3-10 ジョーラ・ガンメルタ (4) - ガルソンとジョーラ


 ガルソンさんに槍と弓矢、その他諸々の代金を渡す。


 その他諸々とは主に弓矢関係で、木の矢筒、矢10本、剣のように腰のベルトから斜めに下げる木の弓入れだ。ヘルミラはちょっと遠慮していた風だったが、弓道の道具が高いのと同様、弓兵は結構お金がかかるらしい。


 ちなみに槍は徒歩での移動時は、手で持つしかないらしい。

 一応それなりの槍なら、胴体部分に色々な補強なり装飾なりがされているので――血が槍を伝わって手元に落ちてこないようにする細工もあるのだとか――そこから紐を引っ張ってくる細工を施してたすき掛けの要領で背負うことはあるらしいが、今回購入したショートパイクは必要最低限の補強しか施されていないとのこと。

 訓練用に購入したというと、「なら、上手くなってからだな」と言われたので納得した。


 代金を渡したガルソンさんの分厚い手は乾いていてガサガサしていた。爪の中と先は黒ずんでいる。

 職業柄なんだろうけどとりあえず何でもいいからクリーム塗りたくってほしいところだ。


「それといらねえかもしれないがこれも持ってけ」


 手渡されたのはお札くらいの薄紙だ。

 通行証と同じように、日付の他、「ケプラ商会ギルド アマリンの武器防具屋」という判子が捺してある。下には子供が書いたような字で読みづらいがガルソンとサインが書いてあり、黒丸で囲ってある。


「これは?」

「俺のところで買った、もしくは俺が紹介した客だっていう証明書だよ。これをハライんところに持っていけばちょっと安くしてもらえるぞ」


 仲介割引か。もしやこれがライリの言っていた、「武具屋に顔を出した方がいい」という理由か?


「ヴェラルドには劣るかもしれねえが、ハライんとこの革防具は騎士団や警備兵の連中も使ってるもんだし、やつに言えばうちで取り扱ってる武器で入り用になるもんはすぐに用意できるはずだ。ま、よかったら買ってやってくれ」


 最初はガルソンさんのことを商人として正直すぎるのではないかと思ったが、この感じだと逆に客から信頼されていそうだ。折角だから寄ってみようかな? って気分にさせられる。

 この世界のことをまるで知らない俺の場合は、「まず行け」なので、そういうことも言ってられないんだけど。


「分かりました。ちなみに入り用になるものってどんなのですか?」

「そうだな。お前さんたちなら槍の穂先にかぶせる革袋や、予備の剣帯、弓の弦、革紐とかだろうな。ベルトも服屋のよりも頑丈なのを注文できるぞ。カスタマイズもできるしな」


 槍の穂先にかぶせてあるのは見たことがあるが、色々とあるな。


「とりあえずここにない革もんはハライに相談してみればいい。馬具につけるもんもな。突貫槍兵のように“頭の上に槍を固定したい”っていう内容でも真面目に考えてくれる奴だぞ? がっはは!」

「そうですか」


 突貫槍兵ね。……頭の上で固定? 槍兵ってそんなことするのか?


「いや、冗談だからな?」


 ガルソンさんがこいつ冗談だって分かってるよな? とでも言いたげな顔で言葉を添えてきたので、頷く。

 いや、分かってるよ? ……たぶん。突貫槍兵の方はありそうなものだから、ちょっと考えてしまった。


「で。まぁ、お前さん。……裏でジョーラとやり合って勝ったそうじゃねえか?」

「ええ……まあ」


 一転して声を落として不敵に笑ってくるガルソンさんに苦い顔で首肯する。

 ガルソンさんは店番があったため手合わせを観戦していないのだが、ジョーラが嬉々として「ダイチは本物の男だったよガルソン! このあたしが完敗だよ完敗!」と報告してしまっている。

 本物の男呼ばわりとか、恥ずかしいったらなかった。俺が本物の男なら大多数の人が本物ってことになる。


「凄かったもんなぁ。ジョーラの槍の一撃を完璧に防いでよ。あいつはあれでもオルフェ一と誉れ高い槍使いなんだぜ?」


 ガルソンさんがそう言いながら、俺がしたように、槍を掴む仕草をする。真顔でやめて。恥ずかしいから。


「槍をすみません」

「いいってことよ。ジョーラ持ちだし、第一あれはジョーラがわりいしな。お前さんは奇襲を防いだだけだ。謝るこたねえ」


 まあ、不意打ちだったしね。


「ふうむ……。しかしお前さんに負けたのが理由で七星の大剣辞めるってなら、まあ分かる話なんだが。違うんだろうな」


 ガルソンさんが腕を組んで、とんがったヒゲの一房を指で挟んで撫でながら、俺を一瞥する。俺のせいで辞められたくはないが、確かに理由としては一番分かりやすい。


「七星の大剣辞めちゃうんですか?」


 エリドン食堂で既に辞めるとは聞いてはいるのだが、あまり子細は語られなかったし、別口からの話も気になったので知らぬ存ぜぬの体で聞いてみることにする。


「そうらしいんだよ。俺もさっき聞いたばかりでな。理由を色々考えちゃいるんだが」


 さっきって、随分急だな。ヘルミラが泣いてた頃、少し話し込んでいたようだし、その頃か?


「さっきって急ですね……。ヘルミラが泣いてた時ですか?」

「ああ、そうだ」


 ガルソンさんはふうと息をつく。なんだか寂しそうだ。ジョーラとは旧知の仲のようだし、色々思うところがあるのだろう。


「後任が育ってきたからとか、里で若いのに訓練をつけるからとか、挙句歳だからとかなんとか言ってたんだが、まあ本当の理由じゃないだろうな。歳だっつっても、まだまだ若えよな」


 ガルソンさんが同意を欲しがってくる。ジョーラの中身は45というが、外見は20代だ。言動にしても、年上ぶる節はあるが、いっても30歳かそこらで年寄じみているところは特にない。全く同意見なので、頷く。

 食堂で言っていた理由と同じか。となると、本人からか、ハリィ君辺りから聞くしかない、と言ったところか?


 何か思いついたようで、ガルソンさんは眉をひそめて俺に顔を寄せてくる。

 少し引き腰になってしまった。ガルソンさんは俺がこれまで見た顔の中でダントツのひげもじゃで濃いオヤジ顔なので。

 こういうとあれなんだが、キャップをかぶり、ダンボールハウスにでもいたら、目を背ける自信がある。


「まさかとは思うが、ジョーラを嫁にするって話になってんじゃないだろうな?」


 俺はいやいや、と慌てて手を振る。なんでそうなるんだ。


 でも……結婚か。


 ジョーラと結婚の方はさておき、もっと気軽に、第二の人生を謳歌する気持ちになってみてもいいのかもしれないな。金もあれば、スーパーマンな力もあるし。

 まあホムンクルスなので、結婚はともかく、恋愛の一つや二つできるだろう。……成功するかは別として。


「がっはっは! まんざらでもねえみてえだな。んん?」


 ガルソンさんがニヤリとして覗き込むように見てくる。シリアスなテンション何処いったよ。つい考えてしまった俺も悪いんだけども。


「その顔を見てるとそういう気はなかったようだが、ま、なんだ。ジョーラは案外考えてるかもしれねえぞ? 男っ気全くなかった奴だしな」


 男っ気全然ないのは分からなくもない。

 コスプレも大流行りの現実世界なら、あの顔と容姿じゃ大人気間違いなしなんだけどなぁ。いや、どちらかといえば人気になるのはインだろうけど。


「男嫌いとか?」

「いや? 七星の大剣に王都の兵に、ケプラ騎士団の連中に、仲良い男は結構いるんだよ。ただ色っぽい仲になってる様子はなくてな。時々話を逸らされる辺り、そういう話に興味がないわけではないと思うんだがな」


 ふうん。姉御肌だしなぁ。


「別にダークエルフ同士で結婚しなきゃいけないってわけでもねえしな。それによ、誉れ高き七星の大剣だろ? 婚約の話くらいあってもよさそうなんだが。七星の大剣の剣聖セイバーだってよ、国王の孫のお姫さんといい仲って話だろ?」


 それはらしい話だ。


 剣聖とは、七星の大剣に選ばれた剣、特に片手剣の名手の呼び名だ。

 ジョーラとハリィ君に軽く説明してもらったのだが、七星の大剣は王都ルートナデルの筆頭の精鋭であり、七星とあるように7人任命され、10人から15人程度で専用の部隊を組むらしい。

 部隊の仕事は戦時の出征、王都の防衛、山賊や魔物の討伐、王都内を含む各地の兵士たちの訓練など。

 もちろんこの任命された7人はそれぞれの分野でオルフェで指折りの達人たちだ。ちなみに七星は七竜から取っているとのこと。


 7人および部隊の簡易な詳細は以下だ。ちなみにクライシスとの同名の職は一つもなかった。


 ・大剣闘士ウォーリアー …… 大剣使い。七星の大剣のリーダー。当代のフーゴは剣聖のアインハードと同じ村出身で幼馴染らしい。ジョーラはよく2人とつるんでいるらしい。

 ・剣聖セイバー …… 片手剣使い。当代のアインハードは優れた魔法剣士でもある。

 ・槍闘士スティンガー …… 槍使い。近年はダークエルフがよく襲名している。

 ・魔導賢人ソーサレス …… 魔導士。特に火力魔法に秀でるが、魔法の開発も。当代のボルンウッドは歳により引退間近とのこと。

 ・弓術名士ボウマスター …… 弓使い。斥候。遠征に関しては配属された兵の頼もしさ次第。

 ・陣風騎長ストームライダー …… 騎兵部隊。当代のブラナリは槍使いの達人でもあり、頼もしいが、ジョーラ曰くノリが悪い奴とのこと。

 ・聖神官ハイプリースト …… 治療兵。遠征には基本的に出ず、聖神官だけで部隊も組まない。他の七星の遠征にヘルプで行くことはある。赤竜教の司祭や敬虔な信者が多い。


「ハリィとかいう小僧は常にくっついちゃいるようだが……ありゃダメだな。部下としては頼もしいんだろうが、そういう方向にはいかねえ」

「どうでしょうね」


 ばっさりいったなと思いつつも、内心では俺も同意だ。人がいつ死ぬか分からない世界観だろうから何とも言えないが……。


「でもよ、ジョーラとは10年来の付き合いだが、お前さんが初めてだぜ? ジョーラがあんなに女の顔してるのを見たのはよ」


 女の顔ね。手合わせ直後は確かにそんな顔してたけども。


「ジョーラはしつこいから気を付けとけよー? あいつの師匠は二代前の槍闘士スティンガー様だったんだが――ああ、もちろんダークエルフな――一週間追いかけまわしてようやく弟子にしてもらったって話だ」

「そうなんですか……肝に免じときます」 


 現代の男女の仲に置き換えるとストーカーまがいで怖い話だが、伝達手段にネットはおろか電話もない世界だ。それにジョーラは国で一番の武人の一人だ。強さにかける情熱も半端ないだろうし、そのくらいの逸話の一つや二つあるだろう。


 それにしても、ジョーラにせよ、他の女性にせよ、そういう色気のある方向に行くのは第二の人生を満喫している感じでいいんだけど、自分の問題を全く手つけてないからな、俺。


 この世界におけるホムンクルスが、人工生命体を題材とした各フィクション作品のように、人権の類がなく、バレたら即刻捕縛なんてことがないのは既にインに確認済みではある。

 ただインは、古い知識や一般の人の知る由もない上級魔法だの魔人だのの知識は豊富だが、これまで人間社会では暮らしていなかった上、50年の空白の期間があり、さらに時間の感覚が俺たちとはズレているので、インのホムンクルス情報全てを鵜呑みするのは難しいところがある。


 戦争でホムンクルスを使う絶頂期は過ぎているようだが……ホムンクルスにまつわる条例だって変わるだろう。今がその過渡期だというのならなおさらだ。

 俺がこの先どういう生き方をするのか。それはまず俺自身が、つまり、現在ホムンクルスがどういうものなのか、どういう扱いを受けているのか知らなければ話にならない。

 今のところ、市井でホムンクルスの言葉は一切聞いていないので、情報収集は書籍を読むのが一番安全かつ手っ取り早そうなんだが……本屋ってあるのか?


「ま、仲良くしてやってくれ。あんまり深く考えないで付き合う分にはいいヤツだからよ」


 そう言って、ガルソンさんがサムズアップをする。

 若干戦闘狂っぽいのはあるが、いいヤツなのは分かる。友達として親しくなる分には全く問題はないと思うので、同意する。


「話は変わるんですが……魔法道具屋ってどの辺か知ってますか? あと本屋も」

「魔法道具屋ならハライの店の向かいの道にあるぞ。少し路地に入るが、ハライのとことは違って綺麗な建物だからすぐわかるはずだ。本屋はなぁ、王都にはあるんだが、ケプラではどうだろうな。古い店はないんだが。……いやな、近頃ケプラの景気がいいもんでよ、店を出したいって奴がひっきりなしでな。まあ出してもすぐ畳んでの繰り返しなんだが、何の店があるのか、俺みたいにケプラに長いこと住んでる奴も把握しきれてねえってわけさ。ギルドでも行って聞いてみたらどうだ? ギルドの役員ならそういうの把握してるからよ。……しかしなんだ、お前さん魔法も扱えるのか?」

「少しですけどね」


 ガルソンさんがやべえ奴もいたもんだ、とまた俺のことをじろじろ観察する。いや、魔法の巻物マジック・スクロールでみんなある程度魔法覚えるんだろ?

 用事も終えたので、じゃあ裏行ってきますといって、俺は奇異の視線から逃げた。


 ・


 武具屋の裏ではディアラとヘルミラがそれぞれ構えていて、ジョーラが何やらアドバイスしていた。インとハリィ君は横で眺めているようだ。


 ディアラは槍を構えていて、ヘルミラは弓を構えている。格闘家としてもいけるのを知った今、槍だけが得物だとは思っていないが、ジョーラは弓もいけるようだ。


 ヘルミラが矢を射る。矢はカカシの真ん中に見事に刺さった。


「走って射るにせよ、遠距離から射るにせよ、大事なのは構えを崩さないことだ。うちの隊の新入りには最初になんべんも弦だけを引かせてるよ。このやり方はうちのミルアルエでも昔からあったし、タミアルエの教官からも聞いてるかもしれないけどね」

「はい。私も最初そう教わりました」


 頷いたジョーラが俺のことに気付く。姉妹も気付いたようだ。もうよろしいのですか? と、ヘルミラ。


「うん、お待たせ。そっちはもういいの?」

「ああ、ちょっと構えを見てただけだからね」

「次は革細工店だったかの?」

「だね。近くにあるそうだから、その次は魔法道具屋かな」


 ふむ、となにやら考え込むイン。なんだろう。


「いや、私も良いものがあれば魔法を覚えようかと思ってな。金はまだあるだろ?」


 預かっているインのお金は50万Gほどなので頷く。とはいえ、お金は巾着袋に入ったままで、特に使ってはいない。一応大金は持っていると伝えてはあるが、頃合いを見計らって少し減らしておくのが筋だろうか。


「いいんじゃない? 戦術の幅が広がるし。頼りになる分には全然構わないよ」

「そうかの?」


 インがまんざらでない顔になる。頼りになるっていう部分が効いたのだろう。


「ダイチは魔法も使えるのか?」


 ヘルミラを追ってやってきたジョーラがやれやれといった体でこぼしてくる。


「少しだよ」


 まだ2個しか使えないし、本当に少しだったのだが、ジョーラは私も魔法を組み込んだ戦術を再考するか、と腕を組んでしまった。


 さっきの少女じみた破顔や色っぽい雰囲気はどこへやら、ジョーラは完全に元通りのきっぷのいい女武人になってしまっている。少し残念だ。

 つい胸に視線をやっていたら、ジョーラからおやおや? と言った感じで意味ありげに見られてしまった。かがんで上目遣いをしてきたので、深くて薄暗い谷底がダイレクトに協調される。

 弱点を握られてしまったかもしれない。男っ気ないというガルソンさんの意見はあまり参考にならないようだ。


「じゃあ、そろそろ行こうか?」


 ジョーラの視線から逃れるべく、そうごまかす。

 特に別の意見が出なかったので、俺たちはガルソンさんに槍と弓を後で取りに来ると伝えて、ぞろぞろと革細工店へと向かう。

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