2-12 一人巡りと空間魔導士
ドライヤー欲しいなと思いつつ、髪をタオルでわしゃわしゃ拭きながら、部屋で今日の予定としたいことをちょっと考えた。
〇 ティアン・メグリンドを探してみる
まずはこれ。気が進まないところはあるけどね。俺は昔から意識しないと興味ないのとめんどくさいのをとことん溜めこむところがあるので、回避しておきたい。
1.水魔法のスクロールとコップと桶の入手
次にこれ。火魔法も欲しいけど、水がないのがとにかく痛い。インの使っていた《
水があっても洗面所がないもんだから、桶も必要になる。排水場所すらもないんだけどね……。
売っているのはヒルデさんのところが妥当だけど、店頭にはそれっぽいものがなかったのでどうだろうと言った感じ。もしくは、魔力あげます屋さんの人。
2.村の中・周囲の散策
これは優先順位低め。ただ情報収集も兼ねているので、散歩がてら定期的にしておきたいところ。村の周りにいる魔物と戦ってみたいのもある。インや飛竜相手よりは確実に楽だろうし。
3.錬金術の勉強
これも現状は優先順位低め。人体錬成で生まれた以上、俺と錬金術は切っても切れない関係だが……ホムンクルスに関して聞きまわるのが憚れる今のところは部屋での暇つぶしになりそう。
4.魔法の鞄以上の大きさの鞄が欲しい
これはミュイさんの店で決まり。これもいますぐ欲しいものではないけど、魔法の鞄は物理的には大した容量でもないし、予備の鞄――買い物鞄の一つくらいは欲しいところだ。
一応一緒に買ったリュックがあることはあるが……あれは大きいし、服入れということにしておきたい。
まあこんなところか、と思う。
現実ではメモ魔だったから、ほんとメモ帳が欲しい。
……とは散々思っているけど、正直村の様子を見た感じ、ペンとインクが浸透しているようには思えない。ヴァイン亭の店の前に出ていたメニューも、彫刻刀みたいなもので掘っているだけだしね。ティアン・メグリンドの家には羽ペンがあったから、存在は認知されているようなんだけど。
話を聞いてる感じだとこの辺りで品物を手広く揃えているのはケプラ市のようだから、近いうちに一度ケプラ市に行くべきだろう。この辺りの情報はミュイさんかな? 本店がケプラにあるようだしね。
◇
「ティアン・メグリンド? 知らねえな。どんな人なんだい?」
「魔導士の方です。錬金術も長けてます。有名かもしれないんですが……」
「高名な魔導士なら、滞在の噂くらい入ってるだろうけどなぁ」
一緒に聞いていたステラさんも首を振る。
「メイホーには来てないんじゃないかい? ま、高名な魔導士様だってんなら俺たちに気づかれないよう魔法で素性を隠したりもできるかもしれねえけどな」
「ハメルン様みたいにね」
聞けばハメルン・オルローブとは、ここオルフェの地では有名な魔導士らしい。
彼は王都の衛兵団の魔導士部隊に所属し、隊長を務めていたこともあるほど腕が確かであることや、絶世の美男子であることも有名である理由なんだが、旅好きでも知られていて、魔法で素性が割れないように各地を巡っているのだとか。
「なぜ隠れて旅を? 何か悪いことをしたわけではないんでしょ?」
「そりゃな。七星が目にかけていたほどの人らしいしな」
七世?
「騒がれるのを嫌うらしいのよ。美男子で家柄もいいもんだから、何かと囃し立てられるのが嫌になったって聞いてるわ。でも、旅がしたいことを理由に家督を弟に継がせてしまうのも相当よねぇ」
「だなあ。風景画が趣味なんだっけか?」
「そうだったかしら」
風景画の良し悪しはあまり分からないが、性分的には気が合いそうだ。自分がコソコソしてるなら、俺達がコソコソしたいことにも理解があるだろう。
一応とりあえずヴァイン亭の近くにいた人にもそれとなくティアン・メグリンドの所在を聞いてみたが、夫妻と似たような反応だった。
一気に聞いてまわると、噂に尾ひれがついてやがて真実にたどり着き、俺がホムンクルスであることがバレる可能性もなくはないので、用事を済ませつつぽちぽち聞いてみようかと思う。あちらさんから来ることは別にいいんだが……事前に捕縛の算段とか「いらぬ計画」を立てられるのは嫌だし。
そういえば女史への手紙にあった「速達」が何を指すのか気になった。
現実の感覚をわざわざ持ち出さなくとも、到着の速い便には違いないと思うのだが、魔法のある世界なので「何で運ぶ」のかがちょっと気になったのだ。
歩いたり、樹に寄りかかったりしつつ、しばらく通行人を観察した後、性格が穏やかそうで、身なりが比較的良い白髪交じりの男性が通りがかったので訊ねてみた。
「あの、すみません。手紙の『速達』というものがどういうものか分かりますか?」
「なんだい坊や。速達は鳥便のことだよ。とても高価で、やっている人も少ないもんだから、身分の高い方や高名な魔導士様くらいしか使わないけどね」
「なるほど……」
鳥ね。籠があったし正しい。でも高価な上に一般流通していないのか。というか、今更なんだが、鳥にそんな役目を負わせられるんだろうか。
「鳥類に行ったことのない土地にやって帰還させるって、相当訓練が必要かと思うのですが、特殊な訓練でもするのでしょうか?」
「……君賢そうだけど、もしかして王都の養成校に通ってる子かい?」
「え? えぇ、まあちょっと研究で……」
ふむ、と男性は感心した顔になって見てくる。
何を養成するのだろう。魔法のある世界だし魔導士とかな気がしなくもないが、普通に考えたら話の流れ的に動物の研究者か?
「私も最初はそう思ったんだが、専用の魔道具を持っている相手のところに鳥が行くだけだそうだよ。訓練は必要らしいけどね。詳しくは知らないのだが、鳥にも魔道具をつけるそうだから、なにか特殊な魔法でも使っているのかもしれないね」
なるほどね。
あれこれとファンタジー作品に触れてきた身としてはとてもそそる話ではあるけど、この世界の魔法にまつわる情報を全然持ってない以上、なんとも推測のしようのない話だ。ただの空想にしかなりそうにない。
有益な情報をありがとうございましたとお礼を言うと銀銅貨を1枚貰ってしまった。学業頑張りなさいということらしかった。
ちなみに遠方になる場合や、行先によれば、
そんな感じで、ティアン・メグリンドにまつわる情報は微妙な感じでつまずいてしまったが、まあゆっくり探そうと思った。まずはこの世界の一般人感覚をつけたいところだ。
2番目の目的である魔法道具屋に向かう。
道中で犬の耳と尻尾を生やした獣人が通りがかったので、歩みを遅くして観察した。
臀部から尻尾が出ている以外、何の変哲もない、村の女性と同じ類の薄い茶色のワンピースを着ている。馬車で見た犬の獣人はぼろ布をまとっていたし、男性だった。
女性の犬の獣人は普通に人間の女性と話し始める。途端に尻尾が左右にふりふりし始める。いいね、いいね! 顔は中東系っぽい感じだった。ううむ、中東系もいい。
魔法道具屋をずいぶん通り過ぎてしまったので戻る。
「
「水魔法と、あと火魔法もあったら嬉しいですね」
「水魔法だったら問題ないね。なにせケプラの魔法屋は王都ルートナデルでも名が知られているほどの水魔導士様がやってるからね。中級以上のものは予約が必要らしいが、初級のものだったら手に入ると思うよ」
うちで予約するか聞かれたが、1週間以上かかるらしいので、ひとまずやめておいた。ケプラ市へは確実に行くことになりそうだ。
何も買わないで出るのもあれなので、初級エーテル(高)を5本、気付けのポーション5本と、軟膏の傷薬、馬車の揺れ用に吐き気止めの粉薬を買った。
気付けのポーションはクライシスにはなかったのだが、寝たくない時に飲んだり、昏倒してしまった人に飲ませたりするらしい。眠眠打破と、気絶回復薬だね。
ヒルデさんは同じ魔導士だし、有力候補の一人だったが、ティアン・メグリンドのことは知らないとのことだ。
「せめてどんな魔法が得意かが分かれば、詳しい人を紹介するんだけどねぇ」
俺も分からないんだよねそれは。人体錬成ができるってしか。でもそれは言うわけにはいかないし……家探しするか。
「父ちゃんがサラバルロンド楽団の人からもらったんだって!」
「そうなの? いいなー」
「嘘だあ!」
「嘘じゃないよ!!」
リコーダーのような縦笛をピープーと必死に吹いている子供を生温かい目で見守りつつ、次はスラムの生活用品の店でコップを見に行く。
桶は水魔法のスクロールが後日ということになったので、大きさ次第ではひとまず先でもいい。
コップは売ってることは知っていたので、すぐに目的は終わった。インの分も合わせて2個だ。
魔法の鞄を活用すれば、予備をもう1,2個持っててもいいのだが、インベントリの収納数にあまり余裕がないのでとりあえず無理な買い物はしない。いつでも買えるしね。
桶は、タライくらいの大きいものしかなかったので、やめといた。代わりに質の良い水色の薄タオルを2枚購入した。
探してみたがやはりフォークの方はなかった。食器売りの人に一応聞いてみたら、メイホーにあるわけないだろ、ケプラにでも行けと嘲笑されてしまった。
ちょうど近くにいたので、魔力あげます屋さんの女性――バーバルさんを訊ねてみる。
「うちは魔力は差しあげますけど、魔法の巻物は売ってませんから……」
でしょうね。ダメ元で聞いてみたけどまあそうですよね。
道中で彼女がどんな魔法を使う魔導士なのか聞けるのなら聞こうと思っていたのだが、感情を喪失するほど疲労の色濃い落ち窪んだ目に見られるとあっさり引っ込んでしまう。
前も思ったけど、本当に今にも死にそうな人だ。
というか、昨日はなかったのに、状態項目に「飢餓」と「衰弱」が加わっている。症状が進んだということか。
インによれば空間魔法の《
近くの樹で一応ちょっと身を隠しつつ、鞄から「モリンガ入りクリームパスタ」を取り出す。料理はもちろん出来立てホカホカの仕様で、フォークも添えてあった。
フォークがこんなところで入手できるとはと驚きつつ、手品師か何かみたいだなと苦笑したりもする。
「これは……?」
「よかったら食べてください。ちょっと体が元気になる食べ物です。お金とかはいらないので」
モリンガは現実でもあるカルシウムまで摂れてしまうインドの万能植物だ。「魔力スープ」も考えたが、魔力屋までしている彼女の魔導士的なプライドを一応尊重してやめておいた。
無闇な乞食救済はあまり褒められたものではないが、今にも死にそうな顔をしている方が悪い。酔っ払って飲んだくれていた方がマシというものだ。一応、いつでも突っぱねられる心の準備はしてあると自分を納得させる。
>称号「慈悲深き人」を獲得しました。
>称号「慈善家」を獲得しました。
訝しむように俺の顔とパスタを見ていたバーバルさんだったが、皿から立ち上る匂いと、この辺りではまずないに違いない女性受け良すぎるパスタの見た目には逆らえなかったのか、受け取ってまもなく口に入れた。
「おいしっ……! なにこれ……!」
ひとまず口に合うようでほっとする。ただ彼女の手が進み、クリームパスタが口に運ばれていくなかで、あれよあれよと顔色を取り戻し、顔がふっくらしていく様は正直引いた。
まだ見ていないが、ポーションや治療魔法並みの効果があるのか……? 「神猪の肉串」のインの喜びっぷりから、「とにかく美味しい料理である」ことは理解していたが……。
状態からも魔力枯渇はそのままのようだが、飢餓と衰弱が消えている。33歳となっているが、童顔めの顔だったようで、普通に20代前半くらいに見えるようになった。
ありがとうございます、とがっついたことに対してか恥ずかしい顔をしているバーバルさんから、あっという間に平らげられたパスタの皿とフォークを受け取り、魔法の鞄に収納する。
あまり無理しないでくださいねとだけ言って立ち上がると、ちょっと待ってくださいと引き留められる。
「魔法の巻物を探しているんですよね!? 火魔法か空間魔法でよければ作って差し上げますよ」
と、そういってくれる彼女は既に作る気満々といった感じだ。
魔法の巻物が作れるのも驚きだが、空間魔法も作れちゃうんだな。
「いいのですか?」
「作れるのはさすがに初級のものですが。あのような王都でも食べられないほど極上のパスタをいただいたんですから。料理として最高峰なのはもちろん、おそらく特上の薬効成分か体力回復系の上級魔法効果かが含まれていますよね? ……何も差し上げられないのでは私はこれから日の目を向いて生きていけません……」
労働者向けアイテムの作り方も、クリームパスタの詳しい作り方も分からなかったので、この点は苦笑して適当に流す他なかった。
「どんな魔法が作れるのですか?」
「空間魔法は《
空間魔法の《収納》は、きっと上位の魔法だろうと思って正直探す予定にはなかったけど、あった方がいいという意味では水魔法や火魔法と同等だ。
《灯り》はなんとなくわかったので効果は聞かなかった。冬には巻物の値段が上がるに違いない。
「空間魔法も火魔法もどちらも探していたところでした」
「まあ、それはよかった! では二つとも作っちゃいましょう!」
と、手を叩いて喜びをあらわにするバーバルさん。本当に元気になったなぁ。別人のようだ。
「いいのですか?」
「はい! 是非作らせてください。たださすがに空間魔法はお一つということに……」
色々理由はあるんだろう。《圧縮》も便利ではあるが。
「では《収納》でお願いできますか?」
「分かりました!」
2つとも2、3日ほどで作れる、さらにはお代もいらないとのことだった。
あまりうますぎる話にはろくなことがないのもある。さすがに今度はこっちが悪いので払おうと提案すると、バーバルさんも代金はいらないと言って突っ張った。別に張り合っているつもりはないんだが、彼女の方は譲る気配はあまりなく、某トリオ芸人のようなやり取りをしばらく。
結局1個分の代金である1万Gを支払うことで決着がついた。
《灯り》はともかく《収納》は安いのではと思ったが、《灯り》は5千G、《収納》は1万5千Gであり、間を取ったらしい。魔法の巻物は高いだろうと思っていたが、想像通りやはり高いようだった。
やっぱり空間魔法は高いんですね、というと、本来は軽く3万Gはくだらないのだとか。ひえっ。というか、インの靴どれだけ高いんだよ……。
「いいんですか?? 3万Gでも俺は構いませんが……」
正直、彼女にお金があるようには思えない。食い扶持がないからこういった仕事をしているんだと思うが……。
「い、いえいえっ! こんなに元気にしてもらってお金を払うなんてほんとならありえませんから」
と、バーバルさんは慌てて両手を振り断ってくる。かなりの恩を感じてくれているようだが……元気にする料金っていうのはどのくらいが相場なんだろうね。
「本当に私としてはお金はいらないんですよ? でも、それだと……納得されないんですよね?」
「納得できないと言うか……あなたの今後、健康面が心配というか」
そう言うと、バーバルさんは一瞬何を言われたのか分からない顔をしたが、すぐに理解したようで、すみませんと苦笑したあと恥ずかしそうに俯いた。
お金ないんですよね、と訊ねると、はいと小さな声で頷いた。なんでこんな状況に陥ったのやら。
「……あ、紹介が遅れましたが、私はバーバル。ただのバーバルです」
既に知ってます。俺も名乗った。
なぜ魔法の巻物を作って売らないのか、訊ねてみる。
「私は空間魔導士ですからね。……あ、火魔法はさほど長けていませんよ? ご存知かと思いますが……空間魔法は利便性が高いものも多い上に、適性者も作れる者も少ないので非常に珍しがられます。買占めはしょっちゅうですね」
移動手段がアナログなこの世界では空間魔法というか、《収納》や《圧縮》はなにかと便利すぎる魔法だろう。大量の武器や兵器を隠して持ち運べるのだからとんでもない戦犯魔法だとも言える。でも売買がされている辺り、既に戦争には用いられていそうか?
「一方で、一部の魔法は国が傾くほどあまりに便利なため、売買禁止にしているところもあります。火魔法の《
《燃焼》か……。発禁措置ね。ひどい放火魔でも出た? いや、話しぶりから察するに空間魔法以上なのでそんなレベルではないか。
「……私たち空間魔導士から言わせれば、一流の魔導士にならないと空間魔法は使い物にならないので禁止にする人たちとの温度差が激しいんですけど。《収納》だってその辺の兵士が使っても、剣一本入れるか入れられないかの瀬戸際ですからね」
他の魔法と同じように、空間魔法でも熟練度は大事らしい。剣1本はいまいちだなぁ。
「目立たない方がいいんですね」
「ですね。その辺は《
奴隷になるとか、なら俺にすら売るのをやめた方がいいのではと思うが、俺の不安を察するように、
「あ、皆生きるために内々でやっていることですから気にしないでもいいですよ。空間魔導士は人の数は少ないですが人脈は太いので常連の買い手やパトロンがつくのも常ですし。私は……空間魔法以外さっぱりなんですけどね。でも、だからこそ有難いですし、恩も返せるしで、一石二鳥です。ようは変な人に売らなければ問題ないんです。私これでも占い師の真似事もしてたので、人を見る目には自信あるんですよ?」
バーバルさんはそう言ってニコリとする。全く喋り疲れた様子はない。
悪用するつもりはないけどさ。なんていうか、バーバルさんはタフな人だと思った。それだけ色々と苦労してきたのだろうとは思うけれども。
マシンガンのように喋るバーバルさんに薬剤師の知り合いを思い出した。オタクっぽいというかなんというか。
一応聞いたが、バーバルさんもティアン・メグリンドのことは知らなかった。一体どこで何をしているのやら。
空間魔法が魔法の中でも貴重すぎ、有用すぎるように、人体錬成も錬金術の中で同じ扱いだというなら……バーバルさんのように路頭に迷ってないといいけど。
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