第3章 七星の大剣――槍闘士(スティンガー)

3-1 初めての魔法


「助けてもらったバーバルですよ。仲が良いんですね?」


 そうニコリと笑みをこぼしてくる若い女性。確かに……魔力屋のバーバルさんだ。……仲が良いとは?


 インは既にベッドから離れているが……一緒に寝ているのを見たのかもしれない。

 となるとこの人もアリオと同じくノックしなかったんだろうか? この世界の人たちはみんなそうなのか? プライバシー……。


 寝ぼけた頭でそんなことを考える。……眠い……。


 気付けばバーバルさんはいつも着ていたぼろい赤いローブではなく、シャツとハーフパンツスタイルに紺色のローブを羽織っている。

 見た目がだいぶ地味目というか普通の装いになっていることや、顔がふっくらして半ば若返ったこともあって、見知っている人は彼女がバーバルさんだとは気づかないかもしれない。

 俺も最初は分からなくて、「誰?」と訊ねてしまったくらいだ。……いや、俺の場合は寝起きなので誰にでも誰って言ってそうだ。


 ベッドの前には昨日の朝と同じく、ディアラとヘルミラがイスに座って待機していた。服は、俺がオールインワンだと間違えた使用人風味のボーイッシュな装いだ。


 眠気が少し覚めてきた。

 窓からは日光が入ってきている。おそらくもう昼前とかだろう。それにしても俺よく寝るな。昨夜は小屋から帰ってきて10時前には寝ていたと思うんだけど……。


「おはようございます。すみません、寝てて。朝からどうしました?」


 言ってから、バーバルさんの用事と言えば一つしかないことに気づく。


「おはようって言われるの2回目ですよ。……こほん。今日はですね、《灯りトーチ》と《収納スペース》の魔法の巻物マジック・スクロールができましたので、そのご報告に」


 バーバルさんは鞄から藁紐で巻かれた巻物2枚を取り出して手渡してくる。別に朝っぱらでなくてもいいと思うんだが……いや。俺の“朝っぱら”は信用ならないんだった。

 それにしてもバーバルさんはなんだか性格も若返っている気もするな。


 魔法の巻物は普通に巻物らしい。錬金術の本の紙よりも紙質がよいようで、厚みもある。表彰状の紙に近いかと思ったが、和紙のような質感がある。


「本当はもう少し遅い時間でもよかったんですけど……ケプラの方にこれから用事があるので出向かせていただきました。すみません、起こしてしまって」

「お主もケプラに行くのか」

「あら、あなた方も?」


 バーバルさんがいくらか驚いて見てくる。


「ええ、そのつもりです」

「そうでしたか。行きだけでも是非ご一緒したいところですが、私はこれからすぐに出向くので」


 なんでもケプラにはお世話になった魔導士の先生が住んでいるそうだ。


「元々顔を出せとは言われていたんですが……なかなかできなくて」


 まああの老いぼれた状態じゃあ、恩師には顔を出せないよな。


「ついでに少し火魔法も学ぼうかなと。これからのために」


 バーバルさんはこれからという言葉の部分で爽やかな笑みを浮かべた。

 復活した顔立ちが童顔気味なので、彼女らしいと思える笑顔だったが、それよりも晴れやかなのが印象に残った。再出発って感じか。


「それもこれもダイチさんのおかげですよ」

「あんな今にも死にそうな顔でいられたらちょっとね」


 バーバルさんがすみませんと、苦笑した俺と同じく苦笑いを浮かべる。


「ということは、魔力屋は廃業ですか?」

「そうなりますね。まあ、魔導士だったら誰でもできる商売ですけどね」


 そうなんだろうね。魔力枯渇状態は知り合いに見せたくはないように思うけど。


「では、そろそろ」


 そう言って、彼女が立ち上がる。


「ええ、またどこかで」

「はい。何もまだ決まってはいませんが……もしご用があるなら、ウルバン・テールマンという方を訪ねてもらえれば私の所在は分かると思います」

「分かりました」

「元気での」

「はい。あなた方も」


 そう言って彼女は去っていった。なかなか早い別れの気もするが、これも人の縁というやつだね。


 《灯り》の巻物を開いてみる。普通なら紙はくるくると戻ってしまうはずだが、不思議なもので、紙は巻き戻らない。

 出てきたのは赤色で描かれた大きな魔法陣と、右下にある印鑑のようなマークだ。和紙のような質感なのは裏面と変わらないが、全体に模様めいたものがうっすら浮き出ている。たぶん、魔法的な付与か何かなんだろう。魔法の巻物専用の紙といったところだろうか。


「右下の印に指先を触れてから手をかざすとよいぞ」


 使い方を知ってたら教えてほしいと聞くまでもなく、インが簡単に説明してくれる。

 言われた通り、右下の印に指先をかざすと、印が明滅した後、線が黒く塗りつぶされた。指自体には特に変化はないが、わずかだが、指先から何かが流れ込んだ感覚があった。

 感覚は辿る暇もなくすっと消えてしまった。俺は魔力も魔素も感じ取れるはずなので、どうやら別種のものらしい。


「これでもうこの魔法陣はダイチ以外使えんくなったの」

「なるほど。それでどうすればいい?」

「魔法陣に手をかざすのだ」


 言われたままに魔法陣に手をかざす。すると印と同じく魔法陣が光り輝き、やがてさきほどの印と同じく、線が黒く塗りつぶされた。


>火魔法「トーチ」を習得しました。


「習得できたようだのう」


 そうらしい。なんかあっさりだ。


「使ってみていい?」

「うむ」


 掌を出して、トーチと念じてみる。


 ぽっと、小さな火が手の上に出てきた。おぉ~~~。まさに灯りだ。


>称号「初めての魔法」を獲得しました。


 手と火の間には3センチほどの隙間があり、特に熱いとも感じない。ディアラとヘルミラもいるので、あまり大げさな言動にならないよう注意しないと。

 魔法が当たり前のこの世界では、俺の言動はきっと恥ずかしいものだろうし。《灯り》だって、適性があれば子供でも使える魔法だと聞いている。


 これ大きくできないのかなと思う。「トーチ・大きく」と念じてみる。すると、可愛らしかった火がばかでかい太さの火柱になった。天井につきそうだ。


「え、ちょ、でかすぎ」


 慌てて「トーチ・小さく」と念じると、するすると最初の大きさに戻ってくれた。天井付近を見るが、特に焦げ目といったものはないので安心する。


「ダイチよ……」


 インが非難の目で見てくる。みなまで言うな。ディアラたちは非難こそなかったが、驚愕に目を見開いている。


「《灯り》は本来、夜の道を照らす松明やランプの用途で用いられる魔法だぞ。そんなにでかくしてどうする。……というか、なんでそんな上級魔法レベルの火になるのだ。……いや、何百年も前からある古い魔法だから魔術式も大していじられてないのか?」


 インが指先をあごに添えてぶつくさ言っているのをよそに、火を消す。言わんとしていることは分かる。まぁ、自重しよう。きっとINT辺りのステータスの影響だろうから。

 そう言えばと思い、ステータスウインドウを久し振りに出してMPの消費具合を確認すると、1減っていた。残りMPは5477あるので、心配はないだろう。それにしても大きくできたり形を変えられるなら、この分だと魔法の用途は色々ありそうだな。


 《灯り》と同じ要領で今度は空間魔法の《収納》も習得する。


>空間魔法「スペース」を習得しました。

>称号「両手の空く生活」を獲得しました。


 なかなかいい称号名だと思う。


 《収納》と念じてみる。すると、俺の顔の45度方面に大きな手鏡くらいの大きさをした楕円形の黒いものが出てきた。少し角度を変えて見てみるが、楕円形はまっ平で、背景に干渉はほとんどしていない。

 黒い楕円形はインクで塗りつぶされたように真っ暗だ。少し怖い。亜空間とかだろうなこれ……。ファンタジーの代名詞的存在がごくごく自然に出てきたので、正直面くらってしまう。


「そこに手を突っ込んだり、念じたりすれば物を出し入れできるぞ」


 ああ、そういや小屋の前でインが使ってたやつか。


 おずおずと手を突っ込むが、特に変わった感触などはない。強いて言うなら、少し気温が低いかもしれないのと、腕の感覚がほんの少し薄まったというくらいか。

 ちなみにMP消費は2だ。発動させたタイミングで減るらしい。


 新しいウインドウが出てくる。


 【空間魔法「スペース」】と描かれたインベントリには30個の空欄があった。

 クライシスでは新規にキャラを作ると鞄がこのくらいの数だった気がする。ある程度遊んでいる人なら、だいたいの人は課金を駆使して最大数にしてしまっていたが。


「これ重さの上限とかあるの? 30個分だからそれなりに入れられる気はするけど」

「30個?」


 インが眉をひそめて見てくる。……ああ、多いのね。


「私のは個数では10個ほどで、重さは壺にいっぱいに入れた水が5個程度とは認識しとる。それ以上は入れられんかった。まあ私の3倍も容量があるようだから、これに限らんとは思うが……。ちなみにの、細かいのはまとめると1個分になるぞ」


 壺ね。市場やその辺でよく見る壺は、なかなかでかくて、5キロの米くらいの大きさがあった。5キロなら俺の収納できる重量は75キロということになる。

装備品やポーション類をぎっしり詰めた状態でベッドを格納できた魔法の鞄よりは収納量は劣るようだが、これを多いとみるか少ないとみるか。どうだろうね。


 机の上に畳まれてあったシャツを持って、「スペース・シャツ」と念じるとシャツが消えた。ウインドウにはしっかりシャツが表示されている。


 ふと思い立って、空中に出現していた《収納》の黒い楕円を解除する。ディアラにシャツを両手で持ってもらう。首に手を突っ込んで黒い楕円を出現させる。

 少しシャツから黒い楕円がはみ出てしまっている。動かすことはできないようだったが、小さくと念じると縮小してくれて外からは見えなくなる。

 MPが再度2減っている。発動から解除までで2消耗するらしい。MPが少ないなら使いどころは考えないといけない魔法なんだろうな。


「何しとるんだ?」

「疑似魔法の鞄。今日ケプラ行くしさ」


 改めてヘルミラに麻のトートバッグを部屋から持ってきてもらい、口を両手で開けてもらって手を突っ込み、中に楕円を小さく出現させる。

 外からはしっかり見えない。シャツを鞄に物理的に入れたあと、「スペース・シャツ」と念じる。《収納》のウインドウにしっかりとシャツが格納され、鞄の中にシャツはなくなった。


 《収納》の黒い楕円を一度出現させなければいけない手間はあるが、一応バレることなくそれっぽく使うことは出来そうだ。一度に入れられる大きさの限界は後日調べていくとして。


「そんなことして何の意味があるんだ?」

「魔法の鞄と同じだよ。あまり目立たないようにしようと思って」

「ほお」

「バーバルさんが言うには、空間魔法は目立つようだからね」


 転生者とホムンクルスと七竜で既に手に余っているのに、空間魔法でも目をつけられたら目も当てられない。


「そうだったかのう……」


 空間魔法がポピュラーだというインの教えはあてにしない方がよさげか。


「そういえば、ディアラやヘルミラはどんな魔法使えるの?」


 一連の魔法のやり取りで二人は一切口を挟まなかったので、そんな質問を投げかけてみる。

 奴隷と言うか、使用人めいた雰囲気がまだあるんだよね。二人の性格によるものもあるのかもしれないけど。


「簡単なものでしたら使えますよ。私よりもヘルミラの方が魔法は得意ですけど」


 と、ディアラは掌に小さな火、《灯り》を出してみせる。ヘルミラも出した。

 俺もなんとなく出した。うーん、ファンタジー。二人がにこりとしてくれたので、俺も笑みを返した。


「ヘルミラはどんな魔法が得意なんだい?」

「幻影魔法ですね」


 そういえばそうだったね。


「何が使えるのか教えて。幻影魔法以外にもね」

「幻影魔法では《幻想イルシオ》《隠滅エラス》《酸欠アノクシア》、攻撃魔法の《雷撃トルア》が使えます。あとは火魔法の《灯りトーチ》《火弾ファイアーボール》や、風魔法の《微風ソフトブリーズ》、水魔法の《凍結フリーズ》などが扱えます」


 おおぅ。


「そんなに使えるんだ。すごいね」


 そう言うと、そんなことありません、と少し恥ずかしがるヘルミラ。レベル10代でこの量はすごそうだよ?


 それにしても魔法は基本英語読みで、《火弾》に至ってはクライシスでもあった魔法なので分かるのだが、幻影魔法はそうではないらしい。クライシスでもそういうものはあるが、名前の由来なんていちいち考えないからな……。


 《酸欠》はスープの時に使っていたのでなんとなく分かる。酸欠にする状態異常系の魔法だったはず。

 イルシオとかエラスとか、他は全くどんな魔法か分からない。幻影魔法というくらいだから、隠密に長けるような魔法が多いとは思うのだけど。


「《雷撃》はどんな攻撃魔法なの?」

「雷撃で攻撃する魔法です。ゴブリンやコボルトくらいなら屠れますよ」


 おぉ、雷魔法。


 クライシスにもウィザードにサンダーボルトという魔法があるにはあった。だが大した威力にならなかったので、範囲タゲ取り魔法――敵を集めて効率よく狩るため、“釣ってくる魔法”。タゲ=ターゲット。――扱いだったけれども。


 にしても「ゴブリンやコボルトくらいなら屠れる」か~。威力はあんまりか?


「私はまだレベルが低いので一撃とはいかないのですが……」


 というと、やっぱタゲ取りと考えた方がいいんだろうか。にしてもレベルが低いので、ね。


「じゃあそのうちレベル上げしないとね」


 ついそう口にすると、ディアラが珍しく「是非お願いします!」と声を大きくしてきた。ヘルミラがお姉ちゃんと制すると、ディアラははっとして、視線を落とした。


「すみません……」

「いや、いいよ」


 ディアラは武闘派か?


「お姉ちゃんは鍛錬が好きだったんです。お父さんのように強くなりたいって昔からよく夜遅くまで木刀を」

「ヘルミラだって、お母さんから弓を教えてもらってたじゃない」


 ディアラが説明してきたヘルミラにそう抗議する。


「確かに強くはなりたかったけど……、私は主に後方支援だったから」

「インバース様から魔法の才能があるって言われて嬉しそうにしてたくせに」


 弓ねぇ。クライシスではメインキャラはアーチャーをやってたけど、所詮リアルじゃ弓矢は触ったことないからなぁ……。


 ゲームの影響からというわけではないが、弓道は部活動でやってみたい気持ちはあった。

 時間を止めたようなあの凛とした立ち姿には、一瞬でターゲットを仕留めるスナイパーに対して抱くものと似た憧れを抱いていたものだ。

 クライシス内で教えるって話なら、弓に関わらず立ち回りからおすすめスキル、ソロ稼ぎ用のステ振りや装備のビルドまである程度教えられるんだけどさ。


「レベル上げってこの辺りの魔物を狩ればいいよね?」


 狼たちはレベル9から10辺りだったと思うから、二人の13と11なら、経験値的にもまだ美味いと思う。石を飛ばして瀕死にさせたり、俺の魔力を武器に付与して手伝ったりしたらそれなりの効率になるんじゃないだろうか。

 そんなことを考えて、思わずゲームみたいに考えてしまったなと内心で苦笑した。


「え? はい。問題はないと思いますが……どこで魔物を?」

「狼の森のかな。あそこの魔物はレベル低いようだし」


 二人が身を守る手段を増やすのは悪くない選択だろう。

 だが、俺の発言に姉妹はお互いに顔を見合わせていた。なんだろう? 乗り気じゃないの?


「なんか問題あったりする?」

「いえ。ここの森は特別にメイホー村が所有しているので……」


 ああ、森って大事な財源だもんね。


「特別って?」

「銀竜様の治める土地なので、村が管理を担当しているのだそうです」


 ふうん? じゃあ、村長に聞いてみた方がいいだろうか。


『狼を狩るくらい問題なかろ。狩るなら村長に伝えておくぞ』


 ――あ、うん。お願い


 見てみれば、インは退屈そうにベッドに寝転がった。寝るの?


「確か……問題なかったと思う。狩った狼を少しあげれば」


 姉妹は怪訝な顔のままだ。


「それにあと武器が……」


 と、ディアラ。

 ああ、そうか。武器もないのか。うーん。


「じゃあ、そのうち……ケプラから帰ってきたら夜になりそうだし、明日辺り森でレベル上げしてみようか? 武器はケプラで揃えてさ」


 是非お願い致しますと、胸に手を当てて勢いよく起立するディアラだったが、すぐに「すみません……」と言って申し訳なさそうな顔を見せた。ヘルミラは何とも言えない不安な顔を姉に注いでいる。鍛錬好きというのは本当らしい。


「自分で身を守れるようになるのはいいと思うよ」


『物好きだのう』


 ――彼女たちが強くなるには越したことないんじゃないかな。俺だっていつでも守れるわけではないし。


 まあそうだの、とインはあまり興味なさそうだ。なんか拗ねてる?


 そんな折に、ダイチ君はいるか? という聞いた覚えのある男性の声がドアの向こうから聞こえてくる。

 返事をすると開けられるドア。ノックなしか。


「お、良かった。おはようダイチ君」


 君は確実にノックしないよね、アリオ君。

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