第109話 地下水路の奥には



 全員で無事に街に戻って、屋台で色々と買い込んで一息ついて。減ったスタミナの補充をしつつ、この後の予定なんかを皆でのんびりと話し合う。

 次は俺のクエの手伝いらしいが、正直緊急を要するモノは特にない。強いて言えば、老神父が持ちかけてて来た地下水路の異変の調査クエくらいだろうか。

 放って置いて兄妹が怪我をしたら、こちらの寝覚めも悪くなるしな。


 そんな訳で、詳しい話を聞くためにと裏通りを教会へと進む事に。その恐れを知らぬ行動に、白姫ヴァイスは眉間に皺を寄せる素振り。

 彼女も常識派らしく、危険は避けるべきとの考えを持っている模様。


「ヤスケ君、さっきはクエで仕方無く裏街へお邪魔したけど……PK連中が活発化してる限定サーバでは、あまり大っぴらに裏通りは歩くべきじゃないと思うんだ。

 君子危うきに近寄らず、避けれるトラブルは避けるべきでは?」

「お姉さん、この人はPKに襲われるのを楽しんでる変人ですからね。忠告しても、既に手遅れなすたれ具合のド変態さんですよ……組んで日が浅い私も、何度トラブルに巻き込まれたか!

 お姉さんも、その辺は覚悟しておくべきですね」


 小娘が知った風な口で、何故か先輩風を吹かせているのを耳にしつつ。俺は奇人でも変人でもないが、確かに寄って来るPK連中は大歓迎な気質ではある。

 ってか、2人とも俺とパーティを組む前提なのが気に掛かる。このゲームの細かな気風は知らないが、皆そんな感じで組む相手を決めているのだろうか?

 賞金の掛かった限定サーバだし、変則的なのは間違いないだろうけど。


「俺は自分のやり方を変える気は無いし、それが不服なら別について来なくてもいい……そもそも、正式にパーティを組んだつもりも無いし、そっちの小娘に至ってはただのストーカーだしな。

 さっきも言ったが、幼馴染がPK連中に倒されたのもあって、その趣旨返しは積極的にして行くつもりだから念の為。

 それから幼馴染がゲームに戻って来たら、そっちを優先するのは決定事項だ」

「おいおい、つれない事を言わないでくれよ、ヤスケ君。呉越同舟ごえつどうしゅう、1人じゃ出来ない事がこのゲームはたくさんあるんだぞ?

 安全だって、ソロより人数が多い方が高いのは当然だしな!」


 それは確かにそうだが、そんな論理でやり込められるのもしゃくではある。ゲーム上級者の経験も安全も、あった方が確かに有利なのは分かるけど。

 琴音がゲームに戻って来た時に、この2人の女性と揉めないかの方が、俺的には遥かに気掛かりではあるな。山歩きで失ったスタミナを、屋台での買い食いで補充しながら。

 いやでも、裏通りの屋台の方が味が良いんだって!


 ネムもそれには同意のようで、その旺盛な食欲からそれは分かる。琴音の事は深く考えても仕方が無いし、相性が悪かったらそれは仕方のない事。

 その時は、残念だがこの2人にはパーティ行動を諦めて貰うしか手段は無いと割り切って。そこら辺はドライと言うか、肉親とゲームで知り合った仲間と、どちらを選ぶかって分かり切った話ではある。

 そんな訳で、俺の中の根本の価値観は微塵も変わらない次第だ。



 それよりも、俺の受けたクエだが意外と難問だと言う事が判明した。裏通りの教会の神父さんが、俺たちのメンツを見て不安げな表情を見せたのだ。

 子供たちの案内も却下され、仕舞いにはシスターを同伴させようかとまさかの提案まで。子供の同伴は確かに危険だし、却下も当然だとは思うけど。

 隻腕せきわんのシスターが同伴って、それはそれでどうよ?


 まぁ、片腕しか無いのは魔法の腕前には全く関係は無いと思うけど。つまりはクエの難易度的に(初の☆5クエだ)、今のメンツでは危険だと依頼NPCに判断された訳である。

 それを受けて、こちらのベテラン勢も渋い顔付きに。


「う~ん、クエ依頼書でなくて町受けクエの場合は、こんな感じでNPCの口調でだいたいの難易度が分かる仕様なんだけどさ。ヤスケ君、どうやら君の受けた依頼はかなりの難易度じゃないかな?

 下手をすると、☆7以上とか……?」

「裏町の依頼ですし、本当にお姉さんの言う通りかも知れませんね。下手すると私たち全滅の可能性もありますよ、お兄さん?

 どうします、それでも行きますか?」

「行くに決まってるだろう、俺が世話している兄妹の安全が掛かってるんだぞ。……ってか、難易度は高いとは言え☆5だし平気だろ?」


 難題そうだから挑まないってのは、俺の辞書には載ってない。教会の売り場でポーション系の消耗品を買い足して、俺が1人でも行く構えを見せると。

 隣で幼女のネムも、何故か俺を真似る仕草。鞄の中のモノを出したり入れたり、ファーと一緒に良く分からないごっこ遊びを始めている。

 まぁいいけどな、休憩中はリラックスして欲しいし。


 折れそうにない俺を見て、彼女たちも覚悟を決めた様子。それぞれが神父様から俺と同じクエを受けて、同じく消耗品の補給をこなしている。

 シスターの同伴は、一応断りを入れる方向で。それより、クエの内容をおさらいしておこうか……確か、兄妹の苔収集をしている地下水道の奥で、モンスターの影を見掛けたとか?

 兄妹の安全確保に、その原因を探ると言うクエストだ。


 その他にも、以前から受けてある苔収集のクエも同時にこなす予定である。どうなるかは分からないが、ついでにこなせるなら大歓迎ではあるな。

 などと思っていたら、噂の兄妹が元気に戻って来た。知らない人が増えているのに緊張しつつも、俺が多めに買った屋台の食料に敏感に反応している。

 それから、ごっこ遊びに夢中のネムにも軽く挨拶。


 妹のリズの方は、本当にネムと仲が良いみたいだ。ロビーは食べ物一直線で、新参者のヴァイスを少し警戒している感じだろうか。

 俺が紹介してやると、その警戒心も少しだけ取れた様子だけど。これからこのチームで地下水路を探索すると告げると、口の中を串焼きの具で一杯にしながら案内するよとの返答。

 神父様との取り決めで、それは入り口までで留めて貰う事に。


 そんな感じで、やや気を引き締めての今日最後の探索の開始である。結局は妹のリズも付いて来て、ネムと仲良く俺の後ろを歩いている始末。

 残りの時間は、1時間とちょっとくらいか……それでクリア出来てしまうクエなら、こちら的にも嬉しいんだが。裏通りを集団で南下しつつ、そんな事を思っていると。

 程無くロビーが、降り口はここだよと告げて来た。


「ここから川の淵まで降りたら、あそこの入り口に辿り着けるよ、兄ちゃん。あそこが地下水路だよ……少し入ったら色んな苔が生えてるんだけど、最近は入り口付近のは少なくなっちゃってさ。

 そんで仕方なく少し奥まで入ったら、突然モンスターと出くわしちゃって。慌てて逃げ帰って来たけど、危なくてもう入れないじゃん?

 そしたら神父様が、モンスター退治を冒険者に頼むって」

「なるほど、それで俺にお鉢が回って来たと……分かった、それじゃあロビーとリズはここまでだな。教会に戻って待っててくれ、安全を確保しに行って来る」


 気を付けてとか頑張ってとか、兄妹の温かい声援を背に受けて。俺たちは川の端にあった細い通路を辿って、地下水路の入り口へ。

 その水路は、大人でも何とか立ったまま入れるほどの大きさだった。水深も浅くて、侵入するにも苦労は無い感じ。そしてしばらく進むと、自然洞窟へと変化を遂げて。

 籠った臭いには辟易するが、幸いにも水深に変化は無し。ただし幅は広くなっていて、パーティ活動的には支障は無い感じだろうか。

 前衛を白姫と俺に変更して、更に奥へと進んで行く。


「ライトの明かりは便利だね、ヤスケ君……下水とかの臭いを緩和する、風魔法があればもっと良かったけど。

 おっと、君の妖精が反応……ああっ、苔の収集ポイントだね」

「みたいだな……こらっ、ネム! ファーが飛んで行っても、列は乱さない約束だろ?」


 実際は光を発するキノコのお陰で、灯りが無くても何とか歩ける程度に光源はあった。それでも用心は必要だし、ライトは消すつもりもない。

 便利系の風魔法については、俺も欲しいが無い物ねだりなのは激しく同意だ。そして俺のお叱りの言葉に、ネムは何とかその場に留まってくれた模様。

 良かった、話の通じない子じゃなくて一安心だ。


 不服な表情ではあるが、子供なのだし仕方が無いと割り切って。イリアも必死に列を乱さない大切さをアピール、何しろ一番被害を被るのは隣の小娘だし。

 この配列だと、ネムは後衛の護衛任務の割合が強いのも確か。ただし己の欲望に忠実な幼女ネムには、半分も伝わっていない様子なのが悲しい。

 辛うじて、主人の俺の言う事は聞くって感じかなぁ。


 そんな事をしている間に、ファーが収集活動から戻って来た。それからこの先に分岐があるよと、ゼスチャーでこちらに教えてくれる。

 そこまでは、どうもロビーとリズの活動エリアらしい。ってか、報告されてた敵はどこだ? おっと、いた……洞窟の上の方を飛び交う蝙蝠コウモリが数匹。

 それから大ネズミも、奥の影をうろついてるな。


「ふむっ、敵の姿は発見出来たね……ただクエ依頼の難易度☆5が本当だとして、蝙蝠やネズミ退治で終わりって事は絶対にない筈だけど……。

 どこかに、大物が潜伏しているパターンかな?」

「そうですねぇ……私もプレイ時期はそこそこ長いですけど、この地下水路は初めて入りましたよ。意外と広いんですかね、分岐があるのは想定内ですけど。

 ってか、クエのクリア条件を満たすには、どうすれば?」

「さあな……取り敢えずは、目に付いた敵は皆で倒して行こうか。それから収集もするぞ、強い敵を発見するまで分かれて探索しようか。

 一応あんまり離れるなよ、特に小娘」


 分かってますよと、怒った様子の小娘の返事に。一緒に行動しようかと、ヴァイスが優しいフォローを入れて来て。そんな訳で、俺はソロで分岐を真っ直ぐ進む事に。

 ネムも一応ついて来てるな、ファーに従っているだけかもだが。さて、探索本気モードだ……冒険スキルの『地図形成』と探索のコンパスを発動して。

 《Dビジョン》付きの闇の眼帯も、一応は装着しておくかな?



 さて、改めての初期メンバーでの探索開始だ。下水道だと思っていたが、地下洞窟っぽいエリアだったのには意表を突かれたけど。

 ここまで来ると、臭いもそれ程では無いのは有難い。ファーもご機嫌に、収集ポイントを求めて先頭を飛翔している。ネムに関しては、雑魚の大ネズミ退治に余念がない。

 俺も武器を弓に変えて、空を飛ぶ蝙蝠を撃ち落としてみる。


 ……うん、本当に雑魚だな。奥に行くほど、その数は少しずつ増えて来ているとは言え。本当に自然の地下洞窟エリアな感じ、未踏破ボーナスの告知が無いので、誰か先人が探索済みっぽいのは確か。

 暫く進むと、湧き水が流れ出ている清浄な場所を発見。ファーがすかさず、ここにポイントあるよと指し示して来る。そこも発光キノコがあって、光源には全く困らない。

 一説には、その淡い光で苔類は育つらしいのだが。


 案の定、そのポイントから各種の苔類をゲット。それから土や水の結晶を少々、これは属性の矢を合成するのに良いな。同じポイントから結構取れたから、かなり放棄されてたと推測出来る。

 そんな収集ポイントが道なりに数か所、敵の数はポツポツで数も多くない。分岐も出て来て、地面は水場が多いので足を取られやすい。

 それ以外は、何の変哲もない地下洞窟である。


 収集活動は順調で、ファーもご機嫌なのは置いといて。ネムは出て来る敵の弱さに、物足りなさを態度でアピールしている。

 向こうもどうも似た感じらしい、イリアとの通信報告では少なくともそう言っている。☆5のクエ依頼なのにこの肩透かし……う~む、何だかなぁって思っていたら。

 通信越しに、小娘が慌ててる気配を伝えて来た。


『お兄さんっ、こっち当たりです……! 早く来てくださいっ、洞窟の突き当りに凄い仕掛けを発見しましたよ!! 』


 何だ何だと、俺は地図を頼りに向こうチームと合流。彼女たちが辿ったルートは、地下水路から上がった乾いた登り道だった模様。

 闘いの気配は前方から感じないが、少なくとも何かは発見したのは間違いなさそう。あの慌て振りからしたら、NMとかかなって俺の予想は大外れ。

 無事に合流を果たした俺が目にしたのは、奇妙な箱型の装置だった。


「……何だ、アレ……?」

「おっと、ヤスケ君は知らないか……そう言えば君は、まだルーキーだったっけ? あれは『モンスターコア』と言って、モンスター発生装置だよ。

 俗に言うトラップかな、こんな浅い場所にあるのは珍しいけど」

「装置の上にカウンターあるの見えますか、お兄さん? あの数字がこの装置の肝ですね、あの数だけモンスターが湧く仕組みですから。

 86は、だから結構なタスクを要求されますよっ!!」


 などと申告して来る小娘も、実はこの装置を見たのは初めてらしい。遭遇もレアなこのトラップ装置、恐らくこれが☆5依頼の要因だろう。

 俺たちが見つめるその現在も、数字が1つ減ってモンスターが召喚されたっポイ。ちょっと面白いな、こんなトラップは初めて見たよ。

 とにかく、これがこのエリアに敵が繁殖した原因で確定かな?


 そうと決まれば殲滅だ、白姫によるとアレは壊せるらしいので。経験値やドロップも美味しいらしい、白姫は遭遇経験者で間違い無いようだ。

 ところがそのベテラン白姫、たった3人でアレに取り掛かるのは無謀だと力説。最低でも、連続して40匹~80匹相手の戦闘になるそうで、確かにそれは辛いかも。

 何か手は無いかな、例えば呼び鈴で助っ人的な。


 鞄の中を漁ってみたら、『殺人人形の呼び鈴』と『夜の呼び鈴』ってのが出て来た。それから確か、『充魔の勾玉』てのが電池になるんだっけ?

 これをベテラン勢に示したら、う~んと唸って作戦会議の流れに。俺は戦うのを前提に、水魔法の《マナプール》を唱えて臨戦態勢を進めて行く。

 驚いた表情のヴァイス、イリアの方は戦ってみたそうな雰囲気だ。



 結局は多数決で、戦う事に決定した訳だけど。ファーにも遠慮するなよと、こちらの全戦力を注ぐ構えでの事前通告は忘れない。それから白姫に、『充魔の勾玉』の使い方を教わって。

 これは便利なアイテムで、要するに電池切れで使用不可となる前に呼び鈴を再び活性化させる錬金素材だそうだ。おっとそれなら、捨てずに取ってあった『辰の仔の呼び鈴』も鞄の中にあった筈。

 それを見てファーが頂戴の催促、どうやら使ってみたいらしい。


 呼び鈴はともかく、勾玉は小銭程度の大きさだから、妖精のファーでも簡単に持ち運べる。継戦の作業にファーが従事してくれたら、こちらとしては凄く有り難い。

 そんな訳で、作戦は大まかに決定……俺とネムで中央を、左翼をヴァイスが受け持って右翼は呼び鈴の戦団でキープ。ファーがメインに、その場の指揮をる事に。

 考えたら酷いな、まぁ猫の手より妖精の羽ってな。


「う~ん……探せば幾らでも、この作戦の欠点は出て来るんだろうけど。皆でやると決めたのなら、全力で立ち向かうと約束しよう! 戦闘不能になっても、私は決して文句は言わないよ!

 むしろ華々しく散ろう、前衛としての矜持きょうじもって!」

「いや、負けるの前提に話を進めるな……確かに難敵には違いないだろうけど、俺的にはエリアボスと戦って勝った経歴もあるからな。

 それほど心配はいらないさ、今日のイン時間内に終わらせるぞ」

「マジですか、お兄さんっ!? ……エリアボスって、一体どこの?」


 詳しくは語らないが、始まりの森だと答えてやると。2人とも恐れ入ったと絶句の表情、こちらを変人でも見るような目で眺めて来る始末。

 それは兎も角……大口叩いた手前、簡単に倒されると非常に恥ずかしいな。保険的な前準備だが、《マナプール》以外にも少し欲しい所ではある。

 何か無いかな……おっと、そう言えばスキルPが大量に余ってた。





 ――保険は大事、大風呂敷に穴が開いてたって事態にならない為にもね!






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