2-6 何もない部屋とハインの弓
トイレと水浴び場を見た後、俺たちは店主の娘のニーアちゃんに部屋を案内してもらった。
「じゃあ、何か用があれば呼んでくださいね~!」
無邪気な笑みを浮かべるニーアちゃんにやるせなく手をひらひらと振って見送る。
今日初めて会うあの子には分からないかもしれないけど、俺はだいぶ気の抜けた表情を浮かべていたと思う。
せっかく親切に案内してもらったのでと、宿代の釣銭の銅貨をあげてみたらニーアちゃんにすごく喜ばれた。ヘイアンさんの娘に対するその辺の愛情の如何がまだ分からないので彼の前では控えてほしいと思いもするところだけど、彼女が体を押しつけてきて喜びを態度で表してきたことしか案内の印象はない。
つまり、案内で獲得した「良いもの」がそれしかなかった。
どういうことかというとだ……。
まず、俺達の泊まることになった部屋だが、ベッドと壁に面して置かれた鏡のないテーブルとイスがあった。テーブルの下には細長い箱と小さな壺がある。
部屋にあるのはそれだけだった。イスもしっかり一脚だ。窓は“縦長の線”が二本でガラス窓もない。
ニーアちゃんが喋っていなかったら、俺はあまりに素朴すぎる光景にぽかんと口を開け続けていたと思う。
俺は宿泊しにきたのであって、別に刑務所に入れられたわけでもなければ修行僧になりにきたわけじゃないよ?
カーテン、照明、洗面道具、エトセトラ。部屋にはとにかく簡素で殺風景だった。
ベッドもダブルに近い大きさなので、部屋は妙にだだっ広く見えた。何人部屋かと特に何も聞かれなかったし、聞かなかったのも悪いんだが、二人部屋だと何か変わっただろうか? 変わってないに一票だ。
妹扱いだし、金銭面で気遣われたかもしれないしで、別にインと同室であることに抵抗感はないけど、もし部屋の案内が最初にされて現実に打ちのめされていなかったら、二人部屋がないか聞いてみたかもしれない。
上着はどうするのかって?
テーブルの下の箱――「チェスト」に入れるらしい。クローゼットないらしいよ?
椅子は背がないのでかけられない。ティアン・メグリンドは裕福だったようだが、小屋にあったポールハンガーがあればと思った。
もう一度言うけど、チェストと壺以外では、部屋には困ったことにベッドとテーブルとイス一脚しかない。
俺は近頃はテレビはあまり見ていない性質だったからテレビがないのはいいし、電話がないのも2階建てなので別にいいんだけど、ここには小さな冷蔵庫もなく、鏡もなく、備え付きのパジャマもなければ、エアコンも当然ない。そしてトイレやシャワーはおろか洗面所すらないので、部屋は仕切りがなく本当の意味で一室だ。つい探してしまったが、コンセントももちろんない。
宿泊が一番の目的なんだから当然ではあるんだけど、ここで何をするのか? そんな感想を抱いてしまう素朴も素朴すぎる木造の部屋だ。
ちなみに灯りは夜になったら貸してくれるそうだ。
何を? 「蝋燭と燭台」を、だ……。
いつの時代だよとツッコんで、そういう世界だったと頭を抱えたくなって、内心でため息をついたのは言うまでもない。魔法はあるんだけどなぁ……。
ちなみになぜ部屋に燭台を置いとかないのかというと、盗まれるからだそうだ。この部屋には「鍵」もないからね。
ニーアちゃんは盗まれたことなんてないんですけどね、お父さん心配性なんですよと可愛らしくくすくす笑っていたが、そういう問題じゃないんだよな……。
次にというか、始めに紹介されたのが、1階にある共用トイレだ。
トイレはいわゆるぼっとん便所だった。小さい頃に一時期暮らした家がぼっとん便所だったのでそれ自体は驚かなかった。でもトイレットペーパーが藁束だったのは笑いそうになった。紙、普及してないらしいよ? 本はあるので、紙は生活用品ではないということらしい。
水浴び場も「井戸から桶で水を汲み、体を流す」というものだ。風呂ですらないし、お湯も当然出ないだろう。
俺は井戸の横に、すのこの足場と風呂椅子と桶と細い網に入った石鹸が二つずつ置かれている水浴び場を見て、古代ローマの風呂事情を題材にした某マンガを思い浮かべた。
ここは水浴び場であって、風呂ではない。風呂とは? 水浴び場とは風呂ではないのか? いやいや、世の中には滝っていう天然のシャワーがある。
外面は保てていたように思うが、俺は内心は結構錯乱してた。
夜に急にトイレに行きたくなったらどうするのかというと、下に降りて用を足すか、チェストと同じくテーブルの隅に隠れるように置いてあった「壺」にするか、らしい。壺は口がよがんでいた。用途がトイレなら安物なんだろう。売り物ですらないかもしれない。
オンゲ廃人の中には、PCから離れるのを惜しんで尿便代わりのペットボトルに致す人がいるらしいことは知ってるけどさ。絶対しないよ。絶対に。
こんな感じで、部屋案内は絶望しかなかった。
頭のどこかでそうかもしれないと考えてはいた。でも、仮にもゲーム要素のある世界だし、魔法のある世界だし、もう少しマシだとは思っていた。なぜこんなに文明が低いのか……。
実際に訪れてここで生活してくれと言われてみて改めてショッキングだった。高校生くらいの女の子に満足気に案内されたからなおさらショックというか。
「これがうちの自慢の宿です!」って笑顔で。
相手15歳で、純真無垢っぽい性格の女の子だからね。質問する気もなくなるってもんだよ。
「あの娘は番候補か? ずいぶん喜んどったが」
ニーアちゃんが去ってベッドでぼけっと天井を仰いでいる俺に、インが至って真面目にそんなことを訊ねてくる。ちなみにベッドはそれなりだ。木造のフレームがあり、マットレスもある、ちゃんとベッドだった。
番といえば番だろう。動物的表現にツッコミする気も起きない。第一若すぎるよ。肉体的にも精神的にも。
「いいや? 案内してくれてありがとうって小銭をあげたんだけど、それで喜んだだけだよ」
これからお世話になる子だし、環境的にはヨーロッパだろうから一応チップ代わりというか、そういうものを意識したのだったが、あの喜びっぷりを見るとあげる人は少ないのかもしれない。
「ふむ。そうか! ちとあの娘は元気すぎるからの」
元気な子は好きだよ? ちょっとタイミング悪かっただけで。
しかし番……番ねぇ。母親になりたいお年頃の竜のようだし、今のインはさしずめ息子の嫁を見定める母親の心境なのだろうか。
俺、この世界で結婚すんの?? ほーん……。家族の分の一生分の養育費すらありそうだから嫁さん探し苦労しないかもなぁ……。
「なんだ、その腑抜けた顔は! なんか話してみい。気が楽になるぞ」
気が楽になる、ねぇ。
……ってそういやそうか。インは俺が転生したって知ってるんだったな。ダメだね、周りの人が全て転生した人じゃないもんだから抱え込んじゃうよ。
俺は身を投げていたベッドからけだるく体を起こした。
「いやさ、俺の生きてた世界って、ここよりだいぶ文明が発達してた世界だったんだよ」
「ふむ? 言っておったな」
「宿はもちろんあってさ、部屋にはトイレと風呂場――個人の水浴び場のことね。お湯も出るんだ。決して外に出て井戸水の水は使わないよ――があって、世界の情報や面白い番組……いや、物語を映像で見れる箱があって、果物や飲み物を絶えず冷やす箱があって、部屋の灯りもボタン一つでつくんだ。電気とか振動とか電波とか使って地球の反対側の人ともすぐに会話することができるよ。……別に俺のいた世界ほど便利にしたいとは思わないけどさ、最低限の生活をするにしても何から手を付ければいいやらってそんな気持ちになっちゃってさ」
「ほお。なるほどの。それほど便利な世界から不便な、……ああ、原始的とでもいうべきか? まあ、不便な世界に来てしまったのなら、確かに腑抜けにもなるのだろうな」
その通り。
「しかし何度聞いても楽園のような世界だの」
何度聞いても? 言ったっけ俺。
確かに小屋から降りるときに、チャーハンとかハンバーグとか、牛や豚が美味いだとかの話はしたけど、家電とかネットとか、文明機器に関してはさほど触れてない。
「他は知らんが、果物や飲み物を冷気で冷やす箱ならあるぞ。高いし手間もかかるしで普及はしとらんがの」
「え? 冷蔵庫ってやつだよ?」
「クーラーボックスという名前だったかの。別の転生者が考案した魔法道具だの」
冷蔵庫だよそれ! いや、厳密に言えば違うんだけど……。
クーラーボックスか。保冷剤ってどうやって作るんだろう。……ファンタジー的には氷系の魔法と、魔法効果を永続的に維持できる仕組みさえあればひとまず作れそうか?
……てか、別の転生者?
「他に転生者いるのか」
「言わんかったかの? 転生者はほかにもいるぞ。まあみながみな揃って優秀というわけではないようだが、奇抜な発明の類はよく転生者が絡んでおったの」
言ってはなかったと思うけど……いや、そういえば「転生者か?」って聞いてきたな。あのあとすぐに鬱っぽくなって寝てしまったからなぁ。
……にしてもいるんだ。この世界のどこかに。俺と同じ境遇の人が。
「ちょっとは元気が出たようだの?」
そんなに顔に出てたかな?
「元気がなかったわけじゃないよ?」
「そういうことにしておこうかの」
そうか。いるのか。よし! じゃあ俺も頑張らないとな。
「よし、じゃあイン、早速服でも見に行こう!」
インは質問もろくにせずに立ち上がった俺に、生温かい視線を送ってくる。
それから、「私は腹が減ったよ」と恥ずかしそうに言った。
◇
少し冷静になった。
インが神猪の肉串にがっついている間に、これからすることを少し脳内整理しよう。
しかし……リアルの俺よりだいぶ猪突猛進気味だ。俺は石橋を叩いて渡るタイプだったのに。
生まれたばかりで精神的弱者でもあるホムンクルスの影響でというよりは、単に若返ってることが影響しているような気もするが、仕事でストレス抱えて子供の頃と比べて少し短気になっていた大人の俺の影響でおつむがあるだけしょうもない子供になっただけな気もする。
ある意味で興味深いよ。本当に。こんなレアな経験もない。
ちなみに転生者たちは多くどこの国にも所属せず、隠れて暮らしているらしい。
ちょっと話を聞いてみたんだが、……場所は「詳しくは知らん」の一言。容姿や国籍なども同じく「すまんが知らん」だった。
なんとか大砂漠の上空に住まいを構えているとか、大陸の端っこの山間に集落があるとか、インの知るところではそうしたお伽話めいた情報しか知らないらしい。
これでは転生者の存在すら危ういというものだ。最後に聞いた転生者の情報は80年くらい前とか言う始末だったからな。
魔道具もとい文明器具を発明していることに関してもインは実際に現物を見たわけでなく、噂で聞いている情報にすぎないとのこと。
さらにクーラーボックスの話も、転生者自身の情報と似たようなもので、100年前に聞いたっきりとくる。
転生者という名の同郷の存在に浮足立っていたが、インのあまりに乏しいというか「何か」が致命的に欠けた情報網には、正直冷や水を浴びせかけられた気分だった。これならまだティアン・メグリンドの小屋を捜索して、錬金術のことやこの世界の下地を学ぶ方がいくらかマシだろう。
まあ……いくら信仰の対象になっているほどの大物とはいえ、知らないことだってあるだろう。たった一人の情報で全てを決めつけるのは早すぎるとして。というか、人の姿をしているが竜だし。インの物言いに関してはあまり人の尺度で考えない方がいいのかもしれない。
ともかく、出発前に頭にブレーキがかかったのはよかったとは思う。
1.服を買う
2.下着や歯ブラシ、タオルなどの日用品を探す
3.魔法道具屋に寄って購入品を持ち帰る
とりあえず今日の残すところのざっくりとした予定はこんなものだ。絶望した甲斐あって(?)、少し具体性を帯びた。
魔法道具屋のヒルデさんには、購入した品を宿に届けてくれるかも聞く。
インの収納魔法に物を入れればすむ話ではあるんだけど、この世界のことというか村のことを色々と知るためにと、村の人との円滑な交流のためにできるだけ頼らない方向でいきたい。魔法の鞄も同様に。
村で収納魔法や魔法の鞄のような魔道具をほいほい使っているようなら話は別だったんだけど、そうじゃないようだったしね。無闇に目立たないようにももちろんある。
歯ブラシなんかのアメニティ品は、タオルも借りられたし、ヘイアンさんやニーアちゃんに聞けばもしかしたら購入できるかもしれない。
あれこれ考えてる俺をよそに、インは両手に持った神猪の肉串を一口かじるたびに、「ん~~!」とか「うまいのう」とか、幸せ絶頂な声をあげている。
呑気なものだが、俺もあんなに絶賛できるくらいの料理を味わってみたいところだ。狼肉どうなんだろうな。
肉汁がインのワンピースについている。インが肉にかぶりつくと、肉からぽたりと肉汁がまた落ちそうになる。
「あー肉汁で汚さないで。借り物なんだからそれ」
「おーすまんすまん」
新しい服買わなきゃな。洗剤とかないだろうけど、一応洗濯もどうしてるのか聞くか。はあ……。聞きたいことが多すぎて困るよ。
それにしても、あの細くてちっちゃな体のどこにあのバカでかい肉が入っていくのやら。フードファイターのギャルの人を思い出すよ。
>称号「銀竜の父親」を獲得しました。
>スキル「洞察力」を習得しました。
母親に友に父親に何役こなすんだろうな俺。
てか、《洞察力》か……。説明欄を見たら「人物の人となりや物事を深く見通すことができる」と書いてあった。
無難すぎる文章はさておき、意外とスキルポイントを振れるらしかったので、有用そうだからLV10にしといた。
《洞察力》をLV10にした途端、閉じていたインの情報ウインドウが強制的に出てきた。
なんだと思ったら下の方に「状態:健康」の文字が追加され、表示項目が刷新されていた。
< 銀竜(人化)LV105 >
種族:竜族 性別:メス
年齢:1210 職業:七竜
状態:健康
上のような表記になっている。年齢すげーな……。インのことをつい見てしまうが、どう見ても1210歳には見えない。いまさらだけど“俺の洞察力”じゃないね、これは。
それにしてもどうやら情報ウインドウは他のスキルの影響を受けるらしい。アプデ仕様か。
情報量が増えるのはありがたいので、スキルをざっと見てみるものの、もうほとんど振っていて、めぼしいのは《魔力感知》くらいしかない。
《魔力感知》は文章では「外部からの魔法効果を感知することができる」とある。こちらもスキルポイントを振れたのでLV10にしてみるが、情報ウインドウに特に変化はなかった。まあ、そうよね。
そういえば魔法の鞄のインベントリはアイテム数が多くてまだ全部は把握しきれていないので、ちょっと確認することにする。
自分の持ち物ではあるんだけど、長年放置していたキャラもあったしね。クライシスを遊んでいた時と今では状況が全く違うので、何か有用なものも見つかるかもしれない。
上に移動させた空欄の50枠の次に出てくるインベントリの内容は、メインキャラのアーチャーが持っていたものだ。
PVP用の装備やら、PVP用の各消費アイテムやら。そして労働者用のアイテムなどが続いている。
PVP用の装備に関しては、「俺がこっちに来る直前にキャラが装備していた分」はインベントリ内にないようで、戦況や状況によって切り替えるサブ装備しかない。
幸いなのかは分からないが、俺はよく斥候役をしていて、PVP戦の序盤は移動速度と回避力を爆上げする弓を装備しているのが常だったので、メイン装備だった弓はあるけども。
俺は今、アーチャーでもなんでもないけど……装備は実際に装備できるんだろうか? 俺が今持ってるのは至って普通の短剣だし、使えるのなら頼もしい限りだけど。
外見も気になるし。ふむ。出してみるか――
「――ちょ、ちょっと待て!! ダイチ!! そんな恐ろしいものをどうするつもりだ!!」
突如インが血相を変えてそんな叫び声をあげた。手に持っていた大好きな肉串を床に放り出して、部屋の壁にくっついて、必死さがやばい。
「なにって……え? 弓?」
俺が持ってるのはアルティメット級アイテムの「ハインの弓」という武器だ。
クライシスのPVP戦で愛用していた武器で、俺以上に強かった人も主力武器として扱っていた現行最高峰のアーチャー用武器とされていた装備品だ。
ハインの弓はアイコンのグラフィックのままに、堅くて太い薄緑の植物の枝がツル植物のように弓に纏わり付いている。
枝は感触的に植物ではないのだが、少し弾力性はあり、頑強だ。グリップ部分の弓束は輝きを含んだ合成樹脂のような銀色の物質で覆われ、その上には黒曜石のような黒い物質で緻密かつ芸術的な意匠が形成されている。
弦はインの放った光の矢のように黄色く輝く光の線で張られ、そしてこの弓はめちゃくちゃ軽い。
まさにリアルファンタジー武器だ。
ただ、残念なことに、「装備不可」と情報ウインドウには出ている上、エンチャントした効果により弓全体が淡い紫色にゆっくりと明滅しているので、持ち歩くにしても目立ちすぎて無理だろう。
ちなみに俺のハインの弓は、エンチャントを8割方終えているので、売ると簡単に兆が手に入る。
8割とは言っても、ここからさらにエンチャントを完全に終わらせるためには、下手したらさらに兆が飛ぶ。エンチャントが完璧に終わったハインの弓は20兆はくだらない。
で、そんなハインの弓にインがめちゃくちゃ反応している。恐ろしいとまで。
ゲーム内通貨はもとよりリアルマネーも時間もだいぶかけて愛用していた弓だ。この弓を人に見せるとさすがですね的なコメントを時々もらって誇らしかったので、少々複雑な気持ちになる。
にしてもどこにそんな血相を変える要素が? と、弓を裏返してみる。インが「ひっ」と声を出す。そこまでか……。矢は出してないから意味ないよ?
それにしても魅入ってしまうほどにリアルなファンタジー弓であるという印象しかない。
紫色に光っているのはともかく、全身真っ黒で血のように赤い線が通っている禍々しい剣やドクロや怨霊の意匠が何個もついた斧なんかもある中で、ハインというエルフが作ったというハインの弓は見た目もだいぶ穏やかな方だ。
あまり出していても悪いのでしまおうとしたところ、武器屋の武器とは違ってクライシス産のアイテムなためしっかり表示されているハインの弓の情報ウインドウに掲載されているとある
-竜族に+200%の追加ダメージを与える。
インが怖がってるのはこれか? これだろうな……。
ぶっちゃけこの効果がなくとも、100竜はLV500以上のプレイヤーから攻撃されたら10秒も持たないんだけども。
あ、今の俺はLV280か。それでも問題ないだろう。
それにしても武器防具の付与効果はこの世界でも効果ありか。有用なものがありそうだ。
インベントリにしまおうと思って、明らかに物理的に鞄に入らないことに気づく。「ハインの弓 しまう」と念じると消えるハインの弓。便利だ。慣れないけど。
インが盛大に安堵の息をついたかと思うと、見たこともないような形相でズカズカと詰め寄ってくる。
「ダイチ……そんな恐ろしいものをなんで持っている……同じく竜特攻効果を持つイルヤンカシュの武器など可愛いもんに見えるぞ……その竜殺しの弓で射ようものなら、私は一瞬で吹き飛ぶ代物だぞ!?!?」
え、そんなに? いやでも、そんなに怒らなくても……。マジ怖いよ。
「ごめんって。ね? もう出さないからさ。どっちにしてもあの弓は今の俺じゃ使うことができないから安心してよ。だ、第一お母さんのインに攻撃するわけないじゃんか」
“お母さん”でヨイショしとこう……。
座れというので、言われるままに床に座る。するとインが両頬を軽くつねってくる。はへへふへ~(やめてくれ~)。
「……ふん、まあよいわ。旅路で浮かれていて忘れておったが、お主は私をいともたやすく嬲れるほど規格外の存在だったの」
俺はインにとって規格外な存在でいるより、普通に旅の随伴人でありたいよ。
インからしてみれば自分を殺せる弓だし、猛烈に尾を引きそうな気がしたので、もう一度謝って、ダメ押しに抱きしめてみる。この部屋も絶望だったが、インがいなくなったら俺は本当の意味で途方に暮れてしまう。
しばらくして二度と出すでないぞと言うので頷くと、もう怒っておらんからとインは離れた。その言葉通りに怒りが収まった様子の随伴人に俺は安堵した。
「で、なんであんなものを出したのだ?」
インが肉串を拾いながら訊ねてくる。さっきよりはだいぶ挙動が控えめだが、食べ始めた。3秒ルール……。
「説明するのが難しいんだけど、この世界でも俺の持ってる武器が扱えるか、確認してみたかったんだよ。あと外見とか」
「ふん。武器なんぞなくてもお主は強かろうに。今度から出すなら、竜殺し効果のないものにしてくれ。竜殺し効果もピンキリなはずだが、ダイチの物差しでは正直信用ならん」
インが軽く睨んでくる。ごめんって。
実は手持ちに「ゴールドダガー」というユニーク武器の短剣がある。ゲーム内での売れ残り品だ。
装備LVも105で、常用の短剣にしてもいいかなと頭の隅で考えていたのだが、この剣にも「竜族+30%」の効果がこっそりついている。
二本の武器の死蔵が決定した。ゴミ武器扱いされているゴールドダガーはともかく、ハインの弓は正直惜しい……。俺の血と金の努力の日々…………。
「つい部下に救出の念話を送ってしまったわ」
「え? 救出って……もしかして竜の姿で来ない?」
「分からん。……ん、飛竜の姿のようだの」
メイホー村が騒然とするのを想像した俺は急いでその指示を却下してもらった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます