第67話 盗賊の砦・地上一階




 何だか久し振りに陽光を拝んだ気がするが、実際は地下に潜っていたのは、ほんの小一時間程度だった筈。それでも外の世界は、優しい日差しと爽やかな風に包まれている気がして。

 バーチャ世界でも、こんな気持ちになるんだなぁと変に感心しつつも。いなくなった盗賊団の一味を不審がられる前に、行動を起こさないと色々と不味い。

 そんな感じで、建物の陰から砦の中庭を眺めやる。


 砦は外から見ても大きく感じたが、中からの感想も似たようなモノだった。谷間を塞ぐ砦本体の建物が左右に2つ、それから兵舎だか何かの建築物でコの字型になっていて。

 割と広い中庭には、畑や鶏舎なんかも存在していて。端の方には馬小屋もあるし、ある程度の生活も過ごせるような設計になっているみたいだ。

 確かに生活感はあるな、盗賊の拠点とは思えない感じ。


 大扉のある砦本体の建物は、生活感なんて微塵もないけれど。ここは敵の侵攻に備える、いわゆる城塞みたいな役割の建物なのだろう。

 生活感があるのは、兵舎のような2階建ての建物である。元はひょっとして、旅人を泊める宿屋か何かだったのかも知れない……そして砦は、旅人を野盗達から護る役割で造られて。

 それが今では野盗どもの拠点となっているとは、何とも皮肉な話である。


 人の気配は、そこかしこから漂って来ていた。中庭からもそうだし、一番多いのは恐らく兵舎の中からだろう。砦の中は不気味なほど静かだ、恐らく平時は使う事も無いとは思うけど。

 人がいないとも言い切れず、とにかく用心に越した事は無い。ってかあちこち観察していた時に、思わず見つけてしまった中庭にそびえ立つ一本の大樹。

 ……あれって、間違いなく虹色の果実の樹だよね?


 困った、物欲を優先させるなら回収は立派な任務になってしまうけど。ファーは既にやる気満々で、アレは私が取りに行くネと催促し切り。

 声こそ発しないけど、ニュアンスでそうと分かる。しかし中庭には盗賊達が何人かいるのは判明してる、のこのこ出て行くのは絶対に不味い。

 せめて何か、目眩まし的な手法を施したいけど。


 鞄の中を漁っていると、2つの魔法の笛が出て来た。これなら呼び鈴を使うよりは、隠密行動的にはずっと上な気がする。少なくともバレる確率は、かなり抑えられる筈。

 その前に、気配を感じる兵舎の扉を封じてしまいたい。後ろに控えている海月モドキをさっきみたいに変形させて、扉が開かないようにつっかえ板にしてみる。

 うん、これで少なくとも挟み撃ちの不安は半減するかな?


 出来る事なら扉の奥を確認したいが、盗賊達と鉢合わせの事態は勘弁して貰いたい。やるなら本気で殲滅戦だ、こちらも覚悟を決めて飛び込む所存。

 まぁ、それより先に虹色の果実の回収をしちゃうんだけどね。何しろ相棒がその気なので、先延ばしにすると集中力が削がれてしまいそうなので。

 出来る限りの準備を済ませ、俺は鞄から取り出した“霧の呼び笛”を使用する。


 呼び笛はホイッスルみたいな形状ではなく、小筒が4つ連なってそれぞれが別の音階を奏でられる感じらしい。そんなに大きくないサイズで、お洒落ではある。

 使い方がイマイチ分からないけど、適当に吹いてみたら澄んだ音が出た。慌てて吹き込む力を調節しつつ、周囲に起きる変化をチェックする。

 それはすぐに現れた、中庭に立ち込め始める白い霧。


 音階の違いは、どうも範囲指定に使うっぽい。広範囲に霧を出したい時には、低い音を発する感じ。逆に高い音は、霧の濃度が高まるみたい。

 両方使い分けた結果、結構な濃度の霧が中庭全体を埋め尽くしてくれた。この間、約3分……なかなかスピーディな所業に、隣のファーも感心している様子。

 そして中庭の奥の方から、戸惑った感じの怒声が聞こえて来ている。


 そんな事はお構いなしに、ファーはネムを伴って果実の回収にと飛んで行った。こちらも邪魔者を排除すべく、声のした方へと中腰で移動して行く。

 さっき覗いた感じでは、奥の方の畑の隣に弓矢や剣術の訓練場があるらしい。そこに数人の盗賊がたむろっていたみたい、弓矢を持っていたので恐らくは訓練中なのだろう。

 まずはその連中を、なるべく静かに片付けたい。


 白い霧の出現は、こちらが見咎められずに移動するには好都合。向こうは不審がっているが、まさか侵入者の仕業とは思っていない様子である。

 この魔法の霧がいつまで持つか不明なので、盗賊殲滅はなるべく急ぎたい。しかし途中にあった馬小屋を見付けて、さらなる時間稼ぎを思い付いた。

 呼び鈴を使うより、さっきの服従の笛でこの馬達を手懐けられないだろうか?


 新たに取り出した笛は、前の奴と形が異なっていた。こちらは横笛で、木製だけど鎖のレリーフが表面に刻まれている。試しに音を出してみると、その場にいた3頭の馬達がビクッと反応する素振り。

 効果が出ているのか定かでないが、取り敢えず音階を奏でてみると。テイムに成功したとのログが続けて出て、目の前の馬達が相次いで首を項垂らせて来た。

 同時に、不審な音の正体を確認しに来た盗賊達と鉢合わせ。


「なっ、何だテメェはっ……どっから入って来やがったっ!?」

「おっ、おい……この霧もお前の仕業か……っ!?」

「だっ、誰か仲間に知らせて来いっ……!!」


 おっとしまった、悠長に下準備をしていたらこの様だ……音の出るアイテムの弱点だな、それにしても、隙あらば仲間を呼ぼうとする後ろ向きな根性は如何なモノか。

 いや、砦の警備役としては正しいんだろうけどね。


 こちらに従属した馬達の反応は、俺が号令を出すより迅速だった。敵の認識情報を共有しているのかも、その暴れっぷりは日頃の鬱憤の度合いを示すかのよう。

 半分開け放たれた仕切り棒を飛び越して、俺に誰何して来た盗賊達に襲い掛かって行く。俺も何となく援護してみるが、相手の装備は弓矢のままだったので。

 殴り合いにも発展せずに、何故か一方的な勝利を得る事に。


 これで追加で4人倒した、順調なのかどうかは置いといて。増援が来るのを見越して、俺は味方となった馬達に新たな指令を飛ばしてみる。

 どこまで指示を実行出来るかも不明なので、簡単な命令に留めておこうか。例えば中庭に入って来た異物に対して、攻撃する感じでいいかな?

 ここでひと騒動してくれれば、盗賊達の視線は俺から逸れやすいし。


 そう考えると、ここでの騒動は少し大きくても良いかも知れない。さっき使った2種の笛は、もう幾ら空気を吹き込んでも、うんともすんとも言わなくなっている。

 ここは新たな呼び鈴で、騒動要員を増やしてみようか。色々持っているけど、ここは“従者の呼び鈴”を使ってみる事に。確かゴブの王様が落としたんだっけ、その解答はすぐに出た。

 呼び出されたのは、ゴブ兵士が3名と言う貧弱さ。


 いやいや、うち1匹は魔術師だし、そこまで弱くは無い筈……ちょっと心配なので、兵士2匹には闇の秘酒を、魔術師にはマナポ2本を渡しておく。

 それから爆裂玉も残りを全て譲渡、これなら騒ぎが大きくなる事請け合いである。近付いて来た盗賊がいたら、なるべく不意打ちで仕掛けろと命令を下しておいて。

 なるべく仲間の馬達と、上手く連携を取るように指示を出して。


 ……無理かも知れないが、まぁいいや。こちらが幾ら段取りを丁寧に敷いても、向こうがその通りに動いてくれるとも限らないのだし。

 いい加減な感じで丁度いいのかも、コイツ等の召喚時間も良く分からないし。念の為に、召喚が切れる10分前になったら兵舎内の盗賊を探し出してやっつけろと言ってみるけど。

 期待はほとんどしていない、召喚が無駄にならなければいいな程度。




 何にせよ、こちらにも無駄に過ごす時間など無い。インから既に2時間半以上が経っている、さっさと次の行動に移らないと。

 そう思って移動を始めると、それを察してネムの羽音が近付いて来た。そうそう、忍びのブーツを装備してはいるものの、呪文を忘れるとただの防御の低い靴なんだよね。

 今から兵舎の1階に突入するのだ、忘れないように呪文は掛けておかないと。


 肝心の相棒コンビだが、何と果実を2個も回収して来ていた。同じ樹から2個も虹色の果実が取れるとは、気前が良いのか何かのバグか?

 まぁいいや、相棒達の手際をひとしきり誉めてから、今から突入だよと戦闘のお知らせ。改めて皆で気合を入れ直し、霧の中から再び建物の影へとひっそりと移動を果たす。

 そして、まずは人気の無い厩舎の扉からチェックを始める。


 案の定、そこは室内の大半がベッドで占められた寝室だった。粗末なベッドの数は左右に2段ずつ、つまりは4人の相部屋らしい。

 他には目ぼしい家具も無いし、私物の類いはほとんど見当たらず。ファーが収集ポイントを見付けたみたいだが、個人の持ち物を荒らす趣味は無いので。

 普通にスルーしてお隣の部屋へ、ここも同様に無人の寝室で人の姿は見当たらず。


 問題は次の扉だった、明らかに人の気配はするけど動きがある感じでもない。ここには予防で海月モドキで蓋をしてあったのだが、その気遣いも無駄に終わった様子。

 何なのかなとそっと扉を開けてみると、大音量の鼾が聞こえて来た。それが全部で3つ、どうやら夜警でも割り振られた連中らしい。

 お仕事ご苦労様、このまま永眠して下さい。


 実際は、俺たちがベッド脇まで近づいたら相次いで起きて来たけど。装備も全く持たない盗賊の始末など、そうそう手古摺てこずる訳でも無し。

 多少の罪悪感はあるものの、これで新たに3人の盗賊を砦内から排除出来た。物音もそんなに出なかったし、代わりにドロップ品も全く無かったけれど。

 ファーがうるさくせっつく、回収ポイント以外には。


 ――野獣の下着 耐久5、防+3、敏捷+2


 必死さにほだされて、つい漁ってしまったらこんな装備が出て来た。……誰の下着だろう、思考が嫌な方向へ向かってしまうけど、性能は凄くいい。

 うん、装備品に罪は無いのだから素直に着用しよう。それより外の様子が少し慌ただしい、扉から顔だけ出してみるが盗賊団の姿は見当たらない。

 騒いでるのは上の階のようだ、それなら今のうちに移動しよう。


 次の隣の部屋の扉の前に陣取った途端、騒がしい複数の足音が階段を下りて来る気配が。階段と言ってもすぐ近くだ、こんな所で見付かりたくない俺は慌てて室内へ。

 安全確保も後回し、そこは個室で無くて食堂だったようで、広さは今までとは段違いだった。大きなテーブルが幾つかと、簡素な椅子がその周囲に並んでいる。

 香辛料と共に、何かのスープの匂いが宙に漂っていて。


「おやおや、これは可愛い闖入者ちんにゅうしゃだ……ドラゴンの子供とはねぇ。そう言えば、この砦から卵が盗まれたのは先々月じゃなかったかね?」

「その辺りだったかと、ラオシー様……帰巣本能でもあるんでしょうか、連れて来たこの者の処分はどうします?」

「そうですね、この“生き埋め”のラオシーの腹ごなしに付き合って貰いましょうか」


 どっこいしょと椅子から立ち上がったのは、肥満体の魔術師のようだ。自ら“生き埋め”のラオシーと二つ名を口にしている事から、どうやら四天王の1人らしい。

 中年手前の風貌だが、頭髪はてっぺんから薄くなって寂しい限り。その分着ている衣装やマントは派手で、一見すると道化師のような印象を受ける。

 今まで食事をしていたのか、同じテーブルに盗賊の戦士が2人ほど同席している。さっきまで倒して来た雑魚とは、装備も立ち振る舞いも違って強そうだ。

 どうやらレベルも高いらしく、油断出来ない一行のよう。


 こんな連中と鉢合わせするとは、何とも不運ではあるけれども。相変わらず向こうの興味は、相棒の仔竜にしかないようでその点は油断をしてくれているっぽい。

 その隙に俺は、自己強化魔法を順繰りに掛けて行って。海月モドキに命じて、扉に密着して開閉のお邪魔虫になって貰う事に。

 幸い、外の喧騒は中庭の異変に向いている様子。


 向こうも自信があるのか、敢えて外の兵隊に侵入者の存在を知らせようとはしていない。それはこちらも有り難い、精々利用させて貰うとして。

 さっさとコイツ等を倒してしまって、証拠隠滅いんめつしてしまおう。


 何しろネムは、既に俺の従者だからね……今更所有権を主張されても、知ったこっちゃありません! 逆に図々しいよね、頑張ってかえしたのはファーママなのに!

 などと反論した所で、話し合いでの決着など永遠につかないのは分かっているので。さっさと掛かって来いやと、挑発交じりの呪文詠唱。

 それを止めようと、盗賊戦士が2人突っ込んで来た。


 一応予想はついていたので、詠唱を中断してバックステップで斬撃をかわす。2人とも蛮刀を手にしていて、殺気を含めた圧が結構凄い。

 さっきまで戦っていた連中が農家の喰いっぱぐれ出身だとしたら、コイツ等は軍人か何かからのドロップアウト組とかなのだろう。

 下積みがあるって大きいな、まぁ敵の話なんだけど。


 今回も短槍を片手に、手甲での防御重視モードでの戦闘をチョイスしている。何しろ護衛2人は基礎が出来ている上に、太った魔術師の支援がウザい。

 魔術師が最初に唱えたのは、支援魔法の《ストーンベスト》だった。俺の使っている《硬化》と違って、一定量のダメージを完全にゼロにしてしまう効果があるみたいで。

 要するに余分なHPを指定した者に付与する感じだろうか。とことん厄介だが、こちらはそれを含めて削り取る作業を行うしかない。

 こちらにもファーとネムの支援があるが、向こうはそれを上回る勢い。


 何しろ傷付いた味方への《ライジングヒール》と言う回復魔法とか、後衛魔術師と前衛戦士のセットは酷過ぎる。無理ゲーと嘆きつつも、突破口を必死に模索してみるのだが。

 数の水増しくらいしか思い付かず、仕方なく虎の子の呼び鈴を使う事に。背にしたテーブルに飛び乗って、前衛戦士の刃の乱舞を必死に避け回りつつ。

 ようやく使用したのは、かつての闇商人のドロップした逸品。


 その名も『闇の契約書』と言うらしいが、召喚して出て来たのは、かつて苦労して倒したあの闇戦士に他ならず。驚いた表情の敵陣営、その隙にネムの噛み付きが片方の戦士に炸裂。

 ファーの策略で、いつの間にかテーブルの下へ潜り込んでいたらしい。隙を見せたその戦士に向かって、俺は《落とし突き》でいつもの追い込みコースを選択する。

 もう片方の前衛は、影のような容姿の闇戦士がしっかりブロックしてくれている。


 このまま止めまで追い込もうと画策した俺に、魔術師から《クラック》と言う攻撃魔法が飛んで来た。結構な衝撃とダメージ、土魔法もなかなか厄介な呪文が多いなぁ。

 見かねたファーが、ネムに魔術師の攪乱かくらんを指示したみたいだ。尚も詠唱を続けていた“生き埋め”のラオシー、仔竜の突撃に慌てて詠唱中断の憂き目に。

 慣れない手つきで杖を振り回し、迎撃に苦戦している模様。


 こちらは相棒のナイスフォローに、体勢を崩している戦士の片割れへの追撃を選択。先に後衛魔術師を倒す事も考えたが、背後の安全確保は疎かにすべきではない。

 つまりはコイツを倒さないと、背中から攻撃され放題な訳で。幸い、召喚した闇戦士ともう片方の戦士の戦いは拮抗している感じを受ける。

 こちらの目論見通り、戦力として活躍してくれている模様。


 ただし向こうの盗賊戦士は、既に魔術師の強化を受けているので油断はならない。いつ均衡が破綻してもおかしくない事は、常に念頭に入れておかないと。

 相棒の足止めも、敵が相手のボスだけあってちょっと不安だし。早めに目の前の戦士を片付けて、応援に駆け付けてあげないと……って思っているのに、やたらと粘る眼前の戦士。

 急所だけはがっちりガードして、隙あらば戦線離脱を図ろうとして来る。


 向こうの狙いはボス魔術師をフリーにさせての、大技魔法での一発逆転辺りだろうか? 本当にありそうだから洒落にならない、せっかく3対3の状況に持ち込んだのに。

 そんな内心の焦りが、或いは現状に悪く作用したのだろうか。まずは魔術師を相手取っていたネムが、詠唱の短い《ロック》の呪文で叩き落とされ。

 更には《ロックハンド》の呪文で、地面に雁字搦めに。


 異変には何となく気付いたが、こちらは目の前の戦士の相手で精いっぱい。倒すまであと一息まで追い込んでるのに、そこからの粘りが半端無い。

 挙句の果てに、後方からの支援が間に合った様子。フリーになった敵のボスから、《ロックバースト》と言う呪文が飛んで来て。

 標的認定された俺は、何故か腰まで地中に埋もれる破目に。


「おっと、ハーフレジですか……まぁ良いでしょう、行動は制限出来ましたからね。仔ドラゴンも確保完了ですし、残りはゆっくり処分して行きましょう」





 ――これは参ったね、魔法って色々と凄いな!






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