2-16 静かな悪意 (3)


「質問してもいいかな」


 脚を負傷したため背負ったディアラに訊ねる。


「はい」

 

 ディアラの声は、狼に襲われたあとなのに実にしっかりとしている。色々と滅入るだろうに。インの励ましの言葉はちょっとお馬鹿っぽかったが、案外効いたのかもしれない。

 いずれにせよ、こちらとしては、聴取はできるならしておきたかった。これからのことを考えると彼女たちのことをある程度は知っておかなくてはならなかったので、気を持っているのはちょうどいい。


>スキル「運搬」を習得しました。


 別にとくに重くはないのだが、LV10にしておく。少しだけ軽くなった。


 俺たちは名前だけの自己紹介をすませたあと、来た道を戻り、メイホー村にゆっくりと向かっている。

 周辺にはインが追い払ったとの言葉通り、全く狼はやってきていない。

 たまにこちらに向かうのがあったが、ポインターが出ることはなく、インが継続的に威嚇的なことをしてくれているのか、さきほど魔狼にしたらしい“お叱り”のようなものが継続中なのかは分からないが、駆け足ですぐに戻っていくようだ。


「これは君たちの今後のために聞くんだけど……ハーフゴブリンになっていた理由はなんだったの?」


 回した腕に少し力が入り、ディアラの体がこわばるのを背中越しに感じた。ヘルミラも立ち止まってしまった。

 やばい理由で、さらには今すぐにどうにかしなきゃいけない案件とかでないといいんだけど。俺、漫画の若くて勇敢な主人公じゃないよ。どうにかできるならするつもりではあるけど、今のところ俺には腕っぷししかない。……ああ、七竜の伝手もあったか。でも使えるのか?


「……幻影魔法を看破できたのですか?」


 え。ああ、そこね。


「うん、まあね。そこは……今は置いておいといてほしいかな」


 はっきりとした理由は分かってない。《鑑定》と《魔力眼》のおかげくらいしか。それにそこは今はあまり重要事項でもない。


「……俺はこれから君たち、ディアラの治療をしようと考えてる。だけど、そのためには再びメイホー村に入らなきゃならない。俺たちは今メイホー村に滞在してるからね。……メイホー村に入るのに、ハーフゴブリンの姿の方がいいのか、元のダークエルフの姿でいた方が都合がいいのか、どうなのかちょっと考えててね」


 俺としてはダークエルフだ。

 ハーフゴブリンの姿は既にヴァイン亭をはじめ、いろんな人に目撃されているだろう。なにより元主人のシャイアンたちに見つかることは確実だろう。

 既に奴隷ではなくなっているということは、つまり奴隷契約を破棄したということだろうし、ヴァイン亭での様子を見るに返せとは特に言ってこないとは思うが、会わないのならそれに越したことはない。俺は奴隷の商売に関して何も知らないし、面倒なことを言われないとも限らない。


 目撃者に関してはシャイアンたちに見つかることほどは心配していない。

 彼女たちの幻影魔法は俺はともかく、七竜のインが看破できなかったほどなので、村人たちに看破できた人がいたとは正直考えづらいしね。


 ただここには、彼女たちの都合が介在していない。

 インはダークエルフは特に忌避されている存在ではないと言うから、ダークエルフでいること自体は問題はないのかもしれないが、「お家騒動」とかがある。村人にさえも顔を知られてはまずい根の深い事情が彼女たちにあるのか、そこが気になる。


「君たちがどうしてもハーフゴブリンでいなきゃならない事情があるなら、俺はそれを考慮した動き方をするよ。シャイアンたちになるべく出会わないようにするとかね」


 ディアラが唾をのむのが分かった。さて、何が出るのかな。


「ダイチは優しいのう。相手は奴隷なのだから、そこまで気遣わずともよいのにのう」


 インがやれやれといった体でそうこぼしてくる。少し嘲笑もあったが、悪いものは感じない。

 奴隷のいる世界で普通に暮らしていたら、そういうはっきりとした考え方ができるようになるとは思うんだけどさ。あいにくと、人権と貧富の差に敏感な世界の出でね。しかも30年も生きてしまっている。


「イン様の仰る通りです」


 首元からいくらか決意のこもった声が聞こえてくる。


「私たちは奴隷です。売れずに間引きされてしまった奴隷でもあります。そんな奴隷が命を救ってくださったダイチ様やイン様のお手を煩わせるなどあってはならないことです」


 そこまで堅苦しく考えてくれなくてもいいんだけど……。というか君たちもう自由の身なんでしょ? まあ、職はないから自由でもないんだろうけど。


 ……と、そう思いつつ少し絞められた首がちょっと苦しい。


「ダイチ様のお好きなようにしてください。私たちはダイチ様の都合が良い方でいることにしますから」


 ヘルミラが横から顔を出してきて、「私のこともご随意に」と真面目にそう言いながら目を伏せた。

 姉の影に隠れた気弱な妹ではあるようだが、やっぱり姉妹ではあるらしい。真剣な顔になるとほんと似てる。


「分かったよ。……ディアラ、少し手を緩めてくれる?」

「あっ。すみません!!」


 ディアラは力みやすい系お姉ちゃんらしい。俺は七竜にも勝てるらしいが、首は締められると普通にきついようだ。弱点また発見だな。


 地面を踏む音だけの無言の時間が流れる。とりあえず、俺が考えていたようなお家騒動とかの心配は杞憂に終わったということでいいのだろうか。


 それにしてもご随意にと言われてしまうとちょっと困る。

 俺は奴隷の扱い方はおろか、奴隷にまつわる制度やら仕組みすら知らないし、そもそもさほど彼女たちを気遣ったつもりでもないのだから。

 彼女たちの意を決した言葉を聞いた今は無責任だとも思ってしまうが、単に治療してあげよう、食べ物を少しあげよう、少し世話してできれば家にも帰してあげようくらいのそんな子供じみた気持ちだからな。先のことは何も考えてない。


 別口の意見をちょっと聞いてみるか。


「どう思う? イン」


 そうだのう、と歩きながら指を顎に当てるイン。


「ダイチはしばらくこ奴らの世話をするのか?」

「まあ、そうなると思うよ。インが良ければね。もう少し詳しい事情を聞いて、できそうなら近くに家があるのなら送ろうかなって」


 言いながら、なかなか綺麗事を言っているなと思う。彼女たちが奴隷になった経緯が考慮されていない。


「私は構わぬよ。しかし子供向けの話でもこんな優しい話はなかなかないの。……さて、私はの、今日初めて会うたこやつらよりダイチの方が大事での。こやつらをまだ信用はもちろん信頼もしておらん。たとえダイチが信用しようとしていてもな」


 インは特に姉妹に振り向いたりはせず、ストレートな言葉を飄々とそう言いのける。ただし、彼女たちにも十分に聞こえる声量だ。


 言わんとしていることは分かる。俺だってインの方が大事だ。無責任に誰も彼もを助けたいなどとそんな17歳じみたそれこそ眩しい少年主人公的な考えは持っていない。

 ……まぁ、そうありたいとはどこかでは思ってるんだけどね。でも、責任っていうものは結構めんどくさいんだ。


「ま。自分をダイチの良いようにしてくれと言っている辺り多少は評価しているがの。信用してほしいのならまずは自分の懐、誠意を見せるのが第一歩だからの。とはいえ、魔法で姿を偽っていた者を信じろというのもなかなか難しい話だ。そうではないか?」


 インがくるりと姉妹の方を向いてそう訊ねる。インには詰問する雰囲気はない。

 虚を突かれたのか、姉妹は二人ともさきほどとは一変して気弱に「はい」と同意した。


「お前たちはダイチに信頼されたいか? それとも頭を下げるなりして奴隷商人の元に戻りたいか?」


 インが立ち止まったので俺も立ち止まる。言い方は相変わらずマイルドだが、今度は見定めるように二人の顔を交互にしっかりと見ていた。その質問はなかなか酷だよ、イン。


「……信頼、されたいです。シャイアン様のところには戻りたくありません……もうゴブリンにはなりたくありません……」


 しばらく間があって、震えるような声でヘルミラが声を絞り出してきた。

 ほら、イン。びくついてるよ。……好きでゴブリンになってたわけじゃないもんな。


「そうか。お主はどうだ?」


 今度はディアラに問いかけるイン。「……私もです」とヘルミラとは違い、短く言葉を発したディアラだったが、その言葉には強い意志が感じられた。やはり姉の方が気丈のようだ。


「ふむ。……であるなら、お主らダイチの奴隷になれ」


 え。なんで? つい俺は反射的にインを見た。視線に気付いたインは軽く息をついた。


「……ダイチよ。念のために言っておくがな、奴隷は一つの雇用形態に過ぎん。身持ちを崩した者が多く、金で売買されている、そして階級制度の下位に位置しているという点を除けばな」


 咄嗟に眉をひそめてインを見た俺の気持ちを見透かしたように、インはそんなことを告げる。

 息子の慈愛を評価していたさきほどとは違い、片方の眉をあげて、今度はひとえに世間知らずな男をたしなめる識者の態度だ。


「確かに奴隷の話は殴るわ蹴るわの阿呆な話も多い。しかし、 奴隷のときの働きぶりを評価されて、いっぱしの召使いになってやがて侍従長や騎士になり、大往生した者も私は多数知っておる。奴隷には自由がないというデメリットもあるが、生活苦は確実になくなるというメリットもある。……戦争が起きる起きないに関わらず食糧難などいつ起きるか分からん問題だし、そういう意味では、奴隷になるのはある意味賢いとすら言えるの」


 それは、分からなくもないが……。

 侍従長や騎士になったという話はいつの話なんだろうなと思う。かつて足を滑らせて亡くなったという、インの祠を掃除していた女の子の話が思い出される。


「あとな、奴隷と契約した際には主人の命に従わぬ場合、首が絞まるという便利な罰則があるのだ。逃げ出したり、自殺もできん。もちろん盗みを働くのも、主人を刺し殺そうなんていうこともな。これほど信頼に足る人物かはかれる契約もあるまい? 元々この奴隷制度は捕虜を安易に殺されてしまわないために生まれたものでもあるしの」


 なるほどね。ただ、魔法の絡んでいそうな奴隷の制度は、脳か体内にチップを埋め込む代わりに仮釈放させたり従軍させるやつと近い気もするよ。

 それにしても極端すぎる信頼関係の構築方法だ。現代人以外だと一握りの人格者とかだろ、それ通じるの。


「ま、信頼に足ると分かれば、奴隷契約を解けばよいしの。契約も解約も大したことはせん。……納得がいかぬか? なら、自分のこれからのためにこやつらを雇ったと考えればよい。商人連中は新しい街にきたとき、身の回りの世話をさせ、貴重品などを管理させるために奴隷を買ったりするしの」


 再び俺の思考を先回りしてインが補足してきたが、その考え方は確かに楽でいい。それなら、インの俺を想うがための奴隷になれという思惑も俺なりに考慮することができる。

 奴隷と言う言葉の響きは嫌だけども、確かに俺も、思い出と財産が詰まり、これからの俺にとってなくてはならない魔法の鞄なんかは万が一にでも盗られたくはないものだ。そこは何重にも保険をかけたいところでもある。

 あまり考えたくはないが……二人が俺を裏切り、手癖の悪い子供になる可能性だってないわけじゃない。生きるのに必死な世界ならなおさらだ。どうせいるんだろ、そういう子供。で、気をつけろとか言われるわけだ。


 まあ、それに、旅の随伴人が増えるのは正直嬉しいところだ。


 インの言うところの「お世話係」として、地理も一般常識も洗濯方法すらも知らない、といったことから始まり、円滑な交際関係を築くためには常に気を張らなければならない俺の無知さにまつわる諸々の精神的負担が減りそうだ、ということも含めて。

 商人からしたら何も知らないくせに金はあり、そのくせ利便性をやたら追求している俺はいい金づるだろうというのは既に察してもいる。メイホー村の人たちは気質が穏やかで、いい人ばかりのようだし、この辺は今のところはまだ容認しているが、先々でいずれ卒業しなければならない。


「どうする? 俺は君たちと契約するの問題ないけど」


 間もなく、ディアラが降ろしてくださいというのでゆっくり降ろした。ディアラがヘルミラに頷くと、ヘルミラも頷き返す。二人は泥土がつくのも構わずに片膝をつき、いわゆる家臣ポーズをした。

 そして二人は右手で左胸を押さえた。ちょっと大げさにも思ったが、その辺りがヨーロッパっぽい感じなのかもしれないなどとどうでもいいことを一つ考えてしまう。


「私たちディアラ・トミアルタとヘルミラ・トミアルタの両姉妹は、ダイチ様に忠誠を誓います。一度亡くなった命です。姉妹ともどもいかようにもお使いくださいませ。誠心誠意お仕えさせて頂きます」


 やっぱり大げさだよと思いつつ、彼女たちが決定できたこと、そして彼女たちが自分の意思で俺たちについてくる決意をした潔い姿に、俺は一瞬見惚れ、そして安心した。

 命を拾われた者はやはり、ただ雇用した者に比べて裏切りづらいだろう。信頼の置ける随伴人を得るのに絶好の機会には違いない。それに俺は二人に“与えるだけでいい”。これほど楽なものはない。

 それから流暢で力の入った言葉に、トミアルタ家は名のある家に代々仕えていた云々とかの家なのかなと考えもする。


 インがうむうむと頷いている。


 俺も二人にならって片膝をついた。よろしくねと手を差し出す。

 何の意味なのか、二人とも分かっていなかったので、ダークエルフには握手の文化はないのかもしれない。俺のいた国の挨拶の一つだよと適当に説明した。

 でもそういえば村でも握手はまだ特に見てない。アリオとかライリとかあの辺りはやっていそうな気がしなくもないんだけど。


 挨拶とは言ったが、二人はおずおずと手を伸ばしてきて指先を握るというよく分からない握手をしてきたので、握手のやり方を教えた。

 ダークエルフの手は、俺の手と何も変わりがないように思えたが、ひどくカサカサだった。この手を元通りに戻すのはこれからの俺の仕事だろう。


「じゃあ、はい」


 そうして俺は再度おんぶのポーズをした。ディアラが渋っていたが、怪我悪化するよと両手を動かして急かすとおずおずと乗ってくれる。

 まあ、かっこつけた後だもんな。俺この国に来てまもないから色々と教えてほしいというと、力強い「はい」という言葉が返ってきた。



 村に着くまでの間に二人の生い立ちを軽く聞いた。


 二人は「タミアルエ」というダークエルフ里にあるトミアルタ家の姉妹らしい。


 トミアルタ家はやはりというかなんというか、代々伝わる武家の家系で、二人はこれといった不自由なく幸せな日々を過ごしていたようだ。だが三年前、別の場所にある「ルーアルニ」というダークエルフの里との間で戦争が起こったらしい。

 敗北したのはタミアルエ。里を率いていた者の家臣であったトミアルタ家は捕虜となったが、本来なら一家で捕虜になるところを両親は姉妹をこっそり逃した。

 というのは、ルーアルニを率いていた里の長は、配下が気に入らないだけで斬首してしまうような残虐な長だったためらしい。

 姉妹は両親の生死を絶望視しながら、タミアルエと友好関係にある「トルアルエ」という里に落ち延びた。そこで父親と懇意の友人を頼るが、二人の不在を知ったルーアルニの兵が押し掛けてきた。

 始めはよかったものの、やがて本隊がトルアルエに着き、懇意の友人の庇護も難しくなる。友人もまた、自分の命が脅かされる状況に陥ったが、二人は友人の手筈により辛くも逃げることができた。


 トルアルエと親交があるという近くの村までは、徒歩では距離がある。二人は持たされた食料でしのぎを削ったが、やがて腹が減って仕方がなくなった。日差しが強い日が続き、体力を奪っていったのもよくなかった。

 そんな彼女たちは、やがて馬車が止まっているのを見つけた。シャイアンたちとは別の商人の馬車らしい。

 二人はダークエルフが人族に下ると、多くはエルフ同様慰み物になるというのを聞いて知っていた。でも餓えはどうしようもなかった。二人は幻影魔法でハーフゴブリンになり、その商人に頼んで拾われることにした。

 ただ、その商人は人手をさほど必要としていなかった。姉妹はすぐに知らない土地に少量の食糧とともに放逐された。行く予定だった村とは反対方向の場所で、さらにしばらく走らせた荒廃した土地ウィンザーに。


 そこでまた餓えそうなところを今度は別の馬車――シャイアンたちが通りがかり、拾ってもらったそうだ。


 俺はこの話を最初は内心では特に驚くこともなく聞いていた。“そういう設定”をたくさんのエンターテインメント作品で知っているからだ。

 ただ、二人が怒りややるせなさ、悲しみといった感情を生々しく吐露したり、その感情に慌てて蓋をしていくのを見ていくうちに、紛れもない「リアル」なんだなと痛感していった。


 近くに里があるなら返す。軽々しくそんなことを言った自分を呪ったりしたが、今の俺には戦争を終わらせる政治的な力も知識もなくとも、振り払う火の粉を払うくらいの力は十分にある。そう思うことで納得させた。

 俺は彼女たちを守る。彼女たちを守り得る庇護者であれば、何も問題はない。


 二人の話を聞いて、つけれるところで知識と権力をつけていこうかと思ったよ。二人の主人らしく、小市民なりに。それから、幸運にもインという絶大な権力を有している身としても。


 ただ、悪いけど、申し訳ないけど、里の名前や家の名前はちょっと覚えられる気がしない……。


>称号「ダークエルフの庇護者」を獲得しました。

>称号「異国の旅人」を獲得しました。



 ◇



「今日はもうやってねえぞ? ん、ダイチ君にインちゃんか。……なんか増えてるな。連れかい?」


 宿に戻ると、ヘイアンさんがまだ階下にいた。テーブルの一つに座り、複数ある酒瓶とコップを前に腕を組んでいる。一人飲み、という雰囲気ではない。


「ええ。そんな感じです」


 ヘイアンさんが二人のダークエルフを軽く見やり、ディアラに目が留まる。


「ほお。ダークエルフか。……狼にでも噛まれたか?」


 怪我に関して触れただけのヘイアンさんに安堵する。魔法で姿を変えていたとはいえ、姉妹はヴァイン亭にやってきていたからだ。

 戦争をしていたらしいので少し懸念していたが、さほど目くじらを立てるところでもないようだ。……いや、ヘイアンさん結構人格練られてる人だからな。この辺はちょっと微妙だ。


「ええ、そうなんです。診療所とかってありますか?」

「診療所か。近くだとケプラにしかねえんだが、ガルローさんとヒルデさんが病気とかに詳しくてな。みんな診てもらってるよ。ヒルデさんは分かるよな? ガルローさんはヴァンクリフんとこ、ああ鍛冶屋な。鍛冶屋の2軒隣にある。壺たくさん並べて薬草やら種子やらの露店をたまに出してる人だ」


 その露店はすぐに分かった。アリオとライリに会った帰りに見つけた店だ。

 客と言い争いをしていたので軽く見ただけだったが、中学生くらいの人族の男の子が店番をしていて、ガルローではなかったが、パッチンという面白い名前だったのでよく覚えてる。


 ヘイアンさんがちょっと待っとけと言って立ち上がり、カウンターの奥でしゃがんでなにやらごそごそする。しばらくして、丸薬がいくつか入った小さな瓶を持ってきた。


「痛み止めなんだが、飲まないよりはマシだろう。ここらは狼の群生地だしたまに噛まれる奴いてな。とりあえず今すぐ1回は飲んで、あとは食後に……ああ、ダークエルフって薬は外見の年齢で飲んでるのか? それとも中身か? エルフだと外見の年齢なんだが」


 ようするに、中身が28歳、外見はニーアちゃんとさほど変わらず14,5歳のディアラは、成人の用法で飲むのか未成年の用法で飲むのかと聞きたいらしい。


 ディアラにどうなの? と聞く。


「……外見の年齢で構いません」

「そうか。なら、食後に2粒、1日に2回飲んでくれ。朝食後と晩飯後でいい。そっちの嬢ちゃんは何ともないのか?」


 ヘイアンさんが俺、そしてヘルミラのことを見る。


「私は大丈夫です。ご心配いただきありがとうございます」


 ヘルミラが胸に手を当てて軽く頭を下げた。


「なあに、気にすんな。風邪や腹の薬と一緒でみんな持ってるもんだしな」


 あとは歯跡がポーションで消えればいいんだけど。……そうだ、部屋。


「ヘイアンさん、部屋余ってたりしませんか?」

「ん? 部屋?」


 ディアラがそこまでして頂くわけには、と慌てて言うが、気にしなくていいよと断っておく。

 あの硬い床で怪我人を寝かせるのはさすがにね。俺が床で寝てもいいんだが……あの忠誠ポーズを見たらね。


「余ってるが……二人客がそういや出たか。ふむ。今日は二人の代金いらねえから泊まっていきな」

「すみません、お世話かけます」


 もちろん払ってもよかったんだが、好意に甘えておく。ヘイアンさんが気にすんな、ニーアも助けてもらったしな、と気さくに言ってくれる。この宿を選んで良かったなと心から思う。


 やっぱ教えといた方がいいよな、と思う。こんなに良くしてもらって、万が一なんかあるのは嫌だからね。


「それとなんですが……森の辺りで魔狼を見かけました」


 それはほんとか? と、一変して難しい顔になり、声を低くするヘイアンさん。


「ええ、遠目で見ただけですが」


 俺は直接見たわけではないのだが、インから家ほどの巨体で青白い毛で覆われているとは聞いているので、遠目で見たという証言でも問題ないだろう。

 狼に噛まれた姉妹と関わりを見出されるのは困るので、二人と関係があるわけではないです、と前もって伝えておく。


 ちなみに魔狼はレベル30ほどで、氷の礫と飛竜ワイバーンよりだいぶ劣る風の刃を飛ばしてくるらしい。メイホー村の警備兵レベルなら一人だとまず相手にしないが、動きはそれほど速いわけではないようで、イン曰く複数人でいけばなんとかなるだろうとのこと。


「そうか……。じゃあ俺はこれから詰め所に言って伝えてくる。部屋は一番奥な」


 そう言うやいなや、ヘイアンさんは慌てて宿を出てしまった。討伐隊でも組むんだろうか?


『魔狼は放っておいても村には来んぞ? 力の差を見せつけたからの』


 ――近くの道でうろうろしない?


『あー……それは……するかもしれんのう』


 インが念話こそしてこなかったものの、俺と同じで倒しておけばよかったかのう、といった心境がうかがえる顔を見せた。


 背中から降りたディアラから、魔狼が出たんですか? という不安の声があがる。ヘルミラも真っ青だ。知っているらしい。もしかして自分たちのせいだと思ってる?


「大丈夫だよ。ちゃんと倒せるらしいし。厳しそうなら石でも飛ばしにいくよ」


 ディアラが怪訝な顔をする。そうか。石当てただけじゃ普通は倒せないよな。


「ああいや何でもないよ。稀に出て、しっかり討伐しているらしいから大丈夫だよ。ここの警備隊がね。さ、治療しに行こう」


 うやむやにして、ディアラをまた背負おうとすると、もう痛みはだいぶ引きましたのでと言うので、今回はおぶらずに部屋に向かう。

 今までとは違ってちょっと恥じらいがあったので、痛みが引いたことが事実らしいのは感じつつ、ちょっと過保護すぎたかな? とも思った。俺の悪い癖だ。


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