2-9 おつかいクエスト


 ミュイさんが渋面を見せていた生活品売り場のある道は隔離されているとかは別になく、普通に村人が行き交い、立ち話なんかもしていて、俺の想像していたスラムというほどひどい様相ではなかった。


 確かに出ている店は露店や差しかけ小屋だし、売り子も粗末な服装をしていたりしたが、建物はさっきまでいた本通りらしき道の建物と同じ様式の石造りなのは変わらないし、外観もさほどの違いはない。

 野菜や肉もここには売っているので、メイホー村で暮らすなら嫌がっても仕方ないだろうとミュイさんに思う。外食頼みのサラリーマンみたいに、ヴァイン亭で食事を全てすますなら話は違うだろうけど、それはきっとこの世界でも一般的には資金的に厳しいんじゃないだろうか。


 ただこの通りは道が狭い。ヴァイン亭や武器屋のあった本通りの半分以下の広さだ。

 二階建ても多く、日陰になっていて薄暗い上、洗濯物がヒモを通して道の上を通っていたりもするので、雰囲気だけはスラムっぽいと言えなくもない。道の広さや立地状況でこうも違うのかと思う。


 ちなみに通りにあった売り物は、野菜、果物、肉、編み籠や木の調理道具などの自然派雑貨類、食器や壺、下着類やフード付きマントなどの衣類、ハンカチやぞうきんに麦わら帽子に、あと魔力屋なんていうのもあった。


 魔力屋はひねりも何もなく、「魔力補充します」というサービス内容らしい。


 やっているのがくすんだ色の赤いローブを着たやつれた女性だったので、実際に魔力を回復できるのか、商売としてやっていけてるのか、詐欺ではないのか色々と微妙なところだったが、店主の状態が「魔力枯渇」となっていたので需要はあるらしかった。

 それに説明を聞いている際、「あなた様方には私は必要ないでしょう」と言ってきた辺り、彼女が魔法に縁のある人物なのも分かった。魔法道具屋のヒルデさんのように、彼女もまた俺たちとのレベル差か何かを看破したのだろうと思う。

 でも確かにインとこの人では魔力の供給量は雲泥の差がありそうだ。レベルも80は離れてるからね。とはいえ、情報ウインドウでの彼女の職業は「無職」となっていたので、ちょっと不憫にも思った。


 というか、今にも死にそうだなこの人……。

 ウインドウには33歳とあるけど、声に覇気はないし、目がクマつきでくぼんでいてだいぶ老け込んでいるしで、正直そうは見えない。さすがにシワは老婆ほどじゃないようだし、白髪もないが……魔力が枯渇したら誰でもこうなるんだろうか。年齢的にはまだまだいけるだろうに。


 下着類はミュイさんの言うように微妙な代物だった。

 左右で採寸があっていなかったり、そうではないと思いたかったが中心部が黄ばんでいたりしていたので、ミュイさんの店で買っておいてよかったと心の底から思う。ただ、ぞうきんっぽい布とハンカチはここのでもいっかと思い、買う。


 歯ブラシは普通に見つかった。

 というか、存在自体を懸念していたくらいなので、持ち手が木で作られているという点と、ブラシが黒い点を除いたらまんま歯ブラシだったのはちょっと嬉しかった。

 ブラシ部分が何でできているのか聞いたら、馬や豚の毛らしかった。


「こっちの柔らかいのが馬、硬いのが豚な。お前さんと嬢ちゃんなら柔らかい馬のがいいだろうな」


 店主は俺たちや商売に興味がないとばかりに俺たちのことは一瞥しただけで、馬と豚の歯ブラシを交互に指さしたあと、“自分の作業”に戻った。

 色的に靴ブラシっぽいが、毛は最低限清潔そうだった。一応インに洗ってもらおう……。


 店主はナイフで木彫りの馬らしきものを彫っている。

 彼の態度は店主としてはダメだが、木彫りは正直上手い。彫刻刀ならともかく、彼の持っているのはただのナイフだ。どうやら馬を彫っているらしいのだが、実物と大きさ以外何一つ変わらない。ジャンルが違うがミュイさんの彫ったものとは出来がえらい違う。

 しばらく眺めた後、職人技ですねとついコメントしたら、彼は一瞬俺のことを驚いたように見たあと、口の端を少し緩めた。


「こいつはな、俺が昔乗ってた馬なんだ。死んじまったんだが、いい馬だった。あまり速く走れない馬だってんで期待してなかったんだが、かわいい奴でな。可愛がってたらそのうちどの馬よりも速くなったんだ。俺はこいつより速い馬を知らないよ」


 店主はゆっくりとそう思い出を語った。いかにその馬を可愛がっていたか、分かる話し振りだった。

 馬か。イルカはここは内陸っぽいのでいつになるか分からないが、馬は近いうちに触れるだろう。


 そんな感じで、とりあえず見るものは見たので、おやつ用に買ったりんご含めて買ったものを入れた編み籠を片手に魔法道具屋に向かうことにした。


 インは行きも2本食べたのに、帰りもまた豚肉の串焼きを買って結局4本肉串を平らげた。

 竜ってこんなに肉好きだっけね。確かに普通に美味しかったけど、こんなんじゃ簡単に手懐けられるよ?


「おや、お帰り。美味しそうなリンゴだね」

「いります?」


 リンゴもまた豚肉と同じで普通に美味しい。適度に酸味と甘みがあり、外のスイカのように詰まっている感触の割に、果肉も皮も柔らかい。

 村人の服装や市場の様子がいくらかそれらしい――中世ヨーロッパ的貧相さがあったのからすると、ちょっと意外だ。食べ物に関してはもう少し盛況になっていてもいいんじゃないかって。ヴァイン亭以外の部分でね。


「いや、感想を言ったまでだから気にしないでいいよ」


 母思いな息子くんが物欲しそうに見ていたので、リンゴをあげたら喜ばれる。


「悪いねぇ。ダインはリンゴ好きなんだよ」


 改めて取り置き品を購入し、宿に送れるか訊ねてみたら、ヒルデさんは快諾してくれた。ダイン君が持って行ってくれるらしい。


「そういえばポーション入れとかは持ってないのかい?」

「あ、ないですね。あったりします? 気軽に持ち運びができそうな」

「あるよ。ここの自警団のしかなくて細いのしか差せないけどこれでもいいかい」


 ヒルデさんが出したのは、剣帯のようにベルトに通すことのできる細長い革の小袋だ。中には仕切りがついていて、ポーション瓶を計6本さすことができる。


「大丈夫です。一応二つもらってもいいですか?」

「はいはい。じゃ、包むよ」


 どの道上級ポーションは持ち歩けないしな。仮に持ち運ぶのなら下級ポーションの瓶に入れたらいいだろう。それか別にポーションをささなくてもいい。用途は色々あるだろう。


 荷造りしている途中で買ったポーションなんかを懐にしまったり、腰にぶらさげられもする錬金術師御用達なコートを勧められたがそっちは遠慮した。


「ヴァイン亭行ってきましたけど、良い宿でしたよ」


 そんなことを報告しつつ、ちょっと、いやだいぶ絶望したじゃんねと内心ツッコミを入れる。


「そうだろ? 部屋の方はまあそれなりなんだが、あそこは料理が美味いのと安全面がね」


 そう言って、勘定台の後ろから仕切り板の入った木箱を取り出して、ポーションを入れていくヒルデさん。それなり、ねぇ。


「安全面?」

「そうさ。亭主のヘイアンさんは昔は傭兵業で腕をならした人だそうでね。本人はもう随分前の話だ、現役を引いて肉やら木やらの静物ばかり切っている今は随分なまったなんてって言ってたもんだけど、今でも警備隊長のバリアンさんに勝るとも劣らない実力を持ってるって噂だよ。……剣を持たなくなって警備隊長と同格ってんなら、この平和な村を守るには十分すぎるってもんさ」


 ヒルデさんがそうだろ? とばかりに見てきたので「確かに」と、頷く。

 ヘイアンさんやっぱり有段者というか、強い人なんだね。


「まあ、武器を取れば村で一二を争い、戦術なら一番の人が経営してる宿ってなら、客としては心強いものだろ?」


 まあねえ。戦術方面も長けてるのは頼もしい。人気宿を経営できるわけだ。


 店を出る。錬金術グッズを入れた荷車をゴロゴロと押すダイン君の動きはちょっと頼りない。手伝おうかと訊ねたんだけど、「大丈夫。僕の仕事だから」と突っぱねられてしまった。

 意外と責任感が強いようだったが、母親想いのいい子だ。インがうむうむ母親は大事になと言っている。見た目は完全に子ども2人なのでなんか可笑しかった。

 ……ああ、他の大人からみれば子供3人か。うーん。


 別についていく必要はなかったんだが、もう用事は済んでいたのでインとダイン君と並んでヴァイン亭に戻る。

 荷車の上の木箱ではびん類がしっかり割れないよう仕分けされているが、平らにしてあるだけの黄色い路面は小石とか窪みとかで結構揺れたので、それなりにひやひやした。フラスコは薄い皮で巻かれてあっただけだしね。巻かれているだけマシなのかもなぁ。


 結局何事もなく、無事にヴァイン亭についた。もう日は暮れ始めている。晩御飯にはちょうど良い感じだ。

 宿に入ると、結構人ははけたようだがまだまだ盛況だ。ただ、さきほどの喧騒レベルの様子が嘘のように今は全くうるさくない。ご飯はもう少しあとでもいいかな?


 ヘイアンさんとニーアちゃんが何か話していた。ニーアちゃんは少し怒った様子だ。


「おう、ダイチ君おかえり。ダイン君もおつかれさん」


 そう言って、俺たちを見つけたヘイアンさんはダイン君に丈夫そうなバスケットを一つ手渡した。バスケットの中にはもう一つ小ぶりのバスケットが入っていた。布が数切れ入っている。

 ニーアちゃんもおかえりなさいと声をかけてくれるが、少しそっけない。何かあったか?

 ダイン君は「ありがとー」とヘイアンさんにお礼を言って、バスケットにフラスコをいくらか入れ始める。部屋まで運ぶ用ということらしい。道中は割れないか心配していたものだが、布切れがそうなのだろう、ヘイアンさんもまたその辺を考慮しているようだ。さすが戦略家、気が利いている。


「ねえ、大丈夫だって」

「さっきも言っただろ? 危ないって。俺が行くよ」


 階段を登り始めるダイン君の背中をインと見守っていると、そんな二人のやり取りが始まる。


「何かあったんですか?」

「ああ、すまんね。……いやな、じゃがいもの在庫がなくなってしまってな。いつもは裏に余るくらい置いているんだが、人が取ったのかはぐれゴブリンが取ったのかは知らんが、どうも箱ごとなくなっているようでなあ」


 箱ごとか。事件性ありそうだな。


「私が倉庫から持ってくるって言ってるんだけど、一人じゃダメだって言うんですよー? まだ夕方前だし大丈夫だって。じゃがいもないと困るでしょ?」

「そうは言ってもな……」

「お父さんはまだここから離れられないんだから」

「倉庫は遠いんですか?」


 あまり首をつっこむのアレかもしれないが、訊ねてみた。


「俺の家は村の隅の方にあるんだが、畑はさらに村を出たところにあってな」


 ふんふん?


「ゴブリンくらいへっちゃらだってば!」

「はあ。……何度も言ってるが。ゴブリンどもはお前のような子供が一番弱いことを知ってるんだ。戦えるのか? 剣も大して振るえないだろう? 俺はお前を怪我させたくないんだ。分かるだろ?」

「むうぅ」


 ゴブリンが出るのか。マップを見てみると、確かに村に割と近い場所に赤丸があるが……畑から距離のある場所に1つ赤丸があるだけだ。ヘイアンさん少し心配性か?


 また質問するのは少し首を突っ込みすぎになるか。あまり世間知らずでいくのもなぁ。

 インに念話を頼むと耳打ちして、念話をしてもらう。


『なんだ?』


 ――なんでヘイアンさんはここまで畑に行かせたがらないのか分かる? 村の外と行っても、少し離れてるだけだろ?


『結界がないからだろうの』


 ――結界? 結界なんて貼ってるの?


『うむ。私を始めとする七竜は守護する都市に結界を貼るのだ。まあ、堕落の要因となるし何でもかんでも防げる代物ではないんだが、メイホーの場合は柵の内側だな。奴の畑は含まんのだろう』


 すごいな。伊達に信仰されてないってわけか。


『結界のない小さな農場主なんかはな、用心棒を雇ったり人力で頑張っておる。……魔物のいなかった国にいたお主にはわからんだろうが、奴の言うようにゴブリンは子供が自分より脆弱であることを知っておってな。子供が一人でいると分かれば奇襲してくるのも珍しいことではない』


 ――なるほど。


 あとで聞いたんだが、農場主の「人力」とは田舎ならカカシや匂い袋の類、少し腰を据えるなら守狼もりおおかみ――ようは羊飼いの犬の飼い慣らした狼バージョンらしい――や魔物除けのお札や魔法の罠、街を支えるほどの大規模農場なら魔法道具による小規模結界や腕に自信のある傭兵団やオークなどの番人を雇ったりしているらしい。


 じゃ、おつかいクエストでもやりますかね。すぐそこだって言うし。まさかゴブリンがインより強いってことはないだろう。


『おつかいクエスト?』


 まだ念話は続いていたらしい。手伝いのことだよ、と伝える。


「よければついていきますよ。ちょうど買い物が終わって暇しているところですし」

「え! いいんですか?」

「おいニーア。ダイチくんは客だぞ……」

「お父さんはダイチさんには実力があるって言ってたじゃない」

「言ったか?」

「言ったようなものじゃない!」


 ヘイアンさんはとぼけたが、通じなかったものらしい。ニーアちゃん結構頑固だ。甘やかされて育ったからか、ヘイアンさんが強いからか。この分だと、このまま突っぱねてたらしばらくヘソ曲げてたかもね。


 行きましょ行きましょと、ニーアちゃんに腕をぐいぐい引っ張られていく。店を出ていく間際、ヘイアンさんが申し訳なさそうな目線を送ってきているのが分かった。

 なかなか溺愛してるんだなあと思いつつ、歯ブラシとかリンゴとかを入れた籠をカウンターに置いたままにしてしまったことに気づいたが、まあ取っておいてくれるだろう。仮に盗まれたとしても、また買えばいいし。


 畑までの道すがら、


「そういえば二人はどこから来たんですか?」


 と、いきなり痛いところをついてくるさきほどまでぷりぷりしてた元気娘。

 とりあえずこれまで村人たちとした会話で一番よく出てきていたケプラ市だと答えてみると、「そうですよねえ」と簡単に納得してくれて安心する。

 ティアン・メグリンドの小屋の方はインや飛竜たちの棲み処に近いし、ちょっとね。


 ――お、ニーアちゃんついに若旦那かい? と陽気に話しかけてくる農夫の男性に、ニーアちゃんは違いますよおと陽気な口調で返答する。かれこれ3人目だ。


 ニーアちゃんはアプデされた情報ウインドウで15歳と出ている。


 リアルでは小学六年生でも彼氏持ちとかいう話を聞いて驚いたものだが、一般的には盛んなのはこの歳ぐらいからだ。

 いや、一応薄命の中世だし、もう結婚の話になるのか? ずっと親子の気分だったけど、15歳と29歳ってそういやギリギリ親子にならないのか。といっても、この子の場合は恋愛経験なんてまっさらな気もする。


「人気者だねぇ」

「うちのヴァイン亭は有名ですから! ベルマー様の領内一って言う人もいるくらいで、この辺のみんなは一度は食べに来てるから私の顔みんなに知られちゃってて」


 てへへと自慢げな顔を見せてきたあと、そういえば二人はあまり似てませんよね、ともう一発痛いところをついてくるニーアちゃん。

 インが念話で『腹違いとでも言っとけ』と、当初のまんざらではなかった親顔とは裏腹に、ちょっと投げ槍というかお冠だ。そんな態度してるからニーアちゃんも話しかけづらいんじゃないの?


 木刀で打ち合う音が聞こえていた警備兵たちの詰め所を過ぎると、道の周りには家がなくなり、石塀と草木ばかりになってくる。

 ガンリルさんの馬車で入ってきた村の入り口とは反対側に向かっているのだが、マップによればぼちぼち村の端っこだ。

 木にもたれかかって暇そうにしている警備兵のいる村の北の入り口を手前に、俺たちは西に折れて小道に入る。俺たちに気付いた警備兵がニーアちゃーんと声を張りながら駆けてきた。ニーアちゃんがはーいと伸びやかに返す。


 畑に行くことをニーアちゃんが告げると、「俺もついていくよ」と警備兵。

 そういや、警備兵についてきてもらえばよかったじゃないか。ヘイアンさん腕利きだったようだし、ここの警備兵もしかして信頼ないのか?


「大丈夫ですよお。この人はうちのお父さんが認めた人なんだから!」


 別に認められてないぞ?


 警備兵は訝しむ顔で俺たちを見てくる。名前を聞かれたので答えると、彼は口を尖らせながら俺をじろじろと検分し、何度か頷いた。


「俺にはよく分からんが……ヘイアンの旦那が言うなら確かなんだろうな」


 分からんのかい。ヘイアンさん信頼あるなぁ。


「危なくなったらすぐに村に戻ってくるように」

「はーい」

「一応君らにも言っておくよ。ここのゴブリンは他のとこに比べたら弱いもんだが、文官くらいは殴り倒してくる。気をつけてくれな」

「分かりました。ありがとうございます」

「お、おう」


 なぜか恥ずかしがったようだが、今日の店のメニューを聞いて警備兵はまた持ち場に戻った。


 マップでは赤いマークが点々とちらついている。といっても、平原で4つほどうろうろしているだけだ。3つはかなり遠くにあり、1個だけ近いところにマークがあるが、寝てるのか知らないがまるで動かない。


 ニーアちゃんによればこの辺りで主に出るのは、狼、はぐれ狼、ゴブリン、はぐれゴブリンの4種類らしい。

 はぐれ狼とはぐれゴブリンはすぐに逃げるらしく、一番警戒すべきなのは群れの狼と徒党を組んだゴブリンなのだとか。

 といっても、頑張れば警備兵でない村人たちでも対処できるほどだとのこと。

 村人が対処できるとか警備兵は割と暇なのか訊ねてみると、警備兵は警備兵で他にも仕事があり、稀に狼が魔力を帯びた魔狼という魔物や普通のゴブリンよりも凶暴なエリートゴブリンなどが出現するのでその対処や、近くの道で山賊の被害にあった人を救出したりするらしい。


 山賊そのものをどうにかするのは基本的にメイホー村の警備兵がするのではなく、ケプラの騎士団の役割とのことだ。

 ケプラ騎士団はケプラに駐在している。時々は指導しにくるそうだが、基本的にメイホーにはいない。

 もし山賊が襲ってきたらどうするのか訊ねてみると、「もちろん警備兵の人たちが戦いますけど、襲ってきてもうちの村は何もありませんよ~」と実に呑気な返答が返ってくる。平和な証拠だが、自分の父親が村の猛者であることも手伝っているんだろうね。


「あ、ここがうちの畑です! 広いでしょ~~。じゃがいもとパプリカとキャベツ、あと隅の方にヒマワリがありますよ。で、あの家がうちの倉庫ですね」


 村に沿うように横に広がった畑はテニスコート4個分くらいあるだろうか? 結構広い。転生前はなかなかまともに畑を見る機会なかったなと思う。

 畑のところどころでカカシのようなものが立っている。カカシは木製の剣と木の盾を持っている。ちょっと微笑ましく思ったが、少々鼻につく臭いが香ってきた。臭い袋もあるようだ。


 突然、動いていなかった赤いマークの一つから細い点線と矢印がマップ上に表示される。


 と同時に現実世界の方でも、レーザーポインターのような赤く細い線が放物線を描いて一瞬俺に当たったかと思うと、ニーアちゃんの肩に行って止まり、ポインターが消える。

 赤い線の発信場所を見ようとすると、早くも何かがかつてあった赤い線の通りに放物線を上げてニーアちゃんに向けて飛んできていた。スローモーションにはならない。


 俺は慌ててニーアちゃんの方に駆け寄った。


「きゃっ! ……え? なに??」


 ちょっとスピードを出しすぎてニーアちゃんにぶつかりそうになった。手を掲げる。


>スキル「疾走」を習得しました。

>スキル「瞬歩」を習得しました。

>スキル「警戒動作」を習得しました。

>スキル「遠距離警戒」を習得しました。


 もうすぐで着弾するというところでようやくスローモーションになった。今回スローモーションの展開遅かったな……。やがて飛んできていた矢が俺の手のなかにすっぽり収まった。


 矢を見て、慌てる必要もなかったなと思う。なぜなら矢尻の石はおにぎりのように丸みを帯びていて、殺傷力なんて皆無だったからだ。

 でも飛び道具の鈍器として、頭に命中したらちょっとまずかったかもしれない。ポインターは肩だったようだが、突風などで場所が変わる可能性もあるだろう。


 てかスキル獲得多っ。


「え。矢……? なんで……?」

「はぐれゴブリンだの。まさかあの距離から射って当ててくるとは思わなんだ。偶然だろうがなかなかの腕だのう。まあこれだと当たっても打撲くらいだろうが」


 戸惑っているニーアちゃんに、インが手の中の矢を見てのんきにそう評価する。いやいや、当たったらそれなりに事だと思うけど……。


 飛んできた方に改めて目をやると、人影が引っ込んだ。射ってきたゴブリンがいた辺りは少し地面が盛り上がって軽く丘になっていたようだったが、距離は100mは普通にありそうだ。インの言うように、よく当てたなと思う。


>スキル「遠視」を習得しました。


「え、助けてくれたんですか!? すごいです!!! え、すごい!!」


 あまりよく分かってない気もするが興奮したニーアちゃんが手を握ってきて、俺の腕を勢いよく上下させる。持ってた矢が落ちた。ちょっと落ち着いて。


>称号「アイアムアヒーロー」を獲得しました。


 ちなみにインも風魔法の準備をしていて、突風を吹かせるつもりだったらしい。スマートだ。俺もそっちの方ができるようになりたいよ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る