3-8 ジョーラ・ガンメルタ (2) - タミアルエの里のその後


「ほら、あんまり泣くと人目につくよ?」

「はい……」


 人目も憚らずに泣いているヘルミラの白金色の頭を撫でる。だいぶ収まってきたようだが、嬉し泣きはもう少し続きそうだ。

 既に泣き止んでいるディアラはヘルミラに寄り添っている。インもいくらか声をかけていたが、今は口は閉じて生暖かく見守っているばかりだ。


 ガルソンさんから店内で湿っぽくするのはやめてくれよと言われたので、俺たちは一度武具屋を出て、隣家との間の路地と言えるか微妙な隙間の前に一旦きているのだが、予想も何もなく結局目立ってしまっている。


「あらダークエルフ。珍しいわ。ほら、見てよ」

「ん? ……ああ、そうだな」

「興味ないの?」

「いいや?」


 とか、


「どうした婆ちゃん? あ。ダークエルフじゃん。珍しいな」

「昔一緒に旅したのを思い出すよ」

「え、婆ちゃんがダークエルフと?」

「ああ。実に紳士的な人だったよ」

「なんだよ! “ねんごろ”だったのかよ」

「もしそうならあんたの耳は尖ってたかもねえ」


 とか、通行人の声が、《聞き耳》スキルにより聞き取りやすくなった耳にいくらか届いているのだ。


 中には、


「ちょっとそそるな……」

「そうか? 俺は断然エルフだな。あの白い肌とすまし顔はたまらん」

「エルフなんてまず見かけないじゃないか。第一買うにしても高すぎる。借金しても買えない」

「ふん。豚のつばがついたのなんてごめんだね、俺は」

「つばの吐かれてない奴隷エルフなんていないだろ。お前が奴隷商人でもない限り」


 といった男性組みの声もあり、この世界にも性的な意見がしっかりあるんだなと、俺の現代から持ち込んでしまったインを始めとする諸々の外見にまつわる感性に同意者が全くいなさそうな世界だったので安心しつつ、同時に身内なので控えてくれとも内心でしっかりツッコミを入れておいた。


 もう2軒先に行くと小道があるようなので、そこを曲がって座れそうな場所に退避した方が落ち着けそうだ。中央の通り以外はそこまで建物が密集していないようなので、どこかしら人通りの少ない場所はあるだろう。


 そんな折にインが唐突に防御魔法をかけとけと言ってきた。ジョーラから“威嚇”された直後で分からなくもないが、断った。


『なぜだ?』


 ――いや、だって、俺も思うところはないわけじゃないけど……ディアラとヘルミラの初めての同族相手だし。相手に防御魔法付与されてるの分かったら嫌じゃない? 嬉しい情報も貰ったしね。……いや、そういう世界でもないのか。


『別にあのダークエルフだけを警戒しておるわけではないからの? それに防御魔法の有無はそうほいほい分かるもんでもない。私らが特殊なだけでな。……ま、精神防御だけでよいか。ちと警戒しすぎたの』


 ディアラとヘルミラにはインがかけた。俺は自分で。


 インの警戒心に触発された形になったが、念話が欲しいときには、インの肩とか腕とかを指先で3回叩くと言っておいた。


『うむ。それは良い提案だの』


 念話が一方通行でなく、魔法の巻物マジック・スクロールやスキルとかで習得できれば一番いいんだけどね。


 店内にしばらく残っていたジョーラとハリィ君が店から出てきた。


「あたしの行きつけの店が近くにあるんだが、買い物の前にそこにちょっと寄らないかい? 立ち話もなんだしさ。ついでに驕るよ」


 さきほど槍で突きながら俺に見せてきた殺伐としたものなんて欠片もない顔で、ジョーラがそんな提案をしてくる。

 称号システム的には敵意を打ち砕いたらしいが。俺も素直にそう思っていたい。


「そうだね。お願いし、するよ」


 一瞬、お願いしますと出そうになったが、侮辱されている気分になるという彼女の意思を思い出して直した。俺も侮辱されるのはそれなりに嫌いだ。


 ジョーラとハリィ君についていって本通りを戻り、ウルナイ像から西に少し行くと、小ぶりの食堂があった。

 特別変わった建物ではないが、狭い玄関アプローチには赤レンガが敷き詰められ、屋根の下にはツル植物と桃とリンゴのアール・ヌーヴォーっぽい金属彫刻が垂れていてこじゃれていた。


 「エリドン食堂」という名のついたこの店は、オルフェの濃い目の料理とは違い、ダークエルフが好みのさっぱりした味付けの料理を出してくれるらしい。


 ちなみにエリドンとは後で聞いたことなんだが、見た目は桃で、果肉も味もリンゴという不思議な果物だ。

 桃もリンゴもあるんだが、桃の方がバルフサでは貴重で、それを嘆いた農夫のエルフがフーリアハットの緑竜の住処に近い森に桃を植えたところこのような種になったのだとか。インの“お恵み”と似たものらしい。


 店内は紙屋と同じで、明るい木材を基調としている上、壁も乳白色のモルタルで塗ってるのでだいぶ明るい。

 ただ今一つ明るさに物足りなさを感じるのは、やはり採光の手段が火とウエスタンドアから差し込む日光だけだけという点だろう。

 これはこれで雰囲気はあるんだけどね。窓を作らないのは何故だろう。


 木材の柔らかな色合いの他にも緑色や黄色分がちらほらある。テーブルには植物の描かれたテーブルクロスがあり、昔の木版画のようなタッチの川付近の森と動物の風景を描いたタペストリーも壁に飾られていたりと、エコロジーな雰囲気がある。

 とはいえ、観葉植物などはない。置いてあってもよさそうなものだが、窓がないのと同じで何か理由があるのかもしれない。


 店内の客は一人しかいなかった。wi-fiがあり、コーヒーか紅茶が出るなら、隠れノマド拠点の一つになりそうな雰囲気だ。


 給仕が話しかけてきた。


「今日も遠征に?」

「ああ、そうさ。この子らとはさっきちょっと出会ってね」

「そうですか。あまり無理しないでくださいよ?」

「はは」

「ハリィ様も」

「ああ」

「ま、いつもの美味いの頼むよ」

「もちろんですとも。腕によりをかけますよ」


 ジョーラたちは馴染客らしい。


 メニューとかは相変わらずないようなのだが、「スライス豚と野菜とチーズのサンドイッチ」「豚肉と野菜のサワーソース炒め」のどちらか選べるようだった。

 ダークエルフ三人は前者、俺、イン、ハリィ君は後者と綺麗に分かれた。


 そこまでお腹が空いてるというわけでもなし、サンドイッチでもよかったんだが、豚肉と野菜のサワーソース炒めが玉ねぎ、ニンジン、パプリカを炒めた甘じょっぱい料理と聞いて、酢豚が思い浮かんだので頼んでみた。

 実際にその通りで、俺は異国の酢豚モドキを堪能することになった。ちなみにフォークがついてきて内心で喜んだりした。


 注文を終えたところで、ジョーラが、「じゃあちょっと詳しく話そうか」と話し始める。


「二人の両親が生きていたことについて。その詳細をな」


 既にガルソンさんの武具屋で軽く結果だけを聞いていて、姉妹に嬉し泣きをさせたところなのだが……

 国ではないが、敗戦国となったタミアルエの里は今は平和が戻ってきているし、ディアラとヘルミラの家族も健在だとのことだ。よかったよかった。


 さすがに二人はもう涙にくれることはなかった。両親が生きていたことへの感動はいくらかなりを潜め、充血はまだ残っていたものの、よく似た二つの顔と大きな紫色の目からはしっかりと事実を聞こうとする強い意志が見て取れた。


 強い子たちだ。俺よりもずっと強い。


 ジョーラからこの話を聞き、涙する二人と武具屋を出ていた頃、俺には「一つの変化」があった。


 本来なら俺は胸に去来するものがあるはずだった。下手をすればもらい泣きをするだろうとそう予感めいたものが、二人を見守る俺の胸中にはあった。

 転生前の俺は大衆映画かテレビドラマかなにかの感動的な場面で時々こらえきれなかったくらいには、年の瀬というものを実感しつつあった。


 でも、そんなものは何一つなかった。いつまでも何の変化も俺には訪れなかった。俺の心は「何か」を忘れたかのように、霧の中の生物のいない湖面のような静けさを保っていた。


 なぜ、二人は泣いているんだ?

 と一瞬考えてしまったくらいだ。


 意味が分からなかった。内心では動揺していた。動揺が顔に出ないように俺はこらえていた。

 動揺しながらも、俺はこの“現象”について考えていた。冷静ではあるらしかった。


 ホムンクルスの精神耐性の低さは、実際に精神操作系の魔法への耐性が低いこととは別に――数値で言えばデフォルトで「精神耐性-50%」という表現だ――言ってみれば、多感な少年少女期の繊細な感性を持つようになるという風に俺は考えている。


 インと出会ってすぐに涙を流したこと。メイホーの街や住人や亜人たちの姿にずいぶん興奮したこと。ヴァイン亭の設備や部屋の内装に関して酷く落胆したこと。

 姉妹を果敢に助けた時もいくらか影響はあっただろうし、飛竜ワイバーンたちに頼んで滑り台をするなんて現実の29歳の俺だったら絶対にしないことだ。


 確かにアドレナリンが分泌されやすい生活を送っていれば精神的に若々しくあれはするだろうが、転生前の俺にはそういった要素は特別なかった。

 代り映えのしない風景に慣れきった老人のような生活を送っていた。クソ課長や後藤君という後輩はそういう意味では刺激を与える要素の一つではあったが、一向に態度の変化のない彼らの与えるものはアドレナリンの分泌ではなく単にストレスだったように思う。

 MMORPG中でも、俺は無言で集中する性質だった。PVPでキルしても「いよっしゃ!!」と声を張り上げるタイプではない。たまに指揮官になっていたっていうのもあるけども。生産系が好きな人は静かな人は多い。


 イン曰く、「通常の生まれたてのホムンクルス」は感情が欠落しているらしい。でも俺は通常のホムンクルスではないし、事実、感情を赤裸々に露わにしていた。

 もし。俺が分かりやすい感受性の強い子供だったら、きっと二人の涙に影響を受けて涙を流していたように思う。子供のように。それか、整理のつかない持て余した拙い感情のままにおろおろしていただろう。子供のように。


 つまり、俺はそうではなかったということだ。二人の前に現れた何も動じなかった「子供の俺」は、ひどく冷めた子供だったということになる。


 ホムンクルスの無感動さが出てしまった可能性ももちろんあるのだが……心当たりはありすぎるほどある。


 俺は子供時代、家族というものは「無」であり、仕事を第一に考える男と世間体を気にする女が、そこに虚栄を混ぜてつくる「幻」であると“判決”を下していた。


 転勤族であり、エリートだった義父は良い父親を演じようと奮闘していた。もちろん彼なりに。だから彼は転勤と単身赴任を止めることはなく、死ぬ間際まで出会い頭の俺に対して「背、伸びたか?」などという発言をし続けていた。俺は大人になっても背が伸び続けるような化け物ではない。

 親にとっては子供はいつまでも子供だという優しい言葉があるが、俺にとってはいつまでもまとわりつく鬱陶しい鎖でしかなかった。

 親は子供にとって壁でしかないと、本当に子供を想うなら自分という壁を嘘をついても乗り越えさせるものだろうと、中学生の頃はよく思った。

 俺は生前中には義父のことを結局何も知らなかった。彼は巧妙にいつも、自分のことや失敗談は語らなかったからだ。背中で語るのではなく、彼の背中はいつも無言だった。俺はその口を開かせようとするのをそのうち諦めた。


 義母もまた義父と同じくエリートの人だったが、笑わない人だった。そして応用力がない人でもあった。世間という教科書の通りに俺が“出世”しないことにイラ立ちを募らせてばかりいた。

 「叱る」ということと「苛立つ」というものは似ているが違う。俺は義母の金切り声ばかりを聞くようになり、彼女は何を話しても否定的な見解しか持ち出さないことが分かったので話をしなくなった。

 1年ほどまともに口をきかなかった時期がある。その間俺は、部屋のドアを無言で毎朝叩かれ続けた。おかげで大人になってもドアの音にびくつくことがある。

 そんな子育ての折、部屋に引きこもって外国語の試験のための勉学に勤しむ義母の背中に俺はいつも「試験受からないだろうな」と思っていた。特に何の根拠もなく、そう思っていた。彼女がこれからどうなろうと興味がなかったからだ。彼女の喜ぶ様子に興味がなかったからだ。特に見た覚えがないなら。


 そんな二人のありふれた教育劇を、俺は養子に迎えられたにもかかわらず世の中に数多あるありふれた冷めた子供の一人に育て上げられたと褒めることはできる。

 でも二人の劇はあまりにも模範的過ぎていた。俺が気付かないだろうと思っていたくらいには愚直に模範的だった。

 仮に気付いていたとしても、気付かれてしまったという「驚くアクション」がないのなら意味はない。俺は二人の驚いた様子をついに知らずに終わった。驚かせようと思う気力もなかった。

 お前らの拙い教育劇なんて知ってたよと告げて、これ以上不幸な子供にもなりたくなかった。俺にもあった親への恐怖という感情の中に、おそらく自分が不幸になるということを俺は察していたが、その一方で、二人の堅いプライドを弁論でどうにかできるほど俺はマンガじみた知能の高い子供ではなかった。


 姉妹が泣いているのを前にして無感動であったことが、「いつかの俺」が原因であるとするなら、この時期じゃないかと俺は思う。そういう考えに至った瞬間、少しの恐怖と共に吐気がした。“落ちた”方がまだましだった。

 鮮明に思い出すはずもない、抹消していた記憶を無理やり引っ張り出され、見せつけられた感覚だった。明晰夢でもこんな悪趣味なことはしてこない。


 子供はいつでも無邪気に邪魔をする。俺は最初から最後まで、優しい庇護者としてディアラとヘルミラと普通に感動を分かち合いたかっただけだというのに。


 ヘルミラに寄り添うディアラが俺のことをちらちら見ていたのはともかく、インが見てきていたのは俺まで泣いてしまわないか、気にした部分があったからのようにも思う。

 俺には恥ずかしい前科があるので仕方ない。残念ながらそうはならなかったが……。


 ……深刻なため息をつきたくなった俺のどうしようもなかった心境はともかくとして。


 エリドン食堂でジョーラが語った二人の両親や里が無事だった経緯の話をまとめるとこうだ。


 二人の出身であるタミアルエの里は敗戦の後、ルーアルエの里の長――ルーザックというらしい――により、里の長の家臣だった二人の両親含め関係者が処刑される手筈だった。


 だが、それは成し得なかった。


 というのは、ルーザックの残虐っぷりにはルーアルエ内でも業を煮やしていた者が多く、水面下で蛮行を止める計画が着々とこしらえられ、ついにそれが実行されたからだ。

 結果、ルーザックの方が処刑され、タミアルエ、ルーアルエともに、槍や弓の名手も多く排出しているが、若者の上京意識ならぬ人里社会への流出に少し憂えてもいる元の平和なダークエルフの里の姿に戻った。


 もちろん戦いの被害はそれなりにあった。

 ルーアルエの里の兵士たちに抗戦したタミアルエやディアラたちを逃がしてくれた友人のいるトルアルエの里の数十人の兵たち、ルーザックの残虐な仕打ちに意見した、義理に厚く、勇敢でもあったルーアルエの将軍など。


 もっと早くルーザックの粛清計画が実行に移せれば被害はおろか、戦争にもならなかったのは当然のことだ。


 だが、なかなかこのルーザック粛清計画が実行に移せなかったのは、ルーザックが魔導士として優れ、一朝一夕の手段では太刀打ちできない相手だったことが大きい。

 また、人質、恐喝、洗脳魔法など、内情を洗っていけば洗っていくほど、この戦争ではルーザックの独断ばかりが実行に移されていたことが分かっていく。

 そんなことをするほどルーザックは元から危険人物であったのかというとそうではない。

 ルーザックは里のダークエルフから親しまれている魔導教師の一人であり、里をいずれは率いる者の候補として挙がり、やがて里の長として任命もされたほどの好人物だ。

 なぜそのような人物が残虐な振る舞いをするようになり、戦争を教唆するようになったのかというと、はっきりはしていないらしいのだが、「魔力中和の儀」に起因しているだろうと考えられている。


 ダークエルフは昔、魔人の軍勢から里を救うために黒竜の加護を受けて、肌を青くすると同時に強大な魔力を得た。

 この魔力は一方で病気にかかりやすくなったり、寿命を縮めてしまったりする諸刃の代物だったが、黒竜の指示と里の魔導士たちの日々の研究、遺伝による血の薄れなどにより、加護の悪い影響は最小限のものに食い止められていった。

 この黒竜の出した指示の一つが、「定期的に黒竜の魔力のみを薄める儀式魔法をする」というものだった。

 これが魔力中和の儀であり、これによりダークエルフの黒竜の魔力は薄まってほとんどないものとなり、肌も青いものから、現在の褐色にまで薄められていったそうだ。


 今となっては魔力中和の儀は、生まれた時と成人時にする、言ってみれば予防接種くらいの認識ですんでいるらしいのだが、ルーザックはこの魔力中和の儀式の魔法陣から逆に黒竜の魔力を増幅させる魔法回路を導き出してしまった。

 インの魔力が動植物の生命力を増幅させているように、七竜の魔力の恩恵は絶大だ。

 七竜たちの膨大な魔力があれば、魔力枯渇の心配は無論しなくてよくなるし、非効率的な術式を編んでいるがために大量の魔力を用いなければならない古の魔法の研究に悩む時間もぐっと減るだろう。

 これはダークエルフであり、それなりの魔導士であるなら誰でも一度は考えることらしい。もちろん口に出すのを躊躇われるほどの禁忌ではあるのだが。


「――ルーザック殿は黒竜信仰厚き御仁だったが、一流の魔導士としての心も残っていたのだろうな。最初は調子が良いだけだから気にしないでいいと言っては、狩りや鍛錬で傷ついた者を回復する者を手伝ったり、日々の魔法研究の効率をほんの少し上げる程度に魔力を増幅していたらしい。だが、いつからか、魔法研究で目覚ましい成果を上げるようになり、家からは灯りが消えることもなくなっていったとのことだ」

「それで最終的には竜の膨大な魔力に精神が喰われ、心の奥底に残っていた怨恨を元に、戦争を望む狂人と化したというわけだの。よくある話だの」


 よくある話なのか……。まぁ、ファンタジー諸作品では確かによくある話だけども。


 インが二皿目のサワーソース炒めの豚肉を口に入れた。豚肉を噛み始めると、頬が至福に緩んだ。

 はぐれゴブリンの時もそうだったが、話し振りの割にほんと威厳がない。実に美味そうだし、話し振り的には他人事というか、失礼な言い方もある。


 諸々、そんな風に感じるのは相変わらず俺だけのようなんだけど。なんでだよ……。


「うむ。我々が七竜様の魔力を御せるわけもないからな。……『我らを排したエルフらに目にものを見せてやる!』とはすっかり人が変わってしまってからのルーザック殿の口癖だったそうだ。最終的にはフーリアハットに侵攻する算段だったんだろうな」

「エルフと戦争なんて……とんでもないことです……」


 ディアラが怒りも混じった声でルーザックを断罪する。


「そうだね。そんなことを考える不届き者のダークエルフなんて今時いないよ。エルフとダークエルフは今や手を取り合い、お互い交流も盛んだしね。……ま、エルフを引きこもりの苦労知らずだの、“グリーンビッチ”だの、草くさいだなどとなじるダークエルフのじいさんばあさんも少なからずいるんだけどね」


 ディアラが「草くさいって」と苦笑する。


 しかしまあ、とジョーラがイスに手をやって体重を預けた。

 深い褐色の谷間がわずかに広がり、揺れた。相変わらずでかい。……俺も大概失礼か。

 感情の一部は欠けているのに性欲はしっかり健在なんだよな。俺は内心でため息をついた。


「黒竜様は許してくださったし、タミアルエと他の里も、情状の尺量もあるとしてルーアルエの里には寛大な制裁を処したが……ルーアルエに従属している我らミルアルエの者は肩身が狭くて仕方ないよ。うちは兵士もろくに育たない小さな里で、眼中になかったかは知らないが、関与は一切なかったんだがね」


 ジョーラはため息をつくと、エリドンティーを気だるげに啜った。

 エリドンティーはようはアップルティーだ。今まで酒と水ばかりだったので俺も頼んでいる。なぜかわずかにとろみがあるのだが、普通に美味い。


「お主は王都筆頭の戦士なのだから、違うと言えばよかろう? それほど気苦労はないのではないか?」

「そういうわけでもないんです」


 と、ハリィ君。まあ、そうだろうね。


「『七星の大剣』の選出は、出身国や種族こそ問いませんが、王都もしくはオルフェ領内の傑物の方から選ぶのが習わしです。といってもやはり人族がほとんどなんですけどね。……ダークエルフが七星の大剣に選出されるようになったのは、現国王をお救いになり、市民からの人気も高かった二代前の槍闘士スティンガーであったミトロファ・フーロウタ様の功績が大きいのですが、これをよく思わない貴族連中がいるのです」


 貴族か。貴族はいつも問題を起こすな。……まあ、そもそも平民には問題提起をするための権利が与えられず、地位と金もないもんだから、そう見えてしまうのかもしれないけど。


「今では協力関係にあるというのに、この戦争でオルフェに助力を要請しなかったことを不快、不気味だとして、挙句、ジョーラさんを戦犯国のダークエルフだなだと……」


 見ればハリィ君の拳を握った手が震えていた。


「落ち着けよ? ハリィ。いつも言ってるが、別にあたしはカーラン卿たちのことなど気にしてないからな。アルハイムのやつはともかく、奴らは口だけで大したタマでもないし。ダークエルフたちだって、自分たちの里で起こった不祥事だし、自分で解決しようとしたんだろうさ。もっとも戦争を吹っかけられたのがずいぶん急だったってこともあるが。それに第一、私は槍闘士の座を引くつもりだしな」

「それは……」


 何も言えなくなったハリィ君は眉をひそめて痛恨の表情を浮かべている。なんだ。七星の大剣やめちゃうのか。


「……七星の大剣、やめちゃうんですか?」


 ヘルミラの不安な声に、まあ年とか、後任がいい感じに育ってきたとか、色々あるんだよ、とジョーラは笑う。笑っているが……空元気のようにも見える。


 ジョーラの実際の歳は45歳だから、引退時と言えばそうなのかな。……あれ? まさか俺のせいじゃないよな?


「あたしの後任にはな、ヒーファ・ウミアリタという奴を考えてる。トルアルエの出身だよ。知ってるかい?」


 ディアラとヘルミラが顔を見合わせて、首を振る。ウミアリタか。相変わらずダークエルフは覚えにくい家名だ。


「そうかい。まあずっと王都にいるしな。……粗削りなところはあるんだが、まだまだ伸びるだろうし、性格もいい奴さ。武闘大会ではいい成績を収めたし、兵たちからも人気なようでな。もう少し面倒を見てやれたら上々なんだろうが……ま、応援してやってくれ」


 もう少し面倒を見てやれれば、の部分は小声だった。この感じだと、引退は俺と会う以前に考えてたことのようでいくらか安心する。

 引退後は里にでも戻るんだろうか? ジョーラの里ミルアルエでは兵が育たないと言っていたから、ジョーラの帰還は里にとってはちょうどいいのかもしれない。


「少し湿っぽくなっちゃったね。あたしも年かなあ」


 引退後のことを訊ねてみようとすると、そう遮られる。


「20代にしか見えないから大丈夫ですよ」

「ほんとにね」


 ハリィのフォローに俺も便乗する。


「まあ、あんたら人族から見たらね。これでも今年で45だから中身はおばさんだよ。里にいたら気持ちはまだまだ若いままなんだがねえ。人族社会は面白いんだが、周りが老けるの早いもんだからどうもこっちの気持ちまで年を食っちまうね」


 妙に納得だ。確かにいくら長命で姿が若いままと言えど、周りが年老いていくのなら、自分もそれにいくらか倣っていくものだろう。


「さて、飯もケリついたようだし」


 ジョーラが手を叩く。


「武器を選ばなきゃね。このまま何も買わなかったら、ガルソンには次会った時に怒られそうだ」

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