。知識から感性まで、話をすれば色々と得るものは多い。


「だろう? さっすがダイチは話が分かるね」


 ジョーラが得意げに顔を見せてきて、そのまま腕を絡ませてくる。距離近くなったなぁ。人さまから見たら、種族は違えど、俺はジョーラの弟みたいに見えるんだろうな。


「ジョーラさんの場合は半分冗談みたいなものですよ。王都の人々はみんなジョーラさんのこと知ってますからね」


 ハリィ君が俺に苦笑してくる。うちのがすみません、みたいな感じでちょっと面白い。

 でもそうか、王都の精鋭なんだからこことは違って顔くらい知られてるよな。ジョーラはあまり好かなさそうだが、たった7人に絞ってしまった精鋭なら、パレードとか式典とかにも顔を出してそうだ。


「王都が誇る七星の大剣だもんね」

「あんたが言うと嫌味に聞こえてくるからよしてくれよ」


 そう口を尖らせて、ジョーラが離れる。別にそういうわけじゃないんだけど。


「あたしは大金持ち歩いてるわけじゃないんだけどねえ。俸給はモネ坊に管理任せっきりだし、せがまれても大したもの買えないよ。ああ、モネ坊はね、あたしの資産管理をやってくれてるヤツさ。あたしのって言っても、他のヤツも二人管理してくれてるんだけどね」


 資産管理か。王都の精鋭だし、いくらくらいもらってるんだろう。まぁ分かったところで、金銭感覚はないに等しいので「へ~すごい」としか言えないのは間違いないのだが、後学として知りたい。


 ハリィ君がため息をつく。


「モネリタをあんまり信用しすぎない方がいいですよ? ジョーラさんが手数料一番取られてるそうですから」

「そうなのかい? まあ、多少なら取っていいって言ってあるからねぇ」


 ハリィ君が再度ため息をついた。気持ちは分かる。ジョーラはあまり金を渡しちゃいけない感じの人らしい。姉御肌らしいといえばらしいんだが。

 ハリィ君と目が合ったので、大変だね君もと言ってみる。そうなんですよ、と返されてしまう。本当に苦労人だったか。本来は戦闘部隊の副官に過ぎないだろうに。いや……違うのか?


「そうそう、スリをしてくる子供がいるので注意してくださいね。ちょっと前になかなか計算高い少年が捕われたばかりだそうですから」


 ハリィ君からそんな注意が飛ぶ。治安が良さそうでもスリはしっかりいるらしい。

 スリ相手にスキルは発動するんだろうかとか、スリの相手は赤いマークになるのかなとそんな呑気な疑問が湧く。


「ほう。そんなのがいたら叱ってやらねばならんのう」


 インはそう言いながらどこか嬉しそうだ。


「インが叱ったら、逆に懐かれそうだよ」


 何の気なしにそう言ったのだが、後ろのディアラとヘルミラにはちょっとうけたらしい。インはインで、そうかのうとまんざらでもない感じだ。ほんと子供好きだよなぁ。


 そんな話をしていると、人の姿はもちろん露店や看板が多くなり、景観がいよいよ生活雑貨市場って感じになってきた。賑わいも最高潮だ。においも色んなものが混じっているが、不快なほどじゃない。


 俺たちは人にぶつからないように避けながら練り歩いていった。

 気配を感じて避けてくれるわけもなく、ガタイがいい人も多いので、日本でおなじみの「すっと横に一歩ずれるだけ」がほとんど通じなかった。

 変なところで異国情緒を感じつつ、ジョーラとハリィ君はすっす、すっす避けていくのでちょっと感心したりもした。絶対武術的なやつだってあれ。


 売っているものはメイホーと同じで、野菜や果物や肉などの食べ物関連や、陶磁器や食器、木箱や藁カゴ、編み紐などといった日用雑貨が中心のようだ。

 もちろん他にも色々あるようで、軟膏屋、麦わら帽子屋、農具屋、木材屋、それから俺と同じくらいの歳の少年がやっている射的屋なんていうのもある。ああ、外見ね。


 それにしても露店の数が多すぎないかと思いもしたが、どうやら野菜にせよ壺にせよカテゴリー毎に店が一店舗限りというわけではないらしい。

 肉屋だったら「鶏肉専門店」と「肉は何でも扱う店」「干し肉屋」なんかがあったり、100均であるような子供でも作れそうな作りだがその分安いカゴの店、作りが頑丈そうだし一種の文化的な編み方とすら言えそうだが相応の値段をするカゴの店、有名なカゴ職人の弟子がやっている店と言った感じで、衝動買いはご法度みたいな雰囲気がぷんぷんしている。

 雑貨屋巡りも掘り出し物探しもどちらも好きなのでいいんだけどね。お金は余るほどあるし。時間もまあそうだ。


 ただ、存分に市場巡りを楽しめるのは個人行動の時に限りそうだ。付き合わせちゃ悪いから。

 割と意外だと言われるが、俺は買い物で悩む性質だ。服に至ってはサイズを一つ一つ見て、試着もするので、もっと長い。一時期は小さなメジャーを持ち込んでいちいち計っていた頃もある。

 でもインはともかく、姉妹は買い物は好きらしいので、案内がてら二人と色々回るのは良いかもしれない。武具屋の店内でもそうだったが、彼女たちは説明が丁寧で、さらに厭わずにしてくれるので、仲も見識も深められるいい機会になるだろう。


 薄い桃色のドレスを着た、令嬢風の少女が物珍しそうに露店の木製の食器を眺めているのを見つけた。傍にはこの世界ではまだ見ていなかった黒い執事服っぽい服を着た老人が立っている。

 周囲の色的にも俺がこれまで見聞きしている世界観的にも、明らかに浮いている二人だ。


 二人は一見するといいとこの出で、お忍びのようにも見えた。

 ただ、店主を交えて楽しそうに歓談しているところを見ると、別にお忍びでもないのかもしれない。というか、お忍びならもっと地味な服着てるか。


「ああ、エリアンテ嬢ですね。彼女はケプラ商会長ソルマック殿の娘さんですよ」


 俺はちょっと笑いがこみ上げるのをこらえた。


「どうかしたんです?」


 いや、胃腸薬だからさ。俺はウコン派だったけど。ウコンでどうにかなっていた頃が懐かしい。


「いや、何でもないよ。ちょっと場に似合わない恰好だなって」

「この界隈だとそうかもしれませんね。でも彼女に何かしようなんてことがあったら、ケプラ騎士団や商会つきの傭兵が飛んできますから変なことはないと思いますよ」


 おひざ元だもんね。

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