3-7 ジョーラ・ガンメルタ (1) - 奇襲


「やあ、ガルソン! 景気はどうだい??」

「お。よおジョーラ! すまねえが訓練用の槍はまだだぞ」


 店に入ってきたのは赤髪で軽鎧姿のダークエルフだ。姉妹があっと声なき声をあげる。同族だもんね。 


 赤髪ダークエルフの後ろから金髪を短く切りそろえた金属鎧をまとった若い男性が続く。人間にしか見えないが、ガルソンさんと目配せしたし、連れのようだ。


 それにしてもディアラとヘルミラ以外のダークエルフは初めて見た。


 ジョーラと言うらしいが、彼女は普通に俺より背が高い。この世界の人々はみんな結構背がでかいのだが、彼女もまた180はあるだろう。バレー選手並みだ。

 ディアラたちの例によって褐色で、顔立ちも整っているようなのだが、姉妹よりもいくぶんエキゾチックな魅力がある。

 もちろん姉妹よりも大人だが、まだまだ若々しい。ぱっと見は20代前半といったところか。それなら実年齢は40代ということになる。美魔女もいいところだ。

 髪は長く、後頭部で結んでいる。下ろしたら腰までありそうな長さの赤髪はカールしつつ、もこもこしている。


 彼女は客である俺たちを特に気に留めることはなく、ガルソンさんの元に真っすぐ向かっていった。

 ミュイさんがダークエルフのプロポーションにずいぶん感激していたが、それも分かるような気がする。なにせ目の前の足取り軽い赤髪ダークエルフは、小顔で手足が長く、かなりのモデル体型だから。

 ただ、褐色の胸は大きく、俺はその辺詳しくないので何とも言えないが、モデル体型というよりグラビア体型寄りかもしれない。


 ミュイさんの好みとは少し離れている気もするけど俺は正直見ているだけで心が穏やかになる。ディアラたちはまだまだ控えめだが、この分だと成長後も期待せざるを得ない。うむ。

 スラリとしている体からみれば、胸がもう少し控えめだと立ち姿がより美しかったと思う。彼女の場合は人の懐に簡単に入り込めそうな陽気な性格と同じく少々出張ってしまったらしい。


「なんだい、暇そうな顔して! ついに老いが迫ってきたのかい??」

「おいおい……。客がいるのが見えねえのか? ついにお前のダークエルフの目も老いぼれちまったか? ん~? 老いとかそんなわけねえだろ。俺はまだまだ疲れ知らずの鍛冶一筋男よ!」


 ガルソンさんが腕を出して力を入れる。腕の太さ並みの力コブがもこっとできた。

 おお。さすがレベル高いだけ、いやドワーフだけある、かな? ハンマーを一日中叩いてたらそうなるよな。


「あと娘一筋な」

「チッ。で? 冷やかしにきたのかよ」

「あはは! アマリンは元気してるかい?」

「そりゃもちろんよ! 可愛すぎて目に入れても痛くねえくらいだぜ」

「そりゃ結構。ああ、惚気話はしなくていいよ?」


 ジョーラが両手をあげて肩をすくめた。普段から姉妹と接していると新鮮だが、だいぶラフな性格のダークエルフのようだ。


 一方の金髪の剣士は特に口を挟まずに黙って話を聞いている。背は俺と同じくらいだが姿勢がとてもいい。彼女の部下なのかもしれない。

 彼女の部下なら彼もまたということか、顔立ちは整っているようだ。特に何もなく、堅気なのだろうなと思った。上司がずいぶんフランクっぽいからね。


 赤髪ダークエルフだけでは分からないが、金髪の剣士の格好を見るに、二人とも兵士だろう。


 赤髪ダークエルフは前腕と脛にだけ革の防具をつけた軽装姿をしている。腰には長剣があり、腿にも短剣が二本さしてある。

 後ろで実直な顔で武器ブースをちらりと見つつ棒立ちしている若い金髪男性は、胸と前腕と脛に金属の防具を着こんでいる。赤髪ダークエルフはどこかの部隊の隊長か何かなんだろう。


 賑やかな新たな客の登場に、今までガルソンさんと喋っていた遠征に行くと言っていた彼が微妙な顔をしているのに気づく。

 そりゃそうだろう。話し込んでいたところに突然別の客が割り込んできたのだから。日本ならなかなかあり得ない状況だ。

 一応籠手の話はまとまっていたようだし、彼の話しぶりからはそこまで厄介な人のようにも思えなかったので、割り込みづらいのは察せられるところではあるけども。


「しかし相変わらず繁盛してるようだねぇ。いいことだ。ローランドも景気よくなるってもんさ」

「お・れ・の・店だからな。奴のじゃねえ」


 ようやくというか、周りを見渡したジョーラの目線が俺とぶつかる。彼女はインのことも一瞥したようだが、ディアラとヘルミラを見ると怪訝な顔をした。

 そして再度俺を見る。ふっと表情が読めなくなり、美人顔に拍車がかかった。なんだろう。別に姉妹に手出したりしてないよ?


 幾秒も経たずに彼女は置いてあった店の槍を1本取り、突然俺のことを突いてきた。

 それと同時にポインターが俺の鼻先に当てられ、マップでも赤いマークが出現、システムが無情にも彼女は敵であると告げた。は?


 世界がスローモーションになる。


 もう穂先は30センチかそこらの距離に迫っていて、余裕は幾許もない。


 確実にスローモーションになるの遅くなってるよな……。

 避けようと思ったが、後ろにはディアラがいる。ポインター通りなら、ディアラにはおそらく当たらないと思うんだが、過信できるほど俺にはこの手の経験がまるでない。ディアラが驚いて動いてしまったらおしまいだ。


 ダークエルフの顔は無表情だったが、眼差しはゆっくりと鋭くなり、相手を射殺すかのような無慈悲なものが俺に注がれ始める。攻撃する瞬間の相手の顔をじっくり見れるのはスローモーションの欠点だな……。


 さっきまでの好印象――目の保養にはなるし、快活ではあるけど長時間の彼女の相手はちょっとくたびれそうだという好意的な初見などが一気に瓦解した。


 何か案があるわけでもないので半ば焦りつつも、槍を掴むことにする。

 ガルソンさんと旧知のようだけど、豹変したこの殺伐とした目じゃ正直店内で何するか分かったもんじゃない。


 マークが2個だったので見てみれば、後ろの金髪男も剣鞘に手をかけ、今にも剣を抜こうとしている。こっちも速い……。

 手にかけているだけだし、彼は若干焦り顔だし、金髪男は相手にしなくていいよな……?

 抜きざまになんとかスラッシュとかなんとか斬とか剣閃を飛ばすファンタジーめいたことしないよな? 一体なんだってんだ。


 槍の穂先はシンプルなものだったので、先が当たらないよう最低限首を傾げつつ、槍の柄を握り、手と腕に力を入れる。

 少し待つが完全に動かないようだったので顔を戻して改めて腰にも力を入れた。


 元の時間軸に戻る。


 俺の手の槍は微動だにしなかったので安心したが、この槍撃で発生した衝撃が俺の髪をふわりと巻き上げ、周りの商品をカタカタと振動させた。小さな木の看板と、獅子の描かれた小さなプレートが吹き飛んでテーブルから落っこちる。

 威力ありすぎるだろ……。ディアラとヘルミラが声をあげて離れたようだ。インが怖い顔で相手を注視していたので、その視線を追う。


「あんた……何者だい?」


 彼女は自分から手を出しておいて一変して低い声でそんなことを詰問してくる。だが表情は半分笑っているに見える。ちょっと不気味だ。


 何者って、俺が聞きたいんだが……。後ろの金髪男は結局剣を抜かなかったようだが、信じられない物でも見る目をしている。


>スキル「対人戦闘術」を習得しました。

>スキル「格闘防御術」を習得しました。

>スキル「武器破壊術」を習得しました。

>称号「敵意を削ぐ者」を獲得しました。

>称号「敵意を打ち砕く者」を獲得しました。


 そういえば対人戦まだだっけか。


「これ、どうにかしてほしいんだけど……ディアラたちに当たるところだったんだが」


 言っていて苛ついてきた。ほんとその通りだ。俺たち何にも敵対行動とってないのに。実力はともかく実は考え無しの問題児兵か?

 不届き者の女ダークエルフはやさぐれたような顔で、「よくそんなことを言える」とこぼした。


「寸止めだったのは分かっているだろうに」


 ……え? そうなの?


 手から力を抜いていくと握った部分の木製の柄が潰れているのに気付いた。俺握力いくつだよ。離すと落っこちてしまいそうだったので慌てて穂先を受け取る。


 しまった……。展示品なのに。


>称号「ついやりすぎてしまう」を獲得しました。


 うるさい。


「まあ、仕掛けたあたしが謝るのは道理だね。すまない」


 彼女がぞんざいに頭を下げてくる。ようやく後ろの金髪剣士も居住まいを正したようで、「私からも謝る。すまない」と続いた。女ダークエルフはともかく、男は綺麗な礼だ。


 危害が及ばないものならそれで終わりでもいいんだが……事が事だったためか、俺の方は何も言葉が出てこない。

 寸止めだからといって刃物を突き付けていいわけではないだろ?

 というか、女ダークエルフの表情が半ば笑っていたからというか、あまり誠意が感じられなかったのもある。戦闘狂か?


「手打ち金には安いと思うが、この槍あたしが買うよ。そういうわけだからガルソン、この槍の分は頼んだ槍の修理代につけといてくれ」

「そ、それはいいが店壊さないでくれよ?」


 ガルソンさんは気さくに言うが、若干ドモってる。というか引いてる。

 客の男性はこちらを見て固まっているようだった。ガルソンさんが「で、あんた、金いくら持ってるんだ?」と訊ねることで、男性はようやく背中を向けた。


 情報ウインドウが出てくる。


< ジョーラ・ガンメルタ LV68 >

 種族:ダークエルフ  性別:メス

 年齢:45  職業:七星の大剣・スティンガー

 状態:アトラク毒


 うわ! レベルたっけ……。ガルソンさんの倍以上あるぞ……。

 七星の大剣って精鋭部隊か何か? でもインよりはレベル下なんだな。そういえば、王都にダークエルフがいるってインが言ってたな。こいつか?


 アトラク毒って……至って健康そうだけど。しかし45歳ね。やはり美魔女だ。

 

「あ、あの……ジョーラ・ガンメルタ様ですか?」


 俺、イン、姉妹、赤髪ダークエルフ、金髪剣士の間で気まずい空気が流れていたが、ディアラがそんな中おずおずと訊ねる。


「ああ。ジョーラ・ガンメルタはこの世であたし一人さ」


 同族相手だからか、破顔して揚々とディアラの質問に答えるジョーラ。切り替わりが早い。


「……知ってるの?」

「はい! 七星の大剣は槍闘士スティンガーのジョーラ様は私たちダークエルフの誇りですから」


 ディアラの純真な表情と評価が眩しい。耳が動いている。

 ヘルミラも憧れの眼差しを向けているが、多少の温度差はあるようで、ディアラとは違ってヘルミラは俺の視線に気付いて微笑する。


 七星の大剣はやはりというか、かなりの名誉職らしい。

 客の男性がまた驚愕の顔で振り向き、「七星の大剣のジョーラ・ガンメルタ? なんでここに……?」と言っているのが聞こえた。

 ガルソンさんが俺の視線に気づく。肩をすくめながら、話が進まないからどうにかしてくれと言った顔をされる。申し訳ない。武器買ってくからさ。……いや、俺のせいじゃないんだが……。


「あんまり外でその名前を出さないでおくれよ? 騒がれるし、今しがた己の無力感を味わったところだしさ」


 ジョーラが打って変わってひょうきんに俺を見てくる。どう返したらいいのか分からないので、とりあえず肩をすくめておく。俺も騒がれるのに巻き込まれたくはない。


 金髪の剣士を紹介される。ハリィというらしい。魔法使いじゃなかったね。

 よく見たら彼は結構可愛い系の顔立ちをしている。ちょっとジャニーズっぽい。


「ジョーラさんの非礼を詫びます。理由なく斬りつける人ではないのでどうか許してください」


 ハリィから目を伏せて慇懃に軽く頭を下げられる。相変わらず礼儀正しい。てか、攻撃してきた理由ってなに?


「今日は何か探し物かい?」


 聞こうと思ったがジョーラに遮られる。


「……ええ、まあ。二人の革の防具や武器を。革はここではなく別の店を勧められましたけど」

「まあここは金物専門だからね。てか、言葉崩してくれないかい? 侮辱されてる気分になってしまうからさ」

 

 別に変えてるわけじゃないんだけどね。武人だなと思いつつ、困った顔をしているジョーラに従っておく。


「そっちの嬢ちゃんもあんまり睨まないでくれ」


 見てみれば、インが相変わらず怖い顔でジョーラを見ていた。さっきよりはいくらか緩んでいるようだが……。声をかける。


『お主はこの世界の道理を知らんからな。油断するでないぞ』

 

 肝に免じるよ。


 念話は俺の返答を待たずに切れた。ふうと息をつくイン。手を後ろにやっていたようだし、魔法の準備でもしてたのか?


「……ん? あたしはあんたを知っている気がするのだが……」


 気にかかるのか、ジョーラが顎に手をやってインを訝しむ。気のせいであろとインがそっけなく言うと一応それで納得したようだ。インはメイホーを出たことないと言っていたし、気のせいだろう。


「物は相談なんだけどさ。あたしら討伐から帰ってきたところで暇しててさ。あんたらの買い物にちょっと付き合ってもいいかい? 詫びも含めて値引きでも何でもするからさ」

 

 強引というか何というか。

 どうも襲撃は、彼女自身が寸止めしようとしたこともあり、実害も槍の破損以外ないしで、大したことではないと思われてしまったようだ。まあ被害的にはそうなんだが……。あまり釈然としないね。

 

 ハリィが諫めるようにジョーラさんと声をかけるが、ジョーラは気さくに「頼むよ」と言ってさほど気にも留めない。

 ハリィがため息をついた。苦労人か。

 

 彼のウインドウも出てくる。

 

< ハリィ LV49 >

 種族:人族  性別:オス

 年齢:29  職業:七星の大剣・スティンガーの副官

 状態:健康

 

 ハリィも大概高いな……。お付きではなく副官なのか。というか、俺とタメなんだな……。背が低いし童顔だしで、なかなかそうは見えない。大学生でも問題ないだろう。

 

 有名人のようだし、正直なところはここで別れて俺は4人でのんびり巡りたいんだが……ディアラがさっきから俺をちらちら見てきている。


 これまで同族見てないもんな。故郷の情報も聞けるかもしれないし。

 

「本当にただの買い物だけど、それでもいいなら。ディアラたちの防具と武器と俺の用事の魔法道具屋と、あと、あー」

「飯もだの」


 インがハリィと同じくため息をつきながらそう指摘する。うん、そう。飯も食べたいね。

 ……え、インもため息? 俺とジョーラが同じポジションなのはちょっと勘弁。


「じゃあ決まりだね! まずは同じダークエルフってことで二人にはいい武器選んであげるよ。この七星の大剣の槍闘士、ジョーラ・ガンメルタの名に懸けてね」


 ジョーラがそう言ってにっと姉御肌な笑みを浮かべた。姉妹は嬉しがっているが、うん、なかなか声がでかい。ばらしてくれるなって自分で言ったのに。

 男性客がちらりとこちらを見た。ガルソンさんがあからさまにため息をつくのが聞こえた。ごめんて。というか、なんで俺が謝るんだ。

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