2-20 悪意の正体 (2)

 

 奥にあったイスを借りて、俺とイン、そしてキナ臭い発言をした商人二人が座り、ディアラたちは後ろで立つことになった。幸い人は少ない。


 たぶんディアラたちが捨てられた理由の側面を知ることになるんだろう。つい部屋で待機しててもいいんだぞ的な視線を姉妹に送ってしまう。

 二人は俺の視線に気づいたが、唇を引き締めただけだった。俺が何も言わなかったのもあるが、特に退席しようとはしない。


 商人の一人を見ると、過剰なくらいおどおどしている。もう一人は顔つきこそ平静だが、やはり少し挙動不審であり、手では額の脂汗を布でしきりに拭いている。布は元々出ていたものなので、普段から脂汗は出やすい体質なのだろう。

 おどおどしている方は白いシャツにクリーム色のベスト、手首には模様の入った茶色のバングルをつけて袖を留めている。ベストから濃緑色の衣服が覗き、頭には深い赤色のツバのない帽子を被っている。

 脂汗の方はベストは着ていないが、緑色の長袖を着、朱色の生地に胸元や肩口に帯のような刺繍の入った半袖の服を重ね着をしている。そして彼の手元にはシャイアンが被っていたような濃緑のターバンのような布の帽子。

 着ている服からは商人としての地位の高さや腕の良し悪しは正直全く分からないが、二人とも狼狽えているのは事実だ。やり手になれば、表情や態度の詐称も上手いだろう。悪人面も特にしていないし、そんなに悪い人物ではないように見える。


 とはいえ、シャイアンも目つきが鋭いところはあったがそこまで悪党顔でもなかった。会話も聞いている感じ――もちろん二人を見捨てた今は評価は低いが――酒が入らない限りは割とまともに見えた。

 シャイアンと彼らの穏当な付き合いは、ぱっと見、ありかなというラインだ。シャイアンの方は小悪党らしく、裏ではこそこそとやっていたようだが。


「ええと、それで……何を話せばいいでしょう?」

「間引きするのに生贄が好都合という部分だの。どういうことか知りたい」

 

 インが幼い容貌など関係なしに率直に聞いていく。さきほどと比べていくらか冷静になったようだが、言葉は一切の迷いがなく、そして威圧的だ。

 商人たちはこの少女は一体何者なのか、全く想像がつかないに違いない。やけに綺麗な銀髪と外見年齢にそぐわない主人めいた言動で、どこかいいところのお嬢様ぐらいには想像しているだろうか。


「私たちはこの村に住んでいるわけではなく、ちょっとご飯を食べに来ただけでして……銀竜様に不敬なことは何もしておりませんよ。な?」

「そうです。私どもは何もしておりません」


 おどおどしている方は根がそうなのかあまり態度は変わらず、相変わらずおどおどしているが、脂汗の方は落ち着いてきたようで、目線を落として澄まし顔をしだした。いまさら取り繕ってもあまり意味はないように思うが、彼の方が肝は据わっているようだ。


「だいたいあなた方は何者なんです?? 失礼ではありませんか?」


 脂汗の彼が至極当然の質問をぶつけてくる。料理代金だけじゃダメか?


「ほお。聞きたいか? 目が飛び出るほど驚くと思うがな。お主の一生後悔する過ちになるかもしれんな?」


 少しひやひやしたが、インの尊大な言葉は二人を狼狽えさせるのにじゅうぶんな効果を持っていたらしく、おどおどな彼は笑えるくらい絶望的な表情になったが、脂汗の彼もまたたじろいで二の句を継がない。恫喝し慣れてるのか?


 にしても、この場合はいわゆる不敬罪というものになるんだろうが、インは興味ないだろうな。お祈りから逃げてたくらいだし。


「……私が聞きたいのはな。なぜ間引きをするのに生贄制度が好都合だったかという部分だの。シャイアンとやらがこの村で何をしていたのかを話してくれればよい。それだけだ。別に他に何も望まん」


 インは今度は諭すように、いくらか口調を穏やかなものにした。


 しばらく間があったが、インが「話せんのか?」と少し凄んだ。ハインの弓の時ほどじゃないが、なかなか怖い顔をしている。

 おどおどしている方の商人がついに焦ったように話し始める。


「シャイアンは……その……知り合いの奴隷商人なんですが……近頃売れない奴隷の処分に困っていました。売れない奴隷は奴隷商会に引き渡すことができるのですが、なかなか高くつくそうなのです。かといって、同業者が引き取るはずもなく……。シャイアンはなかなか鼻のきく奴でして……、メイホーでは銀竜様に生贄を捧げているという情報を入手したようで……隠れて間引きをするのに丁度いいと判断したそうなのです。仮に死体が見つかってもうやむやにされるだろうと……」


 なるほどな。小屋をわざわざそのために用意したというなら相当な不届き者だが……小屋はぼろく、結構前からある感じだった。


>称号「異端審問官」を獲得しました。


 さもありなん。直接俺が審問しているわけではないけど。


「ふむ。生贄を捧げる慣習は20年ほど前からあったようだからの。だが、先日、それは取りやめよと銀竜様からお達しがあったと聞いたぞ?」


 インが言ったのか? 脂汗を拭いていた商人が目を見開く。


「なんと!! そうなのですか……。……シャイアンたちはどうなるのでしょうか」

「さての。生きておって、知らせを聞いておるならしばらくメイホーには近寄らんだろうな」


 おどおど商人は手を握り始め、「おお、赤竜様……」とぶつぶつ言い始めた。赤竜信者か。


 情報ウインドウが出てくる。


 テリルド。LV9。人族。オス。38歳。商人。状態:健康。

 ハモック。LV8。人族。オス。37歳。商人。状態:健康。


 二人とも40手前か。まあそんなところだろうな。


「あい分かった。すまぬな、話してくれて感謝するぞ」

「え、はい。い、いえ……私たちはどうなるのでしょうか?」

「ん? 加担しておらぬなら何もないだろう? 私らもお主らが加担しておったなどと風聞を広めることなんぞせん。まあ保身を考えるなら、今後のシャイアンたちとの付き合いは考えるべきかもしれんの。仮にやつらを処罰するなら同じ銀竜信仰の者、すなわち、この村の者であろうからの」


 インが立ち上がり、『すまんな』と念話で謝ってくる。


『部屋で少しよいか?』


 話をするのだろう。


 ――構わないよ。


 商人たちに小銭を渡す。あまり受け取りたくはなさそうだったが、インが「気にするな」と言うとしぶしぶと受け取った。


 俺とインの話にインの正体を知らないディアラとヘルミラを同席させるのは憚られたので、その間に仕事を与えることにした。市場で買った野菜の調理だ。

 とくに抗弁はせず、二人は神妙に頷く。まあ、変なことを頼むわけでもなし、特に断られるとは思っていない。


 短剣は貸すことにしているし、購入したものを使って部屋でも調理はできるようなのだが……せっかくなので、ヘイアンさんに話してみることにした。


「ヘイアンさん」

「お、おう。なんだ?」


 会話が全て筒抜けだったわけでもないとは思うんだが、さきほどまでの剣呑な雰囲気から、ヘイアンさんは事の重大さは察しているものらしい。ま、頼みごとをするにはちょうどいい。


「今あまり人がいないようなんですし、台所をちょっと借りることはできますか? 二人にちょっと料理をさせたいなと。仕込みとかをするんでしたら、隅のテーブルの上でも構わないのですが」

「料理? 構わんよ。しばらく静かなもんだしな。フミルに言っておこう。……ダークエルフの料理か。何作るんだ?」


 ちょっと強引かなと思っていたが、ダークエルフの料理で興味を引けたらしい。未だにフミルという調理担当の人は見ていないんだが、ヘイアンさんもたまに調理しているようだしね。


 ディアラに声をかけて話すのを促す。


「ニンジンとカブとキュウリで漬物ピクルスを作ろうかと考えています。台所を借りられるのでしたら携帯スープなども作れます」

「ほお。ダークエルフはそういや、携帯食が得意だったなぁ」

「はい。里にいる人たちほどではないですが、私たちも少しなら作れます。ね、ヘルミラ?」

「うん。そんなに凄いものは作れませんが……」


 なるほどな、とヘイアンさんが納得したようで何度か頷いた。この分だと大丈夫そうだね。


 ヘルミラはさっきのやり取りを引きずっているのか、表情には多少影が射しているままだ。一方のディアラは既に通常モードだ。さすがお姉ちゃん、気丈だ。

 それにしても携帯スープってインスタントスープのことだろうか。


「じゃあヘイアンさん、しばらく二人のことお願いします」

「おうよ」


 頑張ってね、と二人に声をかけると、二人とも張り切っている様子が見て取れた。


「私も参加していいかしら?」

「私も!!」


 ダークエルフの料理……というよりはダークエルフそのものか? ステラさんやニーアちゃんの興味も引いたらしい。

 この分だと家族ぐるみになりそうだ。店番は? と思うが、今は客足は少ないし交代でなんとかまわすんだろう。調理と言っても漬物やスープなら、野菜切って煮る程度だろうし、大丈夫だろう。


「じゃあ少ししたら見にくるよ」

「はい」

「美味いのをよろしく頼むぞ」

「はい。頑張ります」


 姉妹が俺たち以外の人とわいわいしていることに嬉しく思う一方で、楽しい調理の時間になること請け合いなので若干後ろ髪も引かれつつ、俺とインは部屋にあがる。


「すまないのう。親睦を深めるよい機会だったろうに」

「気にしないでいいよ。親睦はいつでも深められるしね」

「そうだの」


 部屋に入るとインはベッドに座った。俺は向かい合う形でイスに。


「ダイチはこれからどうするのだ? 近々ケプラ市に行くと言っとったが」

「行くよ? メイホーよりも物が充実しているようだからね。具合がよければ今度はケプラに滞在してもいいかなって思ってる」


 インは目線を落とし、考える素振りを見せる。


「私もそれに同行してよいか? ダイチとの旅はきっと楽しくなるだろうしの」


 インはそう言ってニコリと笑みをつくるが、あまり本調子ではない感じだ。そりゃそうだろう。旅を楽しむ気分であるはずがない。


「当たり前だろ? ……さっきの商人たちの話だけど」

「ん。……私がちと野暮用でここを出たことがあっただろ? 一回目は靴やネックレスなんかを取りに巣に戻ったのだが、二回目は信者たちが参拝するのに付き合っての」

「ミラーさんのお祈りを見た後ね」

「うむ。……あの時にの、私が眠っとった50年のうち20年の間、生贄を捧げておったと聞いたのだ。そこで生贄については初めて聞いたので私は怒った。『誰がそんなものを望んだか!』とな。なぜそんなことをしたのかと問えば、生贄を捧げれば私が眠りから覚め、薄くなった結界も戻ると思ったらしい。もちろん、そんなことにはならん。生贄など奉ったところで、無駄な死になるだけだ。……亡骸を家族に返してやれと言って、私はここに戻ったのだ」


 だから戻ってきた時元気なかったのか……。


「まあ結局亡骸はそのままにしろと言いに行ったんだがな。掘り返すのも忍びないしの。埋めた場所も祠の近くだというし、わざわざ掘り返す阿呆もおらんと思うしの」

「そっか」


 生き埋め、だったんだろうか……。

 どこまでがノンフィクションなのかは分からないが、邪教の類を含め、極まった宗教にはその手の話はつきものだ。その昔は、民衆は処刑や火あぶりの計を芝居か何かを見る気分で見物していたって言うし。

 昨夜のひどく謙虚な祈祷の様子を見るに、銀竜教はそういった類の宗教ではないように思うのはインを贔屓しすぎだろうか。でも、祠に埋めてたからな……。結局、信者が人間であれば、どの宗教でも起こり得ることなのかもしれない。


 俺は内心でため息をついた。

 現代日本の無信仰者には土台難しい話だ。死体遺棄だの、「殺人は罪以外の何者でもない」だの、やっぱりそういう即物的な考えの方が楽ではある。


「さて……どうしたもんかの」


 インが盛大にため息を一つつき、ぼそりとそう呟いたかと思うと、俺のことを見てくる。


「ダイチにはなにかいい案はないか?」


 うーん。俺も考えてはいるんだけどね。


「なにかっていうのは、これから生贄が二度と行われないようにするためにどうしたらいいのかってことでいいの?」

「うむ! その通りだ! 何か名案があるのか??」


 インが期待をぞんぶんに含んだ眼差しで見てくるが、残念ながらそういった案は特に浮かんではいない。


「俺のいた国は数ある国のなかでもだいぶ変わった国でね。信仰心というものがほとんどなかった国なんだよね」


 とりあえず話題を逸らした。期待を削いでおくために。


「ほお? 人々は祈らんのか?」

「祈らないね。……いや。祈ってるけど、ちゃんとは祈ってないね。神とか信じてないからね。宗教についてもよく知らない。基本的に自分の努力と経験則と世論だけを信じてるかな。他人と足並みを揃えることには長けてるから、なにかあったらその辺でカバーしようとするね」

「逞しい国民だのう……。この世界の子らにも見習わせたいの」

「いや、そもそも文明がね? 違いすぎるから。文化形態の歴史も全然違うと思うしね」


 そうなのか? と見てくるので俺は頷いた。


「俺の世界にAという国とBという国があったとして。この世界の文明はAという国の500年前の世界によく似てるよ。俺の国はBという国ね」


 Bというのは言うまでもなく日本だが、Aは「ヨーロッパ」だ。


「500年も先か」

「魔法も亜人もない世界の、だけどね」

「分かっておる」


 500年は長い。この部屋が、風呂、トイレ、洗面所、エアコン、各種アメニティグッズがついて電気も通うようになるくらいには長い。


「他にも違いは色々あるよ。……Aという国はこの世界と似た鎧をつけるけど、俺のいたBという国は全く違う鎧をつけていたし、Aは陸続きの国だったけど、Bは海に囲まれた島国だった。いつか言ったけど、食べ物ももちろん違う。……Aは侵略戦争が多くて宗教文化が盛んだったから、人というものの愚かさや尊さもよく知ってるけど、Bはちょっと違っていてね。もちろん宗教はあったけど、ちょっと変わった宗教だったこともあり、俺の世界の時代では廃れてしまったのもありで、だいぶ変わった考え方をするようになった。Bの人々は謙虚で誠実だけど、そのためか他人と議論をあまりしなくてね。今は人に無関心になってしまった。でも、そうして世界的に見ても稀な独自の文化を築きつつ文明上位国の一つにいたりするんだけどね」

「ほお……しかし無関心とは、冷たい国民なのか??」

「A国からは冷たいとはよく言われてるね。まあ、冷たくしてるつもりはないんだけど、Bの国民は心の教養があまりなくってね。……宗教っていうのは、自分の至らなさを知ると同時に自分と人への理解を育むと思うんだけど、そういうのがBにはないからさ。宗教観や言語の違いっていうのもあるけど、哲学もいまいち浸透してないし、寛容でもない。だからすぐに主観や感情で考えてしまうし、あまり興味のないことに対して素直に無関心になれてしまう。あれだね、Bは良くも悪くも技術国家って感じ。平和主義の技術国家」


 話したことの咀嚼をしているんだろう、インは何やら考え込んでいる。少しは気がまぎれたかな?


「まあ、なんにしてもさ。状況を整理するのは必要だよね。考えてみる前には」

「ん? まあの。……何か聞きたいことがあるか?」


 少しは落ち着いたようだ。聞く俺としても気が楽だ。ひとまずまずは生贄についてだな。


「生贄のことは村人のどのくらいが知ってるの? ごく一部?」

「うむ。一部だの。生贄は徒党を組んで内密にやっておったらしい。村長や代表の者は知らんかったようだ。あのミラーというゴブリンもな」


 ミラーさんもか。まあ、そんな気はする。酔っ払いの警備兵に説教してたくらいだからな。


「生贄制度が出てきたのは今回が初めて?」

「うむ。別の七竜の統治下では、かつては行われておったこともあるようだが、今はさせておらんし、メイホーでもそんなことはさせてはおらん」


 やっぱりいくらかあるんだな。一般的な宗教というよりは、神話の宗教って感じだろうしなぁ。とりあえずインが簡単に人間不信になりそうでないことには安堵する。


 ……そういやなんで50年眠ってたんだろうな。


「インはさ、なんで50年眠ってたの?」

「ん? 理由などないぞ。魔人と戦って少々疲れたのもあるが、なんとなくだの」


 内心で苦笑した。なんとなくね。インらしいというか、なんというか。

 とはいえ、常日頃から魔物の脅威に怯え、結界に頼っていた村人からしてみれば、なんとなく眠りにつかれ、結界が薄まってしまったのではたまったものじゃないだろう。その辺の感覚の差か?


 魔人か……。勇者もやってくると言っていたことがあるし、どういう流れで戦うことになるのだろうか。もっとも、今はそこはあまり問題じゃないけど。


「それまでは長く眠ってたことはあるの?」

「10年なら寝たことはあったかの? それ以上は寝てないかもしれん。500年より前はちと覚えとらんがの」


 相変わらず時間感覚が凄まじいが、50年も寝たのは初めてか。そうなら村人も過敏になるな。


「もっとも眠っておっても完全に眠っとるわけではないが」

「そうなの? 念話くらいはできるとか?」

「うむ。50年の間、メイホーには定期的にやってきていたしの」


 ふうん? まあ、その時気付いていたのならこんなことにはなってないだろう。


「村に貼ってる結界はどのくらいの年月で薄れるものなんだい?」


 インが首を傾げた。なんでそんなことを聞くんだろう? といった至って素朴な表情だ。


「そうだのう……。100年経てば効果がほとんど消えるとは聞いておる。といっても私が存命の内は完全には消えんよ」


 曖昧だなぁ……。

 消えないにしても100年で効果が0になるなら、50年で半分だ。村人たち、とくに生贄を勧めた人間には、結界の効力の薄れについて確実に不安はあっただろう。シャイアンのように別の考えを持っていた人もいたかもしれないが。


「50年経てば効力は半分になるってことでいい?」

「うむ」

「50年経って効力が半分になった場合、結界ってどうなるのかな」

「強度が弱まるの」


 ああ、強度か。


「つまり、魔物が思いっきりガンガンやってたら割れると?」


 インは頷いた。堕落する要因になるとか何とか言ってたし、そんなに万能なものでもないか。


「ちなみに結界はどのくらいの魔物を防げるのかな」

「うーん……魔狼は問題なく防げるであろうな。エリュマントスもおそらく問題ないように思う」

「えりゅまんとす?」


 エリュマントスとは、100年に1,2度、メイホーやケプラ周辺で暴れまわる魔狼より強いイノシシに似た魔物らしい。

 知性はないので、エリュマントスの好む匂いを焚いて誘導して討伐するという、そんなに難しい作戦を要すわけではないようだが、侵入を許せばメイホーの陥落は免れないらしい。ちなみに肉はまずいらしい。


「とはいえ、そんな単純なもんでもないぞ。各七竜にもよるが、一定量以上の魔力を持つ魔物や魔人にしか反応せんからな」


 インはなぜか鼻を高くしているが……それは結構特殊条件だな。


「そのことは村の人たちは知ってる?」

「知っておるはずだが……50年経った今はどうだろうな。分からん」


 なるほど。それにしても、「おそらく」とか「分からん」とか、不安なところだ。何事も約束事は“具体的”である方がうまくいくものだ。まあ、物事には絶対なんてないんだけども。


 生贄制度をなくすために改善する部分があるとするなら、ここだろうか。


「インは定期的に欲しいものってある?」

「なんだ唐突に?」

「まあいいからさ。何かある?」


 インは腕を組んでちょっと力の抜けた顔を斜めにして、唸った。


「村人に頼めるものがいいね。それなりに規模が大きいものだとなおいい。もちろん具体的にこれだというものがあるならいいよ」

「……ダイチ、何を考えておる?」

「もし。インが具体的な欲しいものを村の人に提示して、結界を定期的に張り替えるなら、俺と旅している間はメイホー村のことを心配しなくてよくなるし、今回みたいな悲しい事件も今後発生しなくなると思うよ」


 インが一瞬何を言われたか分からない顔をするが、すぐに目を見開いて立ち上がる。


「ほんとか!?」

「物事には絶対はないけど……メイホー村周辺で強い魔物が急に発生したり、インが魔人とかと戦って50年ダウンしたり、そういう緊急事態が発生しない限りはね」

「なんで分かるのだ?」

「うーん……色々と理由はあるんだけど」


 この「色々と」の一つは、クライシス以前の俺の“優しい女性GM”としての経験で。


「俺が転生前にしてた仕事では契約を取るのが仕事の一つだったんだよね。『うちと契約するとこれこれこういう利点があなたにはあります。経費はこのくらいで、利益はこのくらい出るでしょう。どうですか?』ってさ」

「ふむ。商人のようだが、具体的だの」


 商人か。まあ、そうか。


「世の中の流行り廃れとかもあるし、これで万事うまくいくわけではもちろんないけど、利点と数字をはっきりしておくと契約を取りやすいし、関係も長い間上手くいくんだ。人間と人間の関係にこれを当てはめると、人間関係がちょっとつまらないようにも思えるけど、やっぱり長い間良好な関係が続くことが多いよ。結婚なんかがそうだね。……村の人たちとしっかり具体性を伴った契約を結べば、変なことは確実に起こりづらくなると思うよ。契約は信頼の上に成り立つからね」


 インが腕を組む。


「なるほどの。合理的だの。……ん? つまりダイチは私とメイホーの関係が曖昧だと、そういう風に思ったわけか?」

「まあそうだね。……今の俺の国ではさ、竜もいないし神様も信じてなかったけど、竜や神様にまつわる古い物語はいっぱいあってね。竜や神様が貢物をあげても何もしてくれないっていうなら当然信仰心は段々と薄れてったし、逆に神様らしい奇跡や圧倒的な力を人々に見せすぎていると、いざその力がなくなった時、人々は竜や神様を恨むんだよね。……人々には、これまで竜や神様たちに頼ってきたっていう自覚がなくってね。自覚を持たせるには、定期的に竜や神様の欲しいものを貢物として捧げさせると絶対ではないけどまあ上手くいってる。上手くいってるシーンっていうのは“何も起きないから”省かれるんだけどね。もちろん竜や神様が生贄を欲しがったりして、金品を不当に巻き上げる領主のように、人間側を困らせた場合は別でね」


 思い当たる節があるようで、インは少し目を大きくさせたあと、何度か頷く。


「……まあこの辺りは七竜たちもある程度は理解しているとは思うんだけどさ、竜や神様がいなくなってしまった時。人々は今回のように、最終的に生贄でどうにかなるって考えるケースも物語には多かった。命を捧げるのが、自分たち人間にできる最大の貢物だと考えてね。……生贄でなんとかなるって今後思わせないためには、『インがこういうものが欲しい、その代わりに結界はしっかり貼っておくから何も気にするな』って言っておくのがいいと思ってさ」


 インは再び考える素振りをしばらく見せた。今度の熟考は少し長いようだ。

 変なことを言わなかっただろうかと自分の言葉を振り返しながらしばらく待っていたが、「ダイチは賢いのう」とインは清々しく笑った。


 俺もいくらか安堵して笑みが浮かぶ。盤石すぎる契約、合理的すぎる約束事は、心の潤いを無くしていくけどね。

 といっても、俺が中学生の頃、優しすぎる女性GM業でかつて悩んでいたように、心の潤いなんて問題を気にするには、七竜と人間との間には色んな意味で「距離」がありすぎるようなので大丈夫じゃないだろうか。


「今は騒動が起きたばかりだし、少しほとぼりが冷めたあとでもいいと思うけどね。七竜が人に与した……そういう考えを村人たちに持たれるのもイン側としては困るだろうし」

「うむ、その通りだ。よう分かっておる」


 インが感心して何度も頷いた。


「……しかし、欲しいものか。ないぞ?」


 あるじゃないか。


「肉でいいじゃない? 最上に美味い肉。年に一度、いや定期的にくれって」


 笑いをちょっと我慢しながら言ったのがまずかったのか、インが立ち上がって猛烈に抗議してくる。


「そんなに食い意地張っとらんっ!!」

「じゃあ欲しいものある?」


 ぐ、と言葉に詰まるイン。


「そういえば、インは竜モードのとき、誰かに姿を見せるの?」

「村長や祠を管理する代表者には数年に一度、顔を見せておるな。祭りの時なんかは空を旋回するのを見せることもある。今回は違ったが……」


 え? 眠ってるんじゃ?


「顔を見せたって、50年眠ってたんじゃ?」

「眠っとったぞ。もちろん、50年間ずっと目を覚まさないというわけではない」


 まあ、そうか。……そういや言ってたな。


「気が向いた時に村長のところには行っとるな」

「その人化してる姿見せるんだ?」

「村長には見せておるよ。無論、正体は言わないように伝えてある」


 誰も理解者がいないのは正直やりにくいのでよかった。俺と村に降りてくるくらいだしな。


「村長がキーマンっぽいね」

「良い奴だぞ。なにせ私が決めたからの」

「え、そうなの?」

「うむ。村長が決まらん時や請われた時にだがの。私にはその者に邪気があるのかが分かるのでな」


 なるほど……。でもそうなったら、村長はインの忠臣と考えてよさそうだ。村長に言えば一応滞りなく事が運べそうだね。


「では、早速村長に会いにいくとするかの! もちろんダイチもくるのだぞ?」


 え、もう? てか、俺も?

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