3-5 ついに来たドワーフの店 (1)
「ミソシルは作るのに手間はかかるんですけど、優しい味わいで、野菜とも肉とも合うので万能のスープでもあるんですよ」
「……その人俺と出身同じかもしれない」
同郷仲間の可能性に興奮して思わずそう言ってしまうと、ヘルミラが手を合わせてやっぱりそうですよねと嬉しそうにする。
やっぱり?
「やっぱりって、なにか根拠が?」
「私たちトルミナーテ家の4代目のご当主様と会ったことがあるんですが」
ああ、孫……孫の孫?
「4代目ご当主様のハーシュラ様は、ウルナイ様の生き写しとも言われているんです。黒髪でご主人様ともお顔の雰囲気がよく似ていて」
「なるほどね」
顔の雰囲気か……。
メイホーでもケプラでも白人顔がほとんどだ。たまに中東系かな? っていう人がいるくらい。
よく見ると北欧系というかハーフっぽいというか薄めの顔立ちの人もいて、俺は時々まじまじと見てしまいそうになる。転生者つまり、俺と同じ境遇の人がいないか。
顔立ちだけではその辺の判別はつかないんだが……薄めの顔というだけでもいくらか人心地ついた気分になる。もうだいぶ慣れたけどね。
さきほど西門では黒人風の顔をみたばかりだが、日本人顔はもちろん黄人の顔はまだ一人も見ていない。ケプラにいるだろうか?
ちなみに獣人は、今のところは薄めの顔が多い気がする。ベースはもちろん白人。
ホムンクルスに転生したという例がある以上、獣人または亜人に転生することも考慮に入れるべきなのだが、厩舎番をしていたり奴隷として生きているのを見ると違うだろうなという思い込みがぬぐえない。
俺の例しかない挙げられないんだが、こんな並外れた力を持ちながら、そういう境遇に陥るとは考えられないからだ。
インもまた非常に整ってはいるがハーフっぽい綺麗な顔立ちで、ディアラとヘルミラもどちらかといえば塩顔――もちろん白人的な塩顔――だ。二人とも褐色なので、成長すると中東系になるのかもしれないけど。
獣人と同じく、亜人も薄めの顔なのかもしれない。
「ウルナイの出身国ってなんていうところなの?」
「なんでもフーリアハットのずっと東にある異境の地だそうなんですが……詳しくは教えてもらえなかったそうで、私たちも知らないんです」
ヘルミラはそう言ってディアラに視線を寄せると、ディアラも首を振る。
「東ね。4代目は今どこに?」
「以前はフーリアハットにいたそうなんですが、今はどうなんでしょう。結構忙しい人だとは聞いてます」
確かに英雄の家系なら忙しそうだ。
フーリアハットは姉妹の故郷――ダークエルフの里がある国だ。地理的にはここからだいぶ北にいった場所に位置する大陸一深い森と隣接した国だと聞いている。
“東の国”というのはファンタジー界隈では日本ないし中国や朝鮮を名指しするお決まりの表現だが……気になるところだ。
「まあ、いずれ会えるのかな。……黒髪はいるんだけどねぇ」
「この辺にですか?」
「うん」
ヘルミラが俺と同じように周囲の通行人に視線を寄せた。
「そうですね、割と見かけますね」
「赤髪はいないよね」
「はい。赤髪の方は珍しいですね……」
赤髪はリアル基準だとほんと珍しいらしいね。
「ただ、髪は染められますし、魔導士の方などは瞳の色が変わったりもするので、本当の色は分かりませんけど」
え? 髪を染めるのは分かるけど。
「魔導士って目の色変わるの?」
てか、二人の紫色の目も特に見てないな。いまさらだけどダークエルフの特徴か?
「え? はい。魔法をある程度極めると変わることがあるそうです」
若干不審な顔をされてしまった。たぶん三重で防御魔法を張れる俺のことは当然優れた魔導士だと思っていて、その辺の仕組みも知っていると思ったからだろう。
とっさに弁解の仕方が分からなかったのと、二人なら呑み込んでくれると思ってスルーすることにした。
「へぇ……他にも変わることあるの?」
聞けば、七竜の加護を受けることでも変わることがあるらしい。なんか色々あるんだね。
カラコンはあるか、おふざけで聞いてみたが、さすがになかった。
「ダークエルフってみんな紫色の目なの?」
「はい。違う人も稀にいますが」
「ふうん……。獣人とか、ダークエルフとか、他の血が混じってても目の色は変わるんだろうね」
「そうですね」
この分だと街中を歩いてて、日本人発見! なんてことはまずなさそうだ。
現実世界よりずっと人種のるつぼだ。髪も目も染まるんじゃ、転生者探しは厳しそうだな。
銅像を見上げる。
はてさて。
英雄ウルナイは転生者なのか、ファンタジー諸作品ではよくある東の国の方なのかと思ったりもしたが、もし転生者だったのなら俺と100年も時間がずれてることになる。やっぱこの世界の出身だよなぁ。
『ウルナイはお主と同じ国出身なのか?』
――どうだろうね。混血とか似た一族の可能性もあるし、そもそも100年時間がずれてるんじゃ望みは薄いよ。
『そうだのう……』
――味噌汁ってさ、俺の国の食事でよく出るスープなんだよ。
『ほお。美味いのか? 二人は絶賛しておったようだが』
――美味しいよ。体も健康になる。肉や甘い物ばかり食べてて、太ったり栄養が偏ったりしてる国では大絶賛されてるよ。
『私は太っておらんぞ!?』
インが大げさにしがみ付いてくる。
食事というのか微妙なところだが……普段は
それが太る要素にはなるとはちょっと考えづらかったし、そもそも太っていないのは事実なので、うんうん頷いておく。
でも一応、野菜も食べた方が体にはいいよとも言っておく。
抗酸化物質の摂取はあくまでも俺の世界の人間の健康法だけど、植物が薬になっている以上はこの世界の野菜だって食べて損することはないように思う。
超絶美少女のインが太ってしまった姿を見たくないのもあることはある。偏食気味だし。
考え込むイン。……え、そんなに野菜嫌いだったか? 肉以外も普通に残さず食べてるだろ? ほら、ディアラたちが見てるよ。念話のこと知らないんだから。
それにしても胃腸が極端に弱っていた頃はともかく、味噌汁にはそんなに執着してなかったんだが、ディアラたちが食べたいっていうなら作ってもいいかもしれない。
というか味噌ってどう作るんだっけ? 大豆を煮て? あと、麹……だったよな。麹って米を寝かせればいいんだっけか。
「味噌って二人は作れたりする?」
「材料があれば作れますよ。……私は存じてませんのでヘルミラが、ですが」
申し訳なさそうに目を伏せながら言うディアラ。耳も下がった。そんなしょげなくても。
まあ材料入手すればいけそうかな。
材料は聞いたら「ソイビン」とコメと塩らしい。
ただ、ソイビンはここからもっと北東の地――テロンドという地が産地の希少な豆で、コメも主にその近辺で取れるものであり、両者ともオルフェではあまり食べられておらず、仕入れるのも難しいとのこと。
この世界で味噌汁を食べるのはもう少し後になりそうだ。
「材料が入手できたら味噌汁作ってみない? 知ってるかもしれないんだけど、味噌は調味料としても優れていて色んな料理に使えるんだよ」
「そうなのですか? それは初耳ですね……。是非お願いします!」
ヘルミラがニコリと微笑んで俺の情報に喜ぶ。うん、可愛い。
ただ味噌は出来るまで壺の中で最低でも3か月寝かせる必要があるらしい。長すぎる。
◇
ライリが言っていた通り、ウルナイ像の傍に武具屋があったので、語らいを切り上げた俺たちは店に行ってみることにした。
武具屋は外観は無難にまとまっていて、一見すると平凡な平屋だ。
傭兵風の男性客が二人出てきた。一人は鞘から少し剣を出して刀身を見ている。
「やっぱガルソンさんの剣は違うな」
「変なもの置いてないだけさ」
「十分じゃないか。なあ、あの人いつくたばるんだろう」
「さあなあ。鍛冶魂が尽きるまでじゃないか?」
「そりゃそうだ」
さてさて。
ただこの武具屋、名前が「アマリンの武器防具屋」というらしいので少しズルっとくる。
ちょっと可愛すぎないかい? ドワーフが店主なのを期待してるんだが……。まあ、女ドワーフが営んでいる可能性だってあるんだけども。
女ドワーフ? ……どんな人なんだ……。
究極の謎にぶつかってしまった気分で店に入る。
内装は紙屋と同じで、明るい木製の家具を置いているため木の表情がむき出しのナチュラルテイストな柔和な雰囲気がある。
もっとも壁の方はメイホーの外塀のように積み上げた石を隠しもせずにそのままにしている。だが、なかなかどうして悪くない。
剣やら鎧やら鈍色に光る金物が並んでいるのだが、いかにも中世っぽい武骨さ、武器屋らしい物々しいが男児心を刺激される雰囲気がいかんなく演出されているからだ。
「おう、よくきたな! 適当に見ていってくれい」
奥で客と何やら話し込んでいたしゃがれ声の店主が――あっているならガルソンという名前だろう――ひょこっと客の背中から顔を出して、入ってきた俺たちに声をかける。
お?
アマリンの名前の可愛さをはねのけた低く男臭い声の持ち主は、茶色の頬ひげが両頬からトゲのように主張している毛深いおじさんだった。
何か違和感があるなと思っていると、足元に台か何かを置いているらしいのがカウンターの下から見えた。
背が低いらしい。
ということは? まだ情報ウインドウは出てこない。
誰にも聞かないでおこう。楽しみだ。
あまり見つめていてもあれなので店内を見ることにする。
店内は三つのブースに分けられていた。
右側が武器、左側が防具、そして真ん中のテーブルには、武器の持ち手部分の細工や鎧の模様の一部、プレートタイプのペンダントトップのような小さなアクセサリー類などが展示されてある。
特に金属細工は見事の一言だ。線を複数浮き上がらせているだけの簡単なものから、さざ波のような意匠や草花のモチーフや蔓、獅子の横顔まである。
傍に置いてある木札によれば、こういった意匠は注文を受けると防具の納品に多少日数がかかるようになるらしい。まあそりゃね。
「こういうの好きなのか?」
「好きだよ。彫刻とか小さい頃好きだった。今は見る専門」
「ほお。ま、装飾は武器や防具につけてもあまり意味のないものではあるしの」
インの言う通り、装飾細工は様にはなるが、特に防御力がアップするわけではないだろう。もしかすると何かしら効果が付与できる特殊な細工もあるそうなものでもあるけど。
右の武器ブースには色んな武器があった。
テーブルに直で置かれているもの。テーブルの前で傘立てのようなものに入れられていたり、三角形の台に立てかけられてたり。はたまた壁に打たれた釘に掛けられていたりしていた。剣、槍、大剣、斧、短剣、杖など色々とある。
奥には弓やクロスボウやメイスなどもあり、扱う武器の範囲はかなり手広いらしい。傍には矢筒も置いてあるので、目的の槍と弓はすぐに見つかりそうだ。
軽く見たが、青銅製もあったが、だいたいが鉄製らしい。某ゲームでなくとも序盤の装備だろう。史実的に言うなら最終装備になるのかもしれない。
色々と見ていると、インが横であくびをかみ殺した。メイホーの武器屋でもそうだったが、武器には興味がないようだ。
見ていると、アトリボットソードという初めて聞く名前の剣があった。5万Gもするらしい。
「破格! 魔法技師ヘラッゾの一品。火・水・風の三属性を刀身に付与させることができるぞ」
と値札の木の板に張り付けられた小さな紙に書いてある。いわゆる魔法剣だろうか?
外見は至って普通の両刃のロングソードだ。
鍔の部分が、少し曲線を描いたハンドル型のドアノブのようになっていてちょっとした彫刻の意匠もあるものの、特に装飾過多な部類ではなく、属性付与できることも納得の外観の違いは特に見当たらない。
「これ、魔法剣?」
「ん? ……ああ、属性魔力を流し込むやつか」
インが札の文字と剣を見て答える。
「流し込む?」
「うむ。魔法はある程度使っておると、術者の魔力と混じり合っていっての。そんなに簡単に混じるもんでもないのだが、水魔法ばかり使っておるとそやつの魔力はやがて水色に、つまり水の属性に傾く。そうなった奴の魔力をこの剣に流せば、武器に水属性を付与できるというわけだの」
なるほどね。誰でも扱えるわけではないのか。
「普通の剣っぽいのになぁ……」
俺のつぶやきに、刀身を傾けて根元部分から見てみてくださいとディアラが言うので従う。
すると、刀身の根元から真ん中辺りにかけて赤、青、緑の三つの細い光の線が並んで入っていることに気付いた。線は刀身の半分もいかずに途切れている。
「なんか……赤、青、緑色の線が見える」
「魔力回路だのう。赤は火、青は水、緑は風の属性だの。少しわかりづらいようだが、それがこの剣が魔法剣である証拠だ」
へえぇ……。魔法技師とはこういった魔法的な効果を武器や防具に付与させる人のことらしい。
ずっと俺たちにつかせているのもあれなので、姉妹に目的の槍と弓を見ていいよと言っておく。
赤い宝石が入っただけのシンプルな形をした青銅の杖が目に入り、ふと思う。
「そういや魔導士って杖必須なの?」
俺もインも全く必要としていないから、気になった。詠唱も特にいらないしね。
「媒体がある方が基本的に威力が出るぞ。放出系、特に《
なるほどね。ゲームじゃ絶対に提示されない設定だ。
ちなみにこの杖にはめ込まれているのはフルル石といって、イン曰く、「大したもんでもないが多少魔力を集める性質を持つ石だの」とのこと。
店主と話し込んでいたターバンを巻いた商人風の客が、満足げな顔をして出ていく。
《聞き耳》スキルで話の内容を聞くことはできたのだが、品物を見ていたのであまり聞いていなかった。手ぶらなので、現物購入ではないようだ。
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