2-14 静かな悪意 (1)


「鞄はうちは少々揃えが悪いんです。子供向きのはあるのでイン様なら使ってもらってもいいかもしれませんが……いい鞄なら、ケプラ市の本店で選ぶのがおすすめですよ」


 コルヴァンの風に入って鞄を見たはいいが、魔法の鞄と同じくらいの大きさのあまり出来の良くないショルダーバッグや、小さな二枚貝や小石やリボンなどで装飾が施された少女趣味の強いハンドバッグしかなく、うなっていると、ミュイさんが苦笑しながらそんなことを言ってきた。


「ケプラ市には馬車で1時間程度で行けますしね。この村の人たちもよく行っていますよ」


 やっぱり近い内にケプラ行きだな。


「ケプラのように、近くに革細工師がいればもう少し品揃えをよくできるのですが……この村ではあまり鞄を必要とする人がいないんですよ。村の皆さん、市場の編み籠や木箱なんかで事足りるんです。ケプラほど裕福でないのもありますが」


 鞄くらい持っててもいいとは思うが、生活水準低いからな。そんなものかもしれない。


 何も買わないで出るのもなと思いつつ、店内をもう一度丁寧に見ていると、財布というか巾着袋が隅の方にあったので購入する。

 お金を入れていたインの巾着袋も魔法の鞄に入ったままだが、さほどかさばらないし、お金を入れるにせよ、小物を入れるにせよ、1個くらい持っといてもいいだろう。


 そういえばと思い、衣類の洗濯はどうしているのかとミュイさんに訊ねる。


「染み抜き屋のことですか? ……そうですね。ダイチ様でしたら、もしよかったら請け負いますよ。メイホー村にもやってくれる人はいるんですが、あまり真面目な方でもありませんしね」


 染み抜き屋! クリーニング屋の走りっぽいね。


「いくらかかりますか?」

「とんでもございません! いつもご贔屓にしてもらっていますので」


 思えば色々買ってるなぁ。


「じゃあ、ご厚意に甘えますね」


 と、そう微笑むと、ミュイさんからかしこまって頭を下げられた。


 一回部屋に戻り、インの肉の脂で汚れたワンピースと昨日まで着てたティアン・メグリンドさんから借りた俺の衣類をコルヴァンの風に持ってくる。


「では、仕上がったらヘイアンさんにお伝えしておきますので」

「お手数おかけします」

「いえいえ」


 部屋に戻ってベッドに伏せった。

 木の上で昼寝もしたし、とくに疲れてはいないんだが……そのうちに俺の意識は夢の中に溶けていった。



 起きた。日光の具合から察するに、時間的には昼の2時とか3時くらいだろうか? 時差とかないなら。世界地図で言うならここはどの辺に位置するのだろうとそんな疑問。


 お腹空いてなかったから気付かなかったけど、昼飯食べてないなぁ……。


 なんていうか、あんまり空かないんだよな。元々食う性質ではなかったので何とも言えないが、ホムンクルスの影響は多分にありそうだ。

 というか、肉体的には疲れていないのだから筋肉も臓器も消耗してないってのが道理か?

 この体は人間がベースだろうけど竜の素材も入っている上に魔法も使えるからなぁ……ホムンクルスの体内構造は分からないね。この辺インに聞いたら教えてくれるだろうか。


 そういえばイン遅いな。ミラーさんが大量に信者でも寄越したのだろうか。


 そんなことを考えていると、意識はまたうつらうつらと平和な午後に溶けていく。

 文明機器がないとこんなに暇なんだなぁ……本もないし……長閑なのはいいんだが、馬鹿になりそうだ……。



 ◇



 目が覚めるとインの頭が腹に乗っかっていた。もうだいぶ日が落ちている。


 すぐに勿体ない気持ちに襲われる。せっかくの休日を寝休日にしてしまったあの気持ちだ。

 とはいえ、ここには仕事もなければうざい上司もいないし、俺の大人の青春および日常と化していたクライシスもない。

 別に焦っているわけでもない……さほどの後悔じゃない。贅沢な時間の使い方だ。それに睡魔に全く抗えなかったので、何とも言いようがない。頭痛がないのでマシだが、ちょっと寝すぎだな。


 しばらくぼうっとしていると、インが起きたか? と声をかけてくる。


「起きたよ。おかえり」

「ん。遅くなってすまなんだの」

「仕事だったんだし、仕方ないよ」


 まるで現実世界のような答え方をするなと思う。頭がまだ覚醒していないとはいえ、面白くない答え方だったと反省。とはいえ、インは特に返答しない。


「起きるよ」


 インを軽くどかして伸びをする。仕事もゲームも、そしてあって当然だった文明機器の数々すらもないのでこういう生活になっているのだが……なかなかニートな生活だと思う。

 まぁ、知るべきことを知るために活動して、その慣れない探求活動と“慣れない体”による活動で疲れてしまったから寝てしまったわけだけど。

 子供の頃の転校時のことはあまり覚えていないが、転職後、出張後、引っ越し後、旅行先に到着後。環境の変わった日の1日目はそれなりに疲れてぐっすり眠れる。現実でもよくあったことだ。

 生まれたばかりという部分を加味してみると、むしろ動きすぎなのかもね。これといった弊害がないだけマシなのかもしれない。


 コーヒーでも飲むか。

 せっかく中世ファンタジーな世界にいるのだからとは思うのだが、手頃な飲み物が酒しかないのはな。酒ばかり飲んでいたらいよいよ堕落しそうで怖いのもある。

 ……いまさらだがカフェイン、悪影響とかないよな?


 立ち上がってもインはベッドに転がったままだった。


 インはなんか元気ないというか、あまり虫の居所もよくないようだ。

 何があったとか、参拝はどうだったかとか、黒い飛竜についてとか、聞きたいことは結構あるんだが、ここは控えておくか。

 この子とは会ってからまだ1日ちょっとだ。それでも無知な俺にとってはこの世界の先生とも呼べる存在だ。七竜の一柱というとんでもな存在ではあるが、できれば、変わってはいるがありふれた友人の一人として末長く付き合っていきたい。


「コーヒー……っと、カフェー飲むかい?」

「……飲むう」

「パンは?」

「食べる」


 鞄に手を入れてインベントリウインドウを出現させる。

 「テーブルの上 コーヒーセットとパン」と念じると、例によってテーブルの上には、コーヒーカップ2つとコーヒーサーバー、ミルクピッチャー、コッペパンが2つ入った編み籠が出てくる。


 昨日買ったリンゴが目に入る。切ろうと思うが、まな板がない。困ったもんだ。ハンカチを広げてその上で短剣で切った。

 それにしてもコーヒーを飲んだり、パンを食べたり、食事用にもう1個くらいテーブルが欲しいところだ。書き物をしないのに書き物机というのもね。ケプラ市に行けばペンと紙を入手できるだろうか。


 イン用のコーヒーにミルクを多めに入れていると、食べ物パワーで少し気力が沸いたのかインが寄ってくる。


「前食べたときはそこまで思わなんだが、いい匂いだのう。お、これはリンゴか? 皮まで綺麗に剥いたもんだの」

「たまに切ってたからね」

「ほお」


 短剣の切れ味が良かったのもある。するすると切れたよ。


 二人でもしゃもしゃと軽い晩ご飯を頂く。


 そういや、バーバルさんにあげた「モリンガ入りクリームパスタ」はだいぶ効果があったようだけど、このコーヒーもパンも至って普通レベルの食べ物だ。インも神猪の肉串ほど感動的でもないし。理由はゲーム内設定の回復量の差くらいしか浮かばないな。

 モリンガ入りクリームパスタは労働力を20回復するアイテムだが、「パンとコーヒーセット」は労働力が3しか回復しない。


「ダイチよ、私がいなかった間、何しとったのだ?」

「この村巡ってたよ。買い物したり、転生前の世界とどう違うのか調べたり。若い警備兵とも知り合ったよ」

「ふむ。コップや財布があるし、ずっと寝とったわけではないと思っとったが。我が子ながら感心感心。どんなことを調べとったんだ?」


 水浴び場のこと。魔法の巻物マジック・スクロールのこと。洗濯方法のこと。出来事をかいつまんで軽く話していく。バーバルさんにパスタをあげたことは伏せた。怒られそうな気がして。


「――ううむ。“せんたっき”というのはおそらく初めて聞くが……凄まじいな。汚れた服を箱に入れて、スイッチを入れるだけで、勝手に水が出て服の汚れを落として綺麗にしてくれるとは、魔法のようだの」

「洗剤や柔軟剤――あー、服をやわらかくしたり、防臭効果を与えたりする液体ね――も事前に入れるんだけどね」

「なるほどのう。ようそんなもんを思いつくもんだ」


 そんなことを話していると、ティアン・メグリンドを探していたことを思い出して、一応伝えてとこうかと思っていたら、


「ちとまた出かけてくる。今度はさほどかからん」


 と、立ち上がるイン。


 忙しいな。でも、声にも目にもさっぱりとした意志がある。なんとなく不機嫌だったのを見ると、やり残したことをやりに行くって感じかな?


「ん、いってらっしゃい」

「うむ」


 ファンタジー諸作品の展開的には、窓から飛び出して竜化していくか、翼だけを生やして目的地に飛んでいく、という感じの図柄はおなじみだと思うのだが、インは今朝と同じく普通に部屋のドアを開けて階下に降りていった。インはやっぱ律儀な竜だと思う。


 それだからこそ安心もするんだけどさ。 どこから竜化して飛び立つのか、帰ってきたら聞いてみよう。人前でまさか全裸にはならないよねぇ。


 パンを食べ終えて、片付けに入る。片付けといっても、空の皿やカップをインベントリに戻していくだけだ。水場があったら気軽に洗い物ができるんだけど洗面所はおろか排水場所もないので仕方ない。

 そのうち家でも借りたいものだけど……身分証だの住民票だのの何かしらの証明書がいりそうだし、いつの日になるのやら。

 その前に馬車暮らしの方が現実的な気はする。お金はあるから適当に物品を買い漁るなりして、行商人の真似事は比較的簡単にできそうではある……いや、商人の証明書とかもあるのか? うーん。商人だったら各地巡りも気軽にできるんだけどねぇ。


 ……そういや、インベントリの中の昨日残したコーヒーサーバーの中身どうなってるんだ? コーヒーは温かいままだったりするのか?


 魔法の鞄から出してみると温かいままだった。


 おー! ということは、この魔法の鞄は保温効果つき……というよりは、「インベントリに収納すると時間が止まる」と考えた方がいいか。

 恐ろしい効果だが、これは便利だ。シミのついた服とかも入れられるな。スクロールで《収納スペース》を習得できたら、そっちの方でも試してみようかな。


 思いついて、今度はベッドをインベントリ、もとい魔法の鞄に収納してみる。

 念じるとベッドは一瞬で消えてしまった。……いけちゃった~。


 ベッドのあった場所には、脚の跡とベッドの形に沿って若干埃の積もった床があり、しっかりインベントリ内にはベッドというアイテムが入っている。グラフィックは何度も寝たベッドそのままの絵で、説明文には「メイホー村ヴァイン亭のベッド」とある。

 ヴァイン亭のこのベッドはほとんどダブルサイズで、結構でかい。この分だとどこまで収納できるか気になるね。上限容量的にも、既に6キャラ分の物――約480スロット分のアイテムが収納されているので、ほとんど制限なしと考えてよさそうだけど。

 探し物を探すのも楽だろうな。手の届かない場所なんてなくなったのと同意義なので、大掃除では本当の意味で隅から隅まで綺麗にできるだろう。


 収納可能の範囲とかあるのかな。


 ベッドを元あった場所に戻し、今度は部屋の隅に行く。テーブルの上のコーヒーカップを見つめて、収納……できない。1歩前進。できない。もう1歩前進。できた。「だいたい3m以下のものなら収納可能」って感じか。

 逆にさっきと同じ要領で今度はコーヒーカップを出そうとすると、やはり3m以内でなければテーブルの上に出なかった。ふうん。覚えておこう。


 そんなことをやっていると、聞き覚えのある話し声が聞こえてくる。縦窓から覗いてみる。……格子窓っぽいし囚人みたいだなと内心で苦笑する。

 奴隷商人のシャイアンとスリアンの二人が宿から出ていくところだった。ダークエルフの姉妹に怒鳴っていたやつらだ。微妙に重なっていたようだったが、マップでもしっかり取引可能NPCとして表示されていた。しないがね。


「今日のも美味かったなぁ……。ここのおかげで色々と店を回るようになったが、なかなかここ以上のところもねえな。ケプラのも悪くはないんだが……俺は断然こっちだわ」


 看板に書いてあった今日の夕飯の献立は、「アバン豆と鶏肉の煮込み」だったか。アバン豆は煮るとどろどろになるという、イン曰く「塩気のあるなかなか美味い豆」だったが匂いはなかなか強烈だった。


 アバン豆についてはまだよく知らないが、ケプラは都会になるだろうし、シャイアンはさしずめ田舎料理好みってところか?


「ほんとですね。俺もそう思います。ニーアちゃんも可愛いですしね」 

「お前の年下好みは知っているが……ヘイアンの旦那がいるし、手出すなよ? 店閉められるのも嫌だしな。って、まあ……ないか」

「俺は眺めてるだけがいいんです」

「はあ。お前のその性癖だけはほんと分からんよ。俺とお前、1個しか歳違わないはずなんだがな」


 《聞き耳》スキルがそんな会話を寄越してくる。二人のことは威勢のいい三下とか思っていたが、どうも愛されキャラ属性も多少はあるらしい。まぁ、小悪党ってのは大体そういうのかもしれないけど。

 ダークエルフの姉妹はどうしているだろうな。きつく当たられていたようだが。


 飯か……どうしようかな。さきほどのパンとコーヒーで結構お腹が膨れてしまっている。


 じゃあと思い、今日の予定で残った最後の一つ、「錬金術の始め方 2巻」を取り出す。

 相変わらず小冊子のような本だが、糊はしっかり使われているようで割と頑丈だ。紙も現代の紙事情とは違い、良いものではないけど、これはこれで味がある。一年通っていた田舎の中学校で使われていたわら半紙を思い出すね。


 本をめくっていき、書かれている通りに、錬金台をテーブルに準備する。


 錬金台は見た目は単なる木の台なんだが、表面には銀色に光る銀か何かの金属物質で円が描かれ、裏側にも表面と同じく溶かした金属で魔法陣が描かれてある。

 フラスコの裏面にも同様に魔法陣が刻印されている。

 こちらは金属ではない白い物質で描かれているようだが、描かれた魔法陣を触ってみても、ほとんど盛り上がりの感触がない。ぱっと見はガラス加工なんだが……魔法的な技術が介入してるんだろうか?


 《言語翻訳》のスキルでは魔法陣に書かれた文字の翻訳はできないので、付与されているのが何の魔法陣かは分からない。

 ただ、陣内の模様はティアン・メグリンドの小屋で見た魔法陣よりだいぶ簡単なものだし、普通に考えるなら、魔力の通りをよくするとかそんな類のものだろうとは思う。


 本を読んでみれば、フラスコと土台の魔法陣は、魔力の浸透と定着を早め、素材の分解と融解を補助する魔法的作用を付与した魔法陣らしい。土台に描かれた銀色の円は、「魔力円環」と言って、魔力そのものを留めおくための仕組みらしい。

 で、素材を入れたフラスコを円からはみ出ないように台に載せて、魔力を注ぐことで反応が起こるとのことだ。


 とりあえず「錬金初心者はまずはここから」と書かれた項目の手順通りに、ひとまず台には何も置かずに、両手の人差し指を銀円に向けて集中する。

 指先に魔力を集めるらしい。なぜ指先なのかというと、もっとも魔力を集めやすい部位だからだそうだ。人間が対象なら納得だ。

 ちなみに「“指先のない方”は掌か、あなたがもっとも細かい作業を行える部位で行いましょう」というコメントつきなので、配慮が行き届いてはいるが実に生々しい。指先のない種族ってどんな種族だろう。


 魔法を使ったことのないような初心者はこの魔力制御の部分すらも時間がかかるとのことだが、幸い俺は昼に魔力制御の練習をしている。スキルの《体内魔力操作》もあるので、時間はかからないと思いたい。

 注入する魔力の量が少なすぎるのはともかく、多すぎると下手したら爆発するというとんでも仕様だそうなので、細心の注意を払って、手の中で米粒くらいの魔力の塊ができたと同時にすぐさま放出してみる。


 銀色の縁が淡く光った。光ると、成功だ。地味だけど、ちょっと感動だね。


>称号「錬金術初心者」を獲得しました。

>スキル「錬金術」を習得しました。


「戻ったぞ。……って何しとるんだ?」

「ん、おかえり。錬金術のいろはをちょっとね」


 物珍しそうに見てくるインに、木の台に魔力を注ぐことで銀色の円が光るという仕組みを教える。


「ほほう! 面白そうだの。私もやってみてよいか?」

「いいよ。人差し指でかざして、ゆっくりと魔力を注ぐらしいよ」


 注ぎすぎると爆発するらしいから米粒くらいの魔力からがいい、と言おうとしたんだが、「ボンッ」という小さな爆発音で遮られた。

 幸いテーブルは表面が少しばかり焦げただけで済んでいるが、木の台は真っ二つだ。


「あ……すまん……」


 どうやら俺はツボにはまったらしく、段々と笑いをこらえ切れなくなってくる。


「そ、そこまで笑わんでもいいだろう!?」

「いや……ごめんごめん。くくっ」


 細かい魔力制御は苦手なわけね。元が巨大な竜だから仕方ないとも言える。というか、俺が説明しそびれたのもあるんだが。

 幸いインの手はなんともなかった。何かあっても回復魔法で治療するんだろうけどさ。


 しそびれた説明をインにしつつ、フラスコを見てみると、爆発の余波でひびが入っていた。割れなかったのはすごいが、これも買い直しだな。

 インがしゅんとしているので頭を撫でてやる。いいよいいよ、買えばいいし。むしろ問題は机の焦げだろうな。ウォールナットな木材なのでそれほど目立たないけどさ。


 と、買い直しを考えていたんだが、インが手をかざすと、みるみるうちにフラスコやら机の焦げやらが元に戻っていった。……そういや、そんなことできたんだっけ。

 フラスコや机をよく見てみる。ヒビも焦げ目も当然のようにない。錬金台も元通りだ。

 すごいもんだ。見ればインが一転して得意げな顔をしていた。うん、これはすごいと思います。でも……俺の小さな小さな感動ちょっと返してくれる??


 そんなハプニングがあり、久しぶりに心から笑ったのもありでいい気分になっていると、マップの村の外で「白い二つの正方形のマーク」が止まっているのに気付いた。

 止まっている場所は、ニーアちゃんを助けた畑の倉庫よりもう少し南下、メイホーの西にある森――「狼の森」のど真ん中だ。


 狼の森はなかなか深い。まだ未踏破地域なので、マップに森の全ては表示されないが、表示されている森の部分だけでもメイホー村の倍の広さはありそうな森だ。

 もちろん森の中には、メイホー村から続いている道の周辺よりも多く魔物を表す赤いマークが点在している。マークは20個は軽くある。

 マップで二人のいる場所を拡大してみる。小さな小屋があるようだ。伐採や採集の際の休憩小屋的なものかもしれないが、物置を建てるにしても魔物がいるし、深すぎる場所にある気がしなくもない。


 白い正方形のマークは取引可能の人物を表している。


 人物像が把握出来た時とか、その人と関わりが生まれないと表示されないという仕様上、まだあまり有効活用できていない感じなのだが、絵や骨董を扱うらしいガンリル、魔法道具屋のヒルデ、鍛冶屋のヴァンクリフ、武器屋のヴェラルド、服屋のミュイ、宿屋のヘイアン、そして奴隷商人のシャイアンとスリアンがこの表示方法により、常にマップに表示されているのは把握している。

 一度表示されれば、そのマークを見ながら意識することで、その人の名前や店の種類が小さなウインドウで表示されるので便利ではあるんだが、ヘイアンさんの嫁であるステラさんやニーアちゃんだったり、野菜や肉屋や、雑貨屋なんかは表示されないのでざっくりしている。雑貨屋や食器店は表示してほしいところだ。


「なあ、イン。ここの村人が森の中に入る用事って、なんだと思う?」

「うん? そうだの……魔物や動物を狩る。木を切る。薬草を採集する。あとは逢引などそんなところかの?」


 まあそうだよな。俺もそのくらいは考える。

 大きな町なら研究者が研究のために森に入るということも考えられるのだが、研究機関もなければ貴族らしい人も見かけないメイホー村ではそういうことは特になさそうに見える。


「夜に、となるとどうかな」

「夜か。逢引か、非合法なやり取りか。あとは子供が親の目を逃れて狼と戦ったり、魔物が脆弱なメイホーだったらそんなところではないかの」


 子供が狼と戦うのはインらしい考えだと思った。確かにそういうのもありそうだ。俺も魔物と戦う訓練は目立たないところでやりたいしね。


「俺の探知スキルが教えてくれてるんだけどさ、オオカミの森の中、ニーアちゃんを助けた畑の先の森の中に人が二人いるんだよ。結構森のど真ん中でね」

「随分正確な探知だの……。しかし夜の森だし、あまりいい情報ではないの」


 そうなんだよね。これが逢引や子供の背伸びだっていうんだったら、いざってときのためにマップで見ておくくらいはしてもいいんだけどさ。


 この二人、シャイアンとスリアンだからな。


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