1-3 調査 (2)


 言語が分からないのでは話にならないということで、メッセージウインドウの「はい」を指でタップする。


 しばらく見つめて待っていたら、メッセージウインドウが消える。


 何も起こらない。習得できたのかな?


 なんとはなしに机の上にある封筒をひっくり返してみたら、普通に日本語があった。おおぅ。


 封筒には


「【速達】メイホー村 ティアン・メグリンド様へ」


 とあった。


 書き手の字の上手さも器用にも日本語の状態で反映されるらしく、字体は殴り書き気味で、あまり上手いとは言えない字だ。宅配便の不在通知が思い出される。

 速達の字は赤い判子で捺されている。背後には鳥が簡素に描かれている。鳥は白鳥っぽい鳥だ。電車のロゴや切手のデザインみたいだ。


 中身の手紙はない。


 ティアン・メグリンドがおそらく家主の名前だろう。仮に今メイホー村にいるとしても実験内容からして僻地にいる気はする。


 それにしても速達ってあるんだな。

 まあ、ある、か? 歴々の魔法の国ではフクロウだのワシだのの鳥たちに任せるのがお決まりだし、クライシスでも王族や官僚限定だがハトやフクロウに文を送らせていた。その用途かは分からないけど、机にはペット用には思えない鳥かごもあるし。……普通便なら馬か、人足なんだろうか。


 本棚の本も一変してタイトルがわかるようになっていた。


「クワーツ式高等錬金術 上」

「クワーツ式高等錬金術 下」

「<改訂版>ヒュットフォルケ家監修・錬金素材大全」

「火炎魔術の神髄」

「水魔法こそ生活の礎である」


 そんな魔法や錬金術関連の本のほかに、下段には


「オルフェ家庭料理のいろは」

「元王宮料理人が教える誰でもできる卵料理の基本のキ」

「コロニア紀行」

「シューロウッドの予言と真実」


 などの本がある。


 なぜか料理の本が結構あるので、気晴らしかなにかなのか、家主は料理を勉強中のようだ。

 人体錬成ができるくらいなら、あっさりできるような気がするが……。


 才媛と料理下手はジャパニーズファンタジー界隈ではなぜか定番だ。美貌の持ち主ならなおさらだ。実際のところは両立していることが多い。理由は彼女たちに親近感を覚えたいから。

 彼女が“味見をしないか味覚が終わってるかのクソまずい料理家”でないことを祈っていると、まだ消えていない魔法陣が目に入る。


 今度は魔法陣は消えないようだ。何か他にすることがあるんだろうか?


 一悩みしてみるがとくに思い当たらない。でも《言語翻訳》というスキルがあるなら、自分はほかになにかスキルを持っていないんだろうか?


 そう思った直後、視野の右半分を今まで見たことのないウインドウで埋められた。


 スキルの画面だ。

 既にインターフェースが出ていたのでさほど驚かなかったが、ほとほとゲームらしい。


 スキル画面はどうやら、横に派生スキルが繋がっていってるクライシスのタイプとは違って、スキル名の表示されたボタンをクリックすることでスキル情報を開示できるものらしい。

 といってもスキル画面は寂しいもので、《言語翻訳》のスキルのボタン以外には何もない。他はグレーウインドウの余白があるだけだ。MMORPGなら、未習得のスキルも表示されていたりするんだけど。


 下の方にはスキルポイントが「1400/1400」と表示されてある。

 1400? ……ってことは、レベル280だし、1レベルでスキルポイントが5ポイント獲得できるのか。ちょっと少ないな。ステータスポイントが1400だっていうならまだ分かるが……でもスキル1個しかないんだよな。


 《言語翻訳》のボタンを見つめていると、5まで塗りつぶされたゲージが出てきた。

 考えていることに連動しているのか。マウスやキーボードなんかの入力機器がないからなぁ。


 それにしても少し古いUI――ユーザーインターフェースの略称。ここでは主に各機能の配置の加減、いわゆるレイアウトのこと。UIの具合がよければユーザーはそのシステムをいち早く理解できると言われるーーだ。具体的なスキルの説明とかはないようだ。必要スキルポイントの明記もない。

 クライシスないし多くのMMORPGのように、未習得のスキルが出てくれば計画も練れるんだけど。あまり考えたことないけど、ユーザーインタ―フェースって大事だな。


 何もやりようがないので、スキルに関してはとりあえず放置。


 スキルがあるってことは称号システムもあるのかなと考えると、またすぐさまスキルページと入れ替わりに称号一覧ページが出てくる。

 少し気味が悪いが、反応が早いのはいいことだ。


 称号のページには「造られし者」と「空き巣見習い」があった。やめてくれ?


 現在は造られし者の方を装着しているらしい。

 空き巣見習いは絶対ないにしても、造られし者もなんだか嫌だったので、称号をなしにできないか見つめていたら、称号欄が「 - 」になった。


 クライシスより以前にプレイしていたMMORPGでは、「スキルレベル+1」や「移動速度+10%」など、称号をつけることによって何らかの恩恵がある場合があった。

 逆にクライシスはつけることによる恩恵はないが、収集数に応じて微々たるものだがステータスが上がったりした。もっともその恩恵を得るための収集数は膨大な数だったのでエンドコンテンツと言われている。

 なので他の多くのMMORPGと同じように、キャラクターの頭上に称号名を表示することで自己顕示欲を満足させること、話題の提供にする程度のものだった。


 この世界ではどうだろうね。

 空白というのもあれだけど、ひとまずこれで納得しておく。


 称号のウインドウを消したいので、消えろと念じていたら消えた。もう一度称号を見たいと念じるとぱっと出てくる。スキル画面も同じだ。なるほどね。コツがわかってきた。


 自己ステータス画面も出そうとしたのだが、こちらは出てこない。

 スキル画面のウインドウを閉じる。HP/MPバーが表示されているステータスウインドウも消えてくれるようなので、消した。


 開けた視界に封筒のメイホー村の字が目に入った。ちょっと家を出てみるか。


 靴下を履いて、革紐で編まれたメッシュサンダルを履く。

 底は皮を重ねたような物になってるらしい。サイズは小さめだ。だけどそのおかげでぴったりだ。

 俺を造ったティアン・メグリンドという人がこのくらいで怒るような人でないと祈りたいけど、壊してしまわないように留意しとこう。


 と、出るところで、トイレがないのか気になった。出かける前の基本だよね。

 とはいえ、家の中にはトイレらしきものはなかった。まあいいか。尿意は特にないし。


 扉を開いたら森の景色がお出迎えしてくれた。

 森には人の手の入っている形跡はなく、木々は思うぞんぶん四方に枝葉を伸ばしている。

 原生林というほど他の植物が茂りに茂ったり、不気味さを演出しているレベルではないが、日本じゃそうそう見ることのなかった生の森だ。

 葉や枝の合間から日光がキラキラと降り注いでいてまぶしい。

 澄んだ空気と一緒に植物と土の強い匂いが鼻腔を刺激していたのもあって、思わず両手を空に伸ばして深呼吸したくなった。森林浴~。


 ただ家の前のお粗末な道の姿にはちょっとため息をつきたくなる。

 人が通る道というより獣道という表現が正しそうな道は、一応土が露出していて平らにしてあるが、石の類は端に寄せているに過ぎないし、路上には種類も丈もバラバラの草がそこいらで生えている。3か月くらいしたら、この道は果たして見えるのか。そんな不安が芽生えてしまう道だ。

 通行の邪魔にはならないけど、草を刈るにしてももう少しやりようがあったんじゃないかと思わずにはいられない。除草剤とかあるのかな?


 まあ、ここが本宅っていうことはないと思うから、仕方ないのかもしれないね。家の様子からして、お金が余るほどある人ではないように思うし。


 のんきにそんなことを考えていると、つんざくような野鳥の泣き声と梢を揺らす音で思わず体がビクっと反応する。


 ……そういえば戦闘スキルはないのだろうか。


 急いで「スキル 戦闘」と、poogleで単語検索するみたいに念じてみるが、出てきたのはさっきの《言語翻訳 LV5》以外グレーゾーンのスキル画面だ。


 うん。魔物に遭遇したら一発アウトだな。営業は常日頃しているし、嫌味な上司とも毎日顔を合わせていたけど、魔物に交渉はしたことないよ。

 魔物と交渉をして大量に仲間に引き入れる。そんなゲームをいつかプレイしたこともあるが、ほとんど餌付けのようなもので、交渉と言えるものではなかったように思う。防衛手段のない人間にとって、交渉の出来ない相手ほど厄介なものはない。


 先の草原まで歩いて何もなかったら一度引き返そう。

 我ながら冒険心がしょうもないと思うけど、何も準備がないのでは冒険はしたくない。

 準備といっても、今のところはバッグと着替え、あとお金を拝借するくらいしかないんだけど……。せめて家主と話が出来ていたらと思う。


 獣道の先では、一変してどこまでも黄緑色が続いていた。

 ため息のつけるような、それはもう絵に描いたような素晴らしい草原だった!

 だいぶ遠いけど、草原の先には草原をぐるりと囲むように木々が生え揃い、さらにその先には峰々が連なっているようだった。ここは比較的低山らしい。

 少し強いが心地の良い風が吹き、草原に生えているイネ科っぽい植物が波のように一様に凪いだ。 空中でぴらぴらと動いているのは蝶かなにかだろう。羽に露でもついているのか、ときどき光を反射してきていた。

 水彩絵のモチーフにでもなりそうな長閑な光景にちょっと見惚れてしまう。

 ちょうど座れるくらいの大きな石があったので腰を下ろした。


 風が気持ちいいな……。


 草原の周りには、家の前にあった獣道よりは随分マシな道が続いている。土には馬の足跡や二本の轍らしき跡が確認できるので、ちゃんと人が通る道らしい。


 いいよね、こういう田舎という言葉じゃ足りないほどの大自然の面した場所。


 さすがに快適なWi-fi環境を整えるのが難しそうだし、ここまで辺鄙っぽいのはどうかと思うけど、家主のティアン・メグリンドのように別荘として持つのは大賛成だ。


>称号「風来人」を獲得しました。 


 唐突に左下にぴょこんと文字とウインドウが出てくる。

 ゲーム画面なら告知は割と小さい文字に設定されているのが常だと思うのだが、注視すると、親切にも文字が大きくなってくれた。なかなか気が利くシステムじゃないの。


 それにしても風来人? 確かに身元不明みたいなものだけどさ。

 リアルでも引っ越しの数は両手から溢れるし。旅行ならまだしも、転居は家族や友人との縁も切れやすいし、ぶっちゃけあまりいいことはないよね。

 俺は子供ができたら絶対に単身赴任はしない。絶対だ。


 唐突なシステム的お知らせについ感傷的になったが、称号の獲得は最近のオンゲと同じように突発的なものらしい。

 内部的にはもちろんあれこれとカウントされているに違いない。

 称号欄には説明文章がないので、何をしたことにより称号を獲得したのかは全く分からないが、今回の場合は「特定地域の道端に座って数分景色を眺める」とかだろう。意識的に探そうと思ったら無理ゲーのやつだ。


 あれ? 称号のログウインドウが消えない。透けているし、それほど不快感もないのだが……数回ログ消えろと念じていたら消えた。

 逆を念じるとすぐさま出てきた。タイムラグがあったのでもう一度消すと、今度はしっかりすぐに消えた。

 なんなんだ。でもマウスいらずで便利だな。風来人もなんかニートっぽいので、称号欄にはつけないでおいた。


 ふと俺のいる位置はどこら辺だろうと思って、マップを見てみる。


 球体型のマップでは、中心にある青い三角が俺の現在地と向きを示している。

 後方には濃い緑色をした森が広がっていて、細い道の先ではこじんまりとしたようやく屋根と分かるほどの、木材色をした白い線で縁取られた凸のある長方形が陣取っている。

 これが俺の生まれたティアン・メグリンドなる人の小屋だろう。前方では実際の景色と同じように、黄緑色の草原が広がっているばかりだ。


 このマップ微妙だよなー……。


 球体自体はそんなに大きくはない。球体から漏れる地形は当然表示されないし、さらには地域名とかも表示されない。

 MMORPGではこの手のマップはちょっとあんまりないよな。2週間ほど前に昔のゲーム機を引っ張り出してRPGゲームをプレイしていたからそれの影響だろうか?

 そうだとしたら、見た目通りにこのマップはだいぶ使い勝手悪いと思う。よく見たら、ここだけ画質も粗いし。


 クライシスでは球体型のマップはなく、よくある衛星写真方式の2Dのマップだった。

 味方なら白いマーク、クエスト関係は青いマーク、敵が出てきたら赤いマークで出てくる。もちろん地名も表示される。

 引っ張り出したRPGゲームは、マップを歩いていたら確率で敵とエンカウントするタイプのゲームなので、敵勢が地図上に表示されることはない。クエストをもらえるNPCはここにいますよ、なんて親切に教えてくれることもない。結構古いゲームだからね。


 何か変わらないかを期待してマップを見つめていると、「2D」と書かれたボタンがマップの左上に出てきた。

 待ってました! とばかりに2Dボタンを見つめてマップを2D表示に切り替える。


 色の濃淡や境界がしっかり描かれた、球体のものよりもずっと見やすい正方形のマップが出てきた。

 地名には「ベルマー領メイホー村南部」と表示される。2Dの代わりには隅には「球体」の文字。


 出た出た、マップはやっぱりこういうのでなくっちゃ。球体マップの用途ないだろ~。

 にしても手紙の宛名通り、やっぱりここ既にメイホー村なんだな。ここを下っていけば家主と会えるかもしれないね。 


 マップは拡大縮小もできるようだった。これは簡単で、拡大なり縮小なり念じれば勝手にマップがズームイン、ズームアウトしてくれた。

 逆に地図を現在地からずらして周辺のマップを見る場合は少しコツがいるようで、なぜか拡大縮小を繰り返した。中心から左へ視点を移動させると右にあるマップが出てきて、逆に右に視点を寄せると左側のマップが出るようだった。


 世界地図は念じてみたが見れないようだった。

 また、地図でこの辺り周辺を見てみたが、一定以上先の場所は「未踏破の場所」になるようで、黒く表示されるようだった。そこのところもゲームに忠実なんだね。 

 マップの見た目は若干クライシスのものと違うようだが、使い勝手はだいたい同じのようだ。


 「ベルマー領メイホー村南部」の先には「銀竜の顎」という場所があるようだ。

 ちょうど草原を囲むようにある森の先にある山々の辺りを指すらしい。

 竜だし気にならないと言えば嘘になるけど、村人装備もいいところだしとくに行きたいとは思わない。


 というか、竜よりもちょっと人の姿が恋しくなってきた。

 草原を降りていけば、メイホー村があるそうなので行ってみよう。とくに魔物とかもいなさそうだしね。


 そういや、メイホー村も銀竜の顎もクライシスにあったかな。なかったように思うけど……。


 地名はありすぎるほどある。クエストで既に踏破済みの場所へ行けと言われても、あれ? こんなとこあったっけ? なんてことはよくあったから、この点に関しての記憶力には自信がないんだけども。

 生活コンテンツでこもるのは基本的に大きな都市や港町だが、狩場にしても経験値やドロップアイテム的に美味い狩場の方に当然偏りが生まれる。ユーザーは基本的に、旨味の少ない地域はとことん訪れないのだ。

 数的には、単に地図を埋める目的だったり、報酬の美味しくないクエストでしか行かないような過疎地の方が圧倒的に多かった。

 この街、この村でしか取れないアイテムがあるというスペシャルな内容はもちろんあるんだけど、最終的には多く労働者を雇って自動入手したり、他の人の店で買ったりギルメンからもらったりもするので、行かなくなるし。


 ――ギャオォォォッッ!!


 あれこれ考えてから、村に行くために何か役立ちそうなものを拝借しようと家に一旦戻ろうとしたところ、記憶にあるどの動物の声とも合致しない、鋭い鳴き声が聞こえてきた。


 一瞬プテラノドンが浮かんだけど、この世界観的にはいるのは考えづらい。


 空を見上げると、遠方で何かが羽ばたいてるのが見えた。……もう銀竜くるの?


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