3-9 ジョーラ・ガンメルタ (3) - 手合わせと定着
「はあっ!!」
掛け声とともにディアラが槍を思いっきり空中に突く。
ディアラの槍撃を見るのは初めてだったが、素人目に見てもなかなかの迫力だ。
「いい感じだね。やっぱりトミアルタ家の者だね。筋がいいよ。で、どうだい、その槍?」
「握りやすいし、軽いし、いい感じです!」
ディアラの元気の良い返事に、それはよかったと、ジョーラが満足気な表情を見せる。
憧れであり、ここオルフェでも里でも屈指の槍使いの人に見てもらえるのだからディアラの喜びも一入だろう。
ディアラが持っている槍は、槍の中では一番形状がシンプルかつ安い、パイクという俺が握りつぶしたものと同じものだ。
ただ、柄が太いものと細いもの、長さも2種類あるようで、今はジョーラに見てもらうのも兼ねて試している最中というわけだ。
俺たちは今ガルソンさんの武具屋に戻ってきて、裏の広場にいる。
広場には低い塀で囲まれていて、藁のカカシが3つほどある以外特に何かあるわけではないが、購入する武器の選択に迷った時、ここで軽く振る用途の場所らしい。
ヘルミラの弓は既に決定済みだ。
何本かカカシに矢を射ったあと――近いのもあったが全部しっかり命中した――構えたり、弓と弦の強度などをジョーラやディアラといくらか話した後、特に不満もなく決めたようだった。
「ジョーラさんはお父さんたちのこと知ってるんですか?」
「もちろんさ。トミアルタ家といえば、トルアルエにも名声が届いているほどの屈指の槍使いの家だからね。あたしもトミアルタ氏と打ち合ったことあるよ」
ディアラがそうなんですね、と耳を揺らせて喜びを露わにする。
そういえば聞きそびれていたんだが、ジョーラはなんで俺を襲撃したんだろうな。聞いとくか。
「そういえばジョーラさん」
「なんだい?」
「聞きそびれたんだけど……なぜ武具屋で俺を? 一緒にいたのが行方不明のトミアルタ家の娘たちって分かったから?」
「ああ、それもあるよ。エルフほどじゃないが、ダークエルフなんてそう見るもんでもないし、姉妹だったからね。聞いていた通りだよ。でも一番の決め手はあんたが二人と奴隷の契約を結んでいたのが分かったことかな」
「え? 隷属魔法って他人から分からないはずじゃ?」
《鑑定》スキル持ちか? インをつい見る。
インは俺の目線にふいっとそっぽを向いた。え?
「ははっ、あたしはスキルの《魔力眼》持ちなんだよ」
ジョーラは自分の目の横を指先で軽くたたいた。ジョーラも持ってるのか。
「かなり珍しいスキルでね。魔法効果、特に補助魔法だね、見えるようになるのさ。これは隷属の魔法も分かる代物でね。あとあんたらがあたしらを警戒して精神防御魔法をかけたのも知ってるよ」
インがそっぽ向いた理由が分かった。ぽんこつめ~。レアケースだったんだろうけどさ。《魔力眼》で隷属かどうか分かるんだな。意識して見てみると、二人の首に白い輪っかが現れた。
となると……インが七竜、俺がホムンクルスだって隠してる方の魔法は見破られないのだろうか。でもインが見破られていたら騒ぎになっていただろうし、俺の方も見破られていないか。
インは姉妹の幻影魔法を見破れなかったし、その辺りの力関係がいまいちよく分からないな……。
まあ精神系魔法はあたしもハリィもほとんど使えないんだけどね、とジョーラが多少の含みはあったが、壮快に笑う。
嫌味はないのが実に彼女らしい感じなのだが、店の前で警戒を理由に補助魔法をかけるかかけないかのやり取りをした身としては少し恥ずかしい。
「それはともかくとして、だ。エルフやダークエルフが奴隷になった後の大抵の末路は知ってるだろ?」
「知ってるけど……」
主に不幸&いかがわしい感じになるらしいけど。別に何もしてないぞ? ジョーラは俺の心境をよそに、穏やかな眼差しを姉妹に向ける。
「でも二人は店の外で待っていることもなければ、ちゃんとした服を着せてもらっているし、特に不幸にしてる様子もない。そういう奴隷もいなくもないんだが、エルフやあたしらダークエルフに関しちゃ滅多にない。ま、私が知る限りでは、だけどね」
聞きながら、ディアラの服装をつい見ていた。ミュイさんの店で買った白い肌着と黒の上下だ。
新品同様だし、彼女たち自身の方にも水浴びの日課を言いつけているので、当然綺麗なものだ。言い聞かせなければボロ布のままでいようとしてたのは今でもあまり信じられないが事実だ。
ディアラと目が合う。ニコリと微笑まれる。わたしは幸せです、とでも言われたような気がしてきてちょっと照れくさくなる。
ヘルミラも同じ視線を向けてきていた。インに推されて奴隷の契約を結んだが、自分がただ単に疑り深いだけの寂しがりな男に思えてくるね。
……まあ、合ってはいるけど。何にせよ、助けて良かったとしみじみ思う。
「まあ、それはいいんだが」
いいのかい!
ジョーラは言葉の通り、特別にこやかにしているわけでもなし、二人の生い立ちや俺たちとのやり取りにあまり関心を持っていない様子だ。いや、持ってはいるんだろうけどさ……。
「主のあんたは……見た目の割にどうもかなりのやり手だとあたしの勘が告げてたもんでね」
ずるっときた俺とは裏腹に、ジョーラは腕を組み、挑戦的に口の端を持ち上げて俺を見据えてくる。その表情には、襲撃してきた時に見せた彼女の戦闘狂な部分が伺えた。
……やり手ね。
ゲームだったら俺だって昔は5時間狩りも何のその、PVPの有志ランキングでもアーチャーとして一時上位者――レベルの割に、というコメント付きだが――に君臨したほどそこそこ戦闘狂なんだけどな。それも昔の話、近頃は2時間狩りでも疲れる始末だった。
「少し手合わせしないかい? 徒手でいいからさ」
ジョーラが胸の前にすっと腕をやってボクサーのようなポーズをする。ボクシングできるの?
構えには惚れ惚れするほど全く迷いがなかった。王都でも指折りの武人なのだから、殴り合いの実力も相当なんだろう。
ダークエルフは力が付きにくいとは聞いていたが、ジョーラの体つきはスラリとしている。太くもなければ細くもない。誉れ高い地位を持っているのからするとむしろ細いと言えそうだ。
もっとも引き締まってはいるようだし、自信のある態度や構えを見るに、ヘイアンさんをはじめとする人族の男たちのような筋肉のつき加減は、彼女の実力にあまり関係がないのだろう。つまり、素早いタイプか。
まあ……負ける可能性は低いとはいえ、したくない。
店内で槍を潰した手前、初心者だからという断り文句は通じないだろう。平和主義者だからとでも言おうか?
ディアラとヘルミラがなにやら期待の眼差しで見てきているのに気付いた。インまで「楽しみだのう」と面白そうに言ってきている。他人事だと思って。
インはともかく、姉妹はそういうの好きなのかと疑問に思うが、そういえばそもそも1回ジョーラの攻撃を完全に防いじゃってるんだよな。
俺からしてみれば必死だったんだが、周りから見れば楽に防いだように見えていそうだ。完全に止めているわけじゃないんだが、時を止めてるようなもんだしね。
頼みの綱のハリィ君は、今はジョーラの部下たちに自分たちを残して帰還するように知らせにいくとかでいない。
やめてくださいよと引き留めてくれるかと想像するが、上官であり慕っているダークエルフの一撃をいなした俺の一挙一動を見逃すまいと真剣な眼差しを寄越していた可能性の方が高い気がする。真面目君だし、なによりただの手合わせだしね。
「そんな顔しないどくれよ。ちょっとでいいからさ」
返答せずに放置していたのでジョーラが困ったように言うが、構えは解いていない。引き下がるつもりはないようだ。
まあ……いいか。剣で切り合うとかじゃないしな。適当に回避していよう。
「いいよ」
「ほんとか?」
「ああ」
「よしっ」
ジョーラは姉妹とインにちょっと隅に行ってなと言って、離れた場所に立った。
そうして身軽に2回軽くジャンプした。やる気満々だな。俺も彼女に続いて位置についた。
少しずつだが、スローモーションは日を追うごとに発動が遅くなってきている。
最初は相手の強さによるのかと思っていたが、
別にステータス数値が変わっているわけでもなし、遅くなってきている理由は見当もつかない。
依然としてスーパーマンなとんでもパワーはあるようなのでそこのところは安心ができるが、この力の期限もないとも限らない……。
ひとまず、今のスローモーションの発動速度はまだ十分使える範囲だ。そんなに時間も経ってないし、さっきの対ジョーラの時と同じくらいの発動速度だろう。
とはいえやれることはやっておこうと思い、さっき獲得していたスキルの《格闘防御術》と《対人戦闘術》、あと立ち回りに有効だと思って、検証遊びのためにLV5で止めていた《疾走》と《瞬歩》もLV10にしてしまう。
これで動けるといいんだけどな。《武器破壊術》は、ジョーラの拳を骨まで砕いて再起不能にしてしまわないか不安なのでLV1のままにしておいた。
人並みに、小学生の頃までくらいは可愛らしい取っ組み合いの一つや二つしたかもしれないが、殴り合いは30年生きてこの方一度もしたことない。
格闘技の番組も全く興味なかった。格闘技で引き込まれたのはマンガのそういうシーンと一部のアニメくらいのものだ。
適切な構えなんて全く分からないので、微動だにせずに構えているジョーラの構えと同じボクシングの構えを取ってみる。我ながら様になってないんだろうなと思う。
「あたしからいっていいかい?」
「いいよ」
正直そっちの方が助かる。回避ならお手の物だ。
まず殴り方すらも分からないので見ておきたいのもあるが、初見でいきなり女、それも美女、さらにはファンタジー世界の大名の一人であるダークエルフに殴りかかるとかなかなかきついものがある。
初対面での印象が悪い頃だったらともかく。姉妹とも懇意だしね。
魔物もいて、武器も携帯しているこの世界的にはちょっと情けない……いやだいぶ情けないと思うが、ある程度攻撃されて、正当防衛的にいきたい。
マップで赤いマークが出現したようだ。もちろんマークは、元々は表示すらされていなかったジョーラを指している。ジョーラがマーク化するのは二回目だけど、こういう手合わせ的な状況でも赤くなるわけね。
それともジョーラの戦闘狂的な意気込みがマークを赤くさせているのか。
邪魔なのでマップを消て視界をクリアーにする。気持ちを落ち着けるため、ゆっくりと呼吸をした。
三回目の深呼吸を終えてまもなくジョーラが駆けてきた。茂みのような赤髪が跳ねた。速い。
と同時にポインターが俺の頬に当たり、右ストレートが眼前に迫ってくる。スローモーションを待ったが、発動は目の前に迫るギリギリのところだった。
ヤバくないか、と一瞬思ったが、そんな心境はすぐに消えた。
俺は無意識の内に避けて、ジョーラの拳を軽くさばいていたからだ。
そんなことは分かっていたとばかりに左のパンチがポインターと同時に腹に向けて立て続けにやってくる。俺もそれを
ディアラたちが湧く。主にインだが。
「遊ばれてるねぇ。あたしは遊びじゃないんだが」
ジョーラはそう言うが、口元は笑っている。
ジョーラの戦闘狂の部分に目もくれず、俺の目はジョーラの顔を見つめたままジョーラの腰と脚の動向を意識している。
ジョーラの腰がわずかに沈んだ。
次は跳躍しながらの蹴りだ。
「はっ!!」
考えた通りに駆けたジョーラが勢いのままに飛び蹴りを放ってくる。蹴りは風を切る音とともに綺麗な孤を描くが、蹴りの先に俺はいない。
蹴りの軌道上外に避けた俺に、体勢を整えながら一瞬驚く顔を見せるも、すぐに元の戦闘狂の顔に戻り飛び掛かってくるジョーラ。
遠慮がなくなったためか、躊躇いなく放たれる怒涛のパンチの応酬に、俺は避けたり、手で払ったりする。
……もう二十発はもらっただろうか。ジョーラの攻撃は一度も俺に入ってこない。
ジョーラの顔に焦りが生まれ始める。こんだけ攻撃が入らなければそりゃあね。上段蹴りが入ってきたのでかがむ。
スローモーションはもはやほとんど発動していないのに、ジョーラの攻撃の動作から処し方まで不思議と分かる。
始めは初めての喧嘩、もとい手合わせということでざわついていた心が、今は嘘のように冷静だ。ポインターはいつの間にかなくなっていた。
軌道を変えてなおも繰りだされるパンチやキックを、避けたり払ったり、あるいは受け止めたりする。
「ちっ。入らないっ」
ジョーラが焦りを吐露してきたのとは裏腹に、俺の方は体が慣れてきたようで、多少思考に余裕が出てきた。
森で《障害走》のスキルの実験をしていた時と似ているなと思う。
体が反応するのに任せる。ついでに言うと、気持ちの方も任せるともっとスキルが安定する。この場合、適用されているスキルは《格闘防御術》だろうか?
もっとも、俺の意識はさほど介在していないために、《障害走》が毎回同じルートを走っていたように、俺もまた一切攻撃には移っていない。
さしずめ今の俺は回避専門ロボットというところだろう。元々俺がジョーラを殴る気がさらさらなかった平和主義な精神面も影響しているかもしれない。
ジョーラが一端腰を大きく沈めた。手と脚が淡い黄金色の光を放っている。攻撃スキルか?
これまでよりも速いスピードで詰めてきたかと思うと、ジョーラは消えて――いや移動して、俺の真横からパンチを繰りだしてくる。
ジャブ二回に、最後はアッパーだった。どれも避けると、ジョーラは腰を落として一瞬溜めたかと思うと、黄金色の軌道を描きながら再度大振りのパンチが放ってくる。大振りとはいえ、スピードも威力も増しているようだ。
さながら格闘ゲームの技の
ジョーラの目が丸くなっている。その目は俺を捉えてはいない。一、二発、いや五、六発は軽く入れられそうな隙があったが、俺は気にせずに距離を取った。
地面は軽くえぐれている。こっわ。あんなの入れる気だったのかよ……。
ジョーラが再び駆けてきて、また拳や蹴りが飛んでくる。必殺の一撃を防がれたせいか、動きが若干単調になっているようだ。
俺はいつの間にかあげていた腕を下ろしてぶらんとさせている。
どうもかえってこの状態が、ジョーラの攻撃の目算を立てづらくしているようで、動きを鈍らせているらしい。
武道家でも何でもない本来の俺なら、たとえスローモーションがしっかり発動していても知り得ない情報なのだが、不思議と分かってしまう。心・技・体、明鏡止水の心とはよく言うが、スキルにも精神面への影響が多分に含まれているらしい。
いやでも腕を上げてた方が確実に攻撃を払いやすいだろと思いもするんだが、ジョーラのパンチや蹴りの速度よりも、俺の腕を上げる速度の方が遥かに速いようで、あまり関係ないらしい。
馬鹿みたいな話だ。つまりこの辺はSTRとかAGIとかその辺の影響な気はする。
そんなことを考えながら楽々と拳や蹴りをいなしていると、塀の向こうにいた兵士の二人組がすげえ組み手だと言っているのが耳に入った。
「なあ。ダークエルフの方も大概やばいが……全部さばいている少年は何者だ?」
「さ、さあ……」
あまり目立ちたくはないな。ジョーラも必死になってきたし終わらせるか。
ジョーラが足を払ってくる。俺はそれを避けるままにジョーラの後ろに周り、手刀を首元に突きつけた。
ジョーラと言えば、ようやく誰もいない地面に足を払い終えたところだ。《瞬歩》辺りの影響か? 瞬間速度半端ないな。
手刀の先で、《魔力装》が発動しかかっていたので慌てて抑えた。木を真っ二つにする代物が出たらとんでもないことになる。
ジョーラが小さな声で、参ったと言うのが聞こえた。
ジョーラが力を抜くと、インから歓声が上がり、観戦していた兵士も声を上げる。
戦いに魅入っていたディアラが、「ご主人様すごいです! ジョーラさんに勝つなんて」という称賛の声を送ってくる。ヘルミラもこくこくこくと無言で何度も頷いている。
>スキル「格闘術」を習得しました。
>スキル「受け流し」を習得しました。
>称号「旅の武芸者」を獲得しました。
>称号「神速の武道家」を獲得しました。
>称号「七星の大剣を負かした」を獲得しました。
ジョーラは動かない。
珍しく弱気というか、小さな声だったので、やりすぎたのかなと不安に思ってジョーラの顔を窺うと、
「すごいね、あんた!! あんたほどのやり手は今までいっぺんも見たことないよっ!!」
と、思いっきり抱きつかれた。ずいぶん嬉しそうだ。
抱擁にはだいぶ勢いがあったようで、顔はもろ胸元だ。これまで散々見せつけてくれた《格闘防御術》なんかのスキルは全く反応せず、驚きこそすれ、避ける暇もなかった。敵意がないからか?
呼吸はしづらく、わずかな隙間から空気を入れるしかなかった。
少し蒸れているようで、そのわずかな隙間を埋めようとするように革とわずかな汗のにおいと同時にダークエルフとはいえ変わらないらしい女の匂いがダイレクトにやってきた。
こめかみが熱い。心臓がじんじんする。童貞かよ……。
う、このままだと息子が。ジョーラはともかく他にはピュアな面々もいるということで、打ち合っている時以上に股間に力を入れようとしたが、特に変化はなかった。精神はともかく、“こっち”は大人のようだ。
『こやつが番候補か? ううむ……悪くはないんだが』
まだ番探しの体だったのかよ。良い悪いは何で決めてるんだ。
と、俺の性欲にでも反応したかのようなインの念話にそんな内心を抱きながらも、ジョーラは喜々として「ははっ、あたしの勘は当たってたわけだねぇ!」と、ぐいぐいと体を押しつけてくる。当たってるよ、当たってるんだが……。
楽園ではあるんだが、さすがに少し苦しくなってきた。触れるのもいいが、鑑賞するのも好きなんだよ。それにぼちぼち二人から嫌な顔をされるところだろう。
『楽園のう……くくっ、鑑賞が好きとはな。なかなかの、くく、……いい趣味ではないか。……胸がでかいのが好みというわけか。ふうむ。ぶふっ……』
――念話切ってくれ……。俺の名誉のために。
聴覚がクリアになる。素直に切ったようだ。くっそ……組み手には勝ったのに、盛大に負けた気分だ……。
>称号「女はでかいのが好み」を獲得しました。
「ただいま戻りました……って何してるんです?」
戻ってきたハリィ君は、声から察するに若干引いているようだ。となると、この「当ててんのよ」な痴態はレアケースか。しかし苦しい……。
「決めたよ、ハリィ」
「……ぶっはっ」
俺は引き剥がされ、ようやく新鮮な空気を肺に送り込んだ。
目の前には褐色の肌をした若いいい女がいた。
長い耳は半ば垂れ、戦いに喜びを感じていた好戦的な戦士の瞳はいったいどこにいってしまったのか、紫色の瞳は潤み、熱っぽいものになっている。その目は反則だろう……。
「ダイチたちは今日買い物を終わったらメイホーに戻るんだろ??」
「そうだけど……」
声音もだいぶ柔らかくなっている。第一印象が割と最悪で、だからこそ魅力的な体だと無遠慮に高評価をつけれたものだが、こう迫られ、体を押しつけられてしまうと、そうでない方がよかったとすら思ってしまう。
視線を思わず逸らすと、ディアラたちもまた俺たちから目線を逸らしているのが見えた。頬が熱い。胸が熱い。心臓がばくばくする。
こういう時、スキルの《
とはいえ、ちょっとこういう、若い頃を思い出すような初心なやり取りを楽しみたい気分も出てきた。10代の頃は特に恋愛らしい恋愛してないんだけどさ……。
「なら、あたしもついてっていいだろ!?」
もはやホムンクルスの若返り効果なのかどうか分からずにどきまぎする俺の心境とは裏腹に、ようやくらしい強引さでジョーラが訊ねてくる。
ついてくるということは、ついてくるということだろう。(?)
ついてくることの具体的な部分を色々と聞きたいことは山々なのだが、あまりの勢いと必死さ、あと色香に微妙にまだくらくらしている頭のせいもあってつい首肯してしまう。というかハリィ君が引き留めるだろう。
この手の誘惑って精神操作系に入るのか? まあ今はどうでもいいか……あとで考えよう。
「ありがとう!!」
再度、今度は普通に抱きしめられる。結構きつく抱きしめられていると思うんだが、痛みはない。さすがに武闘派なだけあるのか、胸以外は少し硬いようだ。
ダークエルフってお盛んなのかな……だったらいいな。
……というかジョーラ少し震えてないか? あまり怖がる玉……はついてなかった。怖がるようにも思えないけど、実力の差を見せすぎたか?
ようやくいくらか冷静になった。
ジョーラの肩越しに見てみれば、ディアラたちの耳は垂れ下がっていて、恥ずかしそうにしている。インの水浴びを手伝ってやった時ほど露骨ではないが、目は合わせてくれない。ダークエルフにはハグの文化とかないんだろうか。いや、ジョーラもダークエルフか。
インは……ニヤニヤしている。兵士たちもまだ見ているようだったんだが、見せつけてくれるぜとか聞こえるので似たようなものだろう。
肝心のハリィ君は何も言ってこない。討伐の帰りだったと言うし、ジョーラは引退を考えているとはいえまだ引継ぎ的な仕事も残っているだろうから、引き留める理由は十分だと思うけれども。
ジョーラを剥がしてハリィ君を見てみればなぜか沈鬱な表情になっている。
「私からもお願いします。メイホーには私たちも用事があるのです。もしダイチ殿さえよければ、同伴してくださると有難いです」
ついてくるということは、一緒に行動するということだが……。
ハリィ君の様子から察するに、用事とは気軽な内容ではない気がする。しかも俺がいると有難い? ディアラたちの同胞だし、できる範囲内なら、手伝ってあげたい気持ちはあるんだけども。
「それは構わないけど用事ってなんなの?」
言ってから、判断は用事聞いてからにすればよかったなと思った。ジョーラの抱擁にだいぶほだされてるな。
ハリィ君がちらりとジョーラを見る。後でいいよ、とジョーラが一転して力なく答えた。……用事とはジョーラ絡みのことであり、どうやらあまり良いことではないらしい。
ジョーラの意のままに、ハリィ君が後でお伝えしますと言ってくる。気になるが、二人の深刻な雰囲気に深追いは躊躇われる。まぁ、あとで教えると言っているし深追いは禁物か。
メイホーに用事って何だろうな。俺がいたら便利……魔物退治……にしては雰囲気が重たすぎる気はする。
第一メイホーに用事とは。メイホーの魔物は村人で対処できるほどだ。田舎村だし、人の多いケプラを見てしまった今となっては、平和で自然が豊かなこと以外特筆すべきことは何も思い浮かばないぞ。
「さ、ダイチはガルソンに金を払ってきなよ。あたしはそれまでディアラとヘルミラのこと見ておくからさ」
ジョーラがそう言うとニッカリと笑みをこぼす。普通だったら雰囲気を一蹴するための空元気といったところなんだろうが、見た感じ、意外とそうでもない。
切り替えが早いようだ。さすが姉御肌、か? 一応45歳だしね。
「私も見ておくから心配しておくがよいぞ」
「なんだい? あたしが見てたら不満ってことかい?」
「突然奇襲してきた奴だからのう」
腕を組んで横目でそう軽口を言ってのけたインに、ジョーラはそりゃそうだと肩をすくめた。喧嘩しないでよ?
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