第103話 帰宅の途中の出来事




 今日も授業を頑張った、その疲れを身体のあちこちに少々感じつつも。今は帰宅の途中、そして琴音が隣にいないと言う珍しい日でもある。

 種明かしをすれば、向こうが数学の補習に引っ掛かったんだけどね。小テストの結果とは言え、余りに散々な出来だったらしくて。

 担当の先生が、そんな連中を集めて喝を入れてくれるそうな。


 生徒側からしたら、まぁ余計なお世話に感じるかもだが。一度授業のペースに遅れを取ったら、そこからズルズルとドロップアウトなんて良くある話。

 そうなる前に、遅れそうな生徒を拾い上げるのは“愛情”以外の何物でも無いと俺は思う次第である。そんな理屈を琴音にぶつけたのだが、彼女は釈然としない表情だったと言う残念さ。

 それでも補習は、頑張って受けて欲しい。


 待っていないで良いよとのコメントは貰えたので、俺は薄情だと思いつつも帰路につく事にしたのだが。少なくとも、琴音が前向きになって来たのは感じてホッとはしている。

 ……補修に対してでは無いのは、ちょっとアレだが。


 要するに賞金限定サーバの1週間リタイアのダメージ、それからの精神的な復活についてである。まぁ、その縛りもあと2日で解けるのだ、落ち込んだままではいられないって事か。

 何にしろ、相棒の立場の俺としては安心ではあるよな。再出発に備えて、妹たちのコーチ役などに励んている琴音は、以前にもましてアグレッシブに感情を燃やしている。

 後は俺が、復活後に上手にサポートすれば良い話。



 さて、考え事をしていたら前方にアーケード通りが見えて来た。寂れたとは言え、ウチの街に古くからある商店街の大通りである。

 いや、大通りは言い過ぎた……小通りかな、店が並んでいるのは精々が100メートル程度だから。とは言え、生活に必要なモノは、このアーケード商店街でほぼ揃うのも事実。

 例え大半が、既にシャッターを降ろしていても。


 まぁ、寂しい限りではあるよな……寂しいと言えば、今は俺一人での帰宅の途中である。さっきまで誠也と環がいて、それなりにお喋りに興じていたのだ。

 話題はお互いの趣味の話が大半で、物静かな環も自分の得意分野については結構なお喋りに転じてしまう。誠也もゲームや、テスト範囲のヤマ張りの話題を差し込むのに一苦労の有り様。

 俺って聞き上手なのかね、その自覚はまるで無いのだけれど。


 ともかくさっきまでが賑やかだったため、目の前の景観はかなり哀愁を誘ってしまう。ちなみに環の趣味は、読書や手芸と言ったインドアのものばかり。

 習い事も普通に通っていて、学習塾やピアノ教室の話も結構加わって来ていた。誠也も塾には通っていて、この地区では有名な進学塾である。

 2人とも、割と裕福な家庭で育ってるんだよな。


 そこら辺は、普段の生活態度からも察する事が出来る。比較して悪いが、京悟と美樹也みたいな雑種犬とは大違い……いや、俺もどっちかと言えばそちらに分類されるんだけどね?

 友達を悪く言うモノでは無い、それが例え内心であろうとも。


 そんな友達の1人の実家、市川商店はもう目の前。店の前では、まるで働き者の見本のような、美樹也の妹の芽衣が店番をやっていた。

 近所のおばちゃんと談笑して、そこにはヤンキー気質など全く窺えない。しかし、おばちゃんが去って俺が目の前に出現すると、その瞳は見る間に胡乱うろんに。

 何かコイツ、俺を目の敵にしてるんだよな……。


「何、兄貴に会いに来たの……? 今日は珍しく、琴音ちゃんは一緒じゃないんだ? あのさ、邪魔だから店の前からさっさと消えてクダサ~イ。

 営業妨害じゃん、ヤンキーのたまり場だと思われちゃう」

「ヤンキーはお前だろ、芽衣。それにこっちは立派な客だ、夕食の材料を買いに来たんだ……適当に見繕ってくれ、豆腐とネギは鉄板な。

 美樹也と会ってくから、会計は帰りで良いかな?」


 尖った感じの良いよが返って来て、俺は鞄からエコバックを取り出して芽衣に手渡して。俺の買い物は大抵がこんな感じ、おおよそ人任せで丸投げ感が漂う感じ。

 まぁ、周囲に出来る女性が多いからな……甘やかされて育ちました、買い物は俺の得意分野では無いのだ。芽衣も毎度の事と、その要望に応えてくれてるし。

 たまにサービス品もタダでくれるし、地元の商店万歳である。



 そんな訳で、俺は店の脇の細い道を通って商店の裏庭へ。すぐに美樹也の居城のプレハブ小屋が見えて来て、俺は挨拶代わりに美樹也の名前を呼んでみる。

 返事は扉の開く音で帰って来て、私服と言うかジャージ姿の美樹也が姿を現した。ワイルドな印象は相変わらずだが、制服の時よりは幾分和らいでいる感じ。

 それでもアクの強さは、いささかも減じられてはいないかな?


 いや、普通にしていればソース顔のハンサムだと感じる女性も多い筈。本人はそっち方面より、自分をいかに向上させるかに熱を入れているのがアレだけど。

 本人的には、ルパン三世の次元とか五右衛門みたいなニヒルなキャラになりたいらしい。バーチャ世界(つまりはミクブラ)の中では、そんなプレイで遊んでいるみたいだと聞き及んでいる。

 そして正義の執行人は、現世でもバーチャ世界でも変わらずと言う。


 元から芯の強い人間……と言うか、俺はコイツ以上に頑固な人間を知らない。真っ直ぐで頑迷なのは琴音も一緒だが、彼女は自分でそれを伝える腕力は無い訳で。

 美樹也の場合は、それを押し通す腕力を有しているので始末に悪い。もっとも、中学時代はその性格と喧嘩の強さを、利用させて貰った俺が言うのも変な話だが。

 しかしまぁ、あの頃はこんな心を許すマブダチになるとは想像さえしなかった。


 京悟もそうだが、縁ってのは本当に不思議だな。とにかくそんな美樹也に招かれて、俺は奴の居城のプレハブ小屋へと入って行く。

 見慣れた配置の家具と、雑多な趣味の羅列。


 そこは8畳程度の空間で、ある程度の生活用品は揃えられていた。奥にはベッドもあるし、テレビやタンスも古いモノが置かれている。

 床にはカーペットが敷かれていて、モダンな感じのソファとテーブルのセットが部屋の中央に設置されていた。俺は鞄を置いて、お決まりの定位置に座って寛ぎ模様。

 美樹也が早速、お茶の準備をしてくれている。


「お前の妹、相変わらず俺には当たりが強いのな……何とかならないのか、京悟の妹はあんなお淑やかなのに」

「明日香も昔は、相当なヤンチャだったって話だぞ? 芽衣も俺には当たりが強いから、俺たちに何かしらの不満があるんじゃないか?

 我慢してくれ、もう数年したらもう少し丸くなるって期待してる」


 なるのかね、アレが……などと心中の思いは、敢えて口には出さず。向こうも何を飲むかなど聞いて来ない、程無く俺の前にホットコーヒーが差し出された。

 インスタントだが、それはまぁ仕方が無い。


 喫茶店でバイトしていると、舌が肥えてしまうから大変だけど。大事なのは心遣いだ、有り難く頂戴して置いてあった茶菓子も口に入れる。

 そこから始まる掛け合いは、他愛の無いモノばかり。肩の力が抜けていて、普通の友達トークである。部屋の内装も手伝って、寛げる空間には違いなく。

 こんな場所が幾つかあるのって、人生ではとても大事。


 美樹也の趣味と言うか、部屋に飾られているモノは結構雑多である。数ある模型の類いはまだ良い方で、プロレスラーのポスターやバイクのハンドルとかが飾られている。

 たった1つある窓からは、隣の家の垣根とその奥にある小さな公園が窺える。公園にはここからは直通で行く事は出来ないが、少なくとも植えられている花木は観賞出来る。

 6月の、少し湿気を帯びた空気がそこから入り込んで来て。


「京悟は、今の時間はバイトだっけ……あいつが続く仕事って、なかなかに珍しいな。当分は、茶化さずに経緯を見守ってやんなきゃな。

 美樹也と京悟は、平日会ったりしてんの?」

「いや、日曜の夕食会以外だと土曜に会うくらいかな……俺も家の仕事手伝ってるしな。まぁ、ゲームは毎日一緒にしてるから、交流はお前よりはあるかな。

 恭輔とも早く、限定サーバの中で合流したいな」

「ああ、ミクブラで毎日一緒に遊んでるのかぁ……お前も大変だな、京悟と2人だと美樹也が舵取りとか宥め役担当だろうし。

 妹軍団が加わると、一体どうなるんだ?」


 俺の質問に、束の間何もない空間を見詰める美樹也。そのポーズだけで、奴の仮想空間での苦労が窺えると言うモノ。まぁ、任せた俺が言うのもアレだけど。

 美樹也の説明では、昨日の月曜日が終わった地時点で、未だに楓恋と杏月の2名は“始まりの森”から抜け出していないらしい。

 方々のアドバイスから、その作戦は取られたっぽいのだが。


 つまりは、唐突に始まった『白百合イベント』の課金弊害が街の中で暴れているので。現状でスタートの街を訪れるのは、得策では無いとのベテラン勢の判断で。

 そんな訳で、俺の妹たちは素直にソロ活動エリアで冒険に勤しんでいるらしい。俺が直接彼女たちから聞いた話では、俺の書いた“冒険の書”が大活躍らしい。

 つまりは、隠しダンジョンとか探索出来ているそうな?


「楓恋の方に至っては、お前に倣って妖精を従者にしたそうだな……ただ、精霊に出逢えず変なルートに迷い込んでいるって話だけど。

 フラグを踏んだつもりでも、全く別ルートに至るのが『ミクブラ』の特徴でもあるからな。話を聞く限り、妙に戦闘に参加する風変わりな相方らしいぞ?」

「それは……えっ、じゃあ楓恋は魔法が使えない仕様なのか、現状で? 戦闘特化の妖精って、ひょっとして“戦闘妖精”の事かな……。

 俺の相方は、探索や収集活動に特化してるスタンダード型だと思うけど」

「杏月の方も、割と風変わりな遊び方してるらしいな。初心者だから仕方ないけど、これは八崎家の特徴でもあるのかもな?

 長男を筆頭に、定番を思い切り踏み外した冒険の進め方だな」


 そんな捉え方をされてたらしい、全く心外だが言われても仕方の無い俺のアバターだったり。それより長男として、杏月の話題はちょっと心配だな。

 俺が聞くのは、ログイン終わりに毎回のように死に掛けたと言うぼやき文句。大丈夫かと心配するのだが、本人は至って平常運転な雰囲気である。

 こちらの懸念など、どこ吹く風のプレイ振り。


 そもそも、妹たちの選択した“妖精族”は前衛には適していない種族である。HPなども高くないし、大抵は後衛寄りのアバターを作成するのに利用されていて。

 つまりは、ソロでの冒険には不利には違いなく。それなのに、楓恋は“妖精付き”のペナルティで魔法禁止状態だし、杏月は毎回死にそうな目に遭っているし。

 種族性能を、思い切り度外視している冒険振りに少々眩暈めまいが。


 俺や美樹也が心配するのも、ある意味当然とも言える訳で。しかし助けようにも、向こうは完全ソロプレイ区域。助言しようにも、想定外の冒険をされたのでは。

 それも難しいと言う、困惑のお兄ちゃんズなのであった。


 俺としては、お金はこちらで出すから“スタートの街”に出ればと誘っているのだけど。実は京悟と美樹也も金欠気味で、そちらからも金の融通を迫られそうな現状を鑑みて。

 私達は心配いらないからと、そっちにお金を回してとの配慮をする素振り。これには流石の俺たちも、ぐうの音も出ない有り様で。

 仕方無く、楓恋と杏月の好きにさせている次第。


 ちなみに京悟と美樹也の妹2人は、今のところお金に不自由はしていないそうだ。かと言って、何日続くか不明な『白百合イベント』に、兄たちに融通する程の余裕も無く。

 お鉢が回って来た俺としては、友達に金銭的援助を行うのに何の問題も無い。そこに妹2人が増えても……まぁ、この先1週間イベントが続くと分からないけど。

 俺の潤沢な資金も、数人分の白百合の購入を連日は厳しいかな。


「さすがに今の課金イベントは、1週間が目処で終わる筈だと思うぞ。最短だと、恐らくは4~5日かな? それ以上は、ただの冒険者イジメでしか無いからな。

 絶対に倒せない敵ボスと一緒だ、ゲームの理念に反する」

「なるほど、それじゃあ俺の今の所持金で何とか賄えるかな。遠慮なく、そっちの金が尽きたら催促のメールしてくれ。

 その代わり、俺の妹たちの合流後の護衛は任せたぞ、美樹也。こっちはもうすぐ復帰する、琴音のエスコートに大忙しの予定だから。

 何か一緒に行動する、フレが出来たのが予定外だけどな!」


 それは女性なのかと、何となく胡乱な表情の美樹也の問いに。まぁそうだと、こちらも浮気の現場を咎められる男の心境で応える俺。

 完璧にひと悶着あるぞと、怒るでもなくおののくでも無く口にする美樹也だったけど。それは百も承知である、って言うか別に冒険を共にしただけで浮気とかじゃねぇし!

 ただ、その論法が全く通用しないのが琴音な訳で。


 いざとなったらフォローはしてくれよと、結構必死な俺の要請を受けて。苦虫を噛み潰した表情の美樹也、向こうも火中の栗は拾いたくない様子。

 琴音の操縦は、お前が一番得意な筈だからと。逃げのコメントは、奴の本心から発せられたモノで間違い無いのだろう。

 まぁそれは、覚悟して臨むしか無い案件なのだろう。


 話題は変わって、幾つかの報告とか案件を美樹也から提示された。まずは京悟と一緒に、人間種族の街“オーレン”にワープ通路を通したとの報告が1つ。

 俺は良く知らないが、そんな方法か特殊なアイテムがあるらしい。とにかくこれで、俺たちに何かあった時に向こうが駆けつける事が可能になったっぽい。

 至れり尽くせりな対応に、友情を感じる事暫し。


 それから相談された案件が1つ。限定サーバで活動している俺たち幼馴染チームで、ホームをさっさと作ろうって提案がベテラン勢から浮上していて。

 ほぼ強制的に、ホームのリーダーは俺らしい。ホーム名は、今度の日曜の夕食会で決めれば良いと提案を受け。まぁ、その程度の雑用なら甘んじて受ける覚悟はある。

 この幼馴染のメンツなら、仕方の無い事と割り切って。


 ホームの作り方は、琴音が復帰したら相談してくれとの事で。その日から、俺たちの“ホーム”の本当の初船出となるらしい。そんなワクワク感が、隣の親友から溢れ出ているのを感じて。

 俺も少なからず、希望に満ちた未来に照らされる幻影を脳内に感じてしまった。賞金限定サーバでトップを取ると言う、琴音の激はかくとして。

 確かに俺の中にも、幼馴染が揃えばと言う万能感は存在する。



 話はその後も多岐に渡り、出されたコーヒーもすっかり飲み干していて。夕闇が迫ってた頃に、部屋のドアを叩く音が木霊して。

 そこには買い物かごを手にした芽衣が、相変わらずのヤンキー顔で立っていた。俺にそれを差し出して、兄には店に出なよと命令口調。

 その言い方は、「ちょっとツラ貸しな」と聞き違うほど。


「サンキュー、芽衣……合計幾らだ、今支払うよ」

「じゃあ1000円丁度でいいよ、サービス品とかも入れといたから」

「芽衣……配達あるなら先に行くけど、親父は何か言ってたか?」


 美樹也は今から仕事らしい、長居してしまったし退散時だな。ここら辺は向こうも全く気を遣わず、近しい知り合いだからこその気の配らなさである。

 それじゃあなと帰宅を知らせる俺の言葉に、またなと美樹也も簡潔な返事。取り敢えずはゲーム内での取り決め事は話し切ったし、憂いはすっかり消えた。

 後はしっかり、それに沿って実行するだけ。





 ――買い物かごを手に、俺は決意を新たにするのだった。






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