2-19 悪意の正体 (1)
村長の家、もとい役所は警備兵の詰め所の近くにあり、裏にはスラム通りもあるため、帰りは市場に寄っていく。
ここでは俺のすることはあまりない。最終確認くらいだ。
というのは、今日の市場での雑貨や食料の買い物はディアラとヘルミラに任せるとは今朝方の朝食会で決めたことだからだ。
「私たちの普段していた仕事は、馬の世話をすることや、他の奴隷たちの世話をしたり、皆さんの消耗品や替えの衣類や食事などを買ってくることでした。あとは馬車の点検なども少し手伝いましたね」
「姉さんは屋根の修理とか木工品作りとか好きなんです」
「ヘルミラも料理が上手いじゃない。お父さんもいつも褒めてた。……前の主人はケプラ市を主な拠点としていましたが、こちらでも数回買い物はしましたのである程度の勝手は把握しています」
とは朝食の時の二人の和やかなやり取りの一つで、じゃあ早速買い物を頼んでいいかというと、二人は是非にと引き受けてくれたのだった。
前の主人とはもちろんシャイアンのことだ。
あまり追及はしなかったが、シャイアンは酒に酔うとヴァイン亭のときのように時々きつく当たってきたらしい。食堂でのあのやり取りと姉妹への最後の仕打ちとは裏腹に手をあげることはなかったそうなので、いくらかマシな商人だったというべきか。
あとこれは俺の彼女たちの会話を聞いての推測というかほとんど肯定されたようなものだが……二人は他の奴隷たちからあまりいい扱いを受けていなかったように思う。
他の奴隷たちと仲良かったの? という質問に対して閉口されたからね。果たして嘘をつかれなかっただけ良いというべきなのか。
そういう扱いを受けていたのもゴブリンだからということなんだろうけど。ゴブリンが不遇だと嘆いたのは言うまでもない。
ミラーさんが初ゴブリンだったのもあって、ゴブリンとは普通に友人関係を結びたいところだ。少なくとも街中で出会うゴブリンとは。
で、今日購入する予定だったのは、4人分の食器と、食器を全部収納でき、且つまとめて持ち運びできそうな鞄か編み籠の類、洗顔用のタライ、ディアラたちの歯ブラシやコップなどだ。
食器は割れると困る上に危ないので、陶器ではなく扱いやすい木製の物。
洗顔用のタライは昨日大きすぎるとして購入しなかったもので、インの《
加えてコーヒーと塩パンだけの組み合わせがそろそろ物足りないというか、何か野菜が一品欲しいと思っていたので、簡単な野菜料理も頼んでみた。
「簡単な、というとどのようなものでしょう? 部屋でも作れるものということでしょうか?」
「そうだね。さっき食べた塩パンとコーヒーの組み合わせに一品欲しいなって思っててね。……おやつ感覚で食べれる……携帯食、漬物みたいなものかな? あればでいいよ。外出や移動がそれなりに多くなると思うしね。外で食べるのもいいんだけど」
「では、干し野菜などをお作りしましょうか? 露店には
「あ、いいね。俺そういうの好きだよ」
ピクルスはハンバーガーで入ってるアレだが、広義では酢漬けした野菜だ。これは俺も知ってる。漬物は好きだ。
ヘルミラが手を叩いて、俺の好き発言に「それはよかったです」と喜んでくれる。
なんでも、ダークエルフは先祖が新天地を探すため旅をよくしていたこともあり、携帯食文化が発展しているのだとか。
自国を救うために黒竜の加護を受けたが受け入れられなかったっていう、あのダークエルフ発祥の話だ。
また、ダークエルフはほとんどベジタリアンのエルフほどではないが菜食主義寄りの嗜好で、彼女たちも同様らしい。
この菜食主義寄りの嗜好とは、「野菜料理を好むが肉も体に力がつくのでそれなりに食べる」「脂っこい料理よりもあっさりとしたといった味付けが好き」といった感じの意味合いで、聞いた感じ割と日本人の味の好みに近いのでは? と踏んでいる。交際するにあたって、味の好みが近いのはいいことだ。
ディアラとヘルミラが露店の前で色々と話し合いつつ物色している間、インと俺は肉屋に行った。
「おー昨日のお二人さん。また串焼きを食べに来たのか? 今日は美味い鶏肉が入ってるよ」
「じゃあ鶏肉をもらおうかの!」
インはご機嫌だ。俺も一本もらう。
まあ鶏肉だった。だが確かにプリプリしていて鮮度が高いというか。味付けは相変わらず塩だけなのだが、なかなかいける。
……いや、焼き鳥の美味い店にそれなりに通っていた身としても、結構美味いかもしれない。なんだろう、焼き鳥のタレが余剰な味にも思えてくる。
「いい鶏肉だの! 脂がのっているし、味わい深い。なかなか美味い」
「言うねえ、嬢ちゃん! おまけでもう一本やるよ! その鶏肉は俺の親父が銀竜御山で育ててる鶏なんだが、評判よくてね。銀竜様のお恵みで元々美味かったんだが、エサをちょっと変えたらもっと美味くなったんだ。ケプラに住めるかもしれないし、銀竜様鶏様、さまさまよ!」
「それはよかったのう」
銀竜御山とは、メイホー内でだけの呼び名の類なのかマップには表示されていないが、小屋があった場所よりも降りた場所――街道に近い場所の山らしい。
というか、インのおかげで美味いのか。インはその美味さの理由が自分にあるって知ってるのかな?
ファンタジーな恵みを授かった鶏肉を堪能しながら、今度は魔力屋に向かう。2,3日かかると言っていたからまだできてないとは思うけどね。
バーバルさんは相変わらず木箱を置いて魔力屋稼業をしているようだが、目をつむっている。寝てるのかなと思うが、背筋はぴんと伸びている。
死にそうだった時は木箱に肘をついて、老女のように時間が止まってたものだが……ウインドウを見ると「魔力枯渇」がなくなっていた。回復したようだ。あれか、時間でMPが回復するやつか?
「バーバルさんこんにちは?」
「あ、ダイチ様!
目を開けた彼女は変わらず元気なままのようで安心する。ますますあの老女状態だったことが信じられない。
「なんだかずいぶん元気になったようだのう」
インにバーバルさんとの事の経緯を軽く説明する。
「ダイチ、施しもほどほどにな? ダイチの持っている品々は貴重なのだからな。間違っても肉串は振るわぬように」
「神猪の肉串はイン専用みたいなものだからよほどのことがない限りあげないよ」
「うむ。殊勝な心掛けだの」
まだ700個近くあるので、備蓄がなくなる気配はないんだけどさ。
無くなる前に製法が判明しているだろうかとぼんやり考えてみるが、はてさてどうだろうね。まず神猪っていうのが、聞いたことないとインからは言われているし。
「すみません貴重なものを……」
「そんなことはないですよ。気にしないでください」
魔力屋を去り、ディアラたちのところに合流する。いい感じに購入予定の品々を揃えてもらったようなので、全て買って一旦宿に戻ることにした。
配達は店の方では受けておらず、どの店もそこら辺の子供に頼んでくれとのことだったが、ディアラたちが持っていくと言ってきたのでそのまま宿までの道を任せる形になった。
ヘルミラは雑貨と食器類を入れたフタつきの編み籠を腕に持ち、ディアラはキュウリ、カブ、ニンジン、小さな塩瓶と酢瓶、いくつかの瓶と漬物の入った小さな瓶、干し肉などを入れた桶を頭に乗せている。
あれだ。南米などの発展途上国のクローズアップ映像ではよく出てくる村娘スタイルだ。
「その頭に乗せてるの、普通の持ち方だったりする?」
「里ではこうしていました。ケプラの方でもこうやって運んでいるのを何度か見かけましたので、この村でも一般的ではないかと思います」
付近には同じ持ち方をしている人はいないようだが、そういえば見た気がしなくもない。
それにしてもディアラはとくにバランスを崩す様子はない。見慣れないせいか、一芸めいて見えてしまうが見事なものだ。
ディアラとヘルミラは背もほとんど同じだし、プロポーションの意味ではさほどの違いはないのだけど、なんとなくディアラの方が姿勢が綺麗な気がした。
二人とも武家らしく武術をかじっているとのことなのだが、ヘルミラは魔法と弓を扱っていたのに対してディアラは槍や剣を好んでいたというので、その辺りの影響もあるのかもしれない。
宿に戻ると、ニーアちゃんが出迎えてくれる。出るときにも会ったので、ディアラとヘルミラのことは軽く紹介してある。
「あ、おかえりなさい! ずいぶん色々と買いましたね」
「人数が増えたからね」
「そうですよね~。あ、そういえばお二人の部屋はそのまま使いますか??」
「そうだね、そうしてくれるかな。日数はとりあえず俺たちと同じで」
はーいと伸びやかに返事して、ニーアちゃんはヘイアンさんを連れてくる。
「二人は調子はどうだい?」
「おかげさまでだいぶよくなりました」
「そうかい」
姉妹も昨夜はありがとうございました、とお礼。
「気にすんなって!」
「あとで丸薬お返ししますね」
「あいよ。ああ、一応今日の分も取っとけよ? 噛まれると後で痛むこともあるからな」
本当にいい人だ。
ヘイアンさんに姉妹の分の5日分の宿泊費を渡し、ステラさんからは何故かウインクを受けつつ、部屋にあがる。
「次は二人の服かの?」
インに頷く。朝食後の今日の予定を告げたときにちょっと“強め”に言ったこともあって、姉妹はとくに抗弁はしてこない。
「じゃあ、こうしよう。『俺の奴隷にはちゃんとした服を着てもらう』。俺は今からこのルールを作ったから、従うこと。いいね?」
“強め”とは上の文句だ。二人は新品の服にずいぶん遠慮していたので、仕方なくこう言ったのだった。
インには「わがままな坊ちゃん貴族のようだのう」と笑われたが、ダークエルフの少女にボロ布を着せて連れまわす趣味なんてない上、身綺麗にするつもりではあったので仕方ない。
ミュイさんの店に出かけるため再び階下に降りると、気になる会話が耳に入ってくる。
「シャイアンが美食家になったって言うほどだからそれなりに期待はしていたが本物だな、ここの料理は」
「全くだ。肉が美味いと言ってたが、全く全く! その通りだ」
シャイアンという言葉が出たのでつい《聞き耳》スキルを活用してしまったが、どうやら彼らは、シャイアンたちからヴァイン亭の評判を聞いてやってきた商人仲間らしい。
別にヴァイン亭を否定するわけじゃないんだが、飯を食うためにメイホー村にくるっていうのはだいぶミーハーな気もする。
ここは地形的に辺境っぽい気がするしね。まあ、平和で七竜の加護がある村なら、辺境でも人は来やすいか。
「しかし、間引きするのに銀竜様への生贄制度が好都合なんていう恐れ知らずのやつらでもあるん」
「なんだと!!!」
インのでかい声が階下に響いた。階下にいた色んな人が俺たちに注目する。インが商人たちのついている奥の席にズカズカ向かう。
「主らもう一度よいか!?!?」
「え? あ、……え?」
戸惑いを露わにしている商人が、視線をインや俺たちの間で右往左往させる。
銀竜への生贄制度。さてキナ臭い言葉が出てきたよ。インはそんなことまず嫌いそうだが……。
インは二人を見ているばかりで二の句を継がない。きっと怖い顔をしているんだろう。
「ここのお代は持ちます。少しお話を聞かせてもらってもいいですか?」
努めて穏便な声を出したことがよかったのか、お代を持つというのが効いたのか、それとも不信行為の片棒を担ぐことを回避しようとしたのかは分からないが、二人の商人は話してくれることになった。
インの剣幕の影響が強かったのも言うまでもないだろう。
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