2-18 奴隷契約
ディアラとヘルミラ曰く、奴隷の契約をするためには奴隷商人に頼むか、ギルドか役所で頼むかの二種類のやり方があるそうだ。
まだ知り合ったばかりだし、昨夜は泣かせてしまったし、あまりにもモノを知らないのは逆に不安がらせてしまうような気もして深くは聞かなかったのだが、ギルドも役所もないメイホーでは村長宅で契約できるだろうとのこと。
近頃のシャイアンは主にケプラの商人や貴族相手に奴隷の売買を行っており、メイホーにはほとんど料理目当てで来ていたようだが、村長の家には何度か足を運んでいたらしい。
遠回しに公的な証明書の類がいらないか、つまり、「住民票とかいらない?」と訊ねてみたんだが、おそらくいらないだろうとのこと。ただ、子供はダメらしい。その辺も俺は危ういのだが……。
ギルドというと、俺は半分が“オンゲ畑”な身だったのでどうしても「ユーザーが集まってゲームを楽しむための団体組織」というゲーム的な見解を持ち出してしまう。
もっとも、役所と同列になっているのなら違うのだろう。確か元々は商業組合的なものじゃなかったか。vikiが見たい。
姉妹を間引きしたシャイアンたちにわざわざ会う理由もなければ、そもそもシャイアンたちは既にメイホー村を発っていることをマップで確認済みの俺たちは、今村長宅にきている。
二階建てだしなかなか立派な建物だが……契約をするのは横の一回りも二回りも小さい建物らしい。大きさ的に倉庫にも見えなくないが、一応玄関はこしらえてある。無駄に両開きのドアだ。
二人に水浴びをさせたあと、本当は契約よりも先に服を買おうとしていたのだが、ディアラ曰く「無償で頂くようで悪いからできれば契約を先に」とのことだった。俺としてはどちらでも構わなかったので、彼女たちの意を汲んだ形だ。
中は……ずいぶんさっぱりしていた。
ウォルナットか何かの暗い木材を使った木造の内装で、天井からは金属製の小さいシャンデリアが下がっている。で、紙の束や羽ペンなどの置かれた長方形のテーブルと、長椅子が二つ。壁際にはもう一つ木のベンチがあり、隅には樽が2つと麦束がどっさり。
別に役所は贅をこらさなくてもいい建物だが、……それでもシンプルすぎて驚いてしまう。仮設事務所か休憩所だ。
役員も男性が一人いるのみで、テーブルで肘をついている。
男性役員は見た通り船を漕いでいるようで、俺たちが入ってきたことに気付いていないらしい。
不真面目だとあまり思えないのは、メイホー村の平和な雰囲気に慣れたからか。人口300人いるか怪しい村だし、そうなるとこの小屋を役所だとしたのはある意味とても賢くも思えなくもない。
ちなみに格好の方は多少身綺麗にしているようで、クリーム色のチュニックにえんじ色のベストを着ている。赤茶けた小麦色の髪は短く切りそろえていて、髭もありはするが短くしてある。
暇なんだろうなと内心で苦笑しつつ、今朝方あわただしく出ていったアリオのことを思い出して、呑気だなと思ったりもする。
彼の手元には何か書こうとしたのか分からないが、黄ばんだ紙が1枚あり、傍には木材を削って滑らかにしただけの長方形のシンプルな判子がある。判子には……メイホー村村長ファーブルとあった。
起こさんのか? とインに催促されたので、声をかけようかと思ったところ、男性役員が伸びをしたあと、睡魔を振り払うがごとく頭を振った。そして俺たちに気付く。
「……おや、こんにちは。何か御用かな?」
寝ていたことに関しては何もないらしい。うーん……。
「こんにちは。……奴隷の契約にきました」
奴隷という単語を口に出すのに抵抗感を覚えつつ用件を伝える。
男性役員が俺を見て、インを見て、そして姉妹を見た。少し驚いたようだったが、納得したように数度頷く役員。なんか納得できる要素あったか?
「奴隷の契約をするのは何人だい?」
「二人……この二人です」
「君と、ダークエルフの二人?」
「はい」
やり取りの間に、役員は俺たちのことを上から下まで眺めていた。
少々じろじろとは見すぎているきらいはあるが、眼差しに特に変なものは感じない。始めに姉妹を見て驚いていた辺り、珍しいものでも見ている心境なのかもしれない。町中で獣人は見たがダークエルフは特に見ていないからね。
まさかシャイアンのことを持ち出されはしないだろうと懸念しつつも、言葉を待っていると、役員は立ち上がった。
「じゃあ、もう一人呼んでくるからそこで座って待ってて」
そう言って、役員は小屋もとい役所から出ていった。
役員は結構長身だった。
この村に、というかこの世界に来てよく思ったことだが、西欧人がでかいようにみんな背がでかい。俺が10cmほど縮んでいるせいもあるだろうけども。俺の身長の成長期結構遅かったんだよなぁ。
ベンチの後ろの壁には「ケプラ市警備兵募集(ケプラ騎士団より)」という張り紙があった。
その横には白い竜の描かれたタペストリーがある。
竜には翼の部分には輝く貝殻の層を剥がしたような薄いものがところどころに貼られている。写実的な絵ではなく、中世絵画のようなのべっとした絵だし、特徴的だった二本のL字型の角もないしで何とも言えないが、
『ふふ。それは私だろうの』
インからちょっとご機嫌な念話が来る。分かってる分かってる。
さきほどの長身の男性役員が別の小柄の男性役員を引き連れてやってきたので、契約の手続きが始まった。
ちなみに小柄な男性役員は、麦わら帽子をかぶり、汚れた前掛けをつけていて、今さっきまで農作業してましたと言わんばかりの格好をしていた。大丈夫かなぁ……。
・
やってきたもう一人の役員のせいで不安があったが、奴隷契約は割とすんなり終わってしまった。
「痛くないからね」
と、採血か歯科医かを思い出すそんな言葉のあと、俺とディアラの手にかざした農夫役員の手が淡く光る。
と同時に、ディアラの首には白い魔力らしき輪っかが数回旋回したあと消えた。俺の方は特に変化はない。
この時ときどき痛いとわめく奴隷がいるそうだが、ディアラの様子を見る限りさほど痛みはなかったらしい。なんでも、魔力の相性によるものだとか。
情報ウインドウが出てきてディアラの職業に「奴隷」と表示されたことが告知される。「従者」とかでいいと思うんだけどな。
また、マップに新たな緑色のマークが出現したことにも気付いたが、契約はこれだけだった。なかなかあっさりだ。
「トミアルタ家の息女はディアラ・トミアルタ。微力ながら誠心誠意お仕え致します」
少々呆気に取られていた俺とは別に、契約が終わった途端にディアラは膝をついて、胸に手を当てた。インは腕を組んでうんうん頷いている。
二度目のお仕えしますポーズだが今度は人目があってちょっと恥ずかしい。すぐに手を取って立たせる。
「こちらこそよろしくね」
朝食で親交を深めた成果が出たのか、いくらか親しみのある「はい」という返事が返ってくる。嬉しいね。
いつの間にかベンチに座っていた老女がニコニコした顔で「仲が良いのね?」と茶化してきた。仲が良く見えるのは嬉しい限りだけど、ディアラ結構かしこまったことしてたよ?
>称号「奴隷の主」を獲得しました。
>称号「ダークエルフを御する者」を獲得しました。
この奴隷の契約でいったい俺たちが何をしたのか、もう少し詳しいことを言うと、魔法陣を描いた木の台に俺とディアラはそれぞれ手を置いたのだった。
この魔法陣は、手を触れることで発動する「受動式魔法陣」と呼ばれるものらしく――俺が水槽から出るときに使った転移の魔法陣と同じ種類の魔法陣だ――主となる者、奴隷として隷属される者用として用意された二つの木の台の魔法陣に、主人と奴隷が同時に触れ、もう一人、つまり役員が「契約魔法」という魔法を使うことにより、契約が成立するというものだ。
全然そんな雰囲気はなかったが、そのため連れられてやってきた農夫姿の男性役員――トリクスさんは魔導士らしい。
契約魔法を扱える魔導士は優秀だと寝ていた長身の役員は自慢げに言うが、魔導士の彼のレベルはヒルデさんよりも5つも下の「14」で、ヘイアンさんよりも下なので、戦闘能力はさほどでもないのかもしれない。そもそもレベルの判断基準が戦闘能力だけとは限らないのだけども。
話を戻して……この契約を結んだ直後、奴隷となる者には、「主人の命に背いてはいけない」「主人の物を盗んではいけない」「主人を殺めてはいけない」の三つの厳命が課せられるそうだ。
もし破ろうとした場合には、普段は見えないがしっかりと首につけられた魔力の環がただちに絞まる。絞まると言っても、首が太いオークなどもいるそうなので、しっかりと体内に魔力――これは《
「主人の命に背いてはいけない」と「主人の物を盗んではいけない」の前者二点ではそのように行動不能にするだけだが、最後の「主人を殺めてはいけない」を無視して主人を殺害しようとした場合には、《麻痺》が最大出力で発動され、奴隷はそのまま死に至るらしい……。
この世界では、場合にもよるが、主人がみだりに奴隷を殺すのは罪になる。
三つ目の「主人を殺めてはいけない」の項目による正当防衛的な殺害行為があるため奴隷の契約時には主人は書面にサインも書かされるのだが、俺はサインをしなかった。
ついでに一応できるらしかったので、《麻痺》における「死に至るまでの処置」は解除してもらった。
このことは役員に本当に解除するのかと念を押されたし、インにも「甘いのう」と言われた。
でももしディアラたちが精神操作されていた場合はどうする? と訊ねたら二人の役員の男性ともども閉口していたので、個人的には満足だ。
精神魔法がどんなものかまだ詳しくは知らないが、この分だと懸念事項ではあるらしい。
姉妹は何とも言えない眼差しを俺にやってきていたのはあれだけども、それに精神操作の解除方法を探す時間もくれずに殺されてしまうのは正直嫌すぎる。
もちろん、彼女たちが純粋な殺意を向けてくる可能性もないわけではないが、そのときはスローモーションが容赦なく発動すると思う。たぶんなんとかなるだろう。木に穴を開けるほどだし、少なくとも物理的には。というか、インもいるしな。
説明に反して契約の方はあっさり終わってしまったので、何か注意事項とかありますかと改めて訊ねたのだが、言われたのは、奴隷商人から買い付けた奴隷でないのなら自分たちはあなたの身の安全や、性的接触などによる病気の感染などの安全の保障はしませんよ、という内容だった。
内心で顔をしかめつつ、彼女たちは元々奴隷商人の元にいたと言ってみると、「となると、シャイアンたちから?」と聞かれてしまったので首を振った。他の奴隷商人から譲ってもらった、契約する暇はちょっとなかったと詐称した。
「なら安全だね。彼らは時々役所やギルドを通さずに奴隷を売買しているようだったから」
始めにこっくりと舟を漕いでいた長身の男性役員――ウォノルさんは、そうにっこりと告げてくる。
シャイアンたちが悪徳な商売人であったという点には納得はできたが、それとは別に俺は彼に少し恐怖感を覚えた。
奴隷となった者は「商品」の扱いになる。インから聞いてはいたが、そこに同情の余地はないらしい。
彼女たちの決意も見たしみっともないしでいまさらああだこうだ言わないが……奴隷契約をしなければよかったと少なからず後悔した。まあ、俺が殴るわ蹴るわの扱いをしなければいい話ではあるんだけれども。
続けてヘルミラとの奴隷契約も無事に終えた。
姉がしたのに妹はしないのも、ということで別にしなくていいよなんて言わず、同じようにお仕えしますポーズを受け入れた。
「ダークエルフなんて珍しいわね~。旺盛な人なのかと思ったけど、そうでもないの?」
ディアラのときもじっくり見てきていた老女がそんなことを聞いてくる。
性的接触とかいう言葉も持ち出されたので、旺盛の意味はそのままの意味だろう。ウォノルさんに苦笑される。
「悪いね。あまり気にしないでくれると嬉しいよ」
このおばあさん――ボルバーラさんは昔は、ここの領主であるベルマー伯爵の従者の大男の罵声にも屈さないほどの女役員だったらしい。
だが、ニ年ほど前からこんな風な発言をするようになってしまったとは、ウォノルさんとトリクスさんの嘆きの声だ。歳は取りたくないものだね。
まあでも、ディアラとヘルミラが初々しい可愛らしい表情を見せてくれたので、内心ではボルバーラさんにちょっと称賛を送っておいた。二人の表情や言動はまだまだ硬いから。
「ダークエルフが奴隷になるのは珍しいんですか?」
せっかくなので聞いてみる。
「まあ、珍しいと言えば珍しいよ。少なくともこの小さな村でダークエルフを奴隷契約した人は僕は見たことないね。うちで契約を結ぶのはだいたい人族、ゴブリン、獣人族の三種族だから。この三種族はどこでも多いよ。……僕はケプラの役所にいたことがあるんだけどね。そこでエルフと契約するお貴族様は見たことがあるかな。奴隷の用途はまあ、不健全なものだと思うね」
「貴族自らがわざわざ奴隷契約を結ぶってならだいたいそういうもんさ。男だろうが、亜人だろうが、女の貴族だろうがね。ま、たいていは世間体を気にして自分の屋敷に寄こしてこっそり契約するもんだが」
「そうだねぇ。オズディルっていう男爵だったよ」
「ああ、あの方か。納得だな」
俺は内心でため息をついた。
話題を変えるため他の種族のことを聞いてみると、メジャーなところではオーク、珍しいところではエルフやダークエルフをはじめ、リザードマンや
奴隷の話であったのはともかく、聞いていて胸が躍ったのはここだけの話だ。いつか彼らにも会える日が来るだろう。その時が楽しみだ。
そういえばインが半ば推奨していたくらいだし特に気にしなかったけど、ホムンクルスでも奴隷を持つのは何も問題ないようだ。契約はすぐに終わったし、奴隷にする種族も多岐に渡るし、そんなものかと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます