2-4 メイホー村 (2) - ゴブリンと武器屋


「ダイチよ……私は確かにお主を見ているのが楽しいと言ったがの。だからといって毎回のように見せてくれと頼んだわけでもないからの?」


 だってさ! ゴブリンが! 人間に! 説教してるんだよ?


 俺はインのため息交じりの言葉もそこそこに、ヘイアンさんの宿に行く道中で人目を憚らずに行われていたある一場面――馬車で運ばれていたときに見かけたモノクルをかけたゴブリンが、警備兵の一人にここぞとばかりに説教している場面に目が離せないでいた。


「ゴブリンは確かに知能が低く、人族からもこき使われるような存在だが。まあ……たまにああいいった抜きんでた者もおる。さほど珍しいもんでもない」


 そんなことを言われても、俺はこの世界に来て間もない。


 醜悪な容姿、下卑た言動、そして弱いという、最悪な要素が三拍子揃っているのが、ファンタジー作品におけるゴブリンの基本だ。


 ところがどっこい!


 あの演説者は、魔物としての強さこそ低級かもしれないが、そんな忌避されるゴブリンの要素はほとんどない。

 耳は長く横に伸び、肌もわさびのような緑で、眉毛はなく、目はくりりとしていて、鼻はさほど高いわけではない。眉毛がないし、肌は緑だしで人によっては不気味に映るかもしれないが、汚らしい要素は顔立ちには特になく、肌はすべすべしているようだし、時々覗く歯は真っ白で綺麗なものだし、全然見れるゴブリンだ。


 着ている服も豪華だ。この村ではあまり見ない清潔そうな真っ白いシャツに、黒いベストを羽織っている。ベストにはゴシック模様に似た幾何学的な細かい意匠の刺繍が施されていて、胸元にはバッジが数個、彼が何かの名誉ある職、ヒエラルキーの上位の存在であることを燦然と示している。紺のハンチング帽のような帽子も、タータンチェックっぽく縦線横線が入っていて、オシャレだ。


 クライシスでもゴブリンはいて、最弱の敵としてか、あるいは労働者として人間ならびに亜人社会を担う存在だったが、鷲鼻で姿勢が悪く、言葉もたどたどしいというスタンダードなタイプのゴブリンだったし、商人のゴブリンはいたが、彼ほどの権力を持ったゴブリンなんていなかった。服装だってここまでのものじゃない。


 俺があんなに身綺麗で、言葉も流暢で、さらには地位もあるゴブリンを珍しがったって仕方がないのだ。


「――いいですか? あなた、今年でいくつになりました? 35歳と聞いていますよ。物心ついたお子さんもいるのでしょう? お昼時からべろんべろんに酔ってろくに仕事もしないで。奥さんと警備長の方から文句がきていますよ。第一そんなお父さんを見ていたらお子さんがどう思うと思います? お子さんには仲の良い友達がきっといるのでしょう。仲の良い友達との話ではときどきご両親の話になるでしょう。うちのお父さんは昼から人さまに迷惑をかけるほど酔っぱらって仕事もろくにしないんだ。なんて言えるわけがないでしょう? そうしてお子さんはひねくれてしまい、あなたを見て育ったがためにあなたと同じように昼から酔っ払い、仕事をさぼるような人間になってしまうのです」


 ふわっ、なんて惚れ惚れするような説教っぷり!


 説教されている警備兵の人も、顔を青くして何も言えずにいる。……うん、でも、ギャラリーいるし、さすがにちょっと同情する。

 俺も結婚してもゲームやっていそうだったし、尊敬されるお父さんになんてとてもとても。でも内海君みたいに息子とゲームするのいいよなぁ……。はあぁ……。

 ああ、ものすごく耳が痛い。でも目が離せない。感情に連動するのか、時折耳がピコピコ動いててちょっと可愛い。


 警備兵の男性から「すみませんでした。これからは酒を減らして仕事にはしっかり出ます」という言葉が出ると、集まって事の成り行きを見守っていた数人から、おぉと湧く歓声。


「仕事はしっかり行ってくださいね。酒の代わりには野菜や豆のスープを飲んで喉を潤してください。これは私の健康法でもありますし、エルフたちの行っている健康法でもあります。人は肉と酒だけを食べずとも力強く生きていけるのです。お酒は少しずつ減らすか、徐々に濃度の低いものにしていって、お昼時は道端で大の字にならない適度にお仲間さんと楽しんで飲んでください」

「分かりました。……ミラーさん色々とありがとう」


 警備兵の男性がお礼を言う。頑張ってください、何かあったら相談してくださいというミラーと呼ばれたゴブリン。

 そして握手する二人。ミラーさんは襟こそないものの白いシャツにベストという日本ではいくらか見慣れたものだが、この村ではまだ見かけていないスタイルなので、なんかテレビで高官や大統領が握手をしている様子を思い浮かべてしまう。もっとも、圧倒的に背は低いのだけど。

 拍手は一人二人と続き、次第に大きな拍手になった。「がんばれよー!」「減酒に協力するわよ!」といった声も上がる。


 警備兵の人は酒を控えざるを得ないね。村総出を挙げて、ってほどではないにしても彼の減酒は色んな人が手助けしてくれそうだ。野次馬の声にはじゃっかん面白がっている感もあるが、まあ、なんとかなるんじゃないだろうか。


 唐突に《鑑定》スキルが作動して二人の情報を与えてくる。


< ミラー LV9 >

 種族:ゴブリン族

 性別:オス

 職業:外交長官


< ヒューリ LV15 >

 種族:人族

 性別:オス

 職業:警備兵


 ミラーさんすごいな。外交長官って。


 それにしても物見の俺は二人とは当然話していない。出るまでに多少時間差があったし、取引可能NPC以外での情報ウインドウは、関わりが生まれたら、もしくは人物像がある程度わかったら出てくるって感じかな?


「なんだ、てっきりあのゴブリンと話でもしに行くかと思っていたがの。話さんくていいのか?」

「うーん。ちょっとね。説教されそうでね」


 その場を立ち去った俺にインが吹き出す。


「ふはっ! お主は悪いことなんぞしておらんだろうに」


 何が面白いのか、インが子供のように――いや、子供なんだが――けらけら笑う。

 まあそうなんだけどさ。口調は穏やかなものだし、珍しいは珍しいんだけど、説教されるのは嫌いなんだよ。



 ◇



 惚れ惚れしつつ、いい話だなぁとほっこりしつつ、と同時にリアルを思い出していくらかテンションも落ちてしまった珍しきゴブリンが人間の大人相手に説教する光景だったが、きらりと光る見慣れたものが見つかりテンションは回復することになった。


 武器屋だった。石造りの家の前で、薄手の皮か何かで張った天幕の中、茣蓙の上に武器と盾が並んであるのだ。


 世の中に模造剣が出回っていて、一部の武器マニアやファンタジーゲーム好きが購入しているのは知っているが、俺は特に購入した経験はない。ただやはりゲーム好きとしては、光物の武器は気になる存在だよね。


「そういやダイチは徒手だったが。剣は扱えるのかの」

「……そこそこかな、たぶん」


 インが片眉をあげて俺を見て、意味ありげにふむと考える様子を見せる。


 これまでのスキルを習得してきた過程を見るに、スキルポイントを振りさえすれば、確実に役に立つレベルにはできるだろうと思う。

 ただ俺自身が剣でザクザクと魔物やあるいは人を斬りたいわけじゃないし、血も見たくない。できれば掌打+気絶ですましたいところではある。


 まあ……無理なんだろうなとは頭のどこかで思ったりしている。中世的な世界観で魔物がいる世界なら。


 十字槍を持っていた検問の警備兵たちをはじめ、剣帯をしている人は珍しくない。それにどんな魔物かは分からないが、村を少し行った周囲では赤いマークが常に微妙に動き回っている。

 剣の1本くらいは腰に下げるべきか? とは村にやってきた頃からまず考えていたことの一つだ。

 それに俺はお金があるのでなんとかなりそうだが、普通に生きようとするなら、下手したら動物くらい捌けないと話にならないかもしれない。

 俺たちの現状の身分として、今のところは「旅人」くらいしか思いつかないのだが、いずれにせよ各地を巡るなら丸腰はダメだろう。何も剣は戦いに使うばかりじゃないしね。 


「こんにちは。少し見させてもらいますね」


 腕を組んで木の椅子に座っている店主に見物の断りを入れる。屋根で影になっていて、ツバの短い麦わら帽子を深く被っているので表情は読み取れないが、顎が動いたのは分かった。

 俺が茣蓙の前で座り込んでも微動だにしなかったので、寝ているかとも思ったが、どうも無口な人らしい。


 反応を窺うために見つめていたせいなのか、商人だからか、ウインドウが早々と出た。


 ヴェラルドLV10。オス。武器商人・石工。とある。


 鍛冶屋にいたドワーフっぽい人と身内かもしれない。

 というのは、はっきりと明言できるわけではないが、髭の生え方も顔の輪郭、雰囲気も二人がよく似ているからだ。


 ダガー、ショートソード、エストック、ロングソード、ショートパイク。


 武器の前には値札のみが提示されていたが、情報ウインドウが出て剣の名前と短すぎる説明を教えてくれる。とはいえ、情報ウインドウを出すまでもなくRPGゲームにはお馴染みの武器たちだ。


 神話の武器などを除く、正式名称そのままの武器はRPGゲームでは残念ながらさほど強くない。


 MMORPGであるクライシスでもそうで、初心者すら装備しないLV100程度までのノーマル装備と、武器威力だけ跳ねあがったLV280程度から装備できる中級者向けのEXエグゼ武器として、これらの武器は存在していた。

 中級者ならEX武器はコスパのいい武器として有用ではあるが、レベル500がごろごろいる世界ではやはり使わない武器の類になる。どれもNPCの店売り一択だ。


 もっともこの世界はクライシスと類似点はいくらかあるものの、全くリアルな世界観だ。ゲームの中の武器たちの扱いがこうだったからここでも扱いが同じだなんて“可笑しな問題”は、果たして持ち込んでいいものか。

 現実世界では魔物は存在しないし魔法の武器も神話の中にしかない。

 中世の頃の武器の素材は鉄や鋼が主流で、大きければ当然重さも増す。鍛冶屋の腕で刃の鋭さ・質が違うなんてものもあるだろうが、結局のところ戦いにおける最大の武器なんていうものは武器そのものにあらず、使い手の腕と筋肉、気迫、機転の良さ、そして運の良さだろう。


 ともかく見る限りでは、クライシス内のものと外見はだいたい一緒であるように思う。


 情報ウインドウには、クライシスの装備アイテムウインドウにはついていた「攻撃力いくつ」「OPオプションは何がついてる」などの表示はない。名前だけのシンプルなものだ。まあ、普通ならそうだ。いや、普通ならウインドウすら出ないのだが。

 強いて何か見てみるなら、刃こぼれがないかとか握りやすいかとか、そんなとこか。露店なので、汚れ具合とかも見といた方がよさそうだ。


 それにしても当たり前なんだが、どれも刃先は鋭利の一言だ。包丁やフルーツナイフクラスならまだしも、倍以上のサイズの刃物が並んでいる現実は、緊張が走るものがある。

 また、銀色に光る刀身は一様に美しい。包丁を見ても特にそう思ったことはないんだが、なんだろうね。古今東西、狂戦士バーサーカーの如し殺戮者や、騎士道を重んじる剣士、武器の収集家に至るまで、剣の刀身に魅入られた人はたくさんいたというが、分かる気もする。

 実際、剣は自分の生死を分かつのだ。感情移入しても仕方がないというものだ。


 武器類の他には剣帯や、柄に巻き付ける滑り止めや握りやすくするための布、砥石、魔物が嫌うらしい匂い袋など、こまごまとしたものがあった。匂い袋は匂うからなのかここにはなく、木札だけが置いてある。

 隅の方には、石の小さな丸い盾と木に革を張りつけた四角い盾があった。革の盾はゲーム界隈では最弱筆頭の装備だが、なかなかどうして頑丈そうだ。そういや洋ゲーでは別にそんな扱いでもなかったか。


 クライシスではアーチャーをメインで活動していたので、ちょっと気になったんだが、弓矢は置いていないようだ。弓じゃ自分の身を守るのには向いてないし、一般社会ではさほどポピュラーではないのかもしれない。


 並べてある剣の一本、ショートソードを持ってみる。意外と重くないので他のも持ってみると、どれも同じ重さだった。一番大きなショートパイクですらも同じだ。

 おかしくないか? と思いつつ、もう一度持ち比べるがやはり変わらない。重量を軽減する魔法的な付与があるのだろうか? どちらにしても物理的に長いのは邪魔になるだろうし、購入するのはひとまず短剣一択になりそうだ。


「これ振ってみろ」


 暇そうにはしていたが、インが特別何も言わなかったので色々と見ていたのだが、突然店主がくぐもった低い声で一本の剣を手渡してくるので受け取る。


 ダガーよりちょっと長いかなといったくらいの片刃直剣の剣だ。柄は黒く、刀身も黒光りしている。刃の方はマットな質感になっていて、輝く粉が付着している。随分現代風味というか、軍用ナイフちっくというか……。

 ウインドウには「ブレイカー」と出ている。説明欄には他に何も書いてない。名前的に特定の魔物種に特効効果でもあるんだろうか?

 茣蓙に置いてある剣は、クライシスをわざわざ引き合いに出さなくても、スタンダードな西洋武器の数々だ。ブレイカーはずいぶん雰囲気が違う。ここは一応ファンタジーゲームの世界でもあるようだし、ゲームっぽい剣な気もする。


 インに少し離れてもらい、ブレイカーなる黒い剣を振ってみる。さほど強く振ったわけでもないのに、フォンという風切り音が耳に届く。


 お? 素人目だが振りやすかった。


>称号「見習い剣士」を獲得しました。


 ああ、称号からね。


 もう二振りほどしてみる。うん、軽い。やっぱりあれだね、剣って男子心くすぐるよ。よく斬れそうだし、なんかズバっと斬ってみたい。


>スキル「片手剣術」を習得しました。


 ほほう。この分だと武器は色々振っておくとよさそうだ。達人になれるかな?


「振りやすくていい剣だと思いました。ここに並べてある剣と随分雰囲気が違うんですね」


 そんな素人感想を述べつつ、店主に剣を返す。

 無口な人のようだし、とくに言葉が返ってくるとは思わなかったのだが、「これは俺が打った剣なんだ」という返答が返ってきた。


「へえぇ……そうなんですね。黒いのは何か意味が?」


 と返してしばらく待つものの、次がこない。へそ曲げちゃった? コミュ症だな~。鍛冶師の人は普通に客らしき男性と接していたようだったが、よほどこっちの人が鍛冶師っぽい。

 今のところ用事はないけど、鍛冶屋に寄った際には人物像をそれとなく聞いてみようかな。


 お返ししますねと返して、とりあえず振りやすそうな、一番短い短剣ダガーと剣帯を購入した。包丁よりちょっと長いくらいだ。剣帯はベルトに通すタイプだったので、すぐにつけた。合わせて2000Gだった。安い。

 ダガーは一番安くもあったのだが、銀色の鞘の先と底には真鍮で装飾飾りが施されていて、ちょっと魅入ってしまった。剣を鞘に納める時のシャコンという音も小気味いい。もう1回やりたかったが、子供っぽいので我慢した。

 使い慣れたらショートソード辺り買ってみようかな。


 武器はいらないか、インにも一応訊ねてみたが、いらないとのことだ。個人的には短剣を1本くらい持っててくれた方が心理的な安心があるのだが、まあ今のところはいいか。

 スキルの《片手剣術》をLV10にして、俺たちはその場を後にした。


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