第101話 タライで水浴び




「そう言えば、昨日の薬草クエの報酬の分配がまだだったな……それから一応、この釣りクエも報酬あったら分けてやるから。ただし、経験値とか冒険ポイントは分けれないからな。

 配分も適当だから、貰った後で文句言うなよ?」

「えっ、でも……私はそんなに手伝ってませんよ? 釣りなんて、全く興味も無いですし……」

「まぁでも、時間は共有してるからな……こっちだけ得してたら、変なしがらみが出来るし。今日の後半は、だからお前のやりたい事を手伝ってやる。

 取り決め的には、それでいいな?」


 それは有り難いですけどと呑気な小娘に、俺は昨日入手した慈悲のカチューシャと慈悲の杖を渡す。それからついでに、赤色のコインも3枚つけてやる事に。

 向こうはクエ依頼を遂行していないので、冒険ポイントは全く貯まっていない筈。ただし時のコインは、希少で勿体無かったので全部俺のモノに。

 このくらいの意地悪は、許される筈だと思う次第。


 ちなみに慈悲のローブはお洒落なので、琴音か妹に取っておく事に決定。イリアはメイド服を気に入っているようなので、恐らく欲しがらないだろう。

 それよりオートヒール付きの慈悲の杖は、かなり嬉しかった様子。カチューシャもデザインが綺麗で、しかも高性能と来ているので。

 あの小生意気な小娘が、礼を言う程度には感謝されたっぽい。


 そう言えば、薬草摘みで余った球根に関してはファーに丸投げしたんだけど。任せてとのゼスチャーで、鉢植えで育て始めて今日見たらちゃんと芽が出ていた。

 果たしてどうなるのか、ちゃんと白百合が育つのかは不明だけど。イベントのアイテムは聖別されているので、魔素を払う効果は期待出来ないと思う。

 それでも高値で売れるなら、ちょっと期待しちゃいそうな?


 その他のファーの育てている鉢植えも、何だか順調に育っていて面白い。普通は花が咲き実がなるのは、数か月先だろうけどゲームは違うみたいで。

 ほんの1週間足らずで、どの鉢も収穫がありそうな気配が。


 本当にファー様々ではあるが、その点ではロビーとリズの兄妹にも感謝の念はもちろんある。こちらの余剰アイテムを露店で売りさばいてくれたり、俺の依頼クエアイテムを取って来てくれたり。

 代わりにご飯と寝床は提供しているし、お小遣いも渡してはいるけど。子供に大金を渡したら危ないと、教会のシスターも横からアドバイスをくれてるので。

 そこら辺の管理は、ぼちぼち俺が行う予定。


 取り敢えず今夜の夕食にと、さっき釣った大物のナマズを調理用コンロで焼いているんだけど。さっきまでの釣果ちょうかで、釣りスキルも1.8ほど上がった模様。

 さっき貰ったクエ依頼書も一通りこなせる予定だし、1時間ちょっとの結果としてはまずまずかな。何より子供たちが存分に野外遊戯ゆうぎを楽しんでくれた。

 これが一番の収穫だ、釣りスキルなどオマケに過ぎない。



 今は兄のロビーが、焼いてるナマズの火加減を見ている最中。妹のリズは、熱心に竹笛の練習に勤しんでいる。ネムがそれを真似て、調子外れの音を出している。

 それを見て、何故かファーが指導を始める。妖精って全般的に、確かに音楽好きの印象を抱いてしまうけれど。ファーにその能力が備わっているのか、その真偽は定かでは無い。

 事実、ネムの演奏はちっとも上手くなってないし。


 俺も釣りをひと段落付けてから、その場の片づけの指示を子供たちに出す。ナマズは綺麗に焼けたようだし、街に戻って残りの冒険を片付ける所存。

 その計画はイリアに丸投げだが、まぁ経験値か冒険ポイントが入れば文句は無い。それより兄妹の帰宅準備は終わった様子、宝物のように竹トンボや竹笛を腕に抱えている。

 ゴミも残ってないな、それでは街へと戻ろうか。


 さっきよりモンスターの増えてる道を、ネムと俺で殲滅せんめつしながら歩いて行く。川辺で目立つのは、やはり闘魚や水カニ、悪食ゴイや大ミズスマシなどなど。

 戦った印象はそれほど強くは無いが、変な特殊攻撃がウザい感じだろうか。ネムは全く気にしていない様子、俺にしても『水中適正』のスキルで不便は無い。

 安全確保をしながら、ようやく街に辿り着いて。


 露店のシスターに挨拶して、ちょっとその辺の店を冷かして回る。子供たちが露店を手伝い始めているので、自然に遊び終了の流れに。

 ただし、俺としてはもう少しだけ子供たちに用事がある。イリアに子供たちの服を買って来て貰って、ついでに遊びでの汚れを水浴びで落としてやりたいんだが。

 そうシスターに言うと、教会にタライが置いてあると教えて貰えた。


 それは丁度良い、水なら俺の《清き水》で幾らでも出せるし。イリアの首根っこを掴んで、何着か子供たちの服を買って来てくれるように頼みこんで。

 ついでにお風呂グッズもと、お金を多めに渡すとイリアは渋々承諾。こちらは釣りギルドのクエ依頼を終わらせて、それから裏町の教会に戻る予定。

 それまでに、子供たちには水浴びの準備をするように言付けて。


 こんな事に貴重な時間を費やすなんてと、小娘の愚痴は綺麗に聞き流す方針だ。釣りギルドのクエ報酬を半分やるからと、モノで釣るのも忘れずに。

 子供たちは、久々の水浴びだと喜んで教会に戻って行った。一応護衛にネムとファーを付けておく、裏町の行動は色々と気を遣うので。

 そんな訳で、単独でクーラーBoxを返しに釣りギルドへ。


 いつも思うけど、工房通りは独特の活気があって俺はとても気に入っている。賑やかな地元の繁華街みたい、生憎親友の美樹也の商店街は少々寂れ気味ではあるが。

 それでも地元民には愛されているし、人通りとか活気はそこそこにある感じ。ここはさらに凄い雰囲気で、結構な熱量を放っているのは確かである。

 そんな中、俺はクエのクリア報告を釣りギルドのオッチャンに。


「ほおっ、まぁ入会したての稚魚にしてはまずまずの釣果じゃのう。ほんじゃこの魚は全部買い取って、その報酬がこっちじゃ。また時間が出来たら、クエを受けに来たらえぇ。

 腕が上がったら、また別の釣りポイントを教えちゃるぞ」

「分かりました、その時はお願いします」


 そんな遣り取りの末に貰えたのは、まずは冒険ポイント280Pと貢献P5点、経験値が800exp……さすが☆1依頼と思ったが、何故かこの経験値でレベル30へと到達してしまった。

 聞き慣れない到達ボーナスがどうのとのログは、思わず無視して後で確認するとして。他の報酬は魔石(微小)×8個や疑似餌や釣糸、針セットに干し魚少量とパッとせず。

 釣りを楽しめたから、まぁ全然良いんだけどね。


 それよりこれで冒険ランクが3に上がれそうだ、ただし手続きに行くのに時間を取られるので保留と言う事で。イリアの買い物にそれ程時間が掛かるとは思えないし、子供たちも待たせているし。

 通信シェルでの通話で、表通りで買い物終わりのイリアと合流を果たす。目的のモノはバッチリ買い込んだみたい、一応褒めてやると微妙に嬉しそうな表情の小娘。

 うむ、取り扱いは妹達と一緒で良いみたいだ。


 それならこちらには、10年以上培ってきたノウハウがある。実際悪い娘では無いんだよな、ちょっとコミュ症寄りな性格ではあるけど。

 通信シェルを今度はロビーに合わせて、現状の確認をしてみると。教会の建物の端っこに、水浴び用のタライは準備出来たとの報告が。

 よしっ、それじゃ急いで戻ろうか。


 途中で、イリアの買い込んだ洋服やら小物を見せて貰う。買い忘れは無いみたいだ、これなら充分、子供たちを綺麗にしてやれる筈。

 子供たちは行儀良く、庭先で俺達の帰りを待っていた。すかさず俺は、色々と指示を出して簡易シャワー装置を作りに掛かる。

 男女別々に浴びれるように、布で仕切りも作っておいて。


 イリアはスポンジや石鹸を子供たちに渡しつつ、こんなの時間の無駄じゃないか的な視線をこちらに向けて来る。だからどうした、喜びも幸せもプライスレスだ。

 他愛のない時間にだって、換金出来ない価値がある場合だってあるのだ。それが自己満足だってかまわない、人生なんてどれだけ他人を喜ばせたかでその価値が決まると思ってるし。

 勝手な流儀には違いないが、今後も続けて行く予定。


 そして中央に立てた棒の先端に、2つのジョウロを括り付けて。そこに《清き水》の魔法で水を絶えず供給してやれば、簡易シャワーの完成である。

 リズがキャッキャとはしゃぎ始めた、その隣のネムも恐らく喜んでいるだろう。2人とも真っ裸なので、子供と言えど覗き込んで確かめる訳にはいかない。

 仕方なく、暇そうなイリアに命令を下す事に。


「何で私が、そんな下女みたいな事をしなきゃならないんですかっ……お兄さん、横暴です!」

「やかましい、自分から進んでメイド服着といて仕事が嫌だとか抜かすなっ! 普段子供たちにお世話になってるだろ、その恩を返すと思って身体を洗ってやれ」


 その代わり、今日のイン時間の後半はそちらに合わせてやる約束だ。不承不承と言った面持ちの小娘だったが、作業を始めると段々興に乗り始めた模様。

 リズやネムに話し掛ける声も聞こえて来るし、ついでに2人の髪も洗っているみたい。一人っ子だったか、確かそんな感じだったと聞いていたけど。

 年下の世話を楽しんで出来るのなら、まだ見込みはあると思う。


 ご機嫌な水浴びは、まずはロビーがサッパリした顔で終わったと告げて来た。俺は用意した新しく買い込んだ服を手渡して、それを今後普段着にするように告げる。

 イリアは上着も下着も何着か買い込んでくれていたので、これで前みたいな着た切り雀の生活は解消される筈。女の子組も同じく、ネムの着替えもバッチリ揃えて貰った。

 バーチャ世界と言えど、そこら辺は現実の常識を流用したい。


 ロビーが少し照れつつ新しい服を着終わった頃、女の子連中もシャワーを堪能し終えた模様。これで俺も魔法を終わらせられる、少しは熟練度上がったかな?

 それにしても真っ裸のネムが、簡易カーテンから飛び出してきた時は驚いた。ってか、ファーもちゃっかりシャワーを堪能していたらしい。

 イリアが大慌てで、両者を回収して行く。


 女の子の着替えは、イリアが持っているから大丈夫だろう。実際、暫くしたら新しい服に着替えたリズとネムがひょいっと出て来た。

 うん、2人とも簡素なワンピースが良く似合っている。


 可愛いぞーと、2人の頭を頭をわしゃわしゃしたら、珍しく無表情のネムの表情が微妙に変化。どうやら嬉しかったらしい……良かった、感情は普通にあるみたい。

 竜人化の影響なのか、なんかこの仔の性格が変わってないか? まぁ、いまでもちょっと臆病な所は見受けられるけど、敵に対しては大胆で向う見ずな感じがする。

 どうなんだろね、まぁどんな性格でも可愛いウチの仔だけど。


 そう言えば、幼女のワンピースの後ろには、しっかりと尻尾穴が付いてて笑ってしまった。竜人にも、立派な角と尻尾は定期らしい。

 そんなネムを含め、サッパリと小奇麗になった兄妹を引き連れて再び東の大門前へと移動。ファーもちゃっかり、洗い立てのネムの頭の上に陣取っている。

 ここから後半2時間、どうぞお付き合い願いたい。


 兄妹は再び、露店の売り子の手伝いだけどね。どうやら突然始まった変なイベントのせいで、色々と商品の補充やら販売やらで忙しいらしい。

 自分たちも買った、あの聖別された白百合の売買が割と熾烈らしく。裏町の教会も、今が本当に稼ぎ時らしい。大変だなぁ、明日も売り上げに貢献しようかな。

 などと思っていたら、イリアに声を掛けられた。


「……お兄さん、競売をチェックしてみて下さい。何か、白百合のオマケに貰った『騎士のコイン』が5万モネーで売られてますよ?

 お金の無い人が、明日用の資金にと売りに出してるパターンですかね?」

「ほほぅ、なるほどねぇ……ところでそれって、集めて何か意味があると思うか?」

「どうでしょうか、イベントが続くと自然と枚数が集まるとは思いますけど……ただの集金イベントで無いなら、後半に放出イベントがあってもおかしくは無いですよね?」


 なるほど、イリアはそう読んでいるらしい……確かに散々プレーヤーから金を掻き集めて、イベント終了となれば批難は免れないだろう。

 帳尻合わせに、後半放出イベントがあるとすれば、その鍵はオマケに配られたこの『騎士のコイン』に間違いない。売る予定の連中は、後半のお楽しみより明日のイン時間の捻出を第一に考えたと言う事なのだろう。

 確かに気持ちは分かる、1日ログイン不可はとてつもなく重い罰則だ。


 そう思ったら、競売に売りに出さざるを得ない金欠連中を、途端に哀れに感じ始めた。少々購入してやろうか、などと思いつつ競売に出された品をチェックする。

 イリアも興味深げに、買うんですかなどと呑気に他人事。そそのかしたのはそっちだろうに、何とも薄情な小娘である。しかし5万モネーは、やはりちょっと高いな。

 買うにしても3枚程度か、イベントが何日続くかも不明だし。


「あっ、ちょっと……4万モネーのコインが出品されましたね、たった今。売るなら他のライバルより確実にですか、これはお得ですよお兄さん!

 ……あれっ、これは何でしょう? 『従者のコイン』とか初めて見ますね」

「なんだそりゃ、それもイベント関連のコインなのか? だったら買ってみるかな、幾らだ?」

「これは5万モネーですから、恐らくやっぱり白百合のオマケだったんでしょうね……そしたらこっちは、レアコインなのかもですね。

 出品されてる大半は、『騎士のコイン』で間違いないですし」


 ふむふむ、確かに俺が貰ったのも騎士のコイン×3枚だったしな……競売の見方をイリアに教わりつつ、俺は安く売りに出てた騎士のコイン×2枚と、従者のコイン×1枚を購入。

 合計13万の散財だったが、どこかで元は取れると信じたい。



 他にレアコインが無いかなと、俺達の興味は変な方向へ向いてしまったのは否めない。なおも出物が無いかと、2人で熱中して競売を覗いていたら。

 不意に後ろから声を掛けられて、驚くイリアと胡乱な顔で振り向く俺。前回の礼儀知らずの冒険者の件もあって、人混みでの他人の接触には過敏気味ではあるのだが。

 今回声を掛けて来たのは、そこそこな装備の男女ペアだった。


「競売チェック中にゴメン、まだイン時間残ってるかな? 俺達これから赤の塔に入ろうと思ってるんだけど、一緒に挑戦しないかい?

 君たちもペアだろ、あそこはPKとかいるから基本人数が多い方が安全なんだよ」

「私たちは前衛と後衛のペアだから、そっちも最低1人は前衛がいてくれないと厳しいけどね? まぁ、最低後衛が3人でもどうにかなるとは思うけど……。

 どうかな、儲けはペアで折半で」


 ふあっとかうえっとか、挙動不審な小娘は話し合いには向かないのはともかくとして。正直、赤の塔は琴音の件もあって挑戦してみたかったのは確かである。

 渡りに船とはこの事だ、全く見知らぬこの男女ペアの冒険者の腕前とか信憑性しんぴょうせいは置いといて。琴音の合流まで待つのは、自分の心情的にも似合わないし。

 小銭も稼げると言うのなら、小娘も反対すまい。


 ところがイリアは、何が不満なのか躊躇ちゅうちょしている様子。後半の時間の使い方は、向こうに主導権を渡しているとしても、この踏ん切りの悪さは意味が分からない。

 って言うか、恐らくただのコミュ症の発露なので気にしない方向で。ぜひ行こうと、一通りウチのパーティを紹介したら、しかし向こうも意表を突かれて驚き顔に。

 どうも、まさか従者に竜人がいるとはって驚きらしいのだが。


「別に構わないだろ? 俺とネムが前衛で、そっちのイリアが後衛だ……妖精のファーは、収集や偵察に物凄く役に立つからな。

 間違っても、PKとやらの奇襲なんか受けないパーティ編成だぞ」

「そ、そう……」


 何故かテンションの落ちてる、片手剣と楯の前衛戦士と炎と風系の魔法使いのペア。こっちのイリアも同じく人見知り全開だ、構ってられない俺は先頭に立ち赤の塔前の広場へ進む。

 入り口付近は、それなりに賑わって冒険者のパーティも散見している感じ。やっぱり4人~6人フル編成が目立つが、猛者って感じのガチ装備の連中はほとんどいない。

 その中じゃ、ネムとイリアのメイド服は浮いてるな……。


 まぁ良いか、今回はネムに何を持たせよう? やはり両手武器は危ないので、良質な片手剣と楯で良いかな……場合によっては、塔の中で武器チェンジで。

 ここは入場料は不要だけど、イン前に何やらチェックが必要らしい。バランスボールくらいの大きさの球が扉の前に設えてあって、塔の中でも触って行く感じらしい。

 そうすれば、次回以降はショートカットのワープが可能との事。


 なるほど、そうやって層を攻略して行く訳か……青の塔とはまるで違うな、これはこれで面白そうではある。塔の最奥に何があるのか、ちょっとワクワクしてしまうな。

 何故かイマイチ盛り上がっていない同行者たちを叱咤激励しったげきれいしつつ。パーティを改めて組み直して、俺とネムを先頭にいざ赤の塔へと突入して行く。

 行くからには頂点を目指す、張り切って行くぞ皆の衆!





 ――その時の俺は、塔の中で待ち受ける罠に全く無頓着むとんちゃくだった。





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