第102話 闇落ち




「……あっ、地下より上を目指した方が良いですよ。上の層の方が、10層以上あって攻略し甲斐があるそうなんです……地下の方は、難易度高いそうですよ?」

「なるほど、そうなのか……むっ、でも先に層の浅い地下を攻略しておくって手もあるんじゃないか?」

「いやいや、即席パーティで難易度高いのは不味いですよ! 自分らの攻略階も上ですし、まずは無難な方から進みましょう!」


 この男女ペアは、タルマと檸檬レモンティと言うらしく、時折こんな感じで挙動不審だった。入る前にも何やら時間を取って、どこかに通信していたみたいだし。

 ちょっと美人局つつもたせっぽいなと、内心で警戒は怠らずにする事にして。それでも素直に上への階段を選んだのは、向こうの策略に乗っかるとどうなるか興味があったから。

 ひょっとしたら、コイツ等が目的の人物かも知れない。


 赤の塔内は、青の塔とまるでその様相は違っていた。まず第一に広さが4倍以上あって、他のパーティともすれ違う。第一層の奥には、上と下に伸びる大きな階段が。

 人が4人以上並んで進める程の回廊が、上下に連なっているのはちょっとした見ものである。さすがバーチャ世界、こんな大掛かりなダンジョンは初めて見たかも?

 そして残念ながら、第一層では敵とはほぼ遭遇せず終い。


 他のパーティが戦っていたから、第一層にも敵が湧くのは確かではある。ただ混み合っているため、敵の取り合いと言う現象が起きるらしく。

 まぁ、塔の本当の性質はどんどん進んで宝箱を探したり、階層を更新したりする事にあるらしい。出迎え役のチョロイ敵は放って置いて、先に進むのが恐らく吉なのだろう。

 帰りはテレポート球で一瞬らしいし、戻り時間は気にしなくて良いとの事。


 イリアの方も、相変わらず人見知りが発動していて挙動不審だった。同じく女性の檸檬ティが積極的に話し掛けているが、反応がいかにも鈍い。

 ってか、既に探索が始まっているのに世間話に花を咲かせるってどうなんだ? 男の方もやたらとうるさい、まるでこちらの注意力を削ごうとでもしている感じ。

 しかも話題は、こちらの能力についてとかだし。


 確かに共有した方が良い事柄ではあるが、初対面の相手に全部ばらすとか警戒心が無さ過ぎる。適当に誤魔化して、かなり下方修正した能力を告げるけど。

 ネムの能力に至っては、まだレベル6だと正直に話しておいた。この幼女が、まさかオーガも裸足で逃げ出す精鋭アタッカーなどとは、外見からは想像がつくまい。

 それより向こうも、良装備で高レベルで強そうだ。


「それ程でも無いよ、ただ次の街に進む時間を、この塔やフィールドでレベル上げに充ててた結果ではあるけどね。

 赤の塔は良いよ、敵の経験値も多いし宝箱も結構見付かるし」

「ふ~ん……でもその代わり、PKの待ち伏せも多いんだろ? 今まで1回も、そう言うのに遭遇しなかったのか?」


 この質問に相手は少々キョドって、遭遇してもダッシュで逃げられるからとの返答。そこまで大掛かりな待ち伏せなど、向こうも時間の都合で出来ないからとの事で。

 確かに4時間縛りで、延々と来るか分からない待ち伏せに時間を費やすのは馬鹿げている。だけどひょっとして、俺の持っている『魔除けの香炉』みたいな便利系の魔法アイテムを、向こうも使っているのかも知れないし。

 第一、こちらは被害者の琴音の体験を聞かされているのだ。


 警戒は充分にすべきなのだが、何度も突入経験のある筈のこの男女ペアのリラックス振りは如何いかがなモノか。しかも♂冒険者のタルマの方は、トレジャー職らしい。

 それなのに、周囲を警戒する素振りはほとんどない、ファーが呆れて見てますけど? って言うか、ようやく周囲に他のパーティの影が無くなった三層で、ファーが宝箱を見付けてくれた。

 通路の突き当たり、それはひっそりと置かれてあって。


 でかしたぞと褒めてから、開錠してみたが中身は大した事は無かった。薬品類が少々と、鉱物が数個のみ。開錠したタルマが、後でまとめて分けようと提案して来て。

 向こうが持っていると言うので、素直にそれを了承。つまらないアイテムで、鞄を圧迫することも無い。それより段々と敵と遭遇し始めて、戦闘が忙しくなって来た。

 それらをほとんど、俺とネムでやっつけて行く。



 タルマは前衛とは言え、殴り合いには不向きなトレジャー職らしい。ナイフでの攻撃は可能だが、一流のダメージソースにはなり得ない。精々、敵が多かった時の壁役程度か。

 それでも三階層になって、タルマは積極的に道案内を買って出始めた。この層から細かい迷路調な造りになっていて、手古摺てこずるかなと思った矢先の出来事である。

 そして迷路を抜けた先に、四層への階段のある小部屋が。


 テレポート球も階段の上に発見して、ここまでは物凄く順調である。時間にしたら、突入から30分も掛かっていない筈。さて、今日はどこまで進めるかなと、何気なく階段を見上げたその時に。

 ファーの警告ビターンが、久々に俺の顔面を襲ってビックリ仰天。周囲に敵影は全く無いのに、一体どうした事だろうか? 念の為にと、こちらも冒険スキルの『地図形成』で確かめてみると。

 ……確かに階段付近に、何やら怪しいポイントが見受けられる。


 まだ2P程度の振り込みだから、そこまで完璧な地図には至ってないとは言え。これを無視して先に進むほど、俺の心臓は豪胆には出来ていない。

 男女ペアに相談しようと思ったら、何故か連中は小部屋の入り口でたむろっていて動こうとしない。なのに視線だけは、妙にこちらを気にする風でねちっこい。

 まるで蟻地獄に放り込んだ、もがく蟻を眺める子供のよう。


 無邪気さなど欠片も無いが、恐らくそう言う事なのだろう。琴音は最後まで気付いて無かったようだが、彼女も美人局にやられた可能性が高い。

 確かにまさかの展開だ、前もって余程疑う要素が無ければ気付かないだろう。さてどうするべきか、待ち伏せ連中の力量も良く分からないと言うのに。

 場所はファーの情報によると、階段のすぐ上らしい。


「そろそろ良い時間だし、ここで引き返そうか? そっちも時間が無いだろ、次の層は諦めよう」

「えっ、コッチは時間平気だよ……すぐそこにテレポート球が見えるでしょ、引き返すならそこから戻ればいいよ!」

「そうか、じゃあお先にどうぞ?」

「い、いや……俺達はもうあそこはクリア済みになってるから……」


 誤魔化しが下手だな、おそらく連れて来られた他の連中は、全く疑う事をしなかったのだろう。冒険者同士の情報のやり取りなど、こんな限定サーバでは皆無に等しいだろうし。

 万一スレ版などで流れても、闇落ちしていない彼らを疑う要素も見当たらない。もちろん取り締まる連中もいないとなれば、次の獲物を狙いたい放題だ。

 見返りがどの程度か知らないが、まぁご苦労な事で。


 ここはまとめて始末してしまおう、取り敢えずネムには両手剣のマンイーターを手渡して、戦闘になったら存分に暴れていいよとのお達し。

 それからファーには、隠れている連中に水晶玉での先制攻撃をして貰う事に。イリアが巻き込まれないようにこっちに招き寄せ、戦闘が始まるぞとそっと耳打ち。

 そのすぐ後に水晶の炸裂音と、前後から驚きの気配。


「こんな場所で、長い時間隠れての待ち伏せご苦労さん! 案内して来た連中が裏切ってくれて、お前たちの魂胆はこっちにバレバレだぞ!?

 素直に出てきたらどうだ、照れてんのか?」

「ちっ、違うっ!! 俺達は裏切ってないっ……!!」


 ほいっ、告白タイム終了……あわてて口をつぐむタルマだが、その思いは果たして待ち伏せPK連中に届いているや否や。完全にビックリ顔のイリアは、話の流れに全くついていけてない様子。

 それはいいけど、ようやく待ち伏せPKの1人が顔を見せた。どうやら闇落ちプレーヤーらしい、その後ろにも何人か潜んでいる。

 階段の欄干らんかんに隠れて、こちらの不意でも突くつもりだったのだろうか。ファーがそうはさせじと、再び水晶玉爆弾を投下する。それから物凄い速さで、こちらへと戻って来た。

 ナイスな仕事振りに、思わずグッジョブと労っていると。


「酷ぇなぁ、アンタ……ここまで先手を取られて掻き回されたのは初めてだ、何か気配察知のスキルでも持ってるのか!?

 ……それとも、本当にお前たちが裏切ったのか?」

「違うっ、多分その妖精の仕業だ……そこの子供も従者だそうだ、気を付けてくれ!」

「そう言う情報を、しっかりと通信で教える手配だっただろうが! 使えねぇ奴らだな、ついでに始末しちまうぞ!?」


 戦闘のボス格らしき男の背後から、三下らしき小柄なアサシンっぽい男が怒鳴り散らしている。チームプレイがなってないな、敵ながら心配である。

 ってか、仲間割れしている今が好機なのは確か、今はファーのファインプレイのお陰で全員が立ち上がって姿を見せている。全部で6人、その全てが闇落ちプレーヤーらしい。

 今回はNPC闇ギルド員は無しか、珍しい構成だな。


 全員が盗賊かアサシンか、そんな感じの衣装と武器である。レベルも高そうでちょっと嫌だが、幸いこちらも前もって支援魔法は掛け終えている。

 戦闘を見越しての前準備は、ネムにもしっかりと行き渡っていて。イリアの心情が心配だが、敵の人数が思ったより多くて関わっている暇がない。

 取り敢えず行くぞと声を掛けて、闇魔法の《ダークジャッジ》を敢行!


 水晶玉の範囲攻撃より、余程凶悪なこの攪乱かくらん範囲魔法の効き具合だけれど。完全に錯乱したのが盗賊衣装の2人、辛うじて動きが止まったのが残り2名のみ。

 完全レジが先頭のボスを含め2人、その脇を疾風の如くネムが走り抜けて行く。そのフォローにと、俺の弓矢の一撃がボス格の盗賊を襲う。

 こちらも挟み撃ちだ、容赦は一切しない。


 その点に関しては、ネムは物凄く優秀である。まずは動きの止まった黒服のアサシンに、容赦ない両手剣の一撃。俺も弓を構えたまま、前進しながら追撃を見舞う。

 束の間戸惑っていたボス格の盗賊は、武器を構えてこちらに躍り掛かって来た。魔法の援護を止めたかったのだろう、その選択は決して間違いではない。

 向こうの後衛は半分錯乱状態、ネムの方の心配は不要だろう。


 ここは安心して、俺もボスを相手取れる。ってか、いつの間にかあの男女ペアはこちらのパーティを抜けてやがるし。まさか、この場から去ってはいないだろうが。

 それより目の前のボス盗賊が、なかなか手強くてかなり厄介だ。ナイフの二刀流使いで、こちらの急所を執拗に狙って来る。こちらは両手棍でのお相手だ、階段際まで追い込んで。

 SPが貯まったら、他の連中も巻き込んで《乱撃》をお見舞いする。


 盗賊職系の連中は、装備も薄いので打撃ですこぶるダメージを出せる。ネムの一撃かファーの襲撃か、ダメージを貯め込んでいた連中の1人が呆気なく沈んで行って。

 敵のボス格がムキになって、更に斬撃を見舞って来ているが。こちらの体力は豊富だし、イリアが思い出したように回復援護をしてくれている。

 そしてボス格の後ろで、ネムの餌食になるPKアサシンの2人目。


 敵の方がまだ数は多いが、戦局は極めて順調だ。ここのところずっとPKを相手取ってるし、こちらはそんな連中を殲滅するのに慣れているのも大きい。

 さすがに敵ボス格の表情にも、焦りが浮き出て来始めた。剛腕幼女ネムの恐ろしさを、改めて感じているのかも知れない。俺は尚も相手を押し込み、範囲技のパターンを続行してやる。

 それで呆気無く3人目が没、ネムもかなり楽になった筈。


 油断した訳では無いが、ボスがいきなり闇魔法を飛ばして来た。《呪縛じゅばく》と言う闇の束縛系の魔法で、俺は束の間自由を奪われてしまった。

 慌てつつも、それを顔に出さずに解決法を探る。動きは阻止されたが、魔法はどうだろうか……四苦八苦している中、何と相手もイリアの《ロックバインド》で移動不可状態に。

 笑えるような、笑えない状況にネムばかりが躍動する。


 ってか、結局残ったPK連中は残らずネムが倒してしまった。彼女が俺の従者で無かったら、危うく盗技石の効果が発動しなかったよ……それは勿体無い、何しろ6人の団体様だ。

 何とか根性で、動けるようになるや否や敵ボスを倒してキルマークをゲット。いや別にプレーヤーを倒すのに快感を得た訳では無いが、従者に負けるのも情けないし。

 とにかくこれで全員倒し終え、残るは元パーティ仲間の2人のみ。


 裏切り者……でも無いな、元からそのつもりで仲間に誘って来た腐り切った連中だ。幸いにも、仲間が俺達を始末してくれると信じて疑わず、逃げ出す機会を失ってしまったらしく。

 その場にちゃんと居てくれて、俺としてはラッキーだ。何しろ、コイツ等に問い質したい事が幾つかあるので。例えば、4日前に同じように女性3人PTを罠にかけてないか?

 嘘をついても無駄だ、知り合いなのである程度の情報は直に貰っている。


「しっ、知らない……見逃してくれよ、俺達に殴り掛かるとそっちが今度は闇落ちするぜ?」

「関係ないな、逃げようとするなよ……いざとなれば、俺の従者が一撃でお前らの首を落とすからな?」

「4日前も何も……毎日1~2組は必ずカモが掛かるから、一々覚えてなんかないわよ? やるならアンタが手を下しなさいよ、従者任せなんて卑怯でしょ!?」


 それは明らかに挑発だったが、もとより可愛いネムにそんな真似をさせるつもりは無い。ってか、今の♀冒険者の告白でコイツ等は厳罰に値する真っ黒さ。

 相手も分かっているのか、決して向こうからは手を出そうとはして来ない。コイツ等どうしてくれようと思っている隙に、不意に女の方がダッシュで階段方向へ逃げ始めた。

 明らかに、テレポート球を使って逃げようとしている。


 思わず反射で追い掛けた俺は、階段の中ほどで簡単に女に追い付いた。そして覚悟を決めて、美人局役の女に棍棒の一撃をお見舞いする。

 恐らくは琴音の仇だ、よって撲殺は決定事項だ。


 これで彼女の悔しさの、半分でも味わうと良い。術者のHPなど、こちらからすれば薄っぺらで手間でも無い。そうやって始末し終えると、同じく逃げようとしていた男の方と鉢合わせ。

 後ろはガッチリ、ネムが逃亡防止でくっ付いてくれていた。更にその後ろには、ほぼ錯乱状態のイリアの顔が見えたけれど。

 もう後戻りできない、何しろ俺の名前は灰色へと反転している。


「おっ、お前……そんな簡単に闇落ちして、絶対に後悔するぞ!」

「幼馴染の仇を討てなかった方が、千倍後悔するに決まってるだろ。って言うか、今までの腐った行いをお前が後悔しろ……」


 正論を振りかざしつつ、心の中では絶対コイツ逆恨みするだろうなとの思いの中。2人目の撲殺に励みながら、この後どうしようかななどと思考は変な方向へ。

 いや、笑い事じゃない……確かに俺は、間違いなく“闇落ち”してしまったのだ。この明らかな悪評を、どうにかしないと普通の生活が出来ないと言うね。

 まぁ、いまさらコイツを見逃しても何にも変わらないので。


 散々罵倒を浴びせて暴れ回る男版美人局を、スキル技込みで粉砕してやって。これで静かになったと、ホッと一息して周囲を窺う。

 残ったのは可愛い従者2人と、憤然とした顔のイリアのみ。


「……なっ、何てことしてるんですか、お兄さんっ!? 闇落ちですよ、日陰者ですよ……裏街道まっしぐらですよ、分かってるんですかっ!?」

「いや、その……何とかならないかな……?」


 知ってたらこんなに慌てませんよと、当然過ぎるイリアのお小言を貰いつつ。いつの間にやらパーティは解散となっていて、聞けば表と裏の冒険者は一緒のPTにはなれないそう。

 色々と規制があって大変だな、なってみて初めて解る日陰者の苦労……。まぁ、相談するなら裏街の教会の牧師様だろう。もしくはシスター、まだ露店にいるかな?

 確か闇落ち冒険者は、裏通りしか歩けないんだっけ……?


「いえ、表通りも普通に歩ける筈ですよ……ただ単に、街の警備兵に見付かったら狩られる運命にあるだけです。裏通りを歩けば、その心配が幾分か減るってだけですね」

「なるほど、日陰者は色々と大変なんだな……好んでこんな身に、落ちる奴の気が知れないよ」

「お兄さんは人の事言えないですよっ、戻らなかったらどうするつもりなんですかっ、バカですかっ!?」


 そうは言われても、琴音の仇討ちはこのゲームをする上での絶対的な命題だったしなぁ。これで続けて行くのが困難になったら、琴音に謝って素直に引退するのみだ。

 小娘はそれを聞いて、物凄く悲しい顔付きに。ファーちゃんやネムちゃんはどうするんですかと、少女は俺の痛い所を的確に突いて来る。

 確かにその通り、俺の我が儘に彼女たちまで巻き込むのは不本意だ。





 ――何か良い案は無いモノか、せめて彼女達が幸せになれるような……。








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