第108話 ミミック・パニック



 一応は開錠系の冒険スキルを持っていたので、それをスロットにセットして、俺が宝箱を開ける流れに。まぁ、自分で言うのもアレだけど、断トツに体力も高いし襲われても平気だろう。

 ちなみにHP数値を申告し合った際に、ヴァイスには大いに呆れられてしまった。


 補正スキル《体力オバケ》様々である、ちょっとかじられる程度なら全然平気な筈……さあ来いミミックと念じつつ、俺は宝箱の前に陣取って開封の構え。

 呑気な表情で、俺の隣に寄って来るネム&ファー。


 いやまぁ、別に良いけどな……一応は危ないぞと声を掛けて、大きな宝箱をバカっと開くと。予想通りと言うか期待外れと言うか、本物の宝箱だったと言うオチでした。

 うん、ファーが反応しない時点で予想は出来てたよ?


「わっ、割と当たりが入ってますね、この宝箱……! 高性能の武器と防具の他にも、金のメダルや宝石も混じってますよっ!!」

「おっと、聖水も入ってるね……そう言えば、恥ずかしながら街で買い足すのを忘れてたよ。ミミックは《呪い散布》があるから、実は聖水は必須なんだよね。

 ヤスケ君、何本か持ってるかい?」

「聖水なら、確か少しだけ持ってるな……むうっ、当たりの箱ってのは良いけど、目的の素材が手に入らないのはアレだなぁ。

 何だか、ちょっと損した気分になっちゃうな!」


 何を贅沢な文句をと、小娘には呆れられてしまったけれど。目的にそぐわないアイテムを幾ら集めても、仕方無いと思う心情は分かって欲しい。

 まぁ、話によれば素材は競売でも入手可能っぽいけど。


 品薄が酷いこの限定サーバでは、恐らくその手段も無理なのではとのヴァイスの推測。つまりは、やはり地道にこの山籠もりで特定アイテムを集めて行くしか手は無いとの事である。

 しかも人数分だ、これはなかなかに大変な作業かも。


 入手したのは体力の果実と金のメダル×1、銀製の甲冑と銀製の両手斧、聖水を含むポーション類が数本と値段のそこそこ張る宝石類が少々って感じ。

 NM退治時やソロ時とは違い、この宝箱の中身はパーティでの山分けが必須らしい。面倒だが、お互い不満の無いように分配しないと、後の禍根かこんとなるのが目に見えている。

 そんな役割は、大抵がパーティリーダーが担うそうで。


 本当に面倒だが、まぁ今回は白姫が甲冑が欲しいと挙手してくれて。何しろ付随能力は無いとはいえ、防御力が+28の良装備だ。

 逆に小娘は特に欲しいモノが無いとの事なので、宝石類と金のメダルを渡してやる。金欠だって言ってたし、それで特に不満は無い筈だ。

 銀の斧と体力の果実は、そんな訳で俺が貰う事に。


 分配も滞りなく終わって、残り時間を気にしながら探索は続く。何となくだが、ネムもパーティでの位置取りとか行動指針などを理解し始めている気が。

 母親役のファーが、ちゃんと手綱を取り始めてくれているせいなのかは定かでは無いけど。チビッ子の暴走が減って来ているのは、本当に素直に有り難いと思う次第。

 そんな感じで、段々とこなれて来た感のあるパーティでの探索の末。


 撃破した何体目かのゴーレムから、本日2個目の『尖った鋼黄石』をゲット! 仲間から上がる歓声をよそに、何かに反応した様子を見せるファーさん。

 マップを見ると、この洞窟はさっきのより倍以上は奥行きが広い。つまりは分岐や行き止まりも倍は存在する感じで、その中の1つから不穏な空気を感じ取っているのかも。

 ってか、その元凶は俺の位置からもかすかに見て取れた。


「おっと、あそこにあるのは宝箱じゃないか? こんなちょっとした窪みみたいな場所にも、ちゃっかりと置かれてるんだな……さて、本日二度目の開封だ。

 戦闘に備えてろよ、お前たち!」

「ふむっ、今度こそミミックである事を祈ろうか……まぁ、私は別に宝箱でも嬉しいけど」

「そうですね、どうせ何度も通う事になるんだし、どっちでも嬉しいのは確かですね」


 冗談じゃない、何度も同じ場所に通い詰めるのは面倒この上ないじゃないか。俺的にはノーだが、例えば琴音が戻ってどうしてもって感じならば仕方が無い。

 鞄の容量の増加は、ゲーム的にも必須なのは確かだし。だがそれを人数分となると、面倒な作業に成り下がるのは当然ともいえる。


 とにかく二度目の開封は、またもや俺の手によって行われた。ファーの事前の騒ぎようから、完全に戦闘に備えてのその行為の末に。

 無事にミミックを引き当てて、雪崩れ込むように殴り合いへ。


 飛び交う怒号と戦闘指示、パニックは最小限で済んだけどミミックの戦闘力は侮れない。最初の《呪い散布》のスタン失敗で、途端に前衛陣が崩れそうに。

 ファーの聖水フォローのお陰で、何とかその事態は免れはしたものの。危うく仲間割れによる、望まぬドロップアウトを招く破目に陥りそうになってしまった。

 やっぱりこの敵怖いな、HPも多いし難敵だ。


 それでも人数の差による圧倒的な削り力で、戦闘は割と短時間で済んでしまった。2度目の呪い技は、小娘の《スパーク》が綺麗に止めてくれていたし。

 ネムに至っては、最初の呪い技もレジして闘い続ける優秀振り。嬉々として、俺の隣で両手斧を振り続けていた。ちなみに武器の選択は、本人のチョイスである。

 俺的には、盾を持っていてくれてる方が安心するんだが。


 途中参加のヴァイスと張り合ってるのか、どうもそんな幼さが随所に見受けられるのが始末に悪い。まぁ、本当に幼いのだから仕方が無いんだろうけど。

 取り敢えずは、危なくなるまでは好きにさせる事にして。それより無事に撃破したミミックから、無事に1個目の『滑らかな裏打ち布』がドロップ!

 これでようやく、1人分の拡張素材が集まった事になる。


「ふむ、この収集ペースは果たして順調なのか……? どう分配するかは後で相談するとして、さっさと洞窟探索を続けようか。

 マップによれば、もうほとんど分岐は無いみたいだけど」

「アイテム収集は、まずまず順調だね! 苦労してミミック倒しても、肝心のアイテムがドロップしない事も普通にあるから。

 1つの洞窟で、布が1枚取れれば大成功だよ」

「白姫お姉さんの言う通りですよ、ここは欲張る所じゃないですね、お兄さん。無理はせずに、残り時間はハーピー退治とかに費やした方が無難ですよ」


 小娘の意見に従うのはしゃくだが、残り時間は本当に十数分しかないのをかんがみて。俺たちは来た道を素直に引き返し、峡谷の入り口まで無事に辿り着く。

 そこからは時間いっぱいまで、近くに居座るハーピー狩りなどにいそしむ事に。その結果、何とか追加でドロップを1つ伸ばす事に成功。

 うむっ、1時間制限ってかなり厳しいな!


 何しろ、この山に入るのにお金も掛かっているのだし。これでボウズだと、何の為に金を払ったんだって事になって来る。今回の狩りに関しては、白姫に言わせると上々との事なのだが。

 その点はまぁ、良かったとこちらも安心すべきなのだろう。そして皆で帰還用のアイテムを使用、苦労せず麓の砦までワープで戻って来れた。

 ネムがひたすら驚いていて、その姿の可愛い事。


 取り敢えずは無事に戻って来れたし、収穫もあったので今回の冒険は良かったと思おう。北の山の雰囲気も感じれたし、今後何度かお世話になるみたいだし。

 後は今日の収穫の分配だが、これは言い出しっぺのイリアが1セット貰うで落ち着いた。小娘は凄く喜んでいたが、鞄の容量が増えるのならそれも道理か。

 ちょっと羨ましいな、2つ鞄を持ってる俺が言うのもアレだけど。


 俺の鞄拡張については、また今後に期待しよう。琴音が戻って来たら、恐らく再びこの北の山にトライする事になるだろうし。

 ちなみに、1時間での探索で結構な戦闘シーンがあったのだが。俺もネムも、レベルアップには至らず残念な結果に。ついでにイリアも上がらず、白姫のみ1つ上がったみたい。

 うぅむ、洞窟の探索時間が大半だったし、美味しい狩場の印象も無かったしね。


 特に経験値が必要って感じは、今のところは無い訳だけど。琴音が戻った後は、1度は集中してレベル上げをしたい思いはある。

 何しろある程度の強さが無ければ、安心して冒険など出来ないのは当然である。特に後衛は、装備も薄いので大変だろうし。後は姿の変わったネムも、集中して上げておきたいかな?

 どこかに良い狩場無いかな、琴音に訊けば知ってるかな。




 さて引き上げだ、報酬の分配も終わったしやり残しはここには無い筈。そんな感じで、俺たちは一団となって関所を後にする。

 この一連の冒険で、何となく“白姫”ヴァイスとも打ち解ける事が出来たかな。帰りの道中も、会話の流れが滑らかで雰囲気も良い感じ。

 さすがに年上の女性って感じで、白姫は場の作り方が上手いなって思う。人見知りのイリアに関しても、既に仲良くなっている気さえするし。

 小娘と正反対だな、付き合えば良いのにって思う。


 俺は関係無いから、妙な人間関係に巻き込まないで欲しい。正直言えば、幼馴染で手一杯……癖の強い奴が多いからな、琴音を含めてだけど。

 そんな事を考えてたら、途中の廃墟の旧街道でコボルトの集団に絡まれた。最初は2匹程度だなと油断していたら、途中で3匹追加されて。

 それを相手取っている内に、最終的に8匹になってた。


「ちょっと不味いね、ヤスケ君……狭い通路に誘い込んで、囲まれないようにしようとしたのが裏目に出たよ。まさかそっちにも、コボ集団がいたとはね」

「装備のしっかりしている敵の集団って、思ったより厄介だな! とにかく前線を保って、1匹ずつ仕留めるしか……うおっ、不味っ……!?」


 後衛の小娘が、ワキャワキャ後ろでうるさいと思っていたら。別ルートを伝って湧いた敵が、こちらの後ろに回り込んで来てしまったようだ。

 これは不味いと焦る前衛の俺とヴァイス、まさかこんな雑魚戦で大慌て&極度の緊張を強いるとは思ってもいなかった。ソロでのNM戦でも、もう少し心にゆとりはあったぞ。

 パーティ戦って、本当に奥が深いよな。


 そんな事より小娘のカバーだ、とか思ってたら急転回したネムがイリアを小突いていたコボルト2匹に殴り掛かっていた。向こう見ずなその態度、当然ながら今まで戦っていたコボルト2匹もその後を追って行く。

 場は一気に、混沌の明度を増して来た。ネムの戦線離脱によって、前衛の壁に大穴が開いたのが主な原因だ。周囲どころか背後にも敵影があるってのは、物凄く心臓に悪い。

 でもまぁ、一応イリアの安全は確保されたかな?


 殴られたのも1発だけっぽいし、そう考えればネムの暴走は良かったのか? 今は離れた場所で存在をアピールしている小娘だが、ネムはそんな事は眼中になし。

 ただひたすら、たかって来るコボルト達を殴っている。


「うわっ、大混戦になっちゃってるね……4匹にたかられてるネムちゃんが、このままだと真っ先に墜ちるな。ヤスケ君、何とかしないと!

 何か無いかい、範囲足止め魔法とか……?」

「あるにはあるけど、詠唱の時間はそれなりに掛かるぞ……?」

「私がヤスケ君の前の敵も、いったん引き受ける……スタンを振り撒いてくれ、SPが貯まってる今がチャンス!!」


 俺も3匹引き受けてるけど、本当に大丈夫なのかね? とか思っている内に、作戦決行の合図は言い渡された。それに真っ先に反応するのは、何故かファーだったけど。

 雷の水晶玉の投下だ、なかなかやるな……こちらも負けてはいられない、まずは範囲魔法の《スパーク》で牽制、それから武器を両手棍へとチェンジして。

 ヴァイスのために、3歩ほど下がって場所を空けてやる。


 大剣を振りかざしながら、すかさずその空間に飛び込む“白姫”ヴァイス。すかさず《大刹斬》の一撃で、俺が弱らせていたコボルトを一匹屠ってしまった。

 その間にも、俺は闇魔法の《Dジャッジ》の詠唱に余念がない。俺の持つ最恐の範囲攪乱魔法である、ただしどちらに放つべきか迷うシチュエーション。

 このゴチャゴチャの戦闘エリアの、まずは何処を安全にする?


 それ程に迷う必要は無かった、ネムの方は小柄な体が隠れるほどの密集振り。俺の闇魔法が放たれた途端に、コボルトの大半が恐慌をきたして戦闘放棄の流れに。

 思わずガッツポーズをしたいところだが、白姫の前の敵の塊も酷い有り様である。ファーの水晶玉の投下で、無傷な敵はいないとは言え。

 ……この密集振りを見てると、範囲魔法撃ちたくなって来たな。


 新たな称号『光陰』のお陰か、詠唱の時間が結構短縮されている感じがする。ここは一発、景気づけに範囲攻撃魔法の《キャノンB》でもブッ放とう。

 ただ俺の所持魔法の中で、炎スキルは一番数値が低かったりする。今はスキルPも潤沢にあるし、もう1個炎系の魔法を覚えるのも悪くないかな?

 何しろ現在の炎魔法2つ、どちらも使いにくい中級魔法の並びって言う。


 それは置いといて《キャノンB》だ、派手なエフェクトは確かに景気づけにピッタリかな。ついでにこの魔法でヘイトを稼げたゴブが2匹、揃ってこっちに突っ込んで来た。

 それを含めて目論見通りだ、武器チェンジした両手棍で迎え撃つ。ちなみに集団に与えたダメージは、ファーの水晶玉よりはダメージは高かった。

 後は程良くHPの減ったコボルト共を、殲滅して行くだけだ。


「なかなかやるね、ヤスケ君……君は一体、幾つ魔法を覚えてるんだい!? ネムちゃんの方は、君の魔法で何とか乗り切れそうだね!

 さっさとこちらを片付けて、向こうの応援行こう!」

「おうよっ、小娘もタゲ取らない程度にサポートしろよっ!?」

「分かってますよ、ネムちゃんは絶対に守って見せますよ!」


 良く分からないが、暴走幼女ネムの危機で俺たち3人に一体感みたいなモノが生まれた気がするな。俺的には、こんな雑魚の集団で手古摺てこずってとの苛立ちも多少あるのだが。

 しかし……やっぱりパーティの人数は、ある程度いた方が良いんだなぁ。琴音が戻って京悟と美樹也たちと合流すれば、そこら辺はクリア出来るとは言え。

 弱点って言うのは、放っておいて良い事はひとつも無いしね。


 などと思っている内に、ゴブリンの集団は1匹ずつ姿を消して行った。ネムの方も順調そう、俺の掛けた魔法の効果が意外と長続きしているっぽい。

 気が付けば、敵の数は後2匹のみ。俺とヴァイスが殴っている奴と、ネムとイリアで対処している盾&小剣持ちのみ。こうなると破綻した戦線も関係無い、安全は確保出来た。

 これ以上の波乱も無く、突然起きた大戦闘は終了。



「ふうっ、何とかなったね……3つの集団がくっ付いた時は、もう駄目かなと思ったけど。いやいや、これだから廃墟通りは油断ならないよ。

 普段は、6人でのパーティで通う場所だからね」

「そうですね、実際このエリアで全滅するパーティってよく見掛けますし。フルパーティでも油断は出来ませんから、呑気にお喋りしながら歩いてる場合じゃありませんでしたね。

 この先は、もう少し敵の配置に注意して進みましょう!」

「そうだな、ファーの探索力は収集特化だしな……雑魚の敵相手は、ほぼ報告はスルーだもんな。ネムに限っては、敵に殴り掛かるだけだし。

 俺も探索系の冒険スキル、これっての持ってないからな……」


 “白姫”の話によると、普通はパーティに1人はレンジャーとかシーフ系の職の者を入れるのが普通なのだそう。物理的な殲滅能力は低くなるが、今の場面みたいになり難くなるのはパーティ的にも大事なのは当然で。

 ところがこの賞金サーバでは、そんな当然の役割分担も破綻をきたしているそうで。参加している冒険者全般に、俺がトップに立つと言うワンマン振りが目立ち始めたのが要因で。

 よほど統制の取れてないパーティでないと、充分に機能してないそうな。


 その話を聞いて、俺も反省する箇所は充分にある。何しろ武器や魔法スキルもそうだが、冒険スキルも持ち過ぎだ。そう言えば『地図形成』って冒険スキル、周囲の敵の探知にも使えたっけな……。

 たくさんのスキルを、個人で持ち過ぎた弊害だ。自分が何が出来て、どういった役割を成すのがベストなのか分からなくなる。

 そこら辺も、もう少し真面目に考えないとな……。





 ――皆で廃墟の隅で休息しつつ、俺はそんな益体やくたいも無い事を考えるのだった。











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