2-3 メイホー村 (1) - 魔法道具屋


 白い頭巾をかぶり、亜麻色のワンピースを着た女性が頭に籠を乗せていたり、塀の上にペルシャ絨毯ほど精巧じゃないが幾何学的な模様のこしらえられた絨毯が数枚干されていたり。

 水牛に引かせた、人が何人も乗れそうなほど大きな台車に木材が満載だったり。

 草をたんまり詰めた籠をリュックのように背負った男性に、子供たちの「魔人を倒すんだ!」「僕が先さ!」「私は魔法でサポートする!」という声に。 


 こういう場所で余生を過ごしたい欲がビシビシ刺激されつつ、家々と木々の合間を縫いながら過ぎ去ってゆく田舎村な景色のなかで、むさ苦しい顔つきの半裸でひげの濃い男性が、槌を片手に剣を悩ましく眺めているのが目に入る。


 彼はドワーフかもしれない!


 代表的なファンタジー種族であるドワーフはずんぐりむっくりであること以外、人間とごく近い容姿をしているのがお決まりだ。強いて言うならかなりの老け顔で、作品によって等身の度合いが異なるという点。

 見た目は人間に近く、むさ苦しい顔、濃いヒゲ、そして得意とする鍛冶。ただ、ずんぐりむっくりかどうかは、本当にドワーフであるかどうかは、景色がどんどん遠ざかっていくぱっと見では判断がつかなかった。


 荷台の中で半ば身を乗り出して全くクールになれずにいると、馬車がまた動きを止める。着いたようだ。


 少年心が外に溢れそうになるのを三十路の大人の力で抑え、外交の顔になる準備をする。ガンリルさんが顔を出してくるだろうからだ。


 あの人はドワーフですか、あそこは鍛冶屋ですか、ゴブリンや獣人の他にどんな種族がいるんですか!?


 そんな風に好奇心に任せて怒涛のごとく訊ねてしまっては、今後のために気を使った第一印象が台無しになること間違いなしだ。うむ。


「お疲れさまでした。体の具合はどうですか? ダイチ殿」

「おかげさまで具合はいいですよ。送っていただいて助かりました」


 努めて柔和な表情をした俺に、いえいえとガンリルさんが満足げに頷く。


>称号「八方美人」を獲得しました。


 なんでや。悪く言えばそうなんだけども。身も蓋もないよ。


 着いたのは、ガンリルさんの家らしい。


 ガンリルさんの家は他の家々と変わらず、石とレンガを漆喰――というよりはモルタルか――で固め、屋根をオレンジ色の瓦屋根で埋め尽くした石造りの白い家だった。

 比較的裕福ではあるように思う。二階建てだし、他の建物と比べて庭や家の前の木は整えてあるし、庭には端々に植物の意匠をこしらえた木のベンチがある上、厩舎も併設されているようだったから。


「お二人は宿は取っているのですか?」


 これから取るつもりですと伝えると、ガンリルさんはよければ今晩泊まっていかないかと言ってくる。村の案内でもする、晩餐では旅の話でもとのことらしい。

 好意は嬉しいのだが、正直普通に宿に泊まりたい。まずはちょっと解説者なしでのんびり観光したいというか。現実の外国観光だったら渡りに船だと思うんだけどさ。

 それに旅の話といっても、ホムンクルスであることと転生者であること、さらに横の少女が銀竜だっていうのを隠すのなら、臆面なく話せることは何もないというか、話の展開をちょっと面倒に思ったのも少し。


 何話せばいいのよ。故郷の話も仕事の話も出来ないよ?


 まあまあ、落ち着け、俺。……俺テンション高いな?


 それまでは会話を聞いているだけだったインが、しばらくは宿を取ってのんびり過ごすからそのあと改めて世話になりたいと申し出る。俺もそうしたいとは思っていたからGJだ。


「そうですか。ではまた改めて。平和な村ですが、もし何かあったときには私ガンリルの名前を出してくださって構いませんよ。小さな商会ギルドに所属する身ですが、微力ながらお力添えします」


 ガンリルさんは断られたことをとくに意に介さずにニコリと微笑む。

 商会ギルドね。それにしてもいい人だ。それとも横の繋がりを大事にする商人らしいとでもいうべきか。


 四日後は、隣にあるというケプラ市で客の骨董品を見に行くため日中不在になるということだけ伝えられ、俺たちはひとまずガンリルさんの家をあとにした。


「インものんびりしたいの?」


 今日の予定は特に何も立ててない。竜的な能力かなにかでガンリルさんがよからぬ人だと察した可能性も含めてやんわりそんな風に訊ねてみると、


「ま、そんなところかの。あやつも悪い人間ではなさそうだし、世話になっても良いのだが……ダイチのころころ変わる顔を見るのは今しかできないことだからの」


 とまあ片目で見上げるしたり顔でそんな解答がきたものだ。


 俺としても、この世界で唯一気心知れずに会話ができ、理解者でもあるインが観光の随伴人なのはとくに問題はない。

 はじめはガンリルさんに対しても変えない「だの言葉」にちょっとひやひやしたりしたものだが、割と問題ないようだしね。

 この村には人族以外もいるようだから、常日頃から種族的ないし文化的差異というものに慣れっこで、その辺は寛大なのかもしれない。


 それにしても俺そんなにころころ表情変えてたんだろうか。子供みたいだ。恥ずかしい。


「百聞は一見にしかずってね。俺は現地人による解説はあとに回したい派なんだ」

「ほう。難しい言葉を知っておるな」


 インは俺のことを覇気がないだの野心がないだのといったが、言葉通り魔物から戦争から自分の身は自分で守る世界と、財布を落としても返ってくるほど平和な国との感覚の差なんだろうなと思う。

 そんな平和な国の考える野心と、だれしも剣を持って戦う世界における野心。同じものであるわけがない。


 この世界における野心とは……インの言うところの野心は。

 七竜の一柱を手中に治めたのだからと、国の一つや二つ、あるいは七竜全てを牛耳、世界を変革させることだったとは後で知ったことだ。もちろん冗談だったけどね。



 ◇



 長方形に切った石を積み上げて固めた土台。その上に、モルタルで塗りたくった白い壁があり、屋根にはオレンジ色の筒型の瓦。そして、家の壁よりは切り方の粗い石を積み上げてモルタルで軽く固めてつくった1mもない塀。煙突はある家とない家があるらしい。

 メイホー村ではだいたいそんな作りの建物が緩い傾斜やカーブに沿って並び、道の砂色と、樽やら台車やらの木の色と合間に生えている3mほどの細い樹木、道端の雑草が、そんな家々の質素な石色の村の外観に自然の彩りを加えていた。


 風情はあるけど、豪華ではない。頑丈そうではあるが、美しくはない。

 メイホー村の街並みはファンタジー諸作品好きにたまらない長閑さや素朴さや、自然と風景と人との穏やかな調和なんかがあったけど、利便性や衛生面で足りない物もたくさんあるだろうなとすぐにも予感させる、そんな現代人にとっては不便さも察知できる風景でもあった。


 といっても、


「お前さん、王都に出て荒稼ぎするって腹じゃなかったか?」

「もちろんそうなる予定さ。だけどよケプラから帰ってきてから食べたおふくろの野菜スープが妙に美味くてなぁ。俺には出稼ぎは向かないのかもしれねえ」

「はっ、そりゃおふくろさんも残念がるってもんだ。これじゃ嫁の顔も孫の顔も見れそうにねえってな」

「言ってろ」


 という薪用の木材やちょっとした木製の家具を置いている露店主と男性の会話や、


「ミラーさんがまた稼いじゃったらしいわよ」

「ゴブリンなのに世渡り上手な人ねぇ。ゴブリンじゃなかったらいい人の一人になるのに」

「全くだわ。……あ、旦那がきたわ。はあ、小麦の収穫手伝ってくるわね」

「はいはい。がんばってね」


 と、立ち話をしている若い女性二人をはじめとする村人たちの雰囲気に、貧しくて辛いとか、今の生活に不満だとか、諸々の陰鬱な感情などはとくに感じなかった。

 まあ個人でそれなりの不平不満はあるとは思うが、ガンリルさんの言うように、長閑で平和な村である一端は十分に窺い知ることができた。

 楽団でもきているのかは分からないが、どこからか笛と太鼓の愉快な音楽と子供たちの声が聞こえてくるのがまた、村の印象に平和の色を加えていて。


 ちなみに《聞き耳》スキルのおかげで意識を集中することで、たとえ雑音があってもこうして話し声を鮮明に聞き分けられるようになったのだが、言うほど範囲は広くないようだった。地獄耳にはなれるが、聖徳太子にはなれないらしい。


 あと、あの鍛冶屋の男性は残念ながらドワーフではなかった。

 店の前を通り過ぎた折に男性をじっと見つめていると情報ウインドウが出て、


< ヴァンクリフLV13 >

 職業:鍛冶匠・石工

 種族:人族

 性別:オス


 と出たからだ。


 嘘情報の可能性もなくはないが、スキルを散々使って竜との戦闘を経た今、提示された“データ”を疑う気持ちにはいまいちなれない。


 ついでにマップには、ガンリルさんとヴァンクリフさんの分の白い丸いマークが出てきたので、会話するか鑑定するかすれば、取引可能な人が白いマークとしてマップに表示されることも分かった。


「人の生活を見てみたいと言っていたが、なんか見たいものでもあるのかの」


 と、ガンリルさんの馬車が通った、川の字の真ん中の道を逆に辿って歩いているとインが訊ねてくる。


 村巡りはもちろんだが、


 ・服を買う

 ・道具屋を見る

 ・ご飯を食べる


 のまずはやりたいことの3点伝えた。

 まず前提として、インが持ってきた硬貨と同じではあったんだが、「インベントリ内のお金が使えるかどうか」。これができなければ俺の計画は練り直しだ。

 道具屋はゲームだったらまずはじめに見るべき店なんだけど、ポーションが売れるかどうか判断する理由もある。売れるなら金策の一環になるし、活用方法も広がる。


 服に関しては、借り物の服を着替えたいこともあるし、見た目だけでも村の人たちと足並みを揃えておきたいという意味もある。インベントリには戦闘向けの革系や金属系の防具はあっても普通の衣服はさすがにちょっとなかったしね。そういう庶民服めいた装備はゲーム内ではだいたい初期装備だった。

 おそらく売れ残りだと思うが、なぜか手持ちにあったローブ系のユニーク装備の一つはワンチャン着れそうだったのだけども、村人たちにローブを羽織っている人がほとんどいなかったのでひとまず保留にしている。


 食べ物屋はまあ、自分の口に合うのか気になるよね。ここ時代背景的には中世だと思うし。

 チャーハンの存在を確認しているし、一応インからもメイホーの宿では“豆と塩だけの入った汁”が出ることはないと聞いているから多少は安心はできるけど、やっぱり自分で味わってみたい。


 服屋が見つかる前に、道具屋らしき店を見つけることができた。


 警備兵の男性二人が歩いてきて、ポーションらしき赤い液体が入った試験管瓶を手に、「ポーションは常に切らさないようにしておけよ。魔導士は討伐隊が組まれた時しかこないからな」「分かりました」という会話をしていたからだ。

 彼らの出てきた場所を辿ると、ティアン・メグリンドの掘立小屋とまではいかないが粗末めな建物があった。隣には小さい小屋があり、子供が桶の中の植物をかき分けては、草を放り投げている。


「こんにちは。隣は道具屋かな?」

「そうだよ! 母ちゃんのポーションは最高だよ! 良かったら買っていってね」


 子供に訊ねてみると、不愛想だが元気ないい返答が返ってくる。ちょっと定型句っぽい。主人の息子らしい。放り投げられた草の束は黄色くなっているものや枯れたものがあった。


「分かったよ。どうもありがとうね。……あ、そこのドアから入ればいいのかな?」

「うん。そうだよ」


 合っているらしいので、家に入る。呼び鈴とかは特になかった。


「こんにちは~?」


 入ると、むわっと薬品ぽい匂いや植物の匂いが一気に鼻腔を刺激してきた。硫黄のような匂いもわずかだがあるようだ。混ざった匂いは、なんていえばいいのか……とにかくインパクトのある匂いだ。

 棚には瓶に入った液体や粉、乾燥させた植物を束にしたものがずらっと並んでいる。隅には壺、壁には紐でかけたウォールラックや提げた編み籠などがあるが、どれも植物が顔を出している。キノコや実もあるようだ。

 土の入った壺の一つには青いツツジのような花が顔を出し、花弁の周りで何かがキラキラ光っている。おおう、ファンタジーだ……。


 気付けばインが鼻をつまんでいた。一応それはやめた方がいいよ?


 いらっしゃいとハスキーな女の声が俺たちを迎えた。ビーズのようなものを先につけた暖簾から出てきたのは、頬骨が印象的な茶髪美女だった。

 目元にはクマがあり、少し気難しそうではあったが、シャツからは胸元がきつそうに主張している。

 子持ちとはいえ内心で色々と賞賛していると、ウインドウはすぐに出てきた。

 ウーリ・ヒルデ。LV19。魔法道具職人。らしい。もちろんメスだ。オスだったらインの変身より驚いたかもしれない。……いや、それはないか。


「ポーションを見せてもらいたいのですが」


 と言うと、ヒルデさんは構わないよと目を伏せたが、手に持っていた本に目線を落としたかと思うと、急に俺のことをじろじろ見だした。なんだ? そして草の束を見ているインに目がいき、眉をぴくりと動かす。


「……見かけない顔だね。うちは質は保証しとくけど、あんたらが満足しそうな高価なものは置いてないよ」


 彼女は特に変な動きをしたようには見えなかったし詳細は分からないが、どうやら「何かしらの方法で俺たちの“何か”を看破した」ようだ。レベルの高さかステータスの高さか、はたまたホムンクルスであることか……。

 訝しみこそすれ、敵意とかは特に感じられないが……ホムンクルスの方はインの魔法で隠しているはずだし……。

 俺の不安をよそにインは全く気にする素振りがない。大丈夫なのか? あまりじろじろしているのもかえって不審だし、先に店内を見るか。


「構わないですよ。見せてもらいますね」


 なるべく穏やかに告げたつもりだったが、大丈夫だったろうか?

 ひとまず相手の反応は無視してポーションを見始める。ヒルデさんからは小さなため息が聞こえたのみだったので、大事にならずにすみそうだ。


 置いてあるポーションを見てみると、「あんたらが満足しそうな高価なものはない」と言っていたように、確かに下級ポーションばかりだった。

 試験管のような細長いガラス製の瓶に水彩絵の具を溶かしたような薄紅色の液体が入っている。クライシスでのグラフィックと同じ外観だが、上級ポーションよりも色が薄く、中心部は特に光っておらず、神秘的な薬の感じがない。

 とはいえ、試験管自体は相応のものであるのか、表面に焼き印があった。太陽のような、円の周りがギザギザしたマークだ。俺の持つ上級ポーションについていたマークとは違うようだ。


 クライシスでは下級ポーションはHPを50回復するアイテムだったが、具体的な数値はやはり《鑑定》の説明文にはなく、「体力を少量回復するポーション」としか書かれていない。

 ただ、店の手書きの文字によれば、下級ポーションにも品質があるようで、「低」「中」「高」の三つがあり、価格も600G、1000G、1200Gになっている。外見の変化はわずかばかり濃度と透明感が違うようだが、説明文の方では特に文章は変わっていない。

 いずれにせよ、手持ちのポーションと質が違いすぎるようだ。売るのは保留かな。せめて中級のポーションを売っている店でないとよからぬ感情を持って接されかねない。


 エーテルの方も似たようなもので、「低」から「高」の下級のものしかないようだ。ただ、鑑定文には「魔力(MP)」の文字はあってもFPファイティング・ポイントの文字は明記されてないことに気付く。

 クライシスではエーテルはMPもFPも回復してくれたが……この世界にはFPという言葉や概念はないのかもしれない。FPはMPほどメジャーじゃないしね。


 クライシスの仕様を準拠するなら、たった50しか回復しない下級ポーションはいわゆる初心者用ポーションというやつで、HPが12000もある俺はまず使わない。エーテルも同様に。


 まあ俺自身が使うかどうかはともかく、さっきの女店主の反応が気になるので、あとで品質が「高」の方を何本か買って口止めっぽいことというかご機嫌取りをできるならしておこうか。

 何もないならないで、人の治療のために使うとか、何かしら用途はあるだろう。お金はあるしね。


 植物の束や瓶詰の粉末の方を見てみれば、汁を傷口に塗る傷薬や、吐き気止めや風邪薬、整腸といった用途が、瓶につけられた薄い木札に書かれていた。

 《鑑定》による説明も似たようなものだ。ここは簡単な薬屋も兼任しているらしい。とある丸薬が妙ににおうので何かと思えば、ニンニクのにおいだった。万能薬だしね。


 今のところ患ってはいないのだが、リアルでは散々胃腸薬にはお世話になっていたので、整腸薬の方はちょっと手が出そうになる。

 村の風景を察するに珍しくない気はするが、急に腹が痛くなってその辺の茂みで尻を出すとかはしたくない。


 気になるところで「マジア草」というものがあった。説明によれば「マジア草の束。粉末は錬金術で多く使われる」とある。

 錬金術もファンタジーの代表だろう。できるのなら是非生でやってみたい。そういえば俺は錬金術で生まれた身だし。所縁もある。

 とはいうものの……インベントリ枠は残り50個で決して余裕があるわけではない。これから物は増えるばかりだろうから、インベントリ内の整理もいずれ必要か。


 とりあえず、不審解消のために下級ポーションの(高)の方を10本とマジア草5束、それと整腸薬を見繕ってもらった。

 12,500Gね……鞄から硬貨を取り出そうとしたところ、手に重みが出現した。取り出してみると、銀貨1枚と銀銅貨2枚、銅貨が5枚手に乗っかっていた。


 合ってる、よな? だとしたら。ああ、なんて気が利いている鞄なのでしょう。

 ゲーム内でお金の箇所をクリックして、金額をキーボードで入力するという手間をリアルに持ってきたらこういう感じになるのかもしれないけどさ。


 お金を渡す。さて、使えるといいけど。


「あんた錬金術士かい?」


 ヒルデさんが数え終えた硬貨を手に訊ねてくる。特に訝しんだりせず、だいぶ機嫌がよくなったらしいのを見るに、お金はしっかりと使えるらしい。色々と一安心だ。


「いえ、これから始めようかなと」


 彼女がまた物珍しそうに見てくる。なんだろう?


「ふうん? ちょっと手を出してもらっていいかい」


 言われたままにおずおずと掌を差し出す。


 彼女が手をかざすと、俺たちの手の間で淡い光が現れ、明滅する。魔法陣は出ていない。インも見に来る。なんだこれは? といった視線で見てくるので訊ねてみた。


「ん? ああ、適性があるかどうかをね。そんなにいるわけじゃないんだけど、錬金術をするのに全く向いてないのがたまにいるんだよ。……はい、おしまい。まあ、レベル30超えてるあんたのことだから心配はないだろうとは思ってたけどね。そのなりで剣なり槍なりが達人クラスで魔力が全くないっていうなら、話は別だけどさ」


 どうやら初見でのしかめっ面は、レベル30を超えてたことが由来らしい。少し驚いたが、レベルというゲーム的な概念も人々にも認知されているようだ。

 ヒルデさんのレベルは19だ。魔法道具屋を開き、子供もいて、それなりに人生経験を積んでいる人だ。そんな人がレベル19ならレベル19という“地位”はそこそこなんだろう。俺みたいな子供が自分よりも地位が上ならしかめっ面をするのも分からなくもない。

 しかしなぁ……信仰されている銀竜はレベル105だし、それは分かるんだけど……俺だけ存在がバグってる感じだな。そのうち何かしらの弊害が起きそうで怖いよ。一応子供っぽい性格になっているっていうホムンクルスの弊害は既にあるんだけどさ。


 簡単な道具の精製でよければいいものがあるよ、とヒルデさんが店の奥に引っ込んでいって、2冊の本を持ってきた。

 本は修学旅行のしおり並みに薄い。表紙もタイトルと四隅にわずかな装飾があるだけの簡素なものなので、正直本と呼ぶのか迷うところだ。


 とはいえ、タイトルには


「錬金術の始め方 - 必要なもの・簡単な魔道具の作成(2)」

「錬金術の始め方 - 初級魔道具の精製(3)」


 とあり、著名者のところには、「元近衛魔導士部隊隊長アモン・ハーバリ」と書いてある。別に内容的に価値がないとは思っていないが、肩書の著者名を見るにきちんとした書物ではあるらしい。しかし別に講師とかじゃないんだな。


 1巻や4巻はないんですね、と言うと、4巻の方には定期的に注文を受けて作るポーションのレシピが書いてあり、量を忘れることもあって売れないのだそうで、一方1巻の方は著者の小言が長々と書かれてあって実用的でなく、持っていないのだそうだ。


「アモン・ハーバリ氏の解説書は分かりやすいのが評判なんだけど、始まりがいつも長くてねぇ。1巻をほとんど日誌やどうでもいい蘊蓄に使ってしまう人もなかなか見ないよ。1巻が全く売れない本もね」


 とのことだ。肩をすくめるヒルデさんに思わず苦笑する。解説書を求めて作者の小言が延々と書いてあったらそりゃ憤慨ものだろう。

 でもそれはそれでちょっと読んでみたかった。たぶん古典でよくあったやつだと思うんだが、割と好きなんだよね、その手の序文。


 ちょっとならいいとのことなので、2巻を開いてみる。既に小屋で確認済みではあるが、普通に読めるので安心した。


 必要なものは錬金台と錬金用のフラスコ(おすすめはオルフェ錬金術中央協会が販売しているフラスコですぞ!)、材料を個別に入れておく容器。……魔力は集中して注ぎましょう。……マジア草を粉末にするやり方。……精製水の作り方。疲労による体力消耗を抑える「イノシシポーション」。武器の刃先にかけることで武器威力があがるという「羊毛炭のリキッド」。云々。……


 奇をてらってない錬金系ファンタジーな読み物として割と面白いというか、熟読しそうだったので、途中から流し読みに留めた。ちなみにイノシシポーションも羊毛炭のリキッドもクライシスにはない。


 値段を聞いてみると、2巻が3000G、3巻が5000Gらしい。結構上がったなと思っていると、すぐに作ってみたいなら錬金台とフラスコ、試薬を作るためのこまごまとした容器を5000Gで売ってくれるとのことだ。入門セットかな。


 ヒルデさんはニコニコしていて実に親切そうな顔をしている。ポーションを低中高に分けているのといい、なかなか商魂が激しいのに内心で苦笑する。まあお金はあるし、今は何も分からないしいいかと思う。分からないことがあったら聞きやすくなるしね。

 ちなみに2巻にも出ていたので秤とかはいらないのかと聞いたら、錬金道具を扱っている店は基本的に分量をしっかり計った上で売っているし、初心者が作るような簡単なものなら正確な分量がレシピに記してあるのでいらないとのこと。

 秤は高価なので、この店では売っていないらしい。隣町のケプラなら確実に手に入るのだとか。


「錬金術? 何か作るのか? ふっ、まだ宿も決まっておらんというのにせっかちだな」


 インが笑う。全くその通りだ。


「確かに」


 つられて苦笑してしまう。


「なんだい。ほんとに村に来たばっかりなのかい」


 ヒルデさんもやれやれという顔をした。


「ええまあ。……これって取り置きとかはできますか?」


 バッグもとい、魔法の鞄に入れればおそらく問題はないのだが、魔法の鞄は出回ってないそうなので目立つのを危惧して、無難にそんなやり取りをしておく。

 インが鞄と俺を見て、何か言いたそうに見ていたが、とくに言及はしなかった。


「構わないよ。錬金術これから始めようなんて客はなかなかいないからね。宿はヘイアンさんのところがおすすめだよ。この村で一番いい宿さね」


 ヘイアンという人の宿は、馬車で来た道を辿れば直に見つかるとのことだ。


 店を出ると、さっきの子供がドアの横の壁に張り付いていた。どうやら会話を聞いていたらしい。


「いっぱい買ってくれてありがと! また来てください」


 盗み聞きはよくないが、よくできた子供らしい。手を振ってくるので振り返して、俺たちはヘイアンさんの宿を目指した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る